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きっと宇宙でも泣く男(たち)

 

 

 

 

 世界がきゅうに赤くむずがゆくなったのは、あたりが明るくなったからだった。目をひらくと、ワイシャツの人が窓の端でカーテンをくくっている。

 俺はその人のことが無性にこのましくて笑った。

「アーユーメガネ?」

「起きろ」

 緊張した面持ちの眼鏡は肌かけをめくって俺を抱き起こし、「一時間切ったよ。シャワー浴びて飯食って」

「きょうって、ええと――面接」

「そう。もう居間はセットした」

「セットとな」

 緑はクローゼットをひらき、前日から選んでいたスーツとシャツ、ネクタイをベッドにならべる。俺はスーツといえば葬儀社の仕事用の艶なし真っ黒ばかりで、一般のビジネス用をもっていないのだった。おしゃれペンギンのものを借りることになっていた。

「おれがチャコールで、楯は黒に見えるくらいの紺でどう。シャツとソックスはこれ」

「ふたりとも地味だ」

「落ちつきや堅実な印象を与えたいと思ったんだけど――いちおう若手起業家ってことで、もっと若さをアピールしたほうがいい?」

「ネクタイを可愛くしよう」

「あっ、あるよ色ちがいでそろえてるのが。リボンのかかったプレゼントボックス柄の」

「俺たちは地球から月へのギフトだよ、みど」

「なるほど」

 俺の意見がうれしかったようで、緑はいそいそとネクタイコレクションのケースをひらく。バニラを俺に、ミントグリーンを自分の胸にあてがう。

 シャワーを浴び、彼の用意したおにぎり定食を食べる。面接官はうちにくるわけじゃなく、面接はネットを通じて行う。緑はカメラの視点を居間に向けてセットして、テーブルにモニターを浮かべて資料を出していた。いつもは野の花や草をてきとうに挿している花瓶に、けさはカサブランカと薔薇を気張って生けてあるのが、タマネギ薫子のトーク番組みたいでおかしかった。

 食事がすむと彼は俺の髪を乾かし、くしで整えながらいう。

「楯の魅力がしぜんに伝われば、いい面接になると思う」

「ありがとう」

「ただ、あの……」

「なに?」

「できれば、月に『行けたらいいな』ふうの表現はさけて、どうしても行きたい、自分たちが起業すれば月の市民にこんなにメリットがあるってことを、確信をもって伝える面接にしたい」

「みどそんな確信あるの」

「え、いや、だって」整髪料をつけた手がすべって、彼はくしを取り落とす。「おれはおまえとふたりで会社やれるんなら、そりゃもうなんだってするし――葬儀社はかならず人の役に立てる業種だし、前途は明るいに決まってるって思ってる」

「俺はみどやと月を散歩したら楽しいと思ってる。月のカフェに行ってみたい」

「ああもう」

 せっかくきれいにセットしてくれたものを、緑は俺の頭を抱きしめて、わちゃわちゃとはげしく頬ずりをした。

「うれしすぎるこというなよ、あと十分もすりゃ面接始まんのにおまえといるとおれゆるんでしまって。いつもは事務所に着くまでに車の中で仕事モードに切り替えるけど、きょうはそれもできない」

「切り替えるって、このゆるんで優しい緑をやめるってことか、もったいない。スイートな緑のままで面接を受けよう」

「あああ」彼は身もだえして、「もうたまらん、楯が愛しくてたまらん、社会性が崩壊する」

 せっかく早起きしてあれこれ入念に準備していたのに、にやけ顔の修正もままならず面接に突入することになる緑よ。ソファーに腰かける。左に俺、右に彼。おたがいの首筋に香水「愛の神話」をつけあって、短く口づけを交わし、カメラをオンにする。

 大きくひろげたモニターに、ほぼ等身大に映った面接官は二名。ひとりは宇宙移民局の制服を着た五十代くらいに見える男性、もうひとりは未来台東区役所の四十代くらいの女性だった。今回の若手起業家支援事業は宇宙移民局が未来東京都と組んで行うもので、それぞれの区や市ごとに候補者の割りあて人数が決まっている。俺たちの現住所は未来北海道だけど、出身地や長年暮らした場所が未来台東区ということで、そこの枠に応募することになった。

