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物語の中の先

「これ読んでみろよ」

 

 久しぶりに会った小学校時代のクラスメイトから、一冊の本を渡された。

 卒業以来会っていなかったので懐かしく、テンションが上がっていたのもあり、普段は本を読まないくせに受け取っていた。

「おう、ありがとう」

「それ、俺はもういらないから、ゆっくり読めよ」

 じゃあな、と言って去っていく。

 まあ、暇つぶしにはなるだろう。くれるって言うし、ゆっくり読めばいいだろう。

 ぱらぱらとめくると、文字だけだった。

「ちょっときついかも」

 本といえばマンガでしょ。文字だけなんて信じられない。こりゃ下手に借りなくてよかったかも。速攻で返すか、借りたままになっていたところだ。

 

 そんなこんなで借りた本だったが、とりあえず読んでみようと思い、ベッドに転がって読み始める。

 どうやら電車で旅行でもしているらしい。そういう場面からだった。

「女の一人旅? あいつ、どうしてこんなのをすすめるんだ?」

 小学校以来というのもあるけど、あいつの趣味がよくわからない。そもそもこの話が、どういうジャンルのものかわからない。

 最初は電車の中の話で、特にこれといってないのだが、つい読んでしまう。

 あれ? 俺ってこんなだっけ?

 面白いから次を読みたいというわけじゃない。だけど、どうしても読んでしまう。

 いやいや、俺はこんな読書野郎じゃないって。そのはずなのに止まらない。

 物語の中では、女が電車を降りて、目的の場所を探していた。どうやら場所がわからないらしい。

「確か実家じゃなかったか? なんでわからないんだ?」

 そんな疑問を感じたところで、読むのを中断する。

 ふぁぁぁ~、と大きなあくびが出る。

 普段本を読まない俺が、これだけでも読んだのは奇跡だ。

 ベッドで読んでいたせいか、ものすごい眠気が襲ってくる。うとうととして、すぐに眠ってしまった。

 

 

 目の前には、見渡す限りの自然が広がっている。畑なのかただの原っぱかわからないけど、とにかく建物が見あたらない。

 遠くには山が見える。

 電信柱が唯一の人工物じゃないかと思える。だって、地面もアスファルトじゃない。今時、剥き出しの地面を見る事なんかない。

「つうか、ここどこだよ」

 ぐるりと一回転すると、後ろに建物があった。

「なんだ、ここ?」

 その建物の屋根に、文字が書かれていた。

「なんとか駅?」

 文字が消えかかっていてほとんど読めないけど、そこが駅だという事はわかった。しかし、不思議と線路がない。

「どうなってんだ?」

 しかも、周囲には誰もいない。

「なんだか、どこかで見た事がある気がするんだよな……」

 だけど、田舎があるわけじゃないし、林間学校でこんな場所に来た事はないはずだ。

 じゃあ、どこで……。

「そうか、あの本だ」

 さっきまで読んでいた本に、こんな景色が書いてあった気がする。

「まさか、本の中……なわけないか」

 そんなファンタジーっていうか、非常識な事があるはずない。

「とにかく、ここにいてもしょうがないのか」

 駅とはいっても誰もいない。駅員さえいないし。

 改札は自動改札じゃなくて、誰でも自由に通れる感じだ。っていうか、切符はどこで買うんだろう? 販売機すらないぞ。

 時刻表は……見ると、二時間に一本くらいしかないし。

 ここ、本当に日本か? そう思ってしまう光景が広がっている。

「つうか、誰もいないし、どうすりゃいいんだよ」

 そもそも、どうやってここに来たんだ?

 確か部屋で本を読んでいて……眠ってしまったはずだ。

「って事は、夢か?」

 そう考えるのが妥当だな。

「ゲームしてたら、夢の中でもゲームしてたりするしな」

 久しぶりに本なんか読んだから、そういう夢を見てしまってるんだ。

「っていうか、夢の中で夢だってわかるのって変な感じだな」

 夢の中だとわかれば、なにをしても起きればベッドの上だ。だったら、せっかくだし色々見てみるのもありだろう。どうせ夢だし。

 起きれば問題なくなるので、とりあえず歩いてみる事にした。このまま無人の駅にいてもしょうがない。

「まだこの続きは読んでないんだよな……」

 なので、どう進めばいいのかわからない。でも、それは攻略本なしにゲームをしているようなもので、それはいたって普通なのかもしれないが、なんのヒントもなしにフィールド系のゲームはなかなかに困難だ。なにせ、目的すらわからない。

「でもあの話の通りにすればいいとしたら、あの女の家に行けばいいのか。……って、それがどこかわかんねぇよ」

 その女ですら迷ってたのに、俺が知ってるわけがねぇ。

 誰かに訊こうにも人がいない。

「どうすりゃいいんだよ」

 

