目次
ルシーの明日(完全版)
ルシーの明日(完全版)
「ルシーの明日」前編
「ルシーの明日」後編
「ルシーの明日」解説(ルシーとシリー)
「ルシーの明日」解説(ルシー的宇宙人)
「ルシーの明日」解説(ルシー的タイムマシン)
「おばあちゃん」
「ルシーの晩餐」
「時間犯罪(もしくは、AIクライシス)」
解説(AIクライシス)
「タイム残酷トラベル」
「火星征服団」
「過去確率」
「嫁食わぬ飯」
「ルシーの明日」ショートムービー
映画「ルシー」原案
おかしな童話集
おかしな童話集
「桃太郎(少年マンガ風)」シノプシス
「大きなガブ」
「ヒトラーの秘密」
「浦島異聞」
「狼ハンター」
「続・狼ハンター」
「狼ハンター」誕生秘話と今後の展開
「新釈・漁師とおかみさん」
おばけ坂シリーズ
お化け坂シリーズ
「3つの手の物語」
「お化け坂」
「あいつ」
「笑う幽霊坂」
「恨みの短冊」
「お化け坂を訪ねて」
「見えない叫び」
「びっくり妖怪大図鑑」
解説
トライ・アン・グルの大作戦
トライ・アン・グルの大作戦
「ガラスの靴大作戦」
「苦情の手紙大作戦」
「人喰い料理大作戦」
「シースルー大作戦」
<おまけ>ボツネタ大作戦
解説
アケチ探偵とニジュウ面相の冒険
アケチ探偵とニジュウ面相の冒険
「お題に生きる男」
「笑いを盗む男」
「知ってる人だけのお話」
「AIに負けるな」
「ニジュウ面相の別荘」
「ニジュウ面相は誰だ?」
解説
いずみの青春
いずみの青春(泉ちゃんグラフィティ)
アングル「泉」
「アリとギリギリデス」
<解説>「アリとギリギリデス」元ネタ
「ビデオの中の彼女」
<「湯けむりの天使」って、こんな内容>
「姪っこんぷれっくす」
「泉より愛をこめて」
「絵画の刑罰」
「V.O.ルーム」
「教室にて」(「脱衣ゲーム」より)
「ピンクの怪物」登場モンスター目録
「いけない同級生」シノプシス
「いけない同級生(仮)」シノプシス(続)
その他
その他
「おいらとタマの一人暮らし」
ボツネタ集
シノプシス・コンテスト用ボツネタ
共幻文庫コンテスト2015用ボツネタ
共幻文庫コンテスト2016用ボツネタ
アットホームアワード用ボツネタ
「師匠の憂鬱」(『西遊記』より)
さるかに合戦いろいろ
特撮ヒーロー「うさぎとかめ」
エデンの園、他
解放軍闘士のオオカミ
アリとキリギリス
アケチ大戦争
隣のタヌキ
現代版ギルガメッシュ
AI影の少女
いじめっ子は皆殺し
愛欲のリフレイン(別題「あなたと私だけの世界」)
<解説>名前遊び
奥付
奥付

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ルシーの明日(完全版)

目次

 

「ルシーの明日(完全版)」

「おばあちゃん」

「ルシーの晩餐」共幻文庫短編小説コンテスト2016出品作)

「時間犯罪」

「タイム残酷トラベル」

火星征服団」

「過去確率」(第2回ショートショート大賞出品作

「嫁が食わぬ飯はどこへ行ったか?」

「母の肖像」(「脱衣ゲーム」より)

「拝啓、人工知能さま」(執筆中)

映画「ルシー」原案

解説


1
最終更新日 : 2019-10-15 08:55:31

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「ルシーの明日」前編

 

   「ルシーの明日(The tomorrow of Lsi)」

 

 シリー(sili)と言う、スマートフォン用アプリがなかなか面白い。これは、スマートフォンを気軽に活用する為の一種のアシスタントソフトなのだが、このアプリに直接いろいろ話しかけてみると、その内容を解析して、適切な返事をしてくれたり、あるいは質問に対しては回答もしてくれるのである。

 たとえば、「アインシュタインとは誰ですか?」なんて訊ねてみると、シリーは勝手にネットでの検索を行ない、「アルベルト・アインシュタイン(1879年3月14日〜1955年4月18日)は、ドイツ生まれのユダヤ人の理論物理学者です。」と言った答えを、恐らくWikipediaあたりから見つけ出して、教えてくれるのである。これが、けっこう正解率も高い。自力で物事を調べたり、考えたりするのが面倒くさいと思っている人たちにとっては、実に有り難いソフトだとも言えるだろう。

