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「庫裡の玄関に “極楽互助会” って看板があったが、何なんだいったい?」

マンジュウが大儀そうに体をひねって尋ねます。

「年壱萬円の会費で、亡くなったときの白装束や草鞋、白木の杖に三途の渡し賃(六文銭)等々黄泉の道行キットを提供する。位牌や柩、骨壺のような遺族の為の準備は、葬儀社を中心にシステムがあるが、これは亡くなった故人の為の互助会だ。」

 

 

「白装束と、六文銭の為に年間壱萬円は高いんじゃないのか?」

「三途の川の畔まで行ったら、添乗員がツアーの旗を持って待機している。一人で天国までの道行は寂しいだろうから、川の畔で半日待機して、その日集まった故人と一緒に団体で行動する。半日待機は臨終の折の体力回復の意味もある。」

「仏たちの成仏ツアーか?」

「その通りだ、最近じゃ渡しの団体割引も効くようになって、六文銭の余りを道中の宴会に使うのが恒例だ。」

 

「一体誰が信じるんだそんなこと?」

レイバンが茶化します。

「穏やかに臨終に向かい合ってもらうのが目的だ、年壱萬円の負担で、死後の世界に安らぎを持てたら、安いものだ。」

しみじみと答えたフォックスの生真面目な表情に、一同、帆奪ったものを噴出しながら大笑いしました。

 

「葬儀社といえばレイバン、お前初めての葬祭場でひどい目にあったらしいな?」

レイバンが思い出したように、振り返ります。

「ひどい目にあったというか、うちの親父(住職)が葬儀中に腰を抜かしたんだ。」

「親父さんどうした?」

「去年、大阪から入ってきた新しい葬儀社だ。葬祭場も新しくて立派な造りだった。祭壇の前に大きな水槽があって、3m程の和舟が浮かんでいる、柩はその和舟に乗せられていたんだ。」

「和舟の舟縁から、色とりどりの紙テープが水槽の周りの欄干に結び付けられている、LEDの電飾もにぎやかで、まるで長崎の精霊流しの趣だった。」

「親父の読経が始まると、部屋の照明が落とされ、LEDも落ち着いた明滅になって、厳粛な雰囲気が周囲を包み込んだ。その内、水槽の周りからドライアイスのスモークが立ち昇って、柩の真上で渦を巻いて上昇する、読経がクライマックスに達し、親父が “喝!” と叫んで引導を渡したその瞬間、和舟がグワッと浮かび上がって結び付けてあった紙テープが次々切れる、それに被せるように司会者が ”ただ今、○○様の御霊が、今生の別れを告げられました、皆様ご礼拝ください!”と低い声でアナウンスした、肝をつぶした親父が “ウギャ” と叫んで曲録(椅子)から飛び上がる、もんどりうって磬子や妙鉢、土香炉をひっくり返し、供えられた生花を蹴散らしながら、参列者に醜態を晒したわけだ。」

他の二人は腹を抱えて笑っています。

「それを見て司会が “全身全霊をもって気を失うまで、御霊の成仏を念じられたご住職にも、どうかご礼拝ください!” とフォローした。」

さらなる大爆笑が、バルコニーを満たします。

「それからどうなったんだ、親父さん?」

「直ぐに正気に返ったが腰が立たない、両肩を支えられて退場したので、後は俺が収めた。」

「坊主やってて、仏の末期に肝をつぶしてどうするんだよ。」

「それにしても、爆笑の演出だなその葬儀社―――。」 

「和舟が浮き上がって軽くなった分が、人の霊魂の重さだっていうんだ。」

「下からポンプで水を追加したんだろ?」

「―――塩水入れても舟は浮き上がるぞ。」

「霊魂が存在する訳ないからな・・・・。」

「そうとも限らんぞ・・・・。」

ジョッキを口に運びながら、フォックスが低い声で呟きます。

  


「何だフォックス、霊魂信じてるのか?」

意外そうな表情で、レイバンが振り返ります。

 

 

