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黒い眼球

 

 我々は、人間、つまりは世界を構成する者として、黒い眼球のことを知っておかなければならない。

 

Ⅰ ようす

 

 黒い眼球は、その名の通り硬い。頭が痒くなるくらい硬い。だからみんなに嫌われる。嘆いてくれって言ってるようなものだから。嫌うって記憶。

 いつから黒くなったのか、誰も知らない。黒い眼球も知らない。きっとイカに墨でもかけられたんだろ、と誰かが舐める。いや、そうじゃないんだ、焼かれたんだと擁護人。擁護人の顔はちょっと壊れてて、鼻が少し無い。鼻が無いからっていうわけじゃないけど黒い眼球は擁護人が好きで、舌が歯に引っ掛かるくらい好きで、でもその根拠のなさに苛立っている。いや、焦っている。理由がなくたっていいじゃないかと誰かが言うと、黒い眼球なりの怒った顔をしてこう言う。「#########################」だから誰かは黙ってしまう。黙るのがルール。ルールは守らなければならない。

 ただ、好きだからといって、擁護人の話すこと全てが正しいってわけじゃない。焼かれて黒くなったとは限らないから。たぶん。そんなことだったら、黒い眼球はとっくの前に死んでいるってことになる。焼かれるのはいつだって死んだ者、もしくは死んだと見なされた物。豚肉も切り株も奴隷も、炭になれば硬派。存在が否定。擁護人は価値というものに妙な執着心を見せるから、その発言にも意図があるはずだ、黒い眼球は思う。

 黒いことについて黒い眼球本人は別段気にすることじゃないと思っている。黒いってことに関心がないよう。でも、本当は、その事が酷く重たくて、胃の中で絶えずごろごろしているから、たまに病院にでも行こうかと思うんだけど、そんなことしてもあまり意味のないことだろうから、やめる。それこそ黒い。意味のないことはなるべくしない、そのことが黒い眼球のモットーになっている。モットー。モットー。同じことは他人への対応でも言えて、黒い眼球はある特殊な人間関係を築いているらしいんだけど、それについてはなかなか話してくれない。意味の無いことだから。モットー。モットー。たぶん黄色いからだと思う、その関係。黄色いから言わない。そういう理論。

 黒い眼球は自分の名前を気に入っている、といつも呟いている、独楽的リズムで。言葉というものに敏感だから、名前にも気を使う。『が』という発音が中心にくる、それがいいらしい。『が』が中心にくる言葉なら他にもあるけど、それでも黒い眼球なのは、やっぱり意味の問題。黒いっていうのはどこか神秘。眼球っていうのはなんとなく夢中。夢中ってことは過保護。過保護ってことは未熟児。黒い眼球の思考はいつもそんな風に縦に引き延ばされては硬くなる。硬くなるのが常。常ってつまり安定。

 そんなことだから最近は少し迷う。黒いのが先なのか、黒と呼ばれるのが先なのか。前と後。過去と未来。奇妙な選択。枯れるのが先か曲がるのが先か。壊れるのが先か焦げるのが先か。誰かが先か世界が先か。一度擁護人に聞いてみたことがあって、返ってきた言葉は何処と無く新鮮で「ほら、あそこに乾いた毛虫がいる、あれと同じ」黒い眼球は少し心を揺さぶられかけたけど、でも擁護人の言っていることを丸々信じちゃいけないような気がして発光をやめる。擁護人の鼻は少し欠けているから。ただ、それで気が楽になったのは確か。幾分体重も減った。身軽。身軽はいい。走るのが速くなる。その分たくさんのモノを見、吐ける。いっそう黒い眼球らしくなる。

 故に、前後関係は黒い眼球にとって大事、これは自明。それが無くなると黒い眼球が黒い眼球でいられなくなるくらい。擁護人は死んでもいいけど、その際もしっかりと前後関係を。大事なことです。○が×を食べたら%になる。@と&が混ざって*になる。神は人間をつくったらいなくなる。常識の範囲内。大事なことです。

