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表題

カレラにはよほど居心地よろしからざりき:民主党政権 「あいなき」とても、「丸投げ[outsource]」に目とどむべかりしに
世に語り伝ふる事、まことはあいなきにや、おほくは皆虚言そらごとなり。

(『徒然草』第七十三段)(西尾実校注、岩波文庫)

 

カレラの面白めかしく言い立て語り立てること、大概は眉唾もの。

事実は面白くもなきものなり。


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第一章

 

   二〇〇九年十月二十三日、ウエッブ上に些か世の耳目を引きそうな見出しが躍った。

 

「最もやっかいな国は日本」鳩山政権に米懸念 (ワシントン=小川聡、yomiuri.co.jp, 2009年10月23日12時11分)

米高官「最も厄介なのは中国ではなく日本」 米紙報道 (ワシントン=伊藤宏、asahi.com,2009年10月23日15時3分)

米国務省高官「中国より日本が困難」 Wポスト紙 (ワシントン=有元隆志、sankei.jp.msn.com, 2009.10.23 18:35)注1

   米中、日米という二つの二国間関係、正確には二つの政府間関係をめぐる事実はこうした見出しの騒ぎ立異なる。それでもカレラ大報道媒てるところとは体(本稿では「文字媒体」を指す)は、これらの見出しは虚偽を伝えているわけではない、と弁ずるであろう。ワレラはただ「米(政府)の懸念」を、「米紙の報道」 を、「米国務省高官」の発言を報じたワシントン・ポスト紙の記事の伝えるところを、ワレラの読者に知らしめんとしただけなのである、といった具合に。

 

   合衆国(政府)は中国(政府)との間にこそ、即ち、極悪独裁者の極悪度序列の最上位に堂々名を連ねる面々、ムガベ(ジンバブエ)(第一位)、アル=バシル (スーダン)(第二位)、金正日(北朝鮮)(第三位)、タン・シュエ(ビルマ=ミャンマー)(第四位)といった名だたる人民の敵たる極悪独裁者連の頼みの綱でありこの連中の後ろ盾となることの見返りにたんまり実利をせしめた上、《マッチポンプ影響力》をもひけらかす中華人民共和国(注2)(政府)との間にこそより多くの懸案を抱えていることは言うまでもないのであり、カレラですらそれくらいのことは分かっているはずだ(と信じたい)。

 

   では、如何な事情があれば「合衆国(政府)(注3)にとって中国(政府)より日本国(政府)の方が厄介」なる言い立てが成立するのか。理由は記事本文中に見出せるはずだ。

 

   記事①の挙げる理由は、日本国政府(鳩山民主党政権)が普天間飛行場の移転見直しや日米同盟の再定義に動いていること、日本国政府(鳩山民主党政権)は経 験不足なのに、これまで舞台裏で国を運営してきた官僚に任せず政治家主導でやろうとしていること、米国(政府)に公然と反論するようになったことなどであ る(注4)

 

   記事②の挙げる理由は、普天間飛行場移設問題をはじめとする日本国政府(鳩山民主党政権)の日米同盟を見直す動き、鳩山首相の東アジア共同体の提唱に見ら れるアジア重視の姿勢、政権運営経験が乏しい上、官僚組織への依存から脱却しようとしていること、岡田外相が米国の核の先制不使用を求めていることなどで ある(注5)

 

   記事③の挙げる理由は、日本国政府(鳩山民主党政権)の日米関係を見直しアジアを重視しようとする姿勢、普天間飛行場の移設見直しや自衛隊によるインド洋での給油活動撤収の方針などである(注6)

 

   かる記事に導かれる限り、日本国(政府)と合衆国(政府)との間に生じているらしい軋轢の原因は専ら日本国(政府)の側にあり、従って「合衆国にとって今や厄介なのは中国より日本」の如き、その表わすところが事実にも通念にも反するがゆえに些か世の耳目を引きそうなおどろおどろしい見出しをカレラが掲げることには何某なにがしかの根拠があると思わされなくもない。

 

   しかし、記事①②③は、過去数十年間の表向きはともかく、実のところは凪に近かった日米政府間関係(斯かる物言いが可能である事情については以下の記述参照)に小波さざなみが立っている、即ち些少の緊張が生じているらしいことを示唆してはいても、その小波が何ゆえ合衆国(政府)に「中国(政府)より日本(政府)の方が厄介である」と思わせるのかを、即ち小波が何ゆえ合衆国(政府)には大波の如くに感じ取られるのかを説明してはいない。

 

   小波は、緊密な同盟国間であろうと友好国間であろうと、或いは一方が他方に従属する二国間であろうと、時には立つものである。ましてや、一方の国で劇的な 政権交代が行われたのである。何某かの変化は生ずる。実質、第二次大戦後初めてといっていい政権交代によって、日本国(政府)の外交方針等が自民党政権時 代とは異なるものになることを、合衆国(政府)は予期していたであろう。民主党新政権が自民党政権の外交方針等を踏襲することを合衆国(政府)は相応の理 由あるがゆえに期待はしていたかも知れぬが、そうなることを予測してはいなかったであろう。

 

   ニューヨーク・タイムズ紙は “U.S. Is Seeing Policy Thorns in Japan Shift”(「合衆国、日本の政権交代で(外交)政策面の苦労を予期」)という見出しの(政権交代選挙直後の九月二日付)記事の中で合衆国政府某高官の、格別世の耳目を引きそうもない、常識的な内容の発言を引用している。

 

「これまでとは別の政党が政権を握ると、物事の進め方が改められるかもしれないが、我々はその変化に適応せねばなるまい」と某政府高官は問題の微妙さゆえに匿名を条件に語った。「これから予測不可能な時代を迎えることになる」(注7)

   カレラはこの記事をネタに、「米高官、民主党政権の方針に対応の用意」などという見出しの記事を書いてもよかった。カレラにしてみれば余りに「あいなきなり」と感じられたであろうが。ただ、一般的二国(政府)間関係の場合と同様、民主党政権誕生後の日米政府間関係について「日本の新政権の方 針に対応の用意」という程度の、外交上の問題を到底引き起こしそうもない当たり障りのない発言であっても、匿名で行う必要があると判断されるほどに、政権交代後のいわば新たな政府間関係を語ることは微妙な領域に属しており、それゆえ何かを語るとしたら極力慎重であらねばならないと合衆国政府某高官には意識されているのである。或いは、「これから予測不可能な時代を迎えることになる」という、この箇所だけを取り上げる限り、特に問題となりそうな点は見当たら ないものの、実は発言のこの部分こそ、発言者に匿名は必須条件であると判断させたか。

 

   ワシントン・ポスト紙に掲載されたダニエル・スナイダーの時論(政権交代選挙直後の八月三十一日付)も、次のような冷静にして合理的な結びで終わっている。

この変革(民主党政権の誕生…訳者注)は、爾余のあらゆる変革と同様、様々な危険を伴う。 従来の予測可能性は失われるかも知れず、民主党は統治の任に耐えないかもしれない。しかし、長い道のりの末、日本における真の変化の機会が訪れたのである。(注8)

   ニューヨーク・タイムズ紙の記事とワシントン・ポスト紙の時論のいずれも、ある程度の状況認識力を備えた精神であれば当然のことながら、日米政府間関係が 従来の凪の状態からある種の小波状態に変化する可能性を予測してはいても、米中の利害対立関係に匹敵するほどの深刻な利害対立関係へと発展する可能性には言及していない。即ち、針小棒大に書き立てるという愚を曝け出すことはしない。

 

   記事①②③は、民主党政権が、戦後ほぼ一貫して日本国政府を牛耳っていた自民党(を中心とする勢力)とは異なる方針(「普天間飛行場の移転見直し」、「ア ジア重視」、「日米同盟の見直し」、「官僚依存からの脱却」)を打ち出している、という事態が生じているにせよ、こうした新方針が何ゆえ日米政府間関係に大波を生じさせるのか、例えばこうした新方針が何ゆえ国務省某高官に「現在同盟国である日本国(政府)は仮想敵国である中国(政府)より厄介だ」の如き、 外交官僚に不可欠の慎重さとは無縁の誇大で感情的とさえ映る苛立ちを、名を秘してのこととはいえ、自国の報道媒体を介して公表させることになるのかを十分 に示してはいない。

 

