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彼女の小指

 俺はスティックを裁きながら彼女の指に見とれている。はじめから楽器をやるならリズム隊と決めていた。音楽は耳で聞く前に腹で感じるものだろう。本当はベース弾きになりたかったんだ。でも、どうしたってあの太い弦を小指で押さえることができなかった。だから羨むように彼女の指を見つめる。二本の指が歩くように弦を弾き、四本の指が小さな動物のようにフレットを跨いでネックを這い回る。そして、彼女の小指が四弦に伸びると、俺は強くバスドラムを踏んだ。 
 スタジオを出たら大抵飲み屋へ向かう。酔った勢いで彼女の小指を強く握ったら平手打ちが飛んできた。 
「何してんのよ。痛いじゃない。指ぬき取る気?」 
 もう少し強く引っ張ったら本当に抜き取れてしまいそうな、細く冷たい指だった。 
「なんだよ、惚れてんのか?」 
 メンバーの奴らが一斉に俺をカモにしはじめる。たぶん違う。彼女とつきあった奴らからあまりいい話を聴いたことはない。 
 酩酊しながら帰る途中、深夜のスーパーでキノコを買う。アパートには既に使用済みのシイタケがいくつも転がっていた。食うのが目的ではない。俺は家まで待ちきれずにパックを開ける。そして、彼女の小指を思いながらその柄を引きちぎった。

 

 三題噺「キノコ」「楽器」「指ぬき」


家に喰われる

「おまえ、いくつになった?」
「四〇だけど」
「いい加減に家族でも持ったらどうだ?」
 俺はおまえの一室に横たわり、そのお節介に顔を顰めた。
 おまえは、俺がかつて住んでいた賃貸住宅から駅へ向かう途中に建っていた。ネクタイを締めて仕事へ向かう途中、いつしかおまえは愛想のいい顔で俺に挨拶をするようになった。敷居を跨げば、どこで顧客が見ているか分からない。俺も作り笑顔でそれに応じた。
 おまえが分譲住宅だってことには薄々感づいていた。次第におまえは挨拶をするだけでなく、その日の陽気の話などにあわせて、俺の仕事、年齢、家族構成なんかを尋ねるようになった。守るべき家族はいないから隠さなければならないこともない。俺は少しずつ個人情報を洩らしていた。
 ある日の帰り道、街灯に照らされたおまえは小声で俺に尋ねた。
「おまえ、いくつになった?」
「三五だけど」
「そろそろだよな。今週末にでもどうだ?」
 俺は誘われるままおまえを内見し、確かに死ぬ直前まで働いて借家の賃料を払い続けることなんてできないと、おまえの話に納得させられた。
 そして、手順に従って住宅ローン審査を受ける。何も考えずに同じ仕事を続けて来たことが功を奏したのだろう。審査は見事に一発通過。久しぶりに世間に認められた喜びに任せて住宅ローンを組み、団体信用生命保険に加入した。
 早いもので、あれから五年だ。俺はおまえの一室で寝返りをうち、家族でももうけて親を安心させたいもんだと思いはじめる。 
「三五年ローンを普通に払い続けたら七〇歳だ。払えなくなったら死んじまえばいいだろうが、せっかくの団信がもったいないよなぁ」
 俺は笑顔で妻子に看取られる自分を思い浮かべ、おまえのお節介に顔を顰めた。

 

課題「家の怪談」


母は少年のように爺さんと遊ぶ

「次私、また私、はい私、UNOっ!」
 リビングルームに顔を出せば、母は必死の形相。何が楽しいのか爺さんと一対一のカードゲーム。スキップ、リバース、スキップで、ワイルドドロー4。
「リバースはまた私なのか?」俺は母に問う。
「じゃないと役札の意味ないじゃない」
「ママは強いなぁ」 
 爺さんは柔和な笑みで呟く。そして、億劫そうに腕を伸ばし、震える指先で山札から四枚のカードを引いた。
「親父ぃ、私、あんたのママになった覚えはないよ」
 何度聞いても母の「親父ぃ」には違和感がある。
 母は少年のように爺さんと遊ぶ。きっかけはある著名人らの言葉だった。それは本に書かれていたものであるとか、テレビやラジオで聞いたとものであるとかではない。たまたまSNSのタイムラインに流れてきた呟きであった。

