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門司義父娘会談
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水城合戦 8

 二人して意地の悪い笑みを浮かべてた時、尼子勢で一隊を率いている、秋上久家(あきあげ・ひさいえ)がこちらに駆けてくるのが見える。

「おい、女之介はもう向こうに行ったのか?」

「ああ、この書状を渡して二日市遊郭に潜り込んでもらっている」

 井筒女之介(いづつ・おんなのすけ)。

 蜂屋衆の一人で、山中幸盛が横道正光に渡した書状を持ってきた間者であり、女装の達人である。

 珠姫の駄目言葉を使えば、一言で彼の容姿が分かるのであえて言わしてもらう。

「お、男の娘ですってぇぇぇぇぇぇっ!」

 本当にありがとうございました。

 話がそれた。

 秋上久家が潜り込ませた間者が気になった山中幸盛が彼に尋ねる。

「女之介がどうかしたのか?」

「気になる噂を耳にした。

 中洲遊郭があるだろ。

 立花謀反の後、我々に城門と股を開いたが、開く前にあそこから船で糸島に逃れた連中がいる。

 博多のお色太夫の手引きで逃がしたらしいが、大友珠姫直属のお色太夫が手引して逃がしたのは誰か気にならないか?」

 秋上久家の説明で、それが異常な事である事が分かる。

 九州に君臨する超大大名である大友家の筆頭後継者候補であり、最高意思決定機関である加判衆に参加し、二十万石以上の収入を持つ大友家の最重要人物の一人である珠姫。

 その珠姫に直属で仕える姫巫女衆の遊女、特に太夫と名のついた各遊郭の長はそんじょそこらの国衆なんかより遥かに影響力を持つ重要人物である。

 おまけに、今の遊郭の主であるお色太夫はこちら側に兵を出している宗像家の姫である。

 そんな重要人物が立花謀反という緊急事態において、中洲遊郭より誰かを船で糸島半島に逃がしたとくれば怪しい事この上ない。

 そのあたりの追求は口を閉ざして股を開いたお色太夫と、その陵辱に不快感を表明した占部尚安によって中途半端に終わっていた。

「怪しいな。

 ここから水城まで三里程度だ。

 馬で走れば逃れられる可能性は高いだろうに」

 横道正光が疑問を口にすると、その後に山中幸盛が顎に手を当てて呟く。

「つまり、確実に逃したい人物が乗っていた」


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水城合戦 9

 そこまで言えば、秋上久家が言いたい事を山中幸盛も横道正光を察した。

「立花鑑載の隠し子か?」

「案外、お色太夫が母親だったりしてな。

 今、お色太夫を殺せば宗像がどう動くかわからんぞ」

「その可能性は低いが、隠し子だとしたら、まずいぞ。

 立花鑑載とその血族は皆始末したそうだが、隠し種が残っていたなんて事がばれたら立花家中に動揺が走るのは間違いない。

 あの二人が負けた後だと特に」

 この時の三人の推測は半分ほど的中していた。

 珠姫は立花鑑載の謀反の可能性と立花家の粛清を考えており、その後釜に立花の血を引く都合の良い子を欲していたのである。

 で、立花鑑載を篭絡できるだけの女も博多に置いていた事もあり、色仕掛けをしかけた。

 この色仕掛けはお色太夫が宗像家の姫という素性を立花鑑載が知っていた為に失敗するが、商人たちの情報と共に彼が謀反を思いとどまり立花親善を逃がす一因になる。

だが、それを知っているのはお色太夫しかいない。

「水城前方に大友軍!

 その数は約二千!!

 十二日足の旗印!

