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初日

 

" PM3:20 "

「 あのぉ、本日よりお世話になる"黒井(小鳥)"といいますが・・」

PM4:00が出勤時間と伝えられていた"小鳥"は、少し早めにカウンターを訪ねた。

「 はい、少々お待ちください 」

カウンターにいた女性スタッフがホールへと飛び出す。

( 誰かを呼びに行ったのか・・)

ホールをぐるりと見回すと、

( うぉっ!)

割と多くの客の視線が自分を見ている。瞬間にして緊張が走り、額に汗がじわりと滲む。

「 どうも初めまして、僕は主任の"竹本"です 」

女性スタッフと共に爽やかな笑顔の男性が現れた。

黒のベストに黒のスラックス、首元には黒の蝶ネクタイを付けている。その姿は、ホールで慌ただしく動いているスタッフと同じである。

「 ではこれから、制服に着替えてもらいますので、一緒に来ていただけますか?」

「 はい 」

"小鳥"は、爽やかな笑顔のまま歩き出した"竹本"主任に従って店舗の南側から外へと出た。

建物沿いを左に進むと、頭上に見えたのは外階段。東面に差し掛かる角が上り口になっている。

「 二階が休憩室と更衣室になってますから・・」

「 はい 」

" カンカンカン "
 
"竹本"主任が外階段を上って行く。ペンキが剥がれてサビが目立つ。

"小鳥"は、先を進む"竹本"主任の尻の辺りを目線にして二階へと向かった。
 
 

新人教育

 

「 さっ、どうぞ 」

「 はい 」

二階へと入る。
 
靴を脱ぎ、2メートル程進んだ辺りで右を見て左を見る。正面は壁である。廊下が東西に延びていて、両サイドには同じ間隔で幾つものドアが並んでいる。かつては従業員の寮だった事を思わせる作りである。

廊下を左に進み、一番手前の北側のドアを"竹本"主任が開く。

「 ここが男性更衣室です 」
 
「 はい 」
 
6畳程の部屋の中には、鉄製のロッカーが壁際にずらりと並べられている。

「 "黒井(小鳥)"さんのロッカーはこちらになります、制服は中に入ってますから、着替えが終わったら教えてください、僕は向かいの休憩室で待ってますので・・」

「 はい 」
 
"竹本"主任が部屋から出て行く。
 
" 黒井 "

すでに自分の名前のシールが貼られたロッカー。

" ガチャッ "
 
その扉を開く。紙袋が一つ置かれてある。
 
制服が2セット入っているのを確かめ、Yシャツを着てスラックスを履き、ベストを羽織ってから蝶ネクタイを付けようとして、

( ん?)

これまでの人生で蝶ネクタイなど身に付けた経験は無く、その付け方に躊躇する。

「 "黒井(小鳥)"さぁ~ん、着替えの方はどうですかぁ~?」

それを見越していた様に、ドアの向こうから"竹本"主任の声がする。

" ガチャッ "

「 すいません、これの付け方がわからなくて・・」

「 あぁ、大丈夫ですよ、これは首に回して・・ そのホックに爪を掛けて・・ そうそう、そうです・・ はい、OKです 」

「 ははっ・・」

「 では、あっそうそう、"黒井(小鳥)"さん、タバコは吸われますか?」

「 はい 」

「 出勤時間までは時間がありますから、いっぷくして行きますかぁ 」

「 はい 」

"小鳥"は、タバコを持って更衣室を出た。
 
真向かいのドアを開いた"竹本"主任が、

「 ここが休憩室になります、あと、あちらはトイレになってますからご自由に使ってください 」

一つ右のドアを指差しながら中へと入る。
 
そして、造り付けの棚の上からタバコを手にして、

" シュポッ!"

爽やかな笑顔で煙を吐き出した。
 
それを見届け、

「 失礼します 」

" ジュポッ!"

