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ちーちゃん

 ガタゴトと電車に揺られていた。

 外にはのどかな田園風景が広がっている。ゆっくりと景色が流れていく。

 窓を開けると、爽やかな風が吹き込んでくる。優しい風が、ふわっと長い髪をなでる。

 二両編成の電車は、ほとんど乗客がいない。事実、この車両には私しか乗っていない。座席から見える限り、隣の車両にも人はいないようだった。

 貸し切りか……。

 なんだか贅沢な気分だ。

 普段の生活から考えれば、電車を貸し切りで乗るなんて、想像もできない。まず不可能な事だ。

 だけど、ここならそれができるって事か。

 それだけ人がいないんだよね。

 携帯電話を取り出すが、当然のように圏外だ。

「本当に日本?」

 思わずそんな事を呟いてしまう。

 もうすぐ、あの場所に着く予定だ。

「ふぁぁぁっ」

 のんびりとした風景を見ていると眠気が襲ってくる。

 しばらくしてトンネルに入る頃――完全に眠っていた。

 

 

「お母さん、どうしたの?」

 仕事中に――正確には残業中に、母から電話がかかってきた。

 あまり電話をしてくる事がないので、こうして電話をかけてくるからには、なにかあったのでは……という想像は容易にできた。

 実際、そういう内容だった。

「あのね、わたしの妹が入院したらしいのよ」

 母の妹――私の叔母は、母の両親の実家に住んでいるのだが、そこはいわゆるド田舎だ。

 最近は自分の実家にすらほとんど帰っていないので、当然ながらその親の実家なんて小さい頃に遊びに行ったくらいじゃないだろうか。なので、ほとんど記憶がない。とにかく、ド田舎だというくらいしか印象がない。

「それで、どうしたの?」

 その連絡をもらっても、私にはあまり関係ない。叔母にだってほとんど会ってないんだから。そもそも、親戚付き合いから縁遠いのだ。

「それでね、明日には退院するらしくて、妹の面倒を知恵、あなたにお願いしたいの」

「…………はい?」

 一瞬、なにを言われたのかと思った。

「ごめん、よく聞こえなかった」

「わたしたち、今旅行中なのよ。だから、あなたに行ってもらいたいの」

「………………」

「もしもし? 聞こえてる?」

 聞こえたくなかった。

「あのさ、私だって仕事なんだけど」

「有休使いなさいよ。この前、有休が消化できなくて……って、ぼやいてたじゃない。いい機会だし、使っちゃえば」

 思わず通話を切りたくなった。

「あのね。あんなのただの愚痴なくらいわかるでしょ。無理よ、無理。急に休むなんて無理」

「親族の急病なんだから大丈夫でしょ。あの子、一人暮らしだから、誰かが面倒みてあげないと……」

「だったら、なおさらお母さんが行けばいいじゃない」

「言ったでしょ、旅行中だって」

「帰ってくればいいじゃない」

「無理なのよ、それが」

「どうしてよ。旅行なら中断して戻ればいいじゃない。だいたい、自分の妹でしょ」

 イライラしてきた。

「そうできればしてるわよ。でも無理なの」

「だからどうして無理なの?」

「だって、わたしたち今、船の上なのよ」

「……えっ? 船の上?」

「そう。クルージングっていうの? 豪華客船の旅ってやつよ」

「………………」

 言葉を失った。私が働いている間に、両親は豪華旅行を楽しんでいるらしい。まあ、それは別にいいんだけど。

「わかってくれた? 無理でしょ?」

「…………うん」

 確かにそんな状況じゃ無理だ。

「他の頼める人がいないのよ。お願い」

「…………なんとか休みを頼んでみる」

「ありがとう。よろしくね」

 そう言って通話終了。母の声が楽しそうだったのは、なかった事にしておこう。

 その後すぐ、上司に有休の申請をした。

 もう少し早く……なんて文句を言われたが、親戚の急病なんだからしょうがないでしょ――と言いたかったけど言えなかった。

 そういう経緯で、翌日には電車に乗っていた。

 

 

