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目次

        目    次

 

        まえがき

 

第1章 拡大・成長を是とする経済

         世界の経済成長 /経済政策は経済拡大を促す /金科玉条に経済成長を信仰する背景

 

第2章 政治と結びつく経済学

         経済学と社会の潮流 /経済政策立案の仕組み

 

第3章 呻吟するグローバル資本主義

         平成バブル崩壊後に現れた特異な兆候 /過剰設備と過剰マネー /金融バブルによる資本増殖

 

第4章 グローバルな金融バブル

     歴史上のバブル /資源バブルのだらだら崩壊 /進行中のグローバルな金融バブル

 

第5章 貿易による経済成長

         貿易を必要とする近代社会の経済 /経済成長の終焉に近づく /富の15%ルール

 

第6章 風雲急を告げる資本主義

         近代のイデオロギーと価値観 /拡大・成長の資本主義を超えて

 

        あとがき

 

        参考文献


まえがき

 1990年から始まった平成バブル崩壊は、日本が高度経済成長以降、初めて経験する経済的困難であり、2017年現在も続いています。この平成バブル崩壊の本質を指摘したのが、1992年に上梓された宮崎義一著の 『複合不況』 です。 『複合不況』 では、景気循環の一局面(例:在庫調整)としての不況ではなく、 「バブル経済」 崩壊によって現れてきた金融不況という新タイプの不況であると指摘しています。一方、経済学者の泰斗である小室直樹は、ケインズの有効需要の原理に則り対策すれば不況を克服できると 『経済学エッセンス』 で述べています。政府の経済対策を立案する経済学者が、ケインズの有効需要の原理を知らないわけがありません。事実、1992年の宮沢喜一内閣以来、歴代内閣は大不況を克服すべく次々と財政出動しました。歴代内閣は切れ目のない財政出動をしたが、結果は失われた〇〇年と言われています。筆者は、歴代内閣が長年景気対策するも経済成長できないのには、原因があると思います。テレビに出演している経済学者は、歴代内閣の経済政策の基になっている経済思想や経済理論に言及せず、株が上がっただの原油が下がっただの、お茶の間向け内容に終始しています。平成バブル崩壊以降の経済政策は、失敗を繰り返す市場原理主義の経済思想に基づいています。市場原理主義の思想は、新自由主義の政治思想と相性が良さそうです。そのため、全世界は経済成長という魔物に取りつかれ、経済競争にさらされています。今後、中流社会を実現した経済成長は二度と来ません。

 公害が多発していた1972年に、ローマクラブの 『成長の限界』 が発刊され、翌年に石油ショックが勃発し、成長の限界が意識されました。しかし、先進国においては技術力で公害を克服し、新興国が工業化(公害の克服は道半ば)で擡頭(たいとう)したことで、経済成長に再び取りつかれました。しかし、米国がグローバル資本主義の経済構造に変化させたことから、先進国は実物市場中心の経済成長から、金融市場主導の経済成長に切り替えました。それでも先進国の経済成長率は2%以下であり、日本に至っては1%以下です。資本増殖の目安になる10年国債の金利が、史上最低になりました。ローマクラブの 『成長の限界』 が、金利面で実現しました。

 グローバル資本主義になり、カラスの鳴かぬ日はあっても、経済成長と叫ばぬ日はありません。その経済成長には、実物市場よりも金融市場の関与が甚だ多いです。金融市場の取引で動くお金は、個人投資家より機関投資家が圧倒的に多く、加えて、パナマ文書で明らかな租税回避地のお金が、跳梁跋扈しています。ちなみに、東証に上場している上位50社のうち45社が、租税回避地のケイマン諸島に55兆円移動させ、ペーパー会社が金融取引をしています。租税回避地は世界中に約60ヶ所あり、課税逃れのお金は世界中で巨額(少なく見積り3000兆円)になります。資本増殖を目的とする資本主義の市場は、誰もが自由に取引できるのが十八番(おはこ)ですが、パナマ文書は政治家と大企業と富裕層が、租税回避地を税逃れに使い、資本増殖を図っている実態を如実に示しました。会社や市民が経済活動他で得た利益をまっとうに納税するのが、資本主義の精神です。租税回避地を使った資本増殖は、資本主義の精神に悖(もと)ります。課税逃れのお金による経済成長はまやかしであり、強欲な経済競争になり果てた資本主義は、次の世界的規模の経済危機に対処する術をなくしました。

 世界大恐慌は第二次世界大戦の遠因であり、戦勝した米国が覇権を握りました。その米国が、経済成長を定着させました。グローバル資本主義になり、初めてのバブル崩壊がリーマン・ショックです。そのリーマン・ショックを上手に乗り越えたと思われた中国が、2012年頃から自身のバブル崩壊の苦しみを味わっています。中国のバブル崩壊の影響は、実物市場と金融市場に現れてきました。中国のバブル崩壊前から日本を先頭に、先進国はゼロ金利とゼロ成長に移行しています。また、新興国も中国と同様に産業主義的な製品(例:自動車・家電品など)が人々に行きわたると、経済成長が低下します。しかし、政治家と大企業と富裕層が、貪欲に経済成長を追求してきたため、金融市場のバブルを招いています。経済成長が停滞するのは政治思想や経済思想がそうさせています。つまり、先進国の長期停滞は経済現象ですが、根本的には資本主義社会(=西欧文明)が抱えている文明的没落です。丁度、中世のキリスト教のイデオロギーや価値観を脱出し近代の扉を開いたように、経済成長信仰のイデオロギーや価値観を脱出してポスト資本主義の扉を開かねばなりません。筆者は直感的に800年続いた資本主義に、終焉が迫っていると考えます。

