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前書き

 

編集部より、本稿を掲載するに当たって

 

 我が社の主催する新人文学賞に輝いた本作には、これまでの受賞作とは些か異なるある特別な事情、甚だ奇妙な経緯を含んでいる……というのも、この作品は、その冒頭でも言及されている通り、応募者である十七歳の少年が、自分の死を前提として執筆、応募したもの――即ち、その題名となっている通り、この原稿自体を著者自身の一編の遺書としてしたため、そうして我々編集部の下に送られて来たものだからである……それは最終選考の知らせをする段階で、この応募者が既に自死を遂げたという、遺族からのはっきりとした確認が取れてあり、それゆえ編集部側も、これを掲載するか否か多分の躊躇を余儀なくされたが、しかし遺族との綿密な相談を重ねた結果、最終的には故人の意向を尊重し、一切の手を加える事なくありのまま掲載する事となった……この作品がどの様な反響を及ぼすか分からないが、しかし我々は、きっと読者の心を揺さぶり、底知れぬ感動を呼び起こす、魂の作品だと信じている……。

 


 

     一

 

自分は、人と会話する事の出来ない人間です……。

 

 自分は人と接する際に、異常なまでに臆病で、病的なまでに神経質で、執拗なまでに敏感で、過剰なまでに不器用で、狂いそうなまでに激しく動揺し、凄まじい恐怖に駆られてしまいます……自分にとって、人と向かい合うという事ほど恐ろしいものはありません……常に自分が激しく責められ、咎められ、蔑まれ、嗤われ、罵倒されてるような気がしてたまらず、まるで猛獣を前にしてるかのような恐怖に陥り、一刻も早く逃げ出したい気持ちに追いやられてしまうんです……。

 

集団生活というものが如何に残酷なものであるか、自分ほど身に染みて味わった人間はいないと思われます……社交性、協調性のない人間にとってそれは、地獄以外の何ものでもありません……自分の様な社会に適応する事を知らぬ人間は、自殺する他に道はないのでないでしょうか……人と人との間を生きていく存在を「人間」と呼ぶのであれば、自分にはもはや「人間」を名乗る資格は無いのかもしれません……。

 

 

 

 十七年という短い生涯でしたが、しかし必死で、決死の覚悟で、死に物狂いで生き抜いて来ました……しかしもう、限界です……もうこれ以上、耐えられません……どうしても、分からないんです……人とどの様に接し、どの様に付き合い、どの様に分かち合い、どの様に信じ合えば良いのか……人が何を考え、何を思い、何を感じ、何を欲しているのか……人がどの様な価値観、どの様な感性、どの様な道徳、どの様な思想を持って生きているのか……どれだけ苦悩し、煩悶し、絶望しても、自分には理解する事が、出来ない……。

 

もう死ぬ以外に、手段は無いんです……それが自分にとっての最善の選択、唯一の救いの道なんです……ですからこれは、決して単なる小説、現実とは無縁の一個のフィクションではありません……ここに記されてる事、それは題名の通り、一編の遺書です……この小説、この原稿自体が、著者自身にとっての、正真正銘の「遺書」なんです……自分はただ、自身が死を遂げるその前に、その無意味で愚かで軽薄だった短い自分の一生に、何かたった一つでも意義のある事を遺したい――自分が今まで何を経験し、何を思い、何を感じ、どう苦悩し、絶望して来たかをありのままに告白、暴露し、そうしてせめて自分と同じような苦悩を抱え、心の奥に必死で押し隠しながら惨めで侘しい想いに駆られて生きている人達にとって、少しでも、ほんの少しでも救いとなって欲しい……もしも自分が生きてる間に、自身が抱えてる問題を一人でも、たった一人でも理解してくれる人がいたら、自分にとってどれだけの支えとなっていた事か……自分はその様に考え、そうしてこの様な小説、遺書を書き遺そうと、そう思い立っただけなんです……。

 

……全く奇妙で不可解に感じられてるとは思いますが、自分が今何を言ってるのか、それはこれを最後まで読み進めて頂ければ、きっと理解して下さるとそう信じています……ただの子供の落書きに過ぎないのかも知れませんが、この遺書、小説は、自分が余力の限りを尽くし、全身全霊を込め、死に物狂いで書き上げたものでありますので、どうか最後まで読み通して欲しい……その様に願っております……。

 


 

      二

 

  自分がこの様な人間となり、この様な人生を歩み、この様な結末を迎えるに至ったその最大の原因……それは自分にとって、最も身近でまた最も不可解な、ある一人の存在が絶大な影響を与えたに違いありません……。

  それは即ち、自分の父親……。

 

 

典型的な昔気質で、酷い頑固者で、とかく怒りっぽく、独裁的な亭主関白、非常に厳格な人間であった自分の父親は、自分にとって何より恐ろしく、何より物々しく、何より不気味で、何よりで難解で、何より強大で、何よりおぞましい、それこそ神の様な絶対的な存在であり、自分は今でも父の言う事に対し、決して逆らう事、否定する事、反抗する事が出来ません――それはもはや己の意志とは無関係に、一つの呪縛となって身体の奥底まで染み着いてしまっており、盲目的に服従する事を脳内にインプットされ、歯向かうという選択肢自体が初めから奪われており、たとえどんな命令を受けようと、どんな意見を言われようと、どんな価値観を押し付けられようと、自分はそれを神の御言葉の如き永遠不変の真理として受け入れ、まるで機械の様に文句一つ言わず、黙々と、淡々と、素早く、自然と体が従ってしまうのです……。

 

自分の家族には、父以外に母、兄、姉が一人ずつおりましたが、彼らもまた父を絶対的で恐ろしい存在と認識しており、父に逆らうのはあまりに無茶で無謀で、決して許される事ではありませんでした……彼は我が家におけるありとあらゆる事柄に関し、絶対的な主導権、決定権を握っており、他の者には選択権どころか発言権さえも与えられておらず、ただ自分の意見を述べたり希望を伝えたり、何か提案をしただけでも彼はそれを、おこがましい、うるさい、やかましいと捉え、たちまち機嫌を悪くしてしまい、またたとえ父の方から希望を尋ね意見を求められたとしても、それへの返答が父の意に沿わぬ事であると、やはり同じように気分を害してしまいますので、それは単なる形式的且つ一方的な問いかけに過ぎず、実際は何を聞かれても彼が望むような答えを察し、気遣い、慎重に選んで返さなくてはならず――殊に自分は、父に見詰められながら望みを問われると、何だか力強く問責され、尋問され、脅迫されてるような錯覚に陥り、何をどう答えていいか分からず酷く困惑し、極度の圧迫感に襲われ喉が詰まり、激しい焦燥に駆られ頭が真っ白になり、仕舞いには泣きそうになってしまい、さらには父に自分の意を伝えようとしても、何を言っても怒られそうな気がしてたまらず、直接伝えるのがあまりに恐ろしい為、父が目の前にいるにもかかわらずわざわざ傍にいる母の耳元で小さく呟き、一度母を通してから父に伝えてもらうという面倒な事をしょっちゅう行っており、故にそんな自分にとってはむしろ、父の一方的な命令に黙々と従っている方が精神的に大分楽なのでした……結局のところ自分達には決して本当の自由というものは無く、あるのはただ制限付きの自由であり、家族の者はみな彼の言う事為す事に不満そうな顔一つ見せず黙って追従するしかないのでした……。

 

もしも父の言う事にほんの少しでも従わなかったり、彼の意に沿わぬ発言や行動にちょっとでも及べば、彼はもちろん面と向かって怒鳴り付けたり、力強く手を上げたり、重い罰を与えたりして厳しくしつける事も度々ありましたが、しかし彼はその極度の頑固さ故に、基本的には自分から動いて直接叱り付けるのではなく、むしろ逆に、完全に黙りこくって一切言葉を発さなくなり、父専用の席に真っ赤な仏頂面でどっしりと座り込み、威圧的、高圧的な憮然とした態度で構えじっとして微動だにせず、その物々しい、不気味な、不穏な、殺伐とした雰囲気をもって、自分が今激怒しているという事、不愉快だ、気に入らない、面白くないという事を、周囲の人間に自ずと理解させようとしているのでした……沈黙に陥った父ほど恐ろしいものはなく、嵐の前の静けさとは正にこの様な状態を言うと思われます――彼が機嫌を悪くすると、家中の空気がたちまち淀み、沈み、腐り、重くなり、どんよりとした陰鬱な雰囲気が立ち込め、頭痛や吐き気を催すような、押し潰されるような、全身が縛られるようなそんな酷い圧迫感に覆われ始め、もはや自分達にはどうする事も出来ずその一日はもう潰れたも同然で、ただ父の怒りが静まるまでじっと黙ってお行儀良く静かにし、獣にじっくり睨まれてるような極度の緊張と恐怖の中をびくびく震えながら怯えて過ごさなくてはなりません……そのため家族の者は皆、いつ如何なる時も父の存在を最優先に考え、彼の気に障らないように、怒りに触れないように、機嫌を損ねないように常に気遣い、配慮を切らさず、顔色をうかがいながら、まるで怪物が眠りから覚めないのを祈るように神経を尖らせて生活しており、また父は周囲が自分の思い通りに動かないと気の済まない人間でしたので、直接言葉に出さなくとも非常に細かな部分で彼の意図を読み取り、察し、いち早く行動を取らねばならず、母に至ってはまるで病人を看護してるかの様に四六時中付きっきりなのでした……。

 

子供達にとって父は何より脅威の存在で、たとえ母に対しわがままを言い駄々をこね、反抗的な態度を取ったとしても、そこで母が父の事を口にすると誰もが瞬時に大人しくなり、下を向いて意気消沈し、それは卑怯だ、ずるいとでも言いたげな表情で恨めしそうに見詰めふて腐れていました……父の怒りを買わない範囲で如何に自由に過ごすかが何よりの問題であった為、誰もが父の遅い帰宅を望んでおり――いざ父が帰って来ると、家中が急にドタバタと忙しく騒がしくなり、一気に緊張感で満ち始め、子供達は急いで玄関へと出て、まるで帰宅を心待ちにしてたかのような愛らしい笑顔をもってお行儀良く丁寧に迎えており、しかし無論実際はちっとも嬉しくなどなく怯えから来るただの演技であって、心の中では激しい失意に駆られてるんです……中でも特に自分は、父に対する畏怖、畏敬、恐怖が兄弟に比べ何倍も何倍も強かった為、幼い頃はただ、如何に父の怒りに触れないように振舞い如何に父の機嫌を取るかばかりを考えており、ただ父が怒らなかったというだけでその日を満足に思い、父の機嫌の良い時ほど安堵に包まれる瞬間はありませんでした……父がそこにいるというだけで自由に振舞う事は出来ず、父と向かい合うと物凄い圧迫感、息苦しさを感じてしまい、今でも気楽に会話をする事が出来ず、ましてやその目を直視するなど出来るはずがありません……その存在自体が一つのトラウマであり、自分の生活、人生は父を軸に動いていたと言っても過言ではなく、人生の至る所で父の存在が表れ、常に自分の生活に付きまとい、束縛し、操り、苦しめました……父の怒りに満ちた表情だけはどうしても忘れる事が出来ず、今でもふとした瞬間に思い起こされ、非常に恐ろしい不気味な思いに駆られてしまいます……。

 

 

 