 竜造寺家です!!」

 伝令の敵発見によって、三人は現実に戻る。

 横道正光が前に出張る竜造寺の旗を見つめて口笛を吹く。

「やはり大筒を警戒して、水城には近づけさせぬか。

 防がせるが、お前はどうする?」

 横道正光は山中幸盛にわざと尋ねる。

 尼子勢の総大将をしているが、彼とてまだ若武者。

 軍を率いるより、己の武勇を誇りたい年頃である。

「ふん。

 後ろが崩壊するまで、竜造寺と遊んでいるさ。

 久家、後詰として待機してくれ。

 岩屋城から打って出るだろう守備兵への押さえを頼みたい。

 後ろが崩れたら、見捨てて引くぞ」

「承知。

 お気をつけなされ。

 竜造寺には、敵方である珠姫より特別に武勇を称された五虎将がいるとか」


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水城合戦 10

 秋上久家の言葉に山中幸盛は心底楽しそうに笑う。

 これぞ、彼が求めていた戦であった。

「頼むから、女との逢瀬に行く様な顔をしてくれるな。

 今更行っても仕方ないが」

 横道正光はこれ見よがしにため息をついた。

 それを気にする事も無いように、山中幸盛は馬に一あてして前方に単機で駆け出す。

「すまぬ。

 少し手合わせしてくる」

「ほどほどにして帰って来い。

 一応、お前が大将なんだからな」

 秋上久家が言葉を投げかけるが、既に山中幸盛は駆けていてそれを聞いていない。

 かくして、水城合戦は山中幸盛一騎駆けという、源平合戦さながらの戦作法ではじまったのだった。

 

 煌びやかな武具を身にまとい、馬上一騎駆ける山中幸盛。

 前にそびえるは、太古から防人を守りし緑の城壁である水城。

 杏葉・日足・寄り掛目結の旗下の将兵達に彼は馬上から弓を見せ相手を求める。

 その出で立ちは古の鎌倉武士のごとく、双方の将兵を魅了する。

 そんな姿に見せられたのは、竜造寺軍の若武者達。

 太刀洗で勝っての出陣ゆえ彼らの鼻息も荒く、彼らの眼前に出向いた山中幸盛と手合わせしたいと願う気持ちなど抑えられるはすがなかった。

「弓鉄砲を放つな!

 武士の一騎駆けに飛び道具は卑怯なり!!」

 味方の足軽が弓鉄砲で狙っている事を知って、慌てて大声で江里口信常が叫んで弓鉄砲を下げさせる。

 見ると、山中幸盛がにやりと笑っている。

 その笑みで誘っているのだ。

「誰が出る?」

 と。

「俺が出るぞ。

 馬引けい!」

 と、己の馬を持ってこらせようとした江里口信常を成松信勝が引き止める。


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水城合戦 11

「待て。

 おぬし、御大将からここを預かっているのだろう!

 お前が出て行ってどうする?」

 成松信勝の掴んだ手を引き離そうとして、江里口信常も悟った。

 こいつも出たいのだと。

「いやいや。

 あのような挑発は若武者の仕事ゆえ、ぜひ成松殿はここで隊を率いて……」

「普通、年配者に譲るものだろう。

 若輩者は、ここで見て先達から学ぶべきなのだ」

 互いが互いの手を掴んで穏やかな声なのに、周りの空気がどんどん冷え込んでゆく。

 そんな二人の横を一騎の騎馬武者が駆けていった後で、

「先駆け御免!」

 の捨て台詞が二人に届く。

「戸田殿!」

「抜け駆けとは卑怯な!!」

 何の事は無い。

 二人の敗因は馬を足軽に持ってこらせようとしたからで、戸田(百武)賢兼は自ら馬を取りに行ってこの二人に巻き込まれなかったのである。

 もちろん、戸田賢兼も成松信勝や江里口信常と同じく、ここで隊を率いている身だったりする。

 二人が罵るが、既に戸田賢兼は山中幸盛の前に馬を進めていたのだった。

 戸田賢兼は弓を持ち出し、馬を走らせて山中幸盛の正面に立ち、先に進ませぬと弓を構える。

 双方の陣からは太鼓や法螺貝が鳴らされ、足軽達の歓声があたりに響く。

 戦国の世だからこそ、こんな馬鹿げた一騎討ちという浪漫を皆求めていたのだろう。

「我は竜造寺五虎将が一人、戸田賢兼!

