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まえがき

201311月、十年以上ぶりに高尾山へ娘と向かった。娘にとっては初めての登山となる小学一年生の秋だった。リフトで麓まで行き、少し先に薬王 院があり、その階段を上った後、緩やかな坂を上れば山頂に到着する。リフトを降りてからの標高差はわずか140メートルほどである。なんとか雲の隙間から 富士山が見られ、そこで早めの昼食を二人でとったことは記憶に新しい。下山は吊り橋のあるコース、そこが娘にとっては初めての登山道体験となった。しか し、運動不足の私はそこで膝の痛みを感じ、リフトを降りた時にはその先にある階段を下りることすら困難な状態になった。痛みは翌朝には治まっていたが、今 度はひどい筋肉痛で歩くのがやっとだった。40代半ばでそれまでの運動不足が屈辱的なかたちで現れた。
もう、登山はしないと心に誓ったわずか2週間後、再び高尾山に行くことになった。大混雑の中、雲ひとつない秋晴れと紅葉を、膝の痛み対策に通販で買ったストックを両手に満喫した。
ちなみに登山靴は2002年に中国北京の万里の長城を登頂するために買ったものがあった。その一年前にも万里の長城に登っており、スニーカーでは石ブロックが滑りやすかったための対策だった。それから一度も履くことがなかったのだが、十年以上ぶりに足を入れたことになる。
2014
8月、真夏にひとりで高尾山へ。今では考えられないが綿のTシャツとジーンズ姿でキャンプ用の2リットルのでかい水筒に冷水を入れ、コンビ二で買ったお にぎりを背負って行った。夏向きと情報を得た沢沿いを歩くコースに入った途端、登山靴のソールが剥がれた。駅から歩き始めて15分も経っていないだろう。 いやな予感がしたがせっかく来たので靴紐を土踏まずに巻いてなんとかその場をしのぎ、大汗でヘトヘトになりながら山頂に着いた。達成感はなく敗北感しかな かった。下山はケーブルカーを使ったのはいうまでもない。

ことし、2016年夏、日本百名山に3座登った。他人が選出した名山なので興味は薄いが、あとから百名山だと知った山もある。運良くどの山からも絶景を楽しませてもらった。

第二弾となるこの書籍は、日々地道にトレーニングを重ねていき、東京から遠くに足を運んでいくつかの山に訪れた記録です。
我が娘が学校の夏休み中に一緒に行った山や、単独で日帰りまたは小屋泊など、暑い都心から離れたところで感銘を受けたことを書き留めました。
脚色はしていないありのままを記録しているので、大した内容ではないと思いますが、読んでいただき少しでも参考になれば本望です。

またこの書籍は完成型とせず、来夏に新たな山に行った時のため、追記・更新型としています。随時書き加えていく予定です。

2016
99日 高橋 啓道

 


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最終更新日 : 2016-09-15 19:26:52

大雪山 旭岳~娘よ、共に高山植物から学ぼう!~

私は軽く振り返り、数メートル後方を登って来た娘に手招きをした。

娘が気付いたので私は前方を指差しその先に向かった。

『旭岳 標高二,二九一米』と刻まれたそれほど大きくはない標柱。

2016725日。少し冷たい風が吹く快晴の空の下、私と娘は北海道の最高峰、大雪山系の旭岳の山頂に立った。

 

前日の24日の朝、旭川空港に降り立った私たちは、この山行の目的以外に予定は立てておらず、きょうはどこに行こうか悩んだ挙句、旭山動物園で遊んだ。なんだかんだで楽しい遊び場である。

一日3往復しかない旭川市内⇔旭岳往きのバスに無事に乗り、本日と翌日の宿泊先である旭岳の麓にある『グランドホテル大雪』にチェックイン。温泉で汗を流し、美味い夕食に舌鼓を打ち、満腹。

残念ながら食堂から見えるはずの旭岳の夕景はガスで眺望できず。

 

翌早朝、5時半にホテルから出発。旭岳の後からまぶしい太陽が私たちに降り注ぐ。旭岳を前方に臨みながらロープウェイ乗り場へ。

願ってもいないほど晴れ渡る空。私たち十数名を乗せ上り始めた窓からは、前方に広大な大雪山の峰々、後方西側に広がる地平線と雲海を映し出していた。

降車した姿見駅は標高1,600メートル。売店にある椅子に座り、これからアタックするための準備と少々の腹ごしらえ。ホテルが用意してくれた登山者向けおにぎりセットは一口で平らげられるほど小さいものが2つ入っており、少々不満だった。