ほんの幼い頃、母が台所の隅で、隠れるようにしゃがみ込んだまま、顔にティッシュを当てて涙を流し、鼻水を垂らし、体を震わせ、声を必死で押し殺しながら泣いているのを見た事があり、その際自分は子供ながらにも、どうしたの? 大丈夫? 泣かないで、と慰めるように声を掛けていました――それは結局原因が何だったのか、未だにはっきりとは分かっていないのですが、ただ確信を持って言えるのは、必ず父の存在が深く関わっているに違いないのです……また同じ頃の記憶として、母と子供達三人があるデパートの駐車場で、悲しそうな表情で呆然と途方に暮れているのを漠然とですが覚えており、それは後に母から聞いたところによると――その日は家族全員で自宅からは遠く離れたあるデパートへと出掛けており、そこでいつも通り買い物を済まし車に戻ろうと店を出た、その間際、子供達がタイミング悪く、おやつが欲しいという正に子供らしい理由で駄々をこね始め、母の手を煩わせ車に戻るのが遅くなってしまい、そのため先に運転席に戻っていた父は来るのが遅い事に腹を立て機嫌を悪くし、結局自分達を置いて一人で先に帰ってしまったらしいのでした……そうして残された四人は、子供が歩くには些か長すぎる道程を、もう歩けないもう歩けないと泣き喚きながら、酷い疲労と共に足を棒にして歩いて帰る羽目になってしまったらしいのでした……。

 

 

 

 捨てられる、置いてかれる、追い出されるという恐怖を呼び起こすトラウマの如き忘れ得ぬ記憶は幾つもあり、それは例えば自分がおよそ、四、五才頃の事だったと思われます――どこへ行ったのかは良く覚えてないのですが、家族全員でドライブに出掛けた、その帰り……父が運転席、母が助手席、その後ろの中央の列に兄と姉が座り、そしてそのさらに後ろの座席に自分が位置を占めている車中で、それまで静かだった兄と姉が、何が原因なのか突然口喧嘩をし始め、それが最初は別に大した喧嘩では無かったのに、時間が経つに連れて少しずつ熱を帯び激しさを増してゆき、次第に耳が痛くなる程の大声で叫ぶように互いを罵り合っていき、さらには口だけでなく手も出し始め、気が付けば蹴り合い叩き合い掴み合い罵り合いの、激しい大喧嘩にまで発展してしまっていた事があったのですが……その際自分が最も気に掛けたのは、決してその二人に対してでなく、やはり、父でした……父はそもそも、家族で出掛ける時や車を運転する時など特に神経質になる人で、例えば彼が出掛けると言った時に行きたくないかの様な態度を見せれば、それだけで途轍もない怒りが降り注ぎますし、ほんの少しでも家を出る準備が遅れただけでもたちまち憤怒に駆られ、その時点で計画は中止となり自分達を置いて一人でどこかへ行ってしまいますし、またドライブ中に、どこどこへ行きたい、何々が欲しい、お腹が空いた、などと自分らの希望をぼそっと軽く小さく呟いてみただけでも、父はやはりそれをうるさく思い機嫌を悪くし、さらにはただ行き先を尋ねてみただけでも同じように怒りに触れてしまいどこにも行かずそのまま家へと逆戻り、そういう経験を幾度となく繰り返し繰り返し味わわされてきており、結局は子供達は不平不満を一切述べず希望を口に出さず、ただ黙って父の言動にのみ従う事を強いられているのであって、しかもそうやって連れて来られた場所が子供達にとってまるで興味を惹かず、退屈としか思えず、望んだ場所でも何でも無かったとしても、その感情を露わにして如何にもつまらない不満そうな態度でいると、父はそれを見てまたしても腹を立ててしまいますので、自分は無理にでも楽しそうに振る舞い、満足気な表情を作り、前々からずっと行きたがってたかのようなそんな父の機嫌を取る演技に苦心していたのでした……。

 

普段からそんな調子なのですから、ましてや今回の様に兄と姉がうるさく喚き散らしてこのまま喧嘩を続けていれば、これまでに無い程の凄まじい父の怒りが車内に降り注ぎ、きっと自分も巻き添えを食らうに違いない――そう考えだけで自分は体が凍りつく程の深い恐怖と不安に襲われ、どうにかしなくてはと激しい焦燥に駆られ、何とか仲裁に入り喧嘩を止めようと冷汗かきながら必死になるのでした……しかし、幾らなだめようとしても喧嘩は全く収まる気配がなく、それどころか逆に自分の存在が彼らの気に障ったらしく、むしろ喧嘩はより熱く、より騒がしく、より過激になっていき、遂には自分にまで攻撃が及び、それによって到頭集中力を切らしてしまい、仕舞いには自分も巻き込んでの三つ巴の大喧嘩にまで発展してしまっていたのでした……しかし、そのとき自分は、確かに感じ取っていました……直視する勇気こそありませんでしたが、父のいる運転席の方向から、何か非常におぞましい、得体の知れぬ不気味な、凄まじい怒りのオーラの様なものがこちらを牽制するようにゆっくりと放たれていき、車内がまるで毒ガスで満ちるような不穏な空気で覆われ始め、さらには父特有の怒りの表れ方である、猛スピードでの荒々しい乱暴な運転へと少しずつ変化して行くのを見て取り、自分は例のあの「無言の圧迫」によって、世界が暗闇に包まれて行くような圧倒的な不安と恐怖に襲われ、背筋は凍り手足は震え、顔は強張り全身に汗を感じ、ただただ怯えるしかありませんでした……そうして遂に、父の怒りが限界を迎えました……車は今度は逆にゆっくりと慎重に速度を落としていき、何か恐ろしい事を予感させるようにおもむろに道の脇へと停止せんとし、それを見て取った瞬間、子供達は皆ほとんど同時と言っていい位にぴたりと喧嘩を止めて瞬時に大人しくなり、車中は一気に喧騒から不気味な静寂へと変わり、そうして車が完全に停止すると共に父がゆっくりとドアを開け静かに車を降り、反対側にある後部座席のドアの方へ淡々とした面持ちで回り込んでき、それが自分には何だか物凄くスローモーションに見え、彼が一時的に車を降りてからも車中を覆う不穏さは変わらず、いやそれどころかこれから待ち受けるであろう凄惨な光景が脳裏に浮かび、「捨てられる」とはっきりとそう感じ、どうにもならぬ恐怖と緊張の中いまにも泣き出しそうな表情で震え、ただただ迫りくるものに対し自然と身を守るような体勢を取っており、また兄も姉も自分よりドアに近い所にいましたが、あまりの恐怖に硬直し後ろへと避難する事が出来ないでいました……そうして父がすぐ目の前まで辿り着くと、怒りに満ちた紅潮し切った恐ろしい顔がガラス越しに現れ、ゆっくりとドアが開いてゆき、怒りに満ちてるからこその冷静さを持って落ち着いた声で、しかしどこか不気味な感じで一言、「降りろ」、と言い放ちました……しかし子供達はただ縮こまりながら震える声で、「ごめんなさい」、と小さく呟くように言う事しか出来ず、すると父は、「いいから降りろ」、と今度は少し怒鳴るような重々しい声で放ち、しかしそれでもやはり子供達はひたすら、ごめんなさい、もううるさくしません、許して下さい、とガタガタ怯えながら弱々しく吐くしかなく……すると、ついに痺れを切らした父は、それまで抑えてた怒りを全て爆発させ、周り一帯に響き渡るような大声で怒鳴り散らしながら、たまたま近くにいた兄の体に手を伸ばし、腕を掴んで無理矢理引きずり落とそうとし、その瞬間子供たち三人もまた抑えてた恐怖の感情を一気に解き放ち、はち切れんばかりの大声で泣き、喚き、叫び出し、兄は車から降ろされないよう懸命にシートにしがみつき、姉と自分もまた兄の服を一生懸命掴んで必死で抵抗し、ごめんなさい、静かにします、許して下さい、と絶叫するようにただただ謝るしかありませんでした……すると父は、ようやく兄の体を振り解くように乱暴に放し、大人しくしてろ、置いてかれたいのか、などと凄まじい剣幕で怒鳴り散らすように叱り付け、そうしてドアを力一杯激しく閉めて運転席へと戻って行きました……それでも子供達は未だ恐怖からは逃れられず、あまりに泣きじゃくりすぎて嗚咽し、呼吸が荒れ、小刻みに震えており、しかしこれ以上喚き続けると余計に父の気に障るだけですし、何より父の怒りはやはりまだ収まってないようで、車は事故に遭いそうな程の物凄い速度で、右左に大きく揺れながら乱暴に走っており、家に到着するまで――いや到着してからも、ピリピリと張り詰めた突き刺さるような空気が漂い、せめてこれ以上父の怒りを増やさないように、その日を終えるまでずっと普段以上の強い緊張感を持って大人しく過ごすのでした……。

 

 

 

 さらにもう一つの戦慄の記憶――これもまたほんの幼い頃の事、ある夜中に二階の和室で、今度は兄と自分が、理由は覚えてませんが喧嘩を始めてしまい、それは母に一度注意され一旦大人しくなったのですが、しかしその後すぐにまた何らかの切っ掛けによって再発してしまい、それが徐々にヒートアップしていき、ついには階下の父の事なども忘れて、家中に響き渡る程の大声で喚き、騒ぎ、泣き、暴れ、叫び散らしてしまっており、そうして、その時……一階の部屋から廊下へと出るドアが、バン、と家中の壁が揺れる程の爆発するような凄まじい音と共に開くのが聞こえ、その瞬間、兄も自分も思わず飛び上がってしまう程の衝撃に襲われ、息が止まらんばかりの戦慄が走り、まるで世界が終わるかの如き強大な不安に一瞬にして包まれ、二人は瞬時に硬直し、ただ近づく音に対し自然と耳を集中させており、すると、怪物か何かが近づいてくるような重々しい不穏な足音がゆっくりと階段を上ってくるのが聞こえ、自分にはそれがまるで地獄へのカウントダウンのように感じ、一歩一歩近づく度に戦慄は増し、兄も自分もあまりの恐怖に動けずただただ身を震わすばかりで、取り返しのつかない事になってしまったと心から後悔し、すると足音は階段を上がり切り、遅くも速くもない何とも言えぬ不気味なリズムでぎしぎし音を立てながら近づいてき、そうして部屋の前でぴたりと止み、その瞬間……壊れんばかりの物凄い勢いで轟音と共にふすまが開き、それと同時におよそ人間のものとは思えぬ怒りに満ちた鬼のような顔の父が現れ、「ちょっと来い」、というがなり声と共に、弁解の余地も与えぬ間に巨大な手が二人の体に伸びてゆき、服が破れそうになる程の強い力で部屋から無理矢理引っ張り出され、体中をあちこちに打ち付けながら強引に廊下を引きずられてゆき、二人はお腹の底から泣き叫び、ごめんなさい、許して下さい、助けて、とひたすら阿鼻叫喚しながら、捨てられまいと掴めそうな所に手当たり次第手を伸ばし必死で抵抗しようと試みるものの、無論父の腕力には到底及ばず二人とも猟師に捕らわれた獣のようにずるずると一方的に引きずられていき、階段に至っても父は力を緩める事なく、体中にアザが出来る程に激しくぶつかりながら転げ落ち、そうして玄関の前まで辿り着くと、そこには恐怖に怯える姉と、不安そうな顔を浮かべながらどうする事も出来ずにいる母の姿があり、そこへ来て自分は、とにかく一度でも外に出たらもう二度と入れてもらえないだろうと確信し、より一層うるさく、激しく、必死になって、涙でぐちゃぐちゃになった顔で、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、と声にならぬ声で縋り付くように懇願しており、しかし願い叶わずついには玄関から外へ乱暴に放り投げられ、父はドアを思い切り強く閉めてそのまま一言も発せず戻って行きました……その後すぐに、母がこっそりと二人の下へ駆け寄り、優しく慰めると共に軽く注意を促した後、父を放っておくわけにはいきませんのですぐにまた部屋の中へと戻っていき、その後兄と自分は、気付かれないようひっそりと家の中へ入り、精魂尽き果てたような憔悴し切った表情で二階の部屋へ戻り、二人で慰め合うように静かに過ごしているのでした……。

