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私の先の長い仕事

 

 私は今日も目の前の青い球体を見ている。今は昼だろうか、それとも夜だろうか―、だがそんなことはこの私にとってはどうでもいい事だった。私は欠伸を一つして、気が進まないが私に与えられた仕事に集中する事にした。

 私の目の前にある青い球体は、私の仕事道具であり、研究対象物の多くがいる。私の仕事はその対象物のデータの収集と管理だ。私はその球体の状態を毎日入念にチェックする。だが、悲しい事に今日も異常だらけだった。

「毎度ながら困ったなぁ」

 私は頭をぼりぼりと掻きながら、思わず愚痴をこぼす。

「なんで、こうなっちゃうかなぁ。それだけ成長したのなら、欲望くらい制御できるだろ……」

 私は近くに置いてある湯のみをひったくるように手に取り、中にある水を一気に飲み干した。本来ならば必要のない行為だ。

「どうする……、もうちょっと様子を見るか?それともなにか災害でも起こしておくか?」

 この仕事を与えられてどれくらいたったのだろう―。この中では確か二百億くらいか?いや、三四百億くらいだったか?それとももっとだったか―?

 私はそこまで考えると、そんな思考は無駄だと即座に判断し、仕事のほうに集中するようにした。

「まだ、様子見だ……、さすがに世界大戦とかはないだろ……」

 私はこれからこの球体の中で起きる事を、瞬時に何万通りとシュミレーションし、まだ判断材料が足りないと判断し、結論に達した。まぁ、ただの先延ばし案なのだが。

「この国はすでに斜陽となると、また例の二大国家があれこれしだして、混乱させるだろ。しかも周辺の治安状態は最悪―。もうここはあきらめて、きれいさっぱりなくしたほうがいいんだろうけど、多分、飽きもせずに資源と土地と利権の取り合い合戦だしなぁ……、人口も流れるし」

 そこまで考えると、私は大きくため息をついた。全くこの対象物である生物は私には理解できない。とにかく面倒くさい生物だ。生まれた理由も皆目見当がつかない。私もずいぶんとこの生物を観察しているが、未だに上司にうまく説明できない。

この生物は物を作る能力に関しては異常にパラメーターが高く、うまくいけばかなりの生命体になれるのだが、不可解な内輪もめで全てをおじゃんにしてしまう。しかもそれをなんどとなく繰り返し、反省するのだが、また同じような事を繰り返す。生物として優秀なのか、劣等なのか私にも未だ見当がつかない。

「そろそろ安定してくれよ、ったく……」

 私は悪態をつきながら、もう一度大きなため息をついた。とりあえず現状は様子見だ。このところかなり仕事をしていた。疲れというものを全く知らない私でも、流石に飽きてきたので、少し仕事から離れることにした。

 私はとりあえず、酒が飲みたくなったので、酒を取り寄せることにした。私が少し念じただけで、酒は最高の状態で、さっきまでは何もなかった私の右手に現れた。ほかにも果物の盛り合わせを目の前に出現させた。そして私は酒を飲みながら、果物を頬張った。まさに至福のときだった。

「うまい!最高!」

 私は心ゆくまで、酒と果物を堪能した。毎度ながら絶品だった。

本来なら私は、あの生物とは違い飲食をする必要は皆無なのだが、私は味覚という対象物特有のデータを基にし、味覚と飲食を再現した。最初は遊び半分だったが、これがなんともいいものだった。

 他にもあの生物のデータから得た、面白いものはいくつかある。例えば、小説や映画といったものだ。これはあの生物が作った、想像上の話であるのだが、これが意外と面白くて、つい研究を忘れて、没頭してしまい、上司から起こられてしまった事もある。

 他にもデータを基に色々試したが、一番不思議だったのはセックスという行為だった。これは本来繁殖のために生物が行うもので、あの生物も例外ではない。だが、あの対象物はものによっては全くセックスをしないものも居れば、必要以上に行為を行うものもいる。中には繁殖以外の別の意味を持ち、行為に励むものもあの生物にはいた。他の生物にはそのような事例は確認されていない。

