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丹沢_二ノ塔から三ノ塔へ

2015121

天気も良いので久しぶりに丹沢方面の登山。丹沢・大山フリーパスを購入して小田急秦野駅で下車。
午前中に1本しか来ないヤビツ峠行きのバスは、平日だというのに長蛇の列。
ほとんどが私より年配のハイカーで車内はひしめき合い、ザックの置き場所に困るほど。
これなら30分に1本来る蓑毛行きのバスに乗り、そこから歩いてしまったほうが良かったかなと少しだけ後悔。

ヤビツ峠でトイレを済ませる。すでに準備運動に抜け目ないハイカーたち。
次々と大山へ向かって上り始める姿を背に、私は反対方向の林道をてくてくと歩いた。
途中、後を振り返るが誰も着いてくる人がいない。あのバスで下車した人はみんな大山に行くのか?まるでおばすて山だな!と邪念を抱く。(笑)

護摩屋敷の水という、こんこんと湧き出る水場でタンクに給水。車で来ていて業務用タンクにどっさり汲んでいる人たちと会話を交わし、いざ出発。

この水場に来る前の分岐で地図を見ながら立ち止まっている30歳前後の男性がいたが、まだそこにいた。時間にして5分ほどだろう。片手にはストック代わりの木の枝を持っている。追い抜こうとするやいなや彼はようやく私の前方を歩き始めた。
登山道入口に着き、ザックを降ろし、上り始めるための諸々の準備をしている後方で、彼もそれらしいことをしているようだ。
そして彼は先にゆっくり上り始めたのだが、私ともう一人先に準備をしていた男性がストレッチをしている姿に気付いたのか、突然下りて来て私の背後でストレッチを始めた。
『あなた初心者?』そう思ったが、あまりにやることがみんなの真似過ぎて笑いをこらえるのが精一杯だった。

くどいようだが単独登山はある程度キャリアを積んでからにしましょう。

結局、彼の先方を歩くことになり、いきなりの急坂スタート。途中何度か後方を振り返ったが彼の姿は見えなくなってしまった。
見晴らしの良い尾根道は背後にどーんと大山がそびえて見える。美しい稜線だ。
標高1,000mを超えたあたりから案の定呼吸が整いにくくなる。暑いのでフリースを脱ぎインナー1枚と短パン姿になり、第一通過点へ。

二ノ塔1,144m)展望はなく、テーブルがあるのみ。きょうの目的地は次の三ノ塔である。
見晴らしの良い尾根道を歩く、さすがに風が強い。かいた汗でインナーが冷たい。
たったの15分ほどで最終目的地に到着。

三ノ塔1,204.7m

まるでシャンプーハットを被った富士山が美しい。寒過ぎてすぐさま今まで脱いでいたものを全て着込み、富士山をずっと眺めながらお茶漬けで身体を温めるのでした。

山頂にはのんびり1時間も滞在したが、結局、あの初心者と思わしき男性の姿を見ることもなく、地味でつまらない尾根(三ノ塔尾根)を2時間かけて下り、大倉バス停経由で小田急渋沢駅に着きました。

大倉バス停付近の紅葉は絶景でした。


娘よ、これが天空の世界だ!

気が狂いそうな単調さに耐えぬき、弱音を吐きたがる自分に打ち克つ以外にない。進むこと、ひたすら前へ進むこと。---植村直己

2015年12
29日早朝、小田急渋沢駅より大倉バス停で下車した私と娘は、一日目の行程として丹沢にある鍋割山を目指す。
公衆トイレ前でストレッチをする私たちほか数十人。
私たちが進む方面へはあまりいない、おそらく塔ノ岳方面へ行くのであろう。

なだらかな林道を歩くこと約1時間半、後方を歩く娘の足取りが重くなり、左右に身体が揺れ始めた。
何度も小休止をしながら進むが「頭が痛い」と言い出し、時間と距離、勾配から判断すると今回は断念せざるをえない。
私「このままだと二人とも遭難する、今なら帰れる!パパは冗談抜きで言ってるよ!」
娘「・・・行けるとこまで行く」
私「じゃあ、川のところまで行って食事して、それから考えよう」

