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(9)

 いくら無制限に照明が使われていて明るいからって、やっぱ今は夜なのだ。

 ところどころの歩哨以外には人がいないっての、助かっちまう。

 クォクで廊下つっ走っているとき撃たれにくいし、こっちは側まで行ってから通り抜けざまに気絶させればいい。

 そうこうするうちにあちこちで何種類もの警報、アラーム、サイレンに非常ベルの類が鳴り響き始めてしまった。

{ 侵入者アリ、侵入者あり。警備兵ハ第123層、及ビ第302層ヘ向カヘ。

  クリカエス。警備兵ハ… }

{ 火災発生! 火災発生! }

{ 芹田隊長! 芹田隊長おいででしたら早く指揮をとって下さいっ!!」

 ………へ?………

 くっけっけっ!

 J.G.の言っていた『指揮系統がワカメ』てこの事かぁ。

 アナウンス聞いてるとほんっとに相手方の慌てぶりが良く解る。

 かあいそーなくらい、混乱。

 軍司令部とか云ったって実質行政局だもんね。

 日本人の常として、誰も非常時に責任持って敵撃退の指揮とろうってのが、居ないらしい。

 それでも始めちょっと ”自動警備システム” てのに悩まされましたね。

 どこから撃って来るのかが判りにくい上に狙いは正確ときてる。

 だけど外でパトカーがぶっ放してたヤツに比べればビームの出力がずいぶん小さいのに気がついて、試しにあの宇宙空間用のジャングルジムたててバリア流してみると…

 イェイ楽勝っ♪

 好たちに合流するつもりで2~3層下って行くと、さっき俺が乗ってきたチューブ走路の内側に大人しく収まっていれば辿り着けたはずの層に出た。

 階の名称、 ”第8エントランス” 。

 中央通路の一画に、ごてーねーにデパートみたいな建物の立体地図がある…

 ん、と…

 まず他の3人がいる筈の下の層から目を走らす。

 マザー・コンピュータ・ルーム。

 これはひろと先輩が行くだろう。

 動力室…栗原向き。

 司令官室にはとうぜん好が殴り込みかけるだろーから、近いし、ここへ合流しようか。

 それとも、もっと、「俺向き」の場所…。

「…あった。403階!」

 留置場。つまりは牢屋。

 も、あの3人にまかしといたら、建物全壊させかねないんだもんね。

 逃げられない立場の人間は、早目にどうにかしといてやらないと…。

 それに、逃亡者の数が増えればそれだけ、追手って薄く広がっちまうもん。

 かくして俺はあっちこっちでドンパチじたばた騒ぎを起こしながら上へ上へと登って行く。

 クォクで階段を走り上がるのって、いまいち、胃下垂になりそうな…★

(狭すぎてホバーは使えない。)

 で、403層。

 獄舎は403~404の2層に亘っているんだけど、上の層に行くには403側の長い一本廊下を辿って行くっきゃない。

 つまり俺がクォクで走り抜けてきた階段の404層出口は無いってこと。

 405層は兵員用大食堂兼集会場と若干の娯楽設備。

 406~409層はパトロール艇その他の空中車(って案内板に書いてあったんだもん。まぁ飛行艇のこったろうけど。)の格納庫。

 そして都市地上第410層が、2時間後…正確にはすでに今から43分後になっちゃってるけど…に、ヤニさん達 MISS-SHOT 号組が俺たちを拾いに来てくれる、屋上ヘリポートだった。

 さて。

 ちょいと休憩。作戦タイム。

 403層の一端を通るダダ長い直線通路。

 こいつがこの場合ひどく厄介なのだ。

 俺がいるのはビルの側方にある非常階段だから、正規のエレベーターは向かって左20m。

 廊下が獄舎のある方へと直角に曲がっている、警備要員詰所あで、右側へ100m近く。

 ちらっと覗きみた限りでは、警備兵は5~6人。

 廊下の自動システムは今まで通りクォクのバリアで何とかなるにしても、連中の持ってる銃は…

 う~ん。そりゃ、俺だって高性能のショックガンもヒートガンも持って来てますけどね。

 これが好ならいざ知らず、100m向うから走って…もしくは立ったままだとしても…撃ってくる人間6人をも倒す能力が俺にあるかって云うと、射撃の腕の哀れさかげんはすでに月面で実証済み。

