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伊達は、両手に拳骨を作り、顔を真っ赤にして、語気を強めてひとこと言った。「テロだ」沢富は、意外な言葉に固まってしまった。しばらく、なんといっていいかわからず、頭が混乱してしまった。目をぱちくりさせ、一息すると言葉が飛び出した。「テロ、ですか。いったいどんな?」腹をくくった伊達は、邪推を口にした。「単なる俺の邪推だ。気を悪くするなよ。テロっていうのは、大統領を狙った自爆テロ、じゃないかと思う。本当に、邪推だ」白目をむいた沢富の顔は、真っ青になっていた。

 

 

 

気絶しそうになったが、気を取り直して質問した。「自爆テロ。いったい、どうして、そんなことが言えるんですか?何か、根拠があるんですか?僕には、まったく、あり得ない話です」伊達は、自分の邪推を説明することにした。「いや、それが、ひろ子さんの出身を調べさせてもらったんだが。悪く思うな。すると、ひろ子さんは、長崎出身なんだ。もしかすると、ひろ子さんは、被爆者の子孫かもしれない」

 

 

 

沢富は、聞き耳を立てていたが、今一つピンと来なかった。「いったい、ひろ子さんの長崎出身と自爆テロとに、どんな関係があるんですか?」伊達は、さらに邪推を話し始めた。「おそらく、CIAは、工作員に自爆テロを指示したと思う。大統領の前で自爆を図れば、日本は世界中から非難を浴びるだろう。そこでなんだが、原爆を投下したアメリカを恨んでいた長崎出身のひろ子さんは、アメリカに復讐するために、自爆テロを引き受けたんではないかと思うんだ」

 


 

沢富は、あり得ない邪推にあきれ返ったが、あまりにも現実に起きるような話し方をした伊達が、恨めしくなった。「ちょっと、それはないでしょう。先輩の妄想ですよ。僕は、そういうことではなく、栗原とひろ子さんが、覚せい剤取引にかかわっていたと思ったんです。カラオケ女王のひろ子さんが、CAIの工作員で、自爆テロの実行犯だなんて、それはないですよ。先輩、そりゃ~、ひどすぎりゃ~しませんか」

 

 

 

5月27日(金)の午後、大統領の広島訪問が戒厳令の中行われ、その模様がTVで全国に放映された。ハスラーの中で休憩していた伊達と沢富も7インチのモニターに釘付けになっていた。沢富は、独り言のようにつぶやいた。「何事もなければ、いいんですけどね~、先輩」伊達も、心の中では、何も起こらないことを祈った。「俺の邪推なんて、バカげていたよな。おい、見ろよ、大統領、いい表情してるじゃないか、ノーベル平和賞受賞するだけあるよな」

 

 

 

その日の午後11時のニュースで、広島平和記念公園で核廃絶を宣言する大統領のニュースが流れ、次に不可解なニュースが流れた。そのニュースとは、長崎での焼身自殺だった。翌日のニュースでは、焼身自殺を図った人物は、女性で身元は不明と報道された。そのニュースを聞くや否や、まさかと思った沢富は、何度もひろ子の携帯に電話したが、まったく、つながらなかった。そして、中洲の街に、タクシードライバーひろ子の姿は、二度と現れることはなかった。

 

 

 


この本の内容は以上です。


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