 

知っている人が亡くなると、せめてハグだけでもしておくんだったと後悔するが、生きている人にはなかなか言い出せない。
吉村満壱 @yoshimuramanman
2016年03月14日 19:37

 

「私はやるよ」
 母はスマートフォンを投げ捨てて立ち上がった。そして、布団にくるまっていた爺さんを無理矢理抱え起こし、その骨と皮ばかりの頬に肉厚な頬を寄せた。続いて、痩せ細った老体に豊満な胸を押し付けて両腕を巻きつける。爺さんは驚いて「ホイ」だの「ヤイ」だの声をあげる。あらん限りの力で母を振り解こうと試みるが、爺さんは直ぐにあきらめ脱力した。
「まだまだ死にゃしないから」
 母はようやく落ち着きを取り戻し、腕を解いた。北風と太陽の話を思う。ちょっと違うか。

 

美味しそうな手作りシフォンケーキにおしっこする夢で目が覚めた。
会田誠 @makotoaida

2016年03月15日 05:20

 

「本当は馬鹿な息子が欲しかったんでしょう」
 母は爺さんを問い詰める。爺さんは布団にくるまったまま、じっくりと言葉を選んだ。
「そんなことはない。確かに、おまえの次は男の子がいいかなとも思ったよ。でも、こればっかりは授かりもんだからな」
「やっぱり、そうなんじゃん」
「娘と息子、両方の親をしてみたいと思っただけのことよ」
 母の息子化が進んだのはそれからだ。俺がまだ幼かった頃のことを思い返し、それを再現する。
「遊ぼうよ」
 そして、布団をバンバン叩く。爺さんは眉を顰めて半身を起こした。
「何がしたい?」
 遊びたい一心で声を出してみても、幼い餓鬼は何をしたいのか分からない。家の中で親父と遊ぶ手段といえば、相撲に、チャンバラ、トランプ/UNOに、双六に。
「相撲するよ」母は無茶を言う。
 爺さんはため息をついた。それでもこの国の畳に布団の文化は素晴らしいと思うよ。親子で相撲をとるためになくてはならない。ベッド文化であったなら親子相撲は成り立たない。慎み深いこの国の親子はスキンシップする術を無くしてしまう。
「よし、やろう」
 思いがけずやる気を示した爺さんは、拳を突き出し、親指を立てた。
「指相撲?」
 母は眉を顰めつつもその手を掴み、同じように親指を立てた。俺は杓文字を掲げて行司になりすます。
「はっけよい」
 組まれた拳に力を込められる。
「のこったぁ」
 途端に拳が暴れだした。
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、一〇っ」
 爺さんは唇を突き出して一気にテンカウント。まさかの勝利。
 母は呆気にとられたような顔から、不意に涙を浮かべて目尻を垂らした。
「私は親孝行でしたか?子供を一人しか産まない女なんて、少子化のこの世界じゃなんの足しにもならないなんて言うのもいるけど、私はあんたにとって自慢の娘ですか?」
「俺だっておまえしか授からなかった」
 母は首を傾げる。
「で、自慢の娘なのかよ?」
「そりゃ、もちろん」
「私、息子を産んだよ」
「そうだな。嬉しかったよ」
「じゃあ、もっとこいつと遊べよ」母は俺を指差す。
「もう身体が言うことをきかん」
 爺さんは再び布団に潜り込む。
「私たちは二世代で二人しか子供ができなかったんだね」
 爺さんからの応答はない。ただ母を憐れむかのよう天井に向かって目を細めた。ひょっとしたら眠いだけなのかも知れない。年寄りはあまり眠らないものと聞いていたが、爺さんはよく眠る。俺はその都度、寝顔を見下ろしながら爺さんの見る夢を想像した。

 