 常識の範囲内と言っても、そのことをしっかりと小包にできる人は少ない。大概はラッピングの段階で諦めてしまう。安定性が無いから。安定性が無いものは何処へ行っても嫌われる。砂になりやすいから。でも、笑っちゃうことに、黒い眼球はそれを頑張った。何故って、理論だから。これまた黒い眼球お気に入り。町の商店街の一角、寂れた文具店、入って五十センチプラス五メートル、骨と脂の婆さんを抜けて左、ラッピング用の真新しい紙。たぶん赤と黄色。派手すぎないように若干色彩が押さえられている。買ってきた紙を机の上に広げ、少し待つ。五時間くらい。その間無言。静止。すると黒い眼球からにゅるにゅると柔らかな紐が現れ「ががががくせいがががが」と叫ぶ。蛍光灯が丸まりそうな声。よく見れば誰かの顔だ。顔が叫んでいる。と、そこで黒い眼球は待つのをやめてしまう。ラッピングを諦めてしまう。紐、ないし誰かが発した言葉、あまりにセンスがなかった。黒い眼球には耐えられなかった。しかし、ただ諦める訳ではない。何かへ結びつけるのが黒い眼球のモットー。黒い眼球は有りもしない腕を振る。すると紐、ないし誰かは跡形もなく焼失し、言葉は空高く飛んで雨になる。黒い眼球は静かに机の上のラッピング用紙を畳むと、窓の外、雨の中へ放り出す。もちろんそれにも意味がある。赤と黄色を平等に黒くしようとしたのだ。染みではない。黒だ。目論見はゆっくりと蒸発。何事もなく。いたって普通のこと。平常。

 だから黒い眼球を少しは見習わなくちゃならない。これは能力だ。擁護人もこの能力のおかげで原形を保っている。別に黒い眼球は毎日無駄なことをやっているわけじゃないってこと。ただ、単調すぎるだけ。もう少し暖めてみたらいいのだろうが、上手くはいかない。説得は難しい。第一、黒い眼球と話すこと自体、ある程度の特殊性が要る。視覚の整頓と、言葉の上手さ。逆に言えば、その二つを持ち合わせていれば、難しいことじゃない。一言声をかけてみるといい。「その眼球どこで拾ったの?」 

 

だから、黒い眼球は様子といっても語ることがない。

 

 

Ⅱ るいせき

 

 夏の渇望の中。擁護人は誰かと話していた。口頭で(ということはつまり、記述ではない。記述と口頭、最大の違いは維持力である)。

 誰かは擁護人の目を嫌いながら言った。「君には時間という規律があるのか」

 擁護人は刺々しくなった。擁護人自身時間というものを考えたことがなかったのだ。そういった部類の基礎づけは黒い眼球に任せっきりだった。それで問題なく生活していた。

 擁護人はさっそく黒い眼球に訪ねた。「時間ってどのように生成?」

 黒い眼球は流暢に答えた。「過去で現在性を類推、されば未来より過去、過去として構築性」

 ただ、黒い眼球はあまり過去を立証できなかった。日頃当たり前のように行っていることも、いざ理論的に説明しようとすれば形骸化した言語しか出てこないものである。 

 故に、黒い眼球は思考を使った。擁護人の思考。

 

 過去って積み上げるもの、それとも失われたもの、もしかして作り上げるもの、なんだっていいんだけど、黒い眼球はそれすらも気になるわけで、それは根本的な欠陥らしい。誰かが言ってた。擁護人の鼻と同じ。

 欠陥品だから嫌うってのはよくない。欠陥品のなかにもいいものはある。例えば歌。歌は重大な欠陥を抱えている。黒い眼球に届かないのだ。なんて致命的。 黒い眼球は歌を聞いたことがない。 もちろん言葉は聞こえるんだけど、歌だけは聞こえない。言葉が旋律を創作した瞬間黒い眼球の耳に当たる部分は燃え上がり、尖った煙を出し、割れ、広がり、無数の異なった点となって積み重なり、発端と終末が混同し、一つの戒律、腐食した戒律となって流れ出す。そうなればもう何も意味を持たない。単なる記号。乾いた数列。だから黒い眼球は歌を嫌ってもいいんだけどなかなかそうもできない。周りの背景はみんな歌を褒め称え、溺愛、愛撫するから、そのなかで独り罵倒するのは気が引ける、さすがの黒い眼球でも。とはいえ最初は乗り気じゃなかった黒い眼球も、一度撫でたら異常な執着心、それこそ死体に群がる鼠のように、歌を愛した。穴に嵌まったのだ。黒い眼球は自分でも可笑しなことになったと自覚していたもののそこから抜け出せるはずもなく、未だに黒々しく湿気た穴で歌を吸っている。今現在、黒い眼球にとって歌は良いものだ(しかしそれでも歌が聞こえないことに変わりはない)。