 う~~~ん。

 あ! ……と。そか。

「やたねっ♪」

 俺はほくほくしながら再び走り始めた。

 上へ向かって。



 
 第405層で大騒ぎが起こる。

 食堂の椅子はぶっ飛ぶわ調理場の油は引火するわ、ひどい有り様なんだけど、夜である。

 兵員宿舎ってのはまた別の場所にあるらしくて人影なんてまるでありゃしない。歩哨さえ立ってはいないんだ。食堂なんかじゃ、ね。

 アラームが鳴り響く。侵入者アリ侵入者アリ侵入者アリ…

 当の侵入者の俺としちゃ騒動は大きけりゃ大きいほどいいわけ。

 目一杯ぶったくり壊して…(クォクで室内モトクロス・レースをやってしまった)…頃合い見はからってそろそろいいかなと403層に引き返す途中。

 ドグァッッッ!!

 てなもんで建物全体が揺れ動いた。

 多分、はるか200層もの下方で、栗原が動力室たたき壊してしまった音…。

 一瞬あたりが真っ暗闇になり、すぐに、息も絶え絶えなあやしげな非常用ランプの世界。

 ますますけたたましいベルにサイレンの音。マイクごしの怒号。

 やたねっ♪ やりやすくなってしまった…♪

「………大変だっ!! 侵入者のひとりが格納庫の機体を奪って逃亡しようとしている! 今ならまだ捕えられるかも知れない。来て手伝ってく…うっ! ごほんごほん!」

 ただでさえ動揺してる所へもってして、いかにも真実くさい救けを求める声。

(ちなみに俺、嘘と芝居は大得意。です。)

 廊下の向うの留置場警備係たちは互いに顔を見合わせるヒマもなく、こちらへ向かって走り出してくれていた。

 で、あとは簡単。

 ベータ―の中にクォク隠して俺は連中を十分ひきつけるまで大人しく倒れ伏していて。

 書き忘れていたけど俺の来てるスペース・スーツ、一見して色が警備兵の制服とよく似てたんだよね。

 味方に咄嗟に銃むけるわけにもいかず、焦ってるところを、6人、あっさり叩き伏せてしまった…いぇいっ♪

 …しっかしィ。

 ヤバイよこれは。

 このビルってマジにこの分じゃ倒壊するんじゃないか?

 さっきっからひっきりなしに小爆発音が伝わってくる。

 ちょいとやりすぎだよ~~~好~~栗原~~っっ

 こりゃ、この棟の動力源が原子炉やなんかでなかったように祈るっきゃない、な…

 アーメン。





(10)




 警備兵詰所の角を曲がると、そこから先はずらっと監房だった。

 鉄格子の列。…うぇっ

「くそ~~~っ出せ~~~っ!」

「何があったの?! 救けて! ここから出して!」

 そんな風な何十何百人の声が俺の姿をみとめるなり、どっと湧き起こっていた。

「………落ち着いてくれ! 俺は警備兵じゃない!!」

 俺も負けじと怒鳴りかえす。

 急がなけりゃ…本当に、命が危ないのかもしれない。

 だけどこんな大人数だとは… 考えていなかった。

 息を吸い込んで、気を落ちつける。

 考えをまとめて…

 さぁ、どうしたらいい…?

 牢獄は俺が話すのを待っていた。

 数秒間の静寂。

「俺は警備兵じゃない。奴らはぜんぶ俺が片づけてきたから心配しなくていい。

 爆発やなんかはみんな俺の仲間がやってる事だ。

 すでに動力室やこの棟の制御室は破壊しただろうと思う。

 …たぶん司令室も。」

 俺は話しながら詰所の壁に並べてあった電子ロックの鍵を取りはずした。

 ついでに予備の銃器類が保管されてあるのを見つける。

 らっきー! かなりの数だ。エネルギー、ちゃんと入ってる…。

 鍵束をふりかざすようにジャラつかせた。

「この中で腕に覚えのある奴はいるか!」

「おぉよ!」

 打てば響く。

 なるほどこういう場合の表現。

「6層上がヘリポートだ。空中車かっさらって逃げちまえ。…ただし!」

 わっと獄内が湧きたちそうになるので俺は慌てて付け足さなきゃならなかった。

「自分たちだけで逃げるな! ここにいる人間、ひとり残らず連れて行くんでなきゃ鍵あけてやらねェからな!」

「承知! おれらァ宇宙の男だ、約束ァ守ってやるぜ!」

 …おわ~~あそこの一団はJ.G.やヤニさんと同じ種類の人間だっ!

