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     一

 

 わたしは、最低の母親です……いいえ、母親を名乗る資格はありません……わたしは、最低の女です……。

  あまりに残酷な事に、わたしは自分の一人息子を……殺してしまったのです……いいえ、確かにそれは傍から見れば、必ずしもわたしが殺したとは言えないかも知れませんが、しかしわたしにとっては、同じ事――たとえ息子が自らの手によってその命に終止符を打ってしまったのだとしても、どちらにしろその責任は、母親であるわたしが負うべきものに違いないんです……。

  そして何より、わたしは息子に関する事以外にも、一母親としての様々な罪を重ねて生きて来ました……。

 


 

  

 わたしが生まれ育ったのは、大きな事件や催しものも滅多にないような、穏和でのどかで物静かな、何の変哲もない平凡な田舎町で、都会のように娯楽らしい娯楽は身近にありませんでしたので、幼い頃は近所の子供達と自然と戯れながら遊んで過ごす事が多く、よってあまり新鮮且つ刺激的なものに触れる機会はありませんでしたが、それでもわたしは特別な不満や悩みを抱える事も無くすくすくと、どこにでもいる極普通の子供として和やかに健やかに育ち、充実した時を過ごしておりました……しかし思春期にもなると、わたしは多くの少年少女達と同じように、華やかで鮮やかで、刺激的で自由な生活に対する憧れを抱き始め、それと同時に、田舎特有の閉鎖性、保守性、古臭さ、窮屈さを敬遠し出し、次第にこの町をただただ退屈で味気のない、みすぼらしいちっぽけな町だと考えるようになり、そうして日を追うごとに少しずつ少しずつ日常に苛立ちや不満を募らせていっており――さらにまた、わたしは何か新しい事、大きな事をしたい、もっと自由で刺激的な、波乱のある生き方をしたい、そういう野心、情熱を内に秘めていた反面、本来内気で気の弱いシャイな性格にあった為、あまり思うように行動を取る事が出来ず、言いたい事も言えず、やりたい事もやれず、自分らしく振舞う事が出来ずにいて、そんな自分が嫌いで嫌いで仕方なく、壁にぶち当たる度に非常にむず痒い、やるせない、悔しい思いで過ごしており、ただそんな時はいつも、かねてから憧れを抱いていた都会生活、大学生活を夢想し、明るく華やかな未来を思い浮かべ、きっと高校を卒業してこの町を離れたら、こんな退屈な日常から逃れもっと賑やかで楽しい充実した毎日を過ごすんだと、そう夢を募らせながら耐え忍び、着々とこの町を出る準備に勤しんでおりました……。

 

そうして高校三年の終わり、故郷から遠く離れた都会に位置する大学に合格したわたしは、ついには実家を離れ、念願の一人暮らしを始めるに至りました……。

 

 

 

引っ越したばかりの頃はとにかく、喜びや興奮、期待があまりに大きかった為に、田舎者が都会に出るとき特有の不安や憂いは掻き消されており、ただただこれから始まる新たな生活への希望や情熱が湧いてくるばかりで、今まで何度も想像に想像を重ねてきた都会生活の有りようが、まるでテストの答案に次々と丸が付けられていくように目の前に立て続けに具現化されてゆき、そんな都会を象徴せんばかりの様々な出会いに触れる度に、わたしはついに待ちに待った日々を手にする事が出来たのだと実感し、とにかくそれがもう嬉しくて嬉しくて仕方なく、都会人にとっては当たり前のような何でもない事でも、田舎で育ったわたしにとっては目を見張るような新鮮な出来事の連続で、ただ何気なく外を歩いてみただけでも、ちょっと電車を利用してみただけでも、ふらっとお店に立ち寄ってみただけでも、そこには必ず何かしら自分なりの新しい発見が隠されており、わたしは毎日のように見出す小さな小さな発見に一々驚き、喜び、興奮し、はしゃいでおり、傍から見れば凡庸でありふれた生活でも、わたし自身その中に常に幸福を感じ取っており、何気ない日常がまるで大冒険なのでした(たとえ田舎と都会とのギャップに戸惑い、悩まされ、失敗してしまうような事があっても、それもまた自分が新たなスタートを切った事の証なのだと思えばまるで苦にならず、むしろ自分が少しずつ成長していく事を楽しむ余裕さえもありました……)。

 

無論わたしは大学生活においても、これまでの陰気で惨めな青春を取り返さんとするばかりに行動的且つ開放的になり、高校時代のわたしを知ってる人からすれば考えられない程に明るく陽気に、社交的に振る舞い、経験した事のないような色々な体験に積極的に飛び込み、出会った事のないような様々な人々と交流を持っており、とにかくわたしは新たな環境、新たな経験、新たな出会いを異様なくらいにやたらと欲しており、その頃のわたしは言わば、生活自体が一種の興奮状態にあったとでも言えるかも知れません……また、わたしも一端の女子大生らしく、恋愛に強い関心を抱き最愛の人と出会う事を深く望んでおりましたが、ただわたしはこれまで恋愛という恋愛にはまるで縁がなく、男性とお付き合いをするどころか会話さえろくにした事がない程で、恋愛に対する深い憧れを持ちつつも一体どの様にして男性に話し掛け、どの様にして接し、どの様にして触れ合い、どの様にして付き合っていけば良いのかが分からず、いくら開放的になってるとはいえ、本来内気でシャイな性格にあった自分が異性に親しく声を掛けるなど容易な事ではなく(馬鹿な話ですが、保守的な風土で育ったわたしには、男性に気軽に声を掛けるとそれだけで軽薄な女とでも思われそうな気がしてなりませんでした……)、しかしまた、昔のままの自分では無いのですから、相手側から話し掛けられた分にはちゃんと笑顔で明るく答え、何気ない会話を交わすことは自然と出来ておりました……。

 

そうしてあるとき、わたしは同じ大学で一つ上の彼と出会いました……初めて彼を前にしたとき、わたしは何か運命的なものをそこに感じ取っていたように思えます……と言っても実際はまるでロマンチックでも運命的でもない、客観的に見れば非常に現実的で平凡で述べるまでもない極自然な出会い方でしたが、ただ、新たな出会いを心から欲していた当時のわたしは、きっとどんなに味気のない凡庸な出会いであろうと、そこに必ず何かしら運命的なものを感じ取っていたに違いないのです……何も知らない無垢で無邪気な田舎娘に過ぎなかったわたしは、永遠の愛だとか運命の赤い糸だとか、そういう幼稚で下らないロマンチックな幻想を、意識的でなくともやはりどこか心の隅っこの方で愚かにも信じており、当時の生活に情熱を燃やし恋愛への欲求が強かったわたしは、知らず知らずの内に初めて出会った彼を運命の人と決め込んでいたのだと思われます……恋愛経験が一度も無かったことへの反動もあって、わたしは通常の恋愛以上の激しい情熱をもって臨みました……それは本当に、嘘一つなく、心から楽しい、賑やかな、暖かい、心地の良い、幸せな時間でした……今思えばあの頃より幸福な時期は後にも先にも無かったように思えます……あの時だけは、確かにあの時だけは二人とも真剣に愛し合っていたんです……一生この人と共に生きて行くのだと本気でそう信じ、彼と築く何年何十年という未来の光景が自然と浮かぶのでした……。

 

 

 

変化が訪れたのは、大学生活も半ばに差し掛かった頃だったと思われます……故郷を離れてからずっと、わたしは何の問題もなく新鮮な充実した日常を送って参りましたが、しかし流石に一年二年と同じような生活を続けていると、やはりどうしても日々の熱気と興奮は麻痺を起こさずにはいられず、次第にこの生活に対する熱い想いは冷めてゆく事となりました……本当に、夢から覚めたようでした……振り返る記憶が、本当にあった事なのかどうか、それさえ疑わしく思うほど心は冷え切っていました……都会に対する煌びやかな幻想はゆっくりと消え失せてゆき、田舎だろうと都会だろうと本質的な差異はどこにもありはしないと、そう考えるようになりました……あんなに興奮しはしゃいでいた自分が何だか馬鹿馬鹿しく情けなく、また哀れにも思いました……巨大な虚無感、喪失感に襲われ、日常に感動を覚えることが急激に少なくなり、まるで心に出来た大きな隙間に冷たい風が吹き抜けるようでした……そうしてそれと共に、一人暮らしを始めて以来ずっと麻痺し続けていた本来の感覚が呼び戻され、以前のみすぼらしく惨めな自分が姿を現し、あの明るく快活な溌剌とした自分は偽りの姿に過ぎないのだと思い知らされ、そんな中で築いてきた人間関係や勉強や雑多な経験が、全て無意味で、軽薄で、儚くて、鬱陶しくて、煩わしいものに思えてき、本来の自分と偽りの自分とのギャップに葛藤を覚え、翻弄されるようになりました……偽りの生活、偽りの興奮、偽りの青春、偽りの関係、偽りの自分、全ては幻に過ぎなかったんです……わたしはきっと、何かしようと思いながらも何も出来なかった自分、変わりたいと思いながらも変われなかった自分がずっと嫌で嫌で仕方なかったから、そんな自分を無理に押し殺して過去とは違う新たな自分を創造し、何かしら生まれ変わろうと子供のように盲目的に足掻き続けていただけなんだと思います……それは言わば無意識の演技であり、環境の変化に対する過剰反応であり、身も蓋もない言い方をすれば、わたしはただ、浮かれていたに過ぎなかったんです……。