 

 

 

 幾つもの戦慄の体験を通して(真に恐ろしい体験はまた別にありますが、それは後に叙述します……)、父という存在に対する畏怖、畏敬、恐怖は途方もない圧倒的なものとなりました……自分は凶器を持った殺人鬼に追われるよりも、怒りに満ちた父の表情をただ前にするだけの方が遥かに恐ろしく、近くで発砲音や爆発音が聞こえたとしても、父の「おい」という物静かな一言の方が桁違いに恐ろしく――自分は今でもその一言を聞くと、瞬時に体がすくみ上がり目の前が真っ暗になり、心臓は激しく鼓動し顔は強張り、それだけでもう既に泣きそうになってしまいます……父に似た表情、父に似た声、父に似た挙動、父に似た雰囲気を持ってる人を前にすると、自分は急激に弱々しく赤ん坊のように非力になり、極度に萎縮してろくに口も利けず、心から惨めな気分に陥り今すぐにでもその場から離れたくなってしまいます……自分はとにかく、威圧的で高圧的で、相手を威嚇し脅かすような、怖い雰囲気を持った人間が心から大の苦手で、何とも形容し難い根強い反発や生理的な嫌悪感を日頃から抱いており、その様な人間からは出来るだけ距離を置くように心掛けています……。

 

何より自分は、人間の怒りという怒りに対し、異常なまでの恐れを抱くようになってしまいました……人が怒るという事に関し、自分ほど敏感で神経質な人間はいないと、はっきりとそう断言出来ます……怒りに駆られてる人間を前にすると、たとえそれが自分に対するもので無くとも、自分は酷い緊張と不安を覚え、脈拍が異常に速くなり呼吸が荒くなり、倒れそうになるほど頭が混乱し、刃物で内臓をえぐられてるようなそんな激しい苦痛と不快感に襲われてしまいます……自分は今でさえ激しい喧嘩が目の前で繰り広げられると小さな子供の様に泣きそうになってしまう為、その場にほんの少しでも何か不穏な物々しい殺伐とした雰囲気が流れると、それを誰よりも早く察知して逃げるように足早に立ち去ってしまいます……自分はテレビでさえ、人が激怒してる場面をまともに見る事が出来ません……。

 

むろん自分自身喧嘩なんて出来ないたちですが、それどころかただの議論さえも満足に行かない状態で、自分の意見、発言に対し、誰かがが少しでも反感を持ち、威圧的な口調、喧嘩腰な態度で反論してくると、もうとにかく怖くて怖くて仕方なく、もはや何を言っても自分は負けるのだろうとそんな気がしてしまい、議論する気が完全に失せて口を一切つぐんでしまいます……飽くまでも公正且つ平和的な議論だとは分かっていても、それでも自分は人と対立するのが嫌なんです……たとえ自分に直接関係なくとも、ある人とある人の意見が真っ向から対立し、口調が荒々しくなり議論に熱を帯びてくると、その張り詰めた緊張感がとにかく不快で、不気味で、気持ちが悪くてたまらず、自分は結局いつもその場を出来るだけ冷静且つ穏和なものにしようと努めるただのまとめ役に終始し、本音をさらけ出さずに逃げてしまいます……。

 

母が何らかの原因で姉を厳しく叱っていた時、母は珍しい位に激怒して姉にビンタを食らわし、姉は大声で泣き叫んでおり、自分はその様子を見て、全く関係ないにもかかわらず姉と同じように泣き喚きながら二人の間に割って入り、もう許してあげて、もう分かったから、と涙で一杯の表情で母に切願していたのを覚えています……母と祖父が大喧嘩をして、祖父が台所に置いてあった包丁を突発的に握ったときも、自分はとにかく怖くて怖くてたまらず、大泣きしながらもう止めてと叫んでいました……街中である子供が、その親らしき人物から頭ごなしに厳しく汚い言葉で理不尽に罵られ、凄く悲しく辛そうな表情をしながら怯えているのを見ると、自分はその子をそっと優しく抱きしめて守ってやりたい衝動に度々駆られます……誰かが怒り誰かが怯えてるのを見るのが自分は心からたまらなく嫌なんです……。

 

 

 

ここまでずっと父への恐怖感を一方的に語ってきましたが、何も父は意味もなく理不尽に、無闇やたらと惨い暴力を振るってくるような横暴な人間なわけでなく(一時期酷く荒れていた事もありましたが……)、ただ自分にとって、父が子供を叱る時のあの表情、あの声、あの動作、その雰囲気やタイミング等があまりに絶妙で奥深いものがあり、これ以上決して怒らせてはいけないと身体の芯からそう感じさせるおぞましい魔力のようなものが備わっており、自分はただキッと睨み付けられただけで瞬時に恐怖で動けなくなってしまう程で、大抵は手を上げられるような事態になる前に体が自然と萎縮し何も出来なくなってしまうんです……そんな父が唯一機嫌を良くし、緩慢とした和やかな雰囲気に包まれるのは、父がお酒を飲んで酔っ払ったときで、子供達はここぞとばかりに羽目をはずし、父の呪縛から解放され賑やかに遊び始めるのですが、しかし、つい先程までお酒に酔って大らかな様子だったはずの父が、何気なく子供部屋を覗きに来てふといつもの重く厳しい顔つきに戻り、もう寝なさいと静かに呟くと、何か普段とはまた違ったおぞましさに――獣を眠りから覚ましてしまったような、不意をつかれるような、裏切りめいた不気味なおぞましさに駆られるのでした……。

 


 

 

 

     三

 

 

 

父の影響によって自分は、臆病で泣き虫で女々しく、神経質で生真面目で人見知りが強く、人の目もまともに見れず自分の意見さえろくに言えず、いつもおどおどしながら人の顔色ばかりうかがう様な子供になってしまい、そのため幼稚園においても小学校においても、自分はクラスメートにとってからかいの恰好の餌食でしかなく、毎日のように周りの生徒から馬鹿にされ、笑われ、叩かれ、蹴られ、悪戯され、弄ばれ、そうして最後にはいつも、泣かされていました……きっとその最大の要因は、自分が人に対し、「怒る」という事を知らない子供だったからと思われます……自分は今の今まで一度だって人に向かって怒鳴った事がなく、どんなに怒ろうとしても怒り方が分からず、自分が怒りに駆られてる姿を想像しようとしても全く浮かんで来ないほどで、きっと自分は人に怒る事の出来ないような体に生まれ付いてるんだと思われます……自分は同級生から何をされても決して怒る事も反抗する事もなく、ただただ泣くばかりでした――反抗すればさらに相手の反感を買い、余計に怒らせ、より酷い目に遭うだけだとその様に考えてしまうため、立ち向かっていく気力が湧かずただただ悲しく惨めな感情で一杯になり、すぐに胸が詰まって自然と涙が込み上げ、喉が圧迫されて声が出なくなり、何も言い返せず何も仕返し出来ず、ただ涙を見せる事によって己が無力である事、弱まっている事、敵意がないという事を相手に示し、或いは周囲に訴え掛け、そうして同情を買い圧力を与える事によって攻撃を止めさせるしかなく、その頃の自分にとっては言わば、「泣く」という行為が最大の防衛手段だったのです……痛みを感じて泣くという事はあまり無かったのに、人に意地悪されたり責められたりすると、誰よりも早く泣いてしまっていたのでした……。

 

 

 

幼稚園の頃からよく泣かされていましたが、小学一年生の時など、自分に席の近いある意地悪な男子から、教室に入る度に執拗にからかわれ、悪戯され、弄ばれていて、そうして自分は必ずと言っていい程すぐにわんわんと声を上げて泣き始めてしまい、するとその男子は周囲の非難の眼差しによって追い込まれ、気まずく、ばつが悪く、いたたまれなくなるらしく、今度は逆に自分を泣き止ませる為に何とか笑わせて慰めようと必死になっており、そういう一連のやり取りがまるで日課であるかのように、毎日毎日一年中ずっと続いているのでした……。

 

 二年生の時、給食の時間中に、自分の机と向かい合わせになっている二人の女子が、このクラスの委員長で中心的な存在である一人の男子の話をしており、彼女らはどうもその男子の事があまり気に入らないらしく、彼に対する悪口や不平不満をこっそりと隠れるように、如何にも陰口を言うような感じで意地悪そうに述べており、そうして一通り愚痴を言い終わると、なぜだか急にその二人の女子が正面の自分の方へと向き直り、そう思わない? と同意を求めてきたのですが――自分はその際、その男子に対し何か特別な不満や反感は無く、別に何とも思ってなかったのですが、ただ彼女らの自分への視線や口調が何となく威圧的で少々脅かすように感じ取れてしまい、もしもここで正直な気持ちを述べ二人と意見を異にすると、何だか場の空気を壊しばつの悪い感じになり、まるで自分が二人を咎めてるかのように捉えられ反感を買うのが恐ろしかったので、気の弱い自分は本音を隠し二人に話を合わせ、まるで共犯者であるかの様な態度を作り、自分も彼の事が嫌いだ、調子に乗っている感じがするなどと、そう適当に嘘をつくと、すると片方の女子が、急にニヤっと勝ち誇ったような不気味な笑みを浮かべ、例の男子の方を振り返り大声で彼の名を呼びこちらへと来させ、そうしていきなり自分の方を指差しながら、嫌いだって言ってたよ、と楽しそうに言い付けたのでした……はめられた、自分は瞬時にそう思いました……半ば脅かされるような形で相手にただ話を合わせにいっただけなのに、その発言を作為的に自分の本意とみなされ、本人に言い付けられ――しかし、たとえここで懸命に弁解しようとしても自分の言葉が信用されるようには到底思えず、それにまた二人の女子に非難を浴びせてもただ自分がより悪い立場に追い込まれるだけだろうと、そう思って何も言い返せずじっと黙っていると、例の男子は見るからに怒ってるような調子で、ふざけんな、お前とはもう遊ばない、と自分に向かって吐き捨てるように言い残してその場を去ってゆき、そうしてその様子を二人の女子は、まるで弱い者をいたぶるのを楽しむかの様にニヤニヤと笑いながら見ていたのでした……その男子がクラスのリーダーの様な立場にあり誰もが彼に服従し媚びへつらい纏わり付いていたため、自分は二年生を終えるまでクラスに上手く溶け込む事が出来ず孤立し、休み時間も皆に加わって遊ぶ事が許されず、教室にも何となく居づらい感じになり、用もなく図書室に駆け込んでは時間を潰しており、非常に肩身の狭い思いをしなければなりませんでした……。

 

 また自分は、人をいじめるという発想が無かったために、逆に自分がいじめられてるという事にさえ気付かないことも良くありました……雨の降っていたある放課後、校門の前で、一人のクラスメートから傘を貸して欲しいと頼まれ、別にどしゃ降りなわけでもないし自分の方が家が近かったので、特に躊躇せずその子に傘を貸してあげ、そうしてその翌日、傘が返ってくると、なぜか傘は真っ二つに折られており、自分はそれを見て別に怒るわけでもなくただ単純に不思議に思い、どうしたの? と尋ねると、何となくむかついてたから折った、と淡々とした様子で素っ気なくしゃべり、自分はそれを聞いて、ああそうなのか、何か嫌な事があったから折ったのか、と納得したようなしてないような変な感じで、特に気にも留めずそのまま家に持って帰ったのですが、玄関でその傘を見た母が、何があったのか心配そうな様子で尋ねてき、自分は友達が折ったとありのままに普通に答え、すると母は何か哀れむような悲しい表情でこちらを見詰めていたのですが、しかし自分はその意味を全く分かっていなかったのでした……。

