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避けれるか、バカ

「ったくもう、委員長はどこ行ったわけ?」

 イライラした口調で、教室で一緒に作業している同じ学祭委員の仲間たちに訊く。誰にってわけでもない。

「さあ、いつの間にか消えてました」

 後輩の女子が答えてくれる。

「あのバカは、どこ行ったのよ」

 ずれたメガネの位置を戻す。

 学校祭まであと二週間。それなのに、まだまだ問題は山積みだし、未決定のものも多い。

 そのうちの一つが、あたしが担当している講堂のタイムテーブルだ。がしゃがしゃと頭をかきながら、このイライラのぶつけ先を探す。

 他のみんなも、てんやわんやといった感じだ。

 なのに――どうして、あいつ(委員長)はいないんだ。

「よっ! 助っ人連れてきたぜ」

 教室のドアが開いて、陽気でのんきでお気楽な委員長が戻ってきた。

「おい、なにしてたんだ、この忙しい時に……」

「まぁまぁ、怒らない怒らない。ね、(こと)ちゃん」

 どうどう、と動物でも相手にするようにされると、イライラ度マックスだ。

「忙しいのはわかってるよ。だから、こうして助っ人を連れてきたんじゃないか」

 そう言われてみれば、委員長の後ろに誰かいる。

「うわっ、若月(わかつき)先輩だ」

 同じ委員の女子が言う。知り合いか……と思ったけど、あたしもその名前には聞き覚えがある。誰だっけ? イケメンだ。

「というわけで、正史(ただし)に手伝ってもらう事にした」

「なんで、俺がこんな事しなきゃいけないんだよ。委員じゃないんですけど」

「いいだろ暇だし。それに、この前の勝負、お前負けたよな」

「……わぁったよ。手伝ってやんよ」

「そういうわけで、お前にはこれを頼む」

 と、委員長は学校祭のパンフレットを渡した。パンフレットといっても、ただ印刷しただけだし、まだ綴じていない。

「おいおい、これはないだろ」

「単純作業だから、誰にでもできる。だから、助っ人向きなんだよ」

 正論だ。委員長はそれだけ言って、自分の作業を始めた。もうイケメンの反論を聞く気はないらしい。

「あぁ、思い出した」

 思わず大きな声を出してしまい、みんながあたしを見る。

「あ、ごめんなさい。なんでもないから、作業を続けて」

 ふぅ~、と大きなため息を吐く。

 若月正史ってどこかで聞いた事があると思ったら、女子の間で有名なタラシ(正史)だ。ちょっとカッコいいからって、先輩後輩関係なく、声をかけたりかけられたり……まあ、そういうヤツだ。

 ぶっちゃけ、あたしとは無縁の存在なので、今の今まで忘れていたわけだ。

 そんなタラシが、委員の手伝いとは……しかも、女子に言われてじゃなくてってのが不思議だ。

「よし、これでいいだろ」

 タラシがどさっと冊子を委員長の前に置く。

 まさか、もう終わったの?

「お前、マジか……。どんなスペックしてんだよ」

「これでいいだろ。じゃあ、そういう事で――」

「じゃあ、次は高村(たかむら)琴のサポートを頼むな」

 帰ろうとしたタラシを引き留める。そのタラシは、イヤそうな顔で委員長を見る。

「もういいだろ」

「まだまだ仕事はあるんだよ。つうこって、琴の仕事を手伝ってやってくれ」

 タラシは、はいはいと雑な返事をして、あたしの所にやってきた。

「まあ、そういうわけなんだけど、なにすればいいわけ?」

 いきなりの展開で、あたしだってどうすりゃいいのかわからない。そりゃ助かるけどさ。

 なにかヘルプを――と委員長を見ても、委員長は自分の仕事をしていて気にもしていない。

 ちくしょう。

「っ!」

 どうしようかと顔を上げると、タラシの顔が近くにあった。

「へぇ~、講堂のタイムテーブルね。つうか、なんだこれ。明らかにキャパオーバーだろ」

 タラシが広げている申請書類を見て驚く。

 そうなのだ。受付の係が、なんでもかんでも受けちゃって、しかも承認しちゃったものだから、おさまりきらなくなっているわけだ。

 演劇をしたいとか、漫才をしたいとか、ファッションショーをしたいとか、ライブをしたいとか、そういう部活動もあれば有志もある。基本は部活動の申請が優先だから、それは確定枠だ。

 それ以外の時間が、有志が使用できるわけだけど、その時間以上に承認しちゃってるわけだ。

 で、その事後処理があたしに回ってきた……と。

「これ、正気か? 全部やるとしても、せいぜい五分が限度だろ。へたすりゃ一分だぞ、これ」

「しょうがないでしょ。承認しちゃってるわけだし。今から断るってのもどうかと思わない?」

「まあ、そうだな。今から無理なんて、正直ありえねぇ」

 そんな事をいいながら、タラシは申請用紙をいくつかに分けている。

「ねぇ、なにしてるの?」

「ジャンル分け。演劇とかライブとか、ごっちゃになってたらわかりにくいだろ」

 そうかもしれないけど、分けてどうなるんだ?