   政権が変われば政策も変わる。既に引用したニューヨーク・タイムズ紙の記事(注7)中 の合衆国政府某高官の発言に見られるように、合衆国政府は適切な対応に努めればよいだけのことである。同じことは合衆国で政権交代があった場合の日本国政府についても言える。合衆国で政権交代があり、新政権が日米政府間にある種の緊張を引き起こす可能性のある新たな政策を打ち出したなら、日本国(政府)は適切な対応に努めればよいだけのことであって、合衆国政府が新たな政策を打ち出したことで軋轢が生じた、それも合衆国新政権は中国政府よりやっかいだと感 じさせるほど深刻な軋轢が生じた、などと騒ぎ立てるのは下の下の対応である。民主党新政権が自民党旧政権とは異なる方針を打ち出したがゆえに、合衆国(政府)に日本国(政府)は中国(政府)よりやっかいだと感じさせるほど深刻な軋轢が日米政府間に生じたのだ、という解釈には、無様な右往左往を見て取れて も、そこには妥当性も冷徹で的確な状況認識力も見出しがたいのである。熱い戦争においても冷たい戦争においても、勝利を収める(或いは決定的な敗戦を回避する)のに不可欠な能力の一つがカレラには無縁の冷徹で的確な状況認識力であることを、かつて大本営に跋扈していた連中同様、カレラもまた弁えていない (実はカレラは冷徹かつ的確に状況を認識しているのだが、その認識を公にすることはなく、ありもせぬことを、思っているのとは別のことを書き立てているの だ、といった類の深読みは採用しない。そんな高等技術はカレラの手には余るからである)。

 

   結句、記事①②③の見出しについては、「些か世の耳目を引きそうな見出し」と評するより「世の耳目を引かんとする見出し」と評することにする。その見出しがせめて「米(高官)、変化を求める民主党政権に苛立ち Wポスト紙」 (これでもさほど感心できる代物ではない)位のものであったら、記事の中身はともかく、見出しについては多少なりとも冷静で的確と評し得たであろう。た だ、こんな見出しはカレラには(事実を伝えるだけのものになるがゆえに)余りにも「あいなきなり」と感じられたであろうが。

 

   然様さような見出しは、私にもまた、カレラが感じ取るのとは別の意味で、「あいなきなり」と感じられる。事実はカレラにも私にも面白くないのである(「まことはあいなきなり」)。

 

   では何ゆえ、合衆国政府(某高官)は、過去数十年の自民党政権とは異なる外交方針を、それも合衆国(政府)の意に染まぬ点のあるような方針を表明している日本国(政府)に苛立つのであろうか。ある国の政府が合衆国(政府)と政策を異にすることは合衆国(政府)がその国の政府に不満を抱く(ましてやその不満を公言する)正当な理由とは到底なり得ないにも拘らず、その「ある国」が日本国である場合には、合衆国(政府)と政策を異にする日本国(政府)に対して合衆国(政府)が不満を抱き、苛立ちを覚え、更にはその不満、苛立ちを誇大に公言するのは当然であるかの如くに

 

   記事①②③事を読んでもその理由を見出せたという気はまるでしない。斯かる記事のネタ元となったワシントンポスト紙の記事に目を通すに如かぬであろう。

 

 (第一章 了)


  注1 (注1)
   朝日と読売については電子版と縮刷版の記事を比べてみた。縮刷版ではいずれも囲み記事。目立たせんがための小細工である。

   朝日の記事にはわずかに異同あり。電子版の記事本文は697字(句読点含む)、縮刷版は681字(句読点含む)。記事末尾の一文は、電子版では「さらに、 オバマ大統領と鳩山首相は、それぞれの国民を守る責任があり、『アジアで最も重要な安全保障関係に広がる亀裂を食い止めなければならない』と指摘した。 」とあるが、縮刷版では「それぞれの国民を守る責任があり、」が抜けている。

 

   読売の記事にも異同あり。電子版の記事本文は373字(句読点含む)、縮刷版は340字(句読点含む)。記事末尾の部分、電子版では「民主党の政治家たち が『米国は、今や我々が与党であることを認識すべきだ。』(大塚直史参院議員)などと、米国に公然と反論するようになった風潮も伝えた。」という箇所が、 縮刷版では「民主党の政治家たちが『米国は我々が与党であることを認識すべきだ。』などと、反論するようになった風潮も伝えた。」となっている。電子版か ら削除されている箇所は「(大塚直史参院議員)」と「今や」と「米国に公然と」である。

 

   「最も厄介……」は、以下の引用の末尾の箇所に該当する。同一の記者(複数)によるほぼ同一内容の二つの記事(U.S. pressures Japan on military package By John Pomfret and Blaine Harden, Washington Post Staff Writer, Thursday, October 22, 2009 及び Japan: No base decision soon By John Pomfret and Blaine Harden, Washington Post, Thursday, October 22, 2009 9:46 AM)から引用。

 

A senior State Department official said the United States had "grown comfortable" thinking about Japan as a constant in U.S. relations in Asia. It no longer is, he said, adding that "the hardest thing right now is not China, it's Japan."(下線は引用者)

ある国務省高官は、合衆国は対アジア外交において日本のことは恒数と見なして「安心していた」が、もはやそうは行かない、と語り、「目下もっとも厄介なのは中国ではない。日本だ」と付言した。

   asahi.comの見出しが最も適切に英語原文を反映している。

   朝鮮日報日本語版は同箇所を次のように伝えているが、カッコつきの「非常に平穏な状態」が"a constant"の日本語訳であるとすれば不適切であるし、引用符のついた"grown comfortable"の日本語訳だとすれば間違いである上に、全体的に英文の理解は不正確である。

 

米国務省高官は、「米国は日本が『非常に平穏な状態』だと考え、その関係は持続すると考えていた。しかし、現在は中国よりも困難な状況だ」と語った。(沖縄の米軍基地移転問題、深まる日米対立, chosunonline.com, 2009/10/23 11:47:44)

 

   毎日の電子版にも縮刷版にもワシントン・ポスト紙のこの記事関連の記事は見出せなかった(筆者が見落としている可能性は否定しない)。

 

   日経縮刷版ではこれも囲み記事で、記事本文は185字(句読点含む)、「『鳩山外交に米が懸念』米紙」、が見出しである。同記事末尾は、「同紙は、山積す る外交課題で手いっぱいのオバマ政権にとって、アジアで最も親密な同盟国である日本が『新たな厄介な問題』になっていると指摘した。」である。「同紙」と は「ワシントンポスト紙」。

 

   なお、サンケイ電子版の記事本文は469字(句読点含む)。元ネタであるワシントン・ポスト紙の二つの記事本文の語数は、U.S. pressures Japan on military packageが約1020語、Japan: No base decision soonが約1150語である。 朝日、読売、サンケイの記事はワシントンポスト紙のこれらの記事の極めて恣意的なつまみ食いである。日経の記事はつまみ食いにもなってはいまい。

 

(注2)
   The World's 10 Worst Dictators (By David Wallechinsky, parade.com, published: 03/22/2009)によれば、世界の極悪独裁者上位十傑ならぬ十悪党は、1  Robert Mugabe, Zimbabwe, 2 Omar Al-Bashir, Sudan, 3 Kim Jong-Il, North Korea, 4 Than Shwe, Myanmar, 5 King Abdullah, Saudi Arabia, 6 Hu Jintao, China, 7 Sayyid Ali Khamenei, Iran, 8 Isayas Afewerki, Eritrea, 9 Berdymuhammedov, Turkmenistan, 10 Muammar al-Qaddafi, Libyaである。順位付けの基準がわからぬし、順位にも多少の疑問はあるが、大きく的を外してはいない。

 

   胡錦濤が第六位に名を列ねているのが目を引く。が、胡錦濤にとってこの位置は少々身分不相応であるかもしれない。上位五名の独裁者は国民世論になど耳を傾 ける必要を全く感じていまいし、国内の反政府勢力の苛烈な弾圧も政敵の粛清も思うがままであり、恐らくそれゆえに最高権力者の地位を失えば或いは退けば生 命の保障すらない断然たる独裁権力者であろうが、胡錦濤は国民世論に耳を傾ける振りくらいはせねばならぬようであり、政敵に足元をすくわれることに警戒を 怠ることもできない胡錦濤の有する権力はその上位五名が有する類の断然たる独裁権力とは程遠いように見える。その分、たとえ最高権力者の地位を失っても或 いは退いても直ちに生命の危険が生じるということはないであろうとも予測し得る。

 

   とはいえ、中国(政府)の振る舞いは合衆国(政府)との関係においてのみならず、国際社会で厄介な問題を引き起こしている。

 

   英国のインデペンデント紙は中国(政府)とジンバブエ(政府)の密接な関係を取り上げた社説(二千八年四月十九日付)を次のように締めくくっている。

 

   「彼等(ジンバブエの指導者を初めとするアフリカ諸国の指導者)の国は再植民地化の犠牲となる危険がある。しかし、その脅威は西洋からのものではない。脅威は東洋からやってくる。」
   "There is a danger of their countries becoming a victim of a re-colonisation. But the threat is not from the West. It comes from the East."
(The new colonial masters, independent.co.uk, Saturday, 19 April 2008)

 