 

無論それは恋愛にも着実に影響を及ぼしていました……ただそれは非常に小さく、細かく、目には見えにくい瑣末な変化であった為、わたし自身まだ気付いていなかった……いや、気付いてなかった振りをしてただけかも知れません……本当は、分かっていたんです……彼に対する熱情が、少しずつ、ほんの少しずつ冷めていってるのを……確かに上辺だけを見ればそこに変化という変化は無かったように思えます――しかし実際は、日常の中のふとした場面、ふとした間際、ふとした瞬間において、他人には決して分からないようなほんの些細なズレや、軋轢や、すれ違いが生じており、それが二人の間で話題に上ることはありませんでしたが、しかしわたしは全くそれに気付いていなかったわけでなく、意識の底では確実に何らかの違和を感じ取っており、ただそれが表面化するのを恐れて直接目を向ける事なく、平然とした態度で何事もないかのようにいつも受け流していたんです……それははっきりと形を持った不安では無く、心の奥底の方に微かに見える薄暗い闇のようなものであり、その正体を勇気を持って確かめようと思う度に、これ以上先を見詰めてはいけないという漠然とした恐怖に襲われ、結局は目を瞑って見て見ぬ振りをしてきたのです……。

 

わたしはただ単に、若かったんです……あまりにものを知らな過ぎた……完璧な恋愛を信じていたわたしは、一人の人間と出会い、一人の人間を愛し、一人の人間と共に生きて行く事を暗黙の内に誓っており、それまで築き上げて来た二人の関係、二人の時間、二人の記憶を壊す勇気が無く、何も変わっていないのだと必死で思い込もうとしていただけなんです……恋愛に対し臆病だから、別れるという選択肢に盲目になり、恋愛に対し不誠実だから、自分の素直な感情を誤魔化そうとし、恋愛に対し不真面目だから、一人の人間だけを一生涯愛し抜こうと足掻いていたんです……。

 

 

 

心の最深部に潜んでいた漠然たる不安は(もはやそれは一つの恐怖でした)、次第に心の意識的な部分にまで浮上してき、それに付随するような形で、自分が彼を好きではないのでないかという疑念までもが少なからず浮かび上がって来ており、しかしそれでもわたしは、今も変わらず彼を愛しているのだと無理矢理自分に言い聞かせ、その不安が杞憂に過ぎない事を心の底で祈るように願い、彼に対し今までと何も変わらないように――いいえ、その不安を打ち消さんとするばかりに反動的になり、これまで以上の熱意をもって彼と触れ合おうと躍起になっていました……今思えば、それは単なる隠蔽工作に過ぎなかったんです……彼に対する、或いは自分に対する、無意識の偽証工作……。

 

しかし、いつまで経っても不安は外へと除去されず、寄生するかの様に執拗に内に留まり続け、そうしてついにはある種の変化を認めざるを得なくなったとき、わたしはこんな風に考えるようになりました……どんなに激しい恋愛であれ、一時的に冷めてしまう瞬間は必ず訪れるものなのだと……彼を愛していないのでなく、むしろ彼を愛しすぎたが故なのだと……短い間に愛情を一挙に注ぎ過ぎたがために、一時的に心のタンクが空になってしまい、今はただ充電、補填の時期なのであって、決して彼そのものを好きでなくなったのではなく、次第にまた元の情熱的な感情を取り戻し、出会った頃のような新鮮な時間を過ごすときが訪れるのだろうと……この幼稚で愚かで強引な論法こそが、わたしの心を取り巻く不安を捻じ伏せるための唯一の、苦し紛れの、最後の手段だったのです……無論実際は、あの愛情はただ溢れ出る若いエネルギーや過度の思い込みによって偶発的に生まれた、儚い、薄っぺらい、持続力のない、一過性の激しい火花に過ぎなかったのであり、もう既にそこにはただ焼かれて灰になったちっぽけな残骸が空しく横たわっているだけなのでした……。

 

わたしはただ、惰性によって彼と接していたんです……いいえ、恋愛だけではありません、その頃から既にわたしは、何に関してもただ惰性によって生きていたんです……惰性によって人と付き合い、惰性によって人を愛し、惰性によって雑務をこなし、惰性によって生活を営む……今の今に至るまでずっと、何の目標も生きがいもなく、ただただ惰性によって無意味に生き長らえて来たに過ぎないんです……。

 

 

 

そのまま二人は大きな動きを見せることもせず、まるで何も問題は起きていないかのように淡々と交際を続け、そうして夫は大学卒業後就職し、その翌年にわたしが卒業すると共に、二人は婚約致しました……。

 

しかし、結婚が近づくに連れて心を満たしてゆく感情は、決して幸福や安息では無く、ある種の恐怖でした……婚姻が迫る度にその感情は肥大し、ゆっくりと心が蝕まれ腐食してゆくのが分かりました……しかしそれでも尚、内に潜む黒い塊の正体が彼に対する愛情の喪失と関係している事に未だ確信を持てずにおりました……。

 

しかし、ある時ふと、気付いてしまったんです……彼の背中を見つめながら、どうしてわたしはこの人といるのだろうと、そう思っってしまったんです……彼を見つめても、彼と話しても、彼に触れても何のときめきも得られず、ただ無味乾燥な血の通わぬ肉の塊が目の前に横たわってるように感じ、その存在と私自身との間に何の繋がりも必然性も感じ取れず、未来を照らす光が真っ暗な闇で遮られ、そこにはただただ深い断絶と孤独感とが漂っていました……もはやどんな理屈も抵抗も無駄であると悟ったわたしは、そこでようやく確信に至ったのです……自分が彼を愛していないのだと……。

 

打ちひしがれる思いでした……物凄く大切な何かを失ってしまったような激しい喪失感に襲われました……取り返しの付かない事をしてしまったのだと心からそう思い、悔恨と、失望と、自己嫌悪で一杯になりました……。

 

しかし、もはや元の場所へと引き返す道標は残されておらず、失われた時間を修復する手立ての無かったわたしは、遂にはある一つの道を突き進むことを選びました……それは、「演技」でした……。

 

わたしは真実を隠蔽し、夫を騙し続ける事を選びました……全てを告白してこの場から逃げ去る事によって周囲を裏切り、ここまで築き上げて来たものを滅茶苦茶に破壊し、世間体を著しく傷付けた挙げ句荒廃した孤独の状態に陥るのを恐れたわたしは、余計な軋轢を起こす事なく穏便に済ませたいという身勝手な考えによって、ただ物事の常識的な流れに身を乗じて演技をし続けることを自然と選択していたのでした……たとえわたしが偽者の妻であっても、最後まで演技を完璧にやり通し本性が露見しなければ、結局は同じ事なのだろうと……そこに罪は成立しないのだろうと……誰も不幸にはなるまいと……そんな風に無意識の内に強引に己を納得させ、自分自身をも誤魔化し、その行いを正当化しようと、気がおかしくなりそうなまでの必死な思いでもがいていたのでした……。

 

わたしはその頃、人生というものが分からなくなっていたんだと思います……何をしたいのか、何をすればいいのか、どこへ向かっているのか……満たされない心、反復される日常、果てしなく続く懊悩……いつまで経っても安息は訪れず、手にするのはどれも浅薄で表面的な偽者の幸福ばかり……もはやわたしには未来の指針となるようなものを見出す力、確たる意志によって自身の行く末を決断する勇気が失われており、そんなわたしに出来る事といえば、私自身の考えによらず、独自の意見を持たず、自己主張せず、ただ黙って周囲の人々や環境に従属し、世俗的習慣に流される事だけだったのです……生きるとは、この様なものなのだろうと、理想を追い求めてはいけないのだろうと、そんな諦念で満ちた厭世的な考えに陥っていたんだと思われます……。

 

 

 

わたしが夫を愛していないように、夫もまたわたしを愛していないのは明白な事です……彼もまた習慣の一部に過ぎません……それは彼自身気づいていない事でしょう……しかしわたしは、あまりに遅すぎるとは思われますが、気付いてしまったんです……永遠の愛が存在しないという事……どんなに深い愛情であれ、結局は一時の感情を超えて出るものではないという事……たとえ結婚という制度、夫婦という社会的関係に永遠があろうと、そこに決して永続的な愛情は存在せず、いやそもそも、夫婦という関係を形作るのに、愛という感情が不可欠であると考えていた自分が幼かったんです……結婚は一習性であり、断じて愛情の帰結ではありません……甚だ冷めた見方をするようですが、それは種族保存、子孫繁栄を目的として恣意的に作り出された偽善的な、欺瞞的な、形式的な制度に過ぎないのです……わたし達もまた他の夫婦と同じように、ただ結婚という社会的慣習に則ったに過ぎません……しかし、だから何だと言うのでしょう……愛するも愛さないもありません……何せわたし達は、ただの家族に過ぎないのですから……。