僕は才能のある人しか好きじゃない。それが例えダメ人間という才能だったとしても。才能は自覚して活用して初めて才能になる。
石川浩司 @ishikawakoji
2016年03月16日 11:43

 

「親父ぃ、あんたの取り柄ってなによ?」
 時折、思うことがある。母は爺さんに問いかけるフリをして、実は俺に問いかけているのではないだろうか。
「指相撲、か?」
 俺は渇いた笑いを漏らす。
「一度勝っただけだろう。なんか、これがあるから俺です。これだけは譲れません。なんてものは無いわけ?」
 爺さんが口を開きそうになると、母は先回りする。
「私たちだとか、つまらないこと言わないで頂戴よ」
 爺さんは眉を垂らして視線をこちらに向ける。そこで俺は助船を出航させた。
「爺さんは俺の想像力を掻き立てる」
 母は眉を持ち上げる。
「あんた、たまには面白いこと言うじゃない」
 その満足げな表現に母の面影を見る。母が爺さんの息子になんかなれるわけがない。
「そのシミだらけでブツブツだらけの顔がいい。薄い毛が静電気で立ち上がっているところもいい。今となっては骨と皮ばかりなのに、人殺しが賞賛される戦争事態を体験しているところが凄い」
 そんなこと口にしていいのか。自問する前に発声を試みた。
「人殺しなんて威張れるもんじゃない」爺さんは言う。
「偉そうに言うな」俺は言う。
「偉そうか?」
「年寄りってのは、それだけで何を言っても偉そうなんだよ。気をつけな」
 母は、俺と爺さんのやり取りを好ましく眺めた。
「若いってのは大した取り柄だ」
 爺さんの言葉はやはり偉そうだ。そして、俺は問う。
「爺さんが今もし若かったら、何がしたい?」
「やりたいことは沢山あるさ」
「例えば?」
「そうだな。まず焼いた貝が食いたい」
「貝?」
「蛤、蚫、栄螺。焼いてチョロッと醤油を垂らしたものだったら浅蜊でもいい」爺さんはゴクリと唾を呑み込む。「嗚呼、歯の無い骨皮筋太郎でも食い意地が張れるもんだ」
「爺さん、貝が好きだったのか?」
「いや、最近テレビで見たせいだろう。栄螺だったよ。網焼きにした巻貝に醤油をチョロッと垂らしてさ、グツグツいい出したら、串で刺してクルクルと緑色した内臓の先まで巻き取るのよ」
 俺はグロテスクなそれを思い浮かべる。貝の内臓など好まない。しかし、その硬い身をしゃぶりながら日本酒を舐めるのは悪くない。
「しかし、爺さん、あんたは酒を呑まないだろう」
「炊き立ての白米が欲しいね」
「貝はおかずになるのか?」
「ならないか?」
「ならないな。牡蛎フライだつて、俺には豚カツの添え物にしかならん」
 俺は新宿さぼてん『カキフライと健美豚ロースかつ定食』を思う。
「若いってのは大した取り柄だな」

 

先ほど、古館さんのニュース・ステーションで、ドイツのワイマール憲法の教訓「緊急事態条項」の危うさ。たいへん興味深く見ました。「ドイツのワイマール憲法がいつの間にかナチの憲法に変わっていた。あの教訓に学んだらどうかね」という麻生発言が、鮮明によみがえりました。((((;゚Д゚)))
佐々木憲昭 @sasakikensho
2016年03月18日 22:56

 