   極悪な独裁者が優先するのは己と己を取り巻く集団の利益であって人民の利益ではなく、その意味で彼等は人民の敵であり、人民の敵である極悪独裁者とその独 裁を支える中国(政府)は、従って、人民の敵である、といった論法の単純さは、極悪独裁(者)支援を正当化せんがために中華人民共和国(政府)指導者連の 持ち出す「内政不干渉」原則の、即ち一国のあるじで ある独裁者が支配下にある人民を煮て食おうが焼いて食おうがそれはその国の国内問題であって外国(政府)は干渉すべきではないという論法のハチャメチャに 比べれば、まだしも遥かに真っ当に思える。女房を質に入れようが娘を女郎屋に売り飛ばそうが、一家の主の権限であり家庭内の問題であるからして他人がとや かく口を挟むいわれはない、なんて言い草はすでにカビも生え根も腐り、燃えるごみと燃えないごみのいずれに分類すべきかの対象くらいにしかならないこと を、中華人民共和国(政府)指導者連はそろそろ認識すべきである。

 

   「再植民地化」という百年前の植民地化に相当する支配形態が、現代世界では果たして許容されているのか。支配形態の良し悪しを判断するための統一的基準が果たして現代世界には存在するのか。

 

   因みに、ル・モンド紙はその社説「ウルムチでは」(À Urumqi, LE MONDE | 08.07.09 | 13h43 ・ Mis à jour le 08.07.09 | 13h44)の中で、中国による新彊やチベットの支配を正当化せんがための言い立ての一つ、「中国はそれまで宗教的停滞のなかで凝固していた人々の住む地域に近代を、経済的社会的進歩をもたらしはしなかったか?(La Chine n'a-t-elle pas apporté la modernité, le progrès économique et social, à des contrées aux populations jusqu'alors figées dans l'arriération religieuse ? )についてこう述べる。

 

この言い立ては何も想起させぬであろうか。これはマグレブにおいて、アフリカにおいて、アジアにおいて、ヨーロッパ人植民地建設者たちが、二十世紀初頭に持ち出していた言い立てをそのまま写したものであり、そしてそこには恐らく、同じような大真面目が与っているのである。
Ce discours ne vous rappelle rien ? C'est l'exact décalque de celui tenu au début du XXe siècle par les colonisateurs européens au Maghreb, en Afrique, en Asie -- et sans doute avec la même part de totale sincerité.

   同社説はまた、「現地の人々」に、「彼等の言語」に、「彼等の文化」に蔑みの気持ちしか抱かぬ漢族流入の結果、チベット民族、ウイグル民族が少数派になりつつあるチベット、新彊の状況("On se bornera à observer ce que révèlent ces bouffées de révolte récurrentes au Tibet et au Xinjiang : l'exaspération de populations en voie de devenir minoritaires du fait d'une immigration de Hans qui n'ont que mépris pour les "locaux", leur langue et leur culture.")を「植民地化」と呼んでいる。

世界のいずこにおいてもこれには植民地化という名称がある。そしてこれはアフリカやマグレブにおいてそうであったようにチベットや新彊においてもまた指弾されるべきことなのである。
Partout dans le monde, cela a un nom : la colonisation. Et c'est aussi condamnable au Tibet ou au Xinjiang que ce le fut en Afrique ou au Maghreb.

 

  

 

【追加の注(二千十年十月)】

 

   中国(政府)のジンバブエ(政府)支援は、独裁国(政府)同士、同病相哀れむが故の極悪独裁(者)支援というわけではなく、スイスで開かれた世界経済フォーラムの場で、ジンバブエのアーサー・ムタムバラ(Arthur Mutambara)副首相は胡錦濤主席から、これまでの借金を返さなければ新たに金は貸さない、中国(政府)とジンバブエ(政府)の関係は「友人関係」ではなく「商売上の関係」と考えている(According to the Mutambara the Chinese President Hu Jintao revealed to him during a brief meeting at the World Economic Forum in Switzerland that he considers Beijing relationship with Harare as ’business partners’ and not ’friends’)と言い渡された(China warns Zimbabwe: We are not ’friends!’, by Alice Chimora, afrik-news.com, Monday 22 February 2010)。

 

   同記事によると、ジンバブエ(政府)はここ数年の間に、絶え間ない危機を乗り切るための短期資金援助と引き換えに経済の大半の部門の管理を中国(政府)に譲り渡した。("Zimbabwe has literally handed over control of most sectors of the economy to the Chinese during the past few years in return for short-term financial assistance to enable Mugabe’s government to ride one crisis after another.")

 

   私は以前、ジンバブエ大統領ロバート・ムガベについて、次のような雑感を記したことがある。

 

英国のザ・タイムズ紙がジンバブエ大統領《ロバート・ムガベの顔写真》を掲げつついかほどに反ロバート・ムガベの論陣を張ろうと、ムガベによる悪政の実態がザ・タイムズ紙の主張する通りであるとは、私は容易には信じない。 (「エジプト・ムバラク政権の悪政を垣間見る」)(『雑想雑感』)

   この雑感はロバート・ムガベの弁護ではないが、私が思い感じていることである。

 

(注3)
   「中国より日本の方が厄介と見なしている合衆国」とはアメリカ合衆国全体を指すわけではない。オバマ政権及びワシントン・ポスト紙を含む合衆国の一部のことである。中国と日本についてもその程度は異なろうがほぼ同じことが言える。

 

(注4)
   以下、記事全文。

 

   22日付の米紙ワシントン・ポストは、鳩山政権が米海兵隊普天間飛行場の移転計画見直しなど「日米同盟の再定義」に動いていることに、米政府が神経をとがらせている、とする記事を1面で掲載。

    国務省高官の「今や、最もやっかいな国は中国でなく日本だ」という発言を伝えた。

    記事は、オバマ政権がパキスタンやアフガニスタン、イラクなど多くの課題をかかえており、「アジアの最も緊密な同盟国とのトラブルは、事態をさらに複雑にする」という米側の事情を紹介した。

    鳩山政権については、「新しい与党(民主党)は経験不足なのに、これまで舞台裏で国を運営してきた官僚でなく政治家主導でやろうとしている」とする同高 官の分析を示した。さらに、民主党の政治家たちが「米国は、今や我々が与党であることを認識すべきだ」(犬塚直史参院議員)などと、米国に公然と反論する ようになった風潮も伝えた。

 

(注5)
   以下、記事全文。

 

   米紙ワシントン・ポストは22日付の1面で、米軍普天間飛行場の移設問題をはじめとする鳩山政権の日米同盟への対応について、米国務省高官が「いま最も厄 介なのは中国ではなく日本」と述べたと伝えた。日米関係について米主要紙が1面で報じること自体が少ないだけに、米の懸念の強さが浮き彫りになった。

    ポスト紙は、訪日したゲーツ国防長官が日本側に強い警告を発したのは、日本が米国との同盟を見直し、アジアに軸足を置こうとしていることへの米政府内の 懸念のあらわれと指摘。米政権がパキスタンやアフガニスタン、イラン、北朝鮮などへの対処に苦しんでいる時、普天間飛行場移設問題などで「アジアで最も親 密な同盟国との間に、新たに厄介な問題を抱え込んだ」とした。国務省高官は、鳩山政権や民主党が政権運営の経験に乏しいうえ、官僚組織への依存から脱却し ようとしていることが背景にあると語ったという。

    一方、ウォールストリート・ジャーナル紙(電子版)も同日、「広がる日米同盟の亀裂」と題する論文を掲載した。元ホワイトハウス国家安全保障会議 (NSC)不拡散戦略部長のキャロリン・レディ氏が執筆。普天間の問題などを挙げ、鳩山政権の対応が「東アジアの安全保障の礎石の日米同盟をむしばむ恐れ がある」と指摘した。

    岡田克也外相が米国の核の先制不使用を求め、鳩山由紀夫首相が東アジア共同体構想を提唱していることにも触れ、「中国の軍事力の増大や北朝鮮の核・ミサイルの脅威にどう対抗するのか」と批判した。

    さらに、オバマ大統領と鳩山首相は、それぞれの国民を守る責任があり、「アジアで最も重要な安全保障関係に広がる亀裂を食い止めなければならない」と指摘した。

 

(注6)
   以下、記事全文。

 

   米紙ワシントン・ポストは22日付の1面で、オバマ政権のアジア政策について、「現時点で(米国にとって)最も困難なのは中国ではなくて日本だ」との国務 省高官の発言を紹介、日米関係を見直し、アジアにおける日本の立場を変えようとしている鳩山政権に対する懸念が米政府内で強まっていると報じた。

    同紙は、良好だった日米関係の雰囲気が変わった象徴的な例として、20日に訪日したゲーツ国防長官が防衛省での栄誉礼や歓迎食事会を断ったことを挙げた。

    長官と北沢俊美防衛相との食事はいったん日米間で合意したものの、会談に多く時間を割きたいとの長官の意向を受けて、米側が断ってきたという。鳩山政権 が普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の県内移設の見直しや、インド洋での自衛隊の給油活動を撤収させる方針を決めたことへの強い不快感の表れといえる。

    長官は鳩山由紀夫首相らとの会談で、11月のオバマ大統領の訪日までに普天間飛行場移設の結論を出すよう求めた。しかし、日本側は困難との考えを示した。

    同紙は「米側の圧力に対して日本側は平然としているようだ」と日米の距離感の広がりを指摘した。

 

(注7)

 

“The election of a new party could produce new ways of doing things, which we will have to adjust to,” said a senior official, who spoke on condition of anonymity because of the delicacy of the matter. “You’ll have this period of unpredictability.”
(U.S. Is Seeing Policy Thorns in Japan Shift, By MARK LANDLER and MARTIN FACKLER, NY Times.com, September 2, 2009)
(下線は引用者)

 

(注8)

 

This revolution, like any, carries risks. The predictability of the past may be lost, and the DPJ may not be up to the task of governing. But, after a long road, an opportunity for real change in Japan has arrived.
(An Insider's Revolution, By Daniel Sneider, washingtonpost.com, Monday, August 31, 2009)
(下線は引用者)

   この時論の筆者Daniel Sneiderについては稿の末尾で次のように紹介されている。

The writer, a former foreign correspondent for the Christian Science Monitor, is associate director for research at Stanford University's Shorenstein Asia-Pacific Research Center.