 

強い陽射しの下、雄大な旭岳が鎮座している。まるで太陽に向かって歩いて行くように娘とゆっくり歩く。

あの山稜の頂に立つのかと思うと期待と不安が折り重なっていた。

歩いている麓には、いまだ残る雪渓と水蒸気噴射の音。何かを威嚇している生き物のような音だ。

心地良い涼しさの中、姿見の池には無風のため旭岳が見事に映し出されていた。

普段の山行で花など興味のない私にも、ここに咲く高山植物の可憐さには何度も立ち止まり心を奪われた。

その度に娘はカメラに収め、夏休みの自由研究のテーマにするという。

本格的に傾斜がきつくなり始めたころ、植物の数も極端に少なくなり、歩きにくい岩場となった。

時々、娘と手を繋ぎ、滑落したら洒落にならない断崖を何度も通過。緊張は終始緩むことはないが、青空の下の大雪山連峰の山々は私の心を釘付けにしてくれる。『いつかあの山に登りたい』と。

途中、娘が高山症状の疑いのある頭痛を訴えてきた。昨年末、丹沢の鍋割山にある山荘でご一緒した年配夫婦の奥様が、この大雪山で高山病になり嘔吐したことを話していた。今回の山行でも一番心配していた事項である。それが娘に降りかかってきたので先ほどよりも長めの休憩、そしてさらにゆっくりペースで深呼吸で歩くよう指示し、会話は以後なるべく控えた。

最後の急斜面を迎えた。まるで天に繋がるように高くそびえ、登山者が綺麗に一列に並んで一歩一歩進んでいるのが見える。

斜面は砂礫で非常に滑りやすい、誘導ロープに掴まっていないと後方にずり落ちてしまうほど足元が不安定で、娘は時々膝をついて倒れてしまった。怪我をするほどの悪路ではないが、娘の手を引きながら歩くのは私にも限界があった。

「もう少しだ、頑張ろう!」

この山の頂は、これ以上ないほどの絶景だった。

千葉から来たというベテランらしきオジさんが記念写真を撮ってくれた。山頂に着いたらハイタッチのお約束は記念写真の行列に急かされ、つい忘れてしまった。

 

私は娘に山が好きになってもらうためにここまで来たのではない。親子で力を合わせた記憶を残しておきたいだけである。

私たちは大物になることはなくとも、冷たく重い雪の下で地に根を張り、じっとこらえて厳寒を乗り越える高山植物のように、小さくても素敵な花を咲かせよう!

 

 

翌日、26日は学生時代の友人と再会し、美瑛町にある『青い池』観光や、炎天下の十勝岳山麓でナキウサギをじっと息を殺して一時間以上待ち構えたり(キタキツネにもばったり遭遇できたり)と、自然を堪能させていただいた。

 

娘曰く、北海道の食べ物で一番美味しかったのは、大好物のラーメン・・・ではなく『じゃがいも』とのこと。

 

 

 

※今回の山行にあたっては、二人の写真家の手厚い御支援をいただいたのでここに記させていただく。

 

田中 勉(フリー写真家、元某有名出版社勤務)トマム出身。

今津 秀邦(写真家、ワンドリームピクチャーズ有限会社 代表取締役)旭川市在住。

 

 この場で改めて御礼を申し上げます。


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最終更新日 : 2016-09-15 19:20:42

谷川岳の夏

201684日。

電車を降りるとホームは真っ暗でひんやりとしていた。

JR上越線土合駅の新潟方面に向かう下りホームは改札まで高低差70.7m462段の階段を上る。知る人ぞ知る『日本一のモグラ駅』である。

一直線上に上がるその先は靄がかっていて仄かに明るい。これから谷川岳へ向かうであろう私含めて数人が準備運動を兼ねて昇って行った。これくらいで息が切れることはなかったが、もういちど昇りたい階段とはいえない。

