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我が美学

 我が美学

 

 手に生暖かい感触が広がる。それと同時に、暗い路地裏に異臭が満ちてくる。俺はその異質な空間を創り出している中心にいた。そして、俺の前には一人の男がいる。そいつは蚊が泣くような声を発しながら、ゆっくりと俺の前に倒れた。

 暗くて見えづらいが、真っ赤な液体がその男の体から徐々に広がっていく。それがこの空間における異臭の正体だった。俺はその様子を見下ろし、歓喜に身を震わせていた。

 手袋をしている俺の手には異臭のする赤い液体が付着していて、暗闇の中でも鈍い光を放つ、銀色のナイフがあった。

俺はそのナイフを何度か空に振るった。付着してしまった異臭のする赤い液体、目の前に倒れている男の血を拭うためだ。ナイフに付着した男の血は、路地裏のコンクリートに点々と、美術品のように飛び散った。

俺は十分に満足してナイフを懐に仕舞い、笑みを浮かべながら足早にその異質な空間から立ち去った。

 

ネオンの光がうっとうしいくらいに目に入り、深夜なのに未だに人の賑わいをみせる都会の真ん中に俺はいた。

人ごみを避け、俺は自販機でブラックコーヒーを買った。手袋を脱いだ俺の素肌にコーヒーの熱が手に染み渡る。この時期は厚着をしていても、寒さがきつい。

俺は近くに腰を下ろせる場所を見つけ、そこに腰を下ろした。買ったコーヒーを空け、喉に流す。下腹に熱が篭っていくようだった。

一息つくと俺は寒空の下、先ほどの光景を頭に思い浮かべた。

少し前まではしっかりと活動していていた肉体。その肉体から血が広がり、徐々に生命がつきかけていくあの何物にも変えられない感覚。死に際に見せる男の縋るような顔。俺はどれも鮮明に思い出せる。そしてそのことを思い出すと、俺は自然と笑みがこぼれる。

―そう、俺は殺しが好きなのだ。

殺しが好きなことに気づいたのはいつからだっただろうか。えーと、確かあれは俺が高校生の時だったはずだ。

 

俺は高校の時、都内の優秀な私立の進学校に在学していた。自慢するわけではないが、成績は学校で毎回トップにいたし、運動も得意なほうだった。というか、時に苦手に感じるものが俺にはなかった。周りからもちやほやされた。だが、俺にとってそれらは何の意味も無いものだった。

 俺は退屈していた。何をやっても楽しくなかった。クラスメートとの会話も、全ては無為なものにしか思えなかった。目指したいものも、やりたいこともなかった。むしろ俺は世の中に絶望していた。どうして世の中はこんなにもつまらないのだろうと―。

 そんな時だった。俺に転機が訪れたのは。

 それは俺が昼休みに普段誰も来ない校庭の裏のトイレに行った時の事だ。俺はその当時、昼食を誰もいない校庭の裏で取るのが常となっていた。俺がトイレに入ると、奥のほうで四、五人の人だかりができていた。俺はなんだろうと思い、とっさに息を潜めて、気づかれないように様子を伺った。

「お前、最近生意気なんだよなー」

 人だかりの中の中心にいる人物から声が発せられた。それだけで俺は状況がある程度つかめた。次に聞こえた声で俺は自分の予想に確信を得た。

「ご、ごめんなさい、許してください。土下座しますから……」 

 まあ、よく聞くいじめのワンシーンだった。話にはよく聞くが、打ちの学校でその現場に出くわすとは思いもしなかった。曲がりなりにも、都内で優秀な私立の進学校である。そのような輩はいるとは俺は思っていなかった。

 そんなことを能天気に俺は思っていると、奥から鈍い音が聞こえた。そしてその後からは嗚咽が混じったようなうめき声が聞こえてきた。

 ―蹴りか何か入れられたのだろう。

 俺は冷静に分析していた。それからいじめはエスカレートしていた。鳴り止まない悪口の数々、水が放流する音、肉体に響くかのような鈍い音、そんなものが永遠に続くかのように続けられた。俺は何故かじっとその様子を見つめていた。

 永遠に続くかと思ったが、終わりはすんなりとやってきた。ぞろぞろと人ごみが俺に近づいてくる。俺は慌てて、その場を離れた。

 俺は奴等が去ったのを確認すると、再びトイレに入っていった。置くには俺が予想していたよりもずっとひどい姿の被害者が泣きながら、力なく汚いトイレの床に横たわっていた。

