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居酒屋幽霊

「飲みに行こうぜ」

 サークルのクラタ先輩に誘われたら断れない。

 この先輩は、いつも突然そんな事を言い出す。

 わたしたちオカルトサークルの他の四人は、思い立った先輩に連れられて歓楽街に向かった。もう慣れたいつもの展開だ。

 所詮は学生なので、行くのは安い居酒屋だ。行きつけの店があるわけでもなく、その時の気分で適当に選ぶという計画性のなさ。それはそれで楽しいのでいいんだけど。

 そもそも、オカルトサークルって名前だけど、誰かが不思議な体験をした事があるわけでもなく、実質は適当に喋ってるだけのサークルだ。うわぁ、改めて考えると無意味な時間だ。

 こんな無駄な時間を浪費できるのって、学生の特権だね。

「今日はここにしよう」

 どうやら店が決まったらしい。わたしたちはただついていくだけだ。

「すみません。五人なんですけど、個室空いてますか?」

 クラタ先輩が店員さんに確認する。テーブル席でもいいんだけど、個室の方が落ち着くんだよね。店内はいっぱいだ。席がなくて、店を変える事になるかも。

「すみません、今日は満席で……あっ、ひとつだけ空いてます」

 店員さんはわたしたちを二階に案内してくれる。

 案内されたのは、階段を上ってすぐの部屋だった。

 わたしたちはとりあえず生ビールを注文する。

 待っている間にメニューを見ていく。

「なあ、この部屋ってなんか変じゃないか?」

 隣に座っていたカサイが話しかけてくる。同級生の男だ。サークル仲間ってだけで、それ以上の関係はない。

「変? 別に普通じゃないの?」

 部屋を見てもなにがあるわけでもない。普通の居酒屋だ。

「いや、なんか変なんだって」

 カサイは怯えているようにも見えた。

「なに、急に。オカルト話とか、今はやめとこうよ」

 オカルトサークルなんだけど。

「いや、マジでさ。先輩はなにも感じません?」

 カサイは他の先輩たちに訊くが、反応は鈍い。

 サークルメンバーは、誰も霊感なんかない。そもそもが、オカルト話好きの集まりだ。盛り上げようと、そんな事を言う事も珍しくない。

 いつもの事だと思い、誰も気にしない。

「お待たせしました」

 店員さんがビールを持ってきて、その話題は誰もが忘れた。

 言った本人も、気のせいだと思い、乾杯に参加する。

 かんぱ~い! と盛り上がった後、次々と注文していく。

「えっと、唐揚げと、フライドポテトと、ししゃもと、枝豆と、出汁巻きと、漬け物の盛り合わせと…………」

 と、テーブルがいっぱいになるほど、乗り切るのかというほど、とりあえず注文する。

 どのみち食べるので問題なし。わたしたちは飲むけど、食べるのだ。

 いつものように、誰かが仕入れてきた怪談話や、合コンに参加したけどどうだったか……なんていう、ありきたりの話題で盛り上がっていると、次々に注文した料理が運ばれてくる。

 それらをつまみながら、グビグビとビールを飲み干していく。

「お姉さん、お代わり」

「あと、これとこれも」

 と、メニューを指しながら注文していく。

「そういえば、あそこのトンネルですけど、やっぱ出るのかなって、行ってみたんですよ」

 キノシタ先輩が話し始める。幽霊が出ると有名な、割と地元に近いトンネルだ。

「で、どうだった?」

 クラタ先輩が前のめりで聞く。

「俺とサカシタで行ってきたんですけどね」

 と、隣に座っていたサカシタさんを見る。

 この二人、ちょくちょくこういう場所に行くけど、付き合ってるわけでもなさそうだ。普通ならこんなスポットにデートなんか考えられないだろうけど、わたしらには普通だ。

「それがですね、全然でした。それよりも、キノシタ先輩の運転が怖かったです」

 サカシタさんはその時の運転を思い出したのか震える。

「なるほどな……キノシタがホラーだったと」

 クラタ先輩が笑う。

「まあ、そういう所ってのは、身構えていくと出てこないってのはザラだしな」

「そうなんですけどね。っていうか、サカシタもヒドいだろ。

 そう言われてサカシタさんは、本当のことですもん、と頬を膨らませる。

 わたしはそんな会話を、ジョッキを傾けて、ナスの浅漬けを食べながら聞いていた。

「焼き鳥の盛り合わせお願いします」

 サカシタさんが外に顔を出して注文する。

「そういや、その近くの山なんだけどさ、出るらしいじゃん」

 クラタ先輩が話を振る。

「それ、わたしも聞いた事があります」

 わたしはそれを知っていた。

「おおっ、ミヤノも知ってるか」

「山の途中の場所に、不思議な車が停まってるって話ですよね」

 そう言うと、クラタ先輩は首を傾げる。

「いや、俺が聞いたのは、それとは別だ。山道を走ってると、白装束の幽霊がフロントガラスに……って話なんだが」

「なんですか、そのベタなのは」

 キノシタ先輩が笑う。みんなも笑っていた。

 幽霊が白装束をまとってるなんて、怪談話の演出だけだろう。実際にそんな幽霊がいるの?