〝「どうしたんだい?」

 途方に暮れていると、ほっかむりをしたおばあさんが話しかけてきた。〟

 

「なんだ?」

 頭の中に文字が浮かんだ。

「どうかしちまったのか?」

 近くには誰もいない。

 

〝「そうかいそうかい。ついておいで」

 どうやら案内してくれるらしい。遠慮なくお願いする。〟

 

「なんだ? まただ」

 また文字が浮かんできた。

「えっ?」

 今度は文字だけじゃなかった。目の前に影が浮かんだ。その影は老婆の姿に見えた。

 その影がゆっくりと動き出す。

「もしかして、案内してくれるのか?」

 影だけが動いているという不気味さはなく、どうせ夢だからとしか思わなかった。

「ついていくか」

 どうせ夢だし、目が覚めれば関係ない。そう思って、影についていく事にした。

 

 影はゆっくりと歩いていく。両側にたんぼが広がる道や、山の中としか思えないような道を歩いていく。

 都会とはまるで違い、まさに別世界のようだった。

 二〇分は歩いた頃に、大きな家が見えてきた。都会暮らしからは考えられない大きさで、昔ながらの平屋の木造家屋だが、豪邸のように見えた。

 近くに建物はなにもない。周りには畑とかたんぼが広がっている。

「すっげぇ家だな」

 見上げていると、どうやらここが目的地だったらしく、老婆の影は消えていた。

「それにしても、ここでなにがあるんだ?」

 あの本の先はまだ読んでいないので、どういう展開になるのかわからない。

 そもそも、ジャンルすらわかっていない。

「もしかして、官能的な展開とか……って、あるわけないか」

 女の一人旅だったので、ちょっとだけ不倫相手がいたりとか、そういう事を考えてしまう。

「ここに入ればいいのか?」

 ゲームだったら、勝手に家に入っていくわけだけど、さすがに夢とはいえそれはマズいだろ。

 中から話声が聞こえてくるので、留守って事はないみたいだし。

 インターフォンを探すがどこにも見あたらないので、恥ずかしいけど声をかける事にした。

「すみません」

 周囲になにもなく静かなのでよく響く。

 しばらく待っていると、とたとたと誰かが走ってくる足音が聞こえた。

 

 

「んぁ?」

 眩しくて目を開ける。

「……はへ?」

 目の前には見知った天井があった。

「朝……か?」

 どうやらあの夢はあそこで終わりらしい。

「ちょっといいとこだったのに残念」

 続きが気になるところで終わってしまった。

「もう少しだけ夢の中でもよかったんだけどな」

 そう思った時、時計が目に入る。

「おわっ、遅刻じゃねぇか」

 遅刻ぎりぎりの時間だった。もうちょっとでも夢の中なら、完全にアウトだ。今でも、ダッシュしてなんとかギリギリってとこだ。

「やべっ」

 ダッシュで着替えて、鞄に荷物を詰め込んで、一気に玄関に向かう。

「いってきます」

 外に出ると、太陽の光が眩しかった。その光に一瞬だけ目がくらむ。

 その次の瞬間、目に影が入り込んだみたいな感覚に襲われる。

「なんだ」

 その影が次第にはっきりしてきて、それが文字だとわかる。

「なんだなんだ? どうなってんだ?」

 まともに歩けないどころか、立っている事もできない。

 完全にバランス感覚がなくなっていて、そのままどてんと地面に座り込んでしまう。

 

〝「おばちゃん、だれ?」

 お、おばちゃん……? まあ、未就学児からすればそうでしょうね。ちょっとヒクつく。

「大人の人はいるかな?」

 そう言うと、女の子は小首を傾げて戻っていく。

「変なおばちゃんが来たよ」

 それを聞いて、大人が外に出てくる。母と同じくらいのおばさんだった。さっきの子と親子だろうか。そっくりだ。

「あらら、どちらさま?」

 口に手を当て訊いてくる。

「私は、ここの家の……姪です」

「あらら、姪っ子さん。今はわたしたちしかいないんだけど……」

「まだ戻ってないんですか」

 母の話では、もう戻っている感じだったんだけどな……。

「どうしたの?」

 と、白い割烹着姿の女性が出てくる。

「この子、姪っ子さんなんですって」

「そうなの。じゃあ、一緒に宴会しましょう」

「そうね。それがいいわね」

 私が動揺している間に、勝手に話が決まってしまう。

 私は手を引かれ、中に連れて行かれた。〟

 