「っていうかさ、なんだよこの有志のバンドの数。多すぎだろ」

 そうなんだよね。軽音楽部がないうちの学校で、こんなにバンドが存在するなんて思ってもいなかった。

「なんとか分散できたら……って、屋上使えるか?」

「屋上?」

 唐突になにを言い出すんだ?

「どうなんだよ」

「……まあ、事前に言っておけば、許可されると思うけど……でも、なにするわけ?」

「使えるんだな。で、他に誰も使いそうもない所は?」

「えっと……」

 あたしは慌てて見取り図を探す。予定されている屋台なんかが書かれている。

「へぇ、わりと使えそうな場所があるな」

 タラシはそれを見て頷いている。なに考えてるんだ?

「よし、それじゃ行くか」

 タラシがあたしの腕を掴む。

「えっ? ちょっと、なに? どこ行くわけ?」

「この有志バンドのとこだよ」

 ほれ行くぞ、とあたしの腕を引っ張る。

「ちょっと、ちゃんと説明しなさいよ」

「いいから立てよ」

 無理矢理立たされ、壁に押しつけられる。

「あとでちゃんと説明してやるからよ」

 そう言って、あたしのメガネを外す。

「…………メガネ女子がメガネを外すと美少女ってのは、やっぱフィクションなんだな」

 そんな事を言って、メガネを渡される。

「えっ? ちょ、ちょっと……なによ、それ」

 あまりの事にパニクったけど、すっごい失礼な事を言われたよね、今。

「ぶつくさ言ってないで、ほれ行くぞ」

 タラシが教室を出ていくので、慌てて追いかける。

 

 結局、タラシは練習中だった有志バンド全ての所に行って、色々と話を聞いていた。

 他にも有志での講堂使用申請者の所にも話を聞きに行った。

「じゃあ、今晩ちょっと考えてみっから、また明日な」

 それだけ話を聞いていると、さすがに日も暮れてきたので、今日はそのまま解散となった。

 あいつ、いったいなに考えてるの?

 

 翌日の放課後、タラシはとんでもない事を言い出した。

「これが俺のプランだ! これなら、全員が参加できるだろ」

「まあ、そうかもしれないけど……」

 タラシが提出した計画は、確かに申請者全員が参加できる。だけど、よくもまあ、こんなバカげた事を思いついたものだ。

「お前、メチャクチャだぞ、これ」

 委員長も呆れている。

「だけど、これが実現できなきゃ、どうにもならないだろ」

「これの代替案は難しそうだけどな、いくらなんでも……」

「だからこそ成功させるんじゃねぇかよ。どうだ、やってみねぇか」

「…………ったく、やってやるか。お前を引きずり込んだのは、失敗だったかもな」

「俺が救世主になってやんよ」

 そんなこんなで、タラシの計画が採用される事となった。

「じゃあ、お前らはそういう方向で準備しといてくれよ」

 そう言って、教室を出て行こうとする。

「おい、どこ行くつもりだ」

「説明しなきゃなんねぇだろ。つうこって、こいつ借りてくぞ」

 あたしは腕を引っ張られる。

「ちょっと、なにすんのよ」

 抵抗しても無駄だった。

 タラシは、昨日みたいに全員の所に行き、代表者を空き教室に召集した。

 そして、全員が集まってから、今回の事を説明する。

 話を聞いた参加者は、さすがに最初は驚いていたものの、面白そうだと乗り気になっていた。

 

 

 そして学校祭当日、準備は順調だった。講堂のタイムテーブルは余裕ができて、演劇部からは感謝されたくらいだ。

「さて、本番だぞ。ぜってぇ成功させるぞ」

「そうね。ここまでやったんだから、成功させるわよ」

「そういうわけだ。みんなはそれぞれの持ち場を頼む。で、琴と正史は屋上と有志ライブを任せるぞ」

「了解だ」

 タラシが勢いよく返事をする。委員でもないのに……。結構助かったかも。

「じゃあ、俺たちの準備を始めるぞ」

 タラシはあたしの腕を引いて走り出した。

 