地上に出ると先程とは違い蒸し暑いいつもの夏模様。今日も好天に恵まれたようだ。

そこからロープウェイ土合口駅まで歩くこと20分ほど。平日ということもあり混雑はしていない。

降車した天神平駅までは通常の観光客がいるので恰好ですぐ見分けがつく。だいたい登山者と半々といったところであろう。

だだっ広い天神平から緩やかに上り始める。このまま歩きやすいということはないと重々承知しているが、メジャーな山なので整備された道がしばらく続いた。

熊穴沢避難小屋という分岐点を直進するころから、急な岩場が続いた。初めは何気なしにえっちらおっちら。

小学校低学年らしき男の子がお父さんの指示に従い一所懸命登っているところに追い付く。「頑張るねえ!」と声援を送り、道を譲られたので少しだけ足早に進んだ。両手を使い三点確保の状態で登らねばならない箇所が次第に増え、そのたびに苦戦を強いられ、そして小休止も増えた。暑い!

この岩場がいつまで続くのだろうと萎えてきた頃、視界が開け西側に見える美しい山稜に心を奪われた。

急登りが緩むことはなかったが、森林限界を超えた進行方向には青空に映える山頂をはじめ、全方向どこを眺めても美しい。上りでこんなに疲労を感じることは滅多にないが、充実感で満たされ打ち消してくれた。

 

肩ノ小屋という休憩場所で早めの昼食休憩をとる。千葉の消防学校と書かれたつなぎを来た団体がベンチに腰掛けている。遅れている人たちを待ちながらの休憩のようだ。そのほかにも老若男女思い思いの休憩方法をとっている。ちなみに初心者らしき人はここには皆無だった。当然か。

持って来たパスタは手製のぺペロンチーノ(のつもり)だが、モソモソしていて喉を通らず、空腹にもかかわらず半分残してしまった。保冷ボトルにいれた水も想定よりかなり飲んでしまったため、残りが少ない。

風もないほどの好天のため、陽射しがきつい。暑くて不快が増してきたので休憩もほどほどに二つの山頂(双耳峰)を目指す。

 

険しい道はたくさんの高山植物がお出迎えしてくれる。すでに疲れているが見飽きることはない。

トマノ耳に到達。なぜかやたらとトンボが飛び交っていたのが印象的だ。たくさんの人たちが休憩している。道中にこんなに人は見かけなかったのにどこから来たのか疑問に思うほどであった。

そして本日の最終目的地のオキノ耳に到達。達成感は最高!しかしヘトヘト。これから下山するのかと想像するとゲンナリである。

高山植物を写真に収めながらゆっくりと下山。途中ヘビが出て来たと大騒ぎしている男性がいたり、先程の小学生よりさらに小さな女の子を見かけたり。

そんな中、私はといえばすれ違った『西内まりや』似の美人女性に挨拶を交わした途端に浮き石につまずき、見事に仰向けにひっくり返り心配された。私の握るストックがあの美しい顔に激突しないで本当に良かった。美女はできるだけ登山しないで欲しいと勝手に願う。

 

肩の小屋まで戻り、飲料水の量に心配が生じたので売店でペットボトルのアクエリアスを購入、400円也。

ベンチにて飲んでいると中年男性二人が「ほら来たよ・・・」と西のほうを指差している。そこには先程まではなかった雲が発生していた。この谷川連峰は正午を境に天候が悪化すると以前聞いていた、時計を見ると12:40。まさにそのとおりのことになり、もう少しのんびりしてもいいかな?くらい思っていたが早めに下山開始。

とはいえ急な岩場の下りは案の定容易ではなく、前方で私以上に四苦八苦して下山している人も多数いて心身ともに疲れ果てた。

 

それでもここに来て良かったなと思う。また違う季節に来ることにする。

 

あの雲は幸いに雨になることはなかったが、帰りの電車に乗り次の停車駅に着く途中、にわか雨が降り出した。


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最終更新日 : 2016-09-15 19:22:46

木曽山脈 駒ケ岳 宝剣岳~夏の終わりに~

息が切れる。とにかく息が切れる。急斜面とはいえ、いつもならこの程度でこれほど汗をかいて必死になることもないはず。

 

824日、新宿からバス、ロープウェイと点々と乗り継ぎ、日本で最高所の駅として名高い千畳敷駅(標高2,612m地点)からカールという氷河で削られた斜面を登り続けている。遊歩道から分岐し急登りになった駒ケ岳方面の登山道は、平日のこの日もたくさんの登山者で賑わう。つづら折りの道は所々細く、下山者とすれ違うことが多いので先に譲られるとどうしてもペースをあげてしまい、その度に発汗と息切れが増していった。