 

 


第1章 拡大・成長を是とする経済

 世界の経済成長

 国内総生産(GDP)ないし国民総生産(GNP)という指標は、世界大恐慌の後に米国の経済学者サイモン・クズネックスが、米国商務省の依頼を受けて考案しました。経済成長を論ずる場合は成長の量を論じており、成長の質を問いません。米国は、戦後の疲弊した経済復興を主導した際に、併せてクズネックスが指標による開発計画を指導したことから経済成長が定着しました。また、先進国が経済復興において経済成長を重視しました。日本では、1961年に池田内閣が10年で給料が2倍になる 「所得倍増計画」を打ち出しました。このような経済政策の実行過程で、経済成長が一段と国民に普及しました。経済成長率は、(当年のGDP-前年のGDP)÷前年のGDP×100で求めます。図1は、日興アセットマネジメントの楽読(らくよみ)に掲載されている数値を取捨選択し作成しました。ただし、2016年の経済成長率は、国際通貨基金(IMF)の景気づけ予測値です。 

                                                   図1:世界の経済成長率

 

 図1の点線の折れ線は、国民総生産1位の米国から順に5位の英国までの経済成長率です。世界の経済成長率は、2011年~2015年を平均すると3.4%、先進国(米国・日本・ドイツ・英国・フランス・カナダ・イタリア)は1.4%、新興国(中国・ブラジル・インド・ロシアなど)は5.1%です。先進国の中で、日本の経済成長率は一番低く、2011年~2015年の平均が0.56%です。中国の突出した経済成長率が目を引きます。その中国政府発表の経済成長率は、まゆつばです。2015年の経済成長率は、誤魔化しにくい統計値からゼロ又はマイナスと推定されています。電力使用量から類推すると、中国の経済成長率は2012年以降非常に低いと思われます。経済規模が世界2位の国の経済成長率が公表値より低いとなれば、IMF発表の世界の経済成長率は割引かねばなりません。なお、先進国の中で米国と英国の経済成長率が2%程度になっているのは、金融市場の胴元と関係ありそうです。

 

 経済政策は経済拡大を促す

 マクロ経済学によれば、 「国民の総消費額」 は 「有効需要」 であり、それは 「国民総生産(GNP)」(国内総生産(GDP)とほぼ同じ)に等しく、また 「国民総所得」 です。→A その国内総生産は、次の式で表せます。

  GDP = 個人消費 + 民間投資 + 政府支出 + 輸出 - 輸入

個人消費は読んで字のごとく、日々の食料品などの消費財のことです。民間投資は、企業が機械などの生産設備を買ったり、工場を建てたりすることです。政府支出は、政府が投資(例:公共工事)をすることです。この中で、個人消費の割合がGDPの約6割を占めます。

 経済成長率は、当年国内総生産と前年国内総生産の差を、前年国内総生産で割った百分率ですから上下に変動します。そのため、経済成長率は、景気のよしあしの指標に使われています。つまり、国内総生産が大きくなると 「景気が良い」 、国内総生産が小さくなると 「景気が悪い」 となります。経済界は、経済成長率を手段から目的に倒錯し、国内総生産の右肩上がりを希求します。経済成長率が右肩上がりになるよう、政府は常に経済政策を考えます。国内総生産を増やすには、個人消費・民間投資・政府支出のいずれかを増やさねばなりません。政府は、個人消費を増やしてと国民にお願いしても効き目がありません。次に、政府は企業に設備投資を増やしてとお願いしても、利潤最大が民間投資の鉄則ですから、おいそれと民間投資は増えません。へたしたら、企業が借金を金融機関に返済し、その分の民間投資が減るかもしれません。政府裁量の項目は政府支出であり、借金してまで政府支出を増やします。

 国内総生産は、個人消費と民間投資と政府支出で決まります。政治家・経済官僚・経済学者は、政府裁量項目の政府支出を増やし国内総生産(GDP)を増やそうとします。しかし、逢沢明著 『失敗史の比較分析に学ぶ21世紀の経済学』 によれば、経済データ分析から驚愕の結果が出ました。国内総生産には、借金による政府支出が含まれています。そこで、国内総生産から借金による政府支出を引いた 「正味GDP」 を求めます。更に、「正味GDP」 を毎年の国の借金と比較できるように、物価の補正を加えない 「正味名目GDP」 に修正しました。 

 

                                     図2:正味名目GDPと新規債務額の推移

                                            出典元: 「失敗史の比較分析に学ぶ21世紀の経済学」 より

 

 図2は、正味名目GDPと新規債務額の推移です。図2から、1990年以降正味名目GDPは、400兆円台半ばを少し上回るあたりで停滞しきっているのが読み取れます。2006年と2007年にわずかに500兆円台に上昇しましたが、2008年のリーマン・ショックでまた押し戻されました。また、図2は1990年以降新規債務が、正味名目GDPに寄与していないことを示唆しています。逢沢明は、図2のデータを詳細に分析した結果、1990年以降 「国が借金するほど、景気が悪くなっている」 ことを明らかにしました。具体的には、国の借金を1兆円増やすと、正味の景気は 「0.194%」 だけ悪くなります。政府が率先して10兆円規模の財政出動をすると、1.9%ほど景気を悪くします。