 学年は分からないが、被害者は全裸だった。制服もずたずたにされている。おまけに被害者も床も水日だしだった。床に散らばっているゴミのようなものは、恐らく元は教科書だったものだろう。俺はそんな被害者の下にゆっくりとかけよった。俺が近づくと、被害者も俺に気がつき、おびえるようにして体を縮こまらせ、震えた。

 俺はその哀れな被害者に優しく声をかけた。

「安心しろよ。俺はなにもしない」

 俺はそう言うと、両手を水平にし、被害者に俺は無害だと言う事をアピールした。だが、それでも被害者は警戒を解かなかった。

「わかったよ、今からジャージ持ってきてやるから少し待ってろ」

 俺はそう言うと、すぐに教室に戻り自分のジャージを持って、被害者のいるトイレに戻った。本当なら放っておくつもりだったが、何故か俺は被害者が気になった。自分でも何故こんなことをしているのか分からなかった。

「ほら。これ着ろよ」

 俺は震えている被害者にジャージを手渡した。被害者は恐る恐る俺からジャージを受け取った。

「……着てもいいの?」

 被害者の言葉に俺はぽかんとなった。俺は被害者の言っている意味がすぐには分からず、少し遅れて返事をした。

「それ以外になにかあるのか?」

 俺がそう言うと、被害者はおどおどして俺に礼を言い、ジャージを着た。

 被害者が着終わるのを待って、俺は質問をした。

「お前、いじめられているのか?」

 被害者はこくんと、力なくうなずいた。死んだ魚のような目で下を見つめている。俺はさっきから聞きたかったことを被害者に尋ねた。

「お前は悔しくないのか?反撃はしないのか?」

 俺はさっきから無抵抗だった被害者が不思議でたまらなかった。確かに人数では圧倒的に不利だとは思うが、やろうと思えば金的なり目潰しなりいくらでもやれるだろうと俺は思っていた。だから何故この被害者が無抵抗だったのか、俺には疑問だったのだ。被害者はまるで自分が何か悪い事をしたかのように、小さな声で答えた。

「……抵抗しても、もっとひどくなるだけだから」

 俺はまたもやぽかんとなった。俺には被害者の言っている事が良くわからなかった。

「何故だ?」

「何故って……、そうなっちゃうでしょう」

 被害者の返答は、俺にとって数学なんかよりも遥かに理解しがたいものだった。

「なら、お前はこのままでいいのか?」

「言いわけないでしょう、でもどうしようもないです……」

 被害者はじっと床を見ている。さっきから一度も視線を俺に向けなかった。俺は何故かこの被害者に異常なほど興味を持った。こんなことは今までなかったことだ。

「なぁ、あいつらをどう思っている?」

 俺がそう聞くと、被害者はゆっくりと顔を上げた。そして静かに、確かな憎しみを持って呟いた。

「……殺してやりたいです」

 この時、俺の中で何かが芽生えた。なぜかはわからない。ただ俺の中で眠っていたものが、目を覚まし、俺にそうしろと命令していた。かつてないほどに胸が高まっていた。そして、自分でも気がつかないうちに口元が歪んでいた。

「そうか……。わかった」

 俺はそれだけ言うと、被害者に背を向けトイレを立ち去った。やることはすでに決心していた。あとはそう行動にうつすかだ。

俺のジャージを身に着けている被害者は呆けていたのか、何も言わなかった。

 俺はそれからひたすら考えていた。ある程度考えがまとまると俺は早速実行にうつした。

 やることは簡単だった。まず、俺は知り合いから情報を集め、いじめの首謀者を突き止めた。首謀者は同学年の四人のグループで、小林、安藤、高野、火口という奴等だった。

まぁ、いじめの理由なんてあってないようなものなのが常で、特に理由らしい理由はなかった。だが理由なんて俺にはどうでもいいことだった。

 俺はそれから奴等の行動パターンを三ヶ月に渡って観察し、分析した。学生なので行動範囲はある程度限られてくるから、そこは楽にできた。それよりも俺はその三ヶ月間、かつてないほどに充実を感じた。こんな感じはうまれて初めてだった。俺は着実に計画を立てていき、その時を待ち望んでいた。

 そしていよいよ実行する日がきた。その日は夜だった。四人グループはよく金曜の夜に繁華街をうろつく。俺は事前に情報を掴み、四人を尾行した。大体奴等は深夜一時くらいまで遊んでいる。俺の狙いは四人が家に帰る時だった。

