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#3 守銭奴・宇田川の陰謀

 

   宇田川、不愉快そうに下手から出て行く。

 

平山 返せよ、三千円。

 

我孫子 そのうちな。

 

平山 ……(不愉快)。だいたい、こうなったのもお前のせいなんだ。

 

我孫子 またその話か。

 

平山 またその話だ。あれ以来、ツキがなくなったんだよ。お前が単独公演の予約日を間違えたせいだ。

 

我孫子 何年前の話だよ。

 

平山 三か月前だよ! たった三か月前! 初めての単独公演だったんだ。チケットも完売してた。それが本番当日、会場行ったらどうなってた。フラダンスの発表会やってただろうが。

 

我孫子 おれだってパニクったさ。

 

平山 お前はその前の日を予約してたんだ。7月25日にやることに決めたのに、予約したのは7月24日。向こうは本番一か月前にも、一週間前にも確認の連絡をしたと言ってたぞ。それでもお前は自分の間違いに気がつかなかった。チケットの日付も一日ずれてやっちまった。おかげで全部パーだ!

 

我孫子 だから謝っただろ。

 

平山 ハコ代は全額負担。チケットは全額払い戻し。(途中から我孫子も一緒になって言う)チラシもDMも全部無駄。なにもかも全部!

 

我孫子 何回も言うから暗記しちまったぞ。

 

平山 ふざけるな! それで二人とも貯金がなくなったんだぞ。確かにお前は謝った。一回だけ、一言だけな。それでどうなった。何もなしだ。何もなし!

 

我孫子 フラダンスが入場無料だったのがせめてもの救いだったな。

 

平山 お笑い見に来て、あれ、フラダンスじゃないか、まぁこれでもいいか。そんな奴がいるか!

 

我孫子 一人いた。お前の女だ。

 

平山 彼女は関係ない。おれは今でもハワイアンがバックに流れてくるのを聴きながら頭を下げて払い戻ししてる夢を見るんだぞ。

 

我孫子 おれは会場に行ったら誰もいなくて、一人で腰巻つけてフラダンスをする夢を見る。やりたくないのに、絶対にやめられないんだ(といって強張った顔でフラダンスをしてみせる)。つっこめよ。起きたら汗びっしょりだぞ。

 

平山 (しょんぼりして)自信はあった。ウケるはずだったんだ。

 

我孫子 お前が突っ込むタイミングをミスらなきゃな。

 

平山 なに?

 

我孫子 あれでいつも流れが悪くなる。

 

平山 お前が噛むせいだ。それでリズムが崩れる。セリフも飛ばすしな。

 

我孫子 漫才は生き物なんだよ。臨機応変にやれ。

 

平山 それはセリフを覚えてから言え。あー、こんな奴の隣に住んでるなんてうんざりだ!

 

我孫子 じゃあ出てけ。

 

平山 お前が出てくのが筋だろうが。

 

我孫子 なんでそうなるんだ。おれだってお前が毎朝掃除機かける音で起こされるなんてうんざりだね。一人暮らしのくせに掃除しすぎなんだよ。

 

平山 お前なんか一日中大声で歌ってるだろうが。

 

我孫子 歌うのが好きなんだ。

 

平山 松田聖子の歌をな。知らなかったら教えてやるが、お前は音痴だぞ。

 

我孫子 (意外で)ウソつけ。

 

平山 お前の音痴は苦情もんだよ。

 

我孫子 認めないね。

 

平山 歌ってみろよ。

 

我孫子 (歌う)あー、私の恋はー♪

 

平山 ……。

 

我孫子 南のー、風に乗って♪

 

平山 もういい。

 

我孫子 洗濯物干すときにいつも歌ってるやつだぞ。

 

平山 自分じゃ分からなくても音痴なんだよ。おまけにお前はうちのベランダのミニトマトを盗み食いしてる。

 

我孫子 なんのことだ?

 

平山 気づいてないと思ってるのか。

 

我孫子 鳥だろ。

 

平山 鳥が靴の跡を残すかよ。

 

我孫子 デカい鳥だな。

 

平山 それにお前はおれの傘も勝手に使ってる。

 

我孫子 ビニール傘はみんなのもんだろうが。

 

平山 なんだその言い草は。お前が触ると全部脂っぽくなるんだよ。スナック菓子とかジャンクフードばっかり食ってるから。

 

我孫子 今まで黙ってたがな、おれが触ったものを片っ端からウェットティッシュで拭くの、やめた方がいいぞ。お笑いファンの女の子たちからお前がなんて言われてるか知ってるか? 妖怪ふきふきだぞ。

 

平山 妖怪ふきふき?