 

ロープウェイを降りてから4~50分ほどで急な登りを終え、山小屋の見えるなだらかな稜線がそれまでの疲れを忘れさせた。

この小屋で一泊の申し込みをしたが団体予約で貸切とのことで、同じ系列の駒ケ岳手前の頂上山荘というところに今夜は泊まることになっている。がしかし、それほどここから遠くもなく、時刻もまだ正午を過ぎた頃なので時間を持て余している。雲がせわしく流れる中、岩に座り、これからの行程を考えながらラーメンを煮て昼食をとった。

腹ごしらえを終えると、先ほどの雄大な景色は嘘のようになくなり始め、あたりはガスで被われた。目の前に見えていた岩山の宝剣岳ももちろん見えない。ひんやりとまとわりつく濃霧のガスが今日の最終目的地である小屋へと足を速めさせた。

 

見晴らしの良いであろう中岳の山頂に着いた時点で、視界不良のホワイトアウト状態。指標と誘導ロープだけを頼りに下り返し、途中すれ違った男性にこの先が駒ケ岳であることを確認したほど数メートル先も見えない状態に。

下り終えたところに分岐の指標があり、駒ケ岳、千畳敷への巻き道(近道)、そして頂上山荘、テント場などと示されている。目的地の山荘が見えない中、しばし辺りを見回す。霧が瞬間的に切れた時にたったの10~20メートル先にある白い建物が見え、ようやく安心感で満たされた。先が見えないというのは精神的に距離が長く感じるものだ。

 

分岐にたどり着いても建物が見えなかったことを小屋番さんと談笑しながら宿帳に記入し、今夜寝る10人部屋の横引き戸を開けた。誰もいないものかとザックを腕にかけスタスタと入ると、引き戸の横の奥まったところに年配男性が布団を敷いて仰向けに眠っていた。

極力、音を立てずに身支度を整えていると、それに気付いたのか年配男性がムクッと起き上がった。

「こんにちは。よろしくお願いします。すみません寝ているところに」

「いやいや、こちらこそどうぞよろしく」

首周りが赤黒く日焼けした、いかにもベテランといった感じのおじさんであった。

部屋の小さな窓の外は霧で何も見えず、手を伸ばせば届く距離にあるパイプやトタンなどの建築資材が見えるだけだった。

 

小屋の中を散策し、大部屋のほかに個室があることもわかった。造りはどの山小屋とも大差なく、歩けば足音が響き渡る薄っぺらい板張りだ。食堂の手前にある本棚の脇で、そのおじさんと何気なく横に並んで座って読書タイムとなった。背中に温もりを感じたので振り返ると、ダルマストーブが火を灯していた。

この時、少しばかり頭痛があった。今日の早朝、海抜0メートル地点の我が家を出発してから7~8時間で一気に標高2,900メートルまで上昇したので仕方がない。ロープウェイを降りた千畳敷から急登りの登山道であんなに息が切れたのも空気が薄いからであった。持参したシェラカップにインスタントコーヒーを水で溶かし、しばし天空のブックカフェを堪能し高山症状を紛らわせた。

 

『バタバタバタバタ』

天井から大きな連続する大きな音が響いた。おじさんや小屋番の人たちが「雨だ!」と一斉に言い放ち、窓の外を覗いた。真っ白で何も見えないが窓ガラスを濡らす雨粒が降雨の凄まじさを実感させた。トタン屋根を叩き付ける雨音の中、小屋番の人たちが窓のサッシを一つ一つ確認しながら点検していく。特に何もできない私はおじさんと共にしばらく玄関前でドアの外を眺めていた。もし今日の行程を実行し宝剣岳に登っていたら、いまごろまだ小屋には到着しておらず、この雨にやられたかもしれない。

 

おそらく数十分が経ち、雨音が次第に弱くなったように感じた頃、次々とカラフルなレインウェアをまとった団体が何組も入ってきた。予約済みなのかそうでないのかは分からない。降り始めてから1時間も経たないうちに下足箱の上部に張られているロープは20着以上のレインウェアが所狭しと吊るされ、真下の木製のすのこを不規則な水玉模様に仕上げていた。