「じゃお前たち、人の意識は死んだらどうなると思う?」

「生まれる前と同じ状態になる、つまりテレビのスイッチを切るように、真っ暗で何も無くなってしまう。」

「生まれた瞬間に、意識が発生する理由は何なんだ。」

「視覚、触覚、嗅覚、聴覚、味覚、全ての情報がそこに集まるからだ、それが意識の本質だろ?」

「意識の本質は、目的を持ち、情報を集め、統合して判断し、行動する力だ、単に情報が集まるだけじゃ意識にならない。」

「この世の生命は、様々な有機物が溶け込んだ大洋の中で、リン脂質が2重膜を形成し、内外を隔てる細胞の基本が生まれて発生した。既にそこには生命を造ろうという意識の本質があるじゃないか、生命があるから意識があるんじゃない、意識があるから生命が生まれるんだ。」

「何言ってるのかよく分からんが・・・・?」

マンジュウを銜えたまま、首を傾げます。

「命があるから意識があるんじゃなくて、意識があるから命を維持できるってことか?」

「だったら、死んでしまったら、意識はどこにいくんだ?」

マンジュウが尋ねます。

「―――時空にとどまる!」

「素粒子やその相互作用(力)、或いはエネルギーと同じで、意識も突き詰めれば時間や空間自体の基本的な性質のひとつなんだろう、時空の多様性の中の、ひとつの状態なのかもしれない―――。」

「やっぱり人の霊魂は、恨みや妬みの為に、この世の何処かにとどまるというのか?」

マンジュウが話を俗な解釈に戻します。

「恨みや妬みといった複雑な感情は、大量の情報を高度に統合した結果生じるものだ、生命を失い情報を取得する手段が無くなった意識が、時空に漂いながらそんな感情を維持できるとは思わんが・・・・もっと単純な現象なら発露できるかもしれん。」

「というと?」

「―――人魂や心霊写真のような現象だ、物質の相互作用やエネルギーの偏在によって発生する現象、つまり意識と同類だ。」

 

山々の重なりが闇に沈み、空に光が無くなって、海から吹き上げる風に冷たさが加わりました。屋根の上の宴会は、そんなことを気にも掛けず、更に続きます。

「お前たちに見せたいものがある、一週間前に納品された。」

そういってフォックスが持ち出したのは、三脚に固定された大型の双眼鏡です、迷彩塗装に迫力があります。

「赤外線ナイトビジョンだ、対物レンズの先にオプションのペリスコープを取り付けると、大屋根の棟瓦越しに夜の街を隅から隅まで監視できる。」

「何をしようというんだ?」

「今話した、時空に漂う意識が発露する現象を、捉えようと思うんだ。」

「このバルコニーは、親父の趣味の天体観測の為に造ったんだ。俺にその趣味は無いが、天体望遠鏡で夜の街を覗くのは、人間の本音を垣間見るようで、前から好きだった。人の意識が最終的に時空に帰属すると思うようになって、益々夜の街の様々な現象を監視したくなった。ただ望遠鏡の露出が低すぎて細かなところまで解像できない、だから内緒でこれを買ったのさ。自衛隊の知人を通して、安く購入できた。」

「あらゆる分野に人脈があるんだな、お前。」

大屋根の上に突き出したペリスコープから覗くと、夜の市街地の情景が、まるで昼間のように見て取れます、ただし色の無いモノクロの夜景です。

「公園の先の雑木林を見てみろ、木の下に何台か車が停まってるだろ。」

「中で人が抱き合ってる、男と女だ!」

「―――ちょっと貸してみろ!」

レイバンがマンジュウを押しのけ割り込んできます。

「男と女ならまだ正常だ、最近は同性カップルが過半なんだ、このままじゃ人が生まれなくなって国が亡ぶ・・・・由々しき時代だ。」

フォックスが柄にもなく嘆きます。

「酔っ払いが道端で喧嘩してる、―――女同士だ!髪の毛掴んで振り回してる、よっぽど気に入らんことがあったんだろ、取り囲んでる男達がオロオロ観ている。」

「丘の上の分譲地を見てくれ、屋根の上がボッと輝いてる住宅は無いか?」

「屋根が輝いたらどうなるんだ?」

「次の朝営業に行くと、大抵家の誰かが亡くなってる。」

「何だ!結局営業ツールなのか、この双眼鏡。」

 