 家を失いし、落ち武者風情にこの先は進ませぬ!」

 言上と共に構えた矢を山中幸盛に向けて放つ。

 それを馬の向きを変える事で、山中幸盛はその矢をかわした。

「ほう。

 太刀洗で勝ったのに膝を折った竜造寺の虎は吠える事はできるらしい。

 牙もあれば我らと轡を並べたものを」

「ほざけ!」

 戸田賢兼は山中幸盛に次の矢を放とうとするが、山中幸盛の矢の方が早かった。


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水城合戦 12

 流れるように弓を構え張り詰めた弦が澄んだ音を鳴らして、戸田賢兼の正面に矢を向かわせる。

 馬の向きを変えるのでは遅いと悟った戸田賢兼は、体をずらしてかろうじて矢をそらす。

 その頬にはうっすらと紅色の線ができ、朱色の雫がたれようとしていた。

「やってくれたな……」

 憤怒の凶相で山中幸盛を睨み付ける戸田賢兼は、そのまま馬を山中幸盛の方に向けて走らせる。

 体が崩れた状態で弓は放てないので、組み討ちで山中幸盛を狙う事に変更したのだった。

 だが、戸田賢兼が近づくまでに山中幸盛の第二射が戸田賢兼を襲う。

「なんのっ!」

 持っていた弓を使って矢をはじく。

 乾いた音と共に弓が折れるが、それを投げ捨てた時には、山中幸盛の姿は既に目前にある。

 鎧と鎧が当たり、鈍い音は二人にしか聞こえない。

 最初の組み討ちは互いに馬から落とす事はできず、一度間合いを取ろうとした時に合戦の喚声が二人の横から聞こえてきた。

「牛頸方面で筑紫勢と原田勢が交戦しています!」

 その伝令は尼子・竜造寺双方ともほぼ同時に届き、源平武者の世界を戦国色に戻してゆく。

「ふん。

 抜け駆けとは面白くないな」

 山中幸盛が吐き捨てる。

 第二陣の大内・宗像・原田勢は尼子勢の後詰の位置づけだったはずである。

 それが尼子勢を迂回して側面の筑紫勢が守る牛頸方面で戦端を開いたのだから、面白いはすが無い。

 

「左様。

 これでは我らが道化ではないか」

 面白くないのは戸田賢兼も同じである。

 攻勢正面である水城を守るという事は、自分達が今回の戦の主戦力であると認められたからこそ。

 おまけに、尼子の勇将である山中幸盛との一騎討ちを邪魔したのだから、怒りは戸田賢兼の方が大きい。

 だからといって双方とも兵を率いる大将である以上、そろそろ自陣に戻らねばならぬ事は理解していた。


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水城合戦 13

「まぁ良い。

 また会ったら続きをしようぞ」

 そう言い残して山中幸盛が先に馬を翻して自陣に駆け戻ってゆく。

 戸田賢兼もそれを視野に納めつつ、馬を自陣に向けたのだった。

「太鼓を鳴らせ!

 押し出すぞ!!」

「弓、鉄砲構え!

 引きつけてしとめるぞ!」

 こうして、戦が浪漫から現実に戻ってゆく。

 二騎の騎馬武者が自陣に戻った時、攻め手は怒号と共に敵陣に襲い掛かり、守り手はそれを矢弾で出迎えた。

 

 脊振山地と四王寺山(大野城・現岩屋城)の隘路を塞ぐように作られた水城の背振山地側の隘路を牛頸と言うのだが、ここでの戦闘は双方とも最初は意図などしていなかった。

 それが、牛頸方向へ陣を持っていったのは地の利を知っている第二陣大将である原田了栄が陣取りの為に転進したからに他ならない。

 本陣である毛利軍は大筒を持って進軍してくるのと、隘路での戦である為に本陣が大筒と共に前に出る空間が無い。

 そして、地の利のない尼子勢は馬鹿正直に竜造寺勢とぶち当たってしまい、本陣の出張る空間確保の為にはここしか残って居なかったというのが真相に近い。

 水城中央を流れる御笠川を突破しようとすると水城背後にいるだろう大友軍に挟み撃ちに合う。

 ならば遮蔽物である水城を迂回しようという考えは間違ってはいない。

 だが、彼は大友軍にも原田了栄よりもはるかに地の利を持っている筑紫広門が居た事を忘れていた。 

 牛頸を含めた背振山地東側こそ筑紫家の領地なのだから、彼と彼の率いる将兵は牛頸という土地が持つ優位さを知りぬいている。

 木々茂る小高い丘である牛頸に着いた原田勢は、先に陣取っていた筑紫勢の矢の洗礼を受ける羽目になる。

「数はこちらの方が多い!

