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(6) 内面から痩せて、自分が希薄になっていく感じ

 人というのは、実に不公平に出来ているものであると、時に感じることが私にはあるのです。

 

 いや、決して貧富のことを言っているのではないのです。

 第一、貧富など、価値観の見解であって、貧しいと思えば、人は貧しくなるし、そこそこであればいいと思えば、貧しいとは感じないものです。

 ですから、そのような物的な側面で、不公平にできていると言っているのではないのです。

 

 先だって、久方ぶりに、いとこと遅くまで焼酎の「黒霧島」とピーナッツをほうばりながら語り合いました。

 いとこは、はや70歳の大台にのっています。

 しかも、退職後も、請われてフォークリフトを操る仕事に週4日、一日4時間の仕事についているのです。

 彼は、中学を卒業し、すぐに、今勤めている会社に入りましたから、かれこれ55年も、その会社にいることになります。

 

 その彼が言います。

 俺は学歴というのがないから、自分の身体を張って仕事をしないと食っていけないし、いろいろな人に頭を下げることで、お情けを頂戴して生きてきたんだ。

 だから、この歳になっても、仕事をさせてもらっている、ありがたいことだと。

 

 そこには、確かに、地道に人生を紡いできた満足感がありました。

 

 その一方、私はというと、一体何をしてきたんだろうという思いと、いや、結構頑張ってきたんではないのという自らを慰める思いが折半して心に去来してくるのです。

 

 そんな思いになった時、私の脳裏にさっと出てきたのは、安岡章太郎の『サーカスの馬』という短編小説でした。

 国語の教師として、中学生に教えたことがある作品ですが、ともすると、自分の姿と重なる主人公の姿に驚くこともしばしばなのです。

 

 主人公(やすおか)は、成績も良くはなく、スポーツもさほどではありません。

 学校で生活を送る人間にとって、この二つにめぼしいものがなければ最悪であることは、時代を超えて容易にわかることです。

 加えて、主人公は、性格も良くないときています。

 口癖は、「まあ、いいや、どうだって。」というもので、明らかに怠け者であることがわかります。

 

 生徒に教材を通して教えている自分こそが、もしかしたら、かような人物ではないのかという危惧が常に私にはあったのです。 

 

 小説は、この主人公が、自分が通う学校の近くにある靖国神社で催される祭りの際に見た、一頭の馬に共感することで始まります。

 それは、老いぼれて、情けない馬です。

 共感する原因は、まさにその姿にありました。

 まるで、主人公と同じで、「まあ、いいや、どうだって」という雰囲気を持っていたのです。

 

 しかし、その馬は、何を隠そう、この祭りの中心的存在で、一度人を乗せると見間違えるような姿で、見事な演技をして、観客を沸かしたのです。

 その観客の中に、主人公もいました。

 ダメな馬と思っていたのが、脚光をあびる姿を見て、主人公は思わず拍手をする、という段で話は終わります。

 

 教材としては、文句なしの短編小説です。

 教師にとっては、幅の広い、さまざまな形で指導が可能な教材ということです。

 

 自分を限ってはいけないし、自分を卑下してもいけない、人間には必ず、取り柄というものがあるんだと熱っぽく語っている教壇の私自身の若き姿も同時に思い浮かびました。

 そして、これは私だけが持つ特別な感情ではなく、誰もが持つ普遍的な感情であると、はっと気がつくのです。

 人というのは、実に、弱い存在であって、その弱さは、その人が持つ心の隙間から生じてくるのです。

 それがわかっていても、人は自分の弱さを思い、悲嘆にくれるのです。

 

 しかし、中学しか出ていないいとこは、自分の力とお世話になった人々への感謝を胸に、今、胸を張って生きているのです。

 

 私は、同じ安岡章太郎の『夕陽の河岸』の冒頭の文にある一文を思い起こしました。

 

 「端的にいふと、それ(孤独)は自分自身が内面から痩せて稀薄になつてくるのを自覚させられることではないか……。 」

 

 知らず識らず、私の中に、この孤独が忍び寄っていたのだと私は気がつくのです。

 

 『サーカスの馬』の主人公のように、自分を卑下し、何をやっても情けない人に自分を位置づけていたのだと。

 人に大切なのは、偉そうにすることでもないし、今ある自分を大切に思うことであり、在ること自体を誇ることだと気がついたのです。

 

 不公平という思いを持つことは、自分が自分でないという間違った感じを持っているからなのだと。

 


(7) 昭和もまた、遠くになりにけり

 昭和6年のこと、降る雪や明治は遠くなりにけりと詠んだのは、中村草田男です。

 

