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プロローグ 

ドォーーーーーーーーーーーーーーン!!

 

あのときのすさまじい衝撃は、今でも鮮明に思い出せる。

けれど思い出さない。描写したりはしない。

「震災の恐怖を語り継ごう」なんてニュースは真面目な顔で言うけれど、

私はまったく賛同できない。無意味に思い出したくはない。

記憶や映像を振り返ることよりも、

とにかく前向きに、どうやって震災に屈しない生き方をするか、

そればかり考えれば良いんじゃないかと思う。私は、ね。

 


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最終更新日 : 2017-05-30 06:21:42

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エピソード1

そう。私は、あの甚大な規模を誇った熊本大地震の、被災者です。

被災者ですというか、あまり被災者の自覚はないのだけれど、

地震があったとき私は、熊本県に住んでいたのです。

 

あのとき私は、録画しておいた旅番組を見ていて。

私の大好きな女優さんが、自らハンディカメラを回しながら歩き、

イタリアの美しい町並み紹介していました。

このロケが楽しみだった彼女は、ほかの仕事を2つも蹴ってきたそうで、

ちょっと申し訳ないことをしながらも、開放された自由を満喫するかのように、

饒舌に町のたたずまいをリポートしていて。

 

「私の荷物、これだけなんです。」

彼女がカメラに掲げて見せるのは、古いながらも上質な、ラクダ色のトランク。

旅の荷物をすべてこれに詰め込んで、彼女は飛んできたらしい。

「このまま、この旅レポもほっぽり出して、ヨーロッパ暮らししよっかなー♪」

浮かれ声に漏らすそのつぶやきは、あながち彼女の本心だったんじゃなかろうか…

 

その直後に震災があり、

家族はニュースを見るべく、私の録画を無理やり消した。

 

 

私たちはテレビの地震速報を横目に、

ダイニングキッチンで派手に倒壊した食器棚の、片付けをしていた。

食器という食器が飛び出し、飛び散り、粉々となった。

うちにこんなに食器あったっけ?お宝鑑定でもするように、珍しげに光に透かす。

お祖母ちゃんの形見だの、お隣からのお土産だの、高級食器がたくさん。

高級食器ほど、無残に割れている気がしてならない。

姪っ子来訪用に用意してある100円ショップのプラスチック茶碗は、

もちろん無傷だ。描かれたパンダちゃんが、勝ち誇ったように笑っている。

「はぁあ。」私はため息をつく。

……?

そうか。パンダちゃんとか最低限の食器だけなら、こんなに大きな食器棚は不要だな。

大きな家も必要ない。大きなスーツケースだって必要ないじゃないか。

 

 

食器棚の片づけが終われば、その奥にあった貴重品入れにたどり着く。

お金と通帳、印鑑、その他もろもろを救出する。

スマートフォンの災害メールは、私たちに避難を促している。

「自宅は危ない。学校の体育館に集合せよ」、と。

それを家族に言伝てた張本人の私が、もたもたとキッチンに立ち尽くしている。

だって、ためらわれるんだもの。

 

今向かうべきは、避難所なのか…?

 

 

「お母さん!ちょっとみんな、先に体育館に行ってて?」

「行っててって、ハナは?」

「私、ちょっと友達の様子見にいかなきゃだから。

 大丈夫、すぐサワとかけつけるから!」

「あ、そう?」

 

私は自分の部屋に戻ると、救急用のダサいリュックを肩からおろし、

代わりに旅行用のトランクを引っ張りだしてきた。

智子ちゃんのほど高級品じゃないが、私のお気に入りの、ギンガムチェックのトランク。

そこに、丈長のワンピースとジーンズを1本、Tシャツを2枚。下着を2組。

ミントグリーンのパーカーは羽織って、薄手ダウンをぎゅっと丸めて押し込む。

バスタオルが1枚とハンドタオルが1枚。

基礎化粧品だけのコスメポーチを放り込む。

洗面所に行って歯ブラシとブラシ。ドライヤーは…あきらめ!