 面接官たちは書類選考に提出していた俺たちの経歴や、月の日本都市で始めたい業種――うちの場合は葬儀業についての経験などをたずねた。

「兼古さんは火葬技術責任者の資格はおもちですか?」と、未来台東区の役人。

「近く講習を受け、取得する予定です」と、緑。そんな予定だったのか……いま考えたのか、と聞いている俺。

 この事業で受けられる補助金いがいに資金の用意はあるかと訊かれたとき、ふたりのあいだでそんな話はいちどもしたこともなかったのに、緑は顔色ひとつ変えずに「フューチャークラシコ葬祭社から出資を受けることになっている」なんて答えたりして、横でほほうと思いながら聞く。面接では多少のハッタリは必要だと彼はいっていたけど。

 月の移住さいしょの世代が高齢になってきたいま、葬儀業がどれほど大切かを論じようと緑の脳内には台本が用意してあったもよう。しかし、彼の演説を待つことなく、面接官たちはその重要性をかみしめているところらしかった。月で亡くなる人が増え、火葬施設も設備をあつかえる人材も不足していて、施設の増加と技術者の養成が急務だと思っていたと。できればすぐにでも月に行ってほしいくらいだよね、と、宇宙移民庁の人は区役所の人に向かっていった。この事業はゼロから新しく会社をおこす人を支援するものではあるけど、俺たちのケースにかぎっては、支社の創設というのでも特例として認めたいとのこと。

 面接の終盤はうちとけた感じになって、ふたりは既定の質問事項を離れてあれこれたずねてきた。月に移住するとなかなか地球にもどれなくなるよ――家族とは今生の別れになるかもしれないけど、身近な人の理解は得てる? 葬儀業の人たちのいう「ステーション」ってどんなもの? それほんとにあるの? ふたりそろってどうして未来北海道に移住したの? などなど。

「荻原が体調を崩しまして、いわゆる転地療養です。私も向こうでは多忙すぎたもので、仕事量をセーブしたかったのもあります」

 緑が答えると、未来台東区の役人はうなずいて、「いまは体調は?」と俺を見る。

「こちらの温泉に通いましたのと、兼古の献身てきな介護ですっかり回復しました。ご覧のとおり」

「月にはいまのところ天然温泉はないけど大丈夫?」

 と、笑って、宇宙移民庁の人は俺たちを見比べていう。

「ちがったらごめんね。君らは公私ともにパートナーだと思っていいのかな」

「はい!」はつらつと緑が答えた。「そのとおりです」

「そうだよね。片方が田舎で湯治するのについてくるなんて、そういうことよね」宇宙移民庁は書類に目を落としながらひとりごちて、「ご結婚はされている?」

「いえ、それはまだ……」

「月にはいろんな家族のかたちがあるからね、同性婚はあたりまえだし、結婚しない人たちもおおいし、グループ婚も期間契約家族もあるし」と、宇宙移民庁がいうと、「地球のたいがいの国よりは自由ですね」と、区役所が肯う。

「月いいよね」

「私の姪も向こうでグループ婚の一員になりましたよ」

「あ、多妻多夫? いいじゃん。地球でもさあ……

 それからなぜか面接官たちの結婚観、家族観トークを聞くはめになったけど、二次面接の日時を告げられて、とどこおりなく面接は終了した。俺たちは一次の最終グループだったらしく、次回は三週間ごという近さだった。

