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伊達夫妻は、目を丸くして見詰め合った。ほんの今まで、悲鳴を上げていた気弱な男の豹変振りに、度肝を抜かれた。ナオ子は、沢富の気持を確認した。「え、サワちゃん、いいのね。自分で、確認できるのね。たとえ子持ちでも、腰を抜かすんじゃないわよ。いい」沢富は、今言った自分の言葉を撤回できず、呆然とした顔で、うなずきつぶやいた。「やります。やってみます。もしかして、気絶するかも」

 

 

 

ナオ子は、強がっている沢富のことが心配になった。気の弱い沢富のことを考えると、ひろ子の前に立てば、口をしっかり閉じた貝のようになり、一言もしゃべれないと思えた。「サワちゃん、そんなに無理はしないでいいのよ。仲人を申し出た限り、先方の素性を調べるのは、私たちの役目なの。サワちゃんは、気を楽にして、朗報を待っていてちょうだい。ねえ、あなた」伊達も、大きくうなずき、放心状態の沢富の左肩をポンと叩いた。

 

 

 

魂を抜き取られたように呆然としてしまった沢富は、結婚したいと思った自分に嫌悪感を抱いた。沢富には、本来、結婚願望はなかった。なぜか、ひろ子と出会って、突然、結婚願望が起きてしまったのだった。冷静になってきた沢富は、ひろ子のことを考えてみたが、ひろ子の素性をほとんど知らないことに気づき、そんな自分にあきれてしまった。知っていることを拾ってみると、YESタクシーの運転手、バツイチ、カラオケ女王、こんなことぐらいしか思い浮かばなかった。

 


 

ひろ子のことを考え始めると、猜疑心が膨らみ始め、バツイチまで疑い始めてしまった。沢富は、ポツリとつぶやいた。「本当に、バツイチなんですかね」それを聞いたナオ子も、いろんな疑問が頭の中を駆け巡った。「仲人の私たちが、もっと、ひろ子さんの素性を調べるべきだったわね。バツイチなのか、バツニなのか、正式に離婚しているのか、なぜ、離婚したのか、子持ちなのか、どこに住んでいるのか、別れた亭主はどんな仕事をしていたのか、仲人として、うかつだったわ。ごめんなさい、サワちゃん」

 

 

 

落ち込んだ表情で謝ったナオ子の罪悪感に満ちた声を聞いて、沢富のほうが罪悪感にさいなまれた。「そんなことはありません。伊達夫妻には、何の落ち度もありません。すべては、僕の責任です。結婚するのは、僕なんですから。ひろ子さんのことを自分なりにもっと知るべきだったんです。腹をくくって、ひろ子さんとじっくり話し合ってみます。ひろ子さんも、伝えたいことがあるはずです。自分の将来のことは、自分でやります。心配しないでください。気絶しないように、祈っていてください」

 

 

 

伊達夫妻は、見詰め合って、大きくうなずいた。ナオ子は、小さな笑顔を作って、激励した。「よく言ったわ。それでこそ、男よ。サワちゃんの結婚だもの。サワちゃんが納得いくまで、話し合うといいわ。あ、もうこんな時間。どうする、サワちゃん、泊まっていってもいいわよ。今夜は、酔っ払って、ぐっすり寝るといいわ。思いっきり、飲みなさい。ねえ、あなた」伊達もコクンとうなずいた。

 


 

沢富も今夜は飲まずには眠れそうになかった。頭は混乱し、胸はモヤモヤして、ワ~~~、と大声で叫びたい気持だった。「それじゃ、今夜は、泊まらせていただきます。少し、酔っ払ってもいいですか。今夜は、飲まずに眠れそうにありません」ナオ子は、即座にうなずき、どうぞ、どうぞ、と返事するとキッチンのフレッジにかけていった。二本のビンビールをテーブルに置くと、ナオ子は、夫に声をかけた。「あなたは、ほどほどにね」

 

 

 

女性工作員  

 

 

 

