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1.夏のある日

 

「今日はどこに行く?」

「キミが行く所ならどこでもいいよ。」

良く晴れた日の昼下がり、いつもの様に話かけ、いつもの通りの返答を聞く。

「じゃあ、アイスでも食べに行くか」

俺は今日の気温を考慮し、そう提案した。

まあ、甘いモノが好きな彼女のことだ、俺の提案を聞いて、とても嬉しそうな顔をしていた。

「ただ、まだ時間があるから散歩に行くか。」

近所のアイス屋は、自宅から徒歩30分といったところか。

オープンは10:30からだ。

まだ二時間程度ある。

「うん。ただ、段差のないところにしなきゃね。」

「ああ、そうだったな。」

車椅子の存在を忘れていた。

もう当たり前の様に俺達の生活に定着したそれは、時として障害を生み出す。

「じゃあ、商店街の方にでも行くか。あそこなら段差も無いだろ。」

「うん。」

彼女の了承を得た俺は、一度深呼吸して、暖かな夏の空気を肺一杯に吸い込み、吐き出す。

「よし、行くか。」

 

俺達は商店街へ向かった。


2.商店街

今では珍しい、コンクリート舗装のされていない、緑の道を進む。

「病気はいつ治るかな。」

「案外治らなかったりしてな。」

俺は何時もの彼女の問いかけに、笑いながら軽く返す。

「む。そんなこと無いもん。」

お、くるぞ。何時もの名台詞。

 

「私は神様なんだから、病気なんてすぐに治せるよ」

 

「そうか。じゃあ早く治してくれると俺も安心するよ。」

いつもの質問にいつもの回答。

そうやって俺達の日常は形作られていく。

どんな人とも違う、俺達だけの日常が。

「そろそろ商店街だよ。」

「いや、見えてるし。思いっきり正面だし。」

俺がそう言うと、彼女はふふっと楽しそうに笑った。

その笑みは本当に綺麗で、晴れた夏空にとても良く似合っていた。

誰か絵にでも書いてくれないかな。

「そういえば、テーブル買うんだよね?」

あ、と彼女に言われて気づく。

そういえば、家にあるテーブルが古くなったんだった。

最近どうも、物忘れが多い。

このことを彼女に話すと、「おじいちゃん。」と言われるので、話題に出すのは控えている。

「なにぼーっとしてんの!行くよ!」

そう言いながら笑う彼女は幸せそうだ。

そんな彼女にのし掛かる重すぎる重圧を無くそうとしても、俺にはその重圧を軽くすることしか出来ない。

ただ、それでも彼女を不幸にさせる訳にはいかないと心に釘を刺し、俺もまた笑顔で彼女と向き合うのだ。

「わかってるって。今行くよ。」

そう、わかってる。

わかってるんだ。

 

どうにもならないことは良くわかってる…。


3.彼女の好きな色

家具売り場で彼女と並ぶ。

「やっぱり黄色がいいよ。」

「何を言っているんだ? あの部屋には青色だろ。」

彼女と言い合いになる。

テーブルの色を何色にするかで揉めていた。

「ほら、外を見ろよ。澄みきった綺麗な青だろ? やっぱりあの青を部屋に置くべきだと俺は思うんだ。」

「確かにそうだけど…。いや、でもでも、やっぱり青より、誰が見ても目立つような色がいいよ。注目を受けない、地味な物なんて家にはいらないんだよ。黒板といえばチョーク、チョークといえば黄色。ほらね。」

「まて、ほらねって言われても、俺にはその考えが理解出来ん。それになんでチョーク=黄色なんだ?」

「だって可愛いんだもん。」

可愛さなど俺達の部屋には要らん!って言ったら彼女に軽く叩かれた。

…女性の気持ちはよくわからない。

「いや、やっぱり黄色は嫌だ。せめて間をとって緑とかどうだ?」

「絶対嫌。」

何だか思ったよりも強い拒否反応だな。

緑に何か嫌な思い出でもあるのかと思って聞いてみる。

「緑に何かあるのか?」

「今日のアンラッキーカラーが緑。」

何かと思ったらそんな理由かよ…。

そこからお互いに一歩も譲らず、激しい言い争いを繰り広げていた時だった。

 

デパートからは、救急車が一台、けたたましいサイレンを鳴り響かせ、一番近い病院を目指して走っていった。


4.病気

落ち着いた時にはすでに空は黒に染まっていた。

空を飛ぶ、鴉も見えなくなるほどに。

幸い、大事はなかった。

いつもの持病みたいなものだ。

だが、最近ますます病気が悪化してきているような気がする。

俺達の幸せな生活も、そう長くは続かないかも知れないという、明確な不安が襲うが、ネガティブになってても病気は治るはずがない。

俺が情けないと、彼女が不安になる。

そう思った俺は、明るく行こうと決めた。

やがて彼女と合流する。

「よし、ここにいてもあれだ。帰ろう。」

「うん。」

暗い表情で彼女が答える。

そして、その後に彼女が小さく言った一言に、俺は聞こえないふりをした。

 

「…病気は…絶対治るから…。だって私は神様なんだから…。」


5.乙女座

「…ろー。」

次はどこに出かけるかな…。

海もいいけど、車椅子がなあ…。

「お…ろー。」

かといって、山に登るにもやっぱり車椅子がなあ…。

やっぱりレジャースポットは無理か。

仕方ない…ショッピングかな…。

「お・き・ろ!」

ショッピングか、それなら車椅子をたいして気にしないな。

「実家にかえります。短い間ありがとうございました。」

「うおおぉい!」

うとうとしてる内に彼女に振られる所だった!!

「あ、やっと起きた。」

「すみません、何でしょう?」

ついつい丁寧語になる。

俺をこんなに驚かせておいて、一体何だというのか?

「デパートに行くんだよ。」

「デパート?何しに?」

なぜ急にデパート?

何か欲しい物でも?

「忘れたの?テーブルだよ。昨日買えなかったでしょ。」

「ああ!そうだった!」

そうそう、テーブルだ。

「それはいいとして、色は決めたのか?」

「ふふん。ちゃんと決めたよ?早く準備して行くよ。」

はいはい…。

重い体に命令を与え、支度を始める。

お、新聞。

今日の乙女座のラッキーカラーは…。

「行くよー。」

「ちょっと待ってって!」

 

白か。 



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