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娘よ、これが山の神様のご褒美だ!

2016年327日、計画から実行まで1ヶ月以上費やし準備を整えた、丹沢主脈縦走の始まり。
通常、二日間で歩けるコースだが、娘の体力のこともあり一日余裕を持ち三日間で踏破する。

初日は小田急線渋沢駅~大倉バス停より出発。標高差にして1200メートル上の塔ノ岳へ。
バカ尾根と称される傾斜のきつい登山道を、疲れないようゆっくり歩く。
私の荷物の総重量は15.5kg、娘のは6.4kgあり、日帰りで行くのとはわけが違う。
どんどん追い抜かれていくが、娘に声援を送ってくれる優しいハイカーは嬉しい。

30分に一度は荷降ろし休憩、チョコレートや飴などを口に入れながらえっちらおっちら。


うんざりするほど単調な世界を上り続けていると、出発時点で追い抜いたハイカーが塔ノ岳山頂から折り返し、下っているところをすれ違った。やはり日帰りの荷物の軽い人たちは早い!

出発から7時間もかけて塔ノ岳1,491m)に到着、きょうはこの山頂にある尊仏山荘にて一泊。


昨年末は富士山を眺望できたが、今ここは雲の中、一面真っ白な世界でせっかくの富士眺望の山荘の個室も残念な結果となる。
早々に布団の中でのんびりと横たわる娘と私、時間はゆっくり進み下界とは大違い。
夕食のカレーライスは一般的なのだろうがこういう空間で食するのはやはり美味い!

*****

翌朝 328日、窓外を覗いてもやはり視界はほとんどない。せっかく一眼レフカメラを持って来たのに役目果たせずこれぞただの重荷。
視界不良の中、本日二日目の目的地である神奈川県の最高峰、蛭ヶ岳を目指す。
霧の中、小雪がちらつき、足元はぬかるみ、晴れていれば素晴らしい景色が左右に広がるであろう稜線を、娘を先頭に歩く。

私「たぶん山の神様が『また(諦めないで)ここに来なさい』と仰っているんだろうね」

途中、雲の切れ目から太陽が光を降りそそぐと急に暑くなる、再び隠れると寒くなる、その繰り返し。
それでも娘は私より上機嫌で、歌ったり身の回りの話をしたりと、脚より口のほうがよく動く。(笑)

ほどなく通過地点の丹沢山1,567m)に到着。
早めの昼食を山頂にある、みやま山荘内でとることに。
Tシャツ一枚の薄着で中に入って来た親子にちょっと驚いていたかな?(笑)
情報どおりのとても綺麗な内装で、休憩料金はいただかないと言う。そこで持参のラーメンを煮て食べた。
驚いたことにテレビがあり、アルピニストである小屋主さんが掃除をしながら高校野球の中継を見ていた。

いよいよ最終目的地の蛭ヶ岳へ。雪は降ったり止んだり濃霧で視界不良。
鬼ヶ岩という断崖の岩場でクサリに掴まっての約60メートル下りとなる。
下を覗き込むとどこまで下りるか先が見えず、下から冷たく吹雪いてくる。物凄く寒い!
娘「怖い!無理!寒いー!」
私「大丈夫!パパがいるから」
悲鳴をあげ硬直する娘を言葉で安心させるが、高所恐怖症の私は膝がガクガク、重い荷物でバランスも取りにくい。
一歩一歩足の置き場を教えながらクサリに掴まって下りる、滑らないよう素手なので手が痛い。

無事下りきった時には娘は平静を取り戻したが、私はしばらく震えていた。

雪も止み、最後のややきつい上りとなる。山荘の三角屋根が見えると二人で歓喜の声を上げた。

13:34
 蛭ヶ岳1,673m)に到達。塔ノ岳出発から6時間半もかかった。
山頂では太陽も現れ、私たちはまたTシャツ一枚になり、靴とゲイターの泥落とし。

小屋番の東城さん「いやぁ、お嬢ちゃんよく来たね!」

蛭ヶ岳山荘は広くて綺麗、トイレの臭いもない。きょうは私たちの貸し切り状態。
東城さんはとても楽しい方で、話も尽きない。夕食時に自らの焼酎を振舞ってくれた。
小屋の外は雷雨となり、閃光と雷鳴が響く中、3人で盛り上がった。

東城さん「きょうはあいにくの天気だけど明日に期待しましょう」

*****

3
29日 最終日。
夜明け前の4時半ごろ、窓外を覗くと相模原市の夜景が美しい。
これは!と思い、とっさにドアを出て、月光の下、雪化粧された山頂周辺を歩く。シカやテンの足跡がある。
私は一方向をじっと見つめ、暗さに眼を慣らさせた。