 

 

 

変化が訪れたのは、およそ三年生に上がった直後の事だったと思われます……自分はそれまで同級生からいじめられても、そこで仕返しすれば余計痛い目に遭うだけだろうと、そればかり考えてしまい恐ろしくて何も出来ず、ただ泣くことによって自分の身を守ろうとしていましたが、しかし、それが逆効果である事――自分が泣けば泣くほど、怯えれば怯えるほど、落ち込めば落ち込むほど、彼らは味を占め、愉悦を覚え、付け上がり、面白がり、行いはより過激に、より頻繁に、より陰湿になり、ただ暴力を助長させるに過ぎないという事にようやく気付きました……しかしだからと言って、立ち向かっていくのはやはり恐ろしい……でもこの状態がずっと続くのもまた耐えられない……そこで自分は、ある苦し紛れの、起死回生の策を見出すに至りました――それは言わば、ある生物が環境の変化に応じて生存本能によって様々な進化を繰り返すのと同じように、自分が学校という場において生き残る為の、必死の、決死の、最後の防衛手段なのでした……。

 

それはつまり、人を笑わせる、という事でした……。

 

彼らが自分をいじめるのは、自分が弱虫で、女々しくて、情けなくて、間抜けな姿を晒すのを楽しみ、面白がっているからであり、彼らは自分が醜態を晒せば晒すほどゲラゲラと笑っています……そこで自分は、その習性を逆手に取ろうと考えました……自分がからかわれやすい体質なのは仕方がない、なら、たとえからかわれても、拒絶するのでなく、むしろ自分からおどけて快く付き合ってあげればいい……どうせ笑われるのなら、自分から笑わせてやればいい……受動的に笑われるがままにするので無く、こちらから能動的に笑わせに行けばいい……つまり自分は、他人の暴力を利用し自ら笑いに転化させクラスの道化へと転進する事によって、クラスメートから気に入られいじめられっ子という立場から脱却しようと考えたんです……それは臆病な自分の出来る、他人という脅威に対する精一杯の反抗だったのです……。

 

以後、自分はただただ人を笑わせる事だけを考えるようになりました――四六時中、寝ても覚めてもネタを練り、いつ如何なる時もひたすら馬鹿な事を言い、馬鹿な事をやり、ふざけ、おどけ、人を笑わせるよう心掛けており、たとえこれまで幾度となくされてきた様にクラスメートから馬鹿にされ、悪戯され、弄ばれたとしても、決して本気で嫌がるような素振りも悲しむような表情も見せることなく、逆にこちらから積極的に盛り上げ、誇張し、失敗を犯し、醜態を晒し、自ら笑い者にならんとし、そうして周囲を腹から笑わせ、また自分も共に笑い飛ばしていました……。

 

自分にとって人を笑わせるのが呼吸をするのと同じようなものにまでなると、自分の企ては功を奏し、思惑通り効果は表れ、周囲の自分に対する反応はこれまでとはまるで異なったものとなっていきました……彼らは自分を、これまでの様にただの弱虫、泣き虫、意気地なしとして扱うのでなく、面白くて、陽気で、優しくて、気の良い、クラスのムードメーカーとして認識し始め、気が付けば自分の周りにはいつも人が集まるようになり、誰もが笑顔をもって自分に接し、何かしでかすのでないかと好奇と期待の目で見詰め、まだ何もしてなくてもただ前にするだけで既に笑みがこぼれてたり、事あるごとに自分の名が呼ばれたり……結果的に自分は、いじめられっ子という存在から一気に、クラスの人気者へと昇格することに成功したのでした……。

 

 

 

 しかし、自分の真の苦悩が訪れるのはそれからでした……人間関係という、およそこの世で最も難しく、煩わしく、疎ましく、厭わしい問題に悩まされ続ける日々が始まりました……自分がクラスの人気者へとなってしまった事から、もはや後戻りする事は出来ないようになってしまっていました……その時から自分は、孤立する事への病的な恐怖を抱くようになり、人間関係というものに異常なほど気を払って生きるようになりました……ひたすら相手を怒らせない事、嫌われない事、仲間はずれにされない事、いじめられない事だけを案じ、ただただ周囲に気に入られよう、好かれよう、機嫌を取ろうとばかり考え、他人に取り入ることに必死になっており、その結果、自分は最善の策として、人と接するときは必ず、「演技」をするようになってしまっていました……。

 

自分は幼い頃からそのあまりの鈍さ、愚かさ、無知から、様々な場面において色々な事柄に関し、意見や行動、解釈、判断、価値観が他人のそれと一致せず必ずズレが生じ、いつも自分だけが間違い、自分だけがはずれ、自分だけが浮き、自分だけが仲間はずれを受け、自分だけが孤立し、そうして自分だけがいじめられる……そういう経験を幾度となく嫌になるほど味わってきましたので、ついには自分は、自分が本当に思った事、本当に感じた事、本当に考えた事を口に出さず、やりたい事をやらず、言いたい事を言わず、自分らしく振舞わず、ただひたすら他人の意見に同調し、他人に話を合わせ、他人の価値観に追従し、他人のやり方をまね、他人と同じ事をし、他人と同じように生活し、そうして徹底的に己の個性を押し殺すことによって周囲との調和を図り、その集団に溶け込もうと考えるようになりました……。

 

自分には、人と違う事をしてはいけない、人と違う事を言ってはいけない、という一つの強迫観念があるのです……自分のやり方、自分の考え方は、他人から見ればことごとく間違ってるものの様に思え、何を言っても何をやっても全て否定され、嗤われ、誤解を受けそうな気がして仕方なく、自分の好きなものも、趣味も、服装も、習慣も、何もかもを誤魔化すようになっており、例えばそれらをクラスで人気のあるリーダータイプの生徒に合わせてみたり、話題から取り残されないように流行を必死に追い掛けたり、馬鹿にされたくないが為に妙に容姿に気を遣ったり、同級生との距離を縮めようと企み一緒に野球を始めたりと、様々な姑息な手段を講じていました……。

 

大人は子供に対し、正直になれと常々言い聞かせますが(大人が正直だとはこれっぽっちも思いませんが)、しかしいざ正直になって本音で向かえば、彼らは必ず自分に反感を持ち、自分の意見を真っ向から否定しに掛かるでしょうし、同級生からは疎まれ、憎まれ、蔑まされ、のけ者にされてしまいます……正直になれない自分が悪いのでしょうか、それとも、正直にならせてくれない相手が悪いのでしょうか……本音と建前――誰しもそれを使い分けて生きるものなのかも知れませんが、しかし自分に至っては、使い分けるのでなくもはや建前しか言わないような子になってしまったんです……自分らしくあれば殺される――故に本音を言わず嘘をつき続ける事によって身を守り、本来の自分を隠しながら生活するのが、学校における自分なりの防衛手段、生き残る術だったのです……。

 

自分は誰よりも人を恐れていながらも、誰よりも人と繋がりたいと――いや、誰よりも人と繋がりたいと思っていたからこそ、誰よりも人を恐れていたのかもしれません……自分は単純に、好きなんです――人と嘘偽りなく心から笑い合い、共感し合い、助け合い、信じ合うことを、誰よりも強く強く望んでいたんです……他人と分かり合えないような事ばかりが続くため、ほんの些細なものでも他人と一致するような何かを感じ取ると、自分はあまりの嬉しさに思わず涙がこぼれ落ちそうになり、下を向いてそっと顔を拭うことさえありました……。

 

 

 

人と繋がりを保つために、接する相手によって複数の自分を巧みに使い分け、どの相手の意見にも必ず同意し、徹底的に話を合わせ、出来るだけ波風立てないように慎重に接し、上手く合いの手を入れて話を盛り上げ、如何にも彼の発言を理解してるかの様に深く頷き、そうやって誰にでも迎合して信頼を得ようとし、そうしてまた人の愚痴を聞かされるときも、同じように自分だけが理解者であるといった風に親身になって聞いてる振りをし、ただもしもそこで自分から誰かの陰口を言えば、その時は自分に共感するような素振りを見せても後で必ず本人に密告されるのを知ってましたので、決して自分から悪口を切り出す事はせず飽くまでも聞き手に回り、自分の意見はうやむやにして誤魔化し、後に言い訳がきくような曖昧なセリフだけ残して上手に切り抜けていました……また、自分は人が笑顔というものを深く重んじる事を知ってましたので、人と接する際は必ず優しく人の良さそうな満面の笑みを浮かべ、親しみやすい愛想の良い振る舞いを見せ、少しでも好感を持たれようと必死になっていました――無表情のまま接すると、それだけで相手に不安を与え、不快にさせ、悪い印象をもたれてしまうのではと感じ、どうしても笑顔を作らずにはいられなかったのです……自分があまりに人気が出るものだから、それに対抗して一生懸命笑いを取ろうとしてる生徒もいましたが、しかしどれもあまり笑えるものでなく、といってつまらなそうな顔をするとその子の機嫌を損ねるのではと考え、自分はいつも不自然にならない程度に無理に笑っていました――また、教師がたまに授業中に冗談を言うときも、やはり何だか妙に気まずくて、無反応のままでいる事に耐えられず、同じように無理をして笑顔を作っていました……自分は今まで笑顔をチャームポイントとして挙げられた事が何度かありますが、それは純粋な喜びからでは無くただ恐れから来る偽りの笑顔に過ぎず、笑顔の底では激しい苦痛と不安がひしめいており、気が付けば自分は作り笑いを手放せぬ可愛げのない嫌な子供になってしまっていました(しかしまた自分のみならず、日常の中に見られる多くの人々の笑顔が、本意ではなく虚偽の笑顔だと自分は知っています)……。

 

また自分は、人の頼み事を断ることがどうしても出来ませんでした……そもそも自分には、拒否という選択肢が初めから与えられていないのです……自分にとって断るという事、或いは拒否するという事は、相手に面と向かって嫌いだと言い渡すのと同じくらい恐ろしいものであり、必ずやその人を激怒させ、憎まれ、恨まれ、嫌われ、いつか残酷な復讐を受けるに違いないとその様に感じてしまうため、たとえどんなに困難な頼み事を依頼されても決して断ることなく、少しも迷惑でないかのような気前の良い調子を装って承諾していました……。

 

自分が何でもかんでも引き受けてしまうがために、それがいつの日かクラス全体に定着してしまい、仕舞いには毎日毎日様々な難題を押し付けられるようになってしまっており、そのため自分は、クラスメートから何か面倒な事を頼まれそうな気配がすると、それを敏感に察知してその場からスッと消え去って回避するようになりました……逆に自分が何か、非常に些細なちょっとした頼み事――鉛筆を貸して欲しいとか、教科書を見せて欲しいとか、そんな取るに足らぬ素朴なお願いをすると、自分の方は今まで一度だって拒否した事などないにもかかわらず、大抵の場合、断られる、あるいは凄く嫌な顔をされており、そういう反応を見る度に、自分は人間の心の狭さ、汚さ、意地の悪さといった負の面を目にしたように感じてしまい、その人は気付いてないのでしょうが、こういうふとした瞬間が実は心からショックで、酷く傷つき、凄く悲しくて惨めな気持ちになっていました……。