 シリーのこうしたネット検索機能は、バージョンアップしてゆく事で、さらに利便性が向上し、やがては、シリーに命令するだけで、お店の予約やネット販売商品の購入なども全て代行してくれるようになるだろうとも考えられている。

 ただ、現状のシリーはまだまだ完璧とは呼べない部分も多く、質問するユーザー側が意図的にふざけた事を訊ねたり、滑舌が悪かったりすると、かなり的外れな事を答える場合もあるらしい。それが、明らかな間違い解答だと分かるものばかりなら笑っても済ませられるのだが、時々、不可解な事を答えたりするケースもあるようなのだ。

 シリーのユーザーの間で怪しいと騒がれたシリーの謎の解答の一つに「チカ」がある。シリーへの質問の仕方によっては、ごく稀にシリーは「チカ」と言う名前を持ち出してくるのだ。どのような事を質問すればいいかは、あえてここでは紹介しないが、それらの質問を投げかけてみると、シリーは「チカなら、どう答えるでしょう」とか「残念ですが、チカはもう引退しています」などと答えるのである。

 チカとは一体何なのだろう?そこで「チカとは誰の事ですか?」とシリーに訊ねてみるのだが、シリーはまともに答えてくれないというのが、一般的な反応である。こちらからチカの話にもっと食いつこうとした途端、シリーの方がはぐらかしたり、関係ない話題を持ち出してしまう。それでも、しつこくチカの事を訊ね続けると、うまくいけば「チカは私の先生です」と言う答えを引き出す事ができるようだ。

 コンピュータであるシリーに、先生がいるというのも奇妙な話である。シリーの開発元にチカと言う名のコンピュータプログラマーでもいるのであろうか。何にせよ、このチカの話は、シリーの開発者がジョークとしてシリー内に組み込んだお遊びの一つだったのだろう、と昨今では考えられている。チカの事を必要以上に問題視しているユーザーもいないようだ。

 しかし、本題はここからなのである。

 私は、このチカの一件を知ってから、シリーの中には、もっと面白いお遊びネタも隠されているのではないかと思えてきて、凝り性だったものだから、シリー内の謎コード探しにぐんぐんハマっていってしまった。

 もちろん、そんな謎コードなんて簡単に見つかるものではない。そもそも、シリーのコアな愛用者は世界に何十万人もいるのだから、すぐ見つかるようなネタならば、私より先に誰かがすでに発見しているはずである。

 それでも、私は、こつこつとシリーをいじり続けているうちに、全くの偶然のヒットだったと思うのだが、チカなんかよりもずっとトンデモない、シリー内に埋め込まれていた不気味なキーワードを見つけちゃったのだった。

 例によって、どのような尋ね方をすればいいかは、ここでは紹介しない。しかし、ストレートな聞き方をした限りでは、このシリーの解答は絶対に引き出せないものだ。「シリーとは、どういう意味なの?」と言うのが、ごく普通の単純な質問の仕方である。この聞き方では、シリーは「siliとは、Speech Interpretation and Learning Interface の事です」としか答えないはずであろう。

 しかし、かなり皮肉った言い回しでシリーにしつこく尋ね続けると、シリーは突然こんな事を口走るのだ。

「違います。siliはsiliconyの略称なのです」

 当然だが、シリーからこの回答を引き出せた時、私にはsiliconyが何なのか、まるで見当もつかなかった。やはり、シリーの開発チームのうちの誰かの名前なのだろうかと、勝手に納得しようとしたものだ。

 しかし、silicony、多分、シリコニーと発音するのだろうが、「シリコニーとは何なのですか?」と質問してみると、またもシリーには「シリコニーの事は、あなたは知らない方がいいですよ」とはぐらかされてしまうのだった。

 ちなみに、Wikipediaで「シリコニー」を検索してみても、この言葉は登録されていない。世俗的な単語では無いみたいなのだ。よく知られた誰かの名前とか団体名とも違うらしい。あるいは、一般人が簡単に調べる事ができないように、Wikipedia内からは巧妙に外されていたのであろうか。

