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沢富は、ある時、ある女性から、栗原隆治に電話があったという事実をつかんだ。そして、女性タクシードライバー、女性タクシードライバー、と心でつぶやいた時、ふと、ひろ子の顔が頭に浮かんだ。YESタクシーの女性ドライバーは、二人しかいない。ひろ子ともう一人の50歳ぐらいの女性。突然、マジになった沢富は、美緒を睨み付けるような目つきで質問した。「その女性って、若い声じゃなかったか?」

 

 

 

美緒は、はっきりしないような表情で、曖昧な返事をした。「それが、ほんの一瞬、女性のような声を耳にしたってだけで、若いかどうかは・・でも、なんだか、女っぽく、きれいな声だったような、そんな気がする。なんとなくよ」沢富は、確信した。電話の相手は、ひろ子だと。もしそうであれば、ひろ子も、覚せい剤取引のグループの一人と考えてもおかしくない。

 

 

 

あくまでも、単なる邪推に違いないが、刑事は疑ってかかるのが仕事だ。たとえ、プロポーズの相手でも、私情を挟んではいけない。沢富は、左手を顎に当て、どうやって、ひろ子の素性を確かめればいいか、しばらく考え込んでしまった。突然考え込んでしまった沢富にいったい何が起きたのだろう、と美緒は思った。何か悪いことでも言ったのではないかと少し不安になった。

 


 

美緒は、恐る恐るいつものかわいいニックネームで沢富に声をかけた。「サワピ~、どうかした?」考え込んでしまった沢富の耳には、美緒の声が届いていなかった。突然、沢富の脳裏には、真っ暗なトンネルの細い道を小さな懐中電灯で足元を照らし、寂しそうな後ろ姿で歩いている自分が映し出されていた。勇気を振り絞って、どんな手を使ってでも、徹底的に調査すべきではないか。沢富は心でつぶやいた。

 

 

 

 トンネルの中に甲高い音が響いたと思った時、ふと、我に返った。「サワピ~、サワピ~ったら」美緒は、沢富の左肩をゆすっていた。沢富は、顔を持ち上げ美緒の顔を見つめた。「え、何か?」呆れた顔で美緒は答えた。「何か、じゃないでしょ。これから、どこに行くのよ。お昼は、おそばを食べたいな~。実は、おいしい蕎麦屋を知っているんだ。行こうよ~。さあ~、早く~」

 

 

 

 我に返った沢富は、別れ話を切り出す前にもう少し謎の女性について聞き出すことにした。「もうこんな時間か、おなかがすくはずだ。食事に行く前に、もうちょっと話を聞かせてくれないか。その女性についてもうちょっと知りたいんだ。お父さんは、女性と会ったりしてなかったんだろうか?いや、とにかく、お父さんとの会話で、思い出せることだったらなんでもいいんだ。厄介なお客だったとか、愉快なお客だったとか、独り言でもいい、何か思い出せないか?」

 


 

しかめっ面になってしまった美緒の口から、ため息が漏れた。そして、頭の記憶にノックし始めた。「ハ~~、そんなに、せかせられても、父は無口だったから。仕事のことは、ほとんど、家では話したことがなかったし。話といえば、ゴルフのことぐらいだったかな~。あ、いつだったか、夏のとっても暑かった日だったような。汗をかいて帰ってきた時だった。ゴルフの練習をやったの、って聞いたの。その時、ああ、と言って風呂場にかけて行った。そう、その時、確かに、香水の匂いがした」

 

 

 

 ひろ子の趣味は、カラオケとゴルフだったことをお思い出した。その香水の匂いは、ひろ子のものではないかと思った沢富は、目を輝かせ、質問を続けた。「お父さんが特定の女性と付き合っていたとかは?」美緒の表情は、さらに険しくなった。「そんなことを言われても、父のことは、よくわかんないの。再婚する気もなかったようだし。家に、女性を連れてきたこともなかったし。おなか、すいたな~」美緒のおなかが、グ~~となった。