 

   "The predictability of the past"(「従来の予測可能性」)については更に、"yes-country"からの脱却なるか『(続)折々のコラム』 )参照。

 

 

 

 


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第二章

 

 

   記事①②③の「世の耳目を引かんとする見出し」に見られるように、変化を求めようとする民主党政権に対して合衆国政府某高官が苛立ちを口にするのは(そこに正当な理由を見出し得ないにも拘らず)当然であると、カレラ(大報道媒体ムラのムラヒト連中)には感じられ、そこに疑念を差し挟む余地などあるはずもな いと思い做されているようである。しかし、自立した精神の持ち主であれば、たとえ政権が変わろうと日本国政府は従来の政策(取り分け対米外交方針)を踏襲することが当然なのであると思い做す代わりに、外国の政府である合衆国政府の意に染まぬ点のあるような方針を表明している民主党政権に対して合衆国政府某高官が誇大な表現で苛立ちを公言したのは何ゆえか、といぶかし んでむしろ当然なのである。何せこの外国政府、旧敵国であることは別にしても、かつて主導したカイロ宣言では、「自国ノ為ニ何等ノ利得ヲモ欲求スルモノニ 非ズ又領土拡張ノ何等ノ念ヲモ有スルモノニ非ズ」と宣言した手前、戦勝国であることを楯に日本に領土の割譲を求めることはしなかったにせよ、「暴力及貪欲 ニ依リ略取シタル一切ノ地域ヨリ駆逐セラル[be expelled from all other territories which she has taken by violence and greed]」べきは大日本帝国のみであって、世界の至る所で「暴力及貪欲ニ依リ略取シ」まくってきた英米を初めとする西洋白人帝国主義諸国は其の儀に及ばぬこととし、ヤルタ協定では、ありきたりの帝国間戦争であった日露戦争を、「日本国ノ背信的攻撃[the treacherous attack of Japan]」 によるものと断じ、領土を初めとする諸権益を餌にソ連の対日戦参戦を促す露骨な帝国間取り引き(「ソヴィエト」連邦カ左ノ条件ニ依リ連合国ニ与シテ日本ニ 対スル戦争ニ参加スヘキコトヲ協定セリ)を主導し、現在に至っても日本国の領土、領海、領空の広大な部分の占領を続けていること、よもや、カレラは、忘れ て、いる舞いなのである。、どころか、カレラにとって、そんな事実は存在しないことになっていればこその、カレラの振る舞いなのである。 

 

   例えば、多数のトキを襲って殺したのはどうやらテンであるらしいのだが、テンはトキを食べていない、と報じられれば、テンがただただ殺したのは何ゆえか、という疑問が湧き(嗜虐の殺しであったのか(『雑想雑感』)参照)、バイクに「乗用車が追突し(乗用車を追突させ)て二名死傷(させる)」という記事を目にすれば、「追突した」と「追突させた」は、「死傷(する)」と「死傷させる」は大違いだ、いかなる事情があったのか、という疑問の湧く如くである。

北九州、殺人容疑で追突の男逮捕 バイクの2人死傷 (tokyo-np.co.jp、2010年2月21日 19時26分)
「オートバイがうっとうしくてひき殺そうとした」 追突犯を逮捕 (sankei.jp.msn.com、2010.2.21 17:34)
蛇行オートバイに追突、少年2人死傷させる (yomiuri.co.jp、2010年2月21日20時02分 読売新聞)
(「トヨタと同じかも。主流報道媒体即ち大マスコミ」(『(続)折々のコラム』)参照)

   記事④の説明は、「小倉北署の調べに『オートバイがうっとうしくて1人をひき殺そうとしたが、もう1人を殺す意思はなかった』と話しているという。」(記事④の全文は、「トヨタと同じかも……」の注3の①を、記事⑤と⑥については同②と③を参照)


   記事④の読者は、容疑者はその日、虫の居所が悪かったのか、とでも想像する。

 

   記事⑤の説明は、「同署の調べに対し、鎌田容疑者は『オートバイがうっとうしくて1人をひき殺そうとしたが、もう1人を殺す意思はなかった』と話しているという。」

 

   記事④と記事⑤の説明は上記の如くほぼ同一である。両記事の文面は殆ど同じ(「トヨタと同じかも……」の注3の①と②参照)であり、記事④の末尾には、(共同)、とあるから、記事⑤もまた共同通信社の配信記事と推測しうる、即ち記事④と記事⑤は東京とサンケイの記者が各々おのおのの足と頭と手を使って書き上げた記事ではないと推測しうる。

 

   それにしても記事④と記事⑤の「1人をひき殺そうとしたが、もう1人を殺す意思はなかった」という奇天烈な箇所に疑問を抱かずそのまま記事にするという自 立性(更には好奇心)の乏しさにはあきれるばかりである。記事⑥にはこれに類する箇所は見当たらない。記者に自立性(更には好奇心)と一定の状況認識力が 備わっている証しとも見なせる。

 

   記事⑥の説明は、容疑者は小倉北区内の職場から帰宅する途中で、現場の数キロ前からオートバイ十数台で(蛇行)走行していた植田さんらに遭遇し、「オートバイが爆音を鳴らして蛇行していたので、頭にきてひき殺そうと思った。」

 

   記事④と⑤からは、オートバイに自分の運転する車を追突させた容疑者の苛立ちは読み取れない。記事⑥に目を通してようやく、容疑者が激しく苛立ったことにはそれなりの理由があったらしいことを窺い知るのであり、これは現実に十分にあり得る事件の背景であると判断できる。

 

   合衆国政府某高官の苛立ちを伝える記事①②③から抜けている、いや、カレラがそこから抜いているのは、記事⑥の「オートバイが爆音を鳴らして蛇行していたので」に相当する箇所である。

 

   カレラが「何を抜いている」のかを探る上で 一つ目の鍵となるのは ニューヨーク・タイムズ紙とワシントン・ポスト紙の両紙で期せずして共に用いられていた“predictable”の派生語、“unpredictability”(注7)“predictability”(注8)である。「これから予測不可能な時代を迎えることになる」(“You’ll have this period of unpredictability.”(注7))と語り得たのはなぜか。また「従来の予測可能性は失われるかも知れず」(“The predictability of the past may be lost”)(注8)と語り得たのはなぜか。言い換えると、日本国政府(自民党政権)の外交政策がこれまで予測可能であったと見なされているのはなぜか。

 

   二つ目の鍵となるのは、記事①②③のネタ元となったワシントン・ポスト紙の記事中にありながら、カレラが揃いも揃ってもちろん故意に知らぬ顔の半兵衛を決め込んだ"outsource"という語を含む一文である。

 

   カレラが見て見ぬ振りをした一文とは以下の通りである(と書きはしたものの、カレラには実際に見えなかったのかもしれないという疑いも完全に払拭することが私にはできない。それほどに彼等の病は膏肓こうこうの 域に達しているのではという疑いは単なる疑いにはとどまらず、現実であるかもしれないという可能性に目を瞑ることが私にはできない。見たくないもの、見る つもりのないものは本当に見えなくなる、という病、或いは精神状態は、恐らく、実在する)。変化を求めているかに見える民主党新政権に合衆国政府某高官が 苛立ちを示したことの種明かしである。

 

The ruling Liberal Democratic Party (LDP) outsourced many foreign policy decisions to Washington.(注9)(下線は引用者)
政権を握る自由民主党は外交政策の決定にあたってその多くをワシントンに外注していた。

