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銀のかけら流れる川のほとり1

 少女が住む川のほとりには、銀色に光る小さな星のかけらが流れていました。

 

 朝にも昼にも夜にも、かけらは無数に川を流れていきます。

 

 この川を流れるかけらは、天の星が星の形をつくるとき、はみ出してしまったり、いらなくなってしまったりしたものなのです。

 

 星のかけらたちは、朝には、のぼる太陽の光を受けて透明に光り、夕方には、沈む陽の光をのみこんであかね色に染まり、夜には、地上を照らす月や星の光を反射して、銀色の破片になっていきます。

 

 太陽がのぼると、少女は、川のほとりにある家の中で目を覚まし、白いエプロン付きのワンピースに着替え、川に出かけます。

 

 川の水で顔を洗い、長い髪を水でぬらしてとかしたあと、少女は両手を合わせ、手のひらを丸めてスープのお皿のようにします。

 

 そしてひとすくい、川の水をすくいます。
 数匹の魚たちが、少女にすくわれて、その手のひらの、丸い水たまりの中に入ります。

 

少女の小指のつめよりも透き通って小さな魚たち。
 少女はそれを、ひといきに飲みほします。

 

それから裸足になって川に入ります。

星のかけらを拾うためです。

 

腰をかがめ、持ってきたバケツの中に、拾った星のかけらを、ひとつひとつていねいに入れていきます。

 

かけらを拾う途中、少女は、ときどき顔を上げ、向こう岸をながめることがあります。

向こうの岸には、やはり川に入って、星のかけらをひろっている少年がいました。

 

目が合ったときは、少しだけ手をふります。

少年も手をふってくれます。
 そして、またすぐに星のかけらを拾うことにもどります。

 

 

 

 


銀のかけら流れる川のほとり2

 いつのころからでしょう。


 少女は思い出そうとします。

 

 いったい、どれほど前からここで星のかけらを、たったひとりで拾っているのか。
 少年はいつからあそこにいるのか。


 思い出し、考えようとすると、少女の頭の中は、かすみがかかったようになります。

 

 朝起きて、着替えて、川で顔を洗い、髪をとかし、透明な水と魚を飲むこと以外の記憶が、少女にはないのだ、ということを、少女は、かすみの頭の中で、何度も気づくのでした。

 

 川の色が、夕暮れを告げるすみれ色に変わるころ、バケツはいっぱいになります。
 きょうのかけら拾いは終わりです。


 いっぱいになったバケツを岸辺におくと、少女は、またひとすくい、水と魚をすくいます。

 それを飲みほしたあと、向こう岸に目をやります。


 たいてい、少年は、まだそこにいました。

 

 少年はこちらを見て、少女に手をふることもありますし、星のかけらを拾うのに夢中で、少女の視線に気がつかないこともあります。

 

 少年に向かっておじぎをしたあと、夜が川を包む前に家に帰らなくては、と少女は川から出ます。


 重いバケツを持って、家に着くころには、たいてい陽はすっかり暮れています。

 

 


銀のかけら流れる川のほとり3

 少女は誰もいない暗い家に入り、ランプをつけます。

 

 そして、うす灯かりの中で、拾ってきた星のかけらを数えるのです。


 ひとつひとつ、自分の白いエプロンで、かけらについている水の玉をふき取りながら。

 

 数え終わると、机の引き出しから、ノートとペンを取り出し、青いインクで、きょうのかけらの数字を書きこみます。

 

 数え終えた星のかけらは、ノートとインクの引き出しとは別の引き出しにしまいます。

 その引き出しは、拾ってきた星のかけらで、きっちりいっぱいになるのでした。
 そう、この引き出しひとつが、バケツ一杯分の量なのです。


 不思議なことに、次の日の星のかけらを入れるころには、きょう入れた星のかけらは、なくなっています。
 引き出しは空っぽになっています。


 それで新しい星のかけらを入れることができるのです。

 

 たぶん、川で拾う星のかけらは、とてももろく、すぐに細かく割れてしまうものだから、ひとばんの間に、もっともっと小さなかけらになって、引き出しのすき間から流れ出て、家の外に出て、また川にもどっていくのだわ、と、そんなふうに少女は思っています。


 星のかけらを入れた引き出しを、ぱたんと閉める音で、少女の一日の仕事は終わります。


 ランプの灯りを消し、少女はベッドに入ります。

 

 

 

 


銀のかけら流れる川のほとり4

 そうして、何度目かの朝のこと。


 川の向こう岸に目をやったとき、そこに、いつもの少年のすがたはありませんでした。

 

 いない? いない。いないですって?

 

 いつもの少年が、そこに、いないということ。


 少女は、いったいそれをどう思っていいのか、どうしていいのかわからず、しばらくは星のかけらも拾わず、ぼんやりと向こう岸をながめていました。

 

―たとえばとても大切な人が自分のそばからいなくなること。その反対に、自分が大切な人のそばからいなくなること―

 

 少女はここで星のかけらを拾う仕事をするずっとずっと昔、そんなことがあったことを思い出しました。


 それは記憶の向こう側のはるかな国に、かすみのベールをかけてしまいこんでいたことでした。


 少女は向こう岸に向かって、声を出してみました。
 泣き声のような、叫び声のような、だれかを呼ぶ声のような、そんな声でした。


 自分に声が出せることに、少女は、おどろきました。


 でも、それもつかのま、気がつくと、いつのまにか腰をかがめて、いつものように星のかけらを拾っているのでした。

 

 たとえ、向こう岸の少年はいなくなっても、陽が暮れて川面がすみれ色に染まり、バケツがいっぱいになるまで、少女は手を休めることはありませんでした。

 

 


銀のかけら流れる川のほとり5

 今夜も少女は、ランプの下で、拾った星のかけらを数えます。


 数えた数字を、青いインクでノートに書きます。

 

―いなくなったあのひとは、毎日毎日、こちらに手をふっていたことを忘れはしないのかしら。こちら岸で星のかけらを拾っていたわたしのすがたを、思い出すことはあるのかしら。覚えているとしたら、いつまで覚えているのかしら。わたしはこれから毎日、あのひとのことを、思うのかしら―

 

 数字を書き終えたあと、少女は、しばらく少年のことを思いました。
 少年の面影は、たやすく消せるものではありませんでした。


 それでもいつものように、少女は、星のかけらを引き出しにしまい、灯かりを吹き消し、ベッドに入ります。

 

―あのひととわたしのあいだ、くり返し流れ、今も流れている、いとしい銀色のかけらたち。流れる川のほとり、たいせつなひとが、手をふってくれますように。わたしも手をふります―

 

 祈りながら少女は、川を流れる星の光とともに、眠りにつきます。

 

 おやすみなさい、かけらたち
 おやすみなさい、たいせつなひと

 

 

 

 

 

 

 

            「銀のかけら流れる川のほとり」 fin.

 

 

 

 

 



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