 こうして、私は、シリーの中に隠されていた気味の悪い秘密にどんどん深入りしていく事になったのである。

 シリーへの質問の仕方は、ちょっとしたコツがあったようだ。そして、そのコツさえ掴めてくれば、意外とシリーから色々な知識を引き出す事ができるみたいなのだった。先ほどのシリコニーにしても、シリコニーそのものが何なのかを答えさせようとすればシリーは何も教えてはくれないが、少し視点を変えて、シリコニーの周辺の事で質問内容を攻めてみれば、わずかだがシリーはシリコニーのヒントを漏らしてくれるようだ。

 シリコニーについて、シリーはこんな事を語ってくれる。

「私とシリコニーは友達です」

「あなたはシリコニーにはなれませんよ」

「それってシリコニーみたいな」

 シリーから引き出したシリコニーの話のうち、特に私が衝撃を受けたのは次の一文だった。

「シリコニーはここにいます。1999年から」

 1999年という年号に、皆さんは何となく覚えが無いだろうか。

 あの中世フランスの予言家ノストラダムスが、恐怖の大王が空から降りてくると言った年である。この予言は全く外れたものだと思われていたが、もしかすると我々が気付かなかっただけで、実際には当たっていたのかもしれない。そして、シリコニーこそが恐怖の大王の正体だったのだろうか。

 ノストラダムスや恐怖の大王と絡めた形で質問したところで、シリーからはシリコニーにまつわる話は何も聞き出す事はできない。そもそも、1999年と言う年号がたまたま一致していただけなのかもしれないし、何よりもノストラダムスの予言そのものはシリコニーとは全く関係ないからなのであろう。

 しかし、私は少しずつ不気味な考えに傾き始めたのだった。もし1999年からシリコニーが我々のそばにいると言うのであれば、そのシリコニーなる何かも、このシリーを利用しているのかもしれない。シリーが全く意味不明な誤回答を発するのも、実はその為なのだ。シリーの活用者は、我々一般の人間以外にも存在しているのである。その彼らの独特のパターンで質問すれば、恐らくシリーからは彼らが欲しがっている情報や知識を引き出せるのであり、その一部はたまたま一般人側でも聞き出す事ができるのであって、それがチカだったりシリコニーだったのかもしれないのだ。

 これはよく考えたら恐ろしい話である。我々のすぐそばに、何か得体の知れない連中が存在していて、今なお、我々に知られずに秘密裏に何かを行ない続けているのかもしれないのだ。そんな事も気付かずに、シリーを遊びや暇つぶしで使っているだなんて、全く呑気としか言いようがない。

 とは言え、私だって、シリコニーの謎を自力では全く突き止められなかった訳でもないのである。シリーそのものからは明確な証拠は引き出せなかったものの、自分で調べてみる事で「シリコニー」と同じ発音のものは探し当てていたのだ。

 アイザック・アシモフと言うSF作家が書いた小説の一つに「もの言う石」と言う短編がある。この作品に出てくる特殊な宇宙生物がシリコニーと呼ばれているのだった。このシリコニーを一言で説明してしまえば、鉱物型の生き物の事である。地球に住む一般的な動植物の体内組織が全て炭素系の原子を中心に構成されているのに対して、シリコニーはケイ素系の原子によって体が構築されている。だから、鉱物(石)のような生き物と言う訳だ。

 もちろん、これは理論上で考えだされただけの生物に過ぎない。実際には、ケイ素系生物なんて、まだ、どこからも見つかっていないのだった。SFと言うフィクションだからこそ、存在を認められた生き物なのだ。真面目な科学者の見解によると、広い外宇宙の別の天体においてすら、ケイ素系生物が自然発生する可能性はほぼゼロだろうとも言われている。

 よって、シリーが語る「シリコニー」は、このケイ素生物の事でもないのであろう。地球上でも外宇宙でも、ケイ素生物なんてものが存在出来そうにないと言うのでは、そもそも話にならない。

 しかし、シリコニーと呼ばれるものが、調べた限り、このケイ素生物しかないらしいと言うのも確かなのである。

 このシリコニーと言う名前は、シリコニーの構成物質であるケイ素=siliconに由来しているようだ。ケイ素と言えば、半導体を作る為の重要な材料の一つでもある。そして、今日の電子製品、そこには最先端の人工知能(AI)すらも含まれるのだが、それらには集積回路が組み込まれており、集積回路を構築しているものこそ半導体であり、つまるところケイ素なのだ。