 俺はまだかまだかと辛抱強く尾行し続けた。はやくやりたかった。棟の高まりはどんどん激しさをましていった。俺は必死に自分を押さえつけていた。そして、ついに待ちに待った時がきた。

 奴等は夜の繁華街を遊び終え、帰路についた。俺は最初に四人の中の高野を狙った。

 高野を狙った理由は、高野の家までの道は人気が四人の中で一番なく、おまけにやりやすい場所が近くにあったからだ。

 俺は道角で高野を待った。高野は絶対にこの道を通る。それは三ヶ月の観察から確信できることだ。

 そして俺の予想通りに高野らしき人物がやってきた。俺はゆっくりと正面から高野に近づき、話しかけた。

「あれ、高野じゃないか」

「ん?あぁ、秋原じゃないか」

 俺はにやりと口をゆがめた。この日のために俺は高野と知り合いのレベルまで人間関係を構築してきた。クラスメートの紹介からだが、それも結構簡単にできた。

「何しているの?」

「別に、遊んでいただけだよ」

 高野は飄々と答えた。俺はそんな高野にかまっている暇はなく、単刀直入に高野に切り出した。時間が惜しい。

「そうだ高野、丁度良かった。ちょっと話があるんだ。宮下さんの事だ」

 俺がそう言うと高野は夜でもわかるほどに顔がひきつった。予想通りだった。

「な、なんだよ。宮下がどうかしたか?」

「最近、宮下の友達に、宮下の事で相談を受けたんだ。そのことで高野にも話をしておきたくてな。なんでもお前に話しにくいことらしい。少し近くの公園で話できないか?大事なことだ」

 俺がそう言うと、高野は食いつくように俺の話に乗ってきた。

「あぁ、別に大丈夫だぜ。宮下が一体どうしたんだ?」

「それは公園にいったら話すよ」

 かかった―。予想通りだった。宮下とは高野の彼女の事だった。二人は学校でも有名なほどの中の良いカップルだった。その宮下の話で引っ掛ければ疑いなく高野を誘う事ができると俺は踏んでいた。

「じゃあ行こう」

 深夜の公園は静かだった。俺は高野と公園に入り、辺りを確認した。何も問題はない。

「で、話ってなんだよ」

 高野が俺に尋ねてきた。俺は激しく脈打つ自分の心臓を抑えながら、実行に移した。

「実はここに宮下が来ているんだ。高野を連れてきてほしいって言われてね」

「えっ、どういうことだ?」

「あっちに宮下がいる」

 俺は暗い公園の先を指差した。

「あそこの木の裏だ」

 高野は何の疑問も抱いていないのか、俺の示した木に向かっていった。俺に背を向けたまま―。

 計画の実行のときだった。俺はその無防備な背中にポケットに入れていたスタンガンを高野の首筋に押し当てた。

「がっ……!」

 一瞬高野の体が飛び跳ねたかと思うと、ゆっくり地面に崩れていった。スタンガンで人を気絶させる術はネットや本であらかじめ調べておいた。最初は案外難しいんだなと思っていたが、あらかじめ練習していたので、うまくいった。

俺はすぐに高野の体を公園の倉庫の中に運んだ。

 倉庫はせまくてかび臭かった。人が十人もはいれるかどうかといった具合だ。もう何年も使われていないのだろう。俺は前日に倉庫の鍵を破壊して、開けられるようにしていたのだ。

 俺は倉庫に用意しておいたライトと縄、水の入ったペットボトル、そしてガムテープを袋から取り出した。まずはライトで倉庫を照らし、縄で高野の手と足を入念に縛った。これも前もって人形で練習したからスムーズにできた。

 続けて高野の口に布を突っ込み、ガムテープで口を封じた。その後はペットボトルの水を高野の頭に振りかけた。高野の目を覚まさせるためだ。だが、中々高野は目を覚まさなかった。仕方なく俺は高野に蹴りを何発か入れた。すると三発目で高野は目を覚ました。

 目を覚ますと高野は、呻きながら必死に体を動かした。だが、当然の事ながら縄で体をきつく縛っているので無駄な抵抗になった。俺は高野に見えるようにナイフを取り出した。高野はそれを見てピタリと動く事をやめた。

「俺の言う事を聞け。これから俺の質問以外の事を喋ったらすぐにお前を殺す」

 俺がそう言うと、高野は涙目になりながら何度もうなずいた。俺はナイフを持ちながら、高野の口のガムテープを乱暴に取った。続けて口につめた布も取り出す。すると高野は苦しそうに呼吸をした。