小休止と行動食だけで山頂まで行く予定が大幅に狂い、川の水を汲み娘に温かい雑炊を作って与える。心の中ではここで食事ができて日帰りハイキングで良いよな、これも経験だし。と、自分自身を何度も納得させる。
救急袋の中に私の鎮痛剤があったので歯で噛み割り半分を与えた。
なんとか元気を取り戻した娘はまだ歩けるというので、折り返しても日が暮れない程度のところまで進むことに。
すると次第に頭痛がなくなり足取りも信じられないほど軽く、明るい元の娘に戻った。
ホッ・・・。

ペットボトルの水を鍋割山荘まで運んでくださいというボランティア看板のあるところまで着き、ここから先が本格的な登山道になる。しかし、娘のこともあり精神的な余裕がなく、今回は遠慮させていただくことに。

斜面は大人にも容赦ないほどきついが、文句も言わず時折り冗談交じりで話す娘、さっきのバテは何だったのか?

途中、飲むヨーグルトで筋肉疲労を緩和させ、何度も小休止を挟みながらもようやく到着。
当初の予定より1時間半も遅れたがとりあえず安心感で満たされる。

鍋割山(なべわりやま、1272.5m、くもり)、スタート地点のバス停との標高差は約1,000メートルである。

山頂にある鍋割山荘、ここの名物鍋焼きうどんを注文。腹減ったぁ~
しばらくして小屋主の草野さんが奥から出てきたので宿泊手続き。
草野さん「今夜の夕食は鍋焼きうどんです」
2食も食べることになった。。。(笑)

娘は小屋の中をぐるぐる探検し、寝室のある屋根裏の窓から顔を出し、外で写真を撮る私に手を振る。楽しそうだ、ほかにやることないしね。

日が暮れて、寒さはいっそう厳しくなり、お世辞にも暖かいとはいえないコタツに潜り込む娘。ヘッドランプを装着して外にあるトイレまで行く時の下界の夜景が美しい。


寒い、寒い・・・
宿泊者は年配夫婦と私たちの4名なので布団は豊富にある。がしかし、湿気を含んだせんべい布団なのでとにかく冷たい。毛布をこれでもかというほど上下に重ねても保冷材を身体に巻いているかのように寒い。
娘と一緒にピタッと寄り添って寝ていて、一晩中ずっと震え続けている娘にもう本当にヤバいのではと思ったほど。
夜明け前に腕時計の温度表示を見ると室温は0.2℃だった。娘の手や足を摩りながら長い長い夜を乗り越えた。

朝4時半ごろ、小屋番さんが焚いた薪ストーブの煙が屋根裏に充満(もっと換気設備良くしてくれ!)してきたので娘と下に降り、コタツをつけてもらう。本当に生きていて良かった。娘とコタツを挟んで白い息を吐きながら笑った。
朝食は写真は割愛するが、みんなでおしゃべりをしながら食べる楽しいひと時だった。

曇り空なのでここから期待していた赤富士は残念な結果となったが、外もすっかり明るくなったので塔ノ岳を目指し出発。
寒さで爪先と指先が痛いが、塔ノ岳へ向かうこの鍋割山稜は右に相模湾、左に本来なら富士山が見える絶景のコースである。
いくつか小さなピークがあるので上り下りがあり楽しい(私だけ)。

先を歩く私に娘が叫んだ。
「パパ!富士山!」

雲が抜け富士山の全貌が現れた。
私「本当だ!美しい。頑張って早く頂上を目指そう!」
雲の流れから一時的に現れたのだと判断できた。
息が切れて苦しそうな娘を励まし、時にはおだて、最後のきつい急斜面を上ると、山頂にある尊仏山荘が見えた。
私「あなたが先に上がりなさい」

9
05 二人で恥知らずな雄叫びをあげました。
私「これが天空の世界だよ」
娘「すごいきれい!」

塔ノ岳(とうのだけ、1491m、くもり、855hPa
寒いので僅か20分の滞在。その間に富士山はすっぽり厚い雲に覆われ、姿を消してしまいました。


娘よ、これが山の神様のご褒美だ!