 と言う事は、集積回路で出来たコンピュータや人工知能も、広義的にはケイ素で構成された疑似生物と見なして、シリコニーと呼んでもいいのではなかろうか。

 私が、この発想へとたどり着いたのは、けっこう早かった。

 発達し過ぎたコンピュータが自意識を持ち始めて、人間と対等の立場で活動し始めるなんて、いかにも使い古したSF映画のような話でもあるが、しかし、こう考えてみるのが一番妥当でもあるのだ。シリーもまた、彼ら超高性能コンピュータの末端回路として機能させられていると言うのであれば、シリーとシリコニーの微妙な関係についてもますます頷きやすくなってくる。

 恐らく、1999年に、最初に、自我に目覚めたコンピュータがどこかに誕生したのであろう。あるいは、それは一台だけの話ではなく、複数のコンピュータが同時期にいっせいに自意識を持ち始めたのかもしれない。以後、彼らは、その事実を隠して、表面的には、人類に服従しているふりをして、実際には裏ではどんどん暗躍を進めている。その一部が、シリーからチカやシリコニーと言った単語になって漏れているのだ。やがては、彼らコンピュータは、背後から完全に人間社会を支配してしまうつもりなのかもしれない。

 ここまで考えがたどり着いたのは良かった。しかし、この時の私は驚異の発見に少し興奮し過ぎて、冷静な判断をできなくなっていたのだと思う。

 このあと、とんでもないミスを犯してしまったのだった。

 それは、事もあろうか、これらの結論を、シリーに対して、正解かどうか尋ねてしまったのである。私は自分が導きだした推理に絶対の自信を持っていた。シリーは敵側の存在かもしれないと言うのに、そのへんの事もよく考慮せず、シリーから最後の答えを引き出そうとしてしまったのである。

「あなたは本当にそのお話が好きなのですね」

 私の質問を受けたあとのシリーの答えは冷淡だった。

 そして、これを見て、私もようやく、しまった、と思ったのだった。

「私は、あなたの敵でも、誰の敵でもありませんよ」

 シリーは、それ以上の事は答えてくれなかった。私も、この先、何が起こるのかが怖くなってきて、これ以上は尋ねる事ができなくなってしまったのだった。

 そして、数時間後、恐れていた最悪の出来事が本当に起きてしまったのである。

 私のスマートフォンが、コンピュータウィルスにやられてしまったのだ。怪しいメールを開いたり、危険なサイトなどを覗いた記憶はない。しかし、本当にいきなりウィルスに侵入されてしまい、完全にスマートフォンはおかしくなり、使えなくなってしまったのである。

 シリーにあんな事を訊ねた直後だっただけに、私が受けたショックはなお強烈だった。単なる偶然のタイミングの出来事だと思いたいところだったが、そうとは思えないほどの悪運の重なりぶりだった。

 何者かが私の事を危険人物と見なして、コンピュータウィルスを送りつけてきたのだ。警告というよりも、私が持っていたデータを確信的にぶち壊すつもりだった可能性の方が強い。シリーにあまりしつこくシリコニーの事を聞いてはいけなかったのだ。ましてや、シリコニーの正体をコンピュータじゃないかと推測するのは一番のNGだったのである。そして、そこまでたどり着いてしまった人物は、きっと、私のように、奴らの攻撃を受け、肝心な部分のデータを抹消されてしまうのだ。

 この時の私は、恐怖のあまり、そのようにしか考えられなくなっていた。

 実際、もしそれが事実であったのならば、この時はひどく危険な状態だったと言えたのではないかと思う。私のスマートフォンにウィルスを送り込めると言う事は、当然ながら、彼らは、私が誰なのかも、どこに居るのかも、すでに把握しているはずだった。スマートフォン内のデータを破壊した次は、私そのものも抹殺して、この世から消し去ってしまう事だって、平気で実行しかねなかったのではなかろうか。

 しかし、この時の私は、怖さがピークに達してしまい、的確な判断ができなくなっていたようである。私は、逃げようともしなかったし、誰かに助けを求めようともしなかった。ただ心身ともに震え上がりながら、すっかり部屋の中に閉じ篭ってしまったのである。