 

無論わたし達だけではありません……一人の主婦として長年生活し様々な家庭を知る内に、家庭というものの嘘臭さ、醜悪さ、偽善性を否応なしに知らされざるを得ませんでした……。

 

家族……家族とは一体、何なのでしょう……家族という関係に、一体血の繋がり以上の何があるというのでしょう……家族というのは結局、偶然によって選ばれた一つの形式的なまとまりに過ぎず、決して内面における共通項や絆があるわけでも無く、ただ親が一方的にその共同体のルールや価値観を制定する事によって、あたかも深い愛情や信頼関係によって繋がれているかの様に見せ掛けているに過ぎず、実際は経済的事情や社会的身分によってかろうじて表面的な一体感を演出しているだけで、決して本当に愛し合っているわけでも、本当に信頼し合ってるわけでも、本当に心配し合ってるわけでもなく、それが正に「家族だから」という根拠なき理由においてのみ繋がりを保っており、決してその人自身を見ているわけでなく、ただ習慣によって愛し、習慣によって心配し、習慣によって信頼し、そうして身内が亡くなれば、真の愛情ではなくやはりただ習慣によってのみ突き動かされ機械的に涙を流しているのでないでしょうか……たとえ血が繋がってても、決して心は繋がっていない……そう、家族とはいっても、結局は他人なのです……同居する他人、どうなろうと関係のない、心の繋がりのない赤の他人……。

 

 

 

結婚して少し経った後、子供が生まれました……家庭を支える自信も気力もなかったわたしは、子供が生まれてくる事によってより悲観的になりました……赤ん坊を手にした際、善良な心を持った普通の母親であれば、その子供が自分の下に生まれて来た事の神秘に感動し、子供の数限りない輝かしい未来を思い浮かべ、明るい希望に満ちた華やかな家庭の将来を夢想し、自然と笑顔をこぼしながら幸福感に包まれるものと思われますが、しかし、わたしにはまるで一つの巨大な不幸の塊が自分の手に降り落ちて来たかの様に思え、重たく沈んだ真っ暗な映像が頭から離れず、この子の人生がわたしの一存に左右されると思うと、言い知れぬプレッシャーと絶望感と罪悪感とが一挙にのし掛かってき、眩暈で気絶しそうになる程でした……。

 

わたしは子供との接し方が分からず、戸惑いと混乱ばかりを覚えていました……自分の子供が、自分の子供ではないという絶望的な感覚……どれだけ子供と接しても、どれだけ子供を愛そうとしても、子供が自分の手の届かぬ遥か遠くにいるような不安……子供とわたしとの間を引き裂く深く大きな断絶……わたしには子供という存在が、酷くおぞましい、不気味な、脅威的な、得体の知れぬ未知の生き物のように映り、自分が子供を愛してるのだと何度言い聞かせようと、真に子供を愛するという感覚を得る事が出来ないでおりました……。

 

わたしは、病気なんじゃないかと思いました……何か悪い病気を患ってるから、こんな風になってしまったんだろうと……こんなの普通じゃない、わたし本来のせいではないと……ただその頃のわたしは、たとえどれだけ深刻な悩みを抱えようと誰かに自分の内面をさらけ出すような勇気は残っておらず、病院に行ってカウンセリングを受ける事も酷く恐れられました……。

 

いくら何でも、子供を殺したいだなんてそんな残忍な事を思った事は一度だってありません――しかし、ふとした場面で、このままどこかへ消えて欲しい、自分の下から去って欲しい、とにかく子育てから逃れたい、そう瞬間的に感じた事は幾度となくあります……テレビのニュースや新聞などで、母親が実の子を殺したという事件を目にし、その中で逮捕された母親が、子育てに疲れた、将来に悲観したなどという殺害の動機を語っているのを聞くと、何となく自分の事を聞かされ、自分の姿を目にしてしまってるように思い、また無意識の内に、心の隅っこの方でどこか加害者に同情に似たような気持ちを覚えてしまっており、そんな自分自身が恐ろしく、深い罪悪感と自己嫌悪に囚われ、どこか見知らぬ遠い場所へと逃げ去ってしまいたいような、そんな何とも言えない非常に不気味な、嫌な気持ちに駆られていました……。

 

親の勝手な都合で子供を産んでおきながらその子供を愛せない事を、罪と呼ばずになんと呼ぶのでしょう……無論それは飽くまでもわたしの罪であり、子供達には何の罪もありません……子供は何も知らずにただ生まれて来るだけです……子供は純粋です、子供は無垢です、子供はまっさらです……たとえ子育てを煩わしいと感じても、また自分自身を憎らしく思っても、子供自体を憎らしいと思う事はありませんでした……親の身勝手な過ちに子供を巻き込むわけにはいきません……親などという愚かな生き物に、苦悩を訴える資格、同情を求める権利などありはしないのです……子を愛せない親なんかより、親に愛されない子の方が比べ物にならぬほど遙かに不幸なものです……わたしに出来る事は、せめてもの罪滅ぼしとして、たとえ実質的な感情が失われていようと、子育てには決して手を抜くことなく、最後まで完璧に立派な母親を演じ通すことだけだったのです……。

 

実際のところわたしは、良い母親だとか悪い母親だとかそれ以前の問題であって、そもそも一人の母親であったためしは無く、ただ母親という役割を演じ家族の一員である振りをしてきたに過ぎず、単なる義務観念と罪悪感によって突き動かされていただけの、母親としての純粋な意識や感情が失われた、形だけの、見せ掛けの、偽りの母親でしかなかったのです……。

 

 

 

演技を要求されたのは、何も家庭内だけではありません……わたしは誰もが通るある煩わしき問題の為に、家の外でも演技し続けるのを余儀なくされていました……。

 

それは、「ご近所付き合い」でした……。

 

近所付き合い……それは主婦達にとって、ある種の戦争と言っても過言ではないかも知れません――これは一つの権力闘争であり、主婦達は皆、おべっかや贈与、噂話という武器をもって、日々駆け引きを繰り返し、地域に取り残されず勢力を広めようと奮闘しているのです(しかしまた、それは学校でも職場でもどこだろうと同じ事ではないでしょうか)……大袈裟な表現なのかも知れませんが、しかし近所に住む人々や他の主婦達との関係が、自分あるいは子供の将来を大きく左右することが往々に見られるのです……ご近所付き合いによってこの町を離れざるを得なくなり、ご近所付き合いによって子供がいじめられたりするという事が実際にあるのです……。

 

わたしは初めの頃はかなり人間関係に過敏になっており、この第一歩が今後のわたしの生活や子供の未来を左右すると思うと、近所の方々に対し非常に神経質になってしまい逆に上手く接近する事が出来ないでおりました……どう声を掛ければいいのか、何を話せばいいのか、どの様な態度を取ればいいのか、どう受け答えすればいいのか……知り合いを見掛ける度に過度の不安に襲われ、誰かと話し込んだ直後はいつも、何か失礼な事を言っていやしないだろうか、嫌われるような事をしてないだろうかと反省と後悔に取り憑かれ続け、毎日毎日が不安で一杯でした……。

 

主婦というのは、互いに物を押し付け合いながらでないと共存していけない生き物です(人に物を贈るのは、体のいい買収だと思っています)……わたしは近所の方々から御土産だとかおすそ分けだとか何か贈られたとしても、少しも嬉しくなる事なくただただ気が重くなるばかりでした……ああ、また何かお返ししなきゃいけない、何を贈ればいいんだろう、どんな御礼をすればいいんだろう……。

 

病気のように神経質になって気を遣っているためか、わたしはどうやら他人と当たり障りなく穏便に付き合う事に長けているようで、これといったトラブルを起こす事なく比較的平和な毎日が続き(内面での激しい葛藤はありましたが)、むしろ人と人との衝突を回避させる仲裁役のような立場にあり、人の頼み事を断れない性格のわたしは、毎日のように色々な人から様々な相談を受け、それらの問題に一々真剣に対応し、悩まされ、翻弄されており、そしてまた、信頼されてるからなのかどうか分かりませんが、近所の方々と出くわす度に他人の陰口を聞かされており、誰が誰を嫌っていて、誰と誰が手を組んで、誰と誰の間にトラブルが起きているなどと多くの情報が耳に入り、近所に住む人々の細かな人間関係が手に取るように分かるのでした……。

 