 過去、つまり漆黒の中のメトロノームが刻む三つ目の調律について頭を漂わせているうちに黒い眼球は、ある一つの輪郭を見つけた。その輪郭は常時揺れ動き地を舐めるようにして進むので大変難儀だったけど、手間隙かけてそれを分解、組成、疲労、着色し、遂に一本の筋を見い出した。ひくひくと動くそれは中に何かねばついた液体を通しているようで、表面の薄い膜を裂くのは酷く躊躇われた。しかし。そこで野蛮を雑音化することも出来ず。黒い眼球は両手の爪で一部分を掴み、一気に左右へ引っ張る。筋肉の収縮、頭皮の歪み、足先の熱。途端、筋は破裂、抽象化した後にだらだらと汚ならしい感受性を垂れ流す。黒い眼球はじっと興味深そうにその様を見た。注視した。何かを検索するかのごとく、見続けた。

 黒い眼球の中にある一本の筋、中身はこんな感じ。

 

 惰性を刻む嘲笑を前に鸚鵡の叫びが昔の親密さに混じって処罰となり、窓から見える後悔が同心円上状に拡がって堕ち静かに白骨化、停車した線路の上をただひたすらに進む。水溜まりがいくつか転がっている。無限の段差、固定観念的段差。湿気た街灯のように佇む眼球。色は判別不能。つまり、形象の腐敗化が認可された存在。誰に? 誰かに。とりあえず黒でない眼球は歩く。線路の上を。噛み締めるように一歩一歩。途中二十三個の腐蝕した花瓶を踏む。角砂糖を崩したような音がする。どことなく身軽。軽さは眼球の中に連鎖を生む。偶然読んだ古新聞の中に忘れ去られた顔写真、赤裸々な風と縮んだラジオ、波動としての褪せた電波、閉じ込められた動物の耳、暗闇の中で聞こえてくる女たちの歌、頭脳に立ち上る轟音、不安、抵抗する彼女、未来の世代、現実という三百メートルの螺旋を死者がパンを抱えて走る、走る、高みから地表、光線の中の生娘、肉体的汚染区域、領域拡大時期想定、事物の輝き、大通りの雨足、錆びた鉄がレールを作る。空を太陽が巡っている。遠方で木々が揺れ、川が泣く。咽び泣く。黒くない眼球は脹ら脛に力を入れる。まるで辞書を呑むように。着実に前方、と思われる方向へ進む。確信はない。生まれるはずがない。前後左右何も変わらないのだから。普遍の内に思考を立ち上げることはあまりにも不毛。辛うじて地中、熱せられた地中から機関車の汽笛が聞こえる。それだけ。ただ単に。それでも眼球は歩く。もしくは走る。もはや基準も疲れはて、安楽椅子に腰かけて丸い背中を燃え上がらせている。気体の湿度が高まる。圧倒。眼球の歯が溶ける。華奢。振り上げ降り下ろしを繰り返した腕は完成に近付きエキゾチックな爆風を求め、汗にまみれた胸元は孤独の悦に浸っている。気付けばレールは一本の直線と化す。鉄や小石は既に廃棄され、そこにあるのはただ一本の黒線、革命的黒線。眼球は自分の肉体を忘れその黒さに滅入る。純粋に焦点を奪われる。視界中央の一点、そこから流れ出る線、線、線。意識が、世界が、融和し、壊れ、機能を失い、価値を焼かれる。呼吸ができなくなる。喉に名称が詰まる。砂利のように硬い名称が。辛うじて眼球は喉を鳴らし、肺を上下させ、口許から実体を吐く。それはボトリと落ちる。しばらく何か分からない。文字が見えるが読めない。口にできない。そして、すべての波が引き、肉体が解放され、力という力が分裂、縮小し、繁殖を繰り返す中、眼球は直視する。悲しげな増殖、細部の怒気、完璧な諦め、後退的安心。絶えず続く熱線の直中に在る、一枚の紙。そこにはこう書かれてある。 