 そこで私は実験で、対象物が体験したいくつかのパターンを実際に再現し、この部屋でセックスを行った。だが、私には対象物のように繁殖以外の目的があるとは思えなかった。本当にこの不思議である。

 私はそんなことに思いを馳せながら、飲食を終了させた。右手を少し払い、残った残骸をすぐさま消滅させる。

 私はすることもなく、暇なので寝る事にした。睡眠は私にとって飲食と同じように、必要不可欠というわけではないが、これも対象物から得たデータから抽出したもので、私は案外気に入っていた。 

 私は前に作っておいた睡眠プログラムを起動させ、眠気を増幅させた。擬似的なものであるが、出来はいい方だ。プログラムに異常はない。私はそつなく睡眠を行った。

 

 睡眠プログラムを行ったら、起床についても自動的にプログラムが施行される。問題なく一連のプログラムは起動した。私は起床した。

「ふわぁ……」

 この反応も対象物のデータから出したものだ。全て正確かつ、自然に演出する事ができる。もっとも、意味はないのだが。

「さて……」

 私は仕事に戻る事にした。あの球体の中ではすでにかなりの時間が経過しているはずだ。それは私の部屋と球体では時間の概念がまるっきり違うからだ。私は球体に手を置き、データを表示させ、球体の現状を把握した。そして現状を把握した時、私は落胆することになった。

「げっ、またかよ……」

 またしても、対象物は絶滅の危機に瀕していた。私は原因を探ってみたが、またしても落胆する羽目になった。

「また、このパターンかよ……」

 どうやら対象物は性懲りもなく、お互いを殺し合ったようだ。しかも技術レベルがピークに達していたので、被害もかなりのものだった。寝る前とは数が約一万分の一に減少していた。おまけに技術レベルは最低レベルまでに戻っていた。

「あぁ、もうっ!また最初からかよ!」

 私は意味もなく怒鳴り散らした。だが、すぐに自己をコントロールし、冷静になった。このあたりは対象物とは訳が違う。

「ふーむ、どうするべきか……」

 私は熟考した。その結果、少し大地をいじくり、対象物が死に過ぎないように天変地異を起こして見る事にした。この目的は、天変地異による大陸分裂である。対象物同士をなるべく接触させないようにするためである。

 この対象物は何度も大陸を横断して、衝突を繰り返している。その結果玉突き事故のように大陸が荒れる。それが終わったら、大きな集団がいくつかできてくる。それがさらに大きな災いをもたらす。さらにその後には強者と弱者の差が広がり、強者は技術や経済力を独占し、弱者から捨て身の攻撃をうける。やがては弱者勢力が大きくなり、混乱していって、自らの武器で破滅寸前にまで陥る。

 今回もそのパターンだった。だから私は今回、対象物を陸からなるべく動かさないようにした。その結果はいま少し時間がかかる。私はそれまでにこれまでの対象物のデータを簡単にまとめることにした。これが結構手間がかかる。対象物本体の特殊な変化、感情などの経過、経済、技術、軍事力、思想などの各国、各土地のパラメーター等々である。それに加えて、文化面の分析などやることが山ほどある。これらのまとめたデータを上司に提出しなければいけないのだから手抜きはできない。ともかく私はそれらの作業に没頭した。

「終わったー」

 私は上司への提出物を完成させた。私は疲労というものを感じないが、また同じ事をやれといわれたら流石に気はすすまないだろう。

 私は酒が飲みたくなり、酒をまた右手に出現させた。私はそれを気が済むまで飲んだ。やがて一息ついたら、私は球体の対象物をみてみた。大陸を分裂させたその後の経過が気になったからである。球体に手を置き、対象物の様子を辿る。