   これまで数十年間、日本国(政府)の外交政策は我々合衆国政府が仕切ってきたのだ、それなのに何だ、これまでのやり方を変えようというのか、民主党政権 は、というのが、どうやら、合衆国政府某高官の苛立ちの正体である。自民党政権は外交政策の多くを我々合衆国(政府)に丸投げしてきた[outsourced]、即ち日本国政府の外交政策の多くは合衆国政府が決めてきた、というあからさまにして身も蓋もない指摘である。

 

   驚くべき指摘でもあり、いまさら驚くまでもない指摘でもある。この指摘はまた、記事①②③の見出しのもととなった一文(注1)中にありながら、やはりカレラの無視した(或いはカレラの目に入ることのなかった)「恒数としての日本[Japan as a constant]」というどこか謎めいた日本の有りようを説明してくれもする。合衆国政府がその値(日本国政府の外交政策の多く)を自在に決められる以上、合衆国にとって日本は変数というより合衆国がその値を思いのままに決定しうる恒数と見なす方が適切なのである。 合衆国の視点から見て「恒数としての日本」とは、その外交政策の多くを合衆国政府が決定し得る(それゆえ当然のことながら日本国政府の外交政策は予測可能である[predictable])といういびつな政府間関係(外交についてはほぼ宗主国と属国の関係)の下にある日本のこと、即ち、"yes-country"日本、従順な自民党政権のことであった。何のことはない、「恒数としての日本」とは"yes-country"なのであり、合衆国政府にとって日本国政府(自民党政権)は従順な"yes-country"であればこそ、好い気分でいられた[grown comfortable](注1)のである。 ("yes-country"からの脱却なるか『(続)折々のコラム』 )参照)

 

   つまるところ、記事①②③でカレラは何事を伝えんと、いや、言わんと、いや、広めんとしたのか。カレラはホードー(「ワシントン・ポスト紙に掲載されたある記事」の便乗記事)という旗印の下、《カレラ独自の判断の正当性》を広めんとする挙に打って出たのである。過去数十年の自民党政権とは異なる政治方針 を、取り分け合衆国(政府)の意に染まぬ所のある外交方針を打ち出している民主党政権は厄介である、即ち合衆国(政府)に従順ではない民主党政権は厄介であるという合衆国(政府某高官)のまことに好い気な言い分を、それがカレラの判断と(カレラがその判断を導き出した理由は「合衆国(政府)に従順ではない」という理由とは異なるとはいえ)不思議な ほど符合する判断(「民主党政権は厄介である」という判断)であるとカレラには思われるがゆえに、我知らず合衆国(の一部勢力)の提灯持ちを買って出るに及び、る判断が十分根拠のあるものであるが如くに、その《正当性》を特筆大書しつつ、《カレラ独自の判断の正当性》をも広めんとしたのである。しかも、図ってか図らでかはいざ知らず、同時に複数の大報道媒体の金太郎飴もどき便乗記事をもってして。合衆国にとって「民主党政権は厄介である」らしいじゃないか。道理で「ワレラにとっても」。種明かしはそんなところであろう。

 

   ある事象は、相対的に単純なものであると評せる場合ですら、例えば車がバイクに追突したという事故(「トヨタと同じかも……)の場合ですら、例えばテンが九羽のトキを殺した事件(嗜虐の殺しであったのか)ですら、例えば「はやぶさ」帰還を伝える記事における熱遮蔽殻[heat-shield]の扱いでさえ、それに立ち会った人の数だけ、或いはそれを語る人の数だけ、様様に或いは目撃され或いは語られることがあって何の不思議もない。

 

   与謝野晶子は一九一七年の時論「私の新聞観」の中で、

私は一つの事実若しくは一つの問題に対する各々の新聞の態度と努力と見解とを比較して読むことに興味を持って居る。(『定本与謝野晶子全集』第16巻)

と述べ、「例へば今日この頃の早稲田大学の内訌に関する報道にしても、新聞に由って異なって居て、其の内訌の原因が正反対になっている報道をさへ認める。 読者はどの新聞の報道を信じたら真実を掴み得るのであらうか、其の確信の基礎となるものを読者は持って居ない。」と至極妥当な判断を披瀝している。惜しむ らくは斯かる冷徹な判断力を保ち得ていれば、十四年後、一九三一年の時論「東四省の問題」の中で、

今度の満州事変が決して一時の突破でなくて、彼国の軍閥政府がその積み上げた排日侮日の思想及び言動に由って自ら招いた災禍である事の証明となるものであ る。日本はその排日行動に対して久しく隠忍を重ねた。遂に忍び切れずして出先の陸軍が非常手段の自衛策を断行した。(同第20巻)

と断ずるには至らなかったであろう。「読者はどの新聞の報道を信じたら真実を掴み得るのであらうか、其の確信の基礎となるものを読者は持って居ない」 (「私の新聞観」)のであり、読者の一人である与謝野晶子は、満州事変に至る経緯の実際を把握し得たという確信の裏づけとなる情報も、斯かる情報を入手する術も持っては居なかったはずだからである。この時論が発表された前年(一九三〇年)の時論「新聞紙の威力」の中で、与謝野晶子は、新聞と新聞記者を次のように祭り上げられるだけ祭り上げている。

新聞は報道機関のみでなくて、天下の是非を映す鏡である。記者はアナウンサアでなくて、天下の審判者、預言者、警告者、監視者をかねたものである。どの職 業も是れ程直接に天下の広きにわたって役立つものはない。その高貴な職業の価値を自覚した記者はまだ多くないにせよ、少くも社説と政治欄とを担当する記者達には今日確かに其れが自覚されている。(同第20巻)

   豪胆にして鋭敏な批評家、超人的文筆家であった与謝野晶子の見た悪い夢が綴られている。

 

   民主党政権誕生後の日本国政府と合衆国政府の関係の如き微妙である[the delicacy of the matter](注7)上に決して単純とはいえない事象の一面が、複数の語り手によって、ほぼ一様に語られるとしたら、その不思議上無きものにして、とりあえず驚愕せざるを得ない。

 

 (第二章 了)


 

(注9)
   以下、本文に引用した箇所の前後を含む英文を引用しておく。

 

For decades, the alliance with the United States was a cornerstone of Japanese policy, but it also was a crutch. The ruling Liberal Democratic Party (LDP) outsourced many foreign policy decisions to Washington. The base realignment plan, for example, was worked out as a way to confront China's expanding military by building up Guam as a counterweight to Beijing's growing navy and by improving missile defense capabilities to offset China and North Korea's increasingly formidable rocket forces.
(Japan: No base decision soon, By John Pomfret and Blaine Harden, Washington Post, Thursday, October 22, 2009 9:46 AM)

 

 


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第三章

 

 

 

   斯かる上無き不思議の源は何処にあるのか。そこには恐らく自立した精神が入り込む余地極めて乏しく、然る精神がたまたま紛れ込んだとて早晩除染され無害化されることになるカレラのムラ、いわばホードームラが、いつとも知れぬ頃から手を染め、相も変わらずいそしみ続けている匙加減、カレラの古びている上にうに干からびてもいる感覚と薬にしたくても見出せぬほどかそけき「冷徹で的確な状況認識力」ばかりを頼みにした殊の外偏頗な匙加減はその有力な候補であろう。

 

   インタネットが普及する以前、ほんの十数年前まで、合衆国を初めとする諸外国の新聞雑誌報道を紹介するカレラの記事(文字情報報道)が果たしてどの程度当該の記事原文に或いは添い或いは外れているのかを、いちいち当該記事原文に照らして検証することは、日本の一般的な新聞読者、テレビラジオ視聴者にとって不可能に近いことだった。従って、英語を初めとする諸外国語を自在に読めてさえ、市井の一読者一視聴者がカレラ大報道媒体の記事(報道)を検証し、時には疑義を呈する余地もほぼ皆無であった。また、国内の複数の大報道媒体の記事(文字情報報道)を日常的に比較検討することも、合衆国の各種新聞雑誌報道を一々確認することほどではないにせよ、決して容易なことではなかった。

 


特別な注

   諸外国のものについてはともかく、日本国内のテレビ・ラジオ報道の検証は今後の極めて重大な課題の一つである。これまでは報道内容(画像や音声)の記録と保存という、一個人にとっては克服が極めて困難な物理的課題が立ち塞がっていたが、二〇一一年現在、相応の手間(片手間仕事とは程遠いことは言うまでもあ るまい)と費用(要する手間ほどには重い負担にはならないだろう)とをかけさえすれば、市井の一視聴者聴取者(他に誰がこの問題に立ち向かうというのか) でさえ、本格的な検証を行い得る。気づいているものは極めて少数であろうが、おと言葉は、発話主体の言葉への姿勢の真摯さの程度や、その発話主体が文字言葉で何ごとかを表現する場合に比べ、良くも悪しくも、発話主体のなまの思いがより鮮やかに露出する。その粗雑な思考と判断が露見することしばしばである。
   個人が記録と保存を行う必要性を痛感したことがあった。(《ビッグ・ブラザー》らしきものの影 参照)