「お前の携帯の暗証番号を言え」

 高野は震える声で言った。

「い、1129

 俺は高野のポケットから携帯を取り出すと電源をいれ、番号を入力した。―問題はない。

 第一段階終了。次の行動に移る。

 俺は高野の携帯で残りの三人の電話番号を見つけ、そのうちの一人、小林に電話をかけた。

「今、小林に電話をかけた。小林にここに来いと言え。いつもの調子でな。余計な事を言ったら殺す。それが終わったら開放してやる」

 高野はこくこくとうなずいた。俺は笑いを耐えるのに必死だったがまだ気は抜くわけにはいかなかった。

「もしもし?どうした高野?」

 高野の携帯から能天気な声が聞こえてきた。俺はナイフを高野に向けたまま、顎で高野を喋るように促した。

「あっ……、小林?あのさ、悪いんだけど今から俺の家の近くの公園に来てくれないか?さっき渡しそびれたものがあってよ」

 良い感じだ。俺は高野の演技に満足して、にんまりと笑った。高野はまだ震えている。

 通話が切れた。どうやら小林の呼び出しに成功したようだった。用が済んだら俺は再び高野の口に布を押し込み、ガムテープを貼った。倉庫を出た。

 外に出ると、俺は何年も外の空気を吸っていないかのように感じた。火照った体には丁度良い感じの涼しさだ。

 俺は近くの自販機で飲み物を買い、一息入れると次の行動に移した。

 これといって準備というほどのものはないが、一応万全な体制だった。後は小林を待つだけだ。俺は倉庫に息を潜め、小林を待った。

 小林らしき人物はすぐに公園にやって来た。小林の家は高野の家と近い。これも計算していたことだ。奴はきょろきょろと辺りを見回していたが、携帯を取り出した。恐らく高野と連絡を俺は後ろから取る気なのだろう。

 俺は携帯に注意が向いている小林の背後に忍び寄り、高野と同じ要領で、スタンガンを小林の首筋に押し当てた。さっきよりもスムーズに出来た。ずると小林も高野と同じように簡単に気絶した。俺はさっきと同じように小林を倉庫に運んだ。

 小林を倉庫に入れると高野は目を見開いて、呻きだした。鬱陶しかったので俺は顔面に蹴りを入れた。それだけで奴は大人しくなった。

 高野と同じ要領で小林の体を縛っていく。それが終わると俺は小林を叩き起こした。まぁ、こういう時の人間の反応は大きく差異はない。小林も現状の意味が理解できず、呻いているだけだ。

 俺は懐からナイフを取り出した。これだけで小林の顔は青ざめ、ピタリと動きを止めた。なんだか面白い。

 さて、とりあえずここまでは順調だった。だが、時間が思ったよりもかかっている。とりあえず今日はこの二人だけだ。俺の計画ではプランCにとなる。俺は二人に近づき囁いた。

「実はある人物がお前らを殺してほしいと言っていてな、簡単に言うと、俺はそれを実行しにきたんだ。まぁ、そのある人物は俺がこんなことしているなんて、想像もしていないだろうがな」

 そこまで言うと、二人の震えが増した。まぁ、これから自分達がどうなるのか想像がついたのだろう。俺は二人の様子に満足した。

「で、まぁ、これからお前らを殺すんだけど、何か言っておきたい事とかある?」

 俺がそう言うと二人はじたばたと暴れだした。しかし、それも無駄な抵抗だった。なんだか可笑しかった。

「わかった。そりゃあ死にたくないよな。じゃあ、質問を変える。どっちが先に死にたい?」

 すると二人は怯えながら首を横に振った。まぁこんなものだろう。もう少し反応を楽しみたいが、生憎な事に時間があるわけではない。俺は実行に移す事にした。

 まぁ、特に理由はないがせっかく最初に連れてきたことだし、俺の最初の被害者は高野になってもらうことにした。

 俺が高野の近くに寄り、ナイフを高野の首筋に当てた。高野の顔は涙と汗でぐっしょりだ。あまり苦しませるようなことをするつもりはなかった。俺はその辺は配慮しているつもりだ。

 いよいよだ。俺はなぜこんなことをしているのか。俺は頭がおかしいのか。そんなことが頭をよぎったが、そんな考えはすぐに消えた。

 ―これから人を殺す。

 その事実が俺の胸を高鳴らせる。俺は人を殺しかった。念願だった。ひょんなことでそれが目覚めた。そのことを俺はこの瞬間はっきりと自覚した。でないと、今俺はこんなに顔を歪めてなどいない。