「これは……、いい感じじゃないか?」

 私はパラメーターを確認した。なんと私の大陸分断作戦は功をなし、大きないざこざはほとんどなかったようだ。もちろん、技術のパラメーターがある程度に達したら、大陸の間の海を越えるものが現れてくるので、そこから先はそれなりにいざこざがあった。だがなぜかそれらの争いが、今回にいたっては規模が今までとは小さかった。

 そして、対象物はこれまでにないほど技術力、文化を向上させていた。それは過去最高のパラメーターだった。さらには現在もぐんぐんと向上してきている。

「これはすごい!だが……」

 一つ心配な点があった。それは精神性の著しい低下だった。そのせいか、繁殖率もこれまでにないほどに最低だった。感情のパラメーターも異常に起伏がなかった。これでは生ける屍のようなものだ。

「うーん、どうしたものか……」

 一応、これまでのようにしょうもない争いで絶滅寸前にまで陥るということはなさそうだが、詳しく調べて見る事が必要そうだ。私は早速調査を開始した。

 

 調査の結果、対象物のほとんどは生への欲求が希薄になっているらしかった。その原因はこれといって特定できるものではない。ただ、漠然とはしているが、今まで辟易していた労働や経済問題まで対象物は克服してしまって、目的が喪失してしまったようだ。それにどこか対象物の生活が機械的だった。もっともこれは私の主観による推測に過ぎないが。

 ここまでの調査の結果はなんともいえない結果となってしまった。とりあえず私はデータをまとめる作業に取り掛かった。特に今回は初めてのパターンなので、私はなるべく詳細にまとめあげた。

「しかし、これはどうしたものか……」

 調査はほとんど完了し、データもまとめあげたが、何故か私はいまいち納得できなかった。確かに対象物全体としてはこれまでにないほど穏やかに、文化的に暮らしているが、なぜか私の中ですっきりしないところがあった。

「……なんだろうこれは?」

 技術や科学などが発展し、争いもなく、対象物全てが規則正しい生活を送っている。確かに素晴らしい、かつてないほどの快挙だ。観察者として私も嬉しい。だが、この空虚感はなんなのだろう。私は頭を悩ませた。わからないことなどほとんどない私が頭を悩ませた。だが、一向に解決案は浮かんでこない。なんだか私は言いようのない気持ち悪さを感じた。

 私がそんなことを思っていると、突然ドアを叩く音がした。私はその音にひどく驚いてしまった。

―上司の使いだろうか?いや、まだそんな時ではないはずだ。では、一体ドアを叩くものは一体何者だろうか?

私はドアに近づき、ドアの向こうの身も知らぬ訪問者に恐る恐る問いかけてみた。

「どちらさまですか?」

 返答はすぐに帰ってきた。

「こんにちは!誰か居ませんか?いや居てください!怪しいものではありません!」

 言っている事が支離滅裂だった。私はとりあえず外の様子を透視してみた。私より上位のものだったら、簡単に察知し、私が警戒しているという事を理解し、何かしらのリアクションを起こすはずだ。

 しかし、リアクションは何もなく、ドアを叩く音と、相変わらずの支離滅裂の言葉が投げかけられるだけだった。

 私は一応、用心をしてドアを開けることにした。訪問者が異常に必死なので、無視するのもなんだか悪いような気がしたからだ。

「今、空けますよ」

 私はドアを開いた。目の前にはどこかでみたシルエットのものがいた。二足歩行で、二本の細い腕と胴体を持ち、その中心から頭が生えている生物―。私はすぐにそのシルエットの正体に気がついた。だがそれは私にとって信じられないほどの衝撃だった。

