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レズビアンの白肌1

 何度となく食事に行った仲ではあったものの、相沢健とは特別な関係というわけではなかった。

 友達と言うほど仲はよくないし、知り合いと言うにはよそよそしい、微妙な距離を保っていた。

 小川名悠里は普段から男装に近い格好をしていて、付き合う相手のほとんどが女性で、男性は成人してから一度しか付き合ったことがなかった。

 社会人になったと言っても農業関係の仕事だったから、オフィス勤めのように綺麗に着飾ることも化粧をすることもなく過ごしていたが、肌は日に焼けてもすぐに白くなる体質で夏を過ぎ秋半ばになると既に日焼けは消えていた。

 ちょうど秋も深まりイチョウの葉が落ちて土を黄色く染め始めた頃、六歳年上の相沢から食事の誘いがあった。一人で食べるのは寂しいから付き合って欲しいとの誘いだし、悠里としても相沢が他の女性を誘うためのリサーチとして使われているのがわかっていたから、安心してついていった。

 しかし、その日に限って随分と遠くにまで車を走らせる。いつもは街の中だったからすぐに着いたので悠里にとっては遠く感じたのだ。

 山の上まで来たところで小さなホテルに着き、こじんまりとしたレストランへ案内された。市街の夜景が砂を散らせたように月の下で輝いている。悠里は「いつか僕も彼女を連れてこんな場所へ来たいな」と思うほどだった。

 料理はフレンチと和食が合わさったような美しい見た目と、味付けのしっかりした料理ばかりで今まで悠里が食べたことがないほど美味しいものだった。

「これ、合格。めちゃくちゃ美味い。誰誘うんだか知らないけど、ここは来て損しないよ」

「それはよかった」

 相沢は優しい微笑を浮かべた。

 悠里は正直苦手なところがあった。年上という理由ではなく、どこか見透かされているような感触がいつもして、居心地が悪い。間の悪さを補うために自然と饒舌になり、喋らなくていいことまで喋ってしまう。いつものリズムと合わないだけかもしれないが、何故か相沢との間が気まずい。ちょうど今付き合っている女と、つまらないことで喧嘩をしたばかりで五日ばかり連絡を取り合っていないことも暴露してしまいそうになったが踏みとどまった。

 悠里も沈黙に耐えるためにタバコに火をつけ、落ち着かせようとゆっくり吸うことにした。

「チョコレートの香りか。今日は落ち着きがないが、タバコを変えたのは喧嘩でもしたからなのか?」

「え? な、なんでそう思ったの?」

「どことなく何かを思い出して苛立っているようだったから」

 相沢の神経細やかなことが一種の恐怖だった。このように喋ってもいないことまで見抜いてくる。嫌な気分だ、と悠里は感じていた。


レズビアンの白肌2

 だがふと冷静になって相沢のことを見ていると、自分と同じようにスパークリングワインを飲んでいることに気がついたため、帰るつもりあるのかな? と疑問に思った。

 悠里の体をスパークリングワインの余韻が駆け巡る。よい酒は気持ちよく人を酔わせていく。悠里はだんだんと酔っ払い、嫌だと感じる相沢のきめ細やかさも気にならなくなってきた。

 実際、何度も食事に誘われているが一度として悠里は悪酔いしたことがなかったし、男女の絡みもなかった。食事でおしまい。相沢から、それ以上誘ってくることなどなかったし、悠里もその気がないから、いつも食事が終わったら解散だった。

 しかし今日は遠い。飲んだ時は代行タクシーを使っているが、今日も同じだろうか。

 浮かんでは酔いで消える悠里の疑問は、タバコを吸っている際にタバコ嫌いの彼女に吐かれた猛烈な嫌味を思い出したことで掻き消され、思わずぐっとグラスの酒を飲み干してしまった。

 これがいけなかった。少しずつ飲めばほろ酔いを保てたものを、いきなり飲むものだから急にアルコールが回ってくる。特にスパークリングタイプは既に飲んだ分の発泡が後追いでくるため、デザートを食べ終わった頃にはふらふらになってしまった。

 相沢に抱えられながら「お前酒強いよね。あんたみたいに強くなれたらいいなって」とぼんやり口走ったが「すぐに酔える方がいいと思うことが沢山ある」と聞こえたような気がした。