 

 

 

 ひろ子も覚せい剤取引にかかわっていたと考えれば、栗原と一緒にゴルフに行っていたと考えてもうなずける。また、そこで、栗原と何らかの極秘の打ち合わせをしたと考えられる。ひろ子の素性を徹底的に探ってみるか、と思った時、グ~~っという鈍い音が耳に入った。少し怒ったような口調で美緒が声をかけた。「もう、いいでしょ。早く、蕎麦屋に行こうよ。おなかがなってるし。早く」沢富は、ひろ子との結婚を考えて、別れ話を切り出すつもりだったが、予定を変更することにした。

 


 

「分かった。今日は、ありがとう。早速、美緒、おすすめのおいしい蕎麦屋に行ってみよう。道案内、頼む」美緒の顔に笑顔が爆発した。「ヤッタ~、うれし~、三瀬方面なの。道案内はまかせて」二人は、ハスラーに飛び乗り、国道を天神方面に向かった。産の宮を右折して南下し、大野城線に突き当たると左折して、末永交差点を右折した。くねくねした糸島峠を越えると三瀬トンネルを通り抜けて三瀬峠をひたすら走って行った。

 

 

 

 運転中でも、沢富の頭は、蕎麦のことよりひろ子のことで頭がいっぱいだったが、美緒の声で意識は目の前の看板に向けられた。「あそこ、小さな看板に、無声庵、って書いてあるとこ。そこが入り口」沢富は、急ブレーキをかけて徐行した。小さな入り口をゆっくり左折すると、左側に5台ほど止められそうな小さなパーキングがあった。「ここでいいんだな」沢富は、白のBMWクーペの横にハスラーを止めた。

 

 

 

 店の中に入るとBMWの客人と思われる中年の夫婦が窓際のテーブルで蕎麦を食べていた。勝手知った美緒は、沢富を案内するように角の窓際のテーブルに向かった。その時、窓際の中年男性は、何気に、二人をチラっと見た。そして、エビ天をくわえていた中年男性の目は点になり、蝋人形のように固まった。きっと、美緒のミニスカートからチラっと覗いた赤パンが目に飛び込んだに違いなかった。

 


 

先に美緒が腰かけると沢富は彼女の正面に腰かけた。美緒は手に取ったメニューを開き、沢富の前に置いた。「私は天丼セットにするけど」沢富は、メニューをろくに見ず、俺も、と言ってメニューを閉じた。美緒が笑顔を作り、ささやいた。「二人って、兄弟に見られてるかな~?親子って感じじゃないし。恋人同士にしては、不釣り合いだし。ま、いっか」

 

恋人同士にしては、不釣り合い、とはどういう意味だろうと沢富は思ったが、年齢のことだろうと自分勝手に思い、聞き流した。

 

 

 

 注文を取りに来た女性店員は、笑顔で注文を取るとさっさとカウンターに引き上げていった。美緒は、二人がどのように思われているかにいつも興味があった。「恋人同士って、思われたんじゃない。サワピー、最近、若返ってるみたい。やっぱ、私と付き合ってるからよ。ここでは、恋人同士になりきって、楽しい話をしましょうね。サワピ~」美緒は、自問自答して納得してるようで機嫌がよかった。

 

 

 

 「時々、この店に来てるみたいだね」にっこり笑顔を作った美緒は、うなずき答えた。「ここは、先輩のお母様のお気に入りの店なの。何度か、先輩のお母様に連れられて、食事したの」沢富は、先輩に興味がわいてきた。「へ~、先輩って、高校の?」美緒は、先輩のゆう子のことを話すことにした。ゆう子は、数学の出来が悪かったのか第一志望の国立大学は不合格だったが、第二志望の私立F大学英文科に合格し、自宅から大学に通っていた。「一つ上のゆう子先輩っていうんだけど、今年から大学生。そう、私、今、先輩のうちに下宿してるの。来年は、先輩と同じF大学を受験するつもり」

 



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