 

 

 

同級生と一緒に学校から帰っているときに、特にしゃべる話題もなく延々と沈黙が続いてしまう事がありますが、自分はその気まずい何とも言えぬ奇妙な緊張感が吐き気がする程に心から苦手で、地獄の様に感じてしまい――せめて相手が一方的にしゃべってくれればこちらはただ適当に頷いてやれば良いのですが、沈黙の時間の長さに応じて少しずつ自分が疎ましがられ、鬱陶しがられているような気がして仕方なく、無理にでも話を盛り上げなくてはと急き立てられるような気持ちになり、必死にあれこれしゃべって笑わせようと努め、非常に神経を削りクタクタに疲れ果ててしまいます……故に自分は、学校が終わった後、一緒に帰ろうとかこれから遊ぼうとか、同級生から何らかの誘いを受けるのが煩わしくて仕方なく、そのため放課後になるのと同時に、誰にも気付かれないようにひっそりと、逃げるように素早く教室を出て急ぎ足で帰宅しており――しかしもしもその際同級生に見付かり声を掛けられると、まるで逃亡犯が警察に見付かったかの様な驚愕と失意に駆られ、最悪の気分に陥っており、そしてまた、登校時に同級生が自分の家に寄って一緒に行こうと誘ってくるのもやはり嫌で嫌でたまらなかったのですが、もちろん自分は迷惑そうな顔一つ見せず、いつも通り笑顔を作って明るく陽気に振舞いながら通っていました……。

 

また、自分は休日に友人と出くわすと、学校にいる時の自分と違う自分を見せてしまうような気がして恐ろしく、瞬間的に自分の中のスイッチを切り替え、自分の本性が露呈しないよう気を付けており、外を歩く時は何としても同級生と出会わないように、慎重にタイミングを見計らって家を出て、一々物陰に隠れて前方を確認し、周囲を執拗に警戒しながら道を進むという、どう見ても不審で奇妙な行動をしょっちゅう取っていました……。

 

 

 

ある休日、一人のクラスメートから、これから一緒に遊ぼうという誘いの電話を受け、自分は普段なら、内心鬱陶しく思いながらもやはり断ったら嫌われると感じ、否応なしに本心を偽って嬉しそうな雰囲気を醸し出しながら承諾していたのですが、しかしその日はどうしても気分が乗らず、またしても神経をすり減らしながら気を遣わなくてはならないのかと思うと、何としても今日は一人でゆっくり過ごしたいとそう感じ、しかしまたその気持ちを正直にそのまま伝えれば、自分は必ずや彼の怒りに触れてしまい手痛い報復を受けるに違いなく、よってどうにか自分が責任を問われないような、相手も納得せざるを得ないような、もっともらしい適切な言い訳を述べなくてはと考え、自分は咄嗟に、父親が家族全員を連れて出掛けると言ってるからどうしても今日は遊べない、と如何にも自分のせいでは無いのだ、不可抗力なのだとでもいう風に、非常に申し訳なさそうな、残念がってるような振りをしながら述べると、それに対し向こうは、少し間を置いた後、どこに行くの? と何だか他意を含んでいるような、何か裏があるような妙な物の言い方で尋ねてき、自分は具体的な部分まで考えていなかったので、その一言で一気に動揺が走り、しかし変に間を空けると余計不自然になると思いましたので、適当に思い付いた場所を慌てて答え、すると向こうはそれに対し、一気に畳み掛けるように立て続けに、その後はどうするの、そこで何をするの、前にもそこ行ったって言ってなかった? 云々と、もう明らかに自分が嘘をついてるのを確信しているような調子で、まるで警察の尋問の如き口調を以て責め立てるように次から次へと言葉を繰り出してき、自分はもはやパニック状態に陥って、心臓が激しく鳴り響き多量の汗が流れ、受話器を持つ手が震え思考が定まらず、声を震わせながら自分でも何を言ってるか分からない滅茶苦茶な事を並べ立て、全て言い終わると向こうは、まるで自分の慌てっぷりを嘲笑うかの様に、「ふーん」、と恐ろしく冷淡な調子で言い残し、そうして最後に、じゃあいいや、という素っ気ない声と共に電話を切ったのでした……電話が切られた後も、自分は憔悴し切った表情で、受話器を正確に戻せないほど手が震え、呼吸は荒れ、頭を抱えながら、ああ、何もかも終わった、全て露呈してしまった、嫌われたに違いない、明日学校でどんな仕打ちが待ってるだろう、もう二度と仲間に入れてもらえない、などとガタガタ震えながら怯え、さらにまた、自分が家にいるのを見られたらどうしよう、家の前に車があるのはまずいんじゃないか、などと過度の不安に襲われており、もはや絶望的な気分でした(そのクラスメートは、自分が彼と話をしている際に自分が彼の意見にわざと合わせると、ニヤニヤ笑って自分を見詰めながら、本当にそう思ってる? とか、実は俺はそうは思ってない、とか言って度々自分を追い込むようになりました)……こんな調子ですので、自分は何とか誘いの電話から逃れる策を講じなきゃいけないと思い、家族に気付かれない程度にほんのちょっとだけ電話の受話器を本体からずらし、着信を受け付けない状態になるよう細工したりすることがあり、しかしそれが母に見つかり立腹した調子で問い詰められると、自分はまさか本当の理由を口にすることなど出来るわけが無く、顔を伏せてうじうじと萎縮しており、また、たとえ自分への誘いの電話が来ても、家にいないとか、体調不良で寝込んでるとか、とにかく適当な理由をつけて断って欲しいと家族に必死で頼み込んだこともありました……。

 

自分は電話の着信音と、それとあと、玄関のチャイム音、この二つの音が完全にトラウマになっています――人間関係に病的な程に神経質な自分は、連絡なく突然自宅を訪問されたりすると、まるで強盗に襲撃された様な、いきなり背中を刺された様な、そんな心臓が破裂せんばかりの途轍もない驚愕に襲われ、凄まじい不安と緊張に駆られてしまうのです……家に自分しかいないときは、自宅であるにもかかわらず、電話が鳴ろうと玄関のチャイムが鳴ろうと自ら応対することはなく、部屋の隅っこで小さくまとまり両手で耳を力一杯塞ぎ、酷い緊張と不安の中、悲鳴の様に鳴り響くその音が止むのを震えながら待っており、もしくは後で言い訳が利くように、誰が見てるわけでも無いのに寝た振りをしたり、ヘッドフォンを当てて大音量で音楽を聴いたりし、何も聞こえてなかったんだから仕方ないんだと自分自身をも誤魔化そうとしていました……。

 

 

 

自分のおかしな習癖は他にもまだあり――自分はなぜだか昔から、欲しいとも言っていないのに人からものを与えられたり、頼んでもいないのに一方的に親切をされたりすると、非常に不気味な、不快な、恐ろしい思いに駆られていました……クラスメートが休日中に旅行に行って、そのお土産をクラスの皆に配ることがありましたが、それが自分には不可解な行動としか映らず、自分は前触れなくいきなり贈り物をもらうと、何だか脅迫を受けてるような、自分が彼の奴隷になったようなそんな感じがし、後ろめたいというか引け目を感ずるというか、とにかく気味の悪い嫌な感覚に襲われ、いつかそれを種に何か要求されるのでは、何か裏があるのではと本気で疑った事があります(自分は世間の習慣を理解出来ないことが多くあり、お土産を買うという発想も、年賀状を出す意味も、誕生日を祝う理由も、お墓参りに行く意義もよく分かってませんでした)……無論自分は、人から勧められたものを断るときっと嫌な顔をされ、機嫌を損ねるに違いないと思い、腹の底では迷惑に感じながらもやはり拒否は出来ず、嬉しそうな表情を浮かべながら受け取っており、結果的に無理矢理押し付けられるような形になってしまいます……同じように、人から勝手に何か手伝われたり協力されたりすると、もうその人のペースに巻き込まれ自分の意見を主張出来ずに終わってしまい、逆にこっちが気を遣う羽目になってしまいます……自分は人の気遣いが苦痛でしかないのです……人に気を遣ってばかりのくせに、人から気を遣われるのはたまらなく嫌で、気を遣われれば遣われるほど自分が鈍くて強情な奴だと思われそうな気がし、物凄く後ろめたい気持ちになってしまいます(そもそも自分は、見返りを求めない純粋な親切などありはしないと思っており、一般的に善行と思われてるものがことごとく偽善としか感じれません……人が望まない親切は、何より残酷なものだと思うのですが)……。

 

 

 

自分は同級生に対し様々な恐れを抱いていましたが、しかしあらゆる人々の中で最も恐れたのは、大人という存在でした……。

 

大人……それほど不可解な存在を自分は知りません……大人の考え方、大人の価値観、大人の文化には、子供以上に不合理で、不気味で、乱暴で、無意味なものが溢れかえっているように見えます……なぜだか大人は敬われるべき存在の様ですが、自分にとっては彼らがただ偽善的で、横暴で、狡猾で、身勝手な生き物としか映りません……彼らは決して子供を大事にしてるのでなく、ただ子供を怯えさせてるだけなんです――彼らは無意識の内に子供を抑圧し、子供を騙し、子供の自由を奪い、子供を苦しめ、子供を絶望させ、子供を殺そうとしているのです……。

 

自分は大人を前にしてどの様に振舞えば良いか分からなくなります……彼らと対峙すると、遥か頭上から一挙に覆い被されるような途轍もない圧迫感を覚え、自身があまりに無力に感じ自由に振舞う事が出来なくなり、ほんのちょっとした言動を切っ掛けにいきなり襲い掛かって来るんじゃないかと恐怖に駆られ、とにかく怒らせないようにしよう、彼らの逆鱗に触れないようにしようと過剰な程に礼儀正しく、やたら行儀良くそつの無いよう丁寧に接し、卑しいおべっかを使い媚を売り、時にはわざと子供っぽく振舞い、ひたすら良い子だと思われようと非常に神経を使っていました……。

 

自分は目上の人、自分より偉い立場にいる人に極端に弱いようで、例えば教師からほんの少しでも何か注意を受けると、ああ、教師に嫌われてしまった、もう教室に入れてもらえない、もう学校に通えないと酷く怯え、弁解を行う前に泣き出してしまって恥を掻くことも多くありました……たとえ自分が悪くないと確信していたとしても、どうせ聞き入れてもらえないだろう、下手に反論すると目を付けられるだろう、彼の面目を傷つけ教師としての威厳を損なわせてしまうだろう、そんな事を考えてしまい、あまりにやるせなく、悔しく、理不尽な思いがし、自然と目に涙が浮かんできてしまうのです……。

 


 

     四

 

人を恐れるがあまり徹底的に己を繕い、ただただ他人の言うこと為すことに服従し、本心を完璧に隠し通すことによってクラスから省かれるのを回避しようと企ててきた小学校生活でしたが、無論それは中学生になったところで何一つ変わる事はなく、いやそれどころか、思春期に差し掛かった事によってクラスメートがより凶暴に、より残忍に、よりに過激に、より陰湿になったように思え、自分は今まで以上の恐怖と不安と緊張の中、さらに神経を尖らせ、気を煩わせ、身を削りながら学校生活を送るのを余儀なくされていました……。

 

