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水城合戦 13

「まぁ良い。

 また会ったら続きをしようぞ」

 そう言い残して山中幸盛が先に馬を翻して自陣に駆け戻ってゆく。

 戸田賢兼もそれを視野に納めつつ、馬を自陣に向けたのだった。

「太鼓を鳴らせ!

 押し出すぞ!!」

「弓、鉄砲構え!

 引きつけてしとめるぞ!」

 こうして、戦が浪漫から現実に戻ってゆく。

 二騎の騎馬武者が自陣に戻った時、攻め手は怒号と共に敵陣に襲い掛かり、守り手はそれを矢弾で出迎えた。

 

 脊振山地と四王寺山(大野城・現岩屋城)の隘路を塞ぐように作られた水城の背振山地側の隘路を牛頸と言うのだが、ここでの戦闘は双方とも最初は意図などしていなかった。

 それが、牛頸方向へ陣を持っていったのは地の利を知っている第二陣大将である原田了栄が陣取りの為に転進したからに他ならない。

 本陣である毛利軍は大筒を持って進軍してくるのと、隘路での戦である為に本陣が大筒と共に前に出る空間が無い。

 そして、地の利のない尼子勢は馬鹿正直に竜造寺勢とぶち当たってしまい、本陣の出張る空間確保の為にはここしか残って居なかったというのが真相に近い。

 水城中央を流れる御笠川を突破しようとすると水城背後にいるだろう大友軍に挟み撃ちに合う。

 ならば遮蔽物である水城を迂回しようという考えは間違ってはいない。

 だが、彼は大友軍にも原田了栄よりもはるかに地の利を持っている筑紫広門が居た事を忘れていた。 

 牛頸を含めた背振山地東側こそ筑紫家の領地なのだから、彼と彼の率いる将兵は牛頸という土地が持つ優位さを知りぬいている。

 木々茂る小高い丘である牛頸に着いた原田勢は、先に陣取っていた筑紫勢の矢の洗礼を受ける羽目になる。

「数はこちらの方が多い!

 蹴散らせ!」

 矢の洗礼を受けた原田勢は怯まずに筑紫勢に突貫してゆく。

 原田勢の転進に気づいた毛利軍第二陣も、原田勢を無視する訳にはいかず戦闘に参加する為に転進してゆく。


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水城合戦 14


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水城合戦 15

 かくして、森の中で敵味方どちらが優位か分からぬ死闘が始まる。

 原田勢にとって不運だったのは、森の中という状況が分かりにくい所において、

『筑紫勢は少数』

 と思い込んでいた事だった。

 だが、この筑紫勢には実は隠し玉が存在していた。

 太刀洗・高祖城戦で蜘蛛の子を散らすように逃げ出した御社衆である。

 水城まで逃げ延びた彼らを、珠姫の事前の指示どおり再雇用して筑紫勢に預けたのである。

 それを筑紫勢二人に対して御社衆一人の配分で混ぜて森に伏せさせる。

 御社衆も知らぬ森の中では逃げ出す事もできず奮戦し、牛頸での戦は原田勢が想定するよりも長く拘束されてしまう。

 その結果、原田勢の後ろについていた秋穂盛光と吉田興種と占部尚安の二千は戦闘に参加できず、遊兵化してしまっていた。

 一方、水城正面でも動きがある。

 尼子勢と竜造寺勢の衝突からしばらくして、竜造寺勢水城内部に引き出したのである。

「この勝負、預ける!

 引くぞ!!」

 乱戦の中、手勢と共に先頭にいた山中幸盛に突っ込んできた江里口信常が、捨て台詞を吐いて後退してゆく。

 なお、似たような台詞を吐いて成松信勝も山中幸盛の前から引き下がっていたりする。

 ここで竜造寺勢を追うと尼子勢が突出た上に、遮蔽物である水城正面で戦闘をする事になり、牛頸方面で筑紫勢が勝ってしまえば尼子勢は側面を叩かれる危険があった。

 本来ならその時は第二陣が中央を確保する予定だったのだが、その第二陣が拘束されているので下手に出られない。

 そして、大内勢や宗像勢へ命令できるはずの立花本陣は、大筒の運搬に手間取ってまだこちらに到着していない。

「牛頸から横を突かれなかっただけましか」

 後退する竜造寺勢の足軽を眺めながら山中幸盛はぼやく。

 尼子勢が追撃をかけなかった事もあり、正面での戦は収束に向かっていた。

「深追いするな!