 


 

   斯くして、合衆国を含む諸外国の各種報道媒体の報道内容を日本国内に伝えるということにおいてもまた(思うところあるがゆえ の下線である)、数十年の間(或いは何時とも知れぬ来し方より連綿と)やりたい放題に偏頗な匙加減を続けておきながら、さしたる不都合に見舞われもしな かったカレラは、どうやら過去の成功体験に身も心も酔いしれており、今なおこれまで通りやりたい放題に伝統たる偏頗な匙加減を続けられるものと、一人、思 い做しているようである。「外国電報の訳し方に屡〃腑に落ちないことがあるのを知って以来、重大な問題の電報は朝日、日日、時事の三新聞の訳を比べること に決めて居る。」(与謝野晶子『私の新聞観」)だけでは、カレラに太刀打ちすることは敵わなかったのである。

 

   ワシントン・ポスト紙のこの千二百語弱の記事を紹介するに当たり、カレラが打ち揃って、「目下もっとも難しいのは……[the hardest thing right now is ....]」 という箇所に焦点を絞ったことは、到底偶然の一致などではなく、見出しの類同性が示す如く、カレラの目指すところとカレラの古びている上に干からびてもいる感覚及び冷徹で的確な状況認識力の劣弱に加え乏しさがともに、ある種の等質性を帯びていることの証しである。また、私には実にへんちくりんな有りさまにしか見えないのだが、カレラが鬼の首を取ったかの如くに得意然として(「鼻のほどおごめきて」)、主に普天間飛行場移設をめぐる日米両政府間の軋轢を伝えながら、カレラにとって「そもそもあるべからぬものであるらしい日米両政府間の軋轢」の責任は、自動的に、全面的に日本国政府(民主党政権)にあるといわんばかりの口吻を滲ませているという点においてもカレラは足並みを揃えている、というより、その足並みは自ずから滑稽にして無慚なほど揃ってしまっている。

 

   さらに、のワシントン・ポスト紙の記事の如何な箇所に便乗するかのみならず、如何な箇所には知らぬ顔の半兵衛を決め込み隠匿すべきか、という点においてもまた、カレラはその足並みに加え腕の振り 方顔の向きまで見事に揃ってしまっている。「難しいのは日本である」とは具体的にどういうことであるのかも、合衆国(政府)にとって「恒数としての日本」 とは何を言わんとするのかについても、上述の自民党政権による外交政策丸投げ[outsourced]についても、カレラは互いに腕を組んで断固として伝えない。カレラの匙加減は何を伝えないかという点でも揆をいつにしている。何を伝えるも伝えぬもカレラの匙加減一つにかかっているのであり、その滑稽にして無慚なほど歪んだ偏頗に気付くものなど、すでに病膏肓こうこうに入りてあるカレラの感覚と判断力が教えるところによれば、あろうはずもないのであった。

 

   斯かる足並みの揃い方は、カレラが集団で保菌し発症し、その結果、カレラが諸事象を正面から見据えることを著しく困難にしている病が尋常ならざるものであることの証しである。そして事象に正面から向き合えないというカレラの感覚及び状況認識力の偏頗の淵源は昨日今日に発するものであるはずもないのであった (私はここで先の大戦において旗を振った連中の《病》を格別念頭においているわけではない)。

 

   いや、カレラの足並みは自ずから揃ったわけではなく、ワシントンに特派員を置く大報道媒体ムラのムラヒト連は密かに(もしくは、ワシントンであれば誰の目を気にするまでもないという安心感ゆえに公然と)寄り合いをもち密議を凝らしたのだ、という可能性も無視しがたい。そうであったとしても充分に不気味であるし、密議は凝らされなかったにも拘らず、ワシントン・ポスト紙の彼の記事のどの辺りにもっぱら便乗すべきか、どの辺りは断固として知らぬ顔の半兵衛を決 め込み秘すべきか、阿吽の呼吸で一致したのであるとしたら、これはこれでおぞましさの極みなのである。決して生ずるべからざる自滅的共振現象が生じたということだからである。或いは各紙のムラヒト連の物した原稿も見出しも、各紙で当該ムラヒトのいわゆる上司連中(古参ムラヒト連)によって改変されたのかも しれない。改変が、各紙個別に行われたのか、談合の上で行われたのか私には知る由もない。或いは上司の上司(の遥か上司、又の名を雲上人)連中の間で不気 味な申し合わせがすでにできあがっているのだとしても私には少しも驚きではない。

 

   ところで、

 

アメリカのマフィアとは違い、現代の主流やくざは正業のビジネスの世界とは明確に一線を画している。彼らの儲けの大部分が、不法行為によって得たものだ。(カレル・ヴァン・ウォルフレン著、篠原勝訳『日本/権力構造の謎』(上)百九十二頁)

 

   して、

 

大きな組織は組の紋章を掲げた事務所を堂々と街中に開く。(同、百九十六頁)

 

   はて、暴力団事務所の前を通って組の代紋が掲げられているのを確認することなら私にもできぬではなさそうだ。なるほど「佐藤栄作首相には、呼べばすぐ来るやくざの”ボディガード”がいた。」(同、百九十四頁)ことも、「岸信介元首相は、一九六三年におこなわれたあるやくざの葬儀副委員長を務め、一九七四年 には山口組組長の息子、田岡満の結婚式に際し祝電を送っている」(同、百九十四頁)ことも私が確かめるのは容易でないかもしれず、「自主検閲は、今も、日本のきわだった特徴として受け継がれて」(同、百八十二頁)おり、「記者クラブでは会員記者が、報道すべきか否かを、時には記事の調子までを協定する」 (同、百八十三頁)ことも私には直接確かめる術はないけれども、こうした記述がどの程度事実に即しているのかいないのかは自ずから判断できる。

 

   そう言えばニューヨークタイムズ紙に日本のムラヒト連を嘲笑う記事が載っていた。目糞鼻糞……とでも一言冷やかしを入れてやりたくならぬでもないが、何せ日本のムラヒト連には嘲笑いの対象となるだけの資格が十分に備わっているのである。

 

大多数の記者は公式の情報源に頼っており、政府機関、企業、広告会社によって与えられる以上の情報を探り出すことは稀である。多くの記者は各省庁肝煎りの公認記者クラブに所属しており、こうした記者は各省庁が伝えて欲しいと望むとおりのことを従順に伝える。( In Japan, Tarnishing a Star Maker By CALVIN SIMS, nytimes.com, January 30, 2000))(故梨元勝はなぜテレビから締め出されたのか」参照

 

   取材せずにネタをもらう、何のことはない、取材の外注・丸投げ(アウトソーシング)である。 「本来、新聞が厳しくその行動や目的を調査吟味すべき人々との関係を、『なあなあ』で居心地のいいもにしている」(ウォルフレン、前掲書、百八十三頁)記 者クラブ制にどっぷりつかった報道の在り方は、紛れもなく《アクセス・ジャーナリズム》であり、この呼称の意味するところは、情報を与えてもらう代わりに、情報源に都合の悪いことは報道しないという自己検閲を前提とした、取材する側と取材される側とが馴れ合い関係にある報道姿勢に与えられる胡散臭さを保証する刻印である。その実態は、「当局や大企業との距離を詰めれば詰めるほど、記者クラブメディアでは高い評価がなされる。取材対象と身内のように仲の良い関係を築いた者ほど、『情報が取れる記者』として会社組織から重宝される(マーティン・ファクラー『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』(双葉新書) 百三十一頁)という勲章の敷き詰められた奈落へと通ずる一筋道である。

 

   報道の有りようの実際は那辺にあるにせよ、私が否応なしに看取せざるを得ないのは、いや増しこそすれ減ずることのない薄気味悪さと腐臭である。

 

   記事①②③と同じ十月二十三日付けの朝鮮日報日本語版(電子版)はワシントン・ポスト紙のこの記事を、極めて簡略ながら、日本の大報道媒体より遥かに冷徹に、「外交政策の丸投げ」にも触れながら紹介している。

 

自民党政権は大半の外交政策で、米国の決定に従った。ジョンズホプキンス大ライシャワー東アジア研究所のケント・カルダー所長は、ワシントン・ポスト紙に対し、「米国が提案すれば日本側はそれに従い、それで終わりだった」と語った。(注10)

   このうち、「自民党政権は大半の外交政策で、米国の決定に従った」は既に引用した" The ruling Liberal Democratic Party (LDP) outsourced many foreign policy decisions to Washington."(注9)に該当し、

   「米国が提案すれば日本側はそれに従い、それで終わりだった」は、

 

The Americans usually say, 'We have a deal,' and the Japanese respond, 'Ah soo desu ka,' -- we have a deal -- and it's over.(同上)
合衆国側は普通「話しはついてます」と言う。すると、日本側は「あぁ、そうですか」と応じる。話しはついている。それで片付いた。

