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     一

 

どうしてこんなに侘しいんだろう……わたしはまだ高校生になったばかりの、何にも知らない十五歳の子供に過ぎないというのに、過ぎ行く日々の中に何の喜びも見出せず、何の興奮も感じず、何にも興味を持てず、何にも夢中になれず、何の夢も抱けずにいて、毎日がただただ退屈で、憂鬱で、空虚で、気怠くて、冴えなくて、全く意義を感じられぬまま空しく通り過ぎて行くだけで、他の子達の様に学校生活を満喫する事も、青春らしい感情を抱く事も、クラスに上手く溶け込む事も出来ずにいて、何をしても満たされず、どこにいても浮いてばかりいるような気がする……勉強にも部活にもおしゃれにも恋愛にも何にも関心が持てず、既に人生の多くを終えた人みたいに侘しく虚無的な日々を送り、女子高生らしい活気や明るさなど微塵も見られず、まるで自分だけが別の空間を生きているような、見知らぬ遠い場所に置いてけぼりにされたような、知らぬ内に間違った道を歩んでしまってるような、そんな漠然とした不安がある……皆、どうしてるんだろう……どう時間を過ごし、どんな事を考えて、どうやって生きてるんだろう……怖くないんだろうか……急に寂しくなったり、虚しくなったり、不安になったりしないんだろうか……。

 


 

     二 

 

高校に入学してもう三ヶ月も経つというのに、わたしは未だ友達らしい友達を一人も作れておらず、明らかに自分だけがこのクラスで孤立しており、既にもう皆にとって、「暗くて地味でしゃべらない変わった人」としてイメージが確立されてしまってるような気がする……気軽に話しかけてくる人なんて誰もいないし、逆にこちらから誰かに話しかける事もないし、もはや自分はここのクラスメートとは言えないような状態で――別に意図的に無視されてるわけでも、いじめられてるわけでも無いのだけど、ただわたしだけどのグループにも属しておらず、学校にいる間中はいつも必ず独りで、休み時間でも授業中でも自然と自分だけが取り残され、皆わたしに対して妙によそよそしく目に見えない壁があり、どこにいても何をしてても浮いてる感じがして仕方がない……別に人に嫌われるような何かをしたわけじゃない、孤立するような特別な理由があるわけじゃない――ただわたしは入学当初から積極的にクラスメートと交わろうとする気持ちに欠け、自分からちゃんとコミュニケーションを図ろうとせず、席に着いて一人でじっと黙っているばかりで、たとえ誰かに声を掛けられても、何も無視をしたりはね除けたりはしないけれど、どうも親しみやすく人当たりの良さそうな友好的な返しが出来ず、逆に何だか面倒臭そうな愛想のない冷淡な態度を取ってしまう事が多く、それに対し向こうも何か違和感を感じ取ったのか、一言しゃべっただけで会話が途切れてしまうのがほとんどで、そんな事をずっと繰り返して行く内に次第に誰もわたしの事を構わなくなり、そうしていつしかこんな事態に陥ってしまった……。

 

皆が悪いんじゃない、ちゃんとコミュニケーションを取ろうとしない自分が悪いのだ……どうしてだろう、いつもそうだ……友達が欲しいという思いがないわけじゃないのに、他の女の子みたいに笑顔で明るく愛嬌のある振舞いをする事が出来ない……無理に笑顔を作ろうとすると、引きつったような不自然な表情になってしまう……何だか自分自身を誤魔化し相手を騙してしまってるような気がして仕方がない……この悪癖のせいで、孤立から脱するチャンスを幾度となく無駄にしてきた……。

 

わたしはいつも周りの子を見てて不思議に思うのだけど、どうしてあんなに気軽に、平然と、躊躇なく、当たり前のように人に声を掛けることが出来るんだろう……わたしはただ他人の名前を呼ぶ事さえ憚れてしまう……自分が声を掛けた瞬間の相手の反応を思い浮かべると、何だか嫌な映像しか浮かばず、どうしても今一歩前へ出る事が出来ない……高校に入学して初めてのこのクラスで、まだ三日ほどしか経っていないある日、自分に席の近い二人の女の子が、凄く仲良さそうに笑いながらおしゃべりしているのを見て、わたしは彼女達が中学校時代からの知り合いで、たまたま今回一緒のクラスになったんだろうとそう思っていたけど、実際はそうじゃなく、初めて知り合ったらしいのを知って驚いてしまった……どうしてあんなに早く人と距離を詰めることが出来るんだろう……こういう時もの凄く自分を惨めに感じてしまう……すぐに他人と仲良くなれるのが羨ましくて仕方がない……。

 

 

 

わたしはどうやら凄くシャイな性格の様で、教室で皆に聞こえる程の大きな声でしゃべる事も出来ないし、授業中に声を発するのも一々勇気を振り絞らなきゃいけないし、ましてや教室で皆の前に立たされるなんて最悪で、クラス始めの自己紹介なんて死にたくて死にたくて仕方なかった……わたしは自己アピールが尋常じゃないくらいに下手なのだ……公開処刑を行うように教壇のど真ん中に立たされて、まるでその人の過去や秘密までをも貪ろうとする好奇の視線を全身に浴びながら、この紹介によってクラスにおけるわたしの立ち位置が決まり今後の学校生活の命運を左右すると思うと、もうとにかく緊張して緊張してたまらず、事前に頭の中で幾度となくシミュレーションを重ねて、いざ本番――席を立って教壇に上がると、早く終わらせたい、出来るだけ目立ちたくないという気持ちが前面に出てしまい、顔も上げないまま焦りと緊張のあまり異常に早口になり、何を言ってるのか聞き取れない程にぼそぼそっと小さく呟くだけで、特に何をしゃべる事もなく早々に切り上げ、その場から逃げるように一方的に立ち去ってしまった……きっとその姿は他のクラスメートからは奇異に映ったに違いない……この失態によって早くもわたしは「クラスに一人はいる全然しゃべらない人」というレッテルを貼られてしまったに違いないのだ……。

