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目次

1 はじめに

2 『日本国憲法』前文の冒頭

3 『日本国憲法』誕生の背景

4 驚くべき事実

5 米国人は事実を知っているのだろうか?

6 「衆参ねじれ」の原因

7 第2章「戦争の放棄」第9条について

 (1)マッカーサーノートと『GHQ案』との比較

 (2)『GHQ案』と『日本政府原案』との比較

 (3)「英語版」と「日本語版」の意味の不一致・・・(ア)と(イ)

    (ア)意味不明な単語「交戦権」

  (イ)意味の曖昧な語句「その他の戦力」

 (4)『日本政府原案』と『日本国憲法』との比較

8 誤解から生まれた日本語「文民」

9 自衛隊について

10 おわりに

11 増補(2016年5月)


1 はじめに

 

 

                                     

 2012年4 月、自民党(谷垣総裁)は『日本国憲法改正草案』を公表し、「憲法改正」に意欲を見せました。そして、12月の総選挙は、自民党が圧勝しました。世論調査でも「憲法を改正すべき」と考える人が60%前後いるのですから、私たちは、賛成にせよ反対にせよ、今後、憲法改正の可否を論じていかなければなりません。

 『日本国憲法』の改正規定(96条)は次のとおりです。

「この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする」

 しかし、ここには、国民投票の手続きについて具体的な規定がありません。そこで、2007年、第一次安倍政権は、この96条に基づいて「日本国憲法の改正手続きに関する法律(国民投票法)」を成立させました。

 これで、憲法改正案を国会に提出することが可能になりましたが、国会を通過させ国民投票を実施するには、「衆議院本会議および参議院本会議において3分の2以上の賛成」が必要となります。この「3分の2以上」について、安倍氏は記者会見で次のように述べています。

「(憲法改正について)、最初に行うことは96条の改正だろう。3分の1超の国会議員が反対すれば、議論すらできない。あまりにもハードルが高すぎる」

 改正はまず、国民投票への発議要件を、衆参それぞれの議員の「3分の2以上」から「過半数」に緩和するというのです。もちろん、この修正は、まだ現状のルールでおこなうわけですから「両院それぞれの3分の2以上の賛成」が必要です。

 いずれにせよ、最終的には「国民投票にかけ、その過半数が賛成すれば改正、反対すればそのまま」だということになります。

 ときどき、「安倍政権は憲法改正を強行しようとしている」などと非難されることもありますが、憲法の改正は憲法96条のルールに従っておこなわれ、最終的には国民投票で決めるのです。誰が首相になろうと、決して「強行」できるものではありません。しかも、自公連立合意には、「憲法改正に向けた国民的な議論を深める」という項目が盛り込まれています。

                                                             

 『日本国憲法』の原案を作ったのは米国人です。学者や評論家の間では周知の事実ですが、メディアはその点にあまり言及しません。それどころか、「作ったのは米国人だが、日本人の間で行われていた議論を参考にした」とか「日本国民は新憲法を歓迎した、だから日本国民が作ったのと同じだ」とか「良いものは誰がつくったものでも良い」などと、あれこれ理屈をつけて事実を曖昧にしてきました。

 しかし、『日本国憲法』は、その特殊な制定過程を抜きにしては理解できません。私たちは、まず、『憲法』の原案は日本人がつくったものではないという、その事実にきちんと向き合う必要があります。そこから、真の議論が始まるのだと私は思います。

 

 


2 『日本国憲法』前文の冒頭

 『日本国憲法』の原案は英文で書かれていました。したがって、『日本国憲法』の「前文」をはじめ多くの条文は、英文を日本語に翻訳したものです。その中には、日本語として不自然な表現も見られます。

 「前文」の冒頭の「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」は、次の英文を直訳したものです。

 We, the Japanese people, acting through our duly elected representatives in the National Diet.

 elect は「(投票で)選ぶ」という動詞です。elected と過去分詞にすれば「投票で選ばれた」の意味になります。しかし、日本語で「(投票で)選ばれた」という意味を、一般的な表現で「選挙された」というでしょうか?He was elected the mayor. これは、「彼は市長に(選挙で)選ばれた」とか「彼は市長に当選した」と訳すのがふつうです。「彼は市長に選挙された」とはいいません。  