本棚の脇のダルマストーブはびしょ濡れになった人の乾燥室へと変貌を遂げ、私ほか雨にやられていない人たちは底冷えし始めた床の端に立ちながら読書を再開した。

 

小腹が減ってから2時間後の午後5時。待望の夕食の時間となった。

お世辞にも広くはないテーブルにおかずプレートが並べられ、ご飯と味噌汁を置くスペースに少し無理がある中、がむしゃらに頬張って食べた。下界では大したことのない内容のおかずでも、山の中で名も知らない人たちと向かい合って食べるのも悪くはない。私は人見知りで緊張する性格だが、自然体でいられる山の世界が本当に好きなんだと改めて実感した。

 

「虹が出てますよ!」

外から戻ってきた女性が小屋にいる全員に聞こえるよう、嬉しそうに言いながら戻って来た。食後にダルマストーブの前でたむろっていた我々は、まるで緊急避難指示が出されたかのようにサンダルを履き外に出た。雨は上がり、小屋の前にあるテント場の上空に半円を描いた虹の橋が中岳の麓に架けられていた。

夕陽が中岳に明るく照りつけている。カメラを持ち出し登山靴に履き替え、しばし夕景を楽しんだ。駒ヶ岳の山頂に向かって歩いている4~5人の姿がシルエットになっている。夕食を終えたのであとは就寝までのんびりしたひとときである。この小屋で夜を迎える多くの人がこの中岳と駒ケ岳の鞍部の夕景を楽しんでいた。

 

「すみません、こんな時間に。こちらの部屋で寝させていただくことになりました」

夕陽も山の向こうに隠れた頃、ひとりの男性が相部屋に入ってきて申しわけなさそうに頭を下げた。10人部屋といえど布団の端をを重ねないと10組は敷けないスペースにもう一人寝ることになった。彼を含めて8人になる。どう考えても狭い。だがこういうときはお互い様、みんなで使わない余った布団を部屋の外の通路に無理矢理放り出し、部屋の引き戸の真ん前に場所を確保してあげた。私が冗談交じりで「夜中に足を踏まれるリスクは覚悟してください」と言うと一同が笑い、その場の空気が和んだ。

 

スマートフォンをいじったり会話したり、思い思いの時間を過ごす相部屋の人たち。私は気付いたら部屋は消灯されていた。9時の消灯時刻前に眠りに就いたようである。だれもいびきを掻いていなく、静かで真っ暗な夜。心配していた床からの底冷えもなく、再びぐっすり眠った。

 

ありえないくらいガタガタとうるさい雑踏音。次から次へと起き出す人でこれ以上眠ることは不可能となった夜明け前の4時。私の本日の予定は朝食後に実行することにしていたが、立ち上がって湿気でくもった窓ガラスを指先で拭い、外を確認すると綺麗な星たちが煌いていた。

ヘッドランプを頭に着け、食堂へ向かうと10人以上の人が出発準備をしている。真っ暗な中、ザックを移動させている人や、前夜に準備してもらったお弁当をヘッドランプの灯で食べている人など、まるで大規模な夜逃げである。玄関の外にあるトイレに向かうと、中岳のシルエットがうっすらと見えた。間もなく夜明けである。昨日、霧と豪雨の影響で登れなかった駒ケ岳に無意識に心と身体が向かった。

 

ストック、カメラ、水筒を持ち、ヘッドランプの灯を頼りに岩を登る。斜面は急だが昨日の疲れも全く残っていないし、いつの間にか頭痛もなくなっていたのでスムーズな足運び。後を振り返ると中岳の後方に映える空は次第に明るくなってきた。後方を登ってくる人のヘッドランプの気配はなかったのですでに駒ケ岳には昨日登頂済みの人が多いのだろうか。

 

438分、所要時間20分足らずで駒ケ岳の山頂に到着。2,956.3m716hPa11.8

すでに多くの人が山頂にいる。多くはこの山頂下の西側にある『頂上木曽小屋』泊の人たちと思われる。子ども二人連れの家族もいた。薄暗い光の中、雲海に浮かぶ御嶽山が素晴らしく印象的。私は小さな三脚を立てて360度のパノラマの世界を夢中でシャッターを切った。