"小鳥"が、でかい顔から煙を吐き出す。

休憩室の中央にはテーブルとイスが置かれていて、西側には流し台があり、その上には電子レンジとポット、それから幾つかのカップが並んでいる。おそらく5,6人は一度に休める。二人は立ったまま、まるで金魚の様に口をパクつかせ、二口、三口。

「 では、行きましょうか?」

「 はい 」

「 あっ、タバコはその棚の上に置いておいて結構ですよ、また休憩の時に・・」

「 はい 」

「 明日からは、5分前になったら下に降りてもらえば結構ですから・・」

「 はい 」

" トントントントン・・ "

"小鳥"は、第一ボタンまで締めたYシャツの首周りが落ち着かなかったが、

( この店を選んで良かった・・)
 
出だし好調の手応えを掴んで軽快に階段を降りた。
 
 

スタッフ

 

南側入り口からホールに戻り、

" 関係者以外立ち入り禁止 "

というプレートが貼られた扉の中へと入る。
 
ここは面接の時にすでに案内されている。倉庫的な使い方の一室を進むと、奥には更に扉があり、そこが事務所になっている。

「 "黒井(小鳥)"さん、タイムカードは此処にありますから、着替えを済ませて降りたら"出勤"を押して、"退勤"は着替える前に、いいですね?」

「 は、はい 」

事務所の扉の前方、パーテーションで仕切られた所に置かれたタイムカードを刻印する機械。"竹本"主任がパーテーションに掛け付けられたケースから一枚のタイムカードを取り出す。

「 では、これが"黒井(小鳥)"さんのタイムカードですから、どうぞっ!押してみて下さい・・」

「 は、はい 」

「 あっ、ちょっと待って下さい、その前にこれを確認して・・ ハイっ 」

" ピピッ "

タイムカードの差し込み口の少し上に見えたのは、左から"出勤"、"出"、"戻"、"退勤"という4つのボタン。"竹本"主任が押した"出勤"というボタンが赤く光る。

" ジジジジ~~ ジジッ "

差し込んだタイムカードが、31日の行の左端に"3:50"と刻まれて戻る。

「 はい、これで出勤扱いになります。もしも、ボタンを合わせ忘れて違う欄に刻印してしまうと、マネージャーの訂正印が必要になりますから気を付けて下さい・・」

「 は、はぁ・・」
 
始まりと終わりに記しのいらないトラック屋あがりの"小鳥"は、

( 面倒くせえなぁ・・)
 
やはり少々の抵抗を覚えた。

「 では、これから新人教育を始めますので、ここで少し待っていて下さい 」

「 はい 」

" トントン・・ "

「 失礼します!」

事務所の扉をノックした"竹本"主任がその中に消える。
 
 

自己紹介

 

そしてすぐに、

" ガチャッ "

事務所の扉から顔を出し、

「 "黒井(小鳥)"さん、ちょうど部長がいらっしゃるので、自己紹介をお願いします・・」

「 へっ? は、はい 」

"小鳥"は事務所の中へと入った。
 
「 し、ししし、失礼します 」
 
面接をして合格と告げてくれた"甘党"マネージャーは見当たらず、新たに現れた部長という存在に少しの戸惑いを感じていると、

「 さっ!」

"竹本"主任が自己紹介を促した。

「 あっ、ああ・・ 本日よりお世話になる事になりました"黒井小鳥"と言います、どうぞよろしくお願いします・・」

頭をペコリと下げる。
 
部長と呼ばれる男は座っていた椅子から立ち上がり、

「 "長嶺"です、よろしく 」

それだけ言うと、再び腰を下ろして机の上に視線を落とした。
 
「 では上に行きましょう !失礼しました 」

冊子を抱えて事務所を出ようとする"竹本"主任に習って挨拶をする。

「 し、ししし、失礼しゃした・・」
 
事務所の空気は重苦しい。緊張のせいか"小鳥"の舌はもつれていた。
 
 

新人教育

 

再び外へと出る。

" カンカン、カカン・・"
 
階段を叩く足音が聞こえ、

「「 おはようございます・・ おつかれっす・・」」

幾つもの挨拶と共に、袖のボタンや襟首をいじりながら群れの様に現れたスタッフ。

(!?)

やや腰が引ける"小鳥"を、

「 えぇ、みなさん、本日初出勤の"黒井(小鳥)"さんです・・」

"竹本"主任がすかさず紹介する。

「 ども、よろしくお願いします・・」
 
定時(PM4:00)出勤の遅番スタッフとの事。

「 終礼の時に改めて自己紹介の場を設けますから・・」

二階へと上がり、

「 さっ始めましょうか・・ では、そこに座ってください 」

二人が向き合う形で腰を下ろしたのは、先程たばこを吸ったばかりの休憩室のテーブルだった。
 
 


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