「えっ、あなたは……」

 私が問いかける前に、その訪問者が私より早く、興奮気味に喋り始めた。

「あぁ、やっと出会えた!ついに私は成し遂げた!あとは証言と、確認だけだ!ねぇ、あなたは神しょう?そうだと言ってください!」

 訪問者は私に対し、縋る様によってきた。私は少し後ずさりながらも、混乱する頭をなんとか制御し、訪問者に問いかけた。

「そ、そのまえに聞かせてくれ。恐らくだが……、君は私が観察してきた、対象物―、『人間』という生物なのか?」

「そうです!私は人間です!あぁ、やっぱりあなたは我々の世界を観測している『神』というわけなんですね!」

 私は少し考えてから言った。

「そうだな……、君たちから見ると、私は神と呼ばれるものに相当するのかもしれない」

 私がそう言うと、その人間はその場に崩れ、わんわんと泣き出した。私はそんな人間を見て、ほとほと困ってしまった。

「お、おい君……」

 私が膝をついて、泣いている人間に近寄ると、その人間は急に顔を上げて、叫ぶように喋りだした。私はそんな人間の様子に少しだけ驚いた。

「あぁ、やっと会えた!私の仮説は間違っていなかった。これで我々は楽園に到達できるかもしれない!」

 人間はさらに私に寄り、私に触れようと手を伸ばしたが、その手は私の体をすり抜けてしまった。

「ん?そうか、はやり神は我々ではとても触れられない存在なのか?それとも……」

 その人間はさっきまであんなに泣いていたのに、ピタリと泣き止み、今度はぶつぶつと何かを呟き始めた。私はどうするべきか迷ったが、意を決してその人間に尋ねてみた。

「あの……、ここじゃなんだからとにかく私の部屋にあがらないか?」

 私がそう尋ねるとその人間ははっと顔をあげ、また破顔して、なき始めた。

「そ、そんなことが許されるなんて……、あぁ、私はなんて幸せ者なんだ……」

 私はその人間の姿を見て、かなり戸惑った。私はなんとなく居た堪れなくなり、とにかくその人間を私の部屋の中に招き入れた。

 

「おぉ!これが神の部屋なのか!意外と小さいのですね!」

「部屋と言っても、概念的なものだから広さは自由に変えられるんだ」

「あっ、これが地球ですね!」

 研究対象物が私の部屋に存在しているとは、なんとも奇妙な心地がした。こんな事例は他の生物を担当しているものでもなかったはずだ。非常に興味深いことであるのは間違いないが、もしかしたら上司に怒られるのではないかと私内心、私は焦りを感じ始めていた。

「ま、まぁ、座ってくれよ。飲み物と食べ物を今出そう」

 私はいつも通りに手を少し振りかざして、酒と果物を人間の前に出現させた。人間はその様子にひどく驚いていた。

「す、すごい!すごすぎる!まるで魔法だ!」

 はて、魔法とは何の事だったか。私はすぐに検索をかけた。私は瞬時に言葉のニュアセンスを理解した。

「さて、まずは楽にしてくれ」

 私は人間の向かいに腰を下ろした。そんなことで、私の部屋で、私と人間というなんとも奇妙な空間で、話は始まった。最初は私から尋ねた。

「まず、どうして君はここに来たのかね?できればその手段も教えてほしい」

 人間は未だに興奮気味に話し出した。

「私がここにたどり着いたのは、人類の科学と技術によるものです。我々はついに人類の上位、いわゆる神と定義するものの存在を捜し求めていた。人類はその上位存在と接触するために、様々な科学を用いて、探求した。私がここにいるのはその成果のたまものなのです。人類の悲願というわけです!」

私はにわかには信じられずにいた。私は少し腰をずらし、球体に手を触れ人類の科学力のステータスをチェックした。調べた結果、今までとは比べ物にならないほど、人類の科学力は向上していた。

「なるほど……、君たちは次元宇宙も、カオス空間も、ラプラスも超えられたというわけか……」

 私は素直に感心した。ここまで人類が進歩するとは、私も予測していなかったからだ。

「そうです!私が今あなたの目の前にいるということは、永きに渡る人類の努力と英知の結晶なのです!でも―」

 さっきまですさまじく興奮していた人間が、途端に声のトーンを落とした。私はその人間の態度に、何か重大な意味があるとすぐさま確信することができた。

「なぜでしょうか?なんだかみんな、精力的ではないんです」

「精神性の低下の問題だね」

「はい……」

 対象物―、人類は大きく進歩し、今では無益な争いもなくなりかけていた。だが、反対に人類の精神性は大きく後退した。今までよりも恵まれた環境にもかかわらず、努力の破棄、繁殖力の減退、幸福度の低下など、およそ精神性に関する事が科学力と打って変わって低下しているのだ。