 蹴散らせ!」

 矢の洗礼を受けた原田勢は怯まずに筑紫勢に突貫してゆく。

 原田勢の転進に気づいた毛利軍第二陣も、原田勢を無視する訳にはいかず戦闘に参加する為に転進してゆく。


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水城合戦 14


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水城合戦 15

 かくして、森の中で敵味方どちらが優位か分からぬ死闘が始まる。

 原田勢にとって不運だったのは、森の中という状況が分かりにくい所において、

『筑紫勢は少数』

 と思い込んでいた事だった。

 だが、この筑紫勢には実は隠し玉が存在していた。

 太刀洗・高祖城戦で蜘蛛の子を散らすように逃げ出した御社衆である。

 水城まで逃げ延びた彼らを、珠姫の事前の指示どおり再雇用して筑紫勢に預けたのである。

 それを筑紫勢二人に対して御社衆一人の配分で混ぜて森に伏せさせる。

 御社衆も知らぬ森の中では逃げ出す事もできず奮戦し、牛頸での戦は原田勢が想定するよりも長く拘束されてしまう。

 その結果、原田勢の後ろについていた秋穂盛光と吉田興種と占部尚安の二千は戦闘に参加できず、遊兵化してしまっていた。

 一方、水城正面でも動きがある。

 尼子勢と竜造寺勢の衝突からしばらくして、竜造寺勢水城内部に引き出したのである。

「この勝負、預ける!

 引くぞ!!」

 乱戦の中、手勢と共に先頭にいた山中幸盛に突っ込んできた江里口信常が、捨て台詞を吐いて後退してゆく。

 なお、似たような台詞を吐いて成松信勝も山中幸盛の前から引き下がっていたりする。

 ここで竜造寺勢を追うと尼子勢が突出た上に、遮蔽物である水城正面で戦闘をする事になり、牛頸方面で筑紫勢が勝ってしまえば尼子勢は側面を叩かれる危険があった。

 本来ならその時は第二陣が中央を確保する予定だったのだが、その第二陣が拘束されているので下手に出られない。

 そして、大内勢や宗像勢へ命令できるはずの立花本陣は、大筒の運搬に手間取ってまだこちらに到着していない。

「牛頸から横を突かれなかっただけましか」

 後退する竜造寺勢の足軽を眺めながら山中幸盛はぼやく。

 尼子勢が追撃をかけなかった事もあり、正面での戦は収束に向かっていた。

「深追いするな!

 陣を整えよ!」

 兵に声をかけながら、山中幸盛はある事に気づく。

「兵が……少ない?」

 出てきた竜造寺勢の兵が少なく見える。

 彼らはこの戦で二千は持ってきているはず。


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水城合戦 16

 今、引いてゆく竜造寺勢を見ると千か千五百程度にしか見えない。

 つまり、どこかに彼らは兵を隠している。

「どうした?

 めずらしく考えて?」

 いつの間にか駆けてきた横道正光が話しかける。

 それに気づいて山中幸盛も苦笑しながら、気づいた事を口にした。

「どうもあいつら、どこかに兵を伏せているらしい。

 牛頸の方だろうな。

 下手に突っ込んだら横槍を食らうところだった」

 牛頸の方ではまだ戦が続いている。

 戦況が混沌としていて、こちらが出した伝令も状況が分からずに戦が続けられている事しか分かっていなかった。

「ならば、控えている秋上久家の手勢を加えて水城を抜くか?」

 秋上久家の手勢千は尼子勢の最後尾に陣取っており、現状で唯一動かせる予備兵力である。

 今すぐに動かせるがゆえに、それを命ずるのは危険と山中幸盛の武将の勘が告げていた。

「強引に水城を抜けば、今度は岩屋城の兵が襲ってこよう。

 今、やつらが兵を引いたのは誘いだ」

 考えてみると、竜造寺勢の侍大将クラスがわざわざ山中幸盛に突貫して後退する事自体がおかしい。

 まさか、鍋島信生の指示が無い事をいい事に好き勝手に彼らが戦をしているなんて、山中幸盛に分かるはずが無い。

 好き勝手が戦そのものを破綻しない程度の分別を持っていた事が幸いして、山中幸盛には竜造寺の囮に見えていたのだった。

 水城というのは白村江の戦いで大敗した日本軍が太宰府を守るために作られた長城で、長い年月の果てに今ではその土手に木々が生い茂り、旗指物が木々の頭から見える以外、兵達をその影に隠してしまっていた。

