閉じる


1日目

 

 私は、休日のお昼にはいつもインスタントラーメンを食べている。

 

 鍋でお湯を沸かし、沸騰したところでラーメンを入れる。卵やもやしも一緒に沸騰したお湯の中に入れ3分経ったら、あらかじめ粉末スープを入れておいた器にお湯ごと入れてかき混ぜる。

 

 すると、ゆっくりお湯と粉末スープが混ざり合い、おいしそうな匂いがあたりに漂う。

 

 最後にコショウやラー油をお好みでいただく。

 

 ********************

 

  ある日、私は近くのスーパーへインスタントラーメンを買いに行ったの。いつものように醤油ラーメンと味噌ラーメンをかごに入れ、レジへ向かったわ。

 

 でも、その途中、私は見てしまったの。インスタントラーメンが売られている棚の端っこに、新商品がでているのを。

 

『豚骨醤油味』

 

 それはまさしく豚骨醤油味のインスタントラーメンだったわ。何度も見返したから間違いない。

 

私はそれを手に取ると、パッケージの裏面に書かれているラーメンの作り方を凝視した。まさか、他のラーメン同様の作り方で豚骨醤油味が作れるわけ―――。

 

 そのまさかだった。私は自分の目を疑ったわ。そこにはこう書かれていたの。

 

『鍋にお湯500mlを入れてよく沸騰させ、めんを入れて5分間ゆでて下さい。』と。

 

「めんをゆでる時間こそ違うものの基本的な作り方は一緒だわ!」

 

 私は無意識のうちに大声でそう叫んでいた。

 

 もちろん買ったわよ。

 

 私は溢れ出るよだれをおさえてレジを抜け店を出る。そして、家までの道中もまた、溢れ出るよだれをようやくのところでおさえながら家へ向かって歩く。すれ違う人々に変な目で見られているんじゃないかという自意識過剰状態の中ようやく家に着いた。

 

 ********************

 

 家へ着くと私は、何よりもまず先に豚骨醤油味のラーメンを作ることにした。逸る気持ちを抑えきれずに外側のパッケージを破ると、中に入っていたラーメンのパッケージ5つがものすごい勢いで床へと散っていった。私は血眼になりながらそれらのラーメンを拾い上げ、何とか元のパッケージに戻せないか試した。しかし、パッケージは無残に引き裂かれており、それは叶わなかった。

 

 私はパッケージを無残な姿にした愚かな自分を叱責しつつラーメン作りを始める。私はいつものようにカップに500mlの水を入れ、それを鍋に移すとコンロの火をつけた。

 

 鍋に蓋をして数分。お湯が沸騰する。

 

 私は興奮していた。とうとう豚骨醤油味のラーメンをこの手で作るのだと。

 

 そうして私は、逸る気持ちを抑えることができずに、パッケージをビリビリに引きさき、中に入っていたラーメンやかやく、液体スープを床に散りばめてしまった。

 

 私は一瞬、いや、数分、いや、数時間、意識を失った。そのショックは計り知れない。5つ入っているうちの1つをこんなところで意味もなくゴミにしてしまったのだ。

 

 私は自分を呪った。自分はなんて愚かなんだ。

 

 しかし、ようやくのところで我に返る。時刻は午後6時。豚骨醤油味のラーメンを作ろうとした時から6時間が経過していた。

 

 私は、次こそはおいしいラーメンを作るんだ、という意気込みを入れ封を切った。今度はうまくいった。

 

 鍋に入れた水が沸点に達し、ラーメンにとっての最高の舞台へと姿を変えていく。私は慎重にラーメンを鍋の中に入れる。

 

 ここから5分。醤油や味噌と違い、豚骨醤油は5分間の調理を要するのだ。気の抜けない5分間が始まる。

 

 私はラーメンにトッピングするもやしと卵を冷蔵庫から取り出す。

 

 残り調理時間3分になったら卵を投入し、さらに、残り時間130秒になった時もやしを投入する。完璧な計画だった。

 

 そして、まず第一段階、卵を投入する瞬間が訪れた。私は卵をキッチンのシンク付近で割ることに成功し、それをラーメンが踊る鍋へと入れた。その瞬間、私は我が目を疑った。

 

 いや、それが現実に起きていることだということはわかっていた。ただ、わかりたくなかった。信じたくなかったのだ。

 

 私が鍋へと投入した卵は、鍋へ入ったときの衝撃に耐えることができず、卵の黄身に亀裂が入ってしまったのだ。

 

 ラーメンを作る者にはわかる。この状態になった卵を救うことはもう、できないことを。

 