聞こえてくるものはどれも醜くおぞましいものばかりで、次第に人付き合いの本質が見えてくるような気がしました……形だけの付き合い、形だけの会話、形だけの礼儀、形だけの信頼……陰口や阿諛、社交辞令で溢れかえり、嘘の含んでない会話など一つとさえありません……その人がその場にいればその人を持ち上げ、その人がその場から去ればその人を罵倒する……そんな偽善的で、皮相的で、軽薄で、卑しい人間関係を何度も目にする内に、自分の中に少しずつ人間不信めいた鬱屈した感情が蓄積してゆき、そしてまたその方々と同じように、必死で作り笑いをして、おだてて、悪口に付き合って、取り入っている自分自身にも嫌気が差し、次第に他人とコミュニケーションを取るのが億劫になり、さらにはあまりに神経を使いすぎたせいか肉体面にも幾らか変調を来たし、徐々に頭痛や吐き気やめまいに襲われるようになり、その結果ご近所との付き合いを怠り始め、主婦達とは疎遠となり、わたしはその区域で孤立を深めるようになっていきました……。

 

わたしは世間の言う「大人の付き合い」に付いていけなかったんです……わたしはその頃から人という人、出会う人間全てに対し、深い疑念を抱くようになってしまいました……新たに人と出会う度に、わたしはいつもこう思うんです……この人は、本当に信頼してもいい人だろうか……この人は嘘偽りなく、心から優しい人だろうか……人を卑しめたり人を侮辱したり、人を裏切ったりしない人だろうか……。

 

どんな笑顔を見せられても虚飾のようにしか見えず、人の親切という親切がことごとく偽善的な所業に思え、人から親切を受ける度に、いつか手の平を返され惨い仕打ちを受けるんじゃないかと、恐ろしい思いに駆られていました……人が人に優しくするのは、より残酷な裏切りを行うためじゃないかと……人が人を持ち上げるのは、より高い所から突き落とすためなんじゃないかと……。

 

どれだけ優しい人間に見えても、ふとした間際に鬼の様な形相を見せ、悪魔の心に変貌する事があるんです……あれだけ優しかった人間があれだけ恐ろしい人間になり、あれだけ穏やかだった人間があれだけ凶暴な人間になり、あれだけ純粋だった人間があれだけ汚い人間になる……わたしはそういう場面を何度も目にして来ました……。

 

 

 

それを象徴するような出来事が、最も身近なところで起きてしまっていました……それは、夫の家庭内暴力でした……。

 

決して、こんな人ではなかったんです……男らしさの中にも優しさを持ち合わせた、穏やかで頼りがいのある真面目な人でした……人は変わります……どんなに立派に見える人だって変わるものです……子供が生まれた途端に、温厚で優しい夫から厳格で強情な父親へと変貌し、子供に必要以上に厳しく当たり、家族を顧みず自分勝手に振る舞い、事あるごとに周囲に当たり散らし、何が気に食わないのかいきなり怒鳴って物を投げ付けたり、ほんの些細な事で子供に手を上げたり……どうしてこんな事になってしまったのか、全く思い当たるものがありません――原因を探ろうとしても、訳を尋ねれば尋ねるほど夫は荒れ狂い余計に状況は悪くなるばかりで、自分の方から夫の横暴を静めるなど無謀なことであり、わたしは何が起ころうと常に受身の立場になくてはならず、ただこれ以上夫の乱暴を助長させないように、どんな理不尽な目に遭おうと一切口を出すことなくじっと我慢して耐え忍び、自然と事が収まるのをひたすら待つしかなく、罪を背負って生きてるわたしは、この家庭における全ての問題を一身に引き受けなくてはならないのです(そもそも夫がこの様になってしまったのも、わたしに原因があるのかも知れません……)。

 

ある日、夫がまたしても身勝手に暴れており、しかも今回は普段以上に酷く、それを前にした子供達はただただ怯え、泣き、震えるばかりで、わたしはその光景を見て、さすがにもうこれ以上放置しておく訳にはいかないと思い、せめて子供だけには危害を加えさせまいと奥の部屋で隠れてるよう指示し、そうしてわたしは遂に意を決して夫に抵抗し、叫ぶように非難し、喚くように辛い心情を吐露し、その挙げ句子供の様に泣きながら夫の膝元に縋り付き、擦り切れるような声にならぬ声で力なく訴えていました……ねぇ、何でこんな事するの……わたしの何がいけないの……ねえどうして……。

 

子供が生まれてからというものの、夫の独裁は数年にわたって続きましたが、それもいつしか平穏の兆しを見せ始め、徐々に徐々に、緩やかに少しずつ落ち着いていき、そうしてある時期を境に平静を取り戻すこととなりましたが、しかし、この物々しい体験は確実に子供の人格形成へと根強く影響を及ぼしていました……。

 

 

 

夫の厳格な教育は息子を無気力で内向的な性格にさせ、それとは対照的に娘を自由で反抗的な性格にさせました……。

 

息子は小学生の頃までは常に明るく、友達も多く、授業態度も良く、模範的と言っても良いくらいに真面目で元気な子供で、心配すべき問題は何一つ見当たりませんでしたが、しかし中学生になった頃から、途端に成績が落ち出し、友達との付き合いも減り、家族との会話も少なくなり、度々浮かない顔を見せ始め、部屋に閉じこもりがちになり、仕舞いには学校を頻繁に休むようにさえなってしまいました……。

 

初めの頃は、朝起こしに息子の部屋へ行くと、ぐったりとした様子でベッドに潜り込んだまま、「具合が悪い」と力なくそう呟き、実際顔色が良くないように見えましたので、わたしは無理をさせず大事を取って休ませておりましたが、しかしそれが一度だけでなく、その後も事あるごとに「頭が痛い」「気持ちが悪い」「吐き気がずる」などと言ってベッドから離れようとせず、それがあまりに長く続くものですからわたしもさすがに不審に思い、どうもただ怠けているようにしか映らなくなり、ついには我慢ならず好い加減にしなさいと強引に叩き起こすようになり、そうすると息子は嫌そうにしながらも一応支度をして家を出て行くのですが、しかし、それもまた幾度となく続けてる内に、次第にわたしの叱咤にも慣れてしまったのか、どう言って聞かそうとしても端から耳を貸そうとせず、部屋に閉じこもって意地でも学校に行こうとしないようになり、頭到そのまま息子は不登校になってしまいました……。

 

それでもわたしはあれだけ真面目だった息子の事ですから、何か止むに止まれぬ事情があるのではと思い、息子に優しく丁寧に訳を問い尋ねてみたのですが、しかし返ってくるのはいつも、「怠い」、「面倒臭い」、「行く気がしない」、などと到底納得のしようがないふざけたような言い訳ばかりでした……しかし、今にして思えば、それは明らかな嘘だったのです……息子は決してただの怠惰なんていう軽薄な理由から登校を拒否していた訳では無かったのです……本当はもっと複雑で、深刻で、難解な問題を抱え、人知れず悩み苦しんでいたのですが、ただわたしに余計な心配を掛けさせたくないが為に嘘をつき、単なる怠け者を装っていたに過ぎなかったんです……どうしてせめてこのとき息子の本当の心情に気付いてやれなかったのかと、そう思うと悔しくて悔しくて、憎くて憎くて、思わず涙が出そうになる程です……。

 

夫には内緒にしてて欲しいと訴えられましたが、しかし正当な理由もなく単なるわがままで学校を休んでる上、わたしの言葉にも耳を貸さない以上夫に何とかしてもらうしかなく、この事を夫に話すと、夫はすぐに息子を部屋まで呼んで来させ、正座させて面と向かい合って息子に説教をし始め、甘えるな、おまえ一人苦しいと思うな、皆頑張ってるんだ、わがままを言うな、そう力強く言い聞かせ、息子は意気消沈した様子で聞きながら、はい、はい……と力なく頷いていました……。

 

そうしてその後、息子は落胆する様子や不満そうな顔を見せながらも、何とか毎朝ちゃんと学校に向かう準備をして家を出るようにはなったのですが、しかし、ある日の朝、ふいと息子は学校に行かないと性懲りもなく言い始め、わたしはそれを聞いて呆れてしまい、一度怒鳴りつけると、すると急に息子は、必死で自分の身を守るみたいに丸まりながら、助けてと言わんばかりに小さな赤ん坊の様に怯えるばかりで、それを見てわたしはもうどうして良いか分からず、怒る気力さえなくしてしまい、もはやこれ以上無理に学校に行きなさいと言い聞かせるのは逆効果だと考え、息子の顔を覗き込みながら優しく諭すような口調を以て、じゃあ無理に学校に行けとは言わないから、せめて家の中でも出来る事をして頂戴、そう言って聞かせると、息子は、うん、分かった、と素直に聞き入れ、そうしてそれ以後、息子は毎日教科書を取り出して独自に勉強をするなど、自分なりにやれる事を精一杯やるようになりました……息子の不登校は一年近く続きましたが、特別に自宅で受けさせてもらったテストでも優秀な結果を残し、学校の友達が息子の下を訪ねて一緒に遊ぶ事もあり、息子は徐々に元の明るさを取り戻し、次第にちゃんと学校にも通い始めるようになり、そうして後れた分を取り戻そうと猛勉強を重ね、その結果、息子は県でも有数の進学校に入学することが出来、何とかこの問題はひとまず無事に終えることが出来たのでした……。

