閉じる


<<最初から読む

13 / 15ページ

(11)

そろそろ壁や天井の塗装がはがれ、亀裂まで細かく入り始めている。

 奥の階段を三段抜かしで行こうとすると、すぐ上の踊り場のところに、まるで薄暮のなかにそこだけ切りぬいたようなほの明るさで、彼女は立ち尽くしていた。

「あ、あなたこんな所で… あ、あの早く。逃げないと、キケ……」

 危険だと云おうとして何がなし絶句してしまう。

 この人は、そんな事に頓着していない。

 どこか非現実感。

 透き通るような………

「…エルフィーリ(妖精人)。」

 なにか、の異なる存在感に思わず口が動く。

 …ぅわ~バカバカのんびりアダ名つけて喜んでるばーいじゃないっっ

 ところがその人はゆたかに微笑んだ。

(( あなたは ”見遥かす者” の瞳をしておいでだわ、勇敢なテレストリアル。(人間族) ))

 はっと気づくとその言葉…感覚…は、どちらの口も耳も通さずに俺の心に直接しみこんでいた。

 … てれぱしい。…

 そんな単語がまっさきに頭に浮かぶけれども、やっぱりもっと違う。

 不可思議な、むしろファンタジー。

 魔法にちかい肌合い。

 俺たちは天井の崩れ落ちはじめるガラガラいう轟音の中で、立ちつくしていた。

(( お願いがあるのです。))

 再び、限りなく優しいくせに決然とした 感情 が、心の中へ伝わってくる。

「どんな事でも。」

 咄嗟にそう応えてしまう以外、俺にどうできただろう?

 自然に… 本当にごく自然な あたりまえの 現象であるかのように、彼女の腕の中の赤ん坊が宙に浮かび上がった。

 そのまま滑るようになめらかに、彼女の愛情と、忠誠めいてさえ見える神聖さの淡い光芒に包まれて、その安心しきった寝顔が俺のすぐ前へ運ばれて来る。

 俺はと云えば今さら驚いてみる気にもなれずに、ただただ自分がわけもわからないまま黙示劇のなかにでも引きずりこまれてしまったような感覚につかまり、それでも何かしら重大な気がして、両腕をさしのばして おくるみ のふくふくした感触を抱きとめようとしていた。

 不思議なのは、とうに非常灯の明かりさえ失せてしまった闇黒のはずの空間の中で、彼女と赤ん坊と俺自身の腕だけが、内側から光ってでもいるように、妙にはっきりと視界に焼きついていたことだった。

「………アトゥルワー…!! 」

 俺は柔らかい生き物をあやうく取り落とすところだった。

 後ろを振り向いて見るまでもなく、その太く苦しげな、ほとんど悲痛とさえ云える声は、あの、酒場で聴いた「それでも日本人なのか?!」と、同じ老人のものだったのだから…。

「 アトゥルワーよ。」

 おぉ、とも、あぁ、とも、つかない呻き声がもれた。

「 アトゥルワー……」

 みたび呼びかける。

 下腹部に巻かれた包帯代わりの裂いたシーツの上に、鮮やかな、紅。

 荒い熱い息づかい。

(( バヌマ。))

 見まちがいなどではなく、彼女…妖精人…アトゥルワー(水乙女)…は、老人にむけて静かに微笑みかけた。

 透明感。

(( 苦しまないで下さい。わたくしたち水精の掟は知っておいででございましょう?

  わたくしは、すでに穢れた身となりました。

  死を許されたほうがわたくし、幸福でいられるのです。))

「…アトゥルワー。しかし…」

  ”穢れ” イコール ”死” 。

 彼女の言うことが頭にしみこむまでにはすこし時間がかかって、はっと気がついた時には。

 奈辺から現われ出たのだろう。

 冷たい、凶々しい、悪夢のような輝きの刃が、ゆるやかに一閃して、そして…

 鮮血。

 気がついてみればその小さなナイフは、彼女自身の美しい白い指にしっかと握りしめられているのだった。

「 … 水の、娘。……」

 呟いたのは俺なのか彼なのかわからない。

(( バヌマ… そして、見遥かす瞳のおかた。))

 頸動脈からの急速な失血のために、ともすれば途絶えがちになる意識をおして、彼女の最後のメッセージが俺たちの心へ伝わって来た。

(( ワコさまを… お願いいたします。ニッポン… あの小さい、不思議な活気に満ちた… ははなる大地の鳴動する島国へ…

 …あ… アサヒガモリ… へ… お預けしてください…

  ”アサヒガモリ” …の…

 長なる御方に… ))


 彼女の 声 が彼方に薄れて消えていってしまった後には、すでに息絶え、むきだしの床に崩折れたせいで急速に冷えつつある遺骸がひとつ、俺たちの目の前に横たわっているだけだった。

 いとも、無造作に…



 比喩表現でなしに目の前が真っ暗になった。

 事実なにも視えなくなってしまったんだからおかしな話だ。

 もちろん、よく考えてみれば、普通には それまで物が 視えていた って事のほうが説明のつかない現象なんだろうけれど…

「 アトル… 水の娘よ… 」

 すぐ脇で老人が膝をついてしまう気配。

 俺はハッと気がついて時計をのぞきこんだ。

 こいつは夜光だから…


 しまった!