 ラーメン作りには自信があった。毎週のように作っているのだから当然だ。なのになぜ、このようなことになってしまったのか。お店でこれを見つけたとき、一体誰がこのような事態を想定することができただろう。これはなにかの間違いだ。

 

 そうだ、これはきっと『豚骨醤油の呪い』なのだ。

 

 

 


2日目

 

 今週も長い1週間が終わり、土日がやってきたわ。私がいま考えているのはもちろんインスタントラーメンのことよ。


 先週は豚骨醤油味のラーメンを買って食べた。でも、製造過程で卵の黄身が割れてしまうという事故が起こってしまったの。もちろんヒヤリハットとして報告済みよ。今日は必ず完璧な豚骨醤油を作ってみせるわ。


 私はそう決意を固めた。

 

********************

 まずは500mlの水を鍋で沸騰させる。そして、めんを投入。2分が経過した。


 先週はここで大きなミスを犯してしまった。

 

 あれから1週間、二度と同じ過ちを犯さないと誓った私は、これでもかというくらい慎重に卵の殻に亀裂をいれる。そして卵を鍋の上に持っていく。

 

 あとは卵の殻を2つに割り、その中身を沸々と煮えたぎるお湯の中に投入すれば私の勝利だ。私は慎重に卵の殻に2本の親指を突き刺す―――と。


 卵の殻がひとかけら鍋の中に入ってしまった。あまりにも慎重に割りすぎた。私は一瞬思考停止状態に陥る。が、しかし、次の瞬間には我を取り戻し、『卵のかけら取り除き作戦』を実行した。


 まず、持っていた箸ではつかむことはできないと考え、食器棚からスプーンを取り出す。これなら沸騰するお湯の中で舞う卵の殻だってすくい上げることができるはずだ。しかし、なかなかうまくいかない。殻をすくおうとしても沸騰するお湯によって、うまくスプーンに乗ってくれない。


 しかし、卵のかけらが鍋の中に入ってしまってから20秒ほど経ったとき、ようやく殻をすくうことに成功した。


 ただ、殻をすくうときにスプーンがぶつかってしまったんだろう。卵の黄身に少しだけ入った亀裂から次々に黄身が分解していく様子が見て取れる。もはや、もやしを入れる気分にはとてもなれない。やはり豚骨醤油は呪われているのだろうか。

 


3日目

  昨日はまたしても豚骨醤油を完璧な状態で食することは叶わず、卵の黄身がスープの中くるくると舞う状態のラーメンを食べた。


 今日こそは卵をきれいに割り、もやしを投入し、半熟卵にめんを絡めながらおいしくいただくのだ。 私は絶え間なくシンクに垂れるよだれを拭いて調理を開始する。

 

 いつものように500mlのお湯を用意し、袋めんのパッケージを慎重に破き、麺を取り出し鍋に投入。そして、どんぶりを用意しそこに液体スープを丁寧に注いでいく。


 あまりの手際の良さに油断してしまいそうになるが、今日という今日は思うようにはさせない。ラーメンが完成する時まで気を引き締めて調理に臨む。


 2分が経過した。卵を入れる時間だ。私は卵を慎重に割り、鍋に投入する。今日はうまくいった。 黄身が割れることもなく、卵の殻も入っていない。完璧だ。

 

 しかし、油断は禁物。いつもはここで油断し、次の工程において大きなミスを犯してしまう。


 大切なことだからもう一度言うが、今回は思うようにはさせない。と、気を張って鍋を凝視していると、残り時間が130秒というところまで来ていた。私はもやしを投入するべく、もやしの封を切る。これもうまく開けることができた。そしてもやしを鍋に入れていく。


 完璧だ。あとは、130秒経過するのを待てば、完璧な豚骨醤油の完成だ。

 

 しかし、麺の神様は私の味方をすることはなかった。


 麺をほぐすため箸で鍋の中をかき混ぜていると、箸によって動かされたもやしが卵にほんの僅かだが干渉してしまったのだ。


 ワナだった。


 まだ煮足りないもやしは硬く、卵に傷をつけるには十分すぎるほどの攻撃力を備えていた。

 

 それは最悪な光景だった。


 1本のもやしによって傷つけられた卵からは、瞬く間に黄身が流出し、鍋の中を見るも無残な光景に変えてしまった。


 今日は日曜日のお昼。今週もまた、豚骨醤油を完璧な状態で食べることは叶わなかった。ゆでる時間が2分違うだけなのに、うまく作ることができない。


 私はこう思った。いや、こう思うしかなかった。『豚骨醤油は呪われている』と。

 


この本の内容は以上です。


読者登録

nazumi777さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について