 戦線に出ている大友軍の兵数が分からない事と、太刀洗合戦の立役者である鍋島信生の姿が見えない事が、山中幸盛を思考の呪縛に捕らえている事に彼自身気づいていない。

 山中幸盛が戦場の隣にそびえる四王寺山を見上げる。

 その山頂には岩屋城があり、大友家の旗が風にはためいていた。

「岩屋城の兵が打って出てこない。

 何を考えている?」

 山中幸盛の思考を中断に追い込んだのは牛頸方面が更に騒がしくなったからだ。

 大友軍が後詰を投入したのだろう。


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水城合戦 17

「何があった!」

 横道正光の声に控えていた馬廻りが報告する。

「伝令によると、牛頸に大友軍が後詰を送り込んだ模様!

 大将は田北鎮周(たきた しげかね)と怒留湯融泉でかなりの兵が戦に加わっております!

 大友軍の後詰だが、武将二人が率いる後詰を牛頸に送り込んだことで、主戦場は牛頸の方に移ってしまっていた。

 戦い続けていた原田勢は消耗して後退し、それを追撃しようとした大友軍と遊兵化していた第二陣が牛頸の森前で激しくぶつかりだしていた。

「大友の兵数は分かるか?」

 山中幸盛の声に梯子に登った物見が牛頸方面を眺めて叫ぶ。

「第二陣と同じ数に見えます!

 杏葉の旗印が見えます!」

 第二陣で原田勢を除いた数と同じぐらいという事は二千はくだらない。

 しかも、大友家同紋衆の証である杏葉紋の旗印が戦場にあるという。

 それが山中幸盛の疑念を強める。

「大友軍本陣からの後詰だと!

 何で岩屋城から打って出ない?」

 田北鎮周は田北鑑重の弟であり、この戦の総大将で軽々しく動けない兄に代わって本陣の兵を率いて戦場に姿を表していた。

 それは、本陣馬廻り、つまり戦場において貴重な貴重な総予備を繰り出してきた事に他ならない。

 更に、もう一人の将である怒留湯融泉は岩屋城の守将であり、今の後詰が岩屋城から打って出た場合、尼子勢は竜造寺勢との挟撃に支えきれずに後退せざるを得ず、牛頸の戦いは突出部になる為にそちらも下がる必要があった。

 だが、大友軍は牛頸に後詰を送って、戦は膠着状態に陥っている。

 田北鑑重は加判衆を務め、先の南予侵攻でも功績をあげた武将だ。

 そんな武将が膠着しか生まない場所に、岩屋城守備兵と貴重な馬廻りの後詰を送った。

 戦人特有のいやな勘を山中幸盛は感じていた。

 膠着する戦線。

 遅れている本陣。

 一局面に本陣からの後詰。

 敵城から出ない守備兵。


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水城合戦 18

 ならば、本来そこに投入されるはずだった兵は何処に居る?

 

 

 山中幸盛の背筋が凍る。

 敵将鍋島信生は太刀洗合戦で各個撃破を決めて見せた。

 同じことを考えてこちらの本陣を叩くのだとしたら?

「兵を下げよ!

 敵の挑発に乗らずに後退するぞ!

 第二陣にも伝えよ!!

 本陣が危ないと!」

 山中幸盛の叫びは一刻ほど遅かった。

 このまま攻め続けたら牛頸での戦いはどう転ぶか分からなかったし、思ったより兵が少なく見える水城を突破して、本陣の立花勢が来る前に大友軍の防衛線を崩壊させる事ができたかもしれなかった。

 だが、山中幸盛は名将と呼ばれる才を持っていたが為に、その才に捕らわれた。

 動きの見えない鍋島信生とその手勢が出ない事によって、大友軍は寡兵を利に変えていたのである。

 そして、それは実を結ぶ。

「立花本陣!