 約束の ”2時間後” は、とっくに過ぎちまってる…!

「ちょっとおじーさんっっ!」

 歩け……る筈もないよなぁ、その傷で。

 ここまで辿り着くのだって相当な苦痛だったに違いない。

 かと云って、俺、赤ン坊と一緒にこの人までは運べないぜっ

(( とにかくとりあえずクォクの所まで… ))

 不思議なもので、 彼女 と向かい合ってる時にはまるで意識にひっかかりもしなかった建物全体の揺動が、脱出を焦りはじめたとたん、俺の心に不気味に重くのしかかってくる。

 う。

 はっきし云って恐い。

 怖ろしいんだ。

 覚えず脚がすくみそうになる。

 エルフィーリに気をとられていれば本当に周囲の様子なんて、そこだけ ”場” が違ってでもいたかのように、判りもしなかったのに…

 足元が危ないくらい床面はひどく震動している。

 ひっきりなしに天井が塊になってはがれ落ちてくる。

 プアン!!

 重い漆黒を切り裂くように軽快なクラクション音が響いて。

「磯原さん! 御無事ですか ?!」

 輝かしいライトがまぶたに突きささった。

「 姫! 栗原!! 」

 思わず叫び反す。

 …はは、我ながらちと情けないほどホッとしちまった声かな…?

「栗原このおじーさん、おま、引き受けてくれぃッっっ」

 それから振り返る。あの人。………彼女………。

 ぐらっ

「危ない磯原さんっ!!」

 姫の銃閃が俺の頭に落ちかかるコンクリ塊を打ち砕いた。

 正確な射撃。

 そして広範囲に崩れ落ち、完全に埋もれてしまった階段と踊り場。

 ………もう、ひろがり流れ、床を染めていった紅い流れのはしさえ、視えはしない。


「… アー、メン… 」

 俺自身はクリスチャンじゃない。

 だけど母親のみようみまねで十字を切った。

 他に… どうしてあげようがある?

 べつに合掌して冥福を祈るんでもなんでも良かったんだ。

 彼女のために、せめてできることなら。


 再び天井の崩壊。

 老人の腕を引きづって間一髪、危険区域から飛びすさった。

 すぐに栗原が駆けつけて来て、あとは引き受けてくれる。

 背負い上げるのを手伝い、ゆかり姫がまにあわせのロープで老人を固定する。

 俺は上着脱いで赤ちゃんくるみなおし、クォク操縦するのに両手が使えるように、膝の上に乗せて両袖をしっかり腹に結わえつけた。

「行くぜっ!」

「 GO !! 」

 栗原と俺が殆ど同時にかけ声をかけた。

 たちまちクォクの轟音。

 サーチライトの渦。



 



(12)


 …も、あっちこっち床は抜けてるわ、ひっきりなしに天井は降ってくるわ、非常 階段 なんて殆どもう踊り場しか残っていない!て感じで、一体どーやって無事に脱けて来られたんでせうね?

 自分でも不思議だ。

 おまけに途中からは火事の毒煙に危うく巻き込まれそうになって決死の鬼ごっこだったし。

 もし留置場がもう少しでも下の層にあったら、俺たちゃ完っ全にオダブツでしたねっっ

「 清クンっ!」

 やうやう屋上ヘリポートにとりつくと5m上方に愛しの『 MISS-SHOT 』…♪

「どいてユミちゃん!」

 かなり慣れてきたタイヤ⇒ホバー⇒タイヤ、の操作を手早くこなしながら、クォク3台そのまま続けざまに宇宙艇の格納庫口へ跳び込んでしまった。

 周りで警戒敷いてた好とひろと先輩も手荒く乗り込んで来る。

 クォクをきちんと繋索するヒマもなし、ヤニさんが宇宙艇を急発進させた。

「 様子はどうだ?」

 コケかけるひろと先輩とクォク同時に押さえこんで好が怒鳴る。

 べつに今までの喧嘩と違って今回は fellow-soldiers が多いんだから、必ずしも 俺が 窓に飛びつかなきゃならない理由ってのもないんだろうけど、気がつけば上半身乗り出してるとこ見ると、こりゃ条件反射だ★

「………おわーーーーっ!! 」

 だけどマジに凄い、ちょっとした眺めだった。

 幾百って感じの飛行艇が都市区画I-39棟の頭上を飛び交っている。

 ニアミス事故が起こんないのが不思議…とゆうか奇跡だね。

 大部分が406~409層の格納庫から引き出された軍令部のエアパトカー。

 もちろん乗っているのは兵隊とばかりは限らないはず。

 むしろ割合としちゃあ脱走犯の乗っ取ってるヤツのが多いんじゃないかと思うけど、うかつにI-39棟空域から離脱すると警備兵側にそれと知られて撃墜されるので、身動きがとれない。