 自分はこれまでと同様、自ら笑い者となる事によってクラスメートの心を掴み、クラスの輪から外されるのを回避しようと企て、登校初日から全力で人を笑わせる事に集中し、彼らのピエロの様な存在となるよう努めており、それはもう手馴れたもので、そう時間の掛からぬ内にすぐに自分はクラスの人気者という地位を手に入れるに至りました――自分が教室に入っただけでクラスの雰囲気がどっと明るくなり、休み時間にもなれば多くの生徒が自分を取り囲み、勤勉な生徒も不良じみた生徒も自分には隔てなく陽気に接しており、また教師に対しても自分は下手に反抗したりせず、最低限の礼儀を守って笑顔で親しく接しており目を付けられる事はなく、気が付けば自分はその学級だけでなく、学年全体においてもちょっとした有名人となっていました……。

 

ただ自分は、どれだけ人気を得ようと、自らリーダーという立場に就こうという気は少しもなく(無理矢理押し付けられた事は何度もありますが)、というのも、実際の所リーダーという存在は、表面的に慕われていようと、その裏では多くの人間から反感を買い、陰で愚痴を言われてるのを知ってましたし(皆をまとめ挙げ引っ張っていくようなタイプの人間は、横暴で図太くて思い遣りのない偽善的な人間だと、自分は経験上その様な捻くれた考えを持つようになってしまいました……)、それに何より、他人に対しあまりに臆病で神経質な自分は、命令を下したり物事をはっきり言うことが出来ないんです――小学生の時、野外授業で下級生と班を組んで料理を作る事があり、その際自分は運悪く教師から班長として任命され指揮を執る羽目になってしまったのですが、しかし自分は一方的に指示を下すとメンバーから苛立たれ、疎まれ、嫌われそうな気がしてたまらず、しっかりと指揮を執ることが出来ずうじうじとまごついて情けなく頼りない姿を晒してしまい、下級生から白い目で見られた事があります……また、自分がどれだけクラスメートに優しく接し、腹の底から笑わせ、目一杯楽しませたとしても、彼らが自分に特別優しくする事はなく、むしろ自分をいじめ倒して笑うばかりで――詰まるところ、如何に自分に人気があり皆から親しまれていようと、そこに決して尊敬や信頼の感情はなく、ただ単に都合の良いように利用され面白がられていただけなんです(しかしまた、どんな人間関係だって損得勘定で動いてるものなのでないでしょうか……決して人間そのものを見てるわけでなく、如何に自分にとって有益であるかを計算し、自分に利益をもたらせば彼を愛し、自分に利益が回らなければ彼を排する、その様な打算的なものなのではないでしょうか……しかしそれは結局自分も同じ事――いや、それ以上のものがあるのかもしれません……)。

 

自分は人気者といじめられっ子は紙一重であるのを経験として知っていましたので、たとえ表面的に明るく陽気に振舞っていようと、勿論その内奥では、いつ彼らに殺されるか分からない、本心を悟られたらどんな目に遭うだろう、これだけ親しまれてるからこそ些細な切っ掛けによって手の平を返し残虐な仕打ちを受けるに違いない、その様に考えており、自分のそばに寄り集まってくるクラスメートがまるで自分をリンチに掛ける集団のように映る事もあり、常に厳しい緊張と不安をこの身に感じながら、ただ他人の暴力を如何にかわし如何に切り抜けるかだけを考え、細心の注意を払って道化を振舞っており、自分にとって人間関係というのは、生きるか死ぬかの大問題なのでした……。

 

 

 

自分には、学校という場が、一つの戦場のように思えるのです……人間の持つあらゆる暴力を集結させたのが、学校という場なのではないかと……学校というのは、ありとあらゆる角度から何らかの暴力や抑圧があるように思えて仕方ありません……学校に通うのを「楽しい」と言う生徒がいるのを知って、自分は心から驚きショックを受け、ほとんど絶望的な思いに駆られました……皆、怖くないんでしょうか……これ程までに暴力が満ちているというのに、どうしてあんなに平然としていれるんでしょうか……人と接するのが苦痛ではないんでしょうか……クラスメートの言動に一々傷ついたりしないんでしょうか……自分には、学校を前向きに捉えるような発想がまるで無く、ここ以上に生き辛い場所はあるのかと常々そう思っており、自分にとって学校生活というのは、孤立しないよう悪戦苦闘する、生き残りを懸けたサバイバルの様なものなんです……ここでは個々人の価値観や思想や感性はことごとく切り捨てられ、ただ一つの真理だけを押し付け、ただ一つの考えを持ち、ただ一つの行動を取るよう強制され、個性を尊重しようと言って実際に個性が尊重された事はなく、自分らしくあろうと言って本当に自分らしさが受け入れられた事はなく、自己主張をしっかりしようと言って現実に自己主張が認められた例を自分は知りません……誰もが人を罵倒し、人を蔑み、人を見下し、人を嘲笑い、人を騙し、人をいじめ、人を排除し、そうして自尊心を満たし、優越感を得、愉悦に浸っています……まるで人を傷つけるのを養分として生きているかのようです……些細な事で憤怒し、些細な事で喧嘩し、些細な事で軽蔑し、些細な事で疎外し、虚栄の為に日々下らない嘘をついて平気で人を欺く……自分は本当に、分からないんです……人を傷付けるのが、そんなに楽しい事なんでしょうか……その上彼らは自分が誰かを傷付けているという意識さえ無く、むしろ彼ら自身が被害者であるかの様な態度を取り、自らの悪行には目をつむり他人の行いのみを糾弾してきます(たとえある一人の生徒の人生を滅茶苦茶にしていたとしても、本人は何も気付かず平気な顔してのほほんと暮らしているのでしょう)……友情なんて、嘘です……ただ、友達である振りをしてるに過ぎないんです……心の中では互いに軽蔑し合い、憎み合い、騙し合い、傷付け合ってるんです……卑しさ、汚さ、醜さ、利己、虚栄、狡猾、傲慢――人間の暗部その全てがここに凝縮されてるように思えます……学校は……地獄です……。

 

 

 

一年生の時のクラスに、いつもうつむいてばかりで他人とろくに会話せず、授業中に指名されてもほとんど言葉を発さず、勉強も出来なけりゃ運動神経も鈍い、小汚い見た目のとある小柄な男子がおり、彼はこのクラスの幾人かの生徒からいじめを受けていて、他のクラスメートもまた、積極的に加わらずとも見て見ぬ振りで黙認しており――中でも特に、自分の事をやたら気に入りいつも構ってくるやんちゃで騒がしいあるグループが、その男子の事を率先していじめており、彼を見掛ける度に嫌がらせをし、暴力を加え、からかい、弄んでおり、自分は何度もその現場に居合わせた事がありますが、無論それに加担する事も促す事もせず、ただただ不快に感じ可哀相に思っており、しかしまた、だからと言ってそのいじめを制止する事も教師に密告する事も、一度だってありませんでした……もしも自分が間に割って入り彼を擁護すれば、必ずや自分は彼らから敵視され、憎まれ、恨まれ、クラス全体における自分の地位が揺るぎ、皆から白い目で見られ、仲間はずれを受け、孤立し、そうして今度は自分がいじめられてしまう……そう思うと、たとえいじめという行為に反発を感じていたとしても、自分の身に危険が及ぶのを恐れ止めることが出来ず、結局はいつもただ傍観に徹するしかなく――いや、ただ見ているだけでなく、例えば自分がその中の一人から話を振られ、周りから何かやれと言わんばかりの期待の目で見られると、自分はそのプレッシャーに耐え切れず、申し訳ないと思いつつもその子の事をネタにして皆を笑わせ、彼らに取り入っていました……しかしそれは、彼に対して自分の出来る精一杯の優しさの積もりだったんです――せめてその子の事を面白おかしく言う事によって、場の雰囲気を和まし、自分のように親しみやすい身近な存在に仕立て上げ、そうして彼らとの距離を縮め穏和な関係にしようとそう思ったんです……。

 

ある日の休み時間中、一人の生徒が例の男子にちょっかいを出し、悪戯を仕掛け、暴力を振るい、その挙げ句ばい菌が付いたとか何とか言って、馬鹿みたいに騒ぎ立てながら周りにいる生徒にタッチし、そうしてその生徒もまた他の人を追い掛け、いつの間にか鬼ごっこの様な形になっており、自分はその様子を見ながら、幼稚だ、下らない、馬鹿馬鹿しい、と心の中ではそう思っていたのですが、しかし、いざ自分がタッチされると――もしもこの場面で何のアクションも起こさず平然とした態度を取り、彼らの期待を裏切り流れを無視してこの遊びを途切れさせれば、あっという間に場の空気をぶち壊しにし、皆をしらけさせ、裏切り者とされ、疎ましそうな目で見られ、非難を浴び、リンチを食らうに違いない、そう思うと、どうしてもここで途切れさせることが出来ず、自分は残酷にも他の生徒と同じように「汚い」とか何とか言って、無理にはしゃいで見せながら近くにいる生徒を追い回しており、結果的にこのいじめに参加するような形になってしまっていたのでした……。

 

 そうして後日、自分は担任の教師から校内放送で、ある教室へと来るよう重く厳しい口調で呼び出しが掛かり、それを聞いた瞬間、ああ何かやらかしたに違いない、どんな叱責を食らうんだろう、どんな罰が待ってるのだろう、と酷く落ち込んで最悪の気分に陥り、不安と緊張で一杯の中最近の自分の行いを隈なく思い返しながら、うなだれた状態で呼び出された部屋へと恐る恐る近づき、そうして外から一度確認した後そっと中に入ると、深刻で張り詰めた空気の中そこには例のグループが横一列に並んでおり、それを見てすぐに自分は何の事か気が付き素早くその列に加わり――すると、どうやら担任の教師が言うには、自分も彼らと同じように陰湿な暴力を振るい、嘲罵を浴びせ、悪質な悪戯をし、いじめに積極的に加担していたという話になっており、しかもそれは、今まさに彼らから聞いた話だそうで……自分はそれを耳にした瞬間、すぐさま、道連れにされた、とそう思いました……自分は今聞いたような惨いいじめは決してしておらず、ただ彼らに強引に付き合わされていたに過ぎないのに、気が付けば自分も彼らと同じ罪を着せられており、それは間違いなく、彼らが自分を巻き添えにして少しでも共犯者を増やそうと企んだに違いないんです……あれほど優しくし、あれほど笑わせ、あれほど楽しませてやったのに……しかし、今ここでどの様な弁解を述べようと理解されるようには到底思えず、それに自分がいじめを止めなかったのも事実ですし、またもし弁解すると彼らに喧嘩を売るような形になり、いざこざに発展しそうで恐ろしく、この重苦しい空気の中どうにも言い出し辛かったので、結局自分は一切の反論を行う事なく濡れ衣をありのままに被り、そうして自分達は教師から激しい叱責を受け、その後、例の男子の下に直接謝罪に行き、反省文を書かされる羽目になってしまったのでした……。

 

 

 

自分は部活動などには一切興味がなく、授業が終わればすぐにこの地獄の様な場所から抜け出し、一刻も早く家に帰りたくて仕方なかったのですが、ただ基本的にクラブ活動に入部しない事は認められてませんでしたので、どこに入ろうかと悩んでいると、小学校の時に少年野球をやっていた同級生から、野球部への誘いを何度も何度も熱心に受け、自分はやはり断ると憎まれそうに思えてたまらず、それにまた野球部というのは活発で、男らしくて、勇ましくて、力強いイメージがあり、部員になれば周囲に良い印象を与えれるんじゃないか、いじめられる心配は減るんじゃないかなどという安易でひねくれた卑しい動機もあり、自分は競技自体に全く興味が無いにもかかわらず野球部に入部することにしました……。

 