俺はなるべく死んでほしいと願われている奴を狙った。そうしたほうが、闇雲に人を殺すよりは建設的だと思ったからだ。

あのいじめの被害者なんてものはどうでもいい。ただ、善人を殺すよりはいいかなと思っただけだった。ただそれだけの理由で俺はこいつらを選択した。こいつらにとってはさぞかし不幸なことだが。

―ついにその瞬間が訪れた。

俺は震える手でナイフを横に走らせた。意外と簡単に切れた。そう思った次の瞬間、高野の首から鮮血が飛び散った。

ぷしゅーという間抜けな音がする。倉庫の中が鉄の臭いに満ちていく。俺は完全に高野の頚動脈を断ち切った。高野は倒れ、少しもがいていたが、やがて糸が切れたように動かなくなった。

俺の頭は冴えていた。手は震えているが、次にやることは明確に頭に描けていた。

俺は小林に顔を向ける。小林の顔も涙でぐちゃぐちゃになっていた。アンモニアのような臭いがすると思ったら、小林の股間から湯気のようなものが発せられていた。小林は失禁したようだ。

鉄とアンモニアの臭いがするなか俺は小林の胸にナイフを押し当てた。ぐりぐりと心臓の感触を得たいために俺はほじくるように小林の胸をナイフで刺した。

小林も動かなくなった。俺はこの時初めて人を殺した。

その後は事務処理のようなものだった。用意していた石灰石を二人の体に何回もかけ、ホームセンターで買った南京錠を掛け俺は家に帰った。

証拠となるものは全て処分した。俺はその日全く寝付けないほど興奮していた。ベッドの上で気がついたが、俺は射精していたようだ。そんなことがあったが、俺は翌日普通に学校に登校した。

 小林と高野の連絡が取れないということで、少しざわついていたが二人はしょっちゅう家を空けているので一日くらい連絡が取れないくらいでは、たいした話題にならなかった。俺は自分の読みが当たったことに満足した。

後は簡単だった。その日のうちに残りの二人も翌日に始末した。高野の携帯から得た電話番号で、公衆電話から安藤と火口を呼び出した。

 何も知らず、のこのこと現れた二人を俺はナイフで殺した。高野たちをやった時よりも手際よくやれ、俺はした。

 こうして俺の計画は無事に終了した。

 後日四人は行方不明となり、流石に警察も動き出していた。だがすでに俺は証拠となるようなものは全て処分していた。ラッキーな事に最近は県内に逃走中の殺人犯がいたので疑いは全てそいつにいった。

 俺は高校を卒業し、大学進学の際に引っ越すことになった。あのいじめの被害者も四人が消えてからは楽しそうに学校生活を送っていた。俺はそのままこの町には二度と訪れなかった。

 

 コーヒーを飲み終わり、缶をゴミ箱に投げ入れる。俺は再び夜の町を歩き出した。

 あれからも俺は大学学生中にも殺しを何度かした。相手は様々だった。政治犯もいれば、万引きをしているガキ、レイプ犯なんかもいた。そんな中で、殺しの数を重ねるごとに俺は自分なりの殺しのルールを作り上げていったのだ。

 まず一つに、殺す相手はなるべく悪人―、世の中に害を為しているような者。

 二つ―、殺す時には敬意を持って、苦しませずに命を奪うこと。悪人でも自分の嗜好の為に人を殺すのだ。殺す人間には感謝しなければならない。

 三つ―、殺すと決めた相手は何が何でも殺すこと。

 

 単純に言えばこの三つだった。後は何か不都合が起きたら、その都度考えるようにしていた。

 俺は殺しが好きで好きでしかたがなかった。そんな俺は自分でも明らかに異常だという自覚と罪の意識はあったが、それを補ってでも殺しの快楽には代えられなかった。

 だから俺は殺しに自分なりのルールを決めた。殺しのルールは俺にとって神への誓いのようなものだ。もっと簡単に言えば、スポーツの大会のなんかときにやる正々堂々がんばるという宣誓のようなものだ。そしてそのルールに俺は一度も背いていない。俺にはそれを誇りと感じているほどだ。

 さて、今夜も俺と同じでしょうもないような悪人を一人殺したわけだ。今日はこの辺でやめておくことにする。いかんせん最近は疲れ気味なのだ。体がだるい、少し活動しすぎのようだった。