2016年327日、計画から実行まで1ヶ月以上費やし準備を整えた、丹沢主脈縦走の始まり。
通常、二日間で歩けるコースだが、娘の体力のこともあり一日余裕を持ち三日間で踏破する。

初日は小田急線渋沢駅~大倉バス停より出発。標高差にして1200メートル上の塔ノ岳へ。
バカ尾根と称される傾斜のきつい登山道を、疲れないようゆっくり歩く。
私の荷物の総重量は15.5kg、娘のは6.4kgあり、日帰りで行くのとはわけが違う。
どんどん追い抜かれていくが、娘に声援を送ってくれる優しいハイカーは嬉しい。

30分に一度は荷降ろし休憩、チョコレートや飴などを口に入れながらえっちらおっちら。


うんざりするほど単調な世界を上り続けていると、出発時点で追い抜いたハイカーが塔ノ岳山頂から折り返し、下っているところをすれ違った。やはり日帰りの荷物の軽い人たちは早い!

出発から7時間もかけて塔ノ岳1,491m)に到着、きょうはこの山頂にある尊仏山荘にて一泊。


昨年末は富士山を眺望できたが、今ここは雲の中、一面真っ白な世界でせっかくの富士眺望の山荘の個室も残念な結果となる。
早々に布団の中でのんびりと横たわる娘と私、時間はゆっくり進み下界とは大違い。
夕食のカレーライスは一般的なのだろうがこういう空間で食するのはやはり美味い!

*****

翌朝 328日、窓外を覗いてもやはり視界はほとんどない。せっかく一眼レフカメラを持って来たのに役目果たせずこれぞただの重荷。
視界不良の中、本日二日目の目的地である神奈川県の最高峰、蛭ヶ岳を目指す。
霧の中、小雪がちらつき、足元はぬかるみ、晴れていれば素晴らしい景色が左右に広がるであろう稜線を、娘を先頭に歩く。

私「たぶん山の神様が『また(諦めないで)ここに来なさい』と仰っているんだろうね」

途中、雲の切れ目から太陽が光を降りそそぐと急に暑くなる、再び隠れると寒くなる、その繰り返し。
それでも娘は私より上機嫌で、歌ったり身の回りの話をしたりと、脚より口のほうがよく動く。(笑)

ほどなく通過地点の丹沢山1,567m)に到着。
早めの昼食を山頂にある、みやま山荘内でとることに。
Tシャツ一枚の薄着で中に入って来た親子にちょっと驚いていたかな?(笑)
情報どおりのとても綺麗な内装で、休憩料金はいただかないと言う。そこで持参のラーメンを煮て食べた。
驚いたことにテレビがあり、アルピニストである小屋主さんが掃除をしながら高校野球の中継を見ていた。

いよいよ最終目的地の蛭ヶ岳へ。雪は降ったり止んだり濃霧で視界不良。
鬼ヶ岩という断崖の岩場でクサリに掴まっての約60メートル下りとなる。
下を覗き込むとどこまで下りるか先が見えず、下から冷たく吹雪いてくる。物凄く寒い!
娘「怖い!無理!寒いー!」
私「大丈夫!パパがいるから」
悲鳴をあげ硬直する娘を言葉で安心させるが、高所恐怖症の私は膝がガクガク、重い荷物でバランスも取りにくい。
一歩一歩足の置き場を教えながらクサリに掴まって下りる、滑らないよう素手なので手が痛い。

無事下りきった時には娘は平静を取り戻したが、私はしばらく震えていた。

雪も止み、最後のややきつい上りとなる。山荘の三角屋根が見えると二人で歓喜の声を上げた。

13:34
 蛭ヶ岳1,673m)に到達。塔ノ岳出発から6時間半もかかった。
山頂では太陽も現れ、私たちはまたTシャツ一枚になり、靴とゲイターの泥落とし。

小屋番の東城さん「いやぁ、お嬢ちゃんよく来たね!」

蛭ヶ岳山荘は広くて綺麗、トイレの臭いもない。きょうは私たちの貸し切り状態。
東城さんはとても楽しい方で、話も尽きない。夕食時に自らの焼酎を振舞ってくれた。
小屋の外は雷雨となり、閃光と雷鳴が響く中、3人で盛り上がった。

