童話集 (雀來豆)
(1)
夜になると桃がはなしをしてくれた お婆さんとか川のはなしを
年老いた木馬の歓送パーティーで短い短いパレードをする
砂浜で犬が見ている金髪の少女のように輝ける骨
冬空にレンズを向ける少年に微笑み返すちいさな王子
海亀の昔語りが尽きたならペットにするかスープにするか
(2)
裏庭の古い林檎の樹の下で泣いてちゃいけないという約束
裏窓のほこりの上に指で書く梯子をのぼれ弟ねずみ
長いあいだきみはペローのものだった 今この部屋で眠れる姫は
少年を見つめるなかれ校庭で拾った星を運ぶ途中の
誰もみな物欲しげな夏 水面に映った顔が骨を咥える
(3)
夢のなか僕と獏との戦いを猫がときどき見に来てくれる
少年と恋の死骸は渋谷から全速力で千葉を目指した
サディストの副店長の眼を盗みぼくらはマネキンを解き放つ
あなた初めて正義の箱を開けてみた子どもみたいに泣いているのね
なぜ夜と朝のあわいを縫うように現われるのか象の記憶が
(4)
悪人とばかり思っていた母が魔女だと知った夜のキッチン
ころころとおにぎりさえも行き過ぎてぼくには今日も手紙は来ない
氷上に描いた円に囚われて踊り続ける少年と靴
わる者が泣いたら終わり夕焼けに向かって帰る夏帽子たち
ドアノブの辺りに浮かぶ年輪は生きただろうか花降る森を
(5)
はてしない物語から帰還した亀の甲羅の大きな疑問符
ぼくが会社で煙草を吸っている隙に宇宙を走れぼくのくるぶし
ごめんねいろんなことを訊きすぎて 泥のように眠っているSiri
Hi Roomba!行ったり来たりお茶の間をきみが走るとぼくは嬉しい
果てしない円周率と向き合って山椒魚は悲しんでいる
(6)
トーマスが電車になって菱形のパンタグラフを光らせている
名も知らぬ楽器のようなふりをして音楽祭で売られているパン
声がまだ発明されていないころ何処にいたのかぼくらの歌は
夏服に嘘閉じ込めた少女らの蜥蜴のように青ざめる舌
路地裏に集え誕生日の子どもたち冷たい息で夜を払えよ