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算命学余話 #R8 (page 1)

 昔、英語ではない母国語を日本で教えているある外国人講師が、自分の研究対象が日本の宗教であると述べて自論を語った際、外来宗教である仏教には理解と関心を持っているが、日本固有の神道は取るに足らないから研究対象にならないという発言をした。キリスト教の伝統下にある文化圏出身のその人にとっては、文字に記された膨大な経典を誇る仏教は文字通り学問であるが、教典どころか神話しかない神道は学ぶには底が浅すぎ、年月をかけて真剣に取り組むような対象ではないということだった。私は思った。「底が浅いのはお前だ」。

 これに似た話が先日ラジオの科学講座で聞こえてきた。「近代科学はヨーロッパ文化の中で発生・発展したものであるが、当時の科学者といえどもキリスト教という長く重い歴史的影響の下、その思想から離れた自由な発想はできなかった。キリスト教が説く「この世界は神が作ったのだから完璧であり、その完璧な宇宙は真円でなければならない」という思想から抜け出せなかった彼らは、たとえ天体観測によって歪んだ軌道や楕円を描く天体の運動が確認できても、それが宇宙にざらにある普通の事とはどうしても認められず、百歩譲って例外扱いすることしかしなかった。そのために近代天文学の進歩は何十年も何百年も停滞を余儀なくされた」云々。

 私は宗教の害悪について述べたくてこうしたエピソードを綴ったのではありません。先に公式を打ち立てて、その公式が正しいことを証明するために世の中の事象を無理やり当てはめ、当てはまらないものを「理解不能」扱いして打ち捨てたり差別したりする態度に抗議したくて綴ったのです。前回余話#R7をお読みに方には、私の意図するところがご理解頂けるかと思います。

 

 まだ残暑が厳しいので小難しい話はやめにして、今回の余話は乙木の守護神の続きです。秋月生まれの乙木のさわやかな風景を想像して気分だけでも涼みながら、「単純な公式に当てはめない」守護神の考え方を解説します。「木火文星」という特殊命式にも言及します。


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最終更新日 : 2016-09-05 14:23:10

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