 タラシが考えたのは、学校中をライブ会場にする事だった。

 出店のないいくつかの空いた場所で、リレー形式でライブをしていく。そして、最後は屋上に集まって演奏する――そんな計画だった。

 参加者には口止めしてあるので、他の生徒たちは知らないはずだ。サプライズっていうか、ゲリラ行為だと思うんだけど、そういうのを含めて成功させたかった。

 参加する有志は、それぞれの場所でセッティングを始めている。サプライズを成功させるために、わざわざ学校にテントを借りて、見えないようにしての作業だ。

「すっげぇワクワクするな」

「そうね」

 正直、あたしもワクワクしていた。本当に成功するか不安だけど、成功するって信じなきゃね。

 学校祭開催の放送が流れる。委員長の声だ。それを合図に、生徒はもちろん一般の人たちも入ってくる。あたしたちはそんな中、準備を続けている。タラシは携帯で他のテントと連絡をとりあっていた。

「よし、だいたいセッティング完了みたいだ」

「了解。あとは屋上ね。見てくるわ」

 そう言って屋上に向かう。背中からは、頼んだ、という声が聞こえる。

 屋上では、ラストの演奏が行われる。他のテントのゲリラライブとは違い準備が大変だ。もっとも、舞台のセッティングなんかは、前日から行っていた。誰も屋上には来ないので、その辺はバレる心配なし。

「準備はどう?」

「もうちょっとで完成。音なしだけど、最終リハーサルはしたいかな。立ち位置のチェックがあるからね」

 有志の代表をしてくれている女子が答える。

「無理言ってごめん」

 サプライズなので、音を出すわけにはいかない。なので、音合わせは別教室でしてもらっている。

「こっちこそ。まさか、こんなすごいの企画するなんて。講堂なんかより、メモリアルだよね」

「よかった。絶対成功させようね」

「もちろん。こっちは任せてよ。なにかあったら連絡するから」

「うん」

 準備は順調のようだ。あたしは、タラシの所に戻る。

「屋上はどうだった?」

「問題なし。音なしでリハーサルするって」

「そうだよな。さすがに鳴らせないよな。じゃあ、時間通りでなんとかなりそうだな」

「そうね」

 十二時にリレーがスタートする。あと二時間くらいだ。

「それまで、他の出し物見て回ろうぜ」

「えっ? でも……」

 準備が終わってないのに、そんなのできるわけない。

「いいじゃんか。俺たちだって生徒だぜ。楽しんだっていいだろ。それに、委員だって楽しまないと。むしろ、運営側が楽しまないと」

 そんな風な理論を並べられて、あたしは腕を引かれて連れて行かれる。

 

「おっ、うまそうだな」

「正史じゃん。食べてくか。ほれ」

「おっ、タダか?」

「しょうがねぇな。世話になったからな」

「あっ、若月先輩だ。食べていってください」

「でもな……」

「私たちからのプレゼントです」

 ――なんて具合に、色々なものを手に入れたタラシは、食うか? とあたしにも渡してくれる。

「あんたがもらったんでしょ」

「別にいいじゃんか。こんなに食えないし。無駄にするのは悪いだろ」

 そんな風に言われて、仕方なく受け取る。

「無駄にしたくないだけだからね」

「はいはい」

 たこ焼きをぱくり。おいしい。

 

 そんな屋台巡りをしていると時間になる。

「そろそろ最初の演奏ね」

「そうだな」

 あたしたちは最初のテントに向かう。最初は校門近くのエントランスだ。

 中に入ると、緊張したメンバーが準備をしていた。

「調子はどうだ? トップバッターで全部決まるからな」

「お前、プレッシャーかけるなよな。普通、リラックスさせるだろ」

「というわけで、もうすぐだぞ」

 お前な……と恨めしそうな声を聞きながら、あたしたちはテントを開放する準備をする。

 

 そして――

 

「時間だ」

 あたしたちはテントの幕を開ける。

 それと同時に演奏が始まる。

 突然の演奏に、なんだなんだと騒ぎになる。徐々に人が集まってくる。

 タラシは次のテントに向かった。あたしはここで、なにも起こらないか確認だ。

 結構大勢の人が集まってきた。

 演奏のテンションは徐々に上がっていき、準備していた曲の演奏が終わる頃には、人だかりができていた。

「さぁ、リレーライブの始まりだ! 次のステージは――」

 マイクで叫ぶと、どこかから演奏が聞こえてくる。次のステージはグラウンドだ。

 集まっていた人たちが、音に導かれるように移動していく。

「お疲れ様」

 バントメンバーに声をかける。

「楽しかった……。あとは屋上だな」

「お願いね」

 まだこれで終わりじゃない。屋上で、みんな集まっての演奏がある。

 テントは幕を下ろして、必要な機材を屋上に運ぶ。あたしは、その次のテントに向かう。

 そんな調子で、リレーライブは混乱もなく進行していった。

 