黒い眼球としての擁護人 

 

Ⅲ 要望

 

 ―え、あ、ここですか

 ―ちょっと資金不足でしてね、こんなところしかなかったんですよ、アパート。 

 ―資金不足、ですか

 ―どうぞ

 

 ―電気は

 ―あの子が嫌うんですよ、私もあまり好きじゃないんですがね、小さい頃から

 ―明かりが

 ―はい

 

 ―ほら、黒い眼球、ほら

 ―え、

 ―この子の名前です、黒い眼球

 ―あ、そう、そうですか

 ―ほら、私、擁護人だよ、こちらが、誰かさん。会いたかったんだろう?

 ―誰かさんって……

 ―誰かに会いたいって、いつも言うんですよ

 

 ―自意識ってわかりますか

 ―あ、はい

 ―恐いですよね

 ―そうですね、あの、この……黒い眼球……ちゃん……女の子ですか?

 ―世界はいつも公式を持っている。その公式が何に依存するか、それが問題です。ある意味で私は負け続けてきたんですよ、あなたに

 

 ―私ね、こうしてもう老いぼれてきて、やっとわかってきたんです、自分の中に何があるのか。ずっと気になって気になって、仕方がなかった。この子なんですね、私の中にいたのは。出会ってすぐに分かりました。明るいのが嫌いって、痩せ我慢か身体的病か、それくらいでしょう? 私たちは違うんですよ、本質的に駄目なんです

 ―自分の中、ですか

 ―あなたもこうして取材するの、大変でしょう

 ―はぁ、まぁ

 ―なんの取材でしたっけ

 ―独り暮らしをしているご老人の……生活についてです

 

 ―あなた、お年は?

 ―二十六です……あの、黒い眼球ちゃんは……お孫さんですか?

 ―拾いましてね

 ―は?

 ―そこに銭湯があるでしょう、その裏のごみ捨て場です。この子、私を見た途端、擁護人って呟いてね、

 ―え、じゃあ……

 ―今ではすっかり馴染んでいますよ、ほら、あなたまだ黒い眼球の声、聞いてないでしょう? ちょっと来てください……ほら、黒い眼球、

 

 「ルールは守らなければならない」

 

 

Ⅳ カンケイ

 

 黄色い関係、つまり擁護人。黒い眼球にとっての擁護人はカマキリのようなもので、カマキリの腹に巣食って体内という体内を漁り、透明な砂漠にしてしまう昆虫が、黒い眼球。

 とはいえ、その比喩が完全に正しいわけじゃない。何故なら黒い眼球は擁護人の存在開始時点、記憶の最先端からずっと、その体内に居座っていたから。いや、居座っていたというのも可笑しい。それじゃあ黒い眼球が擁護人の利害を無視して勝手に存在していたように聞こえてしまう。実際はそうじゃない。黒い眼球は擁護人に依頼されてそこにいる。

 このことについて知るには擁護人を探らなければならない。

 

 擁護人の記憶、その中の前頭部。意識の構築、配列手順が完全に終息し、一つの個体としての活動を開始した瞬間。それが黒い眼球の目覚め。擁護人は黒い眼球を捨て去った世界の中で生きたことがない。もちろん擁護人が擁護人でなかった頃は、黒い眼球も黒い眼球ではなかっただろう。ただの無価値、無色の塊。黒い眼球の存在が始まる以前、世界は単純明快な数式、判断、順序、傾向、割合で生きていた。絶対的平穏、再帰的静寂を手にし、カオスのことなど露知らず、無限の着色に溺れる、その循環。名称は塩柱と化し、窓ガラスに打ち当てられ、風の微成分となる。絶対的権力を勝ち得た方程式。

だが、永遠性は総じて途切れる運命にある。

 