 政府支出は、ケインズが発見した有効需要の原理に則った経済政策です。需要より供給が多い場合は、政府支出により供給力に見合う需要を増やせば、乗数効果によりいずれ需要と供給が均衡する理論です。この経済理論により、国債が発行されました。戦後最初の国債は、1965年(昭和40年)に1972億円を発行しました。この頃は高度経済成長期であり、経済成長が平均9~10%/年です。それ以降も国債が発行され続け、政府の借金は増加の一途をたどっているにも関わらず、政治家は政府支出を続けよと強要します。借金まみれの経済政策の結果、2011年~2015年の経済成長率が平均0.56%です。

 ケインズが発見した有効需要の原理は、平成バブル以降の不況を鑑みれば、無条件に作動しないのではないでしょうか。筆者は、工業化されていない状態(=供給力が低い)なら、政府支出は有効需要の原理に則り民間投資を誘発するが、工業化された状態(=供給力が過剰)の複合不況なら、政府支出による有効需要の原理は作動しないと思われます。ゆえに、平成バブル崩壊以降、国の借金による公共工事等には、乗数効果がありません。平成バブル崩壊以降、政府は財政出動以外にも構造改革、規制緩和、ゼロ金利など次々と経済政策を実行しましたが経済成長に寄与せず、逆に中流社会の崩壊という不平等な社会を招来しました。

 

 金科玉条に経済成長を信仰する背景

 国内総生産(GDP)は、第二次世界大戦後に導入された比較的新しい指標です。それにも関わらず、今では先進国はもとより新興国も、経済成長を政治課題の一番に挙げています。歴史を遡ること18世紀後半の英国で産業革命が起こり、19世紀以降の西欧各国は、工業化による経済力を背景に軍事力を増大させました。日本は明治維新により、かろうじて 「国の独立」 を保持できました。逆に、砲艦外交に負けた国は、植民地にされました。たとえば、インドが英国の植民地になったのも、独占市場としての囲い込みにありす。また、資本主義の発展が自然を生産・交換・サービスなどに有用な 「資源」 としてとらえ、この資源及び商品の自由な取引が経済学の市場モデルとなりました。

 続く、19世紀後半のエネルギーと重工業を中心とする第二次産業革命では、一段と 「科学」 と 「技術」が技術革新の基盤として重要な役割を果たし、新兵器が多数発明されました。西欧と少し遅れてきた日本は、植民地及び資源の獲得でしのぎを削り、第二次世界大戦にまで発展しました。第二次世界大戦後は、原水爆弾による全滅戦の相互抑制もあり、軍事競争から経済競争に切り替わりました。

 経済競争になれば、兵器ではなく民生品の出番です。軍事競争では植民地・資源の獲得ですが、経済競争では市場の獲得です。技術革新による新商品の開発と販売競争は、”資本主義の黄金時代(1950年~1970年頃)”と呼ばれる高度経済成長を迎えました。先進国は経済が成長し、所得が毎年増え、豊かになりました。高度経済成長を迎える前にGDP指標が導入されており、この時期に経済成長が定着したと考えられます。1990年以降、インターネットによる技術革新は情報に及び、事務と生産の合理化が進行しました。民生品の産業技術は兵器に転用でき、経済力があれば自ずと軍事力が強くなります。このように考えれば、政治の一番重要な課題が、技術革新を促す経済政策にあるのは頷けます。技術革新には、科学技術の助けが欠かせないわけで、研究機関と大学を中心に税金を投入して基礎研究をしています。一方、政府は経済力の中心となる大企業向けに、税制・規制緩和などの経済政策及び労働者の原価低減に経団連と協調しています。

 戦後に定着した経済成長という思考は、長い人類史において特異な期間です。この期間に、石油をエネルギーとした大量生産・大量消費・大量廃棄の経済構造が先進国に出来ました。米国のフォード自動車は、T型自動車という画一モデルの大量生産によって生産効率を高め、そのことによって労賃を上昇させ、結果として大量消費を実現する、という循環メカニズムを生み出したのです。→B 「産業主義的循環」 とでもいうべきものです。→B この、いわゆる 「フォーディズム」 という循環のメカニズムこそ、戦後の先進国の成長を支えた真の革新でした。→B 日本では、田舎から都市に多くの人が移住し、企業に組織化されました。同時に、企業では経済成長の指標を 「売上と利益」 に置き換え、目標必達を昇進条件にしました。石油ショックで各国が経済成長を鈍化させるなか、日本は石油ショックを省エネ技術で乗り切りました。その自信があだとなり、米国の無理難題を受け入れ平成バブルへと繋がりました。平成バブルが崩壊したのは、1990年の正月明けからです。