 またrepresentatives in the National Diet の直訳「国会における代表者」もおかしな表現です。ですから、帝国議会の審議で、自由党の北議員から「国会における代表者」は日本語として不自然だから「国家議員」に修正できないかと質問されたのです。しかし、その意見は採用されませんでした。「前文」については、字句も変更せず、そのまま日本語にせよ、と占領軍当局に命令されていたからです。

 

 

2017年、製本に際して「追記」

 

 「選挙された」は日本語としておかしな表現ですが、「代表者を通じて行動し」も理解しにくい文言です。この文言は、数行あとの(戦争しないことを)「決意し」と、「この憲法を確定する」の二つの動詞にかかっているので、(戦争をしない決意)と(主権在民のこの憲法の制定)は、主権者である国民が、その代表者である国会議員の国会における議決で決定したものである、といいたいのだと思われます。いわゆる「間接民主主義(議会制民主主義)」を「日本国民は・・・代表者を通じて行動し」と表現したのだと思われますが、しかし、日本語としては、不自然なというか言葉足らずなためか、その文言の意図するところが理解しにくくなっているような気がします。 

 

 2014年、衆議院予算委員会で、石原慎太郎氏が日本国憲法前文には、「日本語として間違っている」箇所がいくつかあると指摘しました。9条の基となっている「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」は、正しくは「を信頼して」であるし、「恐怖と欠乏から免かれ」は、「を免れ」だというのです。その通りだと思います。そして、その誤りをもたらした原因は、「日本国憲法 前文」が原文である英文を直訳したものだからです。というか、GHQに命令された日本人が急いで日本語に訳したもの、あるいは、とくに「前文」については、さほど真剣に考えて翻訳したものではなかったからではないか、と私には思えます。 

 なぜ「を信頼して」ではなく「に」と書いたのでしょうか?なぜ「を免れ」でなく「から免かれ」と書いてしまったのでしょうか?原文である英文にあたれば、理解できるような気がします。trusting justiceでなくてtrusting in the justiceであったため、翻訳者は、この in につまずいたのではないのでしょうか? free from の場合は、石原氏の指摘のようにfrom に引きずられたのだと思います。

 

 


3 『日本国憲法』誕生の背景

 戦後、日本を占領・統治したのは、GHQ(連合国司令部)です。「連合国」という名前がついていますが、実質は米軍による統治で、その司令官はマッカーサーです。しかし、その後、日本の統治に関する政策と原則は「極東委員会」で作ると決まりました。極東委員会は、米英仏、ソ連、中国など連合国11カ国(後13カ国)からなり、初会合が1946年2月26日に予定されました。

 ところが、米政府には、日本統治の主導権を手放す意思はなく、極東委員会が発足する前に、日本の新憲法を作っておこうと考えました。米ソ冷戦は、すでに進行していたのです。

                                                            

 1946年2月2日、米政府は、「日本国憲法」の作成をマッカーサーに命じました。翌日、マッカーサーはGHQ民政局長のホイットニー准将にその作成を命じました。そして、民政局次長のケーディス大佐を中心とするスタッフが、2月4日から10日までのわずか1週間で「日本国憲法」の草案を作りあげました。

 つまり、『日本国憲法』の原案は、米国人によって作られ英文で書かれたものなのです。もちろん、この作業は極秘のうちに進められました。

 2月13日、GHQは、自らが作成した『日本国憲法』(以後GHQ案と呼ぶ)の日本語訳を日本政府に手渡し、採択するようせまりました。採択を急がなければ、日本統治に対する極東委員会の意向が拡大し、天皇制も維持できなくなるだろうと脅しました。日本政府は『GHQ案』に沿った「日本政府案」を作るほかないと判断しました。

 2月26日、松本国務大臣は、法制局部長の佐藤達夫を呼んで次のように命じました。

「(司令部は)こういう案をよこして、これに基づいて至急に日本案を起草して持ってこい、字句その他の調整はしてもよいが、基本原則と根本形態は厳格にこれに準拠してくれということだった」(佐藤達夫著『日本国憲法誕生記』中公文庫)

 こうして、松本大臣と佐藤の二人で「日本政府案」の作成に取りかかりました。『GHQ案』を大きく修正したのは以下の三点です。

 ①抽象的な文で、ごちゃごちゃ書いてある「前文」は削除する。②国会は1院制を改め衆参の両院制とする。③土地の国有化は削除する。

 3月2日、「司令部から急に(日本側の)草案を持ってこい、英訳が間にあわなければ、日本文のままでよい」という厳命がきました。(前掲書)