 陣を整えよ!」

 兵に声をかけながら、山中幸盛はある事に気づく。

「兵が……少ない?」

 出てきた竜造寺勢の兵が少なく見える。

 彼らはこの戦で二千は持ってきているはず。


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水城合戦 16

 今、引いてゆく竜造寺勢を見ると千か千五百程度にしか見えない。

 つまり、どこかに彼らは兵を隠している。

「どうした?

 めずらしく考えて?」

 いつの間にか駆けてきた横道正光が話しかける。

 それに気づいて山中幸盛も苦笑しながら、気づいた事を口にした。

「どうもあいつら、どこかに兵を伏せているらしい。

 牛頸の方だろうな。

 下手に突っ込んだら横槍を食らうところだった」

 牛頸の方ではまだ戦が続いている。

 戦況が混沌としていて、こちらが出した伝令も状況が分からずに戦が続けられている事しか分かっていなかった。

「ならば、控えている秋上久家の手勢を加えて水城を抜くか?」

 秋上久家の手勢千は尼子勢の最後尾に陣取っており、現状で唯一動かせる予備兵力である。

 今すぐに動かせるがゆえに、それを命ずるのは危険と山中幸盛の武将の勘が告げていた。

「強引に水城を抜けば、今度は岩屋城の兵が襲ってこよう。

 今、やつらが兵を引いたのは誘いだ」

 考えてみると、竜造寺勢の侍大将クラスがわざわざ山中幸盛に突貫して後退する事自体がおかしい。

 まさか、鍋島信生の指示が無い事をいい事に好き勝手に彼らが戦をしているなんて、山中幸盛に分かるはずが無い。

 好き勝手が戦そのものを破綻しない程度の分別を持っていた事が幸いして、山中幸盛には竜造寺の囮に見えていたのだった。

 水城というのは白村江の戦いで大敗した日本軍が太宰府を守るために作られた長城で、長い年月の果てに今ではその土手に木々が生い茂り、旗指物が木々の頭から見える以外、兵達をその影に隠してしまっていた。

 戦線に出ている大友軍の兵数が分からない事と、太刀洗合戦の立役者である鍋島信生の姿が見えない事が、山中幸盛を思考の呪縛に捕らえている事に彼自身気づいていない。

 山中幸盛が戦場の隣にそびえる四王寺山を見上げる。

 その山頂には岩屋城があり、大友家の旗が風にはためいていた。

「岩屋城の兵が打って出てこない。

 何を考えている?」

 山中幸盛の思考を中断に追い込んだのは牛頸方面が更に騒がしくなったからだ。

 大友軍が後詰を投入したのだろう。


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水城合戦 17

「何があった!」

 横道正光の声に控えていた馬廻りが報告する。

「伝令によると、牛頸に大友軍が後詰を送り込んだ模様!

 大将は田北鎮周(たきた しげかね)と怒留湯融泉でかなりの兵が戦に加わっております!

 大友軍の後詰だが、武将二人が率いる後詰を牛頸に送り込んだことで、主戦場は牛頸の方に移ってしまっていた。

 戦い続けていた原田勢は消耗して後退し、それを追撃しようとした大友軍と遊兵化していた第二陣が牛頸の森前で激しくぶつかりだしていた。

「大友の兵数は分かるか?」

 山中幸盛の声に梯子に登った物見が牛頸方面を眺めて叫ぶ。

「第二陣と同じ数に見えます!

 杏葉の旗印が見えます!」

 第二陣で原田勢を除いた数と同じぐらいという事は二千はくだらない。

 しかも、大友家同紋衆の証である杏葉紋の旗印が戦場にあるという。

 それが山中幸盛の疑念を強める。

「大友軍本陣からの後詰だと!

 何で岩屋城から打って出ない?」

 田北鎮周は田北鑑重の弟であり、この戦の総大将で軽々しく動けない兄に代わって本陣の兵を率いて戦場に姿を表していた。

 それは、本陣馬廻り、つまり戦場において貴重な貴重な総予備を繰り出してきた事に他ならない。

 更に、もう一人の将である怒留湯融泉は岩屋城の守将であり、今の後詰が岩屋城から打って出た場合、尼子勢は竜造寺勢との挟撃に支えきれずに後退せざるを得ず、牛頸の戦いは突出部になる為にそちらも下がる必要があった。

 だが、大友軍は牛頸に後詰を送って、戦は膠着状態に陥っている。

 田北鑑重は加判衆を務め、先の南予侵攻でも功績をあげた武将だ。

 そんな武将が膠着しか生まない場所に、岩屋城守備兵と貴重な馬廻りの後詰を送った。

 戦人特有のいやな勘を山中幸盛は感じていた。

 膠着する戦線。

 遅れている本陣。

 一局面に本陣からの後詰。

 敵城から出ない守備兵。


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水城合戦 18

 ならば、本来そこに投入されるはずだった兵は何処に居る?

