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                            焼身自殺 

 

 ひろ子の素性をあれやこれやと考えるようになってから、ますますひろ子のことが気になって、夜も眠られなくなった。ひろ子の素性を探る前に伊達に相談することにした。水曜日、仕事が引けるとサンセットロード沿いにあるイタリアンレストランに伊達を誘った。二見ケ浦海岸を一望できるレストランは、目の前に夫婦岩を見ることができる小さな丘の上にあった。こんなに眺めのいいレストランに誘ったということは、このレストランでJKと食事をしたに違いないと伊達は思った。席に着いた伊達は、皮肉を言いた。「ほ~、いい店、知ってるじゃないか。ここでJKと食事したってことか」

 

 

 

 伊達の一言に真っ赤になった沢富であったが、気を取り直して話を切り出した。「今日は、ちょっと、相談があるんです。ひろ子さんのことで」伊達も、一度、じっくりひろ子の素性について話し合いたいと思っていた矢先だったので、身を乗り出して返事した。「なんだ、ひろ子さんのことって」沢富は、何をどう、相談すればいいか迷ったが、とにかく、美緒から得た情報を報告することから始めることにした。「美緒から聞いた話なんですが、どうも、栗原はある女性と時々ゴルフに行っていたようなんです」

 

 

 

伊達は、女性と聞いて、身を乗り出した。「ほ~、それで」沢富は、話を続けた。「その女性というのが、もしかして、ひろ子さんじゃないかと。というのはですね、ひろ子さんの趣味は、カラオケとゴルフなんです。どう思われますか?」伊達は、腕組みをすると唸った。「う~~、そうか。やっぱ、ひろ子さんは、ただものじゃないってことか」沢富は、問い返した。「ただものじゃない、それは、一体どういうことですか?」

 


 

伊達は、自分の邪推を話す決意をした。一度、沢富をじっと見つめると、話し始めた。「今から話すことは、あくまでも、俺の邪推だ。気を悪くするな」沢富は、きりっとした目つきで、ゆっくりうなずいた。「本当に、悪く思うな。ひろ子さんは、もしかして、工作員かもしれん。ほら、耳にしたことがあるだろ、CIAが警察内部にもいるってことを。ってことは、一般人の中にもCIAが潜んでいるってことだ」

 

 

 

コクン、コクンとうなずいた沢富は、ひろ子が覚せい剤の取引にかかわっているとにらんでいたが、工作員だという発想はなかった。思ってもいなかった邪推に度肝を抜かれた沢富だったが、二見ケ浦海岸を窓越しに一瞥すると、伊達の顔をギョロっと睨み付けた。伊達は、喧嘩を売られるんじゃないかと、一瞬身を引いた。「そういう見方もあったんですか。工作員ですか。そう考えると、覚せい剤取引ともつながってきますね。なるほど、覚せい剤取引を主導していたのは、ひろ子かもしれませんね」

 

 

 

伊達は、沢富が冷静な判断をしたことにほっとした。「そう思うか。そこでなんだが、覚せい剤取引のことはさておいてだな~。俺は気になっていることがある。今回の大統領の広島訪問だ」伊達は、眉間にしわを寄せた沢富の顔を覗き込んだ。大統領と聞いた沢富は、ポカンと口を開けてしまった。ひろ子の笑顔を思い浮かべた沢富は、伊達の言わんとすることがさっぱりつかめなかった。「いったい、どういうことですか?大統領とどんな関係が?」

 


 

伊達は、両手に拳骨を作り、顔を真っ赤にして、語気を強めてひとこと言った。「テロだ」沢富は、意外な言葉に固まってしまった。しばらく、なんといっていいかわからず、頭が混乱してしまった。目をぱちくりさせ、一息すると言葉が飛び出した。「テロ、ですか。いったいどんな?」腹をくくった伊達は、邪推を口にした。「単なる俺の邪推だ。気を悪くするなよ。テロっていうのは、大統領を狙った自爆テロ、じゃないかと思う。本当に、邪推だ」白目をむいた沢富の顔は、真っ青になっていた。

 

 

 

気絶しそうになったが、気を取り直して質問した。「自爆テロ。いったい、どうして、そんなことが言えるんですか?何か、根拠があるんですか?僕には、まったく、あり得ない話です」伊達は、自分の邪推を説明することにした。「いや、それが、ひろ子さんの出身を調べさせてもらったんだが。悪く思うな。すると、ひろ子さんは、長崎出身なんだ。もしかすると、ひろ子さんは、被爆者の子孫かもしれない」

 

 

 

沢富は、聞き耳を立てていたが、今一つピンと来なかった。「いったい、ひろ子さんの長崎出身と自爆テロとに、どんな関係があるんですか?」伊達は、さらに邪推を話し始めた。「おそらく、CIAは、工作員に自爆テロを指示したと思う。大統領の前で自爆を図れば、日本は世界中から非難を浴びるだろう。そこでなんだが、原爆を投下したアメリカを恨んでいた長崎出身のひろ子さんは、アメリカに復讐するために、自爆テロを引き受けたんではないかと思うんだ」

 


 

沢富は、あり得ない邪推にあきれ返ったが、あまりにも現実に起きるような話し方をした伊達が、恨めしくなった。「ちょっと、それはないでしょう。先輩の妄想ですよ。僕は、そういうことではなく、栗原とひろ子さんが、覚せい剤取引にかかわっていたと思ったんです。カラオケ女王のひろ子さんが、CAIの工作員で、自爆テロの実行犯だなんて、それはないですよ。先輩、そりゃ~、ひどすぎりゃ~しませんか」

 

 

 

5月27日(金)の午後、大統領の広島訪問が戒厳令の中行われ、その模様がTVで全国に放映された。ハスラーの中で休憩していた伊達と沢富も7インチのモニターに釘付けになっていた。沢富は、独り言のようにつぶやいた。「何事もなければ、いいんですけどね~、先輩」伊達も、心の中では、何も起こらないことを祈った。「俺の邪推なんて、バカげていたよな。おい、見ろよ、大統領、いい表情してるじゃないか、ノーベル平和賞受賞するだけあるよな」

 

 

 

その日の午後11時のニュースで、広島平和記念公園で核廃絶を宣言する大統領のニュースが流れ、次に不可解なニュースが流れた。そのニュースとは、長崎での焼身自殺だった。翌日のニュースでは、焼身自殺を図った人物は、女性で身元は不明と報道された。そのニュースを聞くや否や、まさかと思った沢富は、何度もひろ子の携帯に電話したが、まったく、つながらなかった。そして、中洲の街に、タクシードライバーひろ子の姿は、二度と現れることはなかった。

 

 

 


この本の内容は以上です。


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