 モニターを消しカメラを切って、緑とハイタッチする。

「これは……ほんとのほんとに決まるかもしれん」

 と、彼。武者震いしているのか、せわしなく両手の指を組んだりほどいたりする。

「つぎは希望の住宅サイズや住みたいエリアを訊かれるってえから調べておかねえと」

「眺めのいい場所がいい」

「ねえ、おれたちほんと月行くの? ほんとにおれ、楯やと月で暮らせるの?」

「すぐにでも行ってほしいくらいだって」

「アーねえッ」彼は興奮をおさえきれないようで、俺の肩を押してソファーに組み伏せる。「ねえねえねえねえほんとに? ほんとに? おまえがおれのボスになるの?」

「スーツがしわになるー」

「ボスになってくれるのってば!」

 俺は自分がトップというのがうまく想像できないんだけど、緑はどうしても共同経営者じゃなく、補佐役という立場が落ちつくのらしい。

「あの人ら、おれたちのこと『特例で』っていってたけど。楯ってつくづく特別あつかいの星のしたに生まれてるのな」

「特別あつかいの星」

「大学も試験なしの神秘学部特待生だろ、就職活動とも無縁で望まれて入社してるし、ここでもほかの志願者とあらそうことなく特別枠で月に行けそうって……」

「そうそう、体育も、なにもいわなくてもいつも見学」俺は笑って、「大学は、ステーションで教授と出会ってスカウトされたんだ。こんどの月行きは多織兄さんがもってきた話だし。向こうからくるものに応えていたら、だれとも利害がぶつからないし、競争する必要がないんだね」

「競争だらけだったおれから見ると、魔法みてえな人生」

「流されてるだけなんだけど」

「いっしょに流されてえ」緑は語尾にハートマークを捺すようにいう。「楯め、猫みたいに得な奴。受験や就職だけじゃない。おれの心もだれとも奪いあうことなしに独占して……」

「あの人たち、俺たちプライベートでも相棒ってすぐわかった」

「テーブルのしたでちょっかい出してんのに気づいたのかも」

 面接中に緑の表情が硬いなと思ったとき、見えないところで手を握ってみたりした。彼はそれをさりげなく振り払ったり、笑いそうなのを資料を読むふりして必死にこらえていたけど、親密な気配は面接官たちに伝わっていたのかもしれない。

 ソファーのうえで重なりあって抱きあう。「愛の神話」は落雷に似たひと目ぼれを想わせるトップノートが羽ばたき、ふたりだけのセクシーなささやきめいたミドルノートがつづいている。気づくと緑はうるんだ瞳で俺を見おろしていた。

「月に行ったらさ――結婚したりするのかな」

「え?」

「あっ待っていまの聞かなかったことにして。ちゃんとプロポーズしたいから」

「…………」

「まだいうつもりじゃなかったのに」緑は目をそらして、くやしそうに唇を噛み、「あの人らがよけいな知恵つけるから……」

 ふがふがと文句をいう彼の頬を両手で包んで口づけをした。愛の神話がまるで、ここいがいの時間の気配のように香る。絡みあっている彼の脚の熱さがスラックスの生地ごしに伝わってきて、このじっとりとした暑さから逃れたいような、逆にその中に飛びこみたいような、わからないけど、俺はどうにも裸になりたくなって彼のしたでスーツを脱ぎ始めてしまう。

 

 

「資金? もっちろんもちろん」

 ステーションでのバイトのあと、多織兄さんが面接の手ごたえを訊きにカウンターまでやってきた。俺は面接官たちとのやりとりをできるだけ再現して伝え、緑が本社から資金援助の予定があるとかってに答えたと話した。

「そんな潤沢に用意できるかわからんけどね。必要なぶんは出させてもらうつもりでいる」

「ありがとうございます」

「いやー、うーちーもつ・い・に月支社かー」

 多織さんはカフェのいすにもたれて、気が大きくなったようにぐっと伸びをした。ウェイトレス意識がきょうは軽食も出してくれて、兄さんはチキンライスとコーヒー、俺はメロンのサンドイッチとアイスティー。ベジタリアンだと話したことはないのに、俺にはいつもそういったメニューが提供される。

「まだ二次面接があるけど」と、俺はアイスティーにシロップをたらす。

「いやいや、おまえたちなら月まで行くさ」

 と、多織さんはチキンライスのてっぺんに立っていた小さな旗をつまんで眺めて。サンドイッチをふた切れ食べたとき、多織さんがしずかなことに気づいてそっちを見ると、彼はじっとこちらを見ていた感じだった。