 

 

 山中幸盛の背筋が凍る。

 敵将鍋島信生は太刀洗合戦で各個撃破を決めて見せた。

 同じことを考えてこちらの本陣を叩くのだとしたら?

「兵を下げよ!

 敵の挑発に乗らずに後退するぞ!

 第二陣にも伝えよ!!

 本陣が危ないと!」

 山中幸盛の叫びは一刻ほど遅かった。

 このまま攻め続けたら牛頸での戦いはどう転ぶか分からなかったし、思ったより兵が少なく見える水城を突破して、本陣の立花勢が来る前に大友軍の防衛線を崩壊させる事ができたかもしれなかった。

 だが、山中幸盛は名将と呼ばれる才を持っていたが為に、その才に捕らわれた。

 動きの見えない鍋島信生とその手勢が出ない事によって、大友軍は寡兵を利に変えていたのである。

 そして、それは実を結ぶ。

「立花本陣!

 裏崩れにござる!!」

 

 毛利軍が鍋島信生を警戒していたのは分かるが、彼らが見落としていた点が一つあった。

 立花謀反時に大筒を借りて高祖城を攻めていた事である。

 つまり、大筒の運用、特にその移動の不便さと労力を知っていたという事を見落としていた事がこの戦の勝敗を分けた。

「彼らはここを攻める時に必ず大筒を使うでしょう。

 それは、移動時に先陣と本陣が離れることを意味します」

 太宰府の本陣で行われた大友軍戦評定の席で、鍋島信生はこう言い切った。

 それで各個撃破を考えない武将は大友軍には存在しない。

「それがしの手勢五百で本陣を突きます。

 どうか許可を」 

 そう言った鍋島信生に田北鑑重は首を横に振った。


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水城合戦 19

「鍋島殿の武勇は姫様よりよく聞かされておる。

 その見識はたった今正しかったと確認させてもらった。

 それゆえ、寡兵で死地に送るなど大友の沽券に関わる。

 豊饒殿と問駐所殿をつけよう。

 お二方は鍋島殿に加勢してもらいたい」

 控えていた田北鑑重の弟である田北鎮周が驚きの声をあげる。

 それは、大友家に敵対したばかりの竜造寺家に手柄をあげさせるに事になるからだ。

「兄上!

 それはそれがしと鎮台の兵で……」

 田北鎮周が言い終わる前に田北鑑重は叱りつける。

「たわけっ!

 この場において、竜造寺を信頼できぬなどありえぬ!

 しかも、寡兵で死地に赴く鍋島殿に兵をつけぬなど愚の骨頂!」

「しかし、お二方の兵をつければここの守りが薄くなりましょう!」

 なおも再考言葉を続ける田北鎮周に、田北鑑重は即座に怒りをぶちまける。

「姫様は南予の陣において、寡兵にもかかわらず常に先陣を駆けておられた。

 姫様にできて我らにできぬと言うか!!」

 なお、その姫の寡兵の先陣駆けを諌める為に姫を叩いたのが言った本人である田北鑑重だったりするのだが、そんな事はこの本陣において誰も知らない。

 ついでに言うが、田北鎮周とのやり取りも半分以上演技だったりする。

 同紋衆と他紋衆という譜代と外様の争いをやり続けていた大友家は、このような事で竜造寺家をはじめとした外様のガス抜きをする必要があったからだ。

 もちろん、鍋島信生をはじめとした諸将もそれを分かっているから、この茶番に口を挟まない。

 ここまで怒り顔だった田北鑑重はにやりと笑う。

「どうか、姫様が認めし将才を披露してくだされ」

 鍋島信生はただ、静かに頭を下げることでそれを了承したのだった。

 山中幸盛の読みどおり、鍋島信生の狙いは立花本陣だった。

 だが、豊饒鎮連問駐所鎮連の手勢を入れても寡兵である事を鍋島信生は理解しており、損害を少なくして相手を撤退させる事を鍋島信生は狙ったのである。

 この三人の兵数は千五百で彼が狙ったのは筑前丸山城。

 立花山城の支城の一つで、筑豊との要衝八木山峠の出口に当たる。

 毛利軍の出陣を察すると、鍋島信生は兵を率いて宇美方面に先に移動して待機していたのである。


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水城合戦 20

 そこに千五百もの兵を伏せておくのは遊兵になりかねない大きな賭けでもあったが、毛利軍が二日市や太宰府という餌に釣られて馬鹿正直に防御を固めた水城に来た事で問題とならなくなった。