スマホの充電器は絶対忘れちゃダメ。

そして、お気に入りのオリンパス(のマイクロ一眼カメラ)。

 

あれ?必需品って、思いのほか少ないじゃない。

トランクにはまだ、空きスペースが残っているくらい。

カンパンと水でも詰めるか。

ほかに何かないか、部屋を見渡す。

部屋の真ん中に散らばっているのは、本棚から落ちてきた写真アルバムの束。

これだけでも、トランクに収まらないくらいの量がある。

今まで宝物だと思って、本棚の最上段に鎮座し続けていたけれど、

よくよく考えてみたら、まったく必要がない。

それどころか、もし私が自室でくつろいでいたなら、

この妙に重たいアルバムたちに、致命傷を負わされていたところだろう。

ほかには?

再びクローゼットを見渡す。

名残惜しい服はたくさんある。たくさんたくさん。

でもどうせ、1年後にはどれもほとんど着ないのだろう。必需品ではない。

マンガもDVDも思い入れはあれど、必要ない。読みたければ漫喫にでも行けば良いんだ。

立派なコンポがある。

でもここ4年くらいほとんど使っていない。音楽はスマホで聞けるから。

 

ひととおり考えあぐねた結果、救急リュックからトイレットペーパーを取り出し、

トランクの空いたスペースに、4ロールほど詰めた。

 

あぁ、いけないけない!

忘れるところだった。

クロッキーノートとマジックペン。大丈夫。かさばるものではない。

 

 


2
最終更新日 : 2017-05-30 06:21:42

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エピソード2

家族から5分遅れて、私は家を後にする。

カギはしっかり掛けた。家族には迷惑をかけないようにせねばね。

夜道が暗い!そうか、停電しているんだ。

懐中電灯を取りに戻ろうかとも考えたけれど、

スマホに簡易ライト機能があることを思い出して、進むことにした。

まずは大通りを目指して歩く。なるべく車通りの多いところへ。

県道までくると、ポツポツと明りがある?なんで?

近寄ってよく見ると、小さなソーラーパネルが備えつけてある。便利な時代になったね。

私はその下に陣取って、クロッキーノートを取り出す。

「山口方面」マジックで大きく描く。ヒッチハイク、してみようかと思って。

外灯の下なら、車のドライバーからも見えるだろう。そうであってほしい。

車が通りかかるたびに、私はノートを派手に振って、猛アピールを続けた。

 

ものの5分。1台の車が停まってくれた。

大きなファミリーカーだから、私の乗るスペースも残っていそうだ。

運転手の男性は窓を開けて、私に言った。

「君、何してんの!」

「県外に出ようと思って。乗せていってくれませんか?途中まででも…」

「何言ってんの!俺らこれから避難所向かうんだよ!

 君も避難所に行きなさい!乗せていってあげるから。」

「い、いえ。いいんです。ごめんなさい!」私は後ずさりしながら言った。

「何考えてるんだ?正気じゃないのか?」

「いや。正気なんです。とにかく県外に出たくて…」

「旅行とかしてる場合じゃないんだよ!君、酒でも飲んだのか?

 ついさっき、バカでかい地震があったんだ!」

「知ってます!」

「だったら…」

「あなた!」助手席の奥さんが、男性の剣幕を止めてくれた。

「彼女にも何か考えがあるのよ。けんかしてもしょうがないでしょう。」

「そうだが…。」

「お嬢さん。ヒッチハイクはいいけれど、フードで髪を隠したほうが良いわ。」

「え?」私はパーカーのフードに手を触れた。

「女の子だってことが、極力わからないようにね。

 女の子だってわかったら、運ぶ気もない男があなたを連れ込むかもしれないから。」

「あ…!」

「生き延びるためのヒッチハイクでしょう?慎重にやらないと。」

「ありがとうございます!」私はフードをかぶりつつ、大きくお辞儀をした。

車は行ってしまった。

後部座席の子供たちは、不安そうに私のことを見つめていた。

 

 

車が見えなくなって、私は我に返った。

襲われる危険があるんだ!

私は急に、怖くなってしまった。

心臓が締め付けられるように苦しい。寒気がする。

どうしよう?やめたほうが良いのか?襲われるなんてたまったもんじゃない。

ためらっているうちに、

幸か不幸か、新たな車が徐行しながら近づいてくる。

ど、ど、ど、どうしよう…!

白い安っぽいミニバンだ。無骨なおじさんとかが乗っていそうだ…まずい…

私は思わず、スケッチブックを力なく下ろしたり上げたり、オドオドした。

それを見て、運転手はなおのこと、車を私に寄せてくる。

窓が開く。ゴクリ…

 

 


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最終更新日 : 2017-05-30 06:21:42

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