「お客さん、終点ですよ」

 完全に眠っていたようで、車掌さんに起こされる。

「あ、す、すみません」

 慌てて起きると、そこは目的の駅だった。急いで降りる。

「終点でよかった……」

 こんな田舎で乗り過ごしたら、次の電車がどのくらい先かわからない。

 携帯の地図アプリを頼りに向かおうとしたが、

「あれ?」

 携帯電話はなんの反応もない。

「充電切れ?」

 普段よりもかなり早い。

「どうしよう」

 こんな知らない場所で一人は心細い。

 そうだ駅員さんに……と思ったが、無人駅らしく誰もいない。電車も出発したらしく、駅には私だけだ。

「帰ろうかな」

 帰るにしても電車はない。だけど、ここで待ってればいつかは来るだろう。

「どうしたんだい?」

 途方に暮れていると、ほっかむりをしたおばあさんが話しかけてきた。

 どこから来たの? とは思ったけど、これで道を聞ける。

「あのですね……」

 私は目的地の説明をする。

「そうかいそうかい。ついておいで」

 どうやら案内してくれるらしい。遠慮なくお願いする。

 

 案内されて二〇分くらい歩くと、大きな家が見えてきた。まあ、田舎なのでどの家も大きい。ぽつぽつと家があるだけで、後は田畑だ。途中には鶏舎もあった。

 一人ではとてもじゃないが着かない。

「ありがとうございました」

 お礼を言って目的の家に向かう。

 表札を確認すると間違いなさそうだった。

「ごめんください」

 誰もいないかと思ったけど、中から声が聞こえてくる。それも一人や二人じゃない。

(これなら、私が来なくてもよかったんじゃないの?)

 そんな事を考える。

 声をかけると、は~い、と中から声がして、ドタドタと足音を立てて、小さな女の子が走ってきた。

「おばちゃん、だれ?」

 それが第一声だった。

 お、おばちゃん……? まあ、未就学児からすればそうでしょうね。ちょっとヒクつく。

「大人の人はいるかな?」

 そう言うと、女の子は小首を傾げて戻っていく。

「変なおばちゃんが来たよ」

 そんな声が聞こえる。なんて失礼な。

 それを聞いて、大人が外に出てくる。母と同じくらいのおばさんだった。さっきの子と親子だろうか。そっくりだ。

「あらら、どちらさま?」

 口に手を当て訊いてくる。

「私は、ここの家の……えっと山川千里の姪です」

 一瞬、叔母の名前が出てこなかった。

「あらら、千里さんの姪っ子さん。千里さんは今いないんだけど……」

「まだ戻ってないんですか」

 母の話では、もう戻っている感じだったんだけどな……。

「どうしたの?」

 と、白い割烹着姿の女性が出てくる。

「この子、姪っ子さんなんですって」

「そうなの。じゃあ、一緒に宴会しましょう」

「そうね。それがいいわね」

 私が動揺している間に、勝手に話が決まってしまう。

 私は手を引かれ、中に連れて行かれた。

 襖を開けて部屋を繋げた状態で、大きな机が三台置かれている。そこには、乗り切らないくらいの大皿料理とお酒があった。

 その机を囲むように、大人から子どもまで一〇人の女性がいた。

 かなり盛り上がっているらしく、空になった酒瓶や、空になったお皿が廊下の方に積まれている。

 本人がいないのにいいのかな……。

「ほら、座って座って」

 三十代の女性がバンバンと座布団を叩く。

「あの……みなさんは?」

 この人たちは誰だろう? 叔母の知り合いだろうか。

 その答えがないまま、グラスを持たされビールを注がれる。

「ほら、楽しみましょう」

「あ、あの……」

「ほら、飲みなさい」

 グラスを持たれ、無理矢理飲まされる。

 どうしてこんな事に……と思いながらも、次々にお皿に料理が盛られる。

 仕方なくというか、これは食べなければいけない状況になってしまっている。

 私はむしゃむしゃと食べる。

(あれ? 結構おいしいかも)