 部屋に連れ込まれ、放り込まれるようにベッドに寝かされた。傍には水入りのコップを用意してくれる。

「僕、さめたら帰らないと」

「いいよ。二人分部屋とってあるから」

「計画的犯行?」

「別に。いつも万が一の時のために備えているだけだよ」

「僕とセックスしたいの?」

「したいと思うことはあるけど、する気のない人とやっても面白くない」

 面白くないとはどういうことだろう。悠里は体を起こし水を一気飲みすると、まだくらむ体を横にした。ダブルベッドではなくツインタイプの部屋だから密着して寝ることもないだろうと考えた。その点では相沢を信用している。

 悠里はいつの間にか浅い眠りにつき目を覚ますと、ちょうど風呂上りの相沢がタオル片手に全裸で目の前を歩いていた。

 少しだるめの声で「あんた隠すとか、恥ずかしいとかないの?」と言うと「なんだ、起きてたのか。別に男には興味ないんだろ?」と返される。

「いや、そうだけどさ……」

  悠里の視線は相沢の胸元へと行く。ほどよく引き締まった胸。股間にも目をやるとペニスが見える。だらんとやる気なく垂れている。


レズビアンの白肌3

 相沢は悠里を気にすることなくタオルで頭を拭き、傍のテーブルに置いてある炭酸水を飲んでいる。

「なんか着ろよ」

「気になるのか」

「そういう問題じゃないじゃん」

 悠里は後悔しはじめていた。男のものを現実で見せ付けられたのは以前に一回だけ。同じように酔った日で、何かの弾みでホテルに入ることになった。その時相手のは天井まで伸びていくんじゃないかというほど勃起していたが、肝心のセックスは、ただ荒々しくされるだけで何も感じず、中に出さないでと言ったのにも関わらず中出しされた。その時の忌々しい記憶が少しだけ甦ったのだ。チラチラと相沢を見ながらも、どうしてこんなことになっているのか、頭の中がこんがらがってくるようで辛かった。

「ねえ、お前は僕としたいとは思ったことないの?」

 悠里は女性として見られるのも嫌悪感があったが、逆にここまで反応がないのも癪に障る。女には確かにもてるが、男にもしょっちゅうナンパされる。そんな男を片っ端から断ってやるのも一つの快感だった。「猿ども。ざまみろ」とさえ思うこともあった。しかし無反応過ぎるのも女性とか男性であるとか以前に何かコケにされているようにも感じた。

「やりたくない女は興味はない。どこかで嫌だと思ってやるのと、望んでやるのとでは女はイキ方が違うんだよ」

 相沢の言葉は悠里にとってピンとこない。

「へぇ?」

 悠里は気のない返事をしたが、ふと思い返してみた。ほとんどが受身の女ばかりで、こちらが攻めることばかりだった。ペニスバンドで相手を突き立てたり、指で責めたてたり、互いのヴァギナをこすり合わせたり、舐めさせたり。支配欲が強いせいか、相手が言いなりになるまでが攻めがいがある気が悠里にはしていた。当然セックス中は逝かないわけではないが、逝き方の違いに差があったことなど一度もない。

「どう違うんだよ?」

「どうって言われても、長くずっとイッてる感じかな。人によって違うから、こうとは言えないな」

 悠里は逝ってもなお攻め続けることを言っているのかと思った。違うような気もした。相沢のセックスに興味が湧く。

「お前、一体どんなセックスしてきたんだよ?」

「そんなの聞いてどうするんだ?」

「こ、今後の参考にする……」

 そこからは相沢と悠里が交互にセックスの経験談を話すことになった。

 人に話すようなセックスだから普通の話だと面白くないと感じたのか、相沢の話は奇抜なものばかりだった。


レズビアンの白肌4

 木に後ろ手に手錠をし、電池が切れるまでバイブを入れている間フェラチオをさせ、最後にはじらしながらゆっくりと攻めて「逝かせて欲しい」と泣いて言うまで続けたとか、フィルムコーティング状にされた媚薬を秘部に入れて、時間差で媚薬が効くようにしたと言い、実はただのフィルムコーティング状の何も入っていない粒を入れて女の崩れ具合をつぶさに観察しながら、デートをし、ことあるごとに言葉責めをして最後には乱れた女が発狂するぐらい求めてきたとか、習字用の筆を数本用意して目隠しをして全身を撫で回して体が敏感になるまでやったとかだった。