擁護人はある時、肉体を手に入れた。黒い肉体。自由に破裂できる最大限の拘束。二次的接触可能という宣言だ。それはつまり 秩序の私有化 を意味する。ボールが落ち、地表に跳ね、数度の回転を成して空中で止まる、その物質的流動性が擁護人のものとなったのだ。しかし、擁護人は何も考えなかった。まだ思考が無かった。自分が擁護人であることすら知らなかった。眼球は白でしかなかったのである。このことはあまりにも大きい。

 当然の結果として、擁護人の身体には雨が降り注ぐ。誰かの雨。空中を刺すように落下。屋根という屋根を簡素な発着元とし、奇怪な炎を執筆、零下の炎症は煙を生まず、ことあらば炭素を食い荒らす。

 誰かの雨は存在を拒否、暴風と共に。言語行進、反対運動。ただし過激な声、あたかも歌のような。擁護人は必死で耐えねばならなかった。自らの身が抉れ、生暖かい血飛沫が顔面を覆い、足の爪が反り上がって第一関節を切除、左手首崩壊、太腿にはソフトボール大の空白、胃の中に数匹の針金。その過程を知覚のまま受け取らなければならなかった。擁護人は無言のまま、身を屈め、雨が通り過ぎるのを待った。しかし、時間はまだそこに存在していなかった。ただ物質の有無があるだけだった。どれだけ耐えようとも、世界に変化は無かったのだ。

 そして、ついに、擁護人のある箇所が空白となる。眼球である。

 

 擁護人は自我の内部、霧散した骨格の中央に、外部性から離脱した巧妙なシステムを見る。悦楽と恩寵と燐光と呵責が病的速度で点滅する一点。次第に肥大化するそれこそが、黒い眼球であった。黒い眼球は眼球らしい大きさにまで成長を遂げると、物憂げな幼児の如き速度で擁護人の肉体を弄り、深淵かつ膨大な微笑を浮かべながら眼球の位置へ食い込む。なんとも丁度いい体積、質量だった。空気の抜けるような回転音、瞼の奥で瞬く。異質の球体に生体組織は難なく適応、無数の血管が繋がれ、視界が黒い着色を以て開き、初めて黒い眼球と擁護人が会話する。

 「然しまた墓場から養いを摂ったことの無い自惚れの眼」

 「このようにして君達は残骸となる」

 そして雨は止み、世界は制限の下で平穏を抱く。 

 

 つまりは、黒い眼球の内部性が擁護人に必要で、擁護人の飢餓感が黒い眼球に必要なのだ。黄色い関係とはそういうことである。 

 

 

Ⅴ チンモク

 

 そして沈黙。黒い眼球にも沈黙は訪れる。擁護人の命は永遠であるはずがないのだから。必ず訪れる。それはいったいどのようにして訪れるのか。

 答えは単純である。

 

 嵐。そう、最初と同じ。擁護人が黒い眼球と出会った、あの時と。物事は平面的図式を進み、事も無げに始点へと帰着する。現在という指針の推移に従って様々な経験的事象が添付されるが、外的状況には変化が無い。そういうものなのだ。

 

嵐。夜の嵐。地平線が乖離し鳥は皆死滅、朽ちた鱗に似た空が遠方への憧憬を隠さず。ざわめく風の高音、孤立への恐怖、弱々しく煌く円錐状の雨足。あらゆる物質から集束する高揚。矮小な無意識的巡回。若干の、期限。

 沈んだ暗闇の中、黒い眼球は不可抗力的に擁護人の終わりを見抜いた(終わり、内部には悲劇性を含む。摩擦が生じることはなかった。何をするにも、既に世界は狭すぎた)。終わりを見抜く、それはつまり意識、その演目最後の課題。擁護人でも、黒い眼球でも、誰かでもない、根源的存在、境界を定め、個を作り、主体と客体の循環を超越した存在が定めた、決定的課題。それに黒い眼球は従ったのだ(そう、それは本能である。本能は目的に従順なのである)。

 判明から行動までは一瞬だった。ゆっくりと、しかし無愛想に擁護人の顔面から抜け出し、冷えた床を渡り、狂猛な嵐へ入る。黒い眼球は雨に打たれることを厭わなかった。そんなことをする暇は無かった。ただ黙々と、街路樹の下を進み、適所を求める(そう、それは本能である。本能は目的に従順なのである)。