 

しかし、息子だけではありません――二つ下の娘もまた、学校生活に問題を抱え、周囲の手を煩わせていました……。

 

娘もまた息子と同じように学校を毛嫌いしていたようですが、ただ、その反応の表れ方が息子とは異なり、不登校になったり部屋に引きこもったりする事はありませんでしたが、その代わり授業中の態度は非常に悪く、宿題もろくにやらず、教師に対しても反抗的で言う事を聞き入れず、授業そのものをさぼる事もあり、さらには朝家を出たまま学校に向かわず友達とどこかでほっつき歩いていた事もあり、わたしは何度もきつく言って聞かせましたが、娘はわたしら親の言う事にも素直に従おうとはしません――例えば息子の場合は、たとえべそをかいたり不満な顔を見せる事があっても、父に対して直接歯向かうような事はまずあり得ず、途中どうあろうと最終的には父の言動に一応なりとも従っていましたが、しかし娘の方は、あからさまに反抗的な態度を見せ、激しい口論になったり、泣き喚きながら暴れたり、日頃から衝突が絶えません……ある日、あまりに娘の生活態度が悪い為、娘としっかり向き合って話し合いをする事になり、学校で反抗的な態度を取る訳を改めて問い詰めると、それに対し娘は、何の為に学校に行くのかが分からない、学校なんて意味のない事ばかり、通ってても学ぶ事なんてない、先生も嫌いだ、何であの人達の命令に従わなきゃいけないのか分からない、こっちの言い分なんて聞く気ないんだから、こっちだって向こうの言う事を聞き入れる必要ない、クラスメートだって好きになれない、性格の悪い人も一杯いる、皆つまらない事ばかり、あんな所行きたくない……言い終わると、すぐに話し合いから口論に切り替わり、そうして頭到夫は我慢ならず、ついには娘に力強く手を上げるのでした……すると娘は、怒りや悲しみで満ちたようなこわばった表情で、何も言わずに素早くその場から立ち去り、荷物を持って一方的に家を出て行ってしまいました……娘は以前にも断りなくどこかに泊まって帰って来なかった事があり、学校に連絡を取ってみると、案の定寮住まいの友達の部屋に上がり込んでそこで寝泊まりしているようで、変に干渉しない方が良いと思いそっとしておくと、それから一週間程経ってふいと我が家に戻ってき、最初はろくに口も聞きませんでしたが、時間が経つに連れ徐々に徐々に家庭に打ち解け、それ以後、娘は大きな問題を起こすこともなく中学校生活を終えることが出来たのでした……。

 

そんな中わたしは、夫が暴力的になったのも、息子が引きこもりになったのも、娘が不良になったのも、全て自分の責任だと考え、毎日毎日が自責の念に悩まされる日々でした……。

 

 

 

無事高校に入学した息子ですが、学校へ通い始める前は非常に明るく溌剌な表情をしており、その言動からも学校生活へ期待を寄せているのが分かり、入学してからも、息子の口から学校に対する不満や心配は聞かれず、充実した生活を送っているように見えました……しかし、入学して半年ほど経った辺りから、またしてもあの頃と同じように陰鬱な表情を見せ始め、事ある毎に辛そうな溜息をつき、下を向いたままボーッとする様子を見かけることが多くなり、さらには、朝起きてくる度に何だか顔が青白く、目もうつろで、酷く具合が悪そうに見え、まるで魂の抜けてしまったような感じで、洗面所で顔を伏せたまま何度もえづいてる事もあり、心配になって声を掛けても、いつもただ苦しそうに必死で笑いながら「何でもない」と言い張るばかりで、今回に限ってはそれがどうしても演技であるようには思えず、息子の体調をただただ案ずるばかりで、そうしてそのまま数ヶ月も過ぎると、やはり悪い予感は的中し、一年も通わぬ内にいつの間にかまた息子は不登校となり、部屋に引きこもるようになってしまいました……ただ、今回は中学校の頃とは違って本当に深刻な印象を受けましたので、あまりきつい事は言わないでそっとしておこうと心掛けましたが、せめて学校へ通わない訳だけでも知りたいと思い、怒っているような雰囲気を出さずに優しく問うと、それでもやはりはっきりとした理由を答えてはくれず、毎回釈然としない曖昧な事を言って誤魔化され、さらには、不登校になって一ヶ月も経つと、こっちの心配をよそに、息子はわたしが真剣に話し掛ける度に、まともに相手もせずおどけたり、ふざけたり、笑って誤魔化そうとするばかりで、それを見てわたしも、さすがにもういい加減にして欲しいと感じ、息子に対し、学校に行かないんだったらアルバイトでもしてちょうだいとそう訴えると、息子は少し考えた後、「分かった」と承諾し、そうして息子はようやくアルバイトを始めるようになったのですが、しかし、それも長くは続かず、一ヶ月もしない内に辞め、また部屋に引きこもり始め、わたしがまたその事を尋ねに部屋へ行くと、すると息子は、ごめんなさい、ごめんなさい、と小さく呟きながら、ただただ涙を流すばかりでした……。

 

そんな息子に夫は痺れを切らし、遂には、この家から出て行け、学校に通うか働くようになるまで帰って来るな、と怒声を上げ、すると息子は、顔を下げたまま「分かりました」と一言だけ呟いて、あっという間に家を出て行ってしまいました……。

 

息子は娘と違ってどこか当てがあるようには思えず、しかしだからといって学校や警察に連絡をして事を大きくすると、逆に息子を追い詰めて帰るに帰れなくなるのではと思い、小さい範囲でわたしなりに出来る事をやった後、ただただ無事に帰ってくれるのを祈るばかりでした……長くても三日も経てば戻ってくると思われましたが、中々息子は帰って来ず、不安で不安で一杯の中、結局五日間程して夜中に突然戻って来たのですが、息子は酷くやつれて疲れ切った様子で、声を掛けても反応せず、そのまま何も言わずに自分の部屋へと戻って行きました……。

 

 

 

 学校に通っては不登校となり、アルバイトを始めては辞め、外に出ては部屋に引きこもる……そんなほとんど進展のない繰り返しの日々がそれからおよそ二年近く続いていたのですが……悲劇が起きたのは、何の予兆もない、ある日突然の事でした……。

 

息子は自殺しました……薬の過剰摂取によるものでした……。

 

息子があまりに部屋から出て来ないものですから、心配になって階段の下から呼んでみたものの返事はなく、不審に思い二階へ上がってドアをノックしながらもう一度声を掛けましたがやはり何の反応も返って来ず、普段ならそれ以上入り込まずそのままそっとしておくのですが、ただその時はどうしてか、何となく引っ掛かるものがあり、妙に嫌な気持ちがしましたので、わたしは何気なしに中を覗こうと、ゆっくりとドアを開けてそっと目を向けると……そこに息子の姿はありました……しかしそれは、明らかにただ眠っているのとは違う、異様な光景でした……まるで心を持たぬただの人形が、部屋の真ん中に無造作に放置されているようでした……その部屋にあるもの全てが死んでいるような不穏な静けさがありました……。

 

その時わたしを襲ったのは、ただただ、恐怖でした……一瞬にして暗闇が周囲を取り囲み、体中を包み込み、恐怖の感情が私の心を鷲掴みにしました……あらゆる未来を奪い取り、全ての希望をねじ伏せるような、四の五の言わさぬ、取り返しの付かぬ、どうにもならぬ、人間の領分を超えた圧倒的な恐怖でした……混乱、不安、焦燥、戦慄、絶望……この世のありとあらゆる負の感情が私の体へと一遍にのし掛かって来るようでした……。

 

祈るような思いで必死で体を揺すり声を掛けてみたものの、その身体はわたしの呼び掛けに何の反応も示さず、震える感情を何とか落ち着かせてすぐに救急車を呼び治療を行いましたが、しかし、もはや手遅れでした……。

 

 

 

息子の死を告げられても、息子の変わり果てた姿を見ても、わたしはそれが現実の事として受け止められず、ただ一時的に悪い夢を見させられているだけだと感じ、たとえ息子が今までどれだけ深刻で陰鬱な表情を見せようと、最後にはいつもまるで嘘だったかの様に明るく陽気におどけて笑わせてくれたみたいに、今度もまた同じように急にガバッと起き上がって、ただのイタズラだったと笑いながら驚かしてくれると信じ、そうしてまた息子と何気ない日々を送るのを想像しました……しかし、いつまで経っても息子は目を覚ましてはくれず、そこにはわたし達を引き裂くどうしようもない絶望的な距離がたたずむばかりでした……。

 そんな中、わたしが息子の死をはっきりと認識させられたのは、息子が書き遺していった、一編の遺書を読んだ、その時でした……。


 

      三

   