 

わたしはただ単に、人の視線を気にしすぎてるだけなんだと思う――自分の事を気に掛ける人などどこにもいないに決まってるのに、まるで皆がわたしの方に意識を集中させてるかのような錯覚に陥り、緊張して自分の思うような行動も発言も出来なくなってしまう……それは無論わたしに人を惹きつける魅力があるとかそんな話ではなく、むしろ逆で、わたしに人を遠ざけるような気味の悪い変な空気が出ていて、限りなく悪い意味で注目されてしまってるような気がするのだ……思い違いだろうか……こっちがただ過剰に意識しすぎてるだけで、実際はわたしが孤立しているという事にさえ誰も気付いておらず、本当のところ皆にとって、「あまり目立たない地味な一クラスメート」ぐらいの認識しかないのだろうか(人の視線を人一倍気にする癖におしゃれには一向に関心がなく、中学生の頃はまだ、友達に馬鹿にされたくないとか、皆と同じ話題が欲しいとか、仲間はずれに遭いたくないとか、そんな下らない理由の為に多少なりとも気を遣っていたけれど、次第に人付き合いは減り、特におしゃれに関心を持つ必要もなくなると、少しずつ面倒臭く鬱陶しく煩わしく感じてきて、高校生になってファッション雑誌なんて買う事も読む事も全くというほど無くなり、今となっては普段の服装なんてもうどうでも良くなってしまった……)。

 

昼食の時間なんか、皆は友達同士机を合わせておしゃべりしながら仲良さそうに食べてるのに、わたしだけ誰とも話さず一人空しく黙々とお弁当を頬張っていて、そうしてやはりそんな惨めな自分に対する周りの視線がどうしても気になり、恥ずかしいというか情けないというか、もうとにかく何もかも嫌になってくる……その後の休み時間も、教室中で騒がしく賑やかなおしゃべりが繰り広げられてる中、やはりわたしだけ誰とも交わらず席に着いてじっとしており、でもそうやって頬杖ついたまま何もしないでボーっとしているのも何だかおかしいし、こんな自分を見て笑われるのも嫌だから、とりあえず机の上に両腕を乗せてそこに顔をうずめ、眠る気もないのにわざわざ眠る振りをし、孤独を誤魔化す空しい努力に必死になる……この体勢が一番楽だ……視界に何も入らないし、誰も自分を気にしやしないだろうから……。

 

 

 

体育祭のリレーでこのクラスが一番にゴールした時、皆すごく喜んで興奮し歓喜の声を上げ、叫んだり、飛び跳ねたり、抱き合ったり、輪を組んだり、クラス中が一つになって異様な盛り上がりを見せていて、そんな中わたしは、一人だけまるで興味なさそうに端っこの方でポツンとたたずみ、その場に自分がいないかのように冷めた表情でその様子をただ淡々と眺めてるだけだった……きっとわたしの半径三メートルは確実に負のオーラで満ちていたことだろう……こういう時わたしはどうすればいいか分からなくなる――自分も皆と一体になってはしゃいで見せた方が良いのだろうか、それとも皆が自分に抱いているイメージを固持しクールに振舞った方が良いのだろうか……考え過ぎか分からないけど、自分という異物がこの賑やかな雰囲気を多少なりとも邪魔してしまってるような気がする……ノリが悪い事を本当に申し訳なく思うのだけど、それでもクラスの輪に入る事に抵抗を感じてしまう――別に、クラスメートが嫌いだとか、何か人に言えないような秘密を抱えてるとか、一人で行動するのが好きとか、そんな事じゃないのだ……ただ単純に、タイプの問題なんだと思う……自分が好きな事と人が好きな事、自分が面白いと思う事と人が面白いと思う事、自分がやりたい事と人がやりたい事、それらの間に距離やズレが生じていて、話をしても話が合わず、一緒に行動しても素直に楽しめず、彼女達の会話を聞いててもそこに自分が違和感なく入り込んで行く様子が想像出来ず、皆と同じように振舞う自信がなく――わたしは普通の女子高生らしく素直にはしゃいだり、笑ったり、騒いだり、興奮したりするのが苦手で、何だかそんな自分をさらけ出すのが恥ずかしくて恥ずかしくてたまらず、部活動だとか学園祭だとか、いかにも「青春」といった感じを与えるものに体が自然と拒否反応を起こしてしまい、皆で一つになるという事が上手く出来ない……学校の行事なんてどれも自分とは全く関係のないどこか遠い場所での出来事の様にしか感じられず、その時期が近づいてもちっとも心はときめかないし、練習や準備なんてどうでもいいし面倒臭いし、興味のある人だけが勝手にやってくれればいいと思う……こんな事をして、何が楽しいんだろう、あんな事をして、何の意味があるんだろう、そんな気取ったような事を偉そうに考え、クラスメートと一緒に何かに夢中になってる自分の姿が馬鹿馬鹿しく感じてきてしまう……変に格好付けてるだけなのかも知れない、一匹狼を気取ってるだけなのかも知れない、大人振ってるだけなのかもしれない、心の底ではほのかに軽蔑してるのかも知れない……無理をして皆と距離を近づけようと思っても、細かい事まで一々相手に合わせながら付き合うのは大変だし、何て言うかプライドが許さないと言うか、そんな自分が惨めと言うか、情けないと言うか、嫌らしいと言うか……逆に自分らしさを隠さず前面に押し出して本音で向き合えば、きっとわたしはただ皆から鬱陶しそうに煙たがられるだけだろうし、相手に気を遣わせて困らせる羽目にもなっちゃうだろうし……結局わたしという厄介者は、ただ出来るだけ皆の邪魔にならないように、輪に加わらず隅っこの方でひっそりと隠れるように生活するのが、自分の為にも他の人にとっても一番良いんだろう……どうせこんな協調性のない奴はどこへ行っても駄目に決まってる……。