 3月4日朝、松本大臣は佐藤を連れて司令部を訪れ「日本政府案」を提出しました。司令部には外務省の職員が二人いて、その「日本政府案」を英訳しました。英訳の作業と併行してGHQは、それを片っ端から検討し、もとの『GHQ案』と異なる部分について松本に問いただしました。ケーディス大佐と松本大臣のあいだで激しい議論の応酬になったそうです。

 午後6時過ぎ、「今晩中に確定案を作れという厳命があった」とケーディスから告げられ、佐藤は終戦連絡中央事務局次長の白州次郎および外務省の職員二人とともに居残りました。

 夕食後、9時頃から司令部の一室で徹夜の作業が始まります。米国側はケーディス大佐とハッシー中佐の二人が中心となり、日本に住んでいたことのあるという女性が通訳をしていました。白州や外務省職員も「たまに議論に加わったが、(職員二人は)主として条文整理の筆記の方を受け持っていて・・・法律論の相手はほとんどわたし(佐藤)一人で」進められました。 (前掲書)

 徹夜の作業を経て、3月5日の午後4時頃、「確定案」(『日本政府原案』)の日本語版と英語版が完成しました。佐藤は、約30時間、一睡もせず作業に取り組んだのです。

 日本側の修正要望は、ほとんど認められませんでした。「前文」の削除は全く聞きいれられず、「前文はそのまま日本文にしたものをつけろ」ということでした。大きな修正が認められたのは2点です。「土地国有化」の削除と、国会の両院制については条件つきで承諾されました。もちろん、ここまでの過程はすべて極秘でした。(前掲書)

                                                            

 3月6日午後5時、日本政府は記者会見を開き、徹夜の作業で作られた『日本政府原案』を『憲法改正要項』という名で発表しました。マッカーサーは、ただちに声明を出し『要項』への支持を表明しました。支持は、あたりまえです。これは、マッカーサーの命令で作った憲法です。

 6月20日、『日本政府原案』は、大日本帝国憲法に定められた改正手続きを経て帝国議会に提出されました。

 7月25日、衆議院小委員会(計13回)で審議し一部修正

 8月21日、衆議院本会議で採決し可決 総数429名、賛成421、反対8。反対したのは共産党6名全員と後の社会党左派2名。共産党が反対した理由は、主に「天皇制」と9条です。「(9条は)一個の空文にすぎない。・・・わが国の自衛権を放棄して民族の独立を危うくする危険がある」 (政府案に反対する共産党の野坂参三議員の演説)

                                                                                                                                                       

 審議の行なわれた衆議院と貴族院の小委員会は秘密会で、その議事録も1995年まで公開されませんでした。公開すれば、原案が日本人の手によって作られたものではないということがばれてしまうからです。なお、修正についてもGHQの了解が必要でした。

 マッカーサーは、『GHQ案』をもとに作った『日本国憲法』を、日本国民の自由な意思にもとづいて作られた憲法である、という体裁をとるよう命じました。

「こんどのあたらしい憲法は、日本国民が自分でつくったもので、日本国民ぜんたいの意見で、自由につくられたものであります」

 これは、1947年度から中学校社会科1年生教科書として用いられた文部省作『あたらしい憲法のはなし』の中の一節です。

 軍事占領・統治の下で、しかたがなかったのかもしれません。しかしそれでも、私は、吉田茂内閣は国民に対し、ここまで積極的に嘘をつかなければならなかったのだろうか、と少し疑問に思います。


4 驚くべき事実

 『日本国憲法』第10章「最高法規」には97条、98条、99条の3つの条文があります。しかし、『GHQ案』第10章「最高法規」には90条と91条の二つしかありません。なぜでしょう。その理由を知れば、「そんな馬鹿な」と誰もが仰天するのではないでしょうか。以下、比較してみます。

 なお、『GHQ案』の英文は『マッカーサーの日本国憲法』(キョウコ・イノウエ著 桐原書店)の資料から、その日本語訳は『日本国憲法誕生記』の中の「受領当時の外務省仮訳」から引用しました。また、片仮名を平仮名に改め、漢字の一部を修正しました。

 

  『GHQ案』第10章「至上法」

 第90条「この憲法・・(中略)・・は、国民の至上法にして、その規定に反する公の法律もしくは命令及び詔勅もしくはその他の政治上の行為又はその部分は法律上の効力を有せざるべし」

 第91条「皇帝皇位に即きたるとき並びに摂政、国務大臣、国会議員、司法府職員及びその他の一切の公務員その官職に就きたるときは、この憲法を尊重擁護する義務を負う。(以下略)」

 

  『日本国憲法』第10章「最高法規」

 第97条「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」

 第98条「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない(以下略)」

 第99条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」

                                                           

 前者の90条と91条が後者の98条と99条にあたります。そして、98条の内容は、題名の「最高法規」に適しているといえます。それでは、97条と99条はどうでしょうか?