 

   宇田川が戻ってきて、二人の話を立ち聞きする。

 

平山 じゃあスナック菓子を食べたらまず手を拭け。それからおれの部屋のものを勝手に持ち出すな。

 

我孫子 壁に穴が開いてればくぐり抜けもするだろうが。お前の部屋に必要なものがあれば借りていくだろうが。

 

平山 当たり前みたいに言うな。あの穴は塞ぐべきだ。

 

我孫子 塞げばいいだろ。

 

平山 お前が塞げ。

 

我孫子 なんでおれが。

 

平山 お前が開けたからだ。これでコンビの結束が高まるとか何とか言って。

 

我孫子 広げたのはお前だ。

 

平山 お前は貫通させただけ。通れなきゃ意味ないだろうが。

 

宇田川 (我慢できずに飛び出す)お前ら、壁に穴を開けたのか!

 

平山 (動揺)お、大家さん、いつから!

 

宇田川 塞いでもらうぞ! 絶対塞いでもらうぞ!

 

平山 (とぼけて)な、なんのことですか?

 

宇田川 全部聞いてたんだ! 壁に穴を開けた? 冗談じゃない!

 

我孫子 (開き直って)いいじゃないか! 穴ぐらい開けたって。

 

宇田川 何だと?

 

我孫子 出て行くときに元通りにすればいい。そういう契約だ。

 

平山 (我孫子に)そうなのか?

 

我孫子 いや、分からん。

 

平山 分からんって。

 

宇田川 (苦々しく)それは……、そうだが。

 

我孫子 ほら! 穴を開けようと借主の自由だ。出て行くときに直せばいい。

 

平山 そうだ!

 

宇田川 ……完璧にだ。穴が開いてたなんて分からないように、完璧に元通りにしろ。どっちみち支払いが遅れたら出て行ってもらうんだ。そのときにやってもらうぞ。

 

我孫子 いいだろう。

 

平山 (我孫子に)いいだろうって、何勝手に……。

 

宇田川 ちょっと傷を直すだけでも二万、三万かかかるんだ。穴を塞ぐとなったら三十万はかかるだろうな。

 

平山 そんなに!

 

我孫子 分かった。

 

平山 おい!

 

我孫子 部屋を借りたままなら直さなくていいんだ。遅れずに払えばいい。

 

平山 でも、おれは……(言い出しかねる)。

 

我孫子 何だよ。

 

平山 ……いや。

 

宇田川 (不気味に笑って)くっくっく。

 

我孫子 なんだ?

 

宇田川 忘れてもらっちゃ困るが、二人とも来月末は契約更新だからな。

 

我孫子 あ!

 

宇田川 更新料は家賃の二倍。もちろん家賃は家賃で別にいただく。つまり、このまま続けて住むつもりなら、来月末には一人十六万五千円、私に払わなければならない。

 

我孫子 ……(膝をついて)無理だ。

 

平山 諦めるの早いな!

 

我孫子 十六万五千円だぞ! 一生かかっても稼げねぇ。

 

平山 そこまでじゃないだろ!

 

宇田川 更新料も払ってこのまま住み続けるか。それとも高い修繕費を払って穴を完璧に塞いで出て行くか。(勝ち誇って笑う)万事休すだな。

 

我孫子 こいつ、これでも大家か。

 

平山 金のことしか頭にない。

 

宇田川 私は金が好きだ。床にお札を敷き詰めて裸で転げまわるのが子供の頃からの夢だった。この夢は叶えたよ。千円札でだけどな。

 

平山 (想像して)グロテスクだな。

 

宇田川 そうそう、これを取りに来たんだ。(商品棚からノートを取る)宿泊客用にらくがき帳を用意しておこうと思ってね。気が利くだろ? あとお茶菓子(とお菓子を取って一人でノッて)。お・も・て・な・し。ちょっと古いギャグだったかな。

 

我孫子 (覇気のないツッコミ)そもそもギャグじゃないから。

 

   宇田川は気分良さげに笑いながら下手に去っていく。

   平山と我孫子は困り果てる。相手を見るが、目が合うとすぐに

   そっぽを向く。

 

 

 

*4話へ


この本の内容は以上です。


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