 

 

 

中学生の頃も確かに割と内気で地味めな性格だったけど、別に友達が全くいなかったわけじゃなかったし、少なくとも今よりは明るく朗らかで笑顔も多く、クラスメートとも親しく接していたし、別段大きな問題を抱える事もなかった……ただ、それでもやっぱり友達を作るのは苦手な方だったから、クラスが新しくなってもあまり多くの人に声を掛ける事はせず、ただ自分と一番気の合いそうな子を一人だけ探して、基本的にその子だけに的を絞って仲良くなろうとし、学校にいる間はずっと彼女に付いて回って、何をするのもどこに行くのも常に行動を共にしていて、そんな時もしもその子が学校を休んだりすると、教室で一人わたしは何だかクラスの皆から置いてけぼりにされた様な心細さを覚え、その日をどう過ごせばいいか分からず非常に居心地の悪いよそよそしい思いをし、そうして翌朝になって教室で友達の姿を見かけると、わたしは心からほっとする安心感に満たされ嬉しさで自然と笑みがこぼれたりしていた……そしてまた、わたしは彼女がわたしだけを構い、わたしだけと話し、わたしだけを頼り、わたしだけを信じ、わたしだけと友達であって欲しいのに、別の子とグループを組んだり、別の子と一緒に帰ったり、別の子に相談を持ち掛けたり、別の子と仲良さそうにしている様子を見ると、わたしはなぜだか一人勝手に嫉妬したり、憎んだり、失望したり、ふてくされたり、悲しくなったりしていた……わたしにとっては唯一の親友でも、彼女にとったら数多くいる友人の内の一人に過ぎないと思い知らされるのが嫌で嫌でたまらない……まるで恋をしてるみたいに、彼女がわたしだけのものであって欲しいと願う……たくさんの人と打ち解けるのが苦手だから、所有欲やら嫉妬心やらが異常に強いのかも知れない……それにわたしはとても恥ずかしがり屋で臆病な性格だから、常に誰かが自分のそばにいてくれないと不安で不安でどうしようもなく、どこへ行くのも何をするのもいつも二人で協力し合うのを望んでいて、授業中も、休み時間も、部活中も、学校行事も、どんな些細な事でも常に誰かがそばにいてくれないと心細くてたまらなかった……一人じゃ何も出来ない臆病な人間だから、パートナーを見つけなきゃ学校ではやって行けず、クラスの皆に付いて行けず、高校生になった今は誰よりもクールで強気に振舞ってるけど、本当は誰よりも心が弱く、誰よりも寂しがり屋で、誰よりも人に依存しやすい体質なんだと思う……一人だと自分が物凄く無力に感じるけど、誰かがそばにいてくれれば何でも出来るような強い気持ちになる……。

 

 

 