 2000年に入ると、原油の供給ショックが起きたわけもないのに、1バレル=20ドルを超えるようになりました。2005年が約50ドル、2008年が約94ドル、2012年に至っては約109ドルに原油価格が高騰しました。その後、原油価格が下がるも2016年は1バレル=約42ドルです。原油価格が1バレル=20ドルを超えれば、省エネ技術だけでは経済苦境を乗り切れません。従来の製品価格で輸出しても、原油高騰の影響で原価が上がっているため利益が減ります。かと言って、製品価格の値上げをすれば、経済競争に負けるので、派遣労働とか工場の海外移転で原価(人件費)を下げました。その結果、先進国は労働者の所得が下がり経済成長が鈍化しました。先進国の経済成長が鈍化すると、一周遅れでBRICS(ブラジル・ロシア・インンド・中国・南アフリカ共和国)や東南アジアが、外国企業の工場進出を得て工業化を図り経済規模を増大させています。現在は、大量生産・大量消費・大量廃棄の経済構造にインターネットが加わり、グローバル市場の視点から製品が製造されています。そのインターネットは、資本主義に内在する限りない 「拡大・成長」 の実現を支援しています。

 そのインターネットが使用された頃から、先進国の経済成長は鈍化しました。日本においては、”専業主婦”が当たり前から、共稼ぎでないと生計が維持できないまでに所得が下がりました。先進国では、経済成長と国民の所得に相関関係がなくなり、経済成長は庶民にとって過去の物語になりました。ゼロ成長の時代が到来しているにも関わらず、政治家は経済学者のグローバルな自由貿易と金融市場の活性化の処方箋を採用しました。主流派経済学者の抜きがたい経済成長思考により、政治家と官僚は経済規模を増大させないポスト資本主義を構想できません。

 


第2章 政治と結びつく経済学

 経済学と社会の潮流

 経済学は、アダム・スミスの国富論を嚆矢とします。産業革命により成立した工業社会の経済を解き明かすのが国富論です。経済学は、社会の経済活動を学問の対象にしており、社会活動全般を対象とする政治と重なり合う範囲が広く、必然的に経済学は政治と結びつきます。戦後に限っても、ケインズ経済学及びシカゴ学派経済学(別名:マネタリズム)が、政治の経済政策に取り入られました。

 ケインズ経済学は、1929年の米国発世界恐慌に対する解決策として誕生しました。このような背景があり、戦後の復興期は働き口が少なく不況ゆえケインズ経済学が有用でした。ケインズ経済学では有効需要の原理が有名です。政府が、財政出動し公共工事などの需要を人為的に発生させます。すると、供給側に乗数効果により財政出動した金額の数倍に増幅された仕事が発生しました。この経済学によって、戦後は石油ショックが来るまで黄金の資本主義と称される時代が続きました。しかし、1973年の石油ショック以降、石油価格が高騰し物価が上がりました。加えて、景気にブレーキがかかり、インフレと不況が同時進行するスタグフレーションに陥ったのです。ケインズ経済学では、不況に対処するには政府が財政出動を増やし景気を刺激します。そうすると、インフレに拍車をかけて長期金利の上昇を招いてしまう副作用を生じます。このような論理から、スタグフレーション時の財政出動が疑問視されました。

 ケインズ経済学に代わって、その頃にノーベル経済学賞を受賞したフリードマン率いるシカゴ学派経済学が脚光を浴びました。シカゴ学派の経済思想は自由市場主義であり、米国のレーガン政権や英国のサッチャー政権の新自由主義の小さな政府イデオロギーと相性が良く、経済政策の理論的支柱になりました。シカゴ学派の経済理論は、金融が間接的に実物市場を調整する 「貨幣数量説」 です。貨幣数量説とは、貨幣の流通速度が長期的には一定のもと 「貨幣の数量が物価水準を決定する」 という理論で、これを数式で表現すると、Mv=PTとなります。(Mは貨幣数量、vは貨幣流通速度、Pは物価水準、Tは取引量)。→C つまり、貨幣数量(M)を増やせば、取引量(T)が増えるか、物価水準(P)が上昇するというものです。→C なお、取引量には、実物市場での取引と金融市場での株や土地などの取引の両方が含まれます。貨幣数量説により、金利を上げ貨幣数量を減らし、インフレを克服しました。

 新自由主義が台頭してきた同時期に、金融市場に特化した金融経済理論が発表されました。金融経済理論の中に、金融市場に特化した 「神の見えざる手」 があります。金融市場の 「神の見えざる手」 は、効率的市場仮説です。ユージン・ファーマは、1970年に 『ジャーナル・オブ・ビジネス』 に 「効率的市場:理論と証拠」 という題名の論文で、踏み込んだ効率的市場を次のように論じています。資本主義の第一の役割は、経済の資本ストックの所有権を配分することである。→D 一般的な言葉で言うと、価格が資源配分に関する正確なシグナルを出す市場が理想である。→D つまり、証券価格はつねに利用可能なすべての情報を、”完全に反映している”という前提の下で、企業が生産と投資に関する意思決定ができて、企業の活動に対する所有権を表す証券を投資家が選べる市場である。→D 利用可能な情報がつねに価格に”完全に反映されている”市場を 「効率的」 あるという。→D その後金融経済学は、効率的市場仮説を土台に資本資産評価モデル理論と、金融派生商品の基になるブラック=ショールズの計算式の二本柱を打ち立てました。

 米国は、石油ショックによるスタグフレーションを貨幣数量説で乗り切りましたが、日本では省エネの技術革新により、石油価格の急上昇による生産コストの増大を吸収しました。石油ショック前は、1バレル=2~3ドルで原油を買えましたが、その後の15年間は平均20ドルで買えました。石油価格が6倍~10倍に上がりましたが、水野和夫氏の売上高変動費比率分析によると、1バレル=20ドルの方が売上高に占める変動費の比率が低いのです。つまり、日本の省エネ技術が、石油ショックを全くなかったことにしました。→E それどころか、2ドルの原油ではなく1.5ドルの原油を買っているような状況を作り出したのです。→E