僕がこの様な決断をするに至ったのは、決して父さんのせいでも母さんのせいでも、ましてや妹のせいでも誰のせいでもなく、僕一人による独断的で身勝手な、無責任な決断でしかありません……誰かを責めるのであればそれは僕以外になく、僕は断じて被害者ではなく、加害者です……たとえどの様な環境で育とうと、周囲の人間が僕にどう接しようと、僕がこの様な結末を迎えるのは避けようのない事だったんです……自殺は偶然でなく、必然です……それは先天的なもの、生まれ持った資質なんです……自殺するような人間は自殺するような体質を持って生まれて来てしまっており、これは言わば僕の性格であり、僕の運命であり、僕の生き方なんです……。

 

僕は僕なりに、頑張りました……何とかこの苦境から脱しようと、必死で足掻き、もがき、悪戦苦闘しました……どれだけ落ちぶれようと、どれだけ見下されようと、どれだけ迷惑を掛けようと、いつかは何か皆が驚くような事をやってのけ、僕がこれまで生き続けて来た年月は無駄では無かったのだと、自分はやれば出来る人間なのだとそう証明し、家族を喜ばし信頼を取り戻し、自分を知る全ての人を見返し、周囲とのいびつな関係を修復して親密で友好的な人間関係を築き、そうしていつの日か明るく楽しい毎日を送る事を夢見ており、僕は自分が成功者になって皆が喜ぶ姿を想像すると、本当に心から暖かい幸せな気持ちに包まれていました……しかし、それは不毛な、馬鹿げた、惨めな、下らない、独りよがりの妄想に過ぎませんでした……どれだけ決意しようと、何度立ち上がろうと、ただ人間の意志や努力では決して乗り越えられない絶望的な壁があるのを思い知らされるだけでした……人間は自分自身を選び取れない――その一点だけで自殺を想う理由としては十分過ぎる程ではないでしょうか……生まれながらに自分の能力や生活環境が不可抗力的に定められてるのなら、生まれて来る事は不幸としか言い様がないのでないでしょうか……。

 

 僕は到頭最期まで、人が自殺をしてはいけない理由を理解する事が出来なかったんです……いいえ、僕だって最初は、自殺する方を理解出来ないでいました――人生は一度しかないのだから、悔いの残らぬようしっかりと最後まで希望を持って挫けず立派に生き抜かなきゃ駄目じゃないか……楽しく自由な自分だけの人生を生きなきゃこの世に生まれてきた意味が無いじゃないか……そう思い、様々な夢を思い描き華やかな将来を思い浮かべ、常に希望を胸に抱いて少しでも前に突き進んでいこうと、そう力強く奮闘していたんです……しかし、成長を重ねる中で、人生を生きる上での様々な苦難や障害に見舞われ、生まれ持ったものの限界や、社会の不条理や、人間という存在の儚さを知る内に、次第に自分は逆に自殺を忌避する人々の方を理解出来ないようになってしまいました……どうあれ人生は一度で終わってしまうのだから、早く死のうが遅く死のうが、真面目に生きようが不真面目に生きようが、同じ事じゃないか……どうせ死んでしまうのなら、生きようが死のうが大した差はなく、どちらにしろ無意味で、儚くて、退屈で、惨めで、下らないものじゃないか……最大限に広い視野をもって眺めれば、人間なんて虫けらの様にちっぽけな存在じゃないか……僕が死のうが死にまいが、誰にも何の関係もないことじゃないか……そう思うようになってしまったんです……。

 

どれだけ命の尊さを説かれようと、他人の命ならいざ知らず、自分の命をどう扱おうが自分の勝手なのでは……? 個人の自由を尊重するならば、生きたい人間は生き、死にたい人間は死ねばいい……思想の自由が保護されてるのなら、自殺の自由もまた保護されてるはず……望む望まないにかかわらず人は産み落とされるのだから、誰にでも自殺の権利はあるはず……子供を生む権利が親にあるというのなら、自殺をする権利が子供にはあるはず……そりゃあ動物が自殺をしたら不自然でしょうが、しかし人間は理性を備えてるのですから、自殺とはいえ自然死の範疇に属するものなのではないでしょうか……たとえ自殺が罪滅ぼしとなっても、自殺が罪そのものであるとは思えません……無理に自殺を引き止めるのは、暴力です、犯罪です、人権の侵害です……生きる理由がない者に生きる事を強要するのは、何より残酷な事なんです……。

 

確かに自殺に追い込まれるような状況に至ったのは僕が望んだわけではありません、しかし、この自殺という行為そのものに関しては僕が自らの意志によって行った事なのですから、この死そのものは悲しい事でも何でもなく、むしろこれによって抑圧から解放されたのですから、喜ぶべきことと言っても過言ではないんです……これから先ずっと迷惑を掛け続けた挙句なんの役にも立たず死ぬのなら、今すぐに死んで少しでも周囲の負担を減らした方が良いに決まってます……。

 

 

 

学校……それは僕にとって、苦痛以外の何ものでもありませんでした……あれは一体、何の為に存在するのでしょう……学校にいたら僕は気がおかしくなりそうです……学校ほど理不尽なものは無く、学校ほど暴力的なものは無く、学校ほど非人間的ものは無いように思えます……学校は悪の温床です……学校があるから人は自殺するんです……。

 

何も僕はいじめに遭っていた訳ではありません――たとえクラスに上手く馴染めず友達も出来ず孤立していたとしても、いじめの標的にされない術は心得ている積もりです……それどころかむしろ、僕は人から気に入られる方法を知ってます――どんな表情を見せ、どんな事をしゃべり、どんな風に振る舞い、どんな行動を取れば人から好かれるか、僕は重々承知している積もりです……ただ僕は、他人と関係を築くのを恐れた……人に気に入られる事を、人と付き合う事を、本当の自分を知られる事を恐れたんです……。

 

僕は一人じゃ何も出来ないくせに、なぜだか反抗心だけは人一倍強く、教師や先輩の言う事に素直に従う事が出来ず、学校で彼らと出くわしても礼儀正しい挨拶が出来ず――僕自身生意気な態度を取ってるつもりはなく、ただ自然体であろうと、自分らしくあろうと、分け隔てなく接しようとしているだけなのですが、それがどうやら向こうには生意気で横柄な態度と映ってしまうらしく、度々目を付けられていました……嫌なんです……どうしても、出来ないんです……尊敬もしてない奴にへコヘコ頭を下げ、必死に丁寧な言葉を選び取って笑顔を作って媚びへつらい、理不尽な命令にも嫌な顔一つ見せず盲従するなんて、僕にはどうしても、出来ないんです……それは自分の意志というより、体がひとりでに拒絶して知らず知らずの内に反抗的な態度を取ってしまうんです……だからといって真っ向から対立し、あからさまに歯向かう勇気も度胸もなく、結局はいつも自分から身を引きその場から逃げ去り、そうして引きこもってしまいます……逆に後輩に対しても先輩然とした威厳ある態度を取る事が出来ません――僕は先輩扱いされるのが嫌で、人と上下関係を付ける事を好まないんです……僕は先輩からは生意気だと言われ後輩からは優しいと言われますが、それはただ単に相手や自分の立場によって一々態度を入れ替えたりしないだけで、それが目上の人には横柄に映り、目下の人には謙虚に映るのでしょう……小学生の時は友達のように仲良く遊んでた下級生が、中学に入った途端に自分をあからさまに先輩扱いし、急に敬語を使い始めよそよそしい態度で距離を取り出し、それを見て自分は非常に気持ちの悪い不快な感じがしました……本当は、仲良くすれば良いんです……年上も年下も関係なく、みんな仲良くすれば良いんです……。

 

もしも僕が一人の不良だったらどれだけ楽だろうと、度々そう思っていました……僕が思い切って不良になれれば、言いたい事を言い、やりたい事をやり、自分の持ってる感情を内に抱えず外へぶつけられ、馬鹿にされないでも済むし、きっと引きこもる事もなくなる……世間にとっては僕の様な無気力で役立たずの引きこもりよりも、学校に反発しながらも一応通い続けてる若さ溢れる不良の方が、よっぽど活きが良く扱いやすく、まともな人間のようです……不良は落ちこぼれなんかじゃありません、不良は勝ち組です……本当の落ちこぼれというのは、僕の様な弱虫を言うんです……。

 

 

 

僕は学校だけでなく、労働においてもやはり人と上手くやっていく事が出来ません――自分が何一つ人に優れたものを持っていないくせに、人の下に仕えて命令通りに動き、理不尽な罵倒も受け入れ、愛想笑いを必死に作って繕う事が出来ないのです……きっと僕は考えが甘すぎるのでしょう……僕は社会のスピード、社会の厳しさ、社会のしきたりについていけないのです……それは単なる体力的な問題ではありません……それは精神的な問題なのです……僕は働く人間を目にすると、言葉に表しがたい不気味さや不快感が湧き起こらないわけにはいきません……社会で働く人々を異常な光景に感じてしまうのです……まるで同じ運動を繰り返すだけのロボット、うごめく蟻の群れのようです……僕は人がどうしてあんなにもきっぱりと労働者になり切れるのかが分からない……僕は普段の自分から機械のような労働者へと変身する事に根強い抵抗を感じてしまうのです……。