 裏崩れにござる!!」

 

 毛利軍が鍋島信生を警戒していたのは分かるが、彼らが見落としていた点が一つあった。

 立花謀反時に大筒を借りて高祖城を攻めていた事である。

 つまり、大筒の運用、特にその移動の不便さと労力を知っていたという事を見落としていた事がこの戦の勝敗を分けた。

「彼らはここを攻める時に必ず大筒を使うでしょう。

 それは、移動時に先陣と本陣が離れることを意味します」

 太宰府の本陣で行われた大友軍戦評定の席で、鍋島信生はこう言い切った。

 それで各個撃破を考えない武将は大友軍には存在しない。

「それがしの手勢五百で本陣を突きます。

 どうか許可を」 

 そう言った鍋島信生に田北鑑重は首を横に振った。


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水城合戦 19

「鍋島殿の武勇は姫様よりよく聞かされておる。

 その見識はたった今正しかったと確認させてもらった。

 それゆえ、寡兵で死地に送るなど大友の沽券に関わる。

 豊饒殿と問駐所殿をつけよう。

 お二方は鍋島殿に加勢してもらいたい」

 控えていた田北鑑重の弟である田北鎮周が驚きの声をあげる。

 それは、大友家に敵対したばかりの竜造寺家に手柄をあげさせるに事になるからだ。

「兄上!

 それはそれがしと鎮台の兵で……」

 田北鎮周が言い終わる前に田北鑑重は叱りつける。

「たわけっ!

 この場において、竜造寺を信頼できぬなどありえぬ!

 しかも、寡兵で死地に赴く鍋島殿に兵をつけぬなど愚の骨頂!」

「しかし、お二方の兵をつければここの守りが薄くなりましょう!」

 なおも再考言葉を続ける田北鎮周に、田北鑑重は即座に怒りをぶちまける。

「姫様は南予の陣において、寡兵にもかかわらず常に先陣を駆けておられた。

 姫様にできて我らにできぬと言うか!!」

 なお、その姫の寡兵の先陣駆けを諌める為に姫を叩いたのが言った本人である田北鑑重だったりするのだが、そんな事はこの本陣において誰も知らない。

 ついでに言うが、田北鎮周とのやり取りも半分以上演技だったりする。

 同紋衆と他紋衆という譜代と外様の争いをやり続けていた大友家は、このような事で竜造寺家をはじめとした外様のガス抜きをする必要があったからだ。

 もちろん、鍋島信生をはじめとした諸将もそれを分かっているから、この茶番に口を挟まない。

 ここまで怒り顔だった田北鑑重はにやりと笑う。

「どうか、姫様が認めし将才を披露してくだされ」

 鍋島信生はただ、静かに頭を下げることでそれを了承したのだった。

 山中幸盛の読みどおり、鍋島信生の狙いは立花本陣だった。

 だが、豊饒鎮連問駐所鎮連の手勢を入れても寡兵である事を鍋島信生は理解しており、損害を少なくして相手を撤退させる事を鍋島信生は狙ったのである。

 この三人の兵数は千五百で彼が狙ったのは筑前丸山城。

 立花山城の支城の一つで、筑豊との要衝八木山峠の出口に当たる。

 毛利軍の出陣を察すると、鍋島信生は兵を率いて宇美方面に先に移動して待機していたのである。


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水城合戦 20

 そこに千五百もの兵を伏せておくのは遊兵になりかねない大きな賭けでもあったが、毛利軍が二日市や太宰府という餌に釣られて馬鹿正直に防御を固めた水城に来た事で問題とならなくなった。