 なんて喜んだりして。

 …いいや。こうなったら、あいつらに全部まかしちまえ。

 とゆーことで片っ端から扉を開け放つ。

 宇宙海賊、火付けに強盗、強姦魔。売春婦に詐欺師に政治犯と、扉に貼ってあるプレート見る限りじゃ、ありとあらゆるタイプの犯罪者がいるらしいんだけど、も、構わずぜんぶ逃がしてやっちゃう。

 敵のカタキはみな味方っ♪

 …この精神ですぜ…。

 走りだす人の流れ。混乱。ちょっとした諍い。

 …だけどすぐにその中には不思議と統制めいたものが生まれ。

「ジェーニ早く!」

「おい、そこのばあさんは背負ってやれ。」

「待って誰か。このひと怪我してるのよっ」

 そんな風な声があちこちで聞こえる。銃をとった殺し屋や海賊たちは、先にたって脱出路を作るから心配せず後ろからしっかりついて来い、と大音声で呼ばわる。

 それとは別に何人か、 "集団のリーダー" やり慣れた人達もいるみたいだ。

 …これって、ほんと、バラバラにとっ捕まった犯罪者の群れなわけ?

 悪人同士の連帯感とかで片づけちまうにはあまりにも感動的な、たすけあいの精神。


「ありがとう。出してくれて感謝する。キミの名前は? どこの組織の人間だい?」

「目的は? 命の恩人だ、協力するよ。リーダーに会わせてくれないか」

 みんながわりとスムーズに逃げはじめるのを見届けて、まだあちこちの鍵あけに忙しい俺のところへ、くだんの "統率やりなれた人間" たちが、てんでに集まって来た。

 その大部分が、気がついてみれば『政治犯』の房から落ちつき払って現われ出た連中だ。

(( 貸して下さい。ここから奥はわたしがやりましょう。))

 ひとりのひどく印象的な女性が、たおやかに透けるような指で俺の手から鍵束をさらい出して、云った。

 …この人が何処の房にいたのか俺には判らなかったんだけど、海賊にも泥棒にも、まして売春婦だとは思えっこないし、政治思想犯てふうでもないし…

 歳は20から35の間ってところだろうか?

 スタイルとかなんとか云うのではなくて、人間的にひどく際だった立ち姿。

 身分ありげな繊細な物腰。

 そして胸に柔らかく抱きしめている…やすらかな寝顔の、赤ちゃん。

(かぎりなく優しく…だけど彼女の子供という風でもない。)

「 あ。……」

 ほとんど白に近い、青味のかかった不思議な色彩の長い長い髪が無造作にひるがえって行こうとした時、俺は、用もなしにもうちょっとで呼び止めてしまうところで、それから慌てて伸ばしかけた手をひっこめる。