 宇美の地は、乙金山・大野山・井野山などに囲まれた盆地になっている

 そして、宇美の地は珠姫が庇護する宇美八幡宮があり、立花領でもあったこの地の住民達は、立花家で起こった謀反に静観はしていたが賛同はしていなかったのである。

 更に、近くにあった稲居塚城主安河内延昌(やすこうち まさのぶ)がこちら側に内応したのも大きかった。

 彼は宇美八幡宮経由で糸島半島に逃れた立花親善の事を知っていたからで、安河内延昌にこのことを知らせたのは博多に残っていた島井茂勝とお色太夫に他ならない。

 こうして、情報は漏れること無く安河内延昌の手引の元で丸山城を攻撃できたのだった。

 謀反発生で家中が動揺している丸山城の城兵は寡兵で、鍋島信生率いる大友軍千五百もの兵で押し寄せられて支えられるはずも無く、戦う前に逃亡・開城してしまっていた。

 そして、丸山城から逃げ出した城兵によって、水城進軍中の立花本陣は事態を把握して真っ青になる。

「大友軍の奇襲により丸山城が落城!」

「稲居塚城主安河内延昌裏切り!

糸島に逃れた立花親善につくと城に檄文を発しています!!

 正当性を確保できていない謀反の欠点がここに来て致命的に出た。

 冷静に考えると立花山城にも押さえの兵が二千ほどあり、率いている二千の兵で蹴散らしてしまえば良かったのだ。

 だが、正当性のない謀反ゆえ、敵側に正当性がある旗が現れた以上、他の領主が呼応する可能性が高かった。

 おまけに、現在出陣している立花勢は、大筒という移動に手間取る高価なでかぶつを抱えている。

 あの珠姫ですら放棄を聞いた時にぶっ倒れた超高価な武器である大筒を放棄して即応する事など、彼らにはできるわけが無かった。

 とどめに、丸山城という絶妙な位置が彼らを恐慌に走らせる。

 丸山城を落とされても立花山城との連絡はできるが、丸山城から出撃して退路を塞ぐ事もまたできるのだ。

 人は完全に退路を絶たれるより、退路をふさがれかかるというタイミングで最も単純に愚かになる。

 この時の立花勢将兵の心は一つとなった。

「退路が塞がれる……!」


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水城合戦 21

 兵の数は勝っており、大筒もあるのだからおちついて敵に当たれば負ける事もないのだ。

しかし、安河内延昌の裏切りによって、立花勢内部に疑心暗鬼の花が鮮やかに咲いてしまっていた。

 だから、大筒の破壊力よりもその足の遅さに目がいってしまう。

「城攻めは中止だ!

 急いで立花山城に引き上げよ!」

 かくして、戦う前に立花勢は壊走する。

 これを裏崩れとという。

 なお、この壊走時に鍋島信生の大友軍はまだ丸山城を出ていなかった事を付け加えておこう。

 

 立花勢の裏崩れは、当然のように攻めていた毛利軍に衝撃を与える。

 今回の戦は立花勢の大筒が攻略の前提になっていた。

 それが無くなった以上、水城は抜けても岩屋城や宝満城は落とせない。

 そして、立花家で発生した裏切りは、立花領内が安全ではない事を明確に知らしめていた。

 隣の陣が崩れることに釣られて自陣が崩壊する事を友崩れという。

 水城で戦っている毛利軍で発生しようとしていたのはこれだった。

 そして、この裏崩れが狙い通り水城を攻撃していた毛利軍に伝わり、動揺が総崩れに繋がるのに時間がかかないだろう。

 山中幸盛は、この戦の負けを悟った。

 たとえ兵が少なくとも、本隊が崩れて挟み撃ちにあうと思い込んだ将兵を立て直す事はできない。 

「手仕舞いだな。

 秋上久家の手勢で第二陣を支えよ。

 博多の方に兵を引くぞ」

 山中幸盛の命に崩れていない尼子勢は整然と兵を引き上げる。

 竜造寺勢も尼子勢が崩れていない事を悟って手出しを控え、追撃をしかけてこない。

「博多?

