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「本当に、ご迷惑をおかけました。ひろ子さんにこのことが知られていなければいいのですが。本当に、馬鹿なことをしでかしました。ごめんなさい。ごめんなさい」沢富は、頭をペコペコ下げて、改めて伊達夫妻に謝罪した。この場はどうにか収まったが、美緒に今後のことをどのように話をすればいいか考えると、気持はブルーになってしまった。情報収集とはいえ、デートで美緒の恋愛感情を煽ってしまったことは、取り返しがつかないことをしでかしたと思った。美緒の笑顔が眼に浮かぶと、地獄に突き落とされる思いになった。

 

 

 

ナオ子は、とにかく仲人を成功させて、夫の警察署長を実現させたかった。「サワちゃん、誰にも過ちはあるわ。でも、改心すればいいのよ。今回のことは、決して他言しないわ。サワちゃんに幸せになってほしいの。サワちゃんとひろ子さんのゴールを心から祈っているのよ。仲人は、私たちに任せてちょうだい。約束ね。ところで、主人のこと、お父様によろしく言って下さいね。ほんの一年でもいいのよ。定年までに、一度でいいから、主人の晴れ姿を見たいのよ。沢富さん、お願いします。この通り」ナオ子は、両手を合わせてコクンと頭を下げた。

 

 

 

伊達は、あまりにもあからさまなお願いに恥ずかしくなり、心と裏腹なことを口走った。「おい、よさんか。サワが、困った顔をしてるじゃないか。俺は、もう、出世の夢はあきらめた。健康で、定年を迎えることができればそれでいい。ナオ子、分かってくれ。サワを困らせるようなまねはよせ」沢富は、弱みを握られたてまえ、やむなくうなずいてしまった。「分かりました。親父に、先輩のことをお願いしてみます。僕の力が及ぶかどうか分かりませんが、ご夫妻への恩返しは必ずします」

 


 

ナオ子は、目を輝かせて、沢富の右手を握り締めた。「うれしいわ。主人のこと、よろしく伝えてください。ぼんやりしているようでも、主人は、やるときは、やるんです。お父様に恥をかかせるようなことは決してしないわ。ねえ、あなた」伊達も沢富が口添えしてくれると聞いて、パッと目の前が明るくなった。「命を捧げる思いで、職務を全うするさ。よろしく頼む」伊達も両手を合わせて頭をコクンと下げた。

 

 

 

隠し子

 

 

 

二人にお願いされ恐縮してしまった沢富は、話を変えることにした。「とにかく、話はして見ます。でも、あまり期待はしないでくださいよ。ところで、ひろ子さんの気持がはっきりしないんですよ。僕は、結婚対象じゃないんですかね。女性の気持は、僕にはよくわかりません」待ってましたと言わんばかりに笑顔を作ったナオ子は、即座に返事した。「そのことだったら、心配ないわよ。女性って、躊躇するものなの。イヤヨ~、ダメダメッて言って、抱きしめられたいものなのよ。思い切って、ホテルに誘えばいいのよ、ねえ~~、あなた」

 

 

 

あたかも付き合っているときにナオ子を強引にホテルに誘ったかのように言われた伊達は、顔を真っ赤にして返事した。「まあ、とにかく、何度もアタックすることだ。女性を口説くには、押しが一番だ。そこでだが、一度でも、ホテルに誘ったことは、あるのか?」すでにセックスをしていた沢富は、顔を真っ赤にして返事した。「まあ、誘ったというより、誘われたような、そんなんです」伊達は、目を丸くして念を押した。「おい、本当か。もう、やったのか?隅に置けないやつだ。人は見かけによらんとは、このことだ」

 


 

笑顔になったナオ子は、ひろ子の思いを憶測し始めた。「それじゃ、ひろ子さんは、本当に、サワちゃんのことが好きなのね。結婚する気はあるのよ。でも、何が気に入らないのかしら。何か結婚できないような理由があるのかしら」ナオ子は、ひろ子のことを考えたが、よくよく考えてみると、バツイチのタクシー運転手と言うこと以外は、ひろ子の素性についてほとんど知らないことに気づいた。「そう、ひろ子さんって、バツイチよね。子供はいるのかしら?」