 いきなり食べさせられてしまっているけど、歩いてきて空腹だったみたいだ。ぱくぱくと食べれてしまう。

「いいわね。ほら、もっと飲んで飲んで」

 お酒もぐいぐい注がれる。私はそれをがばがばと飲んだ。

「あの……みなさんは、ご近所の方なんですか?」

 やっぱりそれは訊いておきたかった。

「そうね。わたしは加代。………………」

 母と同い年くらいの人が名乗る。名前の後になにか言ったみたいだけど聞き取れなかった。

「次はうちだね。うちは美智。………………」

 四〇代くらいの人が名乗る。やっぱり名前の後になにか言ったみたいだけど聞き取れなかった。

「あたしは久美っていうの。よろしくね。………………」

 三〇代くらいの人が名乗る。やっぱりこの人も。

 女性たちは次々と名乗っていくけど、全員名前の後になにか言っている。でも、声が小さすぎて聞き取れない。

「最後はこの子ね。さあ、挨拶して」

 そう言われたのは、最初に出てきた女の子だ。

「春菜です」

 女の子は満面の笑みで言う。

「ホントはちーちゃんだっての」

 ぼそっとそんな呟きのようなものが聞こえた。

 春菜と名乗ったその女の子は、じとっと私を睨んだ……気がした。一瞬だけそう思ったのだが、彼女は天使のような笑顔だった。

 気のせいかな?

 最後にぼそっと聞こえたそれは、みんなが名前の後に言っていたものの気がした。

「ちーちゃん?」

 確かにそう言っていた。

(どういう意味なんだろう? 他の人も言っていたよね)

「あの……」

 訊こうと思い声をかけた瞬間、私は言葉を失った。

 全員の視線が、まさに突き刺さるように向けられていたのだ。

「ひっ」

 背筋が凍るような恐怖を感じた。

 ここにいちゃいけない。

 そんな気がして、私は慌てて荷物を掴むと、玄関に向かって走り出す。

「ちょっと、どこ行くのよ」

 女たちが追ってくる。

「やだっ! 来ないで!」

 私は玄関を飛び出して必死で逃げた。靴を履いている時間も惜しくて裸足だったけど、そんなのは気にならなかった。

 後ろからは女たちの声と足音が聞こえてくる。

 振り返ったら目の前にいそうな怖さがあって、振り返る事はできなかった。

 とにかく必死に走った。

 普段は走らないせいか、すぐに息があがる。

 それに、酸素が足りないのか、頭がぼんやりとしてきた。

 それでも走った。

 逃げないと……という、ただその思いだけで。

 

 

「お客さん、お客さん」

 んあ?

 誰かに体を揺すられる。

「お客さん、終点ですよ」

 どうやら眠っていたらしく、車掌さんに起こされる。

 私は確か走って逃げてたはずじゃ……。

 キョロキョロ見ても、そこは電車の中だった。

「あれって夢だったんだ……」

 質の悪い悪夢だったんだ。

「すみません、すぐ降ります」

 そう言って降りようと席を立った瞬間、私は心臓が止まるかと思った。

「……裸足?」

 靴を履いていなかった。

 見ると、足は泥だらけだ。

(夢じゃ……ない?)

 震えが止まらなかった。

 

 しばらく駅で休ませてもらい、なんとか日が沈む前には叔母の家に着く事ができた。

 叔母の家は普通で、もちろん他に誰もいなかった。

 叔母に話をするべきか悩んだが、裸足の理由が説明できずに、結局話をした。

「逃げてこれてよかったね」

 私の夢のような話を疑う事なく、叔母は戻ってこれた事を喜んでくれた。

 どうやらこの場所は、昔に土砂崩れがあり、大勢の人が亡くなったそうだ。男たちは出稼ぎに行っていたので、犠牲になったのは女性ばかりだったという。

 それ以来、女性の神隠しがあったそうだ。

 もしかすると、あの世界はそういう場所だったんだろうか。

 もしあのまま宴会を楽しんでいたら……。

 

 

 

Fino.

 

 

 


奥付



ちーちゃん


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著者 : 芳田尚哉
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