東城さん「きょうはあいにくの天気だけど明日に期待しましょう」

*****

3
29日 最終日。
夜明け前の4時半ごろ、窓外を覗くと相模原市の夜景が美しい。
これは!と思い、とっさにドアを出て、月光の下、雪化粧された山頂周辺を歩く。シカやテンの足跡がある。
私は一方向をじっと見つめ、暗さに眼を慣らさせた。

私「見える!間違いない」

小屋に戻り、朝食の支度をしている東城さんとその話をする。娘が目を覚ましたので外に連れ出す。

夜景の向こうの空はマジックアワーになり、次第に明るくなってきた。
娘の目を閉じさせ、手を引いて山頂の展望スペースへ移動。

私「目を開けて良いよ。こっちからゆっくり(右のほうを)見てごらん!」
「うわぁ!!!!!」

壮大な富士山が朝の光に映し出されました。

私「山の神様がここまで頑張ったご褒美をくださったんだよ!」

娘と一緒に富士山に向かって一礼を行いました。

この歳にして初めて触るパウダースノーで娘と雪合戦。興奮する私たちを富士山はそっと見守ってくれました。



*****

積雪の下山を転倒しながらもなんとか遂げ、無事に帰宅。洗濯にせわしいところに一本の電話。その内容を娘に説明。

私「来年度の学童クラブ、一人辞退者が出たから繰上げで入れるってよ!」

4月から留守番子になる予定で、今までガッカリしていた娘に朗報。
私は初めて娘の嬉し泣きする姿を目の当たりにしました。


梅雨山行で出血

20160609

最近は丹沢の大山でトレーニングをする日々が続いている。

ことしの梅雨入り後、初の山行である本日もここで。
最寄のバス停で下車し、しとしと降り続く雨の中、足には泥除けのスパッツを履き、ヒル除けのスプレーを吹きかけて山頂を目指す。
今週はケーブルカーがメンテナンスのため運休ということに加え、この雨なので全くというほど人がいない。
いつものとおり急な男坂を上る。微かに聞こえる沢の音と鳥たちの鳴き声以外は聞こえない静かな山歩きのはじまり。
途中の阿不利神社下社の売店は一軒だけ店が開いていて、そこのおばちゃんが元気に私に対して客引きをしているだけ。

先ほどから多湿のため汗が引かず、蒸し暑くて息苦しい。雨はこの樹林帯のおかげて直接降り注ぐことはなく、ときたま木の葉の雫が頭や首にボトッと落ちてくるだけ。
薄靄のかかった山道は嫌いではないが、上から下まで衣服がビショビショになる汗だけは本当に勘弁してほしい。
つい一年前は苦労して歩いた岩場も最近はあまり緊張なく歩くことができ、努力は人を決して裏切らないんだな、と、実感しながら上を向いて歩く。

下社の売店のおばちゃんが先月教えてくれたヒル(ヤマビル)の注意地点近くになる。
ここまで足元を何度も確認しながら歩いてきた。ヒル除けスプレー効果ありだな!と思っていた矢先にスパッツ上部の肌を露出している左ふくらはぎ部分に・・・いた!
ショートパンツ(半ズボン)がいけなかったのだろう、茶色い豆粒大のヒルが今まさに吸血し始めている。急いでつねるようにつまみ、うねり狂うヒルを捕ま え、ウエストバッグに入っているライターを取り出し、焼き殺そうとするが、指先からすり逃げられた。土中に落ちたヒルを捜そうとするも保護色になり見失っ てしまった。

ふくらはぎを見るとじわじわと出血。ティッシュで拭っても血は止まることはなく、まるで小僧の鼻水である。初めてのことだったがマニュアルどおりの顛末となった。
少しショックだったのは吸血されたことではなく焼き殺せなかったこと。
微量の吸血でも繁殖の手助けをしてしまうのかと想像すると、山に落ちているゴミを拾ってポケットに回収して歩くのが習慣付いている私としては行動が矛盾してしまっている。

何となくやりきれない気持ちのまま山頂に到着。霧の濃い殺風景なところには、たった一人先着の男性がいるだけ。こんな静かな山頂は初めてである。有名(?)なネコも空腹なのかやたらとこちらを向いてニャーニャーと。(何もあげません)