に該当するが、朝鮮日報の記事はこの箇所についてはあまり正確とは言えない。これは「(自民党政権下では、合衆国政府と日本国政府若しくは自民党の間のいずれかで)話がまとまっていれば、(日本国政府や自民党の何処からも表立った異論が出ることはなく)ことは済んだ」ということであろう。

 

   自民党政権の対米従属(丸投げ)外交は広く知れ渡っていると考えた方がいい。ル・モンド紙(電子版)でフィリップ・ポンスは、ためらいや遠慮を微塵も滲ませぬ筆致で、「民主党政権の誕生は、合衆国との関係について、日本が従来踏襲してきた対米従属姿勢の放棄とまでは行かなくても変更を意味する。」(注11)と指摘している。また、「"yes-country"からの脱却なるか」(『(続)折々のコラム』)ではすでに東亜日報(韓国)(電子版)の社説から次の箇所を引用しておいた。

 

日本は敗戦後半世紀が経っても、国際社会の主要懸案に対して独自的な声を出したことがほとんどない。日米同盟の枠組みの中で、米国が主導する流れに従っただけだ。(注12)

   自民党政権の長年にわたる外交政策丸投げを明示的に伝えることなど断じてすることはないものの、差し障りの比較的少ないと思われるような表現を用い、日米政府間関係が(合衆国政府の側から見ると)少しく「難しい」ものになった原因を、yomiuri.co.jpが十月二十七日付けの記事で、ワシントン・ポスト紙の同記事を踏まえて、これ以上はないほど遠まわしに仄めかしている。

ワシントン・ポストは22日掲載の記事で、「最もやっかいな国は中国でなく日本だ」とする国務省高官の発言を紹介。鳩山政権は中国の軍事力増強にしっかり 対応していくことに関心が薄いと指摘した。さらに、 民主党の谷岡郁子参院議員が、普天間飛行場移設問題をめぐってワシントンで国務省高官と面会した際、米側が「民主党幹部の一人が合意通り進めることに賛同 した」と述べたところ、「私はその幹部より頭がいい」と反発した逸話に言及。「『合意している』と言えば『ああそうですか』と納得してもらえた時代は終 わった」という米国の元外交官のコメントを取り上げ、米国側の戸惑いを示した。(注13)「最もやっかいな国は日本」鳩山政権に米懸念(yomiuri.co.jp)(注4)中の末尾も参照)

   これだけでは、殆ど「謎めいた」とでも評すべき文面であり、この文字面の何処いずこに カレラの匙加減を窺わせるある種の胡散臭さを感知し得るかと言えば、きわめて感知し難いと言わねばならないだろう。その意味で差し障りは比較的少ないのである。であればこその匙加減とも言える。しかし、これだけでも「伝え過ぎである」と判断するような天賦の情報操作の才の持ち主が、即ち一際匙加減に巧みなものがカレラの中にはいるかもしれない。然るものにとってはこの程度の謎を仄めかすことさえ控えるべきことである。すでに述べてきた如く、謎は解き得るか らである。

 

   大報道媒体が倦まず弛まずいそしむホードーの有りようはカレラが大々的に世間に撒き散らすその記事(文字情報報道)に凝縮されている。伝えることと伝えぬ ことを極めて恣意的に取捨選択し、ムラの掟に準じて加工した上で撒き散らす。カレラはこれをホードーと称する。恣意的な、或いは計画的な、或いは強いられ た、或いは自主的な、或いは習慣的な、或いは知らず知らずのうちの取捨選択と加工の結果であるホードー。隠蔽という秘術を駆使した扇情的見出しに記事本文、両々相俟って、ホードーという名の教宣・隠蔽、斯かる教宣・隠蔽に必然的に付随する[collateral]情報操作、斯かる情報操作に付随する誘導。ホードーを真に受けた受け手がその判断を特定の方向に誘導されるとしたら、それは付随的事態である。特定箇所に敢えて強い光を当て、その他の箇所を相対的闇に沈める。"the hardest thing right now is not China, it's Japan"に強い光を当て "The ruling Liberal Democratic Party (LDP) outsourced many foreign policy decisions to Washington"(下 線は引用者)を相対的闇に沈ませる。結果的に、ワシントン・ポスト紙の彼の記事の内容はカレラの伝えるような「然ることごと」を報じたものであるという判 断が、ホードーを真に受ける受け手の間に醸成される。とある飲み屋で醸成されんとしている世論、「アメリカの有力紙によると、アメリカは民主党政権に懸念 を抱いてるんだってよ……。民主党政権はアメリカに喧嘩を売ってんだと。気持ちは分からねえでもねえが、アメリカさんとはうまくやってかんとな。大丈夫か よ、民主党政権。やっぱ、自民党なんか」

 

   してやったり。

 

   カレラは倦まず弛まずホードーにいそしむ。あたかもホードーの受け手は依然としてカレラの手口に気付いていないかの如くに。しかし、ホードーの受け手が、 日々接するホードーの性質の悪さを、いかなる媒体のものであれ、いかなる契機によってであれ、いかなる程度であれ、ひとたび体験し実感すれば、ホードーを 鵜呑みにすることは二度とないであろう。

 

  (第三章 了)


 

(注10)
   沖縄の米軍基地移転問題、深まる日米対立 (chosunonline.com, 2009/10/23 11:47:44)
   当該箇所の英文は以下の通り。

 

"I have never seen this in 30 years," Calder said. "I haven't heard Japanese talking back to American diplomats that often, especially not publicly. The Americans usually say, 'We have a deal,' and the Japanese respond, 'Ah soo desu ka,' -- we have a deal -- and it's over. This is new."
(Japan: No base decision soon, By John Pomfret and Blaine Harden, Washington Post, Thursday, October 22, 2009 9:46 AM)

 

 

(注11)
"L'arrivée au pouvoir du Parti démocrate du Japon (PDJ) marque un changement, sinon encore une rupture, avec le suivisme adopté jusqu'à présent par l'Archipel vis-a-vis des Etats-Unis. Non seulement dans le ton, mais aussi sur le fond. Jusqu'a présent, Tokyo a fait preuve d'un alignement sans faille sur les Etats-Unis, esquivant les "sollicitations" trop appuyées lorsqu'elles semblaient inacceptables, mais évitant toute opposition frontale." ( Les États-Unis de Barack Obama face à un Japon récalcitrant, par Philippe Pons, LE MONDE | 09.11.09 | 13h53,Mis a jour le 09.11.09 | 13h53)

 

 

(注12)
   「日本は敗戦後半世紀が経っても、国際社会の主要懸案に対して独自的な声を出したことがほとんどない。日米同盟の枠組みの中で、米国が主導する流れに従っ ただけだ。1991年の湾岸戦争の時は、米国に130億ドルの戦費を支援しても、感謝の言葉も聞けなかった。北朝鮮核問題を話し合う6者協議でも、一時、 核心議題とは無関係な日本人拉致被害者問題を取り上げ、他の参加国ににらまれるほどだった。」
([社説]「日本とは争わねば」盧大統領の豪語をあざ笑う日本の外交力 (東亜日報日本語版、http://japan.donga.com/, JULY 19, 2006 03:01)

 

 

(注13)
米主要紙、日米同盟の行方憂慮の論調 (yomiuri.co.jp, 2009年10月27日22時27分 読売新聞)
   うち、

 

鳩山政権は中国の軍事力増強にしっかり対応していくことに関心が薄いと指摘した。

に該当するのは、

Worried about a new direction in Japan's foreign policy, the Obama administration warned the Tokyo government Wednesday of serious consequences if it reneges on a military realignment plan formulated to deal with a rising China.

The comments from Defense Secretary Robert M. Gates underscored increasing concern among U.S. officials as Japan moves to redefine its alliance with the United States and its place in Asia.
U.S. pressures Japan on military package By John Pomfret and Blaine Harden, Washington Post Staff Writer, Thursday, October 22, 2009)

   或いは、

The Japanese government said Thursday it would take its time in deciding whether to renege on a military realignment plan involving U.S. bases, despite warnings from the Obama administration that any reversal would spark serious consequences.
(Japan: No base decision soon, By John Pomfret and Blaine Harden, Washington Post, Thursday, October 22, 2009 9:46 AM)

   というこの記事の冒頭のパラグラフからから第七パラグラフまで。
   続く箇所、

民主党の谷岡郁子参院議員が、普天間飛行場移設問題をめぐってワシントンで国務省高官と面会した際、米側が「民主党幹部の一人が合意通り進めることに賛同した」と述べたところ、「私はその幹部より頭がいい」と反発した逸話に言及。

に該当するのは、

Then, at a seminar in Washington on Oct. 14, Kuniko Tanioka, a DPJ member in the upper house, went head-to-head with Kevin Maher, director of the State Department's Office of Japan Affairs, over the Futenma Air Station deal. Maher said the deal concerning the Marine Corps base had been completed. Tanioka said the negotiations lacked transparency.