 1980年代の日本は、まさしく日が昇る国であり、日米間で貿易摩擦が勃発しました。米国は貿易赤字が巨額になり、日本は貿易黒字が巨額になりました。これに焦ったのが米国です。米国の事業者を保護するため日本に 「輸出自主規制」 を要求したがあきたらず、貿易の自由化要求を突き付けてきました。具体的には日米円ドル委員会を通じた金融の自由化、市場開放要求の日米構造協議、引き続く日米包括経済協議などです。かくて、米国の国益に合わせて日本経済を新自由主義的に構造改革するルートが確立していきました。これに協力したのが、市場原理主義(※)と称される日本の経済学者です。結果的に、日米間の貿易摩擦は解消しましたが、日本にグローバルな自由貿易論なる市場原理主義のイデオロギーが埋め込まれました。

(※) 筆者が理解する市場原理主義。

 市場原理主義とは、市場への不要な政府の介入を排除し、実物市場と金融市場の作動に全幅の信頼をおく思想的立場のことです。具体的には自助努力と競争を重視し、平等政策と福祉を切り捨て、規制改革を行うとともに、国営事業や公営事業の民営化を図り、教育予算とか福祉予算などを縮小する小さな政府を推進します。従って、市場原理主義に経済理論はなく、市場原理主義の経済思想と新自由主義の政治思想が相似です。

 日米の貿易摩擦で米国は、実物市場での劣勢と利潤の低下に危機感を覚えました。米国は石油を自国で賄えるため、日本のように省エネ技術が発達せず、代わりに金融経済学が金融工学を誘発し、元本保証のない高額の金融派生商品を生みました。金融商品の取引には、高騰した石油エネルギーを必要としません。一方、軍事ネットワークの技術に基づく商用ネットワークが1988年に稼働し、世界中のサーバーとパソコンがインターネットを通じ通信できるようになりました。このIT技術が自由化された金融とグローバルな自由貿易に役立ちました。米国はITと金融工学で大きな利益を生み出すシステムを作り、金融帝国として君臨しました。先進国は人件費の安い国に工場を移転し、国内においては市場原理主義の経済政策により労働者の所得が下がりました。

 グローバルな自由貿易の社会は、1%の金持ちと99%の貧乏人に象徴される格差社会に突き進みました。従来は、労働者の預金が各国の銀行の信用創造機能によって、実物市場に融資されました。しかし、多数の労働者は貧乏になり預金がままなりません。代わりに、世界中の機関投資家・投資銀行・富裕者などが、元本保証のない金融派生商品取引を行い、米銀行の信用創造機能によって超高額なマネーが金融市場に投資されました。この現在版錬金術を決定づけたのが、1995年の米国の 「強いドルは国益」 の経済政策です。

 1995年に資本主義経済は一変しました。→C 国際資本の完全移動性を実現させて、資本不足に悩んでいた米国が 「世界の余剰貯蓄」 を事実上自由に使える仕組みを構築することに成功したからです。→C その結果、1995年以降における世界経済の特徴は、金融経済が実物経済に対して優位性を確立したことにあります。→C 具体的には米国の 「ドル帝国」 化といいかえることができます。→C グローバル化で米企業は外国で最も高い利潤を上げ、かつ米国民が所得以上に高い生活水準を享受できる仕組みが 「ドル帝国」 だということです。→C ピケティの説によれば、米国は金融で資本の利益を上げるかもしれないが、自由競争と技術革新による本来の資本主義社会として成長できません。

 2008年9月にリーマン・ブラザーズが破綻すると、世界経済は1929年の米国発世界恐慌を上回る金融危機に陥りました。リーマン・ショックの出来事は、経済学者他の書き物に任せ、金融危機脱出に米国が70兆円もの公的資金を金融機関に投入し救済しました。新自由主義と市場原理主義を標榜している米国が、なりふり構わず真逆の 「大きな政府」 対応をしました。リーマン・ショックは金融行政の失敗を露呈するとともに、背後にある金融経済理論の土台になっている 「効率的市場仮設」 の誤りを同時に証明しました。その後の金融派生商品の取引量の動きを見るに、金融危機になれば政府が助けてくれるとの暗黙の了承を得られているかのようです。つまり、バブルに対する経済学からの予防はなく、バブル崩壊に対する経済学からの解決策もなく、政府の公的資金による救済しかありません。それにも関わらず、経済学者は金融経済理論が金融バブルを誘発させている自覚が皆無です。

 経済理論は種々ありますが、経済理論に共通して言える条件があります。それは市場の参加者に係わる内容であり、個々の経済主体者が合理的に完全情報に基づき私利を追求しても、 「神の見えざる手(市場機構の自由な作動)により、市場は効率的に資源を配分し均衡する」 とします。経済理論から導かれる経済モデルも、この条件を引き継ぎます。なぜなら、この条件が無ければ、経済モデルが複雑になり過ぎて解が得られないからです。しかし、いかに民主主義の世の中であっても、情報は平等ではありません。たとえば自動車を買う場合、客と車販店では明らかに情報は平等ではありません。現実は、情報の不平等を承知で不合理に車の売買契約をします。ですから、経済モデルは明らかに現実と乖離していますので、自然科学のような普遍的な経済理論を構築できません。