「おい、今度は直ぐ下の国道で何かトラぶってるぞ!車の間で、男がひとり土下座して謝ってる。」

「USBコネクタにこれを差し込め、こっちのモニターに映像をおとす!」

部屋から持ち出した液晶モニターに、ナイトビジョンの画面が再生されます。

「相手はチンピラ3人だな―――車コスったか?」

「ドアで隠して、蹴りを入れられてる、可哀そうに。」

「おっおい!男が急に立ち上がって何やらスプレーを吹きかけたぞ!チンピラ3人、顔を覆って蹲った―――片端から手錠をかけている。」

「―――チンピラの車に何か放り込んだぞ。」

「パトカーが集まってきた!」

「蹴られていた男も、警官だな―――。」

レイバンが暗い顔で呟きます。

「 “麻薬常習グループ、夜の国道で現行犯逮捕” 明日の朝刊、事件欄の見出しだ。」

 

「マンジュウ、お前の寺の境内、何か動きがあるぞ―――。」

山裾の暗い石段を駆け上がる3人の人影がモニターに映ります、直ぐに拝殿の前、ぬれ縁上の賽銭箱に取り付きました。

「あの親爺!性懲りもなく―――。」

モニターを見ていたマンジュウが呆れ顔で叫びます。

「この前の爺さんか?」

「今度は仲間を連れてきた、馬鹿でかいバールとハンマー持ってる。」

「手口を変えたな、賽銭箱解体するつもりだ。」

「そう簡単にはいかんさ、充分に補強してある。」

自信ありげにフォックスが呟きます。

「バールを賽銭箱の角に当てて、仲間にハンマーで叩かせるつもりだ、何か危なっかしいな。」

「ああっ!―――バール握っていた指を思いっきり叩かれた、ぬれ縁の上で、のたうち回ってる。」

ぬれ縁の袂にある蹲踞に、手を浸して暫らくじっと耐えていましたが、よろよろと再びバールを持ちました。

「今度は床の隙間にバールをこじ入れて、梃子を使って引き上げるつもりだ、濡れ縁の床大丈夫かな。」

「ほら見ろ!床に穴が開いて2人共転げ落ちた、爺さん束石に頭ぶつけてふらふらしている。」

「おい!もう一人が小型のフォークリフトに乗って来たぞ!賽銭箱持ち上げるつもりだ。」

「フォークリフトあるなら最初から使えばいいのに、どういう連中だ?」

「おお!最大位置に持ち上げた!」

「前につんのめって一回転した!」

物音に気が付いて、庫裡の窓に明かりが灯ります、3人の賽銭泥棒はバールにハンマー、ひっくり返ったフォークリフトを置いたまま、暗闇に消えました。

 

「どうやら、諦めたようだ。デッドウエイトに小石を大量に入れといたのが功を奏した。」

「結局、一円の賽銭も盗れずじまいか、情けない奴らだ・・・・。」

「おい!丘の上の分譲地見てみろ、屋根が次々輝きだしたぞ!」

「何だあれは!団地中の屋根が光り始めた、どうなってる!?」

「団地内大量死だ!ガス事故か?明日は一日、あの分譲地で営業だあ~。」

「そうじゃない、時空の相転移だ!あの世とこの世が入れ替わった!?今見てるのは、俺たちの意識が勝手に創造した幻想かも知れん!」

「じゃ、俺たちもう死んでるのか?」

「分からん!」

 

 

「二人共しっかりしろ!東の空をよく見てみろ、夜が明けただけだろ、馬鹿どもが!」

レイバンの銀縁のサングラスを透して、眩しい朝日が3人の酔っ払い坊主の顔を、紅く光輝かせていました。

おわり。

 

以上、すべてフィックションです。実在の人物・団体等一切関連ありません。 

 


奥付



時空に意識あり!


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著者 : 南海部 覚悟
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