「なに」

「楯、またちょっと雰囲気変わったなと思って」

「そう?」

「おまえそんな色してたっけ、ピンクっぽい金色」

「ピンクっぽい金色……」

 俺は自分を見おろす。そんなオーラが出てるのか。

 ステーションでは心の状態がそのまま外見にあらわれて――たとえば、緑がここに来たりすると、真っ赤だったり濃いピンクだったりの炎に全身を包まれていて、恋愛のさなかの人だとひと目でわかる。自分のことに集中していてほかに関心がない人は冷ややかなブルー、好奇心にあふれて元気いっぱいの人はレモンのような光を放っていたりする。いずれにしても、自分から発している光の色というのはなかなか自覚できない。

「幸せなんだね」多織さんは笑った。もちろん俺に異論はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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あとがき

 

毎度そうなんですが、今回のお話も推敲しながら

「なんていい話なんだ…世界宙の人がこれを読むといい…」と、素で自画自賛して胸がいっぱいでした。

 

私ごとですが来週、頭蓋骨のゆがみを直しにオステオパシー(興味ある方はご検索を)の治療院に

行くことになりました。

星氏が「治療に行こう」といってくれたんですけど、それをいわれたとき、

よくわからぬうれしさが胸にあふれ、笑いが止まらなくなってしまいました。

それで私は、自分がほんとうはそんなにも、いびつな頭蓋骨を治したがっていたのだと気づいたんです。

自覚していなかった夢がいきなり叶うことになって、胸の奥の冷たかった部分に陽光があたった感じでした。

 

東京にいたときにいちどだけ、星氏のマッサージの師匠からオステオパシーのお試し施術を受けたことがあって、

たった一回、短時間でも、頭蓋骨の形が手で触れて自覚できるくらい変化したのを感じました。

骨って人体でいちばん硬いものなのに、ソフトに触れられるだけで動き、変形することにびっくり。

でも、そのあといつも通りの生活をつづけていたら、ゆがみあたまに戻ってしまいました。

頭蓋骨の調整は、定期てきに通ってつづけていくものなんですね

数十年ゆがんでいたものですので、治るのもそれなりに時間を要すると。

 

頭蓋骨の変形によって、なにか症状でも出ているんなら積極てきに治療したはずなんですけど

頭痛がするわけでもなし、美観上の問題で気にしていただけなので

治療にかけるお金も時間も、その時の自分にはぜいたくなものだと思って、

あきらめたというか、考えるのをやめていたようです。

でもきょう「治そう」といってもらえて、泣きたいくらいうれしかったのですね。

 

以前は、「私には治療はぜいたく」、つまり「私は治療を受けるに値しない」と思っていたのですけど

いまは、「私は治療を受けるに値する」「調整された美しい頭蓋骨は私にふさわしい」と、

自分にそれをゆるす気持ちに、やっとなれたんだと思います。

より幸福になることを自分に許すだけでいい。

夢って、こんな叶いかたもあるんだね。

 

スターも今回、面接を受けて、月へ行くことが叶いそうな気配ですけど、

彼らも月へ行けるという段になって、じつは自分たちはそこへ行くことを深く望んでいた、決まってほんとうによかった、と気づくのではないかと思います。

 

今回の表紙画のタイトルは「ヤングマン」(←youtubeのリンクです、音量にご注意!)。

ヴィレッジ・ピープルのネイティブアメリカンとバイカーのコスプレを参照しました。

 

2016年5月29日 銘菓が部屋にあふれる夜に

雪舟えま

 

 


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奥付

 

きっと月でも泣く男(たち)

  

著者    雪舟えま emma YUKIFUNE

http://yukifuneemma.com/

装画    雪舟えま 「ヤングマン」 紙、ボールペン

発行日  2016年5月29日

発行所  たとる出版 電子書籍部

http://shop.tatorubooks.com/

 

 

 定価  100炎 


  

電子書籍プラットフォーム : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/)

運営会社:株式会社ブクログ


この本の内容は以上です。

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販売価格100円(税込)

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