 宇美の地は、乙金山・大野山・井野山などに囲まれた盆地になっている

 そして、宇美の地は珠姫が庇護する宇美八幡宮があり、立花領でもあったこの地の住民達は、立花家で起こった謀反に静観はしていたが賛同はしていなかったのである。

 更に、近くにあった稲居塚城主安河内延昌(やすこうち まさのぶ)がこちら側に内応したのも大きかった。

 彼は宇美八幡宮経由で糸島半島に逃れた立花親善の事を知っていたからで、安河内延昌にこのことを知らせたのは博多に残っていた島井茂勝とお色太夫に他ならない。

 こうして、情報は漏れること無く安河内延昌の手引の元で丸山城を攻撃できたのだった。

 謀反発生で家中が動揺している丸山城の城兵は寡兵で、鍋島信生率いる大友軍千五百もの兵で押し寄せられて支えられるはずも無く、戦う前に逃亡・開城してしまっていた。

 そして、丸山城から逃げ出した城兵によって、水城進軍中の立花本陣は事態を把握して真っ青になる。

「大友軍の奇襲により丸山城が落城!」

「稲居塚城主安河内延昌裏切り!

糸島に逃れた立花親善につくと城に檄文を発しています!!

 正当性を確保できていない謀反の欠点がここに来て致命的に出た。

 冷静に考えると立花山城にも押さえの兵が二千ほどあり、率いている二千の兵で蹴散らしてしまえば良かったのだ。

 だが、正当性のない謀反ゆえ、敵側に正当性がある旗が現れた以上、他の領主が呼応する可能性が高かった。

 おまけに、現在出陣している立花勢は、大筒という移動に手間取る高価なでかぶつを抱えている。

 あの珠姫ですら放棄を聞いた時にぶっ倒れた超高価な武器である大筒を放棄して即応する事など、彼らにはできるわけが無かった。

 とどめに、丸山城という絶妙な位置が彼らを恐慌に走らせる。

 丸山城を落とされても立花山城との連絡はできるが、丸山城から出撃して退路を塞ぐ事もまたできるのだ。

 人は完全に退路を絶たれるより、退路をふさがれかかるというタイミングで最も単純に愚かになる。

 この時の立花勢将兵の心は一つとなった。

「退路が塞がれる……!」


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水城合戦 21

 兵の数は勝っており、大筒もあるのだからおちついて敵に当たれば負ける事もないのだ。

しかし、安河内延昌の裏切りによって、立花勢内部に疑心暗鬼の花が鮮やかに咲いてしまっていた。

 だから、大筒の破壊力よりもその足の遅さに目がいってしまう。

「城攻めは中止だ!

 急いで立花山城に引き上げよ!」

 かくして、戦う前に立花勢は壊走する。

 これを裏崩れとという。

 なお、この壊走時に鍋島信生の大友軍はまだ丸山城を出ていなかった事を付け加えておこう。

 

 立花勢の裏崩れは、当然のように攻めていた毛利軍に衝撃を与える。

 今回の戦は立花勢の大筒が攻略の前提になっていた。

 それが無くなった以上、水城は抜けても岩屋城や宝満城は落とせない。

 そして、立花家で発生した裏切りは、立花領内が安全ではない事を明確に知らしめていた。

 隣の陣が崩れることに釣られて自陣が崩壊する事を友崩れという。

 水城で戦っている毛利軍で発生しようとしていたのはこれだった。

 そして、この裏崩れが狙い通り水城を攻撃していた毛利軍に伝わり、動揺が総崩れに繋がるのに時間がかかないだろう。

 山中幸盛は、この戦の負けを悟った。

 たとえ兵が少なくとも、本隊が崩れて挟み撃ちにあうと思い込んだ将兵を立て直す事はできない。 

「手仕舞いだな。

 秋上久家の手勢で第二陣を支えよ。

 博多の方に兵を引くぞ」

 山中幸盛の命に崩れていない尼子勢は整然と兵を引き上げる。

 竜造寺勢も尼子勢が崩れていない事を悟って手出しを控え、追撃をしかけてこない。

「博多?

 立花山城に逃げないのか?」

 退路の方向が違う事に横道正光が疑念の声をあげるが、山中幸盛は壮絶な笑みを浮かべて言い放つ。

「まっすぐ逃げてみろ。

 そこを鍋島信生に潰されるぞ」

 

「尼子勢後退していきます!」


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水城合戦 22

「宗像勢・秋穂殿と吉田殿も同じく後退!」

「馬鹿な!

