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可愛いちゃんに愛たくて

 

 

 

 

 

 庭にテントを張った。

 その入口に七輪をおいて、網のうえところ狭しとおにぎりときのこ、トマト、アスパラ、みょうがなんかを焼いていたら、うちの馬が帰ってくる音がした。顔をあげるとジープがフォーンン……と透明にいなないて、敷地に乗りあげてくるところだった。

 やわらかな音を立ててドアをしめ、緑が降りる。

「ただいま」

 紺色の麻のスーツをひらひらさせて、アオダイショウのようにさわやかな彼。テント、七輪、クーラーボックスや野菜を盛ったざるへと眼鏡の奥の目をするどく移し、テント前まで来たときは、すごくなにかいいたそうな表情になっていた。

「ひとりキャンプか」

 彼の手には、さみどりの皮につつまれたとうきび二本。

「へい、らっしゃい」と、俺。

「電話したんだけど……」

 と、いう声は、ちょっとうらめしそうというか、寂しそうというか。

 俺はジャージのポケットをさぐる。「家の中におきっぱなしだった。ごめん」

「昼休みは帰るよって、いおうと思って」

 ブロックのうえにおいていた野菜のざるをよけて、緑の座る場所を作ってやる。軸をうえに向けて焼いているしいたけの、ひだににじんできた水滴をこぼさぬよう、そっと皿に移して箸とともに彼に渡す。

「はいお客さん、いいところに来た」

「……いただきます」

 彼はブロックに腰をおろす。

「おこのみで」と、しょうゆや七味ののった調味料トレイをすすめる。クーラーボックスをあけて麦茶を取りだし、江戸切子の冷茶碗に注いでやる。

「うまい」

 手のひらよりも分厚い大きなしいたけをかじってお客さんは笑った。きげんを直してくれたもよう。俺はかぶっていた麦わら帽を脱いで、彼の頭にのせてやる。彼はスーツに麦わら帽という風貌で、しいたけをほおばりつづける。

「楯さまおれのいないとき、ひとりでこんな楽しいことしてんの? 切子の茶碗なんか出しちゃって……」

「きょうはたまたま」

 俺は七輪の炭を整えていう。火の粉が飛ぶ。

 未来北海道は盆をすぎ、朝夕の空気に秋の気配がただよう。昼のあいだだけは夏らしい風が吹いたりする。

「夏も残りすくないなーと思うと、テント出したくなって」

「ふうん」

「豹さんは?」

「事務所で弁当食べてた」彼はのどを鳴らして麦茶を飲みきり、手酌しながら「焼きおにぎり食べていい?」

「どうぞ」

 緑の皿に焼きおにぎりをのせ、作ったばかりのキュウリの浅漬けを添えてやる。

 上着を脱いでテントの中に掛け、彼はねぎみそを塗ったおにぎりにぱくつく。俺は鶏卵くらいの大きさのトマトを網のうえで上下返す。

「いいなこのベジ屋台……楯が店を始めたら通いつめてあげる」

「縁日の出店くらいならやってみたい」

「繁盛するだろう」

「緑は祭りで店やるとしたらなに」

「型抜き屋」

「即答した」

 俺は笑う。ビールケースに板を渡したテーブルに子どもたちが群がり、その奥で型抜き屋の主人になっている緑が目に浮かぶ。

「子どもの抜いた型を吟味する緑。ひびが入ってるとか難くせをつける緑。しぶしぶ景品を渡す緑」

「がきは相手にしない。アダルト型抜きだから」

 具体てきなイメージでもあるんだろうか、にやにやしながらふたつめの焼きおにぎりを食べる彼。楽しくなってきたらしく、歯を食いしばってウーッと伸びをして、「はあ。ビール飲みてえ~」と、つぶやく。

「焼きトマと生トマ、焼きアスと生アス、焼きみょうと生みょう、焼きと生を交互に食べるぜいたく……」

 鉛筆のような生のアスパラをポリポリかじる。茎はみずみずしくほのかに甘く、歯をあてるとほろほろ崩れる穂先は滋味があって、口腔から食道周辺がうまみにびりびりとしびれる。

「みょうがって焼いてうまいの?」と、緑。

「うまい」

「これが楯の愉しみなのか、つつましいのう」

 よしよし、と彼は俺の頭をなでる。そして、あっそうだとつぶやく。

「これさっき農協で見かけたんだけど。朝もぎとうきび。焼きと生両方やるか」

「やろう」

 さっそくひとり一本皮をむき始める。ひげは焦げたように真っ黒で、皮のうえからでも中身が充実しているのがわかった。手のひらや指に湿ったひげをまとわりつかせ、ごわごわ、きゅっきゅっと皮をむいては芝生に落としていく。真珠の輝きをもつ、美しく整列した白い実があらわれた。雪の剣といった風情だった。

