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少女を誘う

 あたしはラインのチェックをしながら歩いていた。

 ドンっ。

「あっ、すみません」

 誰かとぶつかってしまった。

 顔を上げると、それは若い夫婦だった。

「本当にごめんなさい」

 歩きながら、スマフォを操作していたあたしが悪い。

「本当にごめんなさい」

 あたしは何度も頭を下げる。

 しかし、その二人は特に責めるわけでもなく、ただあたしをじっと見ている。

 許してくれたのかな?

 そう思って歩きだそうとすると、

「すみません。私たちの娘を知りませんか?」

 奥さんがあたしに訊いてきた。

 その顔はとても真剣で――って、娘を捜してるなら当然か。

「ごめんなさい。見てないです」

 この人たちの娘なら、小さい子だろう。あたしは、今日はそんな女の子を見てない。

「どんな子ですか?」

 とりあえず特徴を聞いておこう。

「サクラは、桃色のカーディガンに赤いスカートで……」

 彼女は娘を思い出しながら教えてくれる。

「そうそう、長い髪を後ろでまとめてるわ。あの子、蝶のアクセサリーが好きで、大きな蝶の髪留めをつけてるの」

 そんなわかりやすそうなものを身につけてるなら、きっとわかるだろう。

「わかりました。それじゃ見つけたら……」

 連絡先を聞いておこうと思ったら、いつの間にか二人はいなくなっていた。

「どうしよう……」

 見つけてもどうしたらいいんだろう?

「まあ、見つけたら、その子に教えてあげればいっか」

「あれ? カズミじゃん。こんなとこでなにしてるの?」

 前から友人たちが歩いてきた。

「ん~、別に」

 どう説明したものか。

 そもそも、特になにをしてたわけじゃないし。

「一人で立ってるから、変だと思ったんだけど」

「そうそう。ぽつんって立ってたよね」

「さっきね、子供を捜してるって夫婦がいて……」

 一応、説明すると、へぇ~とそれだけだ。まあ、そんなもの。

 結局それから、その友人たちと一緒に、遊びに行く事にした。

 あたしは、その子がいないか気を付けていたけど、結局見つからなかった。

 きっと、あたしが見つけなくても、両親が見つけてるよね。

 

 

 それから二週間が経った頃、あたしはそんな事があったのをすっかり忘れていた。

 一人で繁華街に来ていた。目的は特になくて、なにかいいものないかなって感じ。

 ぶらぶらと歩いていると、スクランブル交差点に目がいった。

「あれ?」

 そこには、もちろん人の流れがある。

 そんな場所に、ぽつんと立っている女の子がいた。

 妙に浮いていて目立っているんだけど、誰もそんな事を気にしない。

 邪魔だな……とは思うけど、それだけの事だ。

 あたしもその一人だった。遠くから見てるだけだったけど。

 だけど、その時だけは違った。

 あたしは、その女の子から目が離せなかった。

「あの子……」

 桃色のカーディガンに赤いスカート。そして、蝶の髪留め。

 そう――いつだったか、あたしがぶつかってしまった夫婦が捜していた女の子だ。

 知らせなきゃ……とは思ったけど、あれからかなり経っている。さすがに、もうその必要はないだろう……。

「もう、大丈夫だよね」

 あれからずっと……なんて事はないだろう。

「…………あれ?」

 そんな事を考えていると、人の波の中で見失ってしまった。

「……大丈夫、だよね」

 遠くでクラクションが鳴っていた。

 

 