 今は現実問題のほうが先だ。どうせ牢から脱出する道はこれ一本しかないんだから、彼女が気にかかるんなら、引き返してきた時にまた会える。

 ひとり、賭け出してくる人の波とは逆方向へ静かに、だけど必要なだけの速さと正確さでもって、扉を開け放ちながら歩み去って行く後ろ姿。

 …印象的な…

 それ以外の形容詞を咄嗟に俺は思いつけなかった。

 美人だとか理想のタイプだとか、そういう割とよく味わう感情でさえない、何か、この世の外、という感覚。

 遠ざかって行く後ろ姿がひどく非現実な影のうすいものに一瞬、視えた。

 もちろん、それは単に薄暗い非常灯の光のせいに過ぎなかったのかも知れないけど。


「…名前は?」

 はっと現実に引き戻される。

 それでも俺がぼっとしてたのはほんの数瞬間のことだ。

「……あ、磯原。磯原清っていいます。リーダーは…今のところいちおう好ってことになってるのかな…杉谷好一。何処の人間かって聞かれても…え、組織って…」

「ありがとう。都合の悪いことは聞かないよ。私は、知っているかもしれないが尾崎 済(さい)。」

 他にも何人かが名乗ってくれるんだけど、当然のこととして、俺は知らない。

 確認暗号というか合い言葉?みたいなものも幾つか相手方の口にのぼるんだけど、これも解るわけない。

 意外だなとゆー顔をされて俺はアセった。

「あ。たぶん俺達あなたがたの思ってるのとは違うと思います。俺たちは…その…地球へは今日降りて来たばっかりで、何も解ってなくて。」

「スペースマンだったのか。何処の?」

 ついでに云うとこの『スペースマン』というのはただの『コロニスト』より一段上の敬称らしい。

「う、うーと。生まれは別なんだけど、仕事頼まれたのは『ムーンII』から…」

 えぇいクソ。どこまで話していいのやらわーらん。

 好ならもっと上手く情報収集やるんだろうけど。

 とにかく俺が『ムーンII』の名前を口にすると、空気がザワっと変わった。

アルバトーレ…!」

 敵意とかではなく、絶対的な好意。と、若干の畏敬。

「…よォし。何か深いわけがありそうなのは解った。つべこべ云わないよ。さっきも云ったけど、協力する。何をして欲しい?」

「アルテミス姫のこと、御存知ありませんか。」

「コロニスツの宗女どの? いや。……何かあったのか?」

「 ぃえっ! 知らないならいいんですっっ」

 相手が親切そうなんで、つい口をすべらしちゃったけど… 早計だったかな。

「じゃ、お願いはひとつです。無事に逃げて下さい。俺たちとしちゃ、騒ぎが大きくなればなるほど都合がいいんです。」

「わかった。そういうことならいくらでも安心してまかせておいてくれ。向う三週間は皇国軍内部の連絡網、分断しといてやるぜ。」

 サイさんと名乗った人が思いっきり小気味よく片目をつぶった。

 この人、落ち着いて見えるけれど、思ったよりはかなり若いらしい。

 28、ってとこかな?

 相変わらずビル全体の鳴動と爆発音は続いている。

 アナウンスはいつのまにか総員退避命令に変わっていた。

 「うわー。ここもいよいよ本格的にヤバイみたい。」

 ったく何やりゃぁってんだろーな栗原達は。

「そろそろ我々も行くか。」

 俺をとり巻いていた人間にも出発の気配。

「俺は最後のひとりが出ちゃうまではここにいます。クォクで一緒に走っても危ないだけですしね。」

「 GOOD- LUCK!」

「それじゃっ」

 奥の階段通って404層から降りて来る人たちも断続的になってきた。

 そのうち階上のほうからもド派手な爆発音がズン!ズン!とばかりにのしかかってくる。

「…始めたな…あの海賊さん達。」

 まっこと頼もしーわいとひとり呟いて。

「これで終わりだよ! あんたもさっさと逃げなっ!」

 病気らしい母親をささえながら数人の子供たちが逞しく駆け抜けて行く。

 これで終わり。………え?

 あの、印象的なひとが、まだだ…。

 俺は奥へ向かって走りだした。

 

 

 

 

 

(参照したければ資料)

http://85358.diarynote.jp/201611112021351560/

『俺と好』1 第3章 1.俺たちは無鉄砲のかたまり。 (10)+(11)。


(11)

そろそろ壁や天井の塗装がはがれ、亀裂まで細かく入り始めている。

 奥の階段を三段抜かしで行こうとすると、すぐ上の踊り場のところに、まるで薄暮のなかにそこだけ切りぬいたようなほの明るさで、彼女は立ち尽くしていた。

「あ、あなたこんな所で… あ、あの早く。逃げないと、キケ……」

 危険だと云おうとして何がなし絶句してしまう。

 この人は、そんな事に頓着していない。

 どこか非現実感。

 透き通るような………

「…エルフィーリ(妖精人)。」

 なにか、の異なる存在感に思わず口が動く。

 …ぅわ~バカバカのんびりアダ名つけて喜んでるばーいじゃないっっ

 ところがその人はゆたかに微笑んだ。

(( あなたは ”見遥かす者” の瞳をしておいでだわ、勇敢なテレストリアル。(人間族) ))

 はっと気づくとその言葉…感覚…は、どちらの口も耳も通さずに俺の心に直接しみこんでいた。

 … てれぱしい。…

 そんな単語がまっさきに頭に浮かぶけれども、やっぱりもっと違う。

 不可思議な、むしろファンタジー。

 魔法にちかい肌合い。

 俺たちは天井の崩れ落ちはじめるガラガラいう轟音の中で、立ちつくしていた。

(( お願いがあるのです。))

 再び、限りなく優しいくせに決然とした 感情 が、心の中へ伝わってくる。

「どんな事でも。」

 咄嗟にそう応えてしまう以外、俺にどうできただろう?