自分は決して人より体力のない方ではありませんでしたので、練習自体は確かにきつくても耐えられない程では無く、それより何より自分が最も気を揉み、頭を悩ませたのは、やはり、部内での人間関係でした……。

 

無論そこでも自分はムードメーカーとして機能し、暇さえあれば笑いに走りおかしな事を言ったりやったり、練習そっちのけでふざけ回り明るく陽気に振舞い、同級生からは親しまれ先輩からは目を付けられることなく可愛がられており――しかし、あまり度を越し過ぎると、ついさっきまで共にふざけ合い笑い転げていた部員が、急に態度を変えて、遊ぶな、真面目にやれ、とこれまでの友好的な関係がまるで無かったかの様に冷酷な表情で厳しい罵声を浴びせ、小学生じゃないんだからと言って嘲笑ってきますので、自分は笑いの程度を調節するのに非常に苦労しました(自分は暗くて重くて深刻な雰囲気が何より苦手なため、どんな時でもどんな場面でも徹底的にふざけて、常に楽しく和やかな雰囲気を保っていたいと思っており、また自分は笑いを取る為ならどんな過激な事でも、どんな馬鹿げた事でも、どんな危険な事でも平気でやるのですが、どうも自分のその様な考えや行動はあまり周囲に理解されないらしく、やりすぎだ、ふざけないで、などといって逆に相手を怒らせたり、周りから非難を受け空気を悪くしてしまう事も少なくありませんでした……)

 

また自分は、入部してからようやく気付いたのですが、野球部乃至体育会系の体質、文化、価値観が、自分とは全く相容れぬ不可解なものであったという事です……。

 

第一に、自分は体育会系の基本的体質である、厳しい上下関係や年功序列という制度自体を上手く理解することが出来ず、あまり馴染めないでいました……これは幼い頃からずっと、未だに大きな疑問として持ち続けているのですが、どうして先に生まれた者が偉く、敬われ、威張り、命令を下すことが出来、どうして後に生まれた者が劣り、謙遜し、媚びへつらい、服従しなければならないのか、そこの所がどうしても分からないのです……また、見た目やら礼儀やら伝統やらと、そういう競技とは何ら関係のない形式的なものを重んじ、非科学的な精神論をやたらと説くのも理解出来ず、一体どの様な効果があるのか甚だ疑問に思います(丸刈りにする規則はありませんでしたが、しない部員はやる気が無いと捉えられる傾向にありました)……また、出会う度に一々大声で深々と挨拶するよう教え込まれますが、自分はそもそも幼い頃から人がなぜ一々律儀に挨拶を交わすのかさえ呑み込めておらず、教師や同級生の挨拶に返事をするのを無意識に怠ってしまい反感を買ってしまった事も多々あります(おかしな話ですが、自分は感謝や謝罪の意を示すという事さえ必要性が実感的に理解できません)……自分には、体育会系の考え方には不合理な点が多すぎるように見え、伝統だとか何とか言って時間や労力を無駄にしてるように思えて仕方ありません……。

 

そもそも自分は団体競技自体がことごとく苦手なようで、それは何も肉体的な面、運動能力の質に問題があるのでなく、もっぱら精神的な部分、他人に対する意識に問題があるようで――個人競技ならいざ知らず、団体競技となると、もし失敗したらどうしよう、どんな報復が待ち受けてるだろう、部から追い出されるんじゃないかなどと考え不必要に緊張してしまったり、他の部員に気を遣いすぎて自分の事がおろそかになってしまったりと、競技そのものとは別の余計な部分を意識し過ぎて集中出来ずにいました……また、たとえ自分のやり方を持っていようが、他人のやり方に合わせるよう強制されており、監督や先輩から受けたアドバイスが自分に相応しいものと思われなくても、断る事が出来ず黙々と従っていました……。

 

自分は体育会系の人間が怖くて怖くて仕方ないのです……彼らほど強情で自分勝手な人達はいないと、どうしてもそう見えてしまいます……体育の授業や休み時間に皆でサッカーやバスケをやるとなると、飽くまでもスポーツであり遊戯として行ってるだけなのに、まるで相手をなぎ倒さんばかりに鬼の様な形相で凄まじい勢いを以て攻めてき、わざと体をぶつけて転ばせたり、ちょっとした事で物凄く苛立っていたり、少し失敗しただけでも激しく責められ罵倒されたり、はずみで体がぶつかればいくら謝っても本気で怒ってぶん殴られ……スポーツマンシップなど微塵も感じられず、フェアプレーなんてありはせず、とにかく勝つ事に必死になって喧嘩まで起こし、自分はその争い事に巻き込まれるのが嫌で、ただ積極的に攻めただけでも反感を買ってしまうんじゃないかと恐れ、そのあまりに真剣すぎる空気について行けず、いつも後ろの方で取り残されてしまっており、向こうは気付いてないでしょうが、ほとんど恫喝されてるようなものです……。

 

中でも特にあの、「応援団」という人達が、怖いとか何とかいうのを通り越して、ほとんどもう馬鹿馬鹿しいというか、下らないというか、阿呆らしいというか……どうしてあんなにも極端に威張り、馬鹿みたいに大声を張り上げ、人に平気で罵声を浴びせる事が出来るのか、あの神経がよく理解出来ません(自分は怒鳴る人間がどうしても駄目なんです)……あの人達は一体何の為に存在してるのか甚だ疑問に感じ、大声を張り上げたところで何か変わるとは思えず、自分に至ってはむしろ応援されると緊張やプレッシャーで駄目になってしまう程です……それに自分は、ある団体を応援するという気持ちに乏しいようで、部員から好きな野球チームを尋ねられたとき、特に無いとありのままを答えると、まるで自分が嘘をつきわざと隠してるかのような反応を毎回され、その度に自分はとても不可思議に思い、面倒臭いから取りあえず話を合わせる為に適当な球団を答えるようになりました……自分は母校を愛するという気持ちさえ理解出来ず、ただ偶然ここに通ってるという意識しか持ち合わせておりません……。

 

 

 

二年次に進級すると、自分はまた新たな問題に直面することとなりました……それはクラスメートによる、自分への過度の暴力でした……。

 

 自分は道化というその性質上、昔からいつも同級生の餌食となり、四六時中まとわり付かれ、おもちゃの様に乱暴に扱われており、しかしそれは彼らが自分に対し敵意を抱いてるのでなく、ただ一緒にふざけてじゃれ合っているという程度の認識しかなく、言わばそれは自分が皆から気に入られ親しみを持たれてることの証なのですから、自分は何をされても一切抵抗すること無くへらへら笑いながら我慢し、嫌々ながらも仕方なく付き合ってあげていたのですが、しかしここへ来て、彼らの自分への接し方がこれまでにない程に乱暴で、陰湿で、粗雑で、悪質で、残酷なものとなっており、全く手の付けられない状態にまで肥大してしまっていたのでした……学校に着き教室に入れば、何の脈絡も無くいきなり殴られ、蹴られ、抱き着かれ、投げ倒され、自分の椅子や机は教室から消え、教科書には滅茶苦茶に落書きされ破り捨てられ、四六時中自分を取り囲み、過酷な命令を下され、大恥を掻かされ、ありもしない噂を広められ、何でもかんでも責任を押し付けられ、罪を擦り付けられ、身に覚えのない事で教師に叱られ……もはや自分は道化というよりただの奴隷であり、そこに友情なんてものは欠片もなく、クラスメートのストレス発散、憂さ晴らし、退屈しのぎに利用されているに過ぎず、それは傍から見れば単なるふざけ合いでは済まされない明らかないじめであり、もはやリンチとさえ言えるような状態で、実際のところ自分は本当のいじめられっ子よりも確実に悲惨な状況にありました……。

 

それでも自分は決して教師や両親に相談する事も、誰かに本気で怒ったり悲しい表情を見せたりする事もしませんでした……そんな事をすれば、彼らとの間に亀裂が走り、距離が生じ、よそよそしい微妙な関係になり、もはや声を掛けてもらえず、仲間に入れてもらえず、その時こそ昔のような本当のいじめられっ子へと失脚してしまうだろう……そう考えると、どんなに過酷な暴力に見舞われようと、決して真の感情を露わにせずただへらへらと笑ってやり過ごすしか無いのであり、自分は他人と繋がりを保つには、飽くまでピエロの様な存在でなくてはならないのです……しかし、やはりそれでも時には、いっその事本当にいじめられっ子というレッテルを貼られクラスで孤立した方が、自分から彼らに付き合う必要も、気を遣う必要も、笑顔を搾り出す必要も、優しく接する必要も無く、精神的にかなり余裕が出来るんじゃないかと、本気でそう思ってしまう事もありました……。

 

ある日、掃除の時間中に、複数の生徒に無理やり男子トイレに連れ込まれ、プロレスごっこだとか何とか言って、体中の至る箇所を殴られ、蹴られ、押し倒され、服を脱がされ、のし掛かられ、胸が圧迫され、呼吸が苦しく押し潰されそうになったのですが、その様子を誰もが無邪気に笑いながら楽しんでいるのでした……それに対し自分は、決してこの賑やかな雰囲気を壊してはいけないと思い、味わっている苦痛を表に出さず懸命に隠し、ただ皆が喜ぶように笑みを見せながらわざとらしく、「イタイ、イタイッテ、ヤメロヨ、ヤメロッテ」、と大袈裟に声を張り上げながら付き合ってやるしかありませんでした……その時――タイミング悪く、担任の教師が、掃除のチェックをしにトイレの中に入ってき、そこで繰り広げられてる光景を目にするや否や、何をやってるんだと大声で一喝し、全員を横一列に並ばせ、そうして説教を始めたのですが、どうやらその教師は、自分が皆に弄ばれてる様子をこれまで何度か目撃してたらしく、ただその際は単純に仲良く遊んでるだけだろうと思い深く気に留めずにおり、しかし今の様子を見て、さすがに放っておけないと思ったのか、ついには彼は、残酷にも皆のいる前で、自分がいじめられてるのかどうかを尋ねてきたのでした……いいえ、違うんです……これは、いじめではないんです……それは、絶対に口にしちゃいけない……これは飽くまでも単なるお遊び、ただのじゃれ合い、ふざけ合いでなくてはならないんです……自分はばつの悪そうな笑みを浮かべながら、遊んでただけです、とそう答え、本当か? と念を押して再度聞かれましたが、また同じように「はい」と返事をし、そうして、危険だからこういう遊びはやめなさい、と注意を受け、その時はそれだけで終わったのですが……ああ、しかし、翌日……教室に入ると、いつもならすぐに大勢が群がり何か仕掛けてくるのに、その日はどうも皆が自分に対し若干よそよそしく、微妙な空気が漂い変な壁が出来ており、日々受け続けていた暴力からは一時的に逃れはしたものの、しかしこれはこれで何だか気持ちが悪く、このまま誰からも相手にされなくなってしまうんじゃないかと恐れ、わざわざこちらから彼らに接近しおどけて見せ、壁を取り除こうと苦心するのでした……。

 

 

 

その頃自分が抱えていた問題はそれだけではありません……なぜだか自分は、ある一部の不良の上級生から目を付けられてしまっていました……。

 