 

 経済政策立案の仕組み

 平成バブル崩壊以降、日本は不況から長期停滞に突入しました。それに対して、歴代内閣は切れ目のない財政出動をしたが、結果は失われた〇〇年です。最近では、安倍内閣がアベノミクスたる経済政策を実施するも、4年半経過するが経済状況は悪化しました。アベノミクスの経済政策で、2014年4月から消費税が5%から8%に上がるも、国の借金は増加する一方です。アベノミクスの経済政策の失敗は多く語られていますが、経済政策は経済官僚や有識者会議で立案します。ここでは、有識者会議による経済政策立案の仕組みを説明します。

 典型的な有識者会議は、小渕内閣(1998年~2000年4月)時の経済戦略会議です。小渕内閣で経済企画庁長官に就任した堺屋太一が、国家行政組織法第8条に基づく公的組織の経済戦略会議を立ち上げました。経済戦略会議は、図3で示すように6人の財界人と4人の経済学者と1人の事務局長で構成しました。どのようにして10人の委員と1人の事務局長が選ばれたか、筆者は知る由もありません。ただ、4人の経済学者は米国流の経済学である市場原理派です。毎回の経済戦略会議の前に、経済学者の委員だけが赤坂プリンスホテルに集まり、 「準備会合」 を開きました。経済政策は、この 「準備会合」 でたたき台が作られ、経済戦略会議でそのまま承認されます。

 

                                                図3:経済戦略会議の構成員

 

 経済戦略会議の経済学者は、経済理論を現実の社会に適用し、政治家に政策を授ける人です。依って立つ経済思想で、経済政策は大きく変わります。その経済思想は、米国発の市場原理主義です。経済理論は科学的装いをしていますが、経済理論を生み出す思想に強く依存します。もっと言えば、経済理論は経済思想と切り離すことができません。市場原理主義は、政府より市場競争の方が効率的に資源配分ができるという考え方です。ですから、小さな政府とか規制緩和などの市場原理主義の経済思想は、行財政改革の政治思想と結びつきやすく、経済政策立案の経済学者は経済戦略会議を通じて政治権力と結びつきます。経済思想と政治思想は、共に深く掘り下げなければ一致点を見出すことができません。しかし、両思想に内在する競争社会こそが正しいとする表面的一致で、市場原理主義の経済思想と新自由主義の政治思想が結びつきます。平成バブル崩壊以降、新自由主義または市場原理主義に染まった政治家・経済官僚・経済学者などは、構造改革・規制緩和など叫びました。しかし、政治家は経済学者が推す市場原理主義による経済政策を実施するも、経済格差を激増させ、要の経済成長も実現できません。アベノミクスの経済政策は、失敗を繰り返す市場原理主義の経済思想をよりどころにしています。

 アベノミクスの経済政策は、ケインズ経済学の財政出動とシカゴ学派経済学の貨幣数量説の両方を実施しています。後者は、日銀が異次元の金融緩和で市中銀行から貨幣を大量に流していますが、インフレにはなりません。二律背反する経済理論を取り込んだ経済政策では、失敗は火を見るより明らかです。たとえれば、自動車のアクセルとブレーキを同時に踏むわけで事故につながります。一方、新自由主義の政治思想と市場原理主義の経済思想の悪弊を経済政策に反映しました。経済成長の果実が競争に勝利する人間のみ獲得できる経済思想では、現状の経済状況を解き明かし、処方箋を出すことができません。

 経済学は社会科学の雄を標榜していますが、現実の市場の作動と理論上の市場モデルが乖離した学問です。その理由は、経済学の市場モデルを作り出す哲学思想そのものにあります。2012年1月のローマクラブのブカレスト総会に向けた準備資料の中に、”Towards a New Economy - What is Needed?”と題する作業グループの報告書が、日本代表の小島明氏の目に留まりました。

 新しい経済学は原理主義のドグマではなく、理性的な思考により構築されなければならない。市場は効率的だとする新自由主義哲学は、ジャングルの法則の別名でしかない。目指すべき経済学は数学的な厳密さではなく、(経世済民に則る)人類の福祉である。現在の経済学はともかく成長は望ましく、あらゆる形の成長も望ましいとする間違った会計システムに基づいている。 以下省略

   (経世済民に則る)は、筆者が挿入。


第3章 呻吟するグローバル資本主義

 平成バブル崩壊後に現れた特異な兆候

 経済学で言う 「神の見えざる手」 が作動し過ぎたのか、平成バブルは土地と株式を介し私利を追求した結果です。1990年の平成バブル崩壊による不況は、深刻で2017年に至っても継続しています。1999年2月、日銀は短期金利の指標である無担保コール翌日金利を史上最低の0.15%に誘導することを決定しました。この時、当時の速水日銀総裁が 「ゼロ金利でも良い」 と発表したことから、ゼロ金利と呼ばれるようになりました。一時、ゼロ金利が解除されたこともありましたが、2008年のリーマンショックを機に、2008年12月から日銀は、短期金利の指標である無担保コール翌日金利を、更に低い0.10%に決定しました。従来の金融政策では、インフレにできないと安倍政権は考え、2013年4月日銀に更なる、 「質的・量的金融緩和」 、別名 「異次元金融緩和」 を指示しましたが効き目がありません。ついに日銀は、2016年2月からゼロ金利を突き破りマイナス金利にしました。マイナス金利とは、日銀と取引のある金融機関の日銀口座の残高の一部に、マイナス金利を付けると言うものです。金融機関から見ると、日銀口座残高に応じて利息を日銀に支払うことを意味します。