「今夜の古舘伊知郎は攻めてたね」
 母はうっとりする。お陰でこっちはすっかり目が冴えてしまった。緊急事態条項の危うさ、古舘伊知郎の気迫も然ることながら、ブーヘンヴァルト強制収容所で山積みされた死骸やら、餓死寸前の人間たちが裸で行進する姿やら、そんなものを二二時の地上波で流されるとは思わなかった。
「UNOでもするか」と言い出したのは爺さんだった。
 母の息子化に伴って爺さんは日毎活力を取り戻しているように見える。時折、俺は爺さんの死に際を思い、どのように立ち振る舞うべきか思案する。しかし、どうやらそれはまだまだ先のことになりそうだ。
 母はケースからカードを取り出し、慣れた手つきでシャッフルしはじめた。寿司でも握るようにヒンズー・シャッフル。カードを二つに割ってリフル・シャッフル。そして、七枚ずつカードを配り、山札を中央に置くと一番上のカードを引いて表に向けた。赤の6。数字の下には9と見紛わないよう横線が引かれている。
 前回、爺さんに勝ったからであろう、母は誰に断るでもなく一枚目のカードを場に差し出す。
「古舘伊知郎、三月までだっけ?」
 赤の2。
「キレッキレだったな」
 時計回りに俺は赤のリバース。「おうっ」と爺さんは小さく声を漏らす。
「緊急事態条項だっけ?」
 半時計回りになって母は赤のドロー2。「おうっ」と爺さんは再び小さく声を漏らす。
「特定機密保護法を通して、安保法案も通して、万能感で脳味噌沸き立ってるんだろう」
 爺さんは山札から二枚を引いて黄のドロー2。俺は鼻を鳴らす。
「まわりが騒ぐから尚更ムキになってんのかもな」
 俺は山札から二枚を引いて黄の8。
「自民党草案の緊急事態ってさ、外部からの武力攻撃とか、大規模な自然災害とかだけじゃなくって、もう一つ内乱ってのも入ってるじゃない。あれ引っかかるよね。オウムみたいなのを想定してるんならいいけど、SEALDsみたいな子たちも封じ込めたいってことなんじゃ、な、い、の?緑っ」
 母はワイルドドロー4を叩きつける。「ひんっ」と爺さんは雌山羊のような声をあげた。
「二〇世紀の民主主義憲法の典型だって言われたワイマール憲法でも、『緊急命令発布権』一つでナチの意のままになっちまったってんだからな」
 爺さんは山札から四枚を引いて緑のスキップ。母は緑の5。爺さんは緑のドロー2。俺は二枚を引いて緑の7。しばし無言の勝負。母は青の7。爺さんは赤の7。俺は赤のリバース。話題の多くは古舘伊知郎の受け売りだ。そうそう御託は並ばない。
 それでもどうしたって理解ができない。
「あいつらは一体何がしたいんだ?」
「どんだけ嫌われても、首相やるからには一度くらい独裁してみたいものなのか?」
「嫌われるっつっても内閣支持率って四割くらいあるわけじゃない。国会議員の選挙投票率が五割くらいだとしてよ、内閣支持してますって言い切るくらいの奴らはやっぱり投票に行くんでしょう。大した数だよね」
「UNOっ!」
 爺さんが声を裏返した。俺と母は肩を揺らす。いつの間にやら爺さんの手には最後の一枚。俺は恐る恐る黄の3。母は赤の3で色の変更を試みる。すると、爺さんは顔をクシャクシャにして最後の札を場に捨てた。それはワイルドカード。
「ええっ、それってありか?」
 俺が声をあげれば爺さんは首を傾げる。
「ワイルドカードで上がっちゃいけないんじゃなかった?」
「駄目なの?」母も首を傾げる。
「だって核爆弾みてぇなもんだろ。否応なしにハイ終わりっ」
「日本国憲法も核兵器を禁止してるわけじゃないらしいよ」
 母は不敵な笑みを浮かべる。不敵というより不適。すると、『核兵器』という単語に爺さんの反射中枢が応答する。
「核武装して地球をぶっ壊すくらいの覚悟があるなら、逆に自衛官全員で丸腰になって腹踊りでもしてみせろってんだってんだっ」
 俺と母は肩を揺らす。そして、荒ぶる爺さんへ恐る恐る視線を運んだ。
「爺さん、あんた総理大臣やんなよ」
「親父ぃ、あんただったら緊急事態条項もありかと思うよ」
 爺さんは、そのシミだらけでブツブツだらけの顔を、今まで無いほどしわくしゃにして頬を赤らめた。薄い毛はますます立ち上がる。
 あれ?
 俺は目を疑う。逆立つ薄毛は静電気のせいではなかったのか?たまに耳とか鼻の穴とか自在に動かせる奴いるじゃない。俺は爺さんの頭皮に目を凝らした。
 母は手元に残った札を広げて溜息一つ。
「もう一度聞くけど、親父には、これがあるから俺です。これだけは譲れません。なんてものは無いわけ?」
 爺さんが口を開きそうになると、やはり、母は先回りする。
「私たちだとか、そんな悲しいこと言わないでくれよ。絶対」
 俺は想像の中で網焼きにした栄螺に醤油をチョロッと垂らす。
「大丈夫。爺さんはいつだって俺の想像力を超える」
 そして、グツグツいい出したら、串で刺してクルクルと緑色した内臓の先まで巻き取る。硬い身は俺のもの。柔らかでグロテスクな内臓は爺さんのもの。そして、その両端から恋人さながらに齧りついた。