 一方悠里はと言うと、ほとんどが俺様気質で、こうしろああしろ等、男っぽいぶっきらぼうな口調で相手を責めたり命令したり、それ以外は特に奇抜な事はなかった。

 まるで変わったセックス発表会のような流れになっているから悠里は話をすること自体ためらいがあったし、相沢の顔色を伺うように話していたものだから、今まで接してきた強気の態度とは一変、借りてきた猫のようにおどおどしていた。

「そんなかわいらしい一面があるんだな」

「か、かわいらしいってなんだよ!」

 女性らしいとか、かわいい、などの言葉は気を張っている悠里としては嬉しくない言葉だった。

「一応、普通の話をしても普通だみたいなこと言われても参考にならないと思って少し趣向の凝ったものを喋ってみたが、何か参考になったかい?」

 話をはぐらかされたようでムッとしたままだったが悠里は「い、一応……」と消え入るような声で返事をした。

「なんだ。新婚セックスレスの夫婦みたいに気のない返事だな」

「し、知ってんのかよ」

「例えだよ。例え」

「あ、ああ」

 悠里は今相方と喧嘩をして仲が悪いことがばれているのではないかと一瞬心臓が音を立てたが、自分の勘違いだとしって何故かほっとした。

「どうした? 別れたのか。それとも喧嘩中か何かか」

「べ、別にそうじゃねぇよ!」

 声を荒げるのを見て相沢が突然両手首を掴んでのしかかってきた。悠里が一切抵抗できないくらい力が強いことに驚きながらも背筋がぞくっとするものがあった。

「嘘がつけない性格のようだな」

「お前、裸でのしかかってくるなよ。お前のが僕の服についてんだろうが。僕はお前の裸なんか見たくねぇんだよ」

 話を逸らそうとするが、相沢はその手にはのらない。相沢が見つめてくるので悠里は目が合わないように顔を背けるのが精一杯だったし、実際全裸でのしかかられていることが一つの恐怖でもあった。セックスの話をしている時は気にもならなかったのに、意識し始めると凶器を突きつけられているような感覚になる。


レズビアンの白肌5

「どいてよ……お前裸じゃん……」

 涙目で相沢を見つめた時、目が合った。それきり、目を逸らせなくなり、初めて相沢の瞳が怖いと思った。何故なら、自分が知りたくもない心の奥底を見透かされているような、ある意味金縛りにあったかのような恐怖感が全身を支配し始めていたからだった。

 相沢は悠里の手首を掴んだまま、ぐっと外側へと広げていく。

 ピンと腕が伸びきると余計に相沢と密着していくが、手首がしっかりと拘束され、腕が伸びきると悠里は「あっ」と自分でもあまり出したことのない妙な声を上げたのだった。

「やっぱり」

 相沢がふっと笑い、優しい笑顔になる。

 金縛りが解けたように悠里は抵抗しだす。

「な、何がやっぱりなんだよ。放せよ」

「お前マゾっ気があるよ」

「えっ……?」

 生まれて一度として言われたことのないセリフだった。馬鹿馬鹿しい。小学校中学校だって男勝りのような感じで通っていたし、高校はダントツで女の子からのラブレターが毎日のように下駄箱に入っていたり直接告白されたりした。今までからは正反対の言葉。驚きを通り越して、頭が真っ白になった。

「よし、ちょっと試してみるか」

 相沢が悠里から離れる。

「え? 何を?」

「ちょっと手を軽く縛られてみないか?」

「え? 何言ってんの?」

「試しだよ。試し。嫌だったらすぐ止めてやるよ。ただし、嘘はつかないようにな」

 興味はあった。時間と余裕をくれたおかげで悠里の中に「相沢の期待を裏切られたらどんなにいいことだろう」と、いたずら心が湧いた。

「いいよ。本当に僕が嫌って言ったら止めてくれるんでしょ?」

「もちろん。これからもリサーチ付き合って欲しいし」

 取引が成立するや否や、相沢は「確か今日は……」と言って椅子にかけてあった上着のポケットをまさぐって布ガムテープを取り出してきた。

「な、なんでお前、そんなもの」

「今日ちょっとダンボール詰めの作業があったんだよ。珍しく。仕事場からそのまま持ってきていたの思い出したんだよ」

 相沢が片頬を上げながら嬉しそうに悠里の手を後ろ手に縛る。

「なんだよ。こんなもん……」

 と、悠里が鼻で笑おうとしたところ、ぐいっと手を上に上げられ「ああっ」と声を上げてしまった。



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