 平成バブル崩壊後に現れた特異な兆候を、水野和夫はゼロインフレ・ゼロ金利・ゼロ成長の経済現象と述べています。2012年に発足した安倍晋三政権は、インフレにより国の借金を目減りさせようと目論んでいますがゼロインフレです。ゼロ金利は、2016年2月から日銀口座残高の一部がマイナス金利になり、それに連動し金融機関の預金金利がゼロに張り付き、名実ともにゼロ金利と呼べます。更に、2011年~2015年の経済成長率は、平均0.56%/年ですから、事実上のゼロ成長です。ゼロ成長の状態は、資本主義の大本である資本の自己増殖が止まっていると見做せます。図4で、資本の自己増殖の指標である、10年国債の金利とマネタリーベース月末残高(日本銀行券発行高+貨幣流通券+日銀当座預金)を一緒に示します。マネタリーベースとは、 「日銀が直接発行した通貨の総額」 の意味です。なお、10年国債の金利は、財務省情報であり、半年複利ベースの最終利回りです。

 

                                   図4:10年国債金利とマネタリーベースの相関関係

 

 10年国債金利が急低下しはじめたのは、1997年5月からでした。同年5月28日には2.869%だったのが、約5ヶ月後の10月20日には1.988%と、戦後初めて2%を割り込みました。以降、10年国債金利は景気対策されても、概ね1%~2%の間を上下していました。10年国債金利が恒常的に1%を割り込むようになったのが、2010年9月7日からです。2014年4月、その10年国債金利が日銀の 「質的・量的金融緩和」 の金融政策に反応して急激に低下し、2016年1月末には0.104%にまで下げました。

 2013年4月、日銀の別名 「異次元金融緩和」 の証拠が、図4のマネタリーベースの急激な増加(過剰マネー)です。金融機関は、長年企業の融資残高を増やせずにいましたから、10年国債金利低下は必定です。資本主義に現われたゼロインフレ・ゼロ金利・ゼロ成長の三つの経済現象は、実物経済にて資本の自己増殖ができない原因から生じています。平成バブル崩壊後から、景気対策の政府支出を度々するもゼロ成長です。経済理論は、資本の自己増殖ができないことに何も答えておりません。異なった視点で三つの経済現象を解き明かす必要があります。

 

 過剰設備と過剰マネー

 平成バブル崩壊以降の経済に、幾度も景気対策と成長戦略を実施するも、ゼロインフレ・ゼロ金利・ゼロ成長の三つの現象が続いています。この現象は、資本の増殖を金科玉条とする資本主義では考えにくい兆候です。経済現象は、短期間の経済指標より長期間に亘る経済指標で把握することが大切です。しかも、経済指標から過去の景気対策と成長戦略の結果を顧みることが重要です。アベノミクスを始めとする過去の経済対策は、失敗の連続です。過去の主要な経済対策は、借金による政府支出です。しかし、政府支出すれども借金だけが積み上がり、需要を増やすことで経済成長を図り、税収を増やし、ひいては政府債務の縮小のもくろみは頓挫しました。この辺りを、図5を使い考えます。

 

                                               図5:実物市場と金融市場の相関

 

 過去の経済対策の失敗を顧みるに、実物市場は供給過剰(=設備過剰)になっていました。政府支出で需要を増やすも、供給力を超えることはありません。逆に、企業は人件費の安い国に工場を建設し、供給力を増す始末です。ついに、政府支出による経済成長ができなくなり、勢い金融市場で資本の増殖を目論みました。

 従前の資本主義では実物市場が資本増殖の主であり、金融市場が実物市場を支援しました。グローバル資本主義の制度が機能しはじめると金融市場が肥大化し、金融市場が資本増殖の主となり、実物市場が従となりました。世界経済のネタ帳によれば、2014年の世界188ヶ国の名目GDPは約77.3兆ドルです。2015年2月末、世界各国の主要証券取引所の株式時価評価額は、合計約66兆ドルです。商品先物と金融派生商品は世界中で取引されていますが、規模は調査未了です。しかし、2008年のリーマン・ショック以降、米国・ユーロ圏(19か国)・日本などの中央銀行は、相次いで金融市場にお金を注ぎ込みました。米連邦準備理事会(FRB)は、2008年のリーマン・ショック前に、約9兆ドルを金融市場に注いでいましたが、不動産担保債権(MBS)や国債の買い取りで、2014年10月には5倍の約45兆ドルを注ぎました。欧州中銀は、2016年9月までにユーロ建て国債などの買取りで、約1.2兆ユーロ(1ドル1ユーロ換算で約1.2兆ドル)を金融市場に注ぎ込みました。

  日銀は、図4で示すように概ね100兆円のマネタリーベースでしたが、2012年12月に発足した安倍政権以降、国債の買取りで250兆円(1ドル115円換算で約2.2兆ドル)を金融市場に注ぎ、2016年1月のマネタリーベースを350兆円に急増させました。米国・ユーロ圏(19か国)・日本の中央銀行が金融市場に注いだお金は、合計43.4兆ドルです。実物市場が約77.3兆ドルですから、株式時価評価額と米国・ユーロ圏(19か国)・日本の各中央銀行が、金融市場に注いだお金を合計すると109.4兆ドルになります。更に、金融市場には債権と商品先物と金融派生商品に租税回避地のお金(※)が加わり、実物市場の数倍の規模(過剰マネー)と考えてよさそうです。