放課後、校舎を出て駐輪場に着くと、そこで自分の自転車のタイヤの空気が完全に抜け切っているのを発見し、その時はただ単純に運が悪いと思っただけで特に気に留めることは無かったのですが、しかしそれからまた数日経ったある日、またしても自転車のタイヤがパンクしているのを見付け、さらにまたそれから数日後、修理をしたばかりの日にまたまたタイヤの空気が抜けており、さらには本体を何度も踏み付けられたような痕跡もあり、さすがにこれはおかしいと思い周りを見渡してみたものの原因となるようなものは見当たらず、他の自転車を見てみてもおかしな点があるようには思えず、となればこれはもう明らかに誰かが自分だけを狙って故意にやったとしか考えられず、しかしまた誰よりも人間関係に気を払って生きてる自分が人から恨みを買うような事をしたとは思えず、もしやクラスメートの過ぎた悪戯なのではと考え自分なりに調査してはみたものの、どうやらそういう事では無いらしく、犯人が見付からぬ内に次第に自分は、あの人では? いやこの人かも? もしやあの人では? とだれかれ見境なく疑って掛かるようになり、すれ違う人、自転車のそばにいる人、あらゆる人々が容疑者として映り、正体の見えぬ何者かによって常に命を狙われてるような不安と恐怖に苛まれ、そしてまた、どうしてよりによって他人と諍いを起こさないよう必死で生きてる自分が、次から次へとこんな酷い目に遭わなくてはならないのかと、そう思うと泣きたい気持ちで一杯になっていました……。

 

それから数日後、ついに自分は部活の先輩から、自分がある一部の上級生から悪戯の標的にされてるという事を聞き付けました……確かに自分はこの学校では幾らか目立つ存在ではあったものの、何か気に障るような事をした覚えも接点も何もないにもかかわらず、何が気に食わないのか、ただ面白がっているだけなのか……そしてまた、教えてくれた先輩は、普段から自分に親しく接してくれて、自分が全く人に喧嘩を売ることの出来ない気の弱い人間であるのを知っていたはずなのに、どうしてせめて忠告だけでもしてくれなかったのかと、そう思うと悲しく惨めな思いがしました……。

 

自分は教師にも両親にも報告せず、ただ黙って自然と事が収まるのを待っていたのですが、しかし何度もタイヤをパンクさせて帰って来る上、明らかに悪戯されてると思われる痕跡があった為、不審に思った両親に問い詰められ、ついには知ってる事を全て言わざるを得ない状況になり、すると両親は、このまま続くのなら学校に乗り込んで説教しに行ってやるとまで言い始め、それだけは止めてくれ、お願いだからこれ以上事を荒立てないで、と自分は泣きそうになりながら必死で哀願していました……。

 

自分は極度の平和主義者、根っからの事なかれ主義者であり、他人との間に軋轢が生じる事への病的な恐れがあるのです……たとえ自分が被害者であれど、事件を訴える事によって問題が大きくなるのは嫌で、学校で抱えてる様々な問題を親に知られる事だけは避けたく、どんな理不尽な目に遭おうと人に打ち明けず自分の中に抱え込み、とにかく穏便に済ませる事しか考えていないのでした(たとえ道端で見知らぬ人にいきなり殴られても、やり返す事なくただ丁寧に問いただす事ぐらいしか出来ないかと思われます)……ある日、学校が終わり自転車で自宅へと向かってるとき、一時停止のある丁字路で、車が急に白線を飛び出し車体の前部が自転車に触れ、そのまま押し倒されるように激しく転倒してしまい、すぐに運転手が慌てて車から降り、凄く申し訳なさそうな心配そうな不安の表情を浮かべながら、大丈夫ですか、すいません、と必死の様子で声を掛けてきたのですが、その際自分は、明らかに足に痛みが走っていたのに、いえ、大丈夫です、何ともありません、とそう答え、さらには、すみません、すみません、とこちらに非は無いにもかかわらずなぜか向こう以上に申し訳なさそうに頭を下げ、若干はにかむ様な笑みを浮かべながら逃げるようにその場を去って行くのでした……。

 

自分は真剣に謝られたり深く心配されたりすると、その深刻な表情や気まずい雰囲気に耐えられず、むしろ自分の方が相手に迷惑を掛け、圧力を与え、こっちが加害者であるかの様に錯覚し、何とも言えぬいたたまれない気持ちになってしまう為、どんな被害を受けようとまるで気にしてない振りをし、わざとふざけてその場を和まそうとする事も多々あり――例えば同じ頃、グラウンドでキャッチボールをしていた他の生徒達のボールが、全く関係の無い自分の方へ飛んできて、みぞおちの部分に思い切り勢いよく入り、息が一瞬止まるほどの苦しみを感じましたが、彼らがとても心配そうに駆け寄ってくると、その重々しい騒然とした空気が気持ち悪くてたまらず、ぶつかって数秒経ってから急に、あり得ないタイミングで後ろの方へ自分から吹っ飛んで尻餅をついて見せ、周りを大いに笑わせたことがありました(自分は加害者と被害者であれば迷う事なく被害者である事を望みます――被害者であるよりも加害者である方が、自分にとっては遥かに辛く苦しいのです……)。

 

自分は本当に、これだけははっきりと、心から誓って言えるのですが、今まで一度だって人を馬鹿にしたり、人に意地悪をしたり、人を卑しめたりした事が無いんです……たとえ人に迷惑を掛けた事があっても、人を傷付けた事は無いとそう自負しています……ただ単に、そんな事をして何の意味があるのか、全く理解出来ないんです……人を傷付けて、何が面白いのでしょう……ただ自分の立場が悪くなるだけとしか思えません……どれだけ自分が馬鹿にされたとしても、こちらがその人を馬鹿にすれば、どう考えても自分がただ嫌われるだけだと分かっていますので、人と衝突する事や空気が悪くなるのを恐れ、言い返したくても言い返せず、嫌な事も嫌と言えず、楽しくなくても楽しいと言い、何をされてもへらへら笑うばかりで、自分は度々、同級生から優しいという言葉をもらいますが、正確に言えば自分は優しいのでなく、単に臆病なだけなんです……。

 

話が少々ずれましたが、例の件は結局、自分の知らぬ内に母の判断で学校に連絡したらしく、もう問題が収まりかけていたというのに、教師に職員室に呼ばれ事情を聞かれる羽目になり、自分は問題が露呈してしまった事への恐れや教師からの問い詰めによって、自身が何だか物凄く情けなく惨めに感じてしまい、涙ぐみながら弱々しく答えていました……自分はこの件によって、どうあれ目立ってしまえば必ずどこからか暴力を買うことになるのだと身を以て学び、次第に何事にも積極的に関わらないような無気力な人間になって行きました(たとえ善い行いをしていても、ただ目立ってるというだけで苛められるのを自分は嫌になるほど目にして来ました……)。

 

 

 

中学三年生になってからの一年間は、自分が今まで生きてきた中でも最も恐怖に怯えた時期と言っても過言では無いかもしれません……その原因はやはり、自分の人生に最も重く厳しく影響を与えた一人の存在、即ち、父……。

 

 これまでの父は、たとえ子供を激しく怒鳴りつけたり、乱暴に手を上げたり、物に八つ当たりしたとしても、そこには必ず何か彼を憤らせるような原因が――子供が騒いだとか、勝手な行動を取ったとか、わがままを言ったとか、そういう何らかの落ち度が一応なりとも家族側にあり、それに対する親としての叱責、教育としての罰則の意義が含まれてましたが、しかしこの時期になって父は、とにかく乱暴で、身勝手で、一方的で、手荒で、感情的で、誰が見ても教育の範疇からは超え出ているような、単なる暴力を振るうようになってしまっていました……何の前触れもなく突然食器を床や壁に思い切り叩きつけて割ったり、ふとした間際に椅子やテーブルを激しく蹴り上げて壊したり、ほんの些細な事でがなり声を上げ怒り狂ったり、家族に物を投げ付け、押し倒し、殴り、蹴り……もはや無法地帯、誰一人として手を付けられない荒んだ状況に至っており、そしてまた誰一人としてその原因を掴めず、見当も付かず、どうにも解決の仕様がないので、ただじっと身を潜めて静かに見守るしかないのでした……。

 

普段にも増して自由な行動を取る事は許されず、休日になっても外へ出られず、誕生日もクリスマスも祝う事なく、もはや監禁状態と言ってもいいほどで、自分達はただ父の身勝手な行動に翻弄されており、まるで家の中に野獣が一頭住み着いてるかの様でした……。

 

それまでは学校にいるのが嫌で嫌で仕方なく、放課後にもなれば一刻も早く家に帰りたいと常々そう思ってましたが、しかしその時期だけは、ひたすら家に帰りたくない、ずっと学校に留まっていたい、授業が終わらないで欲しいという気持ちで一杯で、帰宅するのが心の底から億劫で、家に着いても安堵感は微塵も得られずただただ不安に感じ、父がまだ仕事から帰っていなくとも家の中は暗く、重々しく、沈んだ空気で溢れかえり、みな浮かばない表情でひたすら父が帰らないことを心の中で強く強く祈っており、しかし願い叶わず父が帰って来ると、まるで戦争でも起きたかのような凄まじい恐怖と、緊張と、混乱で一杯になっていました……子供達は基本的に父のいる部屋へは行かず、二階の奥の部屋でじっと静かに待機し、父を決して刺激しないよう心掛けて日々過ごしており、しかしまた、あからさまに父を避け、逃げ惑い、怯えている様子を見せると、それが父の癪に障り逆に怒らせてしまうのではとも思え、出来るだけ平常心を装いあまり露骨にならないよう気を付けていました……しかしそれでもやはり、父から「おい」と声を掛けられると、それだけで飛び上がってしまう程に驚き、頭の中が滅茶苦茶に混乱し、見るからに慌てふためいてしまっており、また父のいる部屋からほんの少しでも物音が聞こえると、父がまた何かやらかしたのだと思い、心臓が止まりそうになる程の衝撃に襲われており、何より父のそばにいる母が心配で心配で仕方なく、時には包丁で刺されてしまうのではと本気で恐れた事さえありました……。

 

 ある夜、父がこれまでにない程に酷く荒れていた為に、子供達三人は二階の一番奥の部屋に避難し、嵐が去るのをただじっと静かにして待っており、すると一階から突然、何かが壊れるような激しい物音、父の狂ったような怒鳴り声、そうして悲鳴に近い、何かを強く訴え掛けるような母の悲痛な泣き声が耳に飛び込んでき、自分は今までに味わった事のない程のどうにもならぬ絶望的な恐怖に包まれ、気を失いそうなまでの戦慄が走り、部屋の隅で体を丸め耳を力一杯塞ぎ、体中を震わせ、呼吸は荒れ、嗚咽し、ただただ泣くばかりでした……殺される……自分は本気でそう思いました……そのとき自分はもう中学三年生でしたので、単純な腕力において父に必ずしも引け劣ってるとは思いませんでしたが、しかし強いとか弱いとかそんな事は一切関係なく、初めから父には決して敵わないだろうと思わせ立ち向かう意志をねじ伏せる強力なオーラの様なものがあり、何一つ反抗する事が出来なかったんです……仕舞いには母は、子供達三人に向かって、泣きながら引きつった様な声で、この家を出てお母さんと一緒に四人で暮らそう、とまで言い始めました……もう、終わりなんだ……取り返しは付かないんだ……何もかも、おしまいなんだ……自分は心の中でそう思い、絶望しました……。

 

しかし、父のその傍若無人な振る舞いは結局、数ヶ月にわたって続いた挙げ句理由も分からぬままに自然と沈静化していき、いつの間にか何事もなかったように普段通りの日常を取り戻していったのですが、それでもこの間の出来事は、何年経っても決して忘れ得ぬほどの深く大きな傷跡を自分の中に残し、この時期を思い出す度に圧倒的な恐怖に包まれ、「わぁ」と叫んでその映像を掻き消したくなるような衝動に駆られるのでした……。

 



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