 俺は少しばかり重く感じる体を引きずり、家に帰るために駅を目指した。その際に俺は近道を使おうと思い、暗い裏通りを通ることにした。するとそこには人影があった。

 俺はおやと思い足を止めると、きゃんという弱々しい泣き声が聞こえてきた。多分犬だ。

 俺はその人影に接近した。徐々にその輪郭が浮かび上がってくる。眼鏡をかけ、髪をだらしなく伸ばした小汚い男だった。異様な雰囲気だった。男は興奮しているようだった。息が荒い―。男は俺の接近に気がつくと、声を荒あげた。

「な、なんだお前は、文句でもあるのか?」

 まだ俺は何も言っていない。男は少々錯乱しているようだ。

「別に文句なんてない。そもそもお前が何をしているかすら俺は知らない。で、一体お前は何をしているんだ?」

「き、君には関係ないだろっ」

 男が一層声を荒あげる。明らかに挙動不審だった。その理由はすぐに分かった。男の背後の足元に何かある。

 目をこらすとそれは中型の犬だった。なんだか弱っているようだった。俺はある程度男がここでやっていたことが想像できた。

「なんだ、犬でも苛めていたのか?」

 俺がそう言うと男は見るからに動揺していた。図星だな、と俺は思った。

「だ、だからなんだっていうんだっ。警察でも呼ぶのか?」

 男の声が裏返っていた。俺は思わずため息をついた。

「そんな気はないよ。でも、どうしてそんなことをしているんだ?」

 男はまた声を荒あげた。情緒不安定なのだろうか。

「こ、こいつが悪いんだっ!俺が仕事でイライラしているのに、この畜生は俺に小便を引っ掛けやがった!この俺に!だからこいつの腹を思いっきり蹴ってやったのさ!そしたら一発でこんなに弱りやがった!ざまぁーみろだ!可哀想だからこのまま殺してやろうと思っていたところだ!」

 そこまで聞くと俺はその男に若干興味を覚えた。少し試してやろう―。そう思い俺は懐から、さっき使ったナイフを取り出した。血はすでにふき取ってある。

 男はそれを見て、ぎょっとなり大人しくなった。俺は男の足元にナイフを投げた。

「殺すんならそのナイフを使えよ。切れ味は保障するぜ。それとも、撲殺の方が好みかい?」

 男はさっきでとうって違って、呆然としていた。口を阿呆のようにあけながら俺の投げたナイフと俺を交互に見ている。

「どうした?殺したいんだろ?俺は見ているだけだぜ。気にせずにやれよ」

 そう言うと、男は不敵に笑い始めた。俺はその様子を眺めていた。これからのこの男の行動に期待して―。

 男は俺のナイフを拾った。興味深そうに見つめている。手が震えていた。

「は、ははっ……、あんた変な奴だな。でもこれありがたく使わしてもらうぜ……。俺の靴をこの畜生の血で汚したくはないからな」

 男はそう言うと、犬の近くにしゃがみこんだ。ナイフを掴んだ右手を勇ましく掲げる。だが、そのナイフをすぐさま振り下ろすことはしなかった。俺はそんな男の様子に見かねて、声をかけてやった。

「どうした?怖くてできないか?」

 男ははっとしたように振り返って、俺をにらみつけた。目が血走っている。男は再び声を荒あげた。

「ば、馬鹿にするなよっ!やってやるさ!」

 男はそう叫ぶと、さっきから掲げていたナイフを振り下ろした―。

 動物の甲高い鳴き声がした。もちろんそれは横たわっていた犬の鳴き声だ。だが―、犬は不幸な事に生きていた。

 急所ではない―。俺はすぐさまそれを理解した。犬は腹をやられたようだが、刃が全然体内に入り込んでいない。分かりやすく言えば、肌を軽く切りつけたようなものだった。致命傷でもなんでもない。ただの傷だ―。そこまで分かると俺はすでに行動を起こしていた。男の下に近寄り拳を顔面に叩きつけた。

「馬鹿野朗がっ!」

 男は吹っ飛んだ。恐らく男の歯は何本か折れただろう。そんな感触が手に残っている。

「ぐ、ぐはっ」

 俺は怒っていた。これは許せないことだと俺の何かが言っている―。これは俺のルール、美学に反すると―。

 俺は倒れている男の胸倉を掴んで怒鳴った。

「てめぇっ、殺す度胸もないくせに、何してんだっ!」

 男の顔を無理やり俺のほうに起こす。男は何がなんだかわからないっといったような顔をしている。俺は激昂しながら続けた。

「殺すならもっとしっかり殺せよ!犬だろうと、それは失礼だ。殺せ!もう一度!今度はしっかりと!」

 俺は震えている男の手に無理やりナイフを握らせ、犬に向き合わせた。男の顔は涙と血に濡れている。手の震えは止まらず、ナイフの焦点が定まらない。そして俺はこの男は駄目だと悟った。