 97条は「人権」(第3章)についての条文です。それが、なぜ第10章にあるのでしょうか?実は、これは、もともと、つまり『GHQ案』では、第3章10条の文章です。 

 第10条 The fundamental human rights by this Constitution guaranteed to the people of Japan result from the age -old struggle of men to be free. They have survived the exacting test for durability in the crucible of time and experience, and are conferred upon this and future generations in sacred trust, to be held for all time inviolate.

「この憲法により日本国の人民に保障せらるる基本的人権は、人類の自由たらんとする積年の闘争の結果なり。時と経験のるつぼの中において、永続性に対する厳酷なる試練に克く堪へたるものにして、永世不可侵として、現在および将来の人民に神聖なる委託を以て賦与せらるるものなり」

                                                                                                                   

 これは、法律の条文になりません。まるで演説です。日本語に翻訳した役人も、やけくそになって英単語をそのまま日本語に置き換えただけではないか、と勘ぐりたくなるような文章です。いくらなんでも、これは採用できません。日本人の書いた文章ではないことがすぐにばれてしまいます。佐藤は簡潔な文章に修正し『日本国憲法』第11条としました。

 第11条「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」

                                                 

 ケーディスはこの修正を了承しましたが、「しばらくしてから、『実は、あの条文はホイットニー准将が自ら筆をとった自慢のものだから何とかしたい。せめて後の章にでもいいから入れてもらいたい』と申し入れてきた。・・・というわけで第10章の最高法規の中に移すこととしたのである」(『日本国憲法誕生記』)

 徹夜の作業を終えた佐藤は、ホイットニーから何度も礼を言われました。

「司令部での作業が終わると、はじめてホイットニー局長が姿を見せ、大いに安心した表情で、われわれの手をかたく握ってくり返し礼をいった。あまりにその喜び方が大きいので、わたしは、いったいどこの憲法を手伝いに来たのか、という錯覚をおこしそうになったくらいであった」(前掲書)

 

 「人権」に関する97条が、なぜ第10章「最高法規」の中に入っているのだろう?と私は、長いこと腑に落ちなかったのですが、佐藤氏の文を読んで仰天しました。

(いくらなんでも、それはないでしょう)

                                                                                                                                                      

 第99条も、少し奇妙な感じがします。憲法は国家運営の根本法です。天皇、大臣、国会議員、裁判官その他の公務員が憲法を尊重し擁護する義務があるのは当然のことです。こんなあたりまえのことを、なぜ、わざわざ条文で規定する必要があるのでしょうか?書いておかないと「尊重し擁護」しないのではないかという心配でもあるのでしょうか?

 この点について、東京帝国大学教授であった日本の国際政治学第一人者の神川彦松氏は、1956年の衆議院内閣委員会公聴会に公述人として出席し、次のように述べています。

「諸外国の憲法を見ますと、こういう当然のことはあまり書いてないのでございまして、もし書くとしますれば・・・日本国の市民というものはすべて憲法を順守しなければいかぬ、こう書くのが当然なことです」(『50年前の憲法大論争』講談社現代新書)

 

 「義務を負ふ」の部分の英語は、『日本国憲法』英語版と『GHQ案』とでは、表現が少し異なります。

『GHQ案』 shall be bound to uphold and protect this Constitution

『日本国憲法』英語版 have the obligation to respect and uphold this Constitution

  『GHQ案』の表現は受け身で、またrespect(尊重する)はありません。なお、be bound には、「縛られる。束縛される」というニュアンスがあって、『日本国憲法』英語版のhave the obligation よりきつく感じられます。

 いずれにせよ、この憲法は、マッカーサーの命令でGHQ民政局のスタッフが書いたものです。日本政府に、それを順守させなければなりません。つまり、この条文は、わざわざ書く必要のない「あたりまえのこと」を規定したのではなく、日本政府に対するマッカーサーの命令だと感じられてくるのです。



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