「もしかしたら、俺も知ってるかもしれない」

 カサイがビールを飲み干して参加してくる。

 あっ、ビールお代わり、と注文も忘れない。

「白装束の話、カサイも知ってるのか」

「いや、そっちじゃなくて、ミヤノの方です」

「あらら……そっちか」

 クラタ先輩は額に手を当てる。

「おじさんっぽいですよ、それ」

「サカシタ……俺はまだ若いぞ」

「そうですか? 実はかなり年上だったりしません?」

「そうだったりしてな。……で、カサイも知ってるその話、どんなだよ。もしかして、その車が不自然に上下運動してるとかか?」

「セクハラですよ、それ」

「下ネタ禁止」

 サカシタさんとわたしが同時に言う。

「それが、俺も詳しくは知らないんですよ。その車は、この世のものじゃなくて、崖下に誘い込むとか、そんな感じなんですよ」

 と、カサイはわたしを見る。どうやら、フォローを求めてるらしい。だけど、わたしも詳しくは知らないんだよね。

「わたしも同じ感じです。その車を見ると、中に誰かがいるらしくて、目が合うとあの世に引きずり込まれる……とか、そんなのです」

「なるほど、よくある怪談だな」

 キノシタ先輩が腕を組んで頷く。

「まあ、そうですね」

 自分でもそう思う。そもそも、誰かの体験談……とかで、死んでしまう結末のものは、本人の話が聞けるはずないからだいたい嘘だ。

「それよりさ、さっきから気になってるんだけど、あの子、誰?」

 サカシタさんが、廊下に近い方の部屋の隅を指す。そこには、おかっぱ頭の女の子が、ちょこんと座っている。

 実は、わたしも少し前から気付いていた。だけど、誰も気にしないから、気のせいだと思って――いや、思うようにしていた。

「おいおい、なに言ってんだよ」

 そう言うキノシタ先輩は、そっちを見ようとしない。

「気のせいだって、気のせい」

 クラタ先輩もそんな風に言う。

 わたしたちは、誰も霊感がないから、そういう経験がない。ただしゃべって楽しんでいるだけだ。だから、酔っぱらって幻覚を見ているんだって、そう思っても不思議じゃない。むしろ、そう思いたい。

 わたしたちは、暗黙の了解というやつで、もうそっちを見る事はなかった。

 自然と怪談話はタブーになり、学内の話題をするようになった。

「あの教授だけどさ――」

 先輩たちはそんな話題で盛り上がっている。

 わたしはなんとか目をそらそうとするけど、どうしてもそっちが気になってしまう。

 

『あなた可哀想……』

 

 女の子の目がギロリと動き、カサイを見る。

 カサイは思わず、ひっ、と声をもらす。

 それでも、そっちを見ないように頑張っている。先輩たちも、なにもなかった風にしていた。

 このまま、なにもなかった事にして、もう店を出ようと考える。

 しかし、足がしびれているわけでもないはずなのに、足が動かない。

「ちょ、先輩……」

 カサイは先輩たちに助けを求める。しかし、先輩たちも動けないみたいだ。

 わたしたちがあがいていると、女の子の首が体から離れて、ふわふわと飛び始めた。

 こうなると、もう幻覚だと思えない。いや、元々そうだった。

 わたしたちは、必死に外に出ようとする。

 女の子の首は、わたしたちの周囲を飛んでいる。特にカサイの周りだ。彼を気に入ったのか?

「よしっ」

 と、サカシタさんがなんとかふすまを開けて、廊下に出る事ができた。それをきっかけに、わたしたちも外に出る。

 助かった……。

 そう思ったが、女の子の生首は一緒に外に出ていた。

「うわぁっ」

 誰の声だったんだろう。わたしだったかもしれないし、他の誰かだったかもしれない。

 わたしたちは、恐怖のあまり階段を落ちていった。女の子の生首と一緒に。

 

 

 それから数年が経ち――

 

 わたしは丸いものを優しく拭いている。

 それは、あの女の子の頭だ。

 綺麗になったそれを、優しくあるべき場所に置く。

「じっとしていなくて大丈夫ですか?」

 そう言うと、彼女は優しく微笑んで、

「大丈夫よ。だいぶ慣れたから」

 そう言って、彼女はゆっくりと立ち上がる。

 その体は、まるで人形のようだ。

 彼女はその動きを確かめながら、ゆっくりと歩きだした。

 

 

 

Fino.

 

 

 


奥付



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著者 : 芳田尚哉
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