「クソがっ!」

 俺はもう一度男を力任せに殴った。男の手からナイフが離れ、男がひっくり返る。俺は男に近寄り、蹴りを入れた。殺す気はなかった。こんな奴を殺すなんて俺の美学に反する。

「がっ……、ご、ごめんなさい、もう……、許してくださいっ」

 俺は最後に思いっきり男を蹴飛ばすと、男に怒鳴った。腸が煮えくり返るような思いだ。男の薄汚れた顔を一刻も早く視界から遠ざけたかった。

「消えろ、屑がっ!お前みたいな奴はどこへでも消えちまえ!」

 俺がそう叫ぶと男はよろよろしながらも逃げていった。

 俺は少し落ち着きを取り戻す為に、深呼吸をした。こんなに怒ったのは久しぶりだった。

 しばらくすると、俺は犬のほうに寄ってみた。犬はすでに弱っていた。呼吸が途切れ途切れだ。体もどんどん冷たくなってきている。俺は医者ではないが、もうこの犬はもたないであろう。何人も人を殺した俺はそんな風に判断した。

 俺は男の手から離れたナイフを手に取り、犬の首元にあてた。

「ごめんな。でも、あんな奴に殺されるなんて嫌だよな。だから―、俺がお前を殺すよ。楽にしてやる」

 俺はそう呟くと、犬の目を閉じてやり、綺麗に首を切り裂いた。苦痛はないはずだ。

 俺は犬が事切れたのを確認すると、手を合わせて拝み、近くに捨ててあったぼろい布切れを犬に被せ、その場を立ち去った。

 

 なんとも胸糞の悪い出来事だった。俺は家に帰ると、乱暴に冷蔵庫を開け、酒を取り出しそのままラッパ飲みをした。

なんとも煮え切らない思いだ。こんな思いをしたのは生まれて初めてだった。

俺は酒を飲みながら死んだ犬の事を考えた。俺のせいで死ぬ前に苦痛を味合わせてしまった。それは俺の美学に反する、殺しにおいて絶対に許せない行為の一つであった。

あの時、俺がすぐさまあの男を止めてあの場から追っ払うか、もしくは男をすぐに殺していれば、あんな殺しはやらずにすんだ。家庭の話ではあるが、俺ならできたはずだ。これは俺のミスだ。殺しのプロとしてやってはいけないことだ。

 俺は激しく後悔した。己への怒りで胸が一杯だった。振り下ろす拳の場所さえも見当たらない。

 俺はその日、初めて失敗というものを経験したのだ。

 

 それからは何をやってもうまくいかなかった。殺しをしてもどうも今までとは違ってすっきりしない。胸の中に針がつっかかっているような感覚だった。

 俺はしばらく殺しをやめようかとすら思った。だが、殺しが日常と化している俺の生活から殺しを除く事なんて不可能だった。

 俺は単調に、慢性的に人を殺していた。それでも手際だけは覚えているのか手口は完璧だった。警察なんかには捕まるはずがなかった。ただ、心の中にある何かが欠けてしまった。そして、あろうことか俺は人を殺すことにわずかだが躊躇いを覚えてしまったのだ。

 俺は今日も人を殺した。今日の殺しは会社の重役で、暴利を貪り、権威をふりかざして従業員をこき使って、過労死を出し、隠蔽いるような男だった。

 今回は毒殺で実行にあたった。だが、今回俺はついにやらかしてしまった。毒の配合を少しばかり間違えたのか、俺が調合した毒薬をターゲットが飲んだ時、俺の計算より少しばかり効き目が遅れていた。俺は即効性の毒薬を調合し、毒を飲んだターゲットは何が起きたかも分からぬままに死にいたるはずだったのだが、ターゲットは少しばかり苦しみ、喘ぎながら死んでいった。俺はその様子を別室でモニター越しに呆然と見ていた。

