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マニュアル

 

「 ええとそれでは、"黒井(小鳥)"さん、こちらをどうぞ・・」

"竹本"主任が手に持っていた冊子のひとつを"小鳥"に渡す。

「 僕がマニュアルを読んで行きますから、"黒井(小鳥)"さんも一緒に見ていてください 」

「 はい 」

「 ではまず、表紙をご覧ください 」

(・・・)

「 "黒井(小鳥)"さん、この漢字は読めますかぁ?」

" 以身作則 "

「 えっ?あ、はい・・ え~~っと、イ ・ シ ・ ン ?」

「 そうですそうです、これはイシンサクソクと読みます 」

「 はい 」

「 ちなみに意味はわかりますか?」

「 いやちっと・・」

「 こちらは我が社の社訓でして・・」

「 へぇ・・」

「 これの意味はと言うと、身を以って規則を作る、要するに自分の行動を手本にするという事です 」

「 はい 」

「 ですから"黒井(小鳥)"さんにも、お客様から見られているという意識を持って本日より振舞って頂く事になります 」

「 はい 」

「 それでは、マニュアルを開いてください 」

「 はい 」
 
 

ルール

 

「 それではまず、身だしなみですが・・」

「 はい 」

「 髪型は耳に掛からない程度で、ロン毛は禁止です・・ 金髪、茶髪はもちろん禁止です・・ 強すぎる香水も禁止です・・ 禁止です・・ 禁止です・・ よろしいですかぁ?」

「 はい 」
 
"竹本"主任が読み上げるマニュアルは、ほとんどの締め括りに"禁止"というワードが伴っている。これと言って該当している事は無いにせよ、

(・・・)

何だか息苦しくなってしまう。

「 制服は二日に一回、廊下に回収用のコンテナがありますから、タグに名前を書いて、それを制服の分かり易い場所にホッチキスで止めて、戻って来た時に自分のモノだとわかるようにして出してください・・」

「 はい 」

「 接客業ですので、汗をかいた制服を何日も着続けてお客様に不快な思いを与えない様に、清潔感のあるホールスタッフに努めてください・・」

「 はい 」

「 では、これから遅番スタッフも休憩に入って来るので、"黒井(小鳥)"さん、急いでマニュアルを読んでしまいましょう・・」

「 はい 」

「 それでは最後に、接客七大用語を僕に続いて言ってもらえますか?」

「 はい 」

「 では・・ いらっしゃいませ~」

「 い、いらっしゃいませぇ 」

「 申し訳ございません~」

「 申し訳ございません・・」

「 かしこまりましたぁ~」

「 か、かしこまりましたぁ・・」

「 お待ちくださいませぇ~」

「 お、お待ちくださいませぇ・・」

「 失礼しまぁ~す 」

「 し、失礼します・・」

「 おめでとうございまぁ~す 」

「 おめでとうございます・・」

「 ありがとうございまぁ~す 」

「 ありがとうございます・・」

「 はい、結構です、"黒井(小鳥)"さん!これは毎日の終礼でも言う事になりますから、すぐにとは言いませんが暗記しといて下さい・・」

「 はい 」

「 ホールに出たら、これを活用して接客しますので・・」

「 はい 」

「 ではこれから、実際にホールに出てもらいます 」

「 えっ?」

「 大丈夫ですよ、僕も一緒に付いてますから・・」

「 はい 」
 
休憩室を間借りしてマニュアルを読み通すだけの意外にもシンプルな新人教育が終わり、

「 その前に、"黒井(小鳥)"さん!いっぷくしてから行きますかぁ~」

「 は、はい!」

"小鳥"は、右も左もわからぬままに店員として客前に出る事になった。

 

ホールデビュー


" ジャンジャカジャンジャカ・・ ズンズンドンドン・・ ッド ・ ッド ・ ッド ・ ッド ・・"

騒がしいホールミュージックで活気付く店内。

 
"竹本"主任が、カウンターでその足を止める。

「 "黒井(小鳥)"さん、出社したらまず、ここでリモコンを借りて下さい・・」

「 はい・・」

「 それから、これを付けてください 」

「 はい・・」

" 新人教育中 黒井 "

と書かれた名札。
 
それを"竹本"主任を真似てベストの左胸辺りに付ける。

「 はい、OKです・・ それからこちらは"大友"さんと言って、カウンター主任ですので、わからない事があったら聞いて下さい。優しく教えてくれますからぁ・・」

「 あ、はい・・ よろしくお願いします 」

挨拶をした"小鳥"に、カウンターの中から小柄で色白な"大友"がニッコリと笑う。

「 ここに名前を書いて下さい 」

「 はい・・」

受け取ったバインダーには、リモコンの持ち出しと返却を管理する用紙が挟まれている。

「 紛失が多いのでカウンターで管理する事になってますから、閉店作業が終わったら返却してください 」

「 はい 」

"小鳥"は持ち出しの欄に自分の名前を書いてリモコンを受け取った。

「 では、そうですねぇ・・」

島端から各島を一通り見て戻った"竹本"主任が言う。

「 "黒井(小鳥)"さん、今お客様の少ない4コースでリモコンの使い方を説明しますので、一緒に来てもらえますかぁ?」

「 はい 」

4コースは、カウンターから見て斜め前辺り。"大友"の視界に入る。そして、少ないとは言え遊戯をしている客もいて興味の眼差しが向けられている。
 
"小鳥"から緊張の汗が出る。
 
 

スタイル

 

「 お客様が大当たりしたらですね、左後ろに立って、おめでとうございます!と言って下さい・・ あっ、ちょうど今あそこで大当たりしたので、僕がまずやって見せますので"黒井(小鳥)"さんはここで見ていてください 」

「 はい 」

" スタスタスタスタ・・ "

" ペコリ・・ "

" コジクリコジクリ・・ "

" ペコリ・・ "

" スタスタスタスタ・・ "

「 どうですか?」

( へっ?)
 