わたしは異常に人見知りが酷いらしく、気心知れた友人には素直に明るく陽気に振舞うのだけど、初対面の人に対しては必要以上に警戒し、妙に神経質になり、途轍もなく巨大な壁が目の前にたたずんでいるように感じ、何度話し掛けようとも後一歩の所でどうしても話し掛けれずにいて、例えば友達が急に自分の知らない子を連れて来たりすると、とにかくもうその子の存在が気になって気になって仕方なく、下を向いておどおどするばかりで自分らしく振舞う事が出来ず、友達に対しても何だか変によそよそしい気持ちの悪い感じになり、上手くしゃべれないままただ気まずい微妙な雰囲気が重々しく流れていくだけで、その釈然としないモヤモヤした時間が苦痛で苦痛でたまらない……普段はあまり矢継ぎ早にやたら話し掛けてくる人は苦手だけど、こういう場合はむしろ多少ぶしつけなくらい一方的に踏み込んで来てくれた方が、こっちはただその人に合わせて適当に返事していれば良いだけだから、気まずい雰囲気を味わわずに済んでありがたく思う……それでも何とか共通の友人を通して知らない子とも少しずつ少しずつ距離を縮め、いつしか気軽に話し掛けれる程度に仲良くはなっていたけども、でも高校生になった今は新しい出会いを取り持ってくれる様な仲介役となる昔の友人がいなくなり、どうすればクラスメートと親しい仲になれるのかが分からず、自分から声を掛けるのさえままならない……それにまた、わたしは初対面の人に対してだけでなく、一度仲良くなった人に対してもちょっと間を空けただけですぐによそよそしくなってしまう癖があり、例えば小学生の頃には毎日のように仲良く遊んでいた友達も、今となってはただ道端で出くわすのさえ怖くて怖くてたまらず、わざわざ迂回して帰ることもしょっちゅうで、会ったところで一体何をどう話せばいいか分からないし、でも黙って無視するわけにもいかないだろうし……昔のクラスメートがこっちに向かってくるのを目にしたときなんて、その場から逃げ去ろうかとさえ考えたけど、それはあまりに不自然なのでそのまますれ違う事にし、近くまで来ると二人とも変にはにかんで適当な挨拶を交わし、何て会話をする事もなく気まずい微妙な雰囲気のまま別れてしまった……小学校、中学校、高校となって、それぞれがそれぞれの成長を遂げて、昔の自分とは違った今の自分があるんだから、大きくなった時に再会しても、どんな風に接してどんな事を話せば良いか分からない……大人にとって仕事には仕事の顔があり、プライベートにはプライベートの顔があるように、子供だって学校には学校の顔があり、プライベートにはプライベートの顔があるのだ……友達だけじゃない、例えば幼い頃は会いたくて仕方なかった親戚の子も、今ではむしろ頑ななまでに会いたくないと思っていて、ついこないだ何年振りっていうくらい久しぶりに家に遊びに来たけど、わたしはまるで初対面かという程に大きく人見知りしてしまって、顔を合わせるのにちょっと勇気を振り絞らなきゃならず、最初はどうも恥ずかしく妙に他人行儀な挨拶になってしまった……幼い頃は何も考えず誰に対しても気軽に接していたのに、大人になるに連れて色々と余計な事を考え過ぎて人と打ち解けるのが難しくなってるような気がする……家族に対してだって、もしも父親が仕事の都合でたまたま時間が合わなかったりして、言葉を交わす事も顔を合わす事もない日が何日か続くと、いざ何か用があるときに、向こうはなんとも思ってないだろうけどこっちは何だか酷くしゃべりかけづらくなったりして、このまま一生言葉を交わせないんじゃないかとさえ思ったりする……それは決して思春期だから距離を取ってるとかじゃなくて、単純に人見知りなのだ……身内に対して人見知りするというのは、やっぱりおかしい事だと思うのだけど……。

 

 

 

とにかく昔からむやみに誰かと近い存在になるのに不安を抱いていて、最近になってまたそれが急激に深まり、人と接するのが格段に億劫になったような気がする……誰かと一度でも仲良くなってしまうと、何となくいつか取り返しの付かない事になってしまいそうで恐ろしい……自分ではそんな積もりはないのだけど、友達が出来ないんじゃなく、こちら側から一方的に遮断してしまってるのかも知れない……一人にして欲しい、放っておいて欲しい、そんな気持ちが自然と面に表れてしまっているのかも知れない……何でも気軽に話せる友人が欲しいという思いとは裏腹に、他人と親しい関係を築くことに抵抗を感じてしまう……素直になるのが怖い……本当の自分をさらけ出すのが怖い……。

 

考えてみれば、今まで付き合ってきた人に対してだって、本来の自分を見せずにどこかで作りながら接してきたような気がする……中学生の頃は毎日一緒にいたような友達も、中学校を卒業してから一度も遊んでおらず、電車内で顔を合わせても適当な会話を交わすだけで、携帯で連絡を取ることさえ滅多になく、皆それぞれがそれぞれの学校で新しい居場所、新しい友達を見つけ、昔の事は忘れて今の学校生活を楽しんでいる……結局今までわたしに親友なんてものは一人もおらず、ただ学校生活を問題なく円滑に進める為に利用しただけの、その場限りの、上っ面の、都合の良い付き合いしかした事なかったのだ……。

 

 

 

どれだけ人と接しても、ただ軽薄な言葉が次々に空しく消費されていくだけで、深い繋がりを感じる事なんてあり得ず、人と触れ合う事がとても儚く無意味な行為に感じてしまう……いくら他人と話し合おうが、いくら他人と笑い合おうが、いくら他人と協力し合おうが、誰にも分からないほんのちょっとした瞬間に、必ず目には見えない大きな壁やどうにもならない深い隔たりがあって、どんな繋がりにもいつも決定的な何かが欠けていて、今までその距離や空白を無理に埋める作業をしながら、自分の中でどこか誤魔化して人と接してきたような気がする……物凄く陳腐で気恥ずかしい表現だけど、いつも相手を遙か遠くに感じてしまう……共感しているようで共感していない、理解しているようで理解していない、信用しているようで信用していない、繋がっているようで繋がっていない、そんな事ばかりだ……たとえ言葉が通じ合っていても、心は決して通じ合っていないんだ……投げ掛けた言葉は誰にも受け止められず拾われず、空しく捨てられたままなんだ……。

 

どんな悩み事でもどんな下らない事でも隠さず自由に話せる、本当に互いを理解し合えるような心の通じる親友が、たった一人、たった一人でもいてくれれば、それだけでもう何もいらないのだけど……。

 

 

 

でも、それは本当にわたしだけなんだろうか……確かにこのクラスではっきりと孤立していると言えるのはわたしくらいかも知れない――でも、本当は違う……本当はみんな孤立してる……心は誰もが孤立してる……。

 