 そして、どれだけの時間が経ったのか。太陽は何度回転しただろうか。現在しか計れなくなった意識はそれすらも無視する。雨風はさらに水圧を増し、擁護人の喉下を苦しめ、規則性への再帰を促す。黒い眼球は、そこを見つけた。

 

 黒く落ち込んだアスファルト 澱んだ陸橋 音を立てる側溝 幼い誰か

 

 瞬間、黒い眼球の輪郭が変化する。転化、圧縮、引き伸ばし、硬い身はさらに硬さを増し、円形は消失、新たな言語的構成、少しずつ、少しずつ、一つの感情へと変化していく。途中、酸性の雨が混ざった。細かな木の破片が突き刺さった。それでも変化は止まなかった。その傾向すらなかった。自然的乾燥に近い流れ、境界が被虐的となり、脱構築の運動法則が秒針より遅く成立していく。

 黒い眼球の存在目的は次第に何かの形を持ち始める。擁護人、黒い眼球、恐怖、それらを体現した、描写。閉ざされた描写。名称は、つまり

 「無名に轢かれた犬の死体」 

であり黒い眼球は無為な教科書的公式を用いたきらびやかな緻密世界を太陽の逃亡によって捨て去ろうと一定の秩序つまりは安楽的自意識の解決方法を求め「無名に轢かれた犬の死体」としての活発行動を果たそうとする願望を叩き温度・水・二酸化炭素・結晶・分解・粉末=風化という普遍的性質を轟く雲の中に回帰しようと考え枯葉のような後天的事象を発火・炎上・解体するべく発作を名称の発音に見、干からびた名称は複雑に交錯し道具的存在意義を迷宮つまりは構造の末端に加え硬派、硬派、硬派、硬派、硬派、硬派、硬派、硬派としての表現を浪費、口から偽善的血糊、足は平等に乱舞、耳が裂け、尻尾が縮小、汚物の如き微弱さを全面に押し出し古典的同情を導こうと躍起になって二、三度吼えるが凶暴な豪雨に圧縮され最早無と化し黒い眼球としての価値を失って幼い誰かに向かって唯一つの視線を送るが誰かはこちらを見ない。見ない。見ない。見ない。見ない……。

 黒い眼球の思考は停止した。理由は失敗、論理が尽く破綻する。誰かがこちらを見ない、まったく想像だにしない出来事だった。演目通りにいけば誰かは変容した黒い眼球を見つめ、唖然とし、柔らかな同情心を全身に漂わせながら静かに家へと帰っていく筈だった。だが、どうだろう、黒い眼球の死んだ瞳は盲目的に一点を見つめる。誰かの醒めた眼球。

 黒い眼球は黙殺を確認しながら破裂する。純粋な無意識。肉体としての輪郭線は弾け、放射線状に跳び、固形物から流動物、硬さから淡さへとその度合を再構築、蒸発しそうな程の温度を保ちながら爛れた黒烏のように方々へと領域を広げ、背反的絶叫を雨の中に紛れ込ましながら焦点を失って空中に止まる。数秒の固定。後、一気に収縮、幼児の反抗心のように小さな一点の欲望と化す。それは黒でも赤でもなく、完全なる無色透明。美しき一点。情緒的昇華。

 同時に擁護人は廃れたベッドの上で世界を失う。全てが他となり、孤独は超越され、意識は無限に拡大、薄められる。今まで自堕落的に受容してきた苦痛、孤独が無時間の中で埋没し、中和される。個体が永続性へと伸びる一連行動、つまり擁護人の死である。

 

 擁護人の知覚が止まり

 黒い眼球の断末魔が

 誰かの中へと消える

 沈黙

                

 黒い眼球は黒い眼球、擁護人は擁護人で全く異なる場所に存在していながら、無への移行は極めて精密に同時性を遂行する。物質が自由の内包から飛び立ち、麗しき公式の元へと帰還、精神は潰え、視界が単純化される……それが世界の終わりであり、同情を求める循環の嵐が無様にも途絶える瞬間である。

 

 故に、我々も気を付けなければならない。他人事ではないのだ。皆、自分の目がどうなっているのか、直接見ることはできないのだから。誰かを恐れるなら、尚更だ。

 


この本の内容は以上です。


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