 お酒に弱い沢富は、二本のビールを飲み終えると気絶したようにテーブルにうつぶせになってしまった。ナオ子は、叩いても起きない沢富を夫の書斎で寝かせることにした。沢富を寝かせつけると二人は、キッチンに戻ってひろ子の素性について話し始めた。「あなた、ひろ子さんって、いったい何者かしら?単なるバツイチ運転手かしら。サワちゃんの結婚相手にふさわしい女性だといいんだけど。叩けばほこりが出るっていうじゃない。わたしたちの方でも調査した方がいいかも。私立探偵に、依頼してみましょうか?」

 

 

 

 伊達は、ひろ子について、いくつか腑に落ちない点があった。「俺は、少し気になることがあるんだ。ひろ子さんの態度がどうも気になる。サワをホテルに誘ったということは、一般的に考えて結婚の意思があると思われるよな。でも、サワのプロポーズに一向に返事しないというのが、どうも腑に落ちないんだ。ひろ子さんは、もしかして・・・」ナオコは、意味深な言葉が気になり、即座に、問い返した。

 


 

 「あなた、何よ、もしかしてって」伊達は、腕組みをして、目をつぶった。しばらく、沈黙していたが、目を開くとゆっくり話し始めた。「あくまでも、邪推と思って聞いてくれ。今、日本人のCIA工作員が増加しているという噂なんだ。警察内部にもかなりCIAが潜んでいるという噂だ。そこでなんだが、あくまでも、邪推だぞ。まさかとは思うが、ひろ子さんが、そのまさかってことはないかと?」

 

 

 

 ナオ子は、マジな表情で問い返した。「ひろ子さんが、工作員ってこと?そういわれると、そんな気がしないでもないわ。刑事のサワちゃんを誘ったってことを考えると、そう、考えられないことはないわね。体を張って、サワちゃんから、警察内部の情報を取ろうとしたのかもよ。あなた、もし、そうだったら、どうなるのかしら、サワちゃん、悲劇じゃない」伊達は、とんでもない邪推をしたことに後悔したが、決して、妄想とは言えないような気がして、考えこんでしまった。

 

 

 

 広島出身のナオ子に話すべきかしばらく躊躇していたが、両手で両ほほをバシッと叩くと、意を決して話し始めた。「ここだけの話だぞ。決して、誰にも話すんじゃないぞ。今月、大統領が広島平和記念公園を訪問する。それで、戒厳令が敷かれているんだが、今回の広島訪問で事件が起きるんじゃないかと警察は懸念しているんだ。何事もなく、広島訪問がなされればそれでいいのだが、どうも、何か起きそうな悪い予感がする。もしかするとだな~」

 


 

 ナオ子は、またしても、夫の意味深な話にモヤモヤし始めた。「あなた、もしかって、いったいどういうこと?何が起きるというの?まさか?」伊達は、ナオ子の意味深な言葉にモヤモヤしてしまった。「おい、まさかって、いったいなんだ。いってみろ」ナオ子は、一瞬ニヤっとして話を振った。「あなたこそ、もしかって何よ。あなたが先に、言いなさいよ」夫は、一瞬、言葉に詰まったが、邪推を話すことにした。

 

 

 

 「ジョンFケネディーの二の舞が起きるんじゃないかと思っているんだ。今回の大統領の来日は、どうも、におうんだな~」同じことを考えていたナオ子は、う~~、と犬が怒った時のような声を出して、ゆっくりうなずいた。「あなた、私も、同じ。きっと、何かあるわよ。大統領を狙った何か?」夫は、うなずき、さらなる邪推を話し始めた。「あくまでも、ここだけの話だぞ、いいな」

 

 

 

 ナオ子は、他人の不幸は我が家のご馳走と思い、目を輝かせてうなずいた。「事件を画策しているのは、CIAに違いない。そして、実行するのは、日本人の工作員だ。しかも、その工作員は女だ。言いたいことはわかるだろう」夫は、正面のナオ子の目をじっと見つめた。ナオ子は、女とはひろ子のことだと思い、大きくうなずいた。「最悪の邪推だと思うけど、あり得るかもね」

 



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