一見友達同士和気あいあいと仲睦まじく楽しそうにおしゃべりしているけど、本当は違う……あれは嘘なのだ……あれは会話なんかじゃない……ただ会話の振りをしてるに過ぎないんだ……本当の会話、本当の信頼、本当の友情、そんなものは学校なんてところじゃ絶対に生まれない……表向きの面倒な人付き合いを、何の感情も理解もなく適当にやりすごしてるに過ぎないんだ……誰も本音でしゃべったりなんかしない――相手が傷つかないように、あるいは自分が傷つかないように、一つ一つの言動に細心の注意を払って、本来の自分とは違う自分を持ち出して、出来るだけ波風立てないように、下手に目立たないように、場の空気を乱さないように心掛け、嘘に嘘を重ね、無理に笑顔を見せ、気が強くて行動的な生徒に付き従い、目を付けられないよう取り入り、まずい事を言っていじめられやしないだろうかと案じ、精一杯演技する……皆、ゲームを行ってるみたいだ……人間関係という名のゲームを……。

 

如何にこのクラスの日常が平穏で、のどかで、和やかで、争い事なんかとは無縁に見えても、実際は毎日毎日一つ一つの小さな言葉や行為、日常の何気ないやり取りの中に、様々な策略を張り巡らせた火花を散らす激しい心理戦が行われてるのだ……入学と共にゲームは始まり、新しいクラスで取り残されないよう必死で周囲を探り、声を掛け、友達を増やし、グループを形成し、その中で自分の身を守ろうとし、まるで椅子取りゲームみたいにこのクラスにおける自分の立ち位置を模索し、奪い合い、そうしてクラスの歯車として組み込まれようとし、それと共に自分自身を見失っていく……このクラスで学校生活を最大限に活用する為に、便宜的にクラスメートと交友を結び、表面的な付き合いだけを重んじ、そうして一年が終われば、もうどうでもいい、どうせ別れるんだから、前の学年の友達なんて忘れて、また新たなクラスの生徒と契約を交わせばいい……この軽薄で嘘臭い、空虚な人間関係……どうして皆一つにまとまろうとするんだろう……皆バラバラになれば良いのに……。

 

 

 

事実上クラスの外へとはじき出されてるわたしは、クラスの皆の行動パターンや心の動きが細かい所まで手に取るように分かり、彼らがまるでボードゲームのコマの様に機械的に見え、クラスメートの人間関係やそれぞれのキャラクターを分類して図にまとめ、このクラスの詳細な説明書が作れるような気がする……あの人はあの人と親友のように接してるけど心の底では嫌っていて、あの人は皆から慕われてるように見えるけど裏では愚痴を言われていて、あの人は本当は根暗だけど無理に明るく振舞っていて、逆にあの人は本当は明るいんだけどそんな自分を出せずにいて……それにしても、友達も作らずただ周囲を観察してばかりのわたしは、何て気味の悪い女なんだろう……わたしはこのゲームに負けたんだ……もしもグループを作れば、その共同体を円滑に維持していく為に、思想や価値観の暗黙のルールが自然と出来上がり、その誓いを破った者は殺され、それを恐れて誰もがよそよそしくなってる……自分はその中に入るのが嫌で、クラスの皆に対し無意識の内にそっぽを向いてしまってるのかも知れない……そう考えると、ある意味ではわたしが一番わたしらしくあるのかも知れないけど、でも、その結果がこれじゃあ……それにわたしはわたしでやっぱりどこかで演技をしていて、自分を誤魔化したくないが為に、自分が傷つきたくないが為に、わざと過剰に冷たく素っ気ない態度を取って、バリアを張ってる……結局クラスに溶け込もうがクラスで孤立しようが、どちらにしろ自分らしくはあれない……やっぱり学校で上手くやって行くには、自分自身を偽らなくちゃ駄目なんだろうか……自分が自分らしくあろうとすれば、こんな風に取り残されてしまうんだろうか……でもだからと言って、無理に相手に合わせて笑顔を作ってる自分が嫌で嫌でたまらず、わざわざ自分自身を誤魔化して人に気に入られるんだったら、自分自身を偽らずに人に嫌われた方が良い……。

 

どこにいたって何をしてたって、わたしのパズルだけ誰とも合わず、いつも隅っこの方に追いやられ、枠の中からはじき出され、そのまま最後まで忘れられ、そうして完成した画の中には、いつまでも入れてもらえないままなんだ……。

 


 

     三

 

学校に通うのは楽しくも何ともなくただただ鬱陶しいだけだけど、だからと言ってじゃあ他に何かやりたい事、やるべき事があるのかと問われれば、答えははっきりしている――何一つない……それは将来の夢とか人生の目標とか、そんな広い意味においてでは無く、もっと身近で日常的なもの――趣味だとか、好きなもの、興味のある事、熱中出来るもの、そういった日々の生活の中で親しむべきものさえ一つも見当たらず、たとえ休日が来ても、わたしは部活に入ってないし誰かに遊びに誘われる事もないし、やることと言えば授業で出された宿題を適当に片付けるくらいで、休日を有効に活用するのはただ何もせずにダラダラ過ごして疲れを取るという事だけ……。

 