Maher noted that a senior DPJ official had agreed that the deal must go through, at which point Tanioka snapped back, "I'm smarter than he is."
(Japan: No base decision soon, By John Pomfret and Blaine Harden, Washington Post, Thursday, October 22, 2009 9:46 AM)

また、

「『合意している』と言えば『ああそうですか』と納得してもらえた時代は終わった」という米国の元外交官のコメントを取り上げ、米国側の戸惑いを示した。

の箇所については、「十月二十三日付けの朝鮮日報日本語版」に関する本文の記述を参照。

 


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第四章

 

 

    これまで繰り返し言及してきた匙加減とは、敢えて言うには及ばぬであろうが、日本近傍の地域について言えば、例えば中国共産党が、北朝鮮労働党が、更に程度の差はあれ韓国における各種報道媒体が、或いは意識的に或いは無意識に必死に励んでいる情報操作・統制、更には種々の錯誤・迷妄の止むことなき無邪気な垂れ流しである。頭隠して尻隠さずの所業であるから、頭の隠れているせいで時には何ものが隠れているのか今一つ定かではなくても、隠れようとしているこ と、何かを隠そうとしていることだけは明白であり、海の向こうのカレラ、即ち中国共産党、北朝鮮労働党、そのいずれの報道媒体のホードーについても、カレラは何を伝えまいとしているのか、何を隠そうとしているのかを読み取る努力を怠らぬのが適切な向き合い方というものである。中国や北朝鮮のカレラが行っているホードーについては、少なくともそれくらいのことは誰彼にともなく、とっくに、見透かされている。しかし、海の向こうのカレラと同じ穴の狢であるこの 列島弧にも跋扈するカレラの手がけるホードーについても同じことが言えるのかどうか。

 

 

   今回カレラが報道の名のもとに日本国民向けに行った教宣・隠蔽活動によって広めようとした情報(「厄介なのは中国より日本である」)とは、自民党政権と同 じようには合衆国(政府)に外交政策の多くを丸投げしようとしない日本国(民主党政府)に合衆国(政府)はご不興であらせられる、対米従属性がごく僅かで はあれ弱まったように合衆国(政府)には感じられる日本国(民主党政府)は合衆国(政府)のお気に召さず、合衆国(政府)某高官様は民主党政権は中国(政 府)より厄介であるとさえ感じておられる、というものである。ただし、「自民党政権と同じようには合衆国(政府)に外交政策の多くを丸投げしようとしない (不埒な)民主党政権」という情報は、カレラの手で「極秘」の捺印が押される。斯かる情報は国民の目には断じて触れさせまいというカレラの固い決意のなせる業である。その決意の固さは、手に手を取り合った上に足並みまで揃えた点に見て取れる。カレラにとって補陀落浄土ほども無縁であるのは、先の戦争に惨敗 したがゆえに戦勝国に恭順を強いられ続けるという従属関係は、《新たな戦争》で勝利を収めぬ限り抜け出せぬくびきであり、戦場で失ったものは戦場でしか取 り戻し得ぬという覚悟は、一つの戦いが終わった瞬間から次の戦いが始まるという認識とともに、取り分け敗者は肝に銘じ続けるべきである、という類の認識で あろう(《熱い戦争》ばかりが戦争ではない。自明のことだ)。突如として"yes-country"ではないかの如き振る舞いを始めた日本国(民主党政府)は、元より"yes-country"ではない中国(政府)と敢えて比べてみれば、以前は使い勝手のいいことこの上ない手駒であっただけに、扱いにくいと合衆国(政府)には感じられているらしいのであった。あたかも、一ヶ月に百万円のはずの上納金(或いは仕送り)が、突如として九十万円しか上納(仕送り)されないとなると、上納(仕送り)される側は、少ない、と感じ、ことによればそれを忠誠心(愛情)のかげりと受け止めかねぬ如くである。もちろん合衆国(政府)は"yes-country"日本国(政府)の方がお気に入りのようであり、如何に僅かとは言え自己を主張し率直に物言う友好国(政府)・日本国(民主党政府)をお望みではないようであ り、対米戦争で無条件降伏という無様な敗北を喫して以降、政権の座をほぼ独占し続けた自由民主党言い誇るところの日米(政府間)の緊密な関係[close relations](「"yes-country"からの脱却なるか」の末尾参照)というのは、敗戦国たる日本国(政府)が戦勝国たる合衆国(政府)に恭順を誓い続ける従属的関係のことであったということを改めて教えられるのである。

 

 

   斯かる在り方を《緊密な日米関係》と呼ぶ勢力が太平洋の両岸に昔も今も根を張っている。 自由民主党政権の時代の日米政府間関係を《緊密な日米関係》と言い誇るところの合衆国の一部勢力に属するワシントン・ポスト紙(注14)は、 自民党政権時代の従順な日本国政府が懐かしいようであり、よき時代であったと回想するかの如くであるが、回想した直後、北朝鮮は核兵器を持ってるぞ、合衆 国の力を借りずして、どうやったら北朝鮮の脅威に対抗できるのか、というある種マッチポンプ的脅しをちらつかせることを忘れない。

 

しかし、核武装した北朝鮮という脅威によって、日本周辺は、日本国政府が合衆国政府との関係悪化を図るにしても、オバマ政権が日本国政府との関係悪化を放置するにしても、あまりにも危険な状態にある、と我々は考える。(注15)

 

   北朝鮮が幼稚な段階のものとはいえ核兵器保有を豪語するに至るまで漫然と傍観していたのは他ならぬアメリカ合衆国である。日本を合衆国の属国であると外か ら見なされる程の対米従属関係下につなぎとめておくための陰謀がそこにはある、という類の論議はここでは控えておく。全く荒唐無稽の論議であるとは考えな いけれども。

 

 

   第一章で挙げた記事①と②が《合衆国(政府)の某高官様ご不興》の原因の一つに挙げている「官僚依存の脱却」は、官僚組織(取り分け外務省)が合衆国(政 府)の出先機関に等しいということの裏返しと見ることができなくもない。(ひょんなことから白日の下にさらけ出された外務官僚の凡庸に加えその性質たちの悪さについては、《何者か》に、国家の、民族の、世界の歴史を売り渡した《優秀なる》彼等参照)

 

 

   官僚主導で何が行われてきたかと言えば、家全体に目配りをする建築主或いは棟梁の意志によってではなく、壁にわずかにひびがいった、板塀に穴が開いた、台 所で雨漏りがする、玄関の立て付けが悪くなった、窓ガラスが割れたという類の不具合をこちょこちょ手直しするといった日曜大工仕事でも足りる程度の官僚の 小知恵によって行政が行われてきた、というほどのことであろう。《優秀なる》という枕と共に語られてきた官僚の、まことは贔屓目に見てもその凡庸(加えて性質の悪さ)は日々具体的事実と共に明らかになりつつある。そう、歴史を顧みれば、帝国陸海軍の最上層部の面々はいずれも陸軍、海軍大学校卒の《優秀なる》官僚であった。

 

 

   民主党は行政経験がないのに政治主導を主張している、という批判は、あたかも、自民党に、或いは官僚には行政能力があるかの如き物言いである(官僚には行政経験があることは認めよう。ただし、経験と能力は別ものだ)。(そもそも行政経験があるかさえ疑わしい)自民党にも、あるのは我田引水的行政経験だけの 官僚にもまともな行政能力は期待し難い。民主党政権は行政経験が乏しいにもかかわらず官僚組織への依存から脱却しようとしているといった合衆国政府某高官の批判の裏には、「日本国政府の官僚は我ら合衆国政府の意をよく汲み取ってくれる、すなわち、我らの言いなりだ」という含みすら読み取れぬことはないので ある。

 

 

  (第四章 了)


 

(注14)


   ある出来事をニューヨーク・タイムズ紙とワシントン・ポスト紙はそれぞれどう伝えたか、両紙の記事を比較したことがある。いずれも"Topics Around The World"より。

 

No.42 " Israel in Shock as It Buries Mob's Victim" (By DEBORAH SONTAG, The New York Times ON THE WEB, October 14, 2000)『衝撃のイスラエル、暴徒による犠牲者を埋葬』

 

No.41 " A Hope for Peace Dies With an Israeli Brother" (By Sharon Waxman, Washington Post Staff Writer, Washington Post.com, Saturday, October 14, 2000) 『平和への希望、一人のイスラエル同胞とともに葬られる』


(注15)

 

But the threat of a nuclear North Korea makes Japan's neighborhood too dangerous, we think, for the government in Tokyo to seek a rupture with Washington or for the Obama administration to let one develop. (Editorial : Shake-Up in Japan    Two parties are better than one., washingtonpost.com, Tuesday, September 1, 2009 ) )

 


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