カップ麺の昼食後、ヒル除けスプレーをこれでもかというほど吹き付け、下山を開始。
あんなに苦手だった露岩の急下りも今では普通にこなしている自分。
一年前と比較して、ちょっと大人になった満足感とでもいうのだろうか、自由に足運びができるようになり、疲労感もなくヒルもなく無事に下山。

あの時、もう山はやめようかと真剣に考えたのに・・・苦手克服は苦手とたたかうしかないのですね。

帰りの電車内で患部を触るとまた出血。本当に血が止まらない。


雨の丹沢 表尾根縦走

2016年6月20日、娘が二泊三日の学校行事に出発したのと同時に、私は一泊で単独山行に出発。

 梅雨の真っ只中だが神奈川県の丹沢山地へと向かう。
 小田急線渋沢駅~バスで大倉下車。今日は塔ノ岳1,491m)で一泊し、翌日は表尾根の山々を越えて最後は大山へ上り返す予定。

 平日で出発時刻が遅いのと天候が不安定なのもあり、大倉尾根の登山道は人があまりいない。蒸し暑く、薄着になりたいがヤマビルやマダニの被害は御免なので大汗をかきながら一人黙々と登る。

 3月末に娘と登った時は、ゆっくりと休憩を多めにとりながらおしゃべりを交えていたので7時間もかかったが、さほど遠くは感じなかった。
 しかし、おっさん一人で登るのは実に退屈で、ついペースをあげてしまいがち。地獄の丸太階段は本当にきつい。息を切らして何度も立ち止まってしまった。

 約3時間半で塔ノ岳に到達。濃い霧が流れる中、人もまばらで展望も良くはない。
 早々に山頂の『尊仏山荘』にチェックイン。すぐに荷物を置いて水場まで下った。
きりりと冷たい湧き水をボトルに給水、そして汗だらけのシャツを洗濯、誰もいないので上半身裸で行水。最高!

 山頂まで戻ると富士山がお出迎え。『今日と明日、安全によろしくお願いします』と一礼し、写真に収めた。

 山荘の部屋は以前娘と泊まった同じ場所の個室。6人部屋を独占である。今回は窓から富士山もここで拝むことができた。
 しかし、残念なことにあすの天気予報が大雨。布団に横たわりスマホの画面に溜息を吹きつけた。

 夕食の時間、ふたりの小屋番さんと私のほか単独行者2名らでラジオに耳を傾け、明日の天気予報で私は計画を中止すべきか考えながらカレーライスを頬張った。その間、窓外は富士山のシルエットが見えたり隠れたり。

 翌朝、空が明るくなるのと同時に目が覚めた。なぜかここ尊仏山荘は良く眠れる。
 外は雲の中、岩が敷き詰められた地面が所々濡れていた。
 昼頃に雨足が強まるとのことで小屋番さんが早めに用意してくれた朝食を口に掻き込み、計画中断のときに下山するルートを伝え、5時40分に出発。

(左が最終目的地の大山、右が三ノ塔)
 30分もしないうちに雨はポツリと降り始め、だんだんと雨粒は大きくなってきた。足元が滑りやすく、何度も転倒しそうになりながらの下り道。
『なんでオレこんなことやってんだろ?』
 崩落箇所の通過や崖でクサリを掴んでの上りは、ある意味命がけ。ここで事故を起こしても次にここを通過する人はいつ来るかわからない。

 そんな中でもウグイスの鳴き声は癒しを超えて安心感を与えてくれるから不思議である。

 新大日行者ヶ岳烏尾山を経て出発から約2時間。急上りを終えて三ノ塔1,204m)に到着。休憩小屋の中で汗でびしょ濡れになった肌着を交換。束の間の安らぎである。
 この時点で私のモットー『無事に帰宅するのが登山』を胸に、大山への上り返しは中止し、次のヤビツ峠で下山することを決定。
 先ほどよりさらに雨足の強い本降りの中、急いでも意味がないのでしっかりと一歩一歩を踏みしめながら下って行った。

 そして、ヤビツ峠のトイレの前で雨宿りしながら早めの昼食。雨音だけが続く静かな山行は無事に下山して終了となりました。

 悔しい思いもあるけど、この雨の経験も必要不可欠だとポジティブに考え、次の計画を考えています。



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