朝、ベッドで目を覚ましても、別にやる事がないのは分かってるし、眠気もまだ完全には取れてないから、大して眠りたいわけでも無いのに取りあえず目を瞑ってもう一度眠りについて、そうして一時間くらい経ってまた目を覚まし、たまに寝すぎて軽い頭痛に見舞われたりして、ひとまず上体を起こして一点を見詰めたまましばらくボーっとして、その内自然とベッドから起き上がって、部屋を出て、下へ降りて、顔を洗って、でも起きた直後はものを食べる気にはあまりならないから、部屋に戻ってまた特に何もせずボーっとして、外出する予定も人と会う約束もしてないから着替えもせず、お腹が空いたらまた下へ降りてちょっとだけご飯を食べてすぐに部屋へと戻り、そうしてここからがもう、何をすれば良いか分からなくなり、しばし途方に暮れてしまう……椅子に座ってただボーっとしたり(ボーっとしてばかりだ)、意味もなく部屋の中をうろうろ歩き回ったり、疲れてベッドに寝転んで天井を仰いだり……とにかく暇で暇で仕方がないため眠気を感じやすく、最近凄くお昼寝をする事が多くなったような気がする……見る気もないのにテレビをつけてみたり、寝転んでたまたま目に入った漫画を手に取ってみたり、何気なくヘッドフォンを着けて音楽を聴いてみたり、目的もなく携帯をいじってみたり……でも、何をしても充実感は少しも得られなくて、暇潰しにさえならず、「つまらない」「退屈だ」「やる事がない」と何度も何度も頭の中で繰り返し、ただありあまる空虚な時間が意識されるのが酷く苦痛だから、それへの痛み止めとして、別にしたくもない事を無理にしている……とにかく何かに没頭していないと辛くてたまらない……今生きてる時間が限りなく無駄に思えて胸が苦しい……意味のない時間を意識すれば意識する程、得体の知れない漠然とした不安に襲われ、暗闇の中に吸い込まれるような恐怖を感じ、その奥には何か凄く恐ろしいものが待ち構えてるように思え、これ以上深く考えると取り返しの付かないことになるような気がして、ハッとなって我に返る……今生きてることに意味はない……そう感じてしまうのが恐ろしくて、出来るだけ意識をどこかへ逸らして誤魔化そうとする……今となっては、休日が来るのを不安に思う気持ちさえある……。

 

 

 

いつ頃からこんな風になってしまったんだろう……小学生の頃なんか、何をしようなんて一々考えなくても何かやりたい事やるべき事が次々と現れて、楽しい事も嫌な事も含めいつも必ず何かに没頭していて、良い意味でも悪い意味でも一日一日が凄く長く濃く感じ、一つ一つの時間をとても貴重な充実したものと思うことが出来ていたけど、でも、中学生になった頃から少しずつ少しずつ何もする事がない時間が増えてきて、日常の中に退屈や倦怠を感じることが多くなって、過ぎゆく時間の濃度が徐々に薄まっていき、時の経過に比例するようにどんどん月日が流れるのが早く感じ始め、そうして高校生になってからは、意味のある一日を過ごしたと感じることが格段に少なくなり、そもそも意味があったかどうかを一々考えてる時点でもう健康的とは言えないだろうし、あまりに趣味が無さすぎて四六時中何をしよう、何をしよう、何をしようの連続で、何でもいいから有意義に感じられるものをもがくように必死で捜し求めていて、やろうかやらないか考えない内に既に行動に出ているようなそんな心から本当に何かをしたいという情熱溢れる気持ちにはもうずっとなっておらず、そんな中何かやるべき事が少しでも見つかると、思わずほっとして何かから解放されたような安心感を覚えてしまう……。

 

ある時期を境に今まで楽しく感じてた事が退屈としか思えなくなり、熱中してたものへの興味を失い、何に対しても「どうでもいい」と感じてしまうことが増え、何が好きと聞かれてもこれが好きだとはっきり言えるようなものがなくなり、暇潰し以上の時間を過ごす事がないどころか暇潰しになったと感じただけでも上出来で――例えば音楽を聴いてみても、一昔前までは音楽がもたらす興奮や感動をありのままに素直に受け取っていたけど、今は本来の意味で音楽を聴いてるんじゃなく、昔はこれをどんな風に聴いてどんな風に感動してたかを思い出して、強引に感動を再確認しようと無理をしているのだ……。

 

まだ十五だというのに、現実に対して感動を覚えることを既に忘れてしまってる……普通このくらいの年齢だと、もっとエネルギーで溢れてて、色んな事に興味を持って、日々激しい感情を抱いていそうなものなのに、わたしはそんなところが少しも見られない……自分がまるで呆けた老人のように思えて仕方がない……人の何倍も何倍も早く老いていってるような気がする……。

 

 

 