何故水城を攻めぬ!?

抜いてしまえば、背後の事等どうとでもなるではないか!!!」

 牛頸にて最初から戦い、最も消耗していたのに戦意はまだあった原田了栄が血まみれで叫ぶ。

 大将がいない事の欠点がこういう時に姿を表す。

 個々での後退だから付け込まれやすいのだが、大友軍は動こうともしない。

「何故攻めない!

 あの大友軍の動きが分からぬのか!!

 追撃をかけてこない!

 向こうにも兵が居ないという事を!!!」

 叫び続ける原田了栄に主従が体を捕まえで下げさせる。

「お下がりください!

 既に勝機は去りました!

 立花山城が襲われたら彼らは帰る場所が無くなるのですぞ!」

「高祖城はどうする!?

 ここで大友に主導権を渡したら、次に攻められるのは高祖城ではないか!!」

 原田了栄の叫びはあながち間違いではない。

 大友軍が糸島の臼杵勢と合流できるならば、博多奪還も夢ではないだろう。

 たとえ失うにせよ太宰府を、水城を抜けられるならば、大友軍の戦線は南に後退して毛利の後詰が来るまでの時間が稼げただろう。

 だが、水城を抜けなかったら、後方拠点として最適な二日市遊郭と太宰府の周囲で兵を集結・再編できる大友軍が一気に押し寄せかねない。

「高祖城に戻るぞ!

 博多に下がって囲まれるよりましだ!」

 こうして消耗した原田勢が離脱したが、毛利軍は大友軍の追撃を受けること無く後退に成功することになる。

 なお、この戦いの最後として原田了栄の最後に触れておこう。

「前方に大友軍!

 臼杵勢です!!」

「隅立て四つ目結に三つ星の旗まであります!」

 小笠木峠を押さえている筑紫家経由で糸島に連絡ができるならば、毛利軍の出撃に糸島の大友軍が動かない訳がない。

 間で遮断できる原田家が兵を率いて毛利軍に参加したことも大きかった。


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水城合戦 23

……あの女の手の上で踊っていたという訳た……」

 室見川手前で原田勢は糸島半島から出た大友軍二千に補足され、激しい合戦の後原田勢は大将以下全て討ち取られた。

 主なき高祖城も開城し、糸島と太宰府の連絡線の構築によって博多が最前線となった為に、毛利軍は立花山城に後退する事になる。

 原田了栄が漏らしたあの女については珠姫だろうと言われているが、お色太夫ではないかという説も根強く残っている事を明記しておこう。

 この合戦で毛利軍は大友軍に数百の損害を与えはしたが、千数百近い損害を受けて水城を抜けなかったという敗北を喫した。

 だが、大友軍はその勝勢に乗って博多を奪還しにはこなかったのである。

 

水城合戦

 兵力 

大友軍 七千

毛利軍 九千五百

 損害

大友軍 数百

毛利軍 千数百

 討死

  原田了栄 (毛利軍)

 

「しかし、何でやつら追撃しなかったんだ?

 あのまま名島なり立花山なり攻めていれば、博多は奪還できただろうに……」

 水城合戦の翌日、山中幸盛は名島城で博多の町を眺めながら呟く。

 大友軍は再占拠した丸山城も捨てて全兵力を元の水城に下げさせていた。

 大友軍が捨てた丸山城には毛利軍がそれなりの兵を置いて、寝返った稲居塚城主安河内延昌と宇美方面へ備えさせている。

 この水城合戦では毛利軍の将兵が消耗したが原田家が滅んだだけで、博多の支配権は相変わらずこちら側にある。

 勝利による戦果拡大を狙うのならば、大友軍はこっちに押し出してもおかしくは無い状況のはすである。

 毛利軍の兵はまだ多いが敗戦で士気は落ち、大友軍は糸島や原鶴からの後詰も期待できた。

 その問いに対する答えは、立花山城からの早馬で届けられた。

「白山城の宗像氏貞殿より急報!

 響灘沖で大友水軍と毛利水軍が戦い、毛利水軍が敗北したとの事!!」


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水城合戦 24


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