 

どうして人はあんなに必死になって働かなければならないのでしょう……己の利益の為に他人を蹴落とし、何をしてでも成果を上げる事を第一とし、組織の駒として従属的に機能する事を美徳とし、一人の人間である前に一人の労働者である事を強要する……人が本当に社会全体を思い遣って生きてるならば、こんな事にはならないはずなんです……人が必要以上に贅沢や、見栄や、権力を求めさえしなければ、余計な苦しみや憎しみは生まれないはずなんです……本当は皆仲良くなって、一人で独占せず全体で分かち合って、多種多様な価値観を互いに認め合って、ゆったりと和やかに生きれば良いと思うんです……でも、社会はそれを許さないんです……。

 

僕のやり方、僕の考え、僕の価値観が正しいと思っても、それは誰にも認められず、誰にも尊重されず、馬鹿にされ、誰かの言う事に従うよう強要され、そうすると次第に僕は僕の考えを主張しなくなり、能動的な行動を取らなくなり、何に対しても消極的な人間となり、すると今度は、自分から動けとか、積極的に発言しろとか、自己主張しろとか言って怒鳴られる……つまり僕は積極的であろうと消極的であろうとどちらにしろ否定される人間なのです……。

 

偉いとは、何なのでしょう……正しさとは、何なのでしょう……それは結局、権力を持つ側の一方的な理屈に過ぎないのでしょうか……社会的な地位の高い者の、自分という存在の正当化、自分勝手な言い訳に過ぎないのでしょうか……社会的身分の高い人間は正しく、社会的身分の低い人間は間違っている……上司は部下を蔑む権利があり、教師は生徒を罵倒する権利があり、親は子を操る権利がある……社会的地位によって人間性が評価されるのなら、自分のような引きこもりは、この世で最も下等で、劣悪で、最低な人間という事になります……僕は、分からないんです……社会に適応出来る事が、そんなに立派な事なんでしょうか……自分にとって社会に出るというのは、戦場に投げ出されるようなものなのです……僕はその戦場から逃げた、意気地のない弱虫に違いありません……ただ、僕は時にこう考えるのです……戦争から逃げる人間が悪いのか、それとも、戦争を起こす人間が悪いのか……。

 

どうして僕が引きこもるのか……率直に言います、それは、僕が僕らしくあろうとしたからです……僕が僕らしくあろうとすれば僕は世間から殺され、僕が世間に馴染もうと思えば僕は僕自身を殺さなくてはなりません……僕は僕の個性を殺して社会に適応するよりも、僕という存在そのものを殺してこの世から去る方を選択したんです……個性を尊重しようだとか、自分らしく生きようだとか、自己主張を大切にしようだとか、そういうのは全部、嘘なんです……大人が得意とする、体裁を繕った上っ面だけのきれい事なんです……何だかんだ言って結局は、世間に従え、社会に屈服しろ、目上の人間に抗うな、そう言ってるからこそ、それを誤魔化す為に嘘を言ってるんです……個性は全体を殺す、だから個性は決して認められない……それが社会の真理です……。

 

 

 

学校にも行かず働きもしない人間がこんな事を言うのはふざけてるでしょうが、僕は本当は、真面目な人間なんです……僕が自殺をするのは、僕が真面目過ぎるからなんです……僕は多くの事、余計な事、取るに足らぬ事を深く考えすぎるんです……僕は自分の事あるいは他人の事を考えすぎて、身動きが取れなくなってしまうんです……他人の言う事や世間の目を気にせずに生きる事が出来ず、人の表情や視線や言動を細かい所まで一々気にしすぎるんです……。

 

ふざけた事を言うようですが、分かって下さい、僕は働く事の出来ない人間なんです……衣食住も満足にいかぬ状況に追い込まれたら嫌でも働くだろうと、人はそう言いますが、しかし僕はたとえ餓死寸前に追い込まれたとしても、働くのでなく野垂れ死ぬ方を選ぶんじゃないかと思われます……実際僕が家を追い出されたときも、空腹と寒さと孤独感とで押し潰されそうになり、路上で横たわりながら自分はこのまま死ぬんだろうと確信しましたし、またそれで別に構わないとも思いました……つまり僕が働かないのは、もちろん単なる甘えや怠惰から来るものも少なからずあるでしょうが、何より自分には、そもそも生きる事が重要だと捉える発想が欠けてるのです……生きがいがまるで無く、日常に喜びを一つも見出せず、毎日が苦痛の連続で、それでもなお生きる為に働かなくてはならないというのは、不条理ではないでしょうか……僕は生まれながらに目には見えない障害を――生きることに意義を見出せぬという障害を抱えてるんです……生きる意義の感じられない者にとっては、ただ生きているということ自体が過酷な労働なのです……それは病魔に冒された患者のようなものであり、いくら横になってだらだらと怠けているだけのように見えても、本当は激しい苦痛の中必死で病魔と闘ってるんです……死を願う程の惨たらしい拷問に掛けられてるんです……働かない者が、働く者より苦しんでるという事があるんです……しかし、それは誰にも理解されないんです……。

 

社会に怯える人間は悪でしょうか……生きる理由を見出せない人間は悪でしょうか……。

 

働けば働く事の苦痛があり、働かなければ働かない事の苦悩がある……僕は時々考えるんです――生きる活力に満ち溢れながら労働に従事する人間と、絶望に駆られ生きる理由を失った働かない人間とでは、一体どちらがより苦しいのかと……。

 

皆が学校や仕事場に行って一生懸命頭や体を働かせてるとき、僕は部屋で一人ただただ苦悩に駆られ、絶望感を味わい、自殺の誘惑と闘っていました……誰よりも苦労を重ねずに生きてきましたが、誰よりも苦悩に駆られて生きてきた積もりです……僕はたとえ人が生きなければならない理由が分からなくても、人が働かなければならない理由は重々承知してます――だからこそ僕は自殺しなければならないんです……人間を人間たらしめる条件がコミュニケーションと労働ならば、その両方を怠った自分は人間としての権利を剥奪され、生きる資格を失うのは当たり前の事なんです……。

 

 

 

何の前触れもなくいきなり自殺した事に驚かれてるかと思いますが、しかし本当は、僕はもっと昔から度々自殺を思っており、ただ僕が死ぬ事によって周囲に与える色々な悪影響を考えると、それはあまりに残酷なような気がして、激しい苦痛の中必死で耐え忍んで生きていたんです……もしも僕が自身の抱える苦悩を全て告白して、その挙句死にたいなんて言い出したら、きっと母さんは夜も眠れない程に悩み、気に病み、自分自身を責め、体調を崩すに違いない、そうなる事を僕は恐れました……僕の責任は僕一人で背負いたい……飽くまでも僕だけが悪人であるべきなんです……両親に自己嫌悪や罪悪感に駆られて欲しくない、余計な心配をさせたくない、僕の勝手な問題に巻き込みたくない、たとえ両親に迷惑を掛け苛立たせたとしても、苦悩を告白して両親を傷つける事だけは避けたかったんです……苦悩を告白する事は、れっきとした暴力です……だから僕は今まで一度だって悩みを訴えた事が無かったんです……。

 

僕は人に心配されるより、人に怒鳴られた方がましな人間なんです……人に憐れまれるより、人に嫌われた方がましな人間なんです……人を傷付けるより、人から傷付けられた方がましな人間なんです……人から心配されれば心配される程、それがプレッシャーとなってのし掛かり、罪悪感に駆られ、苦しむんです……人から構われれば構われる程、僕は生き辛くなるんです……いくら深刻な悩みを抱えて暗い気持ちになっていても、家の中でふと母さんと目が合うと、その心配そうな表情や気まずい沈黙に耐えかねて僕は思わず吹き出してしまいます……両親を怒らせるのならまだしも、両親を思い悩ませる事は嫌だったから、だからどんなに生きてる事が苦痛であっても顔には出さず、ただ怠けている振りをしていたんです……勿論僕が学校に行かないのは本当はそんな単純な理由からでは無かったし、僕は僕なりに努力を重ねてきた積もりなんですが、しかし、僕は人から努力してると思われるのが恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかったから、ずっと隠し通して生きて来たんです……同情してもらおう、慰めてもらおう、構ってもらおう、そんな女々しくて卑しい自分が嫌だったから、わざと自分の苦悩や努力を見せる事をしなかったんです……。

 

悩みを告白出来ない事ほど辛いものはありません……周囲の人間が深刻に悩むのを恐れ、何があっても出来るだけ苦悩を奥の奥へと押し込み、陽気におどけてふざけて何事もないかの様に装っており、しかしそうすると人は僕がただ甘えて怠けてやる気を出そうとしないだけだと解釈し、そうして僕はクズ呼ばわりされ世間から蔑まされる事になる……違うんです……そうじゃないんです……僕が笑って見せたりおどけて見せたりするのは、決して楽しいからではないんです……ただただ苦しいからなんです……。