「ミルキースノーっていう和菓子みたいに甘い品種で、できれば生で試してほしい、きっと人生観変わる、こんな甘い世界あったんだ? って思う、ってまたあの人が」

 農協の青果部門には風変わりなセールストークをするおじさんがいて、緑はこの人に勧められると、買う予定になかったものもかごに入れてしまう。いわく、商品の魅力もさることながら、その話芸に感心して投げ銭のつもりで買うとのこと。

 一本を折ってふたりで生のまま食べ、もう一本を切りわけて焼いてみた。

 俺はホワイトソードの刀身にかぶりつき、「甘い。この、酸味のない甘いだけの甘さはなにかに似ている……梨? 梨だな、梨っぽい」

「すいかっぽくもある」緑はきちょうめんに、指先で実をひと粒ずつほぐしながら食べる。「野菜やくだものってどこまで甘くできるんだろうか……」

 真昼の風がむわむわと頬にあたるなか、ふたりでひとつの切子茶碗で交互に麦茶を飲み、焼きおにぎりはふたつとも彼にあげたので、野菜だけを食べた。焼けたみょうがを皿のうえでほぐして中を見ていると、緑がぼそっという。

「おまえは少年のようね」

「え?」

「Tシャツにジャージ、裸足にサンダル履きで。ひざにのせた皿をじっと見つめて、セミでも解剖してるような手つきで」

 セミといわれたみょうがにごま油を振り、ゆず胡椒をのせて食べる。

「うまい」

「集中するとそんな顔になるんだな楯は」

「緑もこのあいだ、図書館で学生とまちがわれて」

 うう、と、うめく彼。

 チェック柄のシャツにデニム、いつものランドセルリュックを背負って図書館に行った彼が、お年よりから「学生さん」と声をかけられているのを見た。

 食材が尽き、ふたりでテントに入って横たわった。テントの上部には窓が向かいあうように二か所あいていて、そこを通る風は涼しい。

「午後はここで漫画でも読んで、昼寝しようと思ってた」と、俺。

「極楽だ」緑はひじをついて枕にして。

「みどやも俺とシエスタしよう」

「誘うなよ~」彼は弱った声を出して笑う。「このあと離婚と破産の相談が待ってるんだぜ」

「リコンとハサン」

「おれが来てからこの町の破産は確実に増えてるよなあ」

「どういうこと?」

「破産したくても弁護士報酬が出せなくてあきらめてた人っていうのがけっこういてさ。自分で申し立てできるように準備のしかたを指導してるんだけど、わかりやすいといううわさが広まってるらしく」

「緑に教われば破産できるって?」

「やっぱり本人の力じゃ無理で、おれが引き受けることになるのもおおいんだけど――や、ちがう、仕事の話がしたいわけじゃない! おれにきにきしに帰ってきたんだよ」

 俺はあくびをしていう。「じゃあにきにきするべ」

「タティー、にきにきするべっていったの? 可愛い!」

「にきるべ」

「にきるべだって!」

 はしゃぐ緑。なにが相手をよろこばせるかわからないものだ。

 腹のあたりが温かくて、ほのぼのと眠く、心には平和が満ちていた。こちらを向いて寝ている彼の手をとる。薬指には銀の指輪。俺はしないことのほうがおおいけど、彼は入浴のときいがいはかならずつけている。ネクタイピンやカフスボタンといっしょにまめに手入れをして、数年来変わらぬ輝き。