 自然に… 本当にごく自然な あたりまえの 現象であるかのように、彼女の腕の中の赤ん坊が宙に浮かび上がった。

 そのまま滑るようになめらかに、彼女の愛情と、忠誠めいてさえ見える神聖さの淡い光芒に包まれて、その安心しきった寝顔が俺のすぐ前へ運ばれて来る。

 俺はと云えば今さら驚いてみる気にもなれずに、ただただ自分がわけもわからないまま黙示劇のなかにでも引きずりこまれてしまったような感覚につかまり、それでも何かしら重大な気がして、両腕をさしのばして おくるみ のふくふくした感触を抱きとめようとしていた。

 不思議なのは、とうに非常灯の明かりさえ失せてしまった闇黒のはずの空間の中で、彼女と赤ん坊と俺自身の腕だけが、内側から光ってでもいるように、妙にはっきりと視界に焼きついていたことだった。

「………アトゥルワー…!! 」

 俺は柔らかい生き物をあやうく取り落とすところだった。

 後ろを振り向いて見るまでもなく、その太く苦しげな、ほとんど悲痛とさえ云える声は、あの、酒場で聴いた「それでも日本人なのか?!」と、同じ老人のものだったのだから…。

「 アトゥルワーよ。」

 おぉ、とも、あぁ、とも、つかない呻き声がもれた。

「 アトゥルワー……」

 みたび呼びかける。

 下腹部に巻かれた包帯代わりの裂いたシーツの上に、鮮やかな、紅。

 荒い熱い息づかい。

(( バヌマ。))

 見まちがいなどではなく、彼女…妖精人…アトゥルワー(水乙女)…は、老人にむけて静かに微笑みかけた。

 透明感。

(( 苦しまないで下さい。わたくしたち水精の掟は知っておいででございましょう?

  わたくしは、すでに穢れた身となりました。

  死を許されたほうがわたくし、幸福でいられるのです。))

「…アトゥルワー。しかし…」

  ”穢れ” イコール ”死” 。

 彼女の言うことが頭にしみこむまでにはすこし時間がかかって、はっと気がついた時には。

 奈辺から現われ出たのだろう。

 冷たい、凶々しい、悪夢のような輝きの刃が、ゆるやかに一閃して、そして…

 鮮血。

 気がついてみればその小さなナイフは、彼女自身の美しい白い指にしっかと握りしめられているのだった。

「 … 水の、娘。……」

 呟いたのは俺なのか彼なのかわからない。

(( バヌマ… そして、見遥かす瞳のおかた。))

 頸動脈からの急速な失血のために、ともすれば途絶えがちになる意識をおして、彼女の最後のメッセージが俺たちの心へ伝わって来た。

(( ワコさまを… お願いいたします。ニッポン… あの小さい、不思議な活気に満ちた… ははなる大地の鳴動する島国へ…

 …あ… アサヒガモリ… へ… お預けしてください…

  ”アサヒガモリ” …の…

 長なる御方に… ))


 彼女の 声 が彼方に薄れて消えていってしまった後には、すでに息絶え、むきだしの床に崩折れたせいで急速に冷えつつある遺骸がひとつ、俺たちの目の前に横たわっているだけだった。

 いとも、無造作に…



 比喩表現でなしに目の前が真っ暗になった。

 事実なにも視えなくなってしまったんだからおかしな話だ。

 もちろん、よく考えてみれば、普通には それまで物が 視えていた って事のほうが説明のつかない現象なんだろうけれど…

「 アトル… 水の娘よ… 」

 すぐ脇で老人が膝をついてしまう気配。

 俺はハッと気がついて時計をのぞきこんだ。

 こいつは夜光だから…


 しまった!


 約束の ”2時間後” は、とっくに過ぎちまってる…!

「ちょっとおじーさんっっ!」

 歩け……る筈もないよなぁ、その傷で。

 ここまで辿り着くのだって相当な苦痛だったに違いない。

 かと云って、俺、赤ン坊と一緒にこの人までは運べないぜっ

(( とにかくとりあえずクォクの所まで… ))

 不思議なもので、 彼女 と向かい合ってる時にはまるで意識にひっかかりもしなかった建物全体の揺動が、脱出を焦りはじめたとたん、俺の心に不気味に重くのしかかってくる。

 う。

 はっきし云って恐い。

 怖ろしいんだ。

 覚えず脚がすくみそうになる。

 エルフィーリに気をとられていれば本当に周囲の様子なんて、そこだけ ”場” が違ってでもいたかのように、判りもしなかったのに…

 足元が危ないくらい床面はひどく震動している。

 ひっきりなしに天井が塊になってはがれ落ちてくる。

 プアン!!