「近頃は自己意識を破棄する者もかなり多いです。人類は自殺するべきだと、唱える団体なんかも現れています」

 その人間は疲れているかのように、ふっーっとため息をついた。この空間では人間で言う、肉体とは概念的なものであり疲労を感じる事は決してない。だからこの人間が疲れているように見えるのはそれだけ彼が精神的にまいっていることだった。

「人間の精神性の低下の原因は、主に目的の喪失だね」

 人間は驚いたように顔を上げた。

「はやり、何でもわかっているんですね……」

「私が認識できる範囲でならだ」

 少しの間、私と人間の間に沈黙が流れた。そして先に口を開いたのは人間だった。

「私たちは可能な限り、科学で人類の問題を克服する事ができました。そして、人類の間ではわからない事は人類が認識できる限りなくなりました。人類は英知と平和の楽園を築き上げました。できない事は何もありませんでした。私のような人間が神―、あなたにお会いできたように。そして私たちは大いに喜びました。これで我々は、何かに脅かされる事もなく、平和に、クリエイティブに生きていけると―。だが、ひとつだけわからない事が残っておりました。そしてその事が、人間の精神性の低下を招きました。我々は何故生きているのだと―。これは長年問われてきた、人類の哲学的問題です。我々は未だにその答えを見出せない。そもそもそんなものは存在しないのかもしれない。私はその答えが知りたくて、全生涯をかけて、あなたにお会いしに参ったのです。お願いです、どうか私、いや人間のこの問いに答えてください。お願いします」

 言い終わると、人間が私に頭を下げた。すると、再びあたりに沈黙が流れた。私はこの人間になんと答えてよいのか判断がつかずにいた。だが私の中で、なにか言わなくてはならないという、非常に非論理的なものが渦巻いている。こんなことは初めてだった。私は言うべき言葉も具体的にイメージできなかったが、自然と言葉を紡いだ。

「……その問いには答える事ができない。そもそもそれは私が定義できる事ではない。だが―、」

 私は一息ついて言った。

「私の私見でよければ話そう」

 私がそう言うと人間は、はっとしたように頭を上げた。その顔は餌を望んでいる子犬のようなイメージを私に湧かせた。

「まず過去の人間を見ると、人間は様々な問題や危機に直面してきた。人間はそのたびに知恵を絞り、それらの問題に対処してきた。そうして君たちは知恵を発達させてきた。だが、それは新たな問題を生み出した。だが人間は、めげずに進歩をし続けてきた。時には絶滅の危機にさらされる事もあった。だが、人間はついに私の下にまでたどり着けるほどの英知を手に入れた。だが、同時に人間は対処する問題を失った。そしてその問題を対処しようとする、熱意、使命感を喪失した。つまりは目的失われてしまったのだ。目的を失った人間は生きる活力を徐々に失っていった。創造性も欠如していき、衰退し始めた。そして人間は夢を見る事を忘れた―。そう、夢だ。私は人間が夢を見ることをやめたことが一番の原因であり、悲しむべきことだと思う」

「夢……?」

 人間はきょとんとした顔で呟いた。無理もない、私も今思いついた事なのだ。私はすぐに私の言動の正当性を模索する。―可能性はゼロではなかった。私は胸が高まり、話を続けた。