 目を閉じても、文字が流れていく。

「どうなってんだよ」

 目をこすってもなにも変わらない。

 その文字は道路いっぱいに広がっていく。

 道にびっしりと文字が見える。

「まさかまだ夢なのか?」

 そう思っても、あまりの気持ち悪さに吐きそうになる。その感覚でわかったが、どうやら夢じゃなさそうだ。

「なんだよ、これ」

 吐きそうになりながら、ゆっくりと歩き出す。

「どうなってんのかわかんねぇけど、わかるとすればあいつしかないない」

 これがあの本の続きなら、これをくれたあいつに訊けば、もしかすればなにかわかるかもしれない。

 詳しい場所はわからないけど、記憶を頼りにそこまで行く事にした。

 目に直接文字が浮かんでくる事はなくなったが、道いっぱいの文字は続いている。

 

〝全員の視線が、まさに突き刺さるように向けられていたのだ。

「ひっ」

 背筋が凍るような恐怖を感じた。

 ここにいちゃいけない。

 そんな気がして、私は慌てて荷物を掴むと、玄関に向かって走り出す。

「ちょっと、どこ行くのよ」

 女たちが追ってくる。〟

 

「俺も逃げてる気分だな」

 なんとか記憶を頼りに、あいつが住んでいたマンションを見つける。昔に来た事があってよかった。

 入り口の郵便受けに名前を見つけると、その部屋を目指す。

 建物の中に入ったせいなのか、時々文字が消える。その間だけ、気分が楽になる。

 それでも、エレベーターから出る時は、思わず倒れそうになる。

 壁に手を突きながら、その部屋まで歩いていく。

「着いた……」

 なんとかインターフォンを押す。

「はい、どちら様ですか」

 ドアを開けて、母親らしい人が出てきた。

「すみません、俺は憲明(のりあき)くんと同じ小学校だった太田(おおた)佑樹(ゆうき)といいますが、憲明くんはいますか?」

「…………憲明はいません」

 言われてから、そういえば学校だよな、と思った。

 自分だって本当は学校に行ってる時間だ。そんな時間にいるはずがない。

 だけど、そうじゃなかった。

「憲明は、先月亡くなりました」

「………………」

 亡くなった? 死んだって事か?

 一瞬、この人はなにを言ってるのかわからなかった。

「そんなはず。だって、俺は昨日――」

 そうだよ。俺があの本を渡されたのは昨日だぞ。先月死んでるのに、どうしてそんな事ができるんだよ。

 体から力が抜けて、膝から倒れる。

 鞄の中身が外に出てしまう。

「大丈夫ですか?」

 声をかけて支えてくれる。

「すみません」

「気分が悪かったら……」

 そう言った声が止まった。どうしたのかと思って見ると、その人の視線はあの本に向いていた。

 どうやら今朝、急いで荷物を詰め込んだ時に一緒に入れてしまったらしい。その本が、さっき飛び出たようだ。

「この本は……」

 その人はその本を手に取る。

 そうだよ。この本が証拠じゃないか。

「それは――」

「この本は、あの子が持っていた……。でも、あの子のものじゃないって……。いつの間にか消えていて……」

 ぶつぶつとなにか言っている。

「それは昨日、憲明くんからもらったんです」

 なんとかそれだけを伝える。

「昨日、あの子から……? そんなはずありません。あの子は……。でも、あの子も亡くなる前にこの本を持っていて……」

 ちょっと待て。憲明が死ぬ前にこの本を持っていたのか? それが今、俺のところにある。

 それって……この本を持ってたら死ぬって事か?

 そうだと思った時には遅かった。文字が目の前を覆い尽くしていく。

「うわぁぁぁっ!」

 目をかきむしる。

 それでも文字は消えない。

 目を閉じても文字が消えない。

「うわぁぁぁっ!」

 たえきれなくなって歩き回る。それがいけなかった。だけど、どうしようもできなかった。

 歩き回ったあげく、通路の手すりを乗り越えてしまう。

 そうなれば結果はわかりきっていた。

 真っ逆様に落ちていく。

 だけど、俺には文字の煩わしさしかなかった。それから解放されるなら……。

 

 

 本を持ったまま学校に向かっていた。 

 放課後のこの時間は、多くの生徒が歩いている。

 その中に、見知った顔を見つける。

「よぉ、久しぶり」

 話しかけると、向こうも気付いたらしい。

「中学以来か」

「そうだな」

「どうしたんだ?」

「いやぁ、ちょっとこの辺を歩いていてさ。そういや、お前って本、好きだったよな」

「まあ、わりと読む方だけど」

「これ、読んでみろよ。俺はもういらないから」

 

 

 

Fino.

 

 

 


奥付



物語の中の先


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著者 : 芳田尚哉
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