 重い漆黒を切り裂くように軽快なクラクション音が響いて。

「磯原さん! 御無事ですか ?!」

 輝かしいライトがまぶたに突きささった。

「 姫! 栗原!! 」

 思わず叫び反す。

 …はは、我ながらちと情けないほどホッとしちまった声かな…?

「栗原このおじーさん、おま、引き受けてくれぃッっっ」

 それから振り返る。あの人。………彼女………。

 ぐらっ

「危ない磯原さんっ!!」

 姫の銃閃が俺の頭に落ちかかるコンクリ塊を打ち砕いた。

 正確な射撃。

 そして広範囲に崩れ落ち、完全に埋もれてしまった階段と踊り場。

 ………もう、ひろがり流れ、床を染めていった紅い流れのはしさえ、視えはしない。


「… アー、メン… 」

 俺自身はクリスチャンじゃない。

 だけど母親のみようみまねで十字を切った。

 他に… どうしてあげようがある?

 べつに合掌して冥福を祈るんでもなんでも良かったんだ。

 彼女のために、せめてできることなら。


 再び天井の崩壊。

 老人の腕を引きづって間一髪、危険区域から飛びすさった。

 すぐに栗原が駆けつけて来て、あとは引き受けてくれる。

 背負い上げるのを手伝い、ゆかり姫がまにあわせのロープで老人を固定する。

 俺は上着脱いで赤ちゃんくるみなおし、クォク操縦するのに両手が使えるように、膝の上に乗せて両袖をしっかり腹に結わえつけた。

「行くぜっ!」

「 GO !! 」

 栗原と俺が殆ど同時にかけ声をかけた。

 たちまちクォクの轟音。

 サーチライトの渦。



 



(12)


 …も、あっちこっち床は抜けてるわ、ひっきりなしに天井は降ってくるわ、非常 階段 なんて殆どもう踊り場しか残っていない!て感じで、一体どーやって無事に脱けて来られたんでせうね?

 自分でも不思議だ。

 おまけに途中からは火事の毒煙に危うく巻き込まれそうになって決死の鬼ごっこだったし。

 もし留置場がもう少しでも下の層にあったら、俺たちゃ完っ全にオダブツでしたねっっ

「 清クンっ!」

 やうやう屋上ヘリポートにとりつくと5m上方に愛しの『 MISS-SHOT 』…♪

「どいてユミちゃん!」

 かなり慣れてきたタイヤ⇒ホバー⇒タイヤ、の操作を手早くこなしながら、クォク3台そのまま続けざまに宇宙艇の格納庫口へ跳び込んでしまった。

 周りで警戒敷いてた好とひろと先輩も手荒く乗り込んで来る。

 クォクをきちんと繋索するヒマもなし、ヤニさんが宇宙艇を急発進させた。

「 様子はどうだ?」

 コケかけるひろと先輩とクォク同時に押さえこんで好が怒鳴る。

 べつに今までの喧嘩と違って今回は fellow-soldiers が多いんだから、必ずしも 俺が 窓に飛びつかなきゃならない理由ってのもないんだろうけど、気がつけば上半身乗り出してるとこ見ると、こりゃ条件反射だ★

「………おわーーーーっ!! 」

 だけどマジに凄い、ちょっとした眺めだった。

 幾百って感じの飛行艇が都市区画I-39棟の頭上を飛び交っている。

 ニアミス事故が起こんないのが不思議…とゆうか奇跡だね。

 大部分が406~409層の格納庫から引き出された軍令部のエアパトカー。

 もちろん乗っているのは兵隊とばかりは限らないはず。

 むしろ割合としちゃあ脱走犯の乗っ取ってるヤツのが多いんじゃないかと思うけど、うかつにI-39棟空域から離脱すると警備兵側にそれと知られて撃墜されるので、身動きがとれない。