私「見える!間違いない」

小屋に戻り、朝食の支度をしている東城さんとその話をする。娘が目を覚ましたので外に連れ出す。

夜景の向こうの空はマジックアワーになり、次第に明るくなってきた。
娘の目を閉じさせ、手を引いて山頂の展望スペースへ移動。

私「目を開けて良いよ。こっちからゆっくり(右のほうを)見てごらん!」
「うわぁ!!!!!」

壮大な富士山が朝の光に映し出されました。

私「山の神様がここまで頑張ったご褒美をくださったんだよ!」

娘と一緒に富士山に向かって一礼を行いました。

この歳にして初めて触るパウダースノーで娘と雪合戦。興奮する私たちを富士山はそっと見守ってくれました。



*****

積雪の下山を転倒しながらもなんとか遂げ、無事に帰宅。洗濯にせわしいところに一本の電話。その内容を娘に説明。

私「来年度の学童クラブ、一人辞退者が出たから繰上げで入れるってよ!」

4月から留守番子になる予定で、今までガッカリしていた娘に朗報。
私は初めて娘の嬉し泣きする姿を目の当たりにしました。


梅雨山行で出血

20160609

最近は丹沢の大山でトレーニングをする日々が続いている。

ことしの梅雨入り後、初の山行である本日もここで。
最寄のバス停で下車し、しとしと降り続く雨の中、足には泥除けのスパッツを履き、ヒル除けのスプレーを吹きかけて山頂を目指す。
今週はケーブルカーがメンテナンスのため運休ということに加え、この雨なので全くというほど人がいない。
いつものとおり急な男坂を上る。微かに聞こえる沢の音と鳥たちの鳴き声以外は聞こえない静かな山歩きのはじまり。
途中の阿不利神社下社の売店は一軒だけ店が開いていて、そこのおばちゃんが元気に私に対して客引きをしているだけ。

先ほどから多湿のため汗が引かず、蒸し暑くて息苦しい。雨はこの樹林帯のおかげて直接降り注ぐことはなく、ときたま木の葉の雫が頭や首にボトッと落ちてくるだけ。
薄靄のかかった山道は嫌いではないが、上から下まで衣服がビショビショになる汗だけは本当に勘弁してほしい。
つい一年前は苦労して歩いた岩場も最近はあまり緊張なく歩くことができ、努力は人を決して裏切らないんだな、と、実感しながら上を向いて歩く。

下社の売店のおばちゃんが先月教えてくれたヒル(ヤマビル)の注意地点近くになる。
ここまで足元を何度も確認しながら歩いてきた。ヒル除けスプレー効果ありだな!と思っていた矢先にスパッツ上部の肌を露出している左ふくらはぎ部分に・・・いた!
ショートパンツ(半ズボン)がいけなかったのだろう、茶色い豆粒大のヒルが今まさに吸血し始めている。急いでつねるようにつまみ、うねり狂うヒルを捕ま え、ウエストバッグに入っているライターを取り出し、焼き殺そうとするが、指先からすり逃げられた。土中に落ちたヒルを捜そうとするも保護色になり見失っ てしまった。

ふくらはぎを見るとじわじわと出血。ティッシュで拭っても血は止まることはなく、まるで小僧の鼻水である。初めてのことだったがマニュアルどおりの顛末となった。
少しショックだったのは吸血されたことではなく焼き殺せなかったこと。
微量の吸血でも繁殖の手助けをしてしまうのかと想像すると、山に落ちているゴミを拾ってポケットに回収して歩くのが習慣付いている私としては行動が矛盾してしまっている。

何となくやりきれない気持ちのまま山頂に到着。霧の濃い殺風景なところには、たった一人先着の男性がいるだけ。こんな静かな山頂は初めてである。有名(?)なネコも空腹なのかやたらとこちらを向いてニャーニャーと。(何もあげません)

カップ麺の昼食後、ヒル除けスプレーをこれでもかというほど吹き付け、下山を開始。
あんなに苦手だった露岩の急下りも今では普通にこなしている自分。
一年前と比較して、ちょっと大人になった満足感とでもいうのだろうか、自由に足運びができるようになり、疲労感もなくヒルもなく無事に下山。

あの時、もう山はやめようかと真剣に考えたのに・・・苦手克服は苦手とたたかうしかないのですね。

帰りの電車内で患部を触るとまた出血。本当に血が止まらない。


雨の丹沢 表尾根縦走

2016年6月20日、娘が二泊三日の学校行事に出発したのと同時に、私は一泊で単独山行に出発。

 梅雨の真っ只中だが神奈川県の丹沢山地へと向かう。
 小田急線渋沢駅~バスで大倉下車。今日は塔ノ岳1,491m)で一泊し、翌日は表尾根の山々を越えて最後は大山へ上り返す予定。

 平日で出発時刻が遅いのと天候が不安定なのもあり、大倉尾根の登山道は人があまりいない。蒸し暑く、薄着になりたいがヤマビルやマダニの被害は御免なので大汗をかきながら一人黙々と登る。

 3月末に娘と登った時は、ゆっくりと休憩を多めにとりながらおしゃべりを交えていたので7時間もかかったが、さほど遠くは感じなかった。
 しかし、おっさん一人で登るのは実に退屈で、ついペースをあげてしまいがち。地獄の丸太階段は本当にきつい。息を切らして何度も立ち止まってしまった。

 約3時間半で塔ノ岳に到達。濃い霧が流れる中、人もまばらで展望も良くはない。
 早々に山頂の『尊仏山荘』にチェックイン。すぐに荷物を置いて水場まで下った。
きりりと冷たい湧き水をボトルに給水、そして汗だらけのシャツを洗濯、誰もいないので上半身裸で行水。最高!