 いくつかのステージが終わり、終盤にさしかかった。

 次のステージは中庭だ。これが終われば次は屋上だ。

「よう、大成功だな」

「まだ終わってないわ」

「そうでした。でも、この調子なら……」

 そんな油断は禁物だった。ポツポツと雨が降り出した。

「そんな……」

 ライブは屋外だ。雨が降ったらどうしようもない。

「くっそ」

 こればっかりはどうしようもない。

 雨はすぐにどしゃ降りになる。

「どうしよう……」

「しょうがないだろ。通り雨っぽいから、とにかく時間を稼ぐぞ」

 そう言うと、タラシはテントの中にあった黒い鞄からなにかを取り出す。

「えっ?」

 驚くあたしをよそに、タラシはそれを吹き始めた。

 軽快な音が周囲に響く。

 あいつ、サックスなんて吹けたんだ。

 その音は、雨宿りをしている人たちにも届く。

 願いが天に届いたのか、雨があがっていく。虹が空に架かる。

「やった……」

 これで続けられる。

「お前は屋上に行け。大丈夫か確認しろ」

 タラシは演奏を終え、あたしに指示する。

「どういう……」

「いいから行けって」

 よくわからないけど、とにかく屋上に急ぐ。

 中庭からは、予定されていたバンドの演奏が始まっていた。

 

「…………嘘でしょ」

 屋上に着くとぺたんと崩れる。

 さっきの雨で、ステージが壊れていた。ステージの飾りが落ちている。

「くそっ、音が出ない」

 誰も来ないからテントで隠す事がなかったので、全部雨に濡れてしまっている。楽器のほとんどは、雨のせいで音が出ないらしい。雨が降り始めた時に避難はしたけど、どうしても無理だった楽器もあったようだ。

「使える楽器を集めて」

 有志代表が指示している。

「あの……」

「あ、高村さん。さっきの雨のせいでこんな事になっちゃった」

 彼女はつとめて明るく言う。

 こんな状況で、ステージなんかできるのかな。

「とにかく、できるだけの事はするから、ちょっと時間をちょうだい」

「えっ……うん」

 あたしは急いで中庭に戻った。

 

「どうだった?」

 そう訊かれて、屋上の状況を報告する。

「やっぱりか。俺たちにできるのは、時間稼ぎだな。この順番にしておいてよかったぜ」

 そう言うと、バンドメンバーになにかを伝える。

「どうしたの?」

「演奏時間を長くしてもらった。こいつら、他のバンドよりも、持ち曲が多いんだよ。だから、なにかあった時の時間調整がしやすいんだよな」

 すごい。そんな事まで考えてたなんて。

「こっちは任せろ。お前は、屋上に行ってくれ」

「うん」

 もう一度屋上に戻る。

 屋上は、なんとかなりそうになっていた。さすがに飾りはぐちゃぐちゃになっちゃったけど、楽器はなんとか集まったらしい。

「あと五分でスタンバイして」

 みんなはスタンバイを始める。

「時間を稼いでくれたからなんとかなるよ。そういうわけだから、一〇分後くらいにするから」

「わかった」

 あたしはそれをタラシに連絡する。あいつなら、いい具合にしてくれるだろう。

 

「さあ、ラストステージは屋上だ!」

 タラシが叫ぶ。こっちは準備OKだ。

 それぞれがアドリブで音を出し始める。

 それからしばらくして、屋上に人が集まってきた。

 舞台の飾りはなくなってしまったけど、ラストステージの始まりだ。

 

 ラストは、ファッションショーとライブの融合だ。途中でファッションショーが行われる。

 集まった人たちは盛り上がってくれている。

 

「これで成功だろ」

「まだ終わってないけどね」

 あたしとタラシは、隅っこでそれを見ていた。あたしたちの仕事は、とりあえず終わりだ。

「俺のお蔭だな」

 バシャンとタラシがあたしを屋上のフェンスに押しつける。

「ちょっと、なに?」

 タラシが顔を近付けてくる。

「避けてもいいんだぜ」

 なっ。

「可愛くないけどいいわけ?」

 あの時の事は忘れてないぞ。

「頑張ってる時は、ギリ合格かな」

 くそ……。こいつ、やっぱタラシだ。こんな風に言われて、避けれるか。

 タラシが顔を近付けてきて、唇が重なる。

 

 素敵な学校祭になった。

 

 

 その頃、講堂では――

 

「ほとんど観客がいねぇじゃねぇか」

 演劇部が空席だらけの講堂を見て嘆いていた。

 

 

 

Fino.

 

 


奥付



避けれるか、バカ


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著者 : 芳田尚哉
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