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九鬼山 鬼はいねぇか!?

2015108日 快晴。

山梨県にある禾生(かせい)駅から九鬼山を目指す。
この九鬼山は日本全国にある桃太郎伝説のなかで大月周辺の桃太郎話として語り継がれ、桃太郎が鬼退治にやって来た山という。

早速、中年桃太郎が鬼退治へ!

登山口から早々に無数の栗が落ちていて、これが先週登った倉岳山より大粒のものでウハウハ気分で集中力を欠く。大丈夫か?オレ・・・

薄暗く気味悪い樹林帯の急峻がなかなか一歩を踏み出させてくれない。登りにくいというより怖い。勾配がきつ過ぎて爪先だけで登っている感覚。

ガイドブックにはなぜか登山者の少ない山と書かれているが、急峻で見晴らしのないコースだからであろう。たしかに道中は本当につまらない。
それの証拠か「直登り」「新道」と分岐する指標があっても「直登り」のほうにはトレイルがなく、おそらく風化して消えてしまったのだろう。

途中休憩したいのだが適切な場所もなく、斜面の途中でビスケットやドライフルーツを頬張る。上って来た急勾配の道を振り返ると「オレ何のためにこんなことやってるんだか・・・」といつもながら考えてしまう。(苦笑)

傾斜が緩んだところに地図にはない分岐があり、天狗岩とよばれる展望の良いところへ少し下る。
そこから見た富士山の絶景!思わず「ウォーッ」と叫んでしまった。残念ながら11時を過ぎてしまっていて太陽の角度がちょっと高過ぎ。

元のコースへ戻り、さらに急斜面になる。すでに太ももがヤバい。
山頂直下の展望台の眺望。

素晴らし過ぎ!生きてて良かった。

九鬼山(くきやま、970.0m)鬼退治どころか誰もいない。
これではまるで私自身が鬼である。^^;

本日の昼食は親子とじ。持って来たご飯が冷たいので写真のあとコッヘルの中にボトン。
台風の影響か風がやや強く寒かったが、すっかり身体も暖まる。

下山は田野倉駅方面へ。急な岩ガレ場はかなり恐怖だったが、それ以降は歩きやすい土質で、疲れることはなかった。
結局、すれ違ったのは下山時に2名だけ。そのうちの一人は岩場を息を切らしながらよじ登り、首からぶら下げた一眼レフカメラをユラユラと左右に揺らしていた。

危険ですので登山時はカメラを首にかけるのはやめましょう!


高尾山_なめたらあかん

2015124

京王線高尾山口駅で待ち合わせした二人と早くも往きの電車内で合流。
あれほど職場で一通りレクチャーしたにもかかわらず、ショルダーバッグにレジ袋を手に持った彼らと高尾山を登る。
職場で知り合ったEくんは偶然にも私の小中学校の後輩、しかも住んでいたところは丁目まで同じ晴海。もう一人は隣町の豊洲出身のH美ちゃん、彼女が今回の言いだしっぺである。
二人とも初登山である。紅葉見物ではない。スニーカーも履いて来ないその恰好に呆れを通り越して笑ってしまった。

リフトやケーブルカーは最悪の手段とし、登る意気込みは二人ともある。
できるだけ本格的な登りがしたいという言いだしっぺのH美のために、ガレ場のある2号路を選択。
「靴、濡れちゃうかな?」と当たり前のことを心配しているようだ。琵琶滝から先は急登りとなる。

10分ほど経った地点でH美は息が上がり、坂の途中で休憩。(苦笑)
すれ違うハイカーたちに励まされ、再び登り始めるがやはりダウン・・・
H美「高尾山なめてたよ~」
E「いや、山をなめてるんでしょ(笑)」

2号路を終え、舗装された1号路に出ると比較的ゆるやかなためかH美は平常心を取り戻した。
薬王院の急階段には呆然としていたが手すりに掴まりながらゆっくり上って行った。

こんな珍道中で山頂に到着。

ちょっと富士山は雲が邪魔だが、それでも山々の稜線には二人とも感動したようでじっと見つめていた。

高尾山へは今年7回目の訪れの私だが、御茶屋さんで食事をするのは初めて。
写真は撮り忘れたが生ビールで乾杯、とろろ蕎麦はすごく美味かった!高いけど。

帰り道は舗装された1号路だが、途中展望台に寄ったり、まだ散っていなかった紅葉を楽しめた。



職場の人たちにお土産を買い、こちらが本来のメインとなる反省会という名の飲み会を我が家に近い勝どき付近で。
途中、我が娘も合流し、みんなで登山することを約束してお開きとなりました。