客として何度と無くパチンコ屋に出入りしていたはずなのに、店員としての振る舞いが掴み切れない。

「 あのぉ、おめでとうございますって言っておじぎをするのはわかったんですけど・・」

躊躇する"小鳥"。
 
すると"竹本"主任は、ホールミュージックをかわす様に体をピッタリと"小鳥"に寄せ、

「 リモコンの此処、これですこれ、そうです、そうそう・・」
 
説明を始めた。

・・・
 
その後は立ち方歩き方、箱の持ち方や渡し方、おじぎの角度などなど、"竹本"主任は身振り手振りを交えて、時には胸元を"小鳥"の肩に押し当てて耳打ちをしたり、かなり近い距離での親切な指導を披露した。

閉店作業というものをこなし、何とか無事に初日の業務が終了となると、

「 では終礼を行いますので、事務所に集合してください~」

"竹本"主任から声が掛かった。
 

終礼

 

「 では、おつかれさまでしたぁ~」

「「「 おつかれさまでしたぁ 」」」

・・・

"竹本"主任は"甘党"マネージャーの横に、それ以外のスタッフはその二人と向き合う形で横一列に並び、

「 では本日の業務で気付いた事や反省点など、発表をお願いします・・ "天野"さんから・・」

"竹本"主任の司会進行で終礼が始まる。

「 はい・・」

横並びの端に立っていた"天野"という男が本日のアレコレを照れた感じで語り終えると、

「 はい、続いて"西村"さん・・ お願いします 」

発表が隣へと移る。
 
"天野"と反対の端に立つ"小鳥"は、

( く、来る・・ 俺の番、来る・・ 何を言えば良いズラか・・)

慌ててしまい、何を発表していいかが思い浮かばない。

あっという間に、すぐ隣のスタッフまで発表が終わった。

「 では"黒井(小鳥)"さん・・ こちらに来ていただけますか?」

「 はっ? は、はい 」

予想外な展開である。
 
前に呼ばれた"小鳥"は、横並びのスタッフ達から一斉に視線を浴びる事に。

" モジモジ・・ "

どこに視線を向ければ良いかがわからず、ニタニタしながら"竹本"主任を見つめる。

「 "黒井(小鳥)"さん、皆さんに自己紹介をお願いします 」

「 はい・・」

額に滲む汗を拭いながら、

「 あ、あのぉおぉ・・ 本日よりコチラで働かせて頂く事になりました"黒井(小鳥)"と言います、よ・よろしくお願いします 」

" ぺこり・・ "

精一杯の挨拶をする。
 
すると今度は、

「 はい、では皆さんも"黒井(小鳥)"さんに自己紹介をお願いします・・ "天野"さんから・・」

向き合うスタッフ一人一人から自己紹介を受ける事に。

「 あ、"天野"です、社員です・・ よろしくお願いします、フガフガフフフ・・」

変な笑い方をする"天野"は、くせっ毛でずんぐりむっくりの男で、どこか気持ちが悪い。

「 僕は、社員の"西村"です、ホール主任目指して、今は休憩回しもしています、よろしくお願いします・・」

やたらと図体のでかい"西村"は、整髪料で髪の毛をツンツンに逆立てて更にでかく見せようとしている様だが、色白の顔はヒゲ剃り跡が青みを帯びていて、話し方や仕草が鼻に付く男である。

「 僕は、バイトの"高橋"です、よろしくお願いゴニョゴニョ・・」

肉っぽさの足りない"高橋"は、サラサラヘアーの中分けも手伝って涼しげなイケメンだが、今一シャキッとしていない。

( 惜しい・・ )

「 私は、カウンター主任の"大友"です、よろしくお願いします、フフ・・」

"大友"は、正面から全体をよく見るとコブタの様な体にキツネの様な顔をしている。それでも細くて長い茶色味の強い髪の毛はサラサラとしている。

( 好きな人は好きかもな・・)

しかし、Yシャツの袖の中に手を隠している姿は、どこかに毒を秘めているかの様である。

「 私は、社員の"黒川"です、"大友"カウンター主任目指してがんばってます、よろしくお願いします・・」

営業中、内股でせわしくホールを動いていた"黒川"という女。時々カウンターにも入っていたし、どうやら"大友"の交代要員の様だが、主役を張る様な雰囲気は持ち合わせていない。

「 僕はホール主任の"竹本"です、よろしくお願いします 」

爽やかで笑顔が素敵で、とてもハキハキと話す"竹本"主任は、人当たりも優しく真面目が前面に溢れ出ていて、主任になるべくして成った様であり、そしてこれからも、どんどんと出世して行きそうな感じがする。

( なるほど・・)

"小鳥"はこの時すでに、これから目指して進んで行く道は、

( "竹本"の様に・・)

そんな風に思っていた。
 
 


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