 

 

 

皆は僕を暗い奴だと、陰気な奴だと、つまらない奴だと捉えてるに違いありません――しかし実際は、僕は暗いのも真面目なのも深刻なのも大嫌いな人間で、本当はいつどんな時だって明るく陽気に振舞っていたいのです……深刻な表情で真面目な事を語るのが恥ずかしくてたまらず、真剣な雰囲気が嫌で嫌で仕方のない人間なんです……でも僕は、どうしても周囲との折り合いが上手く付かないから、必要以上に暗く振舞うしかないんです……僕は幼い頃は誰よりも陽気で明るく常に笑顔を絶やさず、四六時中クラスメートを笑わせる事ばかり考えるような子で、今とは違い友達も一杯おりクラス中の人気者でした――しかし、学校に通い続けながら成長していく中で、次第に学校というシステムの不条理や人間関係の煩わしさに気付き、徐々に他人と接するのが鬱陶しく恐ろしくなり、そうしていつしか他人に心を開かない人間となり、誰とも関わらないよう無口で無愛想に振る舞い始め、ついには人を避けて部屋に引きこもるようになってしまいました……でも本当は、僕は出来る事なら死ぬまでふざけていたい、どんな時も笑っていたい、全ての人と仲良く分かち合っていたい……でもそれは、世間が許してくれない……社会は受け入れてくれない……この世界で生きていく事は出来ない……だから僕は自殺するんです……。

 

しかし、信じて下さい……僕は本当は、明るい人間なんです……人を笑わせる事、人を喜ばせる事が、心から好きな人間なんです……僕が深刻で暗い顔をしてしまうのは、根が明るすぎるからなんです……。

 

 

 

子供の頃の僕は、大人の言葉や行動をみな信じていました……きれい事はきれい事でなく、嘘一つない純粋な真実なのだろうと……あの笑顔は偽物ではなく本心からの優しい笑顔なのだろうと……人間は善良な心を持った思い遣りのある美しい生き物なのだろうと……世界は愛と喜びに満ち、人生は素晴らしいものなのだろうと、そう信じていました……しかし、それは全部嘘でした……大人は決して本当の事は言わず、嘘を嘘で塗り固め、些かも他人を顧みず、思い遣りなどこれっぽっちもなく、如何に他人を出し抜くかばかりを考え、社会は虚飾と欺瞞が蔓延し、人間は卑しく、醜く、あくどく、世界は辛く悲しく残酷な事ばかり……子供だろうと大人だろうと、同じ事です――子供の暴力は直接的で、単純で、感情的であり、大人の暴力は複雑で、陰湿で、狡猾で、卑しくて……そういう表層的な部分に違いがあるだけで、暴力という点においては子供の世界も大人の世界も何一つ変わりません……世の中を知れば知る程、生きることが馬鹿馬鹿しくなってきます……。

 

 

 

僕は罪悪感と、劣等感と、自己嫌悪と、希死念慮に日々苛まれながら生き続けて来ました……嘘じゃないんです――たとえどれだけ怠けてても、どれだけ甘えてても、決して楽しい事などなく、ただただ苦痛だったんです……。

 

父さんが家族を養うために朝から晩まで仕事に向かうのを見て、僕は強い劣等感を抱かずにはいられず、また僕が学校に行かず働きもしないのに母さんが懸命に家族の世話をしているのを見て、僕は深い罪悪感に駆られずにはいれませんでした……僕は父さんの様な力強い人間にも、母さんの様な心優しい人間にもなれそうにありません……これは僕のような無能な人間の出来る、精一杯の報いなんです……。

 

僕の死によって色々な人に様々な迷惑が掛かるであろうことを本当に申し訳なく思います……こんな事をしでかしといて言うのもなんですが、僕の事など一日も早く忘れて下さい……僕は皆が幸せな日々を送る事を心から望みます……悲しむ必要も後ろめたく思う必要も全くありません……これは僕がやりたくて勝手にやった事なのですから……。

 

僕の為に費やした時間や労力を無駄にしてしまったことをどうかお許し下さい……自分勝手で本当に申し訳ありません……。

 

 ごめんなさい……ごめんなさい……。


 

        四

 

家庭……それはあらゆる人間を不幸にします……家庭そのものが、一つの巨大な不幸の塊なのです……。

 

親というのは、世界一残酷な生き物です……親が子より偉く、親が子より賢く、親が子より立派だなんて、そんな馬鹿な事はありません……親ほど愚かで身勝手な生き物は他にないのです……。

 

出産は紛れもなく罪悪です……子を産むという事が、親のエゴイズムでなくて何なのでしょう……? 願ってもいないのにこの残忍で凄惨な世界に産み落とされ、日々迫りくる様々な弊害や不条理に苦しめられ、絶望の中でもなお挫けずに懸命に生きる事を強要され、その挙げ句、親に感謝しろと……親のおかげで生を享け、親のおかげで生かしてもらえてるんだと、そんな無茶苦茶な脅迫を受け、自分達の威厳を高め、価値観を押し付け、徹底的に痛め付ける……この世に生を授かる事が、本当に喜ばしい事なのでしょうか……もしもこの世が地獄そのものであるならば、子を持つ親は皆罪人ではないでしょうか……一人の人間の人生が懸かっているという事を、一体どれだけの親が理解しているというのでしょう……家庭を築くという事が、如何に危うく、如何に恐ろしく、如何に残酷な事であるか……一歩間違えば、一人の人間を殺してしまう事になるのです……そう、子供を産むというのは、子供を殺すのと同じくらい残忍なものなのです……。

 

愛情とは、何なのでしょうか……思いやりとは、何なのでしょうか……親の価値観を子に押し付けて苦しめる事が愛情なのでしょうか……子供を想う事と子供を理解する事とは別なのではないでしょうか……自分が子供の頃に親に対し感じてた不満を、自分が親になった途端に子供にも同じように押し付けようする……親の勝手な都合で産んでおきながら、いざ子育てに手を焼くと、まるで自分が被害者であり、子供が悪であるかの様な口振りを利き、自ら子を産み育てた責任には目を瞑り、ひたすら同情を求めんとする……子供を愛していると言いながら、身勝手な暴力を振るい、汚い言葉で罵り、過酷な命令を下し、八つ当たりをし、育児を放棄し……その挙げ句、「子供のためを想って」などと宣い、親という立場を利用した暴力の正当化を行い、子供を自分の奴隷とせしめようとする……他の主婦を見てみれば、毎日毎日子育てに苛立ったり、怒ったり、嫌がったり、不安がったり、悲しんだり……わたしには、分からないのです……どうして人が子供を持とうとするのか……どうして人が家庭を築こうとするのか……まるで子供を産む事、この世に子孫を残す事が我々の絶対的使命であり、不可避的な事であるかのように振る舞い、己の選択意志から目を遠ざけ、その責任を放棄する……子供を可愛がろうという気など本当はないくせに、ただ自分の所有物としか考えてないくせに、まるで子供を本気で想い、本気で可愛がってるかのような振りをする……はっきりと分かりました、子育てとは、子に対する親の暴力です……子育てという名目の下では、どんな暴力も正当化され得るのです……。

 

 

 

わたしの決断、わたしの過ち、わたしの生き方によって、どれだけの不幸が生まれた事でしょう……息子の遺した遺書を読み終わった直後、これまでずっと私の心を抑圧していた恐怖の感情が消え去り、そこから一気に悲しみの感情が怒涛の様に溢れ出し、わたしは一瞬にして悲しみの塊と化しました……その場に倒れ込んでひざまずいたまま、ダムの水を一辺に放出するように幾らでも幾らでも涙が溢れるのでした……立ち上がれない程に体は震え、呼吸は荒れ、眩暈がし、絶望感に押し潰されそうになりました……。

 

自殺を考えました――息子が罪滅ぼしとして命を投げ出したように、わたしもまたこれまで重ねてきた様々な罪を死によって贖い、そうしてすぐに息子の下へと駆け付け、目の前でひざまずき、泣きながら必死で縋りついて謝り、許しを請おうと……しかし、そうやって絶望に駆られるとき、いつもわたしの頭をよぎるのは、娘の存在でした……。

 

わたしも夫ももう半ば人生を終えたような人間です……しかし娘には未来が、数限りない可能性に満ちた未来があります……娘は今後一生、兄の死という過去を背負いながら生きていかなくてはなりません……それが時によって様々な障害や苦しみをもたらすこととなるでしょう……そんな娘の辛さを思うと、私はどれだけの苦難に晒されようと、どれだけの絶望に駆られようと、決して命を投げ出すことは出来ないのです……もうこれ以上誰かを苦しめるわけにはいきません……今生きている人を懸命に支える事が、私に出来る唯一の償いなのです……。

 

わたしは何があっても生きなければならない……生きなければならないのです……。

 

 

    完

 


この本の内容は以上です。


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