ハリファックス・ベッド

 ようやく勤め先をみつけて正社員になれたというのに、試用期間に三度も寝坊する体たらく。「次はもう無いぞ」と先輩社員に脅され、「死ぬ気で頑張ります」と俺。意を決して、英国ヨークシャー州ハリファックスから特性ベッドを取り寄せた。羊毛と毛織物の街は、何よりあの処刑道具で有名だろう。縄を離せば大きな刃が降りてくるハリファックス断頭台。
 そのベッドは大男二人に抱えられ、アパートの錆び付いた一三階段から二階の一室へと押し込まれた。
「さてと」
 俺は揉み手をしてから段ボールを無造作に破る。中には各国の言語によるインストラクションが同梱されていた。久し振りにプラモデルでも組み立てるような気分に胸踊る。
 床板に四つ脚を取り付けて、ベッドのポジションを決める。荘厳なベッドは寝室の中央に鎮座させたいところだが、六畳一間ではそうもいかない。横になってテレビが見られるようヘッドボードの向きを決め、部屋の隅に設置した。
 続いて、断頭部の組み立てに取り掛かる。重厚なギロチンブレードを垂直レールに挟んで、縄を滑車に掛ける。そして、そいつを枕の手前に立ち上げた。二本のレールが垂直になっているかどうかが重要で、下手に傾いていればサクッとは逝けないようだ。縄を引いてギロチンブレードを持ち上げる。そして、手を離せばストンと落ちた。
「次はもう無いぞ」
俺はあの先輩社員の言葉を口にし、ヒトを小馬鹿にした面を思い返していた。次に遅刻したら情状酌量の余地無しということか。
 疲れた身体をベッドに横たえ、目覚ましをセットすればギロチンブレードが引き上げられる。続いて、クビを差し入れ、刃を見上げた。確かに次は無い。もうあの嫌な顔を拝むこともない。起きるか死ぬか。答えがはっきりすると、途端にすっきりとした心持ちになる。そして、じわり眠気が襲いかかってきた。

 

課題「怖い話」


白い有給休暇

 海に面した公園の柵に凭れ、水平線に目を凝らす。せっかくの有給休暇は生憎の天気で、空と海の境界が分からないほどに靄がかっている。カモメでも飛んでいれば多少リゾート気分を味わえたかもしれないが、頭上にはハトが横切り、驚いて頭を下げれば眼下にはクラゲと死んだ魚が一匹ずつ揺れていた。
 本当はカモメが飛んでいるのかもしれない。こんなにも白い有給休暇だから空に紛れてしまっているのだ。いや、この白さの原因こそがカモメだったりして。やがて目の前も真っ白になって。白濁したクラゲも、白い腹を見せる魚も、何もかもが見えなくなって。
 昔、阿蘇の山道をドライブした時にもひどい霧がかかっていた。ヘッドライトに照らされたセンターラインだけを頼りに、まさに手に汗を握りながらハンドルを切った。
 そんなことを思い返しながら、ところで靄と霧の違いは何かしら。程度問題?霧than靄?響き的には靄ぁthan霧のほうがしっくりくるけれど。馬鹿なことを考えているうちに無数のカモメが世界を覆って、気が付けば足下も見えないほどに白。

 

課題「怖い話」



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