そして510分過ぎ、みんなが歓声を上げる中、山頂からのご来光を拝んだ。この瞬間に立ち会えたことで感無量な面持ちになったのはいうまでもない。

 

 

小屋の朝食の時刻は6時からである。時計の針を気にしながら写真を撮って小屋まで下山。ゆっくり起床した人たちも大勢いて、もったいないなと感じた。ある人はこの小屋のある鞍部のテント場付近でご来光の瞬間を見たとのことだった。腹ペコの私には嬉しい10分前から朝食が始まり、朝はガッツリ食べる私は誰よりも早くご飯のおかわりをして少ないおかずを大事に胃袋を満たした。

 

これから宝剣岳へと向かう。朝食後早々に小屋を後にした私は、昨日は濃霧で見えなかった稜線の美しさを堪能しながら清々しい気持ちで歩いた。風も無く澄んだ空気が心地良い。昨日来た道を引き返し、分岐点からすぐ近くに険しくそびえる断崖の岩山へと挑む。

 

『宝剣岳』と書かれた指標の前でザックを降ろし、中からヘルメットを取り出し装着。カメラと水筒を肩に掛け、ザックとストックはその場においていざ出陣。ここから先は自分との闘いである。比較的緩やかな数分間の上りの先はいきなりクサリに掴まることになった。両手を使い三点支持で慎重に行く。三人の若者ともう一人単独の年配者が前方の上の方にいて、しっかりした足取りで登攀していた。途中死角になり彼らの姿が見えなくなった。私がその地点までたどり着くと・・・断崖絶壁!クサリがもし無かったらどうやって進めば良いのだろう。情報ではここで滑落事故が多数起きているらしい。当然、ここでの写真は撮る余裕などなかった。ポジティブに考えれば、私は高所恐怖症、こんなことができるように成長させてくれた山の神様に一生感謝しても足りることはないだろう。

すでに震える脚でようやく山頂に到達。宝剣岳(ほうけんだけ)2,931m 。三人の若者は一番高い岩の天辺に一人ずつ立ち、記念撮影をしていたが、私はその下の岩にしがみついているのがやっとで、これから下山する恐怖感で満ち溢れ、達成感など全くなかった。それでもここに来た証として若者の一人にカメラを渡し、記念写真を撮ってもらった。が、あまりに山頂が狭く、どこに立っているのか判らない構図に写っていた。

下山は腰を落とし、岩に座りながらゆっくりと下りた。昨日の雨で岩は濡れている。すでにクライミンググローブとズボンはびしょびしょになっていた。同じ小屋で一泊した七人連れの年配男女と途中ですれ違った。先に下りてと譲られたが、一連のクサリに一列に掴まっているこの七人。彼らを飛び石のように越えるほど技術も気力も足りてはいなかったので作り笑顔で通り過ぎるのを1分以上待った。

膝が笑いながらも無事にザックを置いた場所まで戻った時、ようやく達成感が現れた。今これを書いている時分に『なぜもっと写真を撮らなかったのだ?』と後悔しているほどだ。

 

千畳敷のロープウェイ駅へと下りて戻るだけになった乗越浄土という分岐点で、時間が余り過ぎているので写真を撮ったりして小休止。駒ケ岳山頂でご来光を見ていた家族連れが宝剣岳に向かって登って行くのが見えた。一番下の子はおそらく小学校低学年(或いはそれ以下)だと思われる。『うちの娘はあの岩場は無理だろうな』などと想像したり、自分の時間をのんびり過ごした。

ロープウェイ駅と一体化したホテルが見える。急な岩場を下山開始。ストックや靴が岩の隙間に挟まれて思うように歩けないが、振り返って見える宝剣岳をはじめとする険しい稜線は声に出して『美しい!』と言ってしまうほど、歩きにくいことなどどうでもよくさせてくれた。

やがて登山道が終わり遊歩道と合流。登山をしなくても良い景色が撮れる場所で観光客にまぎれてシャッターをたくさん切った。

 

 

 

 

そして、千畳敷駅に着いた途端、辺り一面濃霧で視界不良になり、この山行の終わりを迎えた。

今回も良いタイミングで天候に恵まれた夏の終わりの最高の思い出である。


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最終更新日 : 2016-09-15 19:15:46

この本の内容は以上です。


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