翌日の土曜日、繁忙期真っ最中の職場。筋肉痛のため歩行困難となったH美の歩く姿を見てみんなが笑っていたのはいうまでもありません。

かくいう私も、1週間に2回も登山するとやはり疲れ、やらなければならない家事が山のように溜まります。


雪山縦走

2016120

おととい襲来した寒波の影響で、都内の山間も雪に被われる。
予定していた山梨県大月市の登山は不測の事態を懸念して無期延期に。
雪山に挑戦したい気持ちが強いので、精通した山を歩くことに決定。
『京王線高尾山口駅から西の山へ向かおう!』
6
40 高尾山口駅を降り、雪掻きされた登山道までの道は、きりりとした冷たさ以外はいつもと変わらない。
ハイカーは私含めて数人。誰も好きこのんで雪道を歩こうなんて思わないものね。
歩き慣れた稲荷山コース、始めは雪など全く無かったが標高が上がるにつれアイスバーンから積雪へと道は変化していった。
アイゼンを装着しているので滑ることはないが、私よりどう見ても年上のオバチャンがいつもと変わらない道のようにスイスイと私を追い抜いて行った時にはショックが隠せなかった。
8
10 自己の通常タイムより20分以上遅れて高尾山山頂に到達した。誰もいない高尾山は初めて。ちょっと優越感が(笑)。積雪は20センチほどである。
これより先、西へと雪道を縦走することを決心。
私より歩き慣れたハイカーたち10人足らずに追い抜かれたが、私はこれが精一杯。肩幅しかない前走者の踏み跡を伝って徐々に標高を上げていく。積雪量は多 くなり、ヘタにストックを突き刺し身体の重心を傾けると積もった雪から抜けなくなる。そして当然、歩幅は稼げない。このいつ終わるともわからない単調な銀 世界。ただそれを進んで行くのみ。

途中の小仏城山で三脚を設置し、セルフ写真を撮ったり(誰も見てないし)。
この山の守護像である天狗様もちょっと呆れ顔?

結局、今回の目的地である景信山には高尾山口駅から4時間も要してしまった。その間、お菓子を食べる小休止しかしなかったのでヘトヘト。

この景信山には昨年6月に晴海登山部で登頂した以来だが、積雪するとまるで別の山のような変貌ぶりであった。雪に被われどこを歩いているのかわからないほど。積雪は40センチほど。

食事休憩のとき、ベテランハイカーのおじさんに声をかけられ色々な知識を吸収させていただくことに。一緒に食事を摂る中、知識をひけらかすわけでもない面白いおじさんだったので意気投合。
私は初対面の人とはなかなか上手く会話できない性格であるが、山というフィールドでもっと自分磨きを重ねていきたいと思う貴重な始まりの一日となりました。

下山の急坂。昨年、娘はこんなきつい勾配を登って山頂まで来たのかと、ちょっと感心してしまうほど私の脚はガクガクになりました。

そして今、ちょっと筋肉痛・・・


第二章

丹沢山地(神奈川県)

 


丹沢 ヤビツ峠~大山を行く

2015年423日、晴れ

記憶が確かならば初めてとなる丹沢山系の大山を目指す。
これまで高尾・陣馬・相模湖周辺の山を歩いてきた。日帰りで行かれる範囲で登りたい山も少なくなってきたし、次のステージへ。
今回、この大山を目指す理由は私の母や、近所のママさん、そして高校時代の友人も登った経験のある著名な山であること。ならば私もできるはず。

小田急秦野駅からバスを経て蓑毛に到着、ここから第一地点であるヤビツ峠へ。 熊出没注意の看板にビビり、熊鈴をわざとらしく鳴らしながら沢沿いから歩き出す。
平日ということもあり人影はないが標高が高くなるにつれチェーンソーの音が大きく聞こえてくると少しだけ安心感が増してくる。
かなり整備された道なので歩きやすいが崩落箇所で人が歩くのがやっとのような場所もあり緊張感は決して消えない。それでも所々で見える下界の町並みは何物にも代えがたい。
晴れてはいるものの、うっすら霞む景色、昨夜の予報外の雨がちょっと憎くなる。