 日本の場合は、政府が毎年数十兆円の赤字予算を続けたため、ついに国債の買い手がほぼ日銀だけとなりました。2012年12月に発足した安倍政権以降、日銀が異次元金融緩和、サプライズ緩和と、日銀が発表する巨額の国債買い上げ政策に呼応し、国債の金利が下がっています。実物市場における過剰設備に伴うゼロ成長に加え、日銀が巨額の国債を買い上げて、政府予算の赤字分を補っているためゼロ金利になりました。このゼロ金利はゼロ成長によるのではなく、日銀による巨額の国債買い上げが原因です。この悪いゼロ金利は、いつまでも続けられるわけがなく、日銀が巨額の国債を保有するほど国債を買い支えられなくなり、通貨の信用失墜(=政府の赤字予算が破綻)に至ると悪い金利上昇に反転します。かと言って、赤字予算を縮小するため、ゼロ成長時に消費税を増税すればその分個人消費が落ち込み、国内総生産(GDP)は消費増税分を超えた落ち込みをします。

(※)租税回避地のお金

 2016年4月に国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が、パナマの法律事務所 「モサック・フォンセカ」 のパソコンより流出した、膨大な量(2.6テラバイト、ファイル数1150万件)の内部文書の一部を解読公表しました。その文書には、世界各国の政府要人や大企業や富裕層が、資産隠しや悪質な税逃れを目的にしたと思われるペーパー会社設立の証拠が記載されているそうです。租税回避地は世界中に約60ヶ所あり、巨額(少なく見積り3000兆円)の税金逃れのお金が、金融市場で跳梁跋扈しています。

 

 金融バブルによる資本増殖

 1980年以降の経済は、従来の実物経済に加えて金融経済が大きくなり、グローバル資本主義に突入した1995年以降の金融市場はとてつもなく大きくなり、実物市場と金融市場の力関係が完全に逆転しました。2008年のリーマン・ショックまでは、政府支出をあてにした個人投資家と機関投資家が、金融市場にお金を注ぎ資本の増殖を図りました。しかし、度重なる政府支出によっても国内総生産が向上せず、ゼロインフレの状況で政府の借金だけが積み上がりました。資本家は政府支出による経済成長を断念し、政府支出に代わる米国・ユーロ圏・日本などの中央銀行による、金融市場への資金投入に期待しました。金融市場に注いだお金は、企業がお金を借りて設備投資などに回せば経済成長が望めます。しかし、企業は過剰設備ゆえ、低金利でも融資を望みません。日銀から銀行に供給された通貨は、日銀当座預金に積まれたままです。しびれを切らした日銀は、2016年2月のマイナス金利導入で、銀行に無理やり企業に融資させようとしていますが、金融市場に吸収されるだけで、お金が実物市場に回りません。金融市場の過剰マネーは、実物市場とのつながりをなくしました。かくして、金融市場(例;株式市場)が活発になっても、経済成長できません。その結果、金融バブルから金融バブル崩壊に突き進みます。

 市場原理主義の経済思想と新自由主義の政治思想が結びついたグローバル資本主義は、金融の自由化を順手に取りヒト・モノ・カネを激しく移動させ、国の肩入れから法人税率を下げさせ(代わりに消費税を上げ)、規制緩和などの経済政策を実施しましたが、中流社会崩壊(=格差社会)から実物市場の資本増殖を困難にしました。代わりに、政治家や大企業や富裕層は、金融市場にて資本増殖が得られる経済政策を実施しました。世界の経済成長率は、2011年~2015年を平均すると3.4%です。(図1参照)2011年を1とした2015年の経済成長率は、1.034の4乗ですから1.18の18%増です。しかるに、世界の主要証券取引所の株式時価総額は、2011年末時点で約44兆ドルだったのが、2015年2月末時点で約50%増の約66兆ドルになりました。世界の経済成長率と株式時価総額の伸び率を比較すると、株式の方が約2.8倍の増殖を果たしています。現状の経済政策は、実物市場の成長を高めることなく、金融の過剰マネーが金融市場のバブルを醸成しています。

 経済政策の基になる経済理論は、市場機構の自由な作動により、市場は失敗せず 「需要(買い)と供給(売り)」 が均衡するとします。その市場は誰もが自由に参加できると思いきや、政治家や大企業や富裕層しか参加できない、特別な市場が世界中に約60ヶ所あります。経済理論は租税回避地を市場モデルから除外しており、誤った経済理論から導かれる経済政策は、当然誤りです。また、経済理論が自律均衡を基本とするなら、金融市場では暴騰・暴落は起こりません。第4章の表1で示す歴史上のバブル以外に、金融市場では理由なき暴騰・暴落が頻発しており、市場は失敗を繰り返しています。例えば、中央銀行は金融危機になると資金を金融市場に供給しますから自律的に均衡できません。このことから、経済理論は市場の失敗を論証できる不均衡を基本にすべきです。度重なる金融危機は、従来の自律均衡の経済理論が誤りであると告げており、不均衡の経済理論にしなければ、肥大化した金融市場の暴走は防げません。



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