ずっと前から何の変化もない、何の進展もない繰り返しの日々が延々と続いている……朝起きて、学校に行き、授業を受け、放課後になり、家に帰り、眠りにつき、朝起きて、学校に行き、授業を受け、放課後になり、家に帰り、眠りにつき、朝起きて……何だか自分が規則的な運動を繰り返すだけの意志のない人形みたいだ……変化のない日常に心が麻痺して感情が死んでしまってる……一つ一つの興奮や感動を素直に受け取ることが出来ない……まるで感情の伴わない夢の中を生きているよう……目の前で起こってるはずの出来事が、自分のいる空間とは全く別の空間で起こってる事の様に感じ、どんな現象もわたしに対して何らかの働きや影響を与えることは無く、ただ目の前を寂しく空しく通り過ぎていくだけで、どれだけ手を伸ばしても決して触れる事は出来ず、水を手で掴もうとするようにするりと抜け落ちてしまう……現実に起きている全ての事柄に対して、わたしは必ず何か薄い膜のような障害物を介して間接的に接していて、混じり気のないありのままの現実に直接触れる事が出来ず、わたしの手元に届く頃には既にもう薄汚れた、屈折した、不純な現実となって現れて、何に対してもいつも捻くれた、遠い目で見るような、冷めた見方をしてしまう……場の雰囲気に馴染んでないとか、人込みの中で浮いてるとか、そんなレベルじゃない……皆と同じように現実の中を生きているんじゃなく、まるで自分が透明人間になって現実の運動に参加せず、この現実とわたしという存在とが互いに反発し合い、溶け込めず、弾き出され、現実の外から世界を眺めてるような、そんな侘びしさや虚無感、孤独感がある……本当に、生きてるという感じがしない……ただ生きてる振りをしているだけ……訳も分からず盲目的に存在してるだけなのだ……同年代の子達を観察してると余計にそう思えてくる……皆、心から楽しそうだ……心から楽しんで、心から喜んで、心から笑って、心から悲しんで、心から怒って、心から泣いている……でもわたしはそうじゃない……わたしは楽しんでる振りだ、悲しんでる振りだ、周りの人達の日常を見よう見まねで行ってるだけで、そこには理解も感情もなく、喜びも怒りも悲しみも全部形だけで、ただ自分だけ別の世界に取り残されるようで怖いから、自分だけ別の生き物のようで怖いから、無理をして一生懸命他の子の真似をして、皆と同じようにこの世界で生きてる振りをし、他人も自分も一緒だと誤魔化している……偽の喜び、偽の笑顔、偽の悲しみ、偽の怒り、偽の涙……何もかもが偽りなのだ……。

 

 

 

何も起きない鬱屈な時間が多くなったために、何だかここ半年くらいで急に思慮深くなり、何事にも懐疑的になり、変に考え込むことが増えたような気がする……何をしててもどこにいても、なぜ? どうして? と自問自答に駆られてばかりで、今まで当たり前のものと思って漠然と営んできた色々な習慣が、何だか全部嘘で、間違いで、奇妙なものの様に思えて来る……どうして朝起きなきゃなんないんだろう、どうして夜眠らなきゃなんないんだろう、どうして学校に行かなきゃなんないんだろう、どうしてご飯を食べなきゃなんないんだろう、どうして生きてなきゃなんないんだろう……周囲を淡々と眺めたり人を観察する時間が多くなり、考えれば考える程、眺めれば眺める程、分かっていたはずのものが分からなくなり、人も、物も、出来事も、何もかもがバラバラに分解されて、覆っていたヴェールが剥がされて、固体だったイメージが霧のようにモヤモヤに拡散して、意味を失った、ちっぽけな、下らない、おぞましい本性が姿を現す……気持ち悪い……吐き気がしてくる……皆、何の為に生きてるんだろう……何の為に存在してるんだろう……。

 

何だか日常が全部嘘みたいだ……何もかもが嘘……何かが「ある」というのは嘘で、本当は何にも「ない」んじゃないかって思う……目に見える世界は仮の姿で、本当の世界は別にあるんじゃないかって……ほんのちょっとした切っ掛けによって、この死んだ夢みたいな嘘の世界が消えて、その後ろに隠れてた生き生きとした鮮やかな現実が顔を出し、今まで見てきたものは偽物だったんだと知らされる日が来るんじゃないかって……きっと誰もが、張りぼてで出来た世界という名のおっきなおっきな舞台の上で、それぞれがそれぞれの役割を意味もなく、理由もなく、感情もなく、訳も分からず機械的に演じているのだ……。

 

 

 

何かに没頭していたいという気持ちがあるにもかかわらず、何かに没頭することに強い抵抗を感じてしまう……考えれば考えるほど、こんな事をして何の意味があるんだろうと、何をやっててもそんな風に意気消沈し、喪失感、虚無感に見舞われ、途中で投げ出してしまい、どうしても奥深くに飛び込んでいけない……たとえ何か適度に時間を潰せそうなものが思い浮かんでも、行動を起こす直前に一度立ち止まって冷静になり、意志や感情をゼロにリセットして、本当に意味があるのかどうか、本当にやらなきゃいけないのかどうか、その行為の意義、必要性、有効性を深く疑い、思案し、吟味しなければ気が済まず、その結果、どうせつまらない、何も変わりはしない、何をやっても満たされやしない、毎回そんな悲観的な結論が導き出され、行動を起こす前からその行動がもたらす効果の範囲を限定してしまって、どんな行為もむなしく、儚く、下らなく、惨めなものに感じてしまい、何も行動を起こす気になれない……友達と遊ぶ、だから何なんだろう、恋愛に親しむ、だから何なんだろう、部活に熱中する、だから何なんだろう、家族と旅行に行く、だから何なんだろう……ついこないだも、嫌々ながら親に連れられてちょっとした旅行に出掛けたけど、最初はいつもと変わらず何も期待せずただただ鬱陶しいなぁとしか思ってなくて、でも、このまま本当に何もせず帰るのもなんだから、自分なりに一応楽しめるだけ楽しんでみようという気になって、余計な事は出来るだけ考えないように歩き回っていると、すると少しずつ気分が明るく、心地良く、朗らかになってきて、そうして最終的にはそれなりに満喫して終えることが出来、わたしは変に考えすぎてただけなんだ、何事もやったらやったで夢中になれるものなんだ、そう思って多少なりとも元気が出て、ほんの少しでも未来が明るくなったように感じたのだけど、でも、翌日になって落ち着いた気持ちで思い返してみると、やっぱり、あれは何だったんだろう、結局何も変わっていやしないじゃないかと、そう思って非常に落ち込み、後悔し、馬鹿馬鹿しく思い、また元の冷え切った自分に戻ってしまった……。