先ほど聞こえたチェーンソーの音、林業の方と挨拶を交わし、ほどなくヤビツ峠に到着。

わずかにロードバイクの人達がいるだけでひっそりとしている。
丹沢系の山々のトイレは有料が多いということはリサーチ済み。ここヤビツ峠は50円チップ制。入山届けもここで記入できる。
投函箱に書かれた「単独登山はやめましょう」の言葉にちょっと心が痛む。
大袈裟だが冒険はすべて自己責任であることを裏付ける言葉だ。

1時間ほどでヤビツ峠(標高761m)にたどり着いた後、今回の目標地点である大山山頂を目指すため、イタツミ尾根を歩く。
比較的歩きやすく下界の見晴らしも良い道だが急斜面もあり、なかなか面白い。
一箇所だけ鎖場があったが、ストックを握っている私にとっては必要なかった。おそらく下りの人用であろう。
終盤に差し掛かり、急斜面がずっと続くようになる。歩調と呼吸が噛み合わない苦しい状態に。
さらに追い討ちをかけるごとく雨がポツリポツリと降り始め、「これが標高1000メートル超えの現実か!」と今までの己の甘さを痛感する。すでに汗がびっしょり、不快感ピーク!
山頂まであと0.3kmだったか0.4kmだったか忘れたが、表示されている道標を見て、今までの山なら「もうすぐだ!」と感じる距離が「まだですよ!クスクスッ(笑)」と嘲笑されているかのように感じる。

半端でない息切れのまま、山頂(標高1251.7m)に到着。11:55am 879hPa 雨。

残念ながら絶景は次回までのおあずけとなる。小屋で雨宿りをしながら昼食休憩をしている人多数、ここまですれ違う人は僅かだったがおそらくメインの大山寺側から入山した人が多いのであろう。
このあとも続々と登頂達成する人たち。みんな険しい表情である、私だけではないんだね!
用意しておいた自家製おにぎりを頬張っている途中、再び日差しが降り注ぐ。お天道様からのご褒美かな?でももっと早く欲しかったなぁ。
20
分ほどの短い食事休憩を済ませ、下山開始。

こ、これが・・・きつい!

先ほど来たイタツミ尾根と違い、岩また岩の悪路。ストックを使っているものの、下りが苦手ということも重なりなかなか先へ進めない。
途中、山頂を目指している多数の人々と挨拶を交わす、中には力尽きたのか岩に座り込んでいる人の姿もある。

まるで落石事故現場のような登山道を1時間以上かけて下りたのだった。

ようやくケーブルカーでも下山できる阿夫利神社に下りついた頃には精も根も尽き果てる。ここまでの下山において2度も浮き石を踏んで転倒し尻餅をつくという不覚に終わり、敗軍の将、兵を語らずの心境である。
ここから先は自力で進むならブロック石を並べられた急な階段を下りなければならない。もちろん手すりなどはない。
男坂と女坂の二手に分かれるが、躊躇している軽装の若者男女6~7人を背にして、先陣切って女坂を下る。
しかし、すでに膝ガクガク、ももプルプル。階段の踏面は私の足のサイズ27cmより狭い。ストックを使って横向きに慎重にカニ歩き。あの若者からしたらきっと外見以上の年配者に見えたであろう。

滑落注意の看板が所々ある中、恐る恐る下りる。ここで何かあったらと想像するとさらに緊張感がMAX。先ほどの岩場のほうがよほどマシだった気にもなる。
あとからあの若者たちも普通の階段を下りるが如く先を越していく。
「若いって良いなぁ!でも20歳若くてもこんな風には下りれないだろうな。オレ高所恐怖症だし」
私は何度も階段の途中で休憩した。これが現実である。彼らはすでに遥か下のほうに見える。雄叫びらしき声も聞こえてくる。若い!

ケーブルカー駅近くの茶湯寺までどれほどの時間がかかったであろう、地獄の階段が終わるところにようやくたどり着くと、先ほどの若者たちが一人を囲んでいる。どうやら仲間の男性が滑落したようである。「骨折しているかも」一人がそう言っているのが聞こえた。
結果論であるが、軽装、しかも若気の至りでは済まされない連帯責任である。山をナメるな!
といっても私も20代の頃は高尾山を軽装で歩いていたので他人事ではないが。

小田急伊勢原駅まで行くバス停のある所までは土産屋また土産屋。『いらっしゃいませ』の言葉がいまの心境では悪質な客引きにまで聞こえる(ゴメンなさい)。
その後、バス車内の優先席で爆睡していたのは私です。

*****

娘「ただいま~」
私「おかえり~」
きょうも夕食の支度に間に合いました。

私にとっての到達点は、山頂ではなく海抜ゼロメートル地帯にある我が家です。(笑)



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