「そうだ、夢だ。人間は夢を見る事で、進歩してきたはずだ。科学も文化も―。そして夢を見る事は私でもできないことなのだ」

 人間はぽかんとしていた。無理もない、私もはっきりと分析してだした結論ではないのだから。

「人間はデータでは一概には測れない。だから私は人間をずっと観測してきた。人間は私の予測を裏切り、進歩する。私はその分析をしている。なぜ人間がここまで進歩してきたのか、なぜ無用な争いばかりしてきたのか―。そして一つの事がわかった。それはどんな逆境の時でも夢を見ている人間が必ずいた。そしてその夢が人間を進歩させてきた。私はそこに人間の進歩の根源があるように思えるのだ」

 私はそこで一息ついた。そして私は、どうしても問いかけてみたいものがあり、あろうことか人間に質問した。聞かずにはいられなかった。

「……君たちは本当に夢をみることを忘れてしまったのか?もう終わりなのか?」

 私の質問を聞いても、人間はすぐには答えなかった。私は人間の言葉が聞きたく、じっと、彼が口を開くまでまっていた。そして、ゆっくりと彼が口を開いた。

「……わからない。だが、夢を見ている人間はいるはずだ。現に私のように」

 人間は顔を上げ私を直視した。その瞳には何かを秘めているような、不思議な瞳をしていた。

「あなたですら、人の定義を定める事はできない。無論我々人間にも。そもそも人に生きる目的なんて問うことがひどく意味のない事なのかもしれない」

 彼はすっと立ち上がった。彼の瞳はすでに私を向いていない。

「なんだか今まで考えてきたことがひどく馬鹿な事のように思えてきました。多く人は確かに夢を見る事を忘れ、怠惰に生きるようになったかもしれない。だが、私は違う。私以外にもまだ夢に熱を持つ人間が少なくても存在する。人間の精神性の低下を改善する。絶対に。そのためだったらなんでもやる。また、人がより幸福に生きられるように。それが私の夢だ。私はその夢を人間全体に拡散させて見せる。そして人類をまた進歩させてみせる」

 私はさっきまで意気消沈していた人間が、徐々に熱を帯びていく様子をまじまじと見て、呆然となった。そして、自分の胸の高まりを感じた。

 ―面白い。はやり人間は面白い。

「素晴らしい」

 私は思わず声をあげ、人間と同じように立ち上がった。

「実に素晴らしいよ。はやり君たちは面白い。観測ではあるが、そんな君たちを見続けることは、私にとってとても喜ばしいことだ」

 私は自分でも気がつかないうちの興奮していた。こんな事は初めてだ。自分でも不思議な気持ちだった。そして、なんだか心地よかった。

「ありがとうございます。神。こうしちゃいられない―、私は元の世界に戻ります。夢の実現のために」

 行動の早さも驚くほどだった。彼はすでに玄関のほうに向かった。私も少し遅れて玄関に行く。そして玄関の扉の前に、私と人間が並んだ。

「帰れるのかね?」

「えぇ、大丈夫です」

「短い間だったが楽しかったよ」

 私は何を言うべきか分からず、ありきたりな言葉を人間に送った。人間は私をしっかりと見据えていた。

「いえ、こちらこそありがとうございます。どうか見ていてください。これからの人間を―」

 そう言うが早く、人間は扉を開いた。

「また、いつでもきてくれ。今度はさらに極上の酒をごちそうしよう」

「えぇ、また来ます」

 あっけないが、こうして人間は私の部屋から去っていった。

 

 私は部屋に戻り、球体に手を触れた。まだ人間のパラメーターはあの人間が来る前と比べて、ほとんど変動していなかった。

 そのことを確認すると、私はこれまで以上に観測の準備を整えた。

 心なしか、私の目の前にある青い球体がいつもよりも輝いているように見えた。

「さて、仕事するぞ」

 まだ人間はどのように変化するのか、性格のところはわからない。もしかしたら滅んでしまうのかもしれない。だが、私は人間から目を離すことはできないという、根拠のない確信を得ていた。これからどうなるか、とても楽しみだ。

 私は―、期待に胸を膨らませ、私の先の長い仕事を再開した。

                            〈了〉

 

 

 

 


この本の内容は以上です。


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