 私は、昭和、平成、そして、来るべき次の年号の時代、つまり、三代の御代を、どうやら生きていくことになりそうです。

 父も、大正、昭和、平成を生きましたから、現代の日本人にとって、三代の御代を生きることは何も取り立てて特別なことではないようです。

 

 私にとって、昭和は、青春真っ盛り、悩み、喜び、けなされ、褒められ、落胆し、希望に満ちた時代でした。

 そして、平成は、教師という仕事に熱中し、そして、歴史や文学にも。

 その二つに力を注いだ時代でした。

 

 おそらく、次の御代は私の人生を締めくくる時代になると思います。

 一個の人間にとって、生老病死は避けて通れない宿命です。

 だから、私は、次の御代に、粛々と、それを受け止めていくのです。

 

 そんなようなことを考えていると、私がやっと歩き始めた頃、それがどういう経緯かはわかりませんが、あるいは、もっと大きくなって、私の記憶に刻み込まれたのかもしれませんが、ひとつの記憶が鮮烈に脳裏に宿していることに気がつくのです。

 

 それは、手押しポンプの井戸のそばで、母や近所の女の人たちが、世間話をしながら、楽しげに、洗濯をしたり、野菜を洗ったりしていた光景です。

 

 家々には水道がまだなく、近所に手押しポンプの井戸があって、そこに皆が集まって家事をしていたのです。

 まだ、戦争が終わって10年も経っていない頃のことです。

 

 私が生まれ育ったのは、竹ノ塚に新しく建てられた一戸建ての都営住宅でした。

 近所は、多くの人が東武鉄道に勤める人だったと記憶しています。

 私の祖父は東武伊勢崎線に、隣の竹内さんは東武観光のバスの運転手です。その隣の米沢さんはのちに重役にまでなるおじさんでした。

 

 一軒に与えられた敷地も広く、敷地内で畑を作ったり、子供たちが大きくなると建て増しをしたり、かなり自由に住人たちは自分たちの借家をアレンジしていました。

 

 野菜以外にも、イチジクやらザクロもその実を豊かに実らせていました。

 父の田舎は、九十九里にあり、そこからは煮干しやみりん漬けが山ほど送られてきました。

 母は、それを小分けして、ご近所に、おすそ分けですともっていくのです。

 近所には、同じ年頃の子供たちがたくさんいました。皆、どの家にも少なくても3人くらいは子供がいたのです。

 明るく、賑やかで、うるさいくらいの時代でした。

 

 氷屋さんというのがいて、リアカーに氷を積んで、「コオーリ、コオーリ」と声を出して売りに来ます。

 声をかけられると、氷屋さんは厚い生地で覆われていたリアカーの中から、大きな氷を出して、それをのこぎりである程度まで引きます。

 シャカシャカという、その音の心地よいことを今でも鮮明に思い出します。

 

 そして今度は、鋸の背を切れ目に入れて、パチンと割るのです。その手際の良さにうっとりしている私の姿も目に見えるようです。

 氷屋さんは、それを手にして、台所まで上がってきて、木製の冷蔵庫の上の段に入れてくれるのです。

 

 その氷屋さんも消えていってしまいました。

 電気冷蔵庫が家庭に入ったのです。

 程なく、炊飯器が入り、洗濯機が入ると、母たちはもう井戸端に集うことはなくなったのです。

 私の脳裏に宿る、井戸端のあの光景こそが、私に「昭和の原型」をイメージさせるのです。

 

 日本は戦争に負けたけど、負けたのは男たちであり、女たちは便利な家電を手にして、そのおけげで、有り余る時間までを手にして、その時間をテレビジョンで費やすようになったと誰かが言っていました。

 昭和の、先端を行く技術は、女たちの喜ばしい横着を促し、それまでの面倒な家事から解放していったのです。

 まさに、昭和の女たちは、「戦争」に勝利したのです。

 

 昭和という時代は、画期的な繁栄を実現した、日本の歴史の中で、最も高揚した時代でもあったのです。

 

 平成の今、ついこの間までの昭和の面影は、一切合切なくなりました。

 ものの見事にです。

 そんな姿、日本らしいなって思うのです。

 

 次のまだ名も無い御代が始まると、きっと、数十年して、誰かが平成の御代を懐かしむのではないかと私は容易に察しがつきます。

 その時もまた、平成を懐かしみ、その面影を求めることでしょう。

 

 人の世というのは、いつも、このような繰り返しなのです。

 


奥付



秋葉原のハゲ頭


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著者 : nkgwhiro
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