 そんな事も忘れてしまった頃、大きな地震があった。

 昼間の事だったので、あたしは外を歩いていた。

 パリパリとビルの窓ガラスが降ってくる。

 あちこちから叫び声が聞こえる。

 あたしも、バッグで頭をかばいながら走っていた。

 どこへ行けばいいのかわからず、とにかく走っていた。

「……あっ」

 そんな時、あの女の子を見つけてしまった。

 ずっと忘れていたはずなのに、その子を見た瞬間、あの子だってわかった。

 危ない……そう思わずにはいられなかった。

 なにしろ、その女の子は逃げる人の中、ぽつんと立っているのだ。みんな、女の子を避けるように走っている。

 一緒に逃げた方がいいのかな……。

 なんて思っていると、年輩の女性が女の子になにか話しかけて、それから一緒に走っていってしまった。

 きっと、危ないから一緒に逃げよう……とかそういう事を言ったんだろう。

「それどころじゃないって」

 その子も心配だけど、あたしはあたしでピンチだ。

 さすがにもうガラスは降ってこないけど、ここが安全かとなればそうでもない。もっとも、地震だったらどこにいても変わらないかもしれないけど。

 できるだけ頑丈そうな建物を目指す。

 みんな同じような事を考えているから、人の波に乗っていけば問題ない。

 避難したところで、あの夫婦を見つけた。

「あの……」

 声をかけながら近付いていく。

 二人はあたしをじっと見て、どうやら思い出したみたいだ。

「確か、あなた、前に……」

「あの……娘さん、あっちの方にいましたよ」

 女の子が向かった方を指す。

「そうですか。ありがとうございます」

 奥さんが頭を下げて、そっちへ向かおうとする。

「危ないですよ。落ち着いてからでも……」

 そう声をかけても、二人は聞いていなかった。

「ありがとうございました」

 もう一度お礼を言って、そのまま走っていく。

 避難しようとしている人たちと逆方向なのだが、夫婦はするすると走っていってしまう。

「やっぱり、自分の娘が心配だよね」

 そう思っていると、あの女の子がこっちにやってきた。

「あれ? すれ違ったのかな?」

 両親が向かったはずだけど、あの子は一人だ。

「ねぇ、さっきあなたのお父さんとお母さんが、あなたを迎えに行ったわよ」

 女の子の前にしゃがんで話しかける。

「えっ? お姉ちゃん、そんなはずないよ」

 どうやら会ってないみたいだ。

「でも、さっき……」

「だって、わたしのお父さんとお母さんは、もういないもん」

「えっ?」

 もういない?

「そんな事……」

 ふと顔を上げると、女の子の後ろに、両親の姿があった。

「ほら、そんな事ないでしょ。だって、ほら、後ろに……」

 彼女の後ろで、両親が笑顔で手招きしている。

「えっ?」

 女の子は振り向いて青ざめる。

「お父さんとお母さんでしょ?」

 どうして、こんなにびっくりしているのかわからない。両親に会えて嬉しいはずなんだけどな……。

 もしかして、喧嘩でもしてて気まずいのかな?

「やだぁ」

 女の子は泣きながら逃げ出した。

「ねぇ」

 あたしはどうしていいかわからず、とりあえず追いかける事にした。

「ねぇ、どうしたの?」

 なんとか追いついて訊く。

「お姉ちゃん、どうしているの?」

 女の子は、涙でぐちゃぐちゃになった顔で訊いてくる。

「えっ?」

「お父さんとお母さん、死んじゃったのに、どうしているの?」

 死んでる……?

 そんな……。

 だって、目の前に……。

「サクラ、こっちにおいで。一緒に行きましょう」

 母親が手を伸ばしてくる。

「だめっ」

 あたしは無意識に女の子を抱きしめる。

「どうして邪魔をするの。家族は一緒にいないといけないの」

 母親の手が――体をすり抜ける。

「ひっ」

 悲鳴にならない声が出る。

 同時に寒気が全身を襲う。

「この子はまだ生きてるんです。あなたたちは、もう死んでるんです。成仏して下さい」

 とにかく女の子を抱きしめたまま叫ぶ。

「お姉ちゃん、これ……」

 と、女の子があたしの腕の中でもぞもぞと動いて、なにかを見せてくる。

「なに?」

 それはお札だった。

「さっき、これをお父さんとお母さんに見せなさいって、おばちゃんがくれた」

「お父さんとお母さんにお札を……」

 もしかして。

「じゃあ、見せようっか」

 女の子は、うんと頷いた。

「よし、見せて」

 女の子を両親の方に向ける。女の子は、そのお札を両親に見せる。

 パチッという音がして、両親が少し離れる。そして、次の瞬間、紫色の光が両親を包む。

「サクラ、一緒に逝きましょう」

 母親はなおも手を伸ばしてくるが、お札のお蔭だろうか、それ以上は近付けないみたいだ。

 その間も、二人の体は光に包まれ、徐々に消えていく。

 

 やがて、二人の姿も光も消えた。

「助かった……」

 あたしは女の子を抱きしめたまま、ぺたんと座り込んだ。

 

Fino.

 


奥付



少女を誘う


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著者 : 芳田尚哉
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