 山頂まで戻ると富士山がお出迎え。『今日と明日、安全によろしくお願いします』と一礼し、写真に収めた。

 山荘の部屋は以前娘と泊まった同じ場所の個室。6人部屋を独占である。今回は窓から富士山もここで拝むことができた。
 しかし、残念なことにあすの天気予報が大雨。布団に横たわりスマホの画面に溜息を吹きつけた。

 夕食の時間、ふたりの小屋番さんと私のほか単独行者2名らでラジオに耳を傾け、明日の天気予報で私は計画を中止すべきか考えながらカレーライスを頬張った。その間、窓外は富士山のシルエットが見えたり隠れたり。

 翌朝、空が明るくなるのと同時に目が覚めた。なぜかここ尊仏山荘は良く眠れる。
 外は雲の中、岩が敷き詰められた地面が所々濡れていた。
 昼頃に雨足が強まるとのことで小屋番さんが早めに用意してくれた朝食を口に掻き込み、計画中断のときに下山するルートを伝え、5時40分に出発。

(左が最終目的地の大山、右が三ノ塔)
 30分もしないうちに雨はポツリと降り始め、だんだんと雨粒は大きくなってきた。足元が滑りやすく、何度も転倒しそうになりながらの下り道。
『なんでオレこんなことやってんだろ?』
 崩落箇所の通過や崖でクサリを掴んでの上りは、ある意味命がけ。ここで事故を起こしても次にここを通過する人はいつ来るかわからない。

 そんな中でもウグイスの鳴き声は癒しを超えて安心感を与えてくれるから不思議である。

 新大日行者ヶ岳烏尾山を経て出発から約2時間。急上りを終えて三ノ塔1,204m)に到着。休憩小屋の中で汗でびしょ濡れになった肌着を交換。束の間の安らぎである。
 この時点で私のモットー『無事に帰宅するのが登山』を胸に、大山への上り返しは中止し、次のヤビツ峠で下山することを決定。
 先ほどよりさらに雨足の強い本降りの中、急いでも意味がないのでしっかりと一歩一歩を踏みしめながら下って行った。

 そして、ヤビツ峠のトイレの前で雨宿りしながら早めの昼食。雨音だけが続く静かな山行は無事に下山して終了となりました。

 悔しい思いもあるけど、この雨の経験も必要不可欠だとポジティブに考え、次の計画を考えています。


第三章

奥多摩

 


御岳山 ファミリーハイキング

2015年53日 憲法記念日。
好天に恵まれた下、2家族で東京の御岳山へ。
大混雑を予想していたので、不測の事態を想定してのなるべく行き当たりばったり計画。
案の定、JR御嶽駅を降りてからの山へ向かうバス停は、まだ8時を過ぎたばかりにもかかわらず結構な行列。
一昨年の秋に行った高尾山紅葉狩りの激混みの悪夢も脳裏を過ぎる。
なんとか並びながらもケーブルカーで上がり着き、あっという間に標高800m超え(笑)。
うーん、良い日和だ!
思ったほど混雑もなく、上り坂が苦手な子供達に私のストックを貸し、のんびりゆっくり自然観察。途中愚痴をこぼしながらも頑張って歩く歩く!

ロックガーデンといわれる巨岩のある沢は真夏でも子供達と遊べそう。たくさんの家族で賑わっている。シートを敷いて寝ている御年配方も。

 

 

 



長尾平という展望台まで続く尾根道のところでランチ。痛いくらいの陽射しがあるが、やはり青空の下でのおにぎりが最高!


時間もかなりあまり、ショッピングやらでもまだ時刻は1時半。
帰りの下山はケーブルとバスを一切使わず、舗装された登山道・林道を徒歩でJR御嶽駅まで無事到着。うちの娘のダラダラ加減がハンパなかったなぁ(笑)。
*****
でもこの山、かなり気に入りました。私が区立晴海保育園を卒園したあと、担任だった山好きな保育士の先生が皆を連れて来てくれた以来の登山だったと思います。

今、この記事を書いているのは房総半島までの移動中ですが、駅の階段の昇降をする度に筋肉痛で騒ぐ娘がウザい!



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