 兵たちにしたってとっくの昔に指揮系統なんて壊滅しちまったに決まってるんだから、事情は似たようなもんなんだろう。

「 ん、とにもう、しょーもないなっ! あのまんまじゃ燃料切れるまで右往左往やってるに違いないぜっ!」

 そのハエみたいな小さな機体群を押しのけるようにして、ドでかい都市の救急車や消防車らしきもの。

 それから…

 その正体に気がついて俺は思わずほくそ笑んでしまった…

「 やったねっ! この船と同じようなのが何隻か… あ、更にあっちこっちから、集まりつつあるぜっ!」

 ヤニさんがタイミングを計っていたかのように通信器のスイッチを入れた。

 艇同士の干渉波のせいでノイズがもの凄いけれど、なんとか聞き取れる。

 集まって来た高性能小型宇宙艇は、この騒動を聞きつけて脱獄犯たちをお出迎えに来た、早い話がお仲間のアウトロウばかりだった。

 それぞれが全波帯使って知り合いの乗ってるパトカーを捜し出し、まだ屋上に残っている連中で、正規のレスキュー隊には捕まりたくなさそうにしているのを2~3人みつくろっては、慣れた手並みで収容してさっさと引き揚げて行く。

 警備兵側のパトカーがいくら撃ったところでこの場合、役に立ちゃしないのだ。なんたって、その気になりゃ(コスト無視すれば)自力で大気圏離脱入のできる外鈑。

 この分なら全員助かりそうですぜっ

 るん♪

{ィヨ~ウ。べっぴんさん。これまた大層なことをやってくれるじゃねェか。}

{礼を云うぜ。今度会った時にゃあ一杯奢らせてくれ。}

 仲間捜しのにぎやか極まりない会話を傍受する合い間に、そのうちそんな通信が混ざって来る。

 誰もがヤニさんのことを個人的にも良く知ってそうな口ぶりなのに、決して『 MISS-SHOT 』の名もヤニさんへの直接的な呼びかけも口に出さない。

 べっぴんさんてのだって洋風に考えれば船のことを云ったんだとも受けとれるわけだから…

 さすが無法者のプロ達だね。

 軍側に聞かれても後からヤニさんに追及の手が伸びる事のないよう、よっく心得てる。

 その中のひとつにこんなのもあった。

{こちら、反皇勢力・スターエア独立回復戦線 副将 尾崎 済(さい)。脱出のチャンスを与えてくれた事に感謝する。今後、我々が力を貸せるような機会があったら、ぜひ云って来てくれ。

 それから、…お尋ねの件だが、さしさわりがなければ我々の情報網でも探させてもらって、何か判れば君たちの本部に連絡させてもらおうと思う。
 構わないかね?}

 俺は短く感謝するとだけ答えた。好もゆかり姫も何も云わなかった。

 尾崎 済。

 ほんの少し向き合って話しただけの相手の顔を、漠然と思い浮かべてみる。

 落ちついた、それでいて、若々しい。

(( …いつかあの人とはまた会う事になるだろうな… ))

 予感がした。

「でもさすがですわ磯原さん。これでこの『 MISS-SHOT 』、完全に目立たなくなってしまいましたわね。」

「さァて、そろそろこっちも全速力でとんずらと行きますかね若旦那がた!」

 唐突にスピードアップ。

 ひろと先輩が慌ててクォクの繋索具合を確かめに行く。

 俺はぼんやり赤ちゃんを抱いたまま、遠ざかって行くI-39を眺めていた。

 既にあらかたの騒ぎはおさまり、今はもう四方八方に散って行く無数の小型艇の姿と、立ち昇る黒、黄、紫、様々な色の、見るからに有毒そうな煙の流ればかり。

 あ~あ。環境汚染だぁ…。




 エルフィーリ。

 … "水の" 娘 … アトゥル・ウルワ…。



 どのみち火事を消し止めたところで、あの建物は2度と使い物になりはしないだろう。





「ところで清。」


 部屋の向う側で好がニタリ笑って云う声が聞こえた。

「おまえいつのまに赤んぼ産んだんだ?」

「お兄ィちゃん!」

「俺じゃないわいッ★」

 ヤニさんが無責任に笑いこけた。



 不夜城めいた都市空域を離れてしまえば、今は夜。

 広い太平洋の上に、俺たちの出発点が、明るく浮かんでいた…。




          …続く。…

 

 

 

 

 

(参照したければ資料)

http://85358.diarynote.jp/201611112222476577/

(12)


奥付

 

リステラス星圏史略

古資料ファイル

5-X-1-3

『未完史』

第1部

第3章

俺たちは

 無鉄砲のかたまり。


http://p.booklog.jp/book/111026


著者
霧樹里守 is 土岐真扉
as
遠野真谷人
 
 


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/111026



電子書籍プラットフォーム : パブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社トゥ・ディファクト

 


この本の内容は以上です。


読者登録

霧樹 里守 (きりぎ・りす)さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について