 

 

 

空虚……ただただ、空虚……体の奥底から湧き出るような深い深い溜息をついてばかりいる……魂が抜け出るようなどうしようもない溜息……どれだけ困難で、どれだけ苦しくて、どれだけ厳しいと分かっていても、一生を捧げても構わないと思える程に強力な、決定的な、絶対的な道があるとすれば、それがたとえ地獄の道だとしても、ここではないどこかへ突き進める道があるだけマシだと思えるのだけれど……。

 

わたしみたいに思慮深くて内省的な人間は、決して頭が良いのではなく、むしろ逆――頭が良いっていうのは、こうやって小さな事で一々悩んだり疑問を抱いたりせず、人生を楽しく、効率良く、自由に生きる事なのであって、だとすればわたしは、誰よりも頭が悪く、誰よりも愚かな人間なんだと思う……。

 

わたしはあまりに世界を知らなすぎるんだろうか……自分の知ってる小さな小さな世界の中だけで物事を考えて、何もつまらないと勝手に決めつけて、無駄に悲観的になってるだけなんだろうか……もっと視野を広げてみれば、今まで出会ったものとは比べものにならないくらい凄く魅力的な、華麗な、刺激的な世界が待ってるんだろうか……わたしはまるで自分が遙か上空から世界を眺め、人生を達観し、何もかもを知り尽くしてしまってるかのような気持ちに陥っており、広いはずの世界が異常に狭く感じてしまう……自分はまだ何も知らないはずなのに……この町から飛び出したことさえないはずなのに……。

 

 

 

本当に、どうしてなんだろう……思春期? 思春期だから……? 自分だけじゃなく、皆も同じように諦観の念を胸に抱いたまま、何もかも虚しいと知りつつ日々の生活を営んでいるの……? むしろ逆なんじゃ……? 思春期ってのは、日々目の前に現れる色々な人や経験に夢中になり、溢れんばかりの喜びや興奮を覚えたり、もっとありふれた不安や、もっと日常的な苛立ちや、もっと生き生きとした葛藤に悩むんじゃ……? ただ単に、生まれ持った性情の問題……? わたしは本来こういう生き物なの……? もしや何か変な病気にかかってるんじゃ……? 朝も昼も夜もいつも熱があるみたいに体が重く頭がボーっとして、まるで自分じゃない誰かに身体を乗っ取られてるみたい……。

 

怖い……何だか凄く怖い……高い所から思い切って飛び降りたくなってくる……別に死にたいわけじゃない……生きてるのが辛いわけでもない……ただ、自分の体を覆うこの不可解な、不穏な、不気味な、重たいヴェールを吹き飛ばしたい……。

 

わたしは多分もう、死んでるんだと思う……ただ身体の色々な器官やそれぞれの部位が形だけ機能してるというだけで、精神的にはもう死んでる……生き物としては生きていても、一人の人間としてはもう死んでる……脳死という状態があるなら、心だけが死んだ状態だってあるはずだ……精神的な植物状態……夢も目標も何もなく、生きる事にも死ぬ事にも興味がない……。

 

わたしはこのまま理由もなく高校に通い、理由もなく卒業し、理由もなく大学に入り、理由もなく就職し、理由もなく働き、そうして……そうして、その後は……? わたしもやっぱり一人の女として、恋愛に熱中し、最愛の人を見つけ、いつかは結婚し、家庭を持つのだろうか……ここでもまた理由もなく結婚し、理由もなく子供を産み、理由もなく家庭を支え、そうして理由もなく生き続ける……。

 

どの様な将来像を思い浮かべてみても心はちっとも高揚せず、ただただ無味無臭で、灰色で、乾き切った、腐敗したような未来の映像が漂うばかり……何か特別な不満があるわけでも、深刻な問題を抱えてるわけでも、進路に大きな支障があるわけでも無い、でも、どうしても未来を楽しいものと考えることが出来ない……人生が長い長いただの暇潰し以上のものと捉えることが出来ない……。

 

不安……ただただ漠然とした不安……正体の分からない幽霊の様な不気味な何かが、ゆっくりとしかし着実にこちらへと近づいて来て、自分を暗くおぞましい見知らぬ場所へといざなう感じ……扉のない堅固な壁で出来た、薄暗い小さな部屋に閉じ込められ、足掻いても足掻いても出られず、叫んでも叫んでも届かず、願っても願っても叶わず……死にたいという不安じゃなくて、死にたいと思ってしまうんじゃないかという不安……何も楽しくない、何も嬉しくない、何も欲しくない、何も感じない……。

 

わたしはこのままずっと侘びしく、冷たく、寂しく、虚しい人生を、意味もなく死んだように、終わりも見えぬまま歩み続けて行くんだろうか……。

 

 

 

 

 

   完

 


この本の内容は以上です。


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