 兵たちにしたってとっくの昔に指揮系統なんて壊滅しちまったに決まってるんだから、事情は似たようなもんなんだろう。

「 ん、とにもう、しょーもないなっ! あのまんまじゃ燃料切れるまで右往左往やってるに違いないぜっ!」

 そのハエみたいな小さな機体群を押しのけるようにして、ドでかい都市の救急車や消防車らしきもの。

 それから…

 その正体に気がついて俺は思わずほくそ笑んでしまった…

「 やったねっ! この船と同じようなのが何隻か… あ、更にあっちこっちから、集まりつつあるぜっ!」

 ヤニさんがタイミングを計っていたかのように通信器のスイッチを入れた。

 艇同士の干渉波のせいでノイズがもの凄いけれど、なんとか聞き取れる。

 集まって来た高性能小型宇宙艇は、この騒動を聞きつけて脱獄犯たちをお出迎えに来た、早い話がお仲間のアウトロウばかりだった。

 それぞれが全波帯使って知り合いの乗ってるパトカーを捜し出し、まだ屋上に残っている連中で、正規のレスキュー隊には捕まりたくなさそうにしているのを2~3人みつくろっては、慣れた手並みで収容してさっさと引き揚げて行く。

 警備兵側のパトカーがいくら撃ったところでこの場合、役に立ちゃしないのだ。なんたって、その気になりゃ(コスト無視すれば)自力で大気圏離脱入のできる外鈑。

 この分なら全員助かりそうですぜっ

 るん♪

{ィヨ~ウ。べっぴんさん。これまた大層なことをやってくれるじゃねェか。}

{礼を云うぜ。今度会った時にゃあ一杯奢らせてくれ。}

 仲間捜しのにぎやか極まりない会話を傍受する合い間に、そのうちそんな通信が混ざって来る。

 誰もがヤニさんのことを個人的にも良く知ってそうな口ぶりなのに、決して『 MISS-SHOT 』の名もヤニさんへの直接的な呼びかけも口に出さない。

 べっぴんさんてのだって洋風に考えれば船のことを云ったんだとも受けとれるわけだから…

 さすが無法者のプロ達だね。

 軍側に聞かれても後からヤニさんに追及の手が伸びる事のないよう、よっく心得てる。

 その中のひとつにこんなのもあった。

{こちら、反皇勢力・スターエア独立回復戦線 副将 尾崎 済(さい)。脱出のチャンスを与えてくれた事に感謝する。今後、我々が力を貸せるような機会があったら、ぜひ云って来てくれ。

 それから、…お尋ねの件だが、さしさわりがなければ我々の情報網でも探させてもらって、何か判れば君たちの本部に連絡させてもらおうと思う。
 構わないかね?}

 俺は短く感謝するとだけ答えた。好もゆかり姫も何も云わなかった。

 尾崎 済。

 ほんの少し向き合って話しただけの相手の顔を、漠然と思い浮かべてみる。

 落ちついた、それでいて、若々しい。

(( …いつかあの人とはまた会う事になるだろうな… ))

 予感がした。

「でもさすがですわ磯原さん。これでこの『 MISS-SHOT 』、完全に目立たなくなってしまいましたわね。」

「さァて、そろそろこっちも全速力でとんずらと行きますかね若旦那がた!」

 唐突にスピードアップ。

 ひろと先輩が慌ててクォクの繋索具合を確かめに行く。

 俺はぼんやり赤ちゃんを抱いたまま、遠ざかって行くI-39を眺めていた。

 既にあらかたの騒ぎはおさまり、今はもう四方八方に散って行く無数の小型艇の姿と、立ち昇る黒、黄、紫、様々な色の、見るからに有毒そうな煙の流ればかり。

 あ~あ。環境汚染だぁ…。




 エルフィーリ。

 … "水の" 娘 … アトゥル・ウルワ…。



 どのみち火事を消し止めたところで、あの建物は2度と使い物になりはしないだろう。





「ところで清。」


 部屋の向う側で好がニタリ笑って云う声が聞こえた。

「おまえいつのまに赤んぼ産んだんだ?」

「お兄ィちゃん!」

「俺じゃないわいッ★」

 ヤニさんが無責任に笑いこけた。



 不夜城めいた都市空域を離れてしまえば、今は夜。

 広い太平洋の上に、俺たちの出発点が、明るく浮かんでいた…。




          …続く。…

 

 

 

 

 

(参照したければ資料)

http://85358.diarynote.jp/201611112222476577/

(12)


奥付

 

リステラス星圏史略

古資料ファイル

5-X-1-3

『未完史』

第1部

第3章

俺たちは

 無鉄砲のかたまり。


http://p.booklog.jp/book/111026


著者
霧樹里守 is 土岐真扉
as
遠野真谷人
 
 


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