「……いち、に、さん」

 一本ずつ彼の指先をつまんで数える。きれいにそろえられた、広い爪たちのすこやかさ。

「し、ご……」

「…………」

「みど君の指が五本」

「…………」

 彼はじっとこちらを見つめ、はあっとため息をついた。

「行きたくない。事務所戻りたくない。おれの指を数えてくれる人のところにいたい」

「シエスタしよう」

「だから誘うなってえ」

 緑はうれしさと苦しさの塩梅が絶妙な、なんともいえない表情をする。

「きょうの楯さまは悪魔度がすげえ。容赦なく胸を締めつけにかかってくる」

「天使のまちがいでは」

「してくれることはうれしいけど状況てきにむごい」

「あとどのくらいいられる」

「九十秒くらい」

「九十秒楽しもう」

「わーっ楯、楯楯、もう愛してるよ!!」

 緑は俺を抱きしめて、やけっぱちみたいに叫ぶ。

「わかってるよ!!」

 俺もおなじトーンで返してやる。

「おまえもおれをすきになって!」

「なった!」

「もっとすきになって!」

「なった!」

「ほんとに? やった!」

「ハハハ」

「おれの可愛いちゃん!」

 抱きあいながら、狭いテントの中でごろごろと転がる。

「子どもっぽくてごめんよ」緑は俺の額に額を押しあてていう。「愛されてるってわかってるはずなのに何度も何度も確認して」

「なにっぽくても大丈夫、子どもっぽくても、けものっぽくても、ねぎみそ息でも」

「ああ、天使と抱きあってるここも現実、これから悩める人たちと会うのも現実――って、ねぎみそにおう? フォーミュラ飲まんと……」

 九十秒のタイムリミットがきて、緑が起きあがった。

 テントのフロント――出入り口のファスナーをひらく彼の後ろすがたを見守る。Dの字型にひらいたフロントの向こうはうちの庭で、八月の昼の光、七輪と炭火焼の道具、その奥にはジープが見えた。それらは見なれたものだったり、そこにあるのはわかっていたはずのものなのに、はじめて出会うかのように新しい魅力で輝いていた。これまでに関わらず、いまからまたどのように接しても、どのように愛してもいいのだとそれらはいっていた。新しい魅力に満ちているのは緑もおなじだった。うれしくてたまらなくなり、叫びたいような気持ちで俺は、座って靴を履く相棒の背中を抱きしめた。

「行、け、な、く、な、る、か、ら、や、め、て……」

「ごめん」俺はすぐに彼を離す。 

「なんか頭の中がめちゃくちゃ」

 立ち去りがたいらしい緑が、車の前でもじもじとワルクマンヒューマンを取りだしていうことには、「昼に帰れないときは、これ観てる」

 未来沖縄のビーチで小さな民宿を営む一家が飼っている、「けじめ」という名の白猫の動画だった。一家はけじめをたいへん可愛がっているようで、民宿のサイトにはけじめの新しい写真や動画が日々あげられているのだった。いまちょっとしたアイドル猫らしい。

「けじめとはまた、真面目おじさんのきょうだいみたいな名前だな」と、俺。

「え、けじめさんて人いんの?」と、緑。

「いないけど」俺はヒトデにたわむれる白猫の動画を眺めつつ、「しかしけじめって。猫にけじめなんかないだろ」

「まあまあ……フフ……こいつが可愛いんだよ、楯ちんに会えないときのおれの癒し」

「ふうん」

「アッやべ、行かねえと」

「じゃねバーイ」

「じゃねバイ」

 緑の乗った馬が出てゆく。見えなくなるまで見送って、クーラーボックスから取りだしたチョコレートとリキッドコーヒーをテントにもちこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


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あとがき

 

さいきん自分の書いたものをふりかえって思いましたけど、2015年の終わりから私、BL(ブルー・ラブ)しか書いてなくてですね、この日々がほんとうに幸せなんですね。そのBLというのもぜんぶ緑と楯のお話なので、よろずハッピーラブです。緑はまだちょっと人生に葛藤してますけど、楯はオープンハイウェーになってしまいましたし、基本てきに悩みのない能天気BLというのが雪舟文学の真骨頂ではないかとウルウルしておるしだいです。

 

緑を描きながら、私が葛藤のある人物を描くのは彼が最後ではないかという気がしています。それは私自身に葛藤や悩みがほとんどなくなってしまったからで、人は自分の持っているもの、自分が降ろせる(?)ものしか書くことはできないのです。だれも葛藤のなくなった世界で小説は何描くんだべか。ま、よくわかんないや。ハッピーホモに変わりはないってことで!

 

そんなわけで、暇にあかせて週1くらいのペースで電書を発行してましたけど、いまから冬まで断続てきに文芸誌のしめきりが入りまして(ありがたや…!)、ここからはすこし間隔があくかもしれません。しかしいまの文芸誌が求めるものを自分が書けるのかは不明です。すべてをぶつけてみます! 応援よろしくどうぞ。

 

今回の表紙タイトルは「おれは通いつめる!」です。

メンズ用麦わら帽で画像を探していたら猫耳の可愛いデザインを見つけて、ロゴを「Kejime Cat」にしてみました。

つば部分は女優さんっぽい麦わら帽の、ひらひら感を参考にしました。

 

 

2016年6月5日 柔軟宮グランドクロスに愛をこめて

 

雪舟えま

 

 


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奥付

 

可愛いちゃんに愛たくて

  

著者    雪舟えま emma YUKIFUNE

http://yukifuneemma.com/

装画    雪舟えま 「おれは通いつめる!」 紙、ボールペン

表紙フォント キユマヤ園(http://sapphire.hacca.jp/

発行日  2016年6月5日

発行所  たとる出版 電子書籍部

http://shop.tatorubooks.com/

 

 

 定価  100炎 


  

電子書籍プラットフォーム : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/)

運営会社:株式会社ブクログ


この本の内容は以上です。

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販売価格100円(税込)

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