 ついにやってしまった―。

 俺はモニターから目をそらし、頭を抱えた。俺の脳裏にあの犬の事が思い浮かぶ。もっとも恐れていた事が起きてしまった。

 俺はモニターの電源を切った。もう何も見たくはなかった。自分がミスを犯すこと―。あの犬を殺した時からそれは薄々と分かっていたのかもしれない。いつか自分のルール、美学に反する事を犯してしまう―。そんな予感が心のどこかにあったかもしれない。そして俺はそれを見ないふりをしていた―。

 そこまで考えると俺は猛烈に自分が許せなくなった。やりきれない怒りがこみ上げてくる。俺は近くにあったグラスを壁に叩きつけた。派手な音を立ててグラスは割れるそんなことで俺の気が晴れるわけがなかった。

 もうだめだ―。

 俺は殺し屋として完全に自分への信頼を失ってしまった。殺しは俺にとって全てだ。崇高なものだ。それを自分の手で汚してしまったのだ。俺の世界が音を立てて壊れていくようだった。

 俺はしばらくの間呆けていた。しばらくすると、俺はゆらりと立ち上がり、モニターなどの機器を片付け部屋の外に出た。もうここには用がなかった。

 ホテルの通路は静かだった。誰もいない通路を歩く。足取りは重い。

 ―あぁ、俺はどうしてしまったのだろうか。

 昔はあんなにきちんと殺せていたのに、あんなに美しく殺せたのに、どうしてこんな風になってしまったのだろう。

 俺の頭の中にそんなノイズが響く。本当に最低の気分だった。だが、俺はすぐにある事を心の中に決めていた。

―それはここを出たら、今までよりも仕事をもっとこなしていくことだ。殺しのペースを上げる。これまで以上に。

殺しまくる事で俺は以前の自分を取り戻す。俺は殺しのプロだ。もう殺せなくなりましたではすまない。クライアントにもそうだが、何よりも自分の存在意義―、プライド―、とにかく俺の世界がなくなってしまう。俺の生きている意味が無くなる―。俺は生きる為に殺しているのだ。手なんてこれっぽっちも抜いていない。相手に敬意と感謝を捧げ、誇りを持って殺しているのだ。こんなところで終わりにするわけにはいかない。

 俺は絶望の中から必死に心を奮い立たせた。無理やり足に力を込める。歩くスピードを速めた。

 ―そうだ。俺は殺す。美しく殺す。それが俺の仕事だ。俺の生きる意味だ。続けるのだ。貫くのだ。

 俺がそう強く決心し、通路の角を曲がったその時だった。誰かとぶつかった。その時俺はぶつかった衝撃とは別に、胸がやけるような感覚を得た。俺がその感覚正体を知るまでの時間はそう長くはかからなかった。

 胸から勢いよく熱い液体が流れる。それは俺が何度も見た光景だった。だが、その光景は今まで俺が見てきたもの中で一番素晴らしいものだった―。

 俺は踏ん張って、立ち留まろうとした。俺を刺した相手を見たかった。だが俺のそんな願望も空しく散った。相手はフードをしていて顔が見えなかったのだ。俺はすぐに立っていられなくなり、俺の血で汚れた高級のカーペットの上に倒れこんだ。

 素晴らしい手腕だった。何度も俺がやっていきたことだからこそわかる―。この殺しは天才的だった。無駄が無く、するどく、なにより美しい―。俺の殺しがままごとのように見えるレベルだ。

 俺はそんな天才的な殺しをやってのける、人物の顔をどうしても見たかった。だが、急速に俺の体温は失われていった。こんな美しい殺しをするんだ―、当然のことだ。

 ―俺はまもなく死ぬ。

 だがさっきまでとは違い、俺の心は晴れ渡るような心地だ。

 なぜなら最後にこんな素晴らしい殺しを見れたのだ。悲観する余裕などあるはずがなかった。むしろ俺は神に感謝を捧げたいほどだ。最後にこんな殺しが見れるなんて!自分がそのような殺しを出来なかったのは少し悔しいが、そんなことは些細なことだった。俺は今最高に満たされていた。

 自分の血が流れていくのを眺める。すでに俺を刺した人物はいない。引き際も鮮やかだ。俺はゆっくり目を閉じた。真っ暗になる。だが、俺の心は満たされていた。素晴らしい人生だった―。

 俺は最後に刺した人物に思いを馳せた―。

 あぁ―、どうかどうか俺よりもうまく殺してくれ。そしてその儀ずつを死ぬまで磨いておくれ。そしてより美しく殺しをしてくれ。名前も分からないが、君の人生が豊かでありますように―。

 名も知らぬ最高の殺し屋よ―、ありがとう。最高だった。

                          〈了〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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