 

 

 

伊達も同じくひろ子のことをほとんど知らないことに気づき、口をぽかんと開けて首をかしげた。ひょいと首を立てると甲高い声を発した。「もしかして、子持ちか?」沢富は最初に会ったころの会話を思い出したが、子供はいない、と言っていたような、いないような、あやふやな記憶しか頭に残っていなかった。「は~、バツイチとは聞いてますが、子持ちじゃないと思いますが、どうなんでしょうかね~。はっきりとは、分かりません」

 

 

 

伊達は、子持ちを隠しているんじゃないかと邪推した。「もしかして、子持ちじゃないか。だから、結婚に踏み切れないんだ。きっと、そうだ。間違いない」ナオ子も夫の憶測が当たっているような気になってきた。「もしかして、もしかね。子持ちかもね。そうだったら、サワちゃん、どうする?それでも、結婚する気ある?」沢富は、青天の霹靂の事態に開いた口がふさがらなかった。

 


 

ナオ子は、呆然と白目をむいた沢富の顔を覗き、声をかけた。「サワちゃん、しっかりして。まだ、子持ちと決まったわけじゃないし。確かめてみなさいよ」沢富は、われに返り返事した。「え、僕が?そんな勇気、ないです。もしもですよ、子供がいる、と返事されて、僕は何と言って答えればいいんですか?子持ちと結婚する勇気はありません。僕は、どうすりゃいいんですか?」

 

 

 

ナオ子は、右横の夫を見つめ小さくうなずいた。「そうよね、もし、子持ちだとしたら、サワちゃんだって、考えちゃうわよ。あなた、どうかしら、私が何気なく聞いてみようかしら。そうじゃないと、サワちゃん、このままだと気の毒だし。それに、子持ちだったらよ、仲人のことも水の泡になるじゃない。このようなことは早めに確かめるべきよ。そう思うでしょ、サワちゃん」

 

 

 

沢富の気持は揺らいでいた。確かに子持ちかどうか知りたかったが、万が一、子持ちだと分かったとき、どう対処していいか分からなくなっていた。確かに、ひろ子は好きだったが、突然、父親になる自信はなかった。それかといって、子供がいるなら結婚できない、なんて口が裂けてもいえそうになかった。考えれば考えるほど、沢富の頭は混乱した。「どうすればいいんだ。事実を知るのが怖いんです。あ~~、死にた~い」

 


 

伊達夫妻もどうすることがベストなのかまったく分からなくなった。「そうよね、万が一、子持ちだったと考えると、サワちゃんの立場はどうなるのかしら。いまさら断りにくいしね。それかといって、我慢して結婚しても、うまくいかないような気もするし」伊達は、ポジティブに考えるほうが、幸運が転がり込んでくるような気がした。「おい、子持ちって、分かったわけじゃないんだ。俺たちの勝手な邪推に過ぎないじゃないか。きっと、独り身だと思うよ。サワ、事実をしっかり受け止めてはどうかな。結婚するかどうかは、それから考えてもいいじゃないか」

 

 

 

ナオ子も子持ちだと決め付けてしまっていたように思えた。事実は、変えられるものでない限り、事実を確認し、その事実を受け入れるべきだと思った。万が一、子持ちであれば、そのときはそのときで、じっくり考えればいいと思えた。なんとなく、早合点してしまったことに恥ずかしくなった。「そうね、事実は変えられないし。事実から逃げ出すわけには行かないのよ。サワちゃん、腹をくくって、事実と向き合うのよ。結婚は、それから考えればいいわ。何も、無理をして結婚することはないわ」

 

 

 

沢富は、両手の指を立てて、ガサガサと頭をかきむしった。沢富は、心の中で、子持ちじゃありませんように、子持ちじゃありませんように、と何度も叫んだ。だが、ガクンとうなだれると、事実を怖がっている臆病な自分がつくづく嫌になった。頭をすっと持ち上げると、清水の舞台から飛び降りる覚悟で語気を強めて、話し始めた。「そうです。そうなんです。事実は、事実です。逃げていても、未来は、開けないんです。分かりました。勇気を出して、直接、僕が確認します」

 



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