 立花山城に逃げないのか?」

 退路の方向が違う事に横道正光が疑念の声をあげるが、山中幸盛は壮絶な笑みを浮かべて言い放つ。

「まっすぐ逃げてみろ。

 そこを鍋島信生に潰されるぞ」

 

「尼子勢後退していきます!」


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水城合戦 22

「宗像勢・秋穂殿と吉田殿も同じく後退!」

「馬鹿な!

何故水城を攻めぬ!?

抜いてしまえば、背後の事等どうとでもなるではないか!!!」

 牛頸にて最初から戦い、最も消耗していたのに戦意はまだあった原田了栄が血まみれで叫ぶ。

 大将がいない事の欠点がこういう時に姿を表す。

 個々での後退だから付け込まれやすいのだが、大友軍は動こうともしない。

「何故攻めない!

 あの大友軍の動きが分からぬのか!!

 追撃をかけてこない!

 向こうにも兵が居ないという事を!!!」

 叫び続ける原田了栄に主従が体を捕まえで下げさせる。

「お下がりください!

 既に勝機は去りました!

 立花山城が襲われたら彼らは帰る場所が無くなるのですぞ!」

「高祖城はどうする!?

 ここで大友に主導権を渡したら、次に攻められるのは高祖城ではないか!!」

 原田了栄の叫びはあながち間違いではない。

 大友軍が糸島の臼杵勢と合流できるならば、博多奪還も夢ではないだろう。

 たとえ失うにせよ太宰府を、水城を抜けられるならば、大友軍の戦線は南に後退して毛利の後詰が来るまでの時間が稼げただろう。

 だが、水城を抜けなかったら、後方拠点として最適な二日市遊郭と太宰府の周囲で兵を集結・再編できる大友軍が一気に押し寄せかねない。

「高祖城に戻るぞ!

 博多に下がって囲まれるよりましだ!」

 こうして消耗した原田勢が離脱したが、毛利軍は大友軍の追撃を受けること無く後退に成功することになる。

 なお、この戦いの最後として原田了栄の最後に触れておこう。

「前方に大友軍!

 臼杵勢です!!」

「隅立て四つ目結に三つ星の旗まであります!」

 小笠木峠を押さえている筑紫家経由で糸島に連絡ができるならば、毛利軍の出撃に糸島の大友軍が動かない訳がない。

 間で遮断できる原田家が兵を率いて毛利軍に参加したことも大きかった。


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水城合戦 23

……あの女の手の上で踊っていたという訳た……」

 室見川手前で原田勢は糸島半島から出た大友軍二千に補足され、激しい合戦の後原田勢は大将以下全て討ち取られた。

 主なき高祖城も開城し、糸島と太宰府の連絡線の構築によって博多が最前線となった為に、毛利軍は立花山城に後退する事になる。

 原田了栄が漏らしたあの女については珠姫だろうと言われているが、お色太夫ではないかという説も根強く残っている事を明記しておこう。

 この合戦で毛利軍は大友軍に数百の損害を与えはしたが、千数百近い損害を受けて水城を抜けなかったという敗北を喫した。

 だが、大友軍はその勝勢に乗って博多を奪還しにはこなかったのである。

 

水城合戦

 兵力 

大友軍 七千

毛利軍 九千五百

 損害

大友軍 数百

毛利軍 千数百

 討死

  原田了栄 (毛利軍)

 

「しかし、何でやつら追撃しなかったんだ?

 あのまま名島なり立花山なり攻めていれば、博多は奪還できただろうに……」

 水城合戦の翌日、山中幸盛は名島城で博多の町を眺めながら呟く。

 大友軍は再占拠した丸山城も捨てて全兵力を元の水城に下げさせていた。

 大友軍が捨てた丸山城には毛利軍がそれなりの兵を置いて、寝返った稲居塚城主安河内延昌と宇美方面へ備えさせている。

 この水城合戦では毛利軍の将兵が消耗したが原田家が滅んだだけで、博多の支配権は相変わらずこちら側にある。

 勝利による戦果拡大を狙うのならば、大友軍はこっちに押し出してもおかしくは無い状況のはすである。

 毛利軍の兵はまだ多いが敗戦で士気は落ち、大友軍は糸島や原鶴からの後詰も期待できた。

 その問いに対する答えは、立花山城からの早馬で届けられた。

「白山城の宗像氏貞殿より急報!

 響灘沖で大友水軍と毛利水軍が戦い、毛利水軍が敗北したとの事!!」


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水城合戦 24


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