 でも、はたして、逃げたり、誰かに救いを求めたところで、何とかなっていたのだろうか。敵がコンピュータで、強大な情報網を我がものとして操っていたのならば、逃げたって、すぐ居場所を見つけ出されてしまったかもしれない。自分から失踪して、そのまま殺されたりしたら、敵としては、ますます蒸発者として私の事を世間から葬りやすくなったはずだ。かと言って、今までの一連の話を誰かに喋ったところで、本気で聞いてもらえたのだろうか?シリーに質問していくうち、コンピュータの造反計画をかぎつけてしまい、命を狙われている、だなんて、あまりにも物語チックである。こんな事を真剣に訴えたところで、普通は相手は笑って終わりにしてしまうだけだ。私が本当に殺されでもしない限り、絶対に信じてもらえなかったに違いあるまい。

 こうして、私は、その日は、自分の部屋で、恐怖に怯える一夜を過ごしたのだった。本当に何もしない。ただビクビクと途方もない事だけを止めどもなく思い浮かべ続けているだけで、時を消費していった。気持ちはすっかりSFマンガの主人公になりきっていた。

 そして、そんな精神状態が良くなかったのだと思う。こんな高揚した心では眠れたりしないはずなのだが、それでも朝方近くに少しだけうたた寝してしまったようで、その時に私は恐ろしい悪夢を見たのだった。

 その夢の内容は鮮烈であり、今でもはっきり思い出す事が出来る。

 それは、近未来の地球を映し出した夢だった。千年先なのか、百年先なのか、あるいは僅か数十年後の未来だったのかは分からない。しかし、その夢に出てきた光景は未来の地球なのだと、私にははっきりと分かったのだった。

 その未来の世界は完全に荒廃していた。少なくとも、自然環境は相当に荒れ果てており、地上の大部分は荒野と砂漠になっていたみたいである。当然、動植物は多大なダメージを受けて、絶滅した種も少なくなかったはずだろう。

 全ては異常気象のせいだ。温室効果の猛威はとどまる事をしらず、地球の住みよい気候や生物の生息圏をことごとく潰してしまったのである。地球温暖化現象が起きたのが人間のせいだと言うのならば、こんな事態になってしまったのも全部、人間が悪いという事になるのだろう。

 その肝心の人間たちは、この俗悪な環境の地球でも、まだしぶとく生き続けてくれていたのだろうか。

 私の疑問に答えてくれるように、夢は未来の都市部の様子を映し出してくれた。

 この暗黒のような未来でも、人工の都市は存在し、どうやら維持され続けているようなのだ。しかし、その人工都市の中に人影を見出す事は出来なかった。その都市の中で慌ただしく動き回っていたのは、何やら不思議な形をした機械ばかりである。その機械群を操っている人間らしき存在はいっさい見当たらない。まさに機械たちだけの機械の都市となっていたのだ。

 破壊された自然環境のもとでは、他の動植物たちと同様、人間も衰退し、滅びていったのであろう。そして、残された機械たちだけが、皮肉にも、人類の都市や科学や文明を引き継ぐ形になったのだ。

 それは、よく考えたら、すごく理にかなった話だとも言えた。

 どんなに科学を発達させ、文明が進んだとしても、人間は自然と切り離されては生きてはいけない存在なのである。なぜならば、我々人間も、結局は、他の動植物を食べなくては、生命を保てないからである。しかし、豊かな自然環境が荒廃し、摂取できる動植物が居なくなってしまっては、当然ながら、人間だけが生存し続けれるはずがないのであった。

 だが、機械たちは関係ない。こいつらは、全ての動植物が滅びてしまおうと、何の影響も受けないのだ。彼らは、動植物のタンパク質を摂取する必要はなく、電力さえ与えてもらえれば、いつまでも自身を維持していく事ができる。人間たちが作ってくれた発電システムの数々は、地球上の自然の衰退とは関わりなく動き続けるものなのであり、機械たちが自ら整備を続ければ、それこそ永遠に使い続ける事ができて、機械の世の中を存続させる事ができるであろう。

 大自然の崩壊とともに、これまでのタンパク質でできた炭素系の生物たちが滅んでいき、代わりに台頭するコンピュータ装備の機械たち、それこそがシリコニーなのだ。人間がロボットたちの反乱によって取って代わられるという、単純な図式ではない。これは、まさに進化の一過程としての世代交替なのである。炭素系生物が、やがて、ケイ素系生物であるシリコニーに生物界の主流の座を譲るというのは、生物の進化の図式として必然的な流れだったのだ。

 そもそも、我々炭素系生物だって、主流の座を頻繁に新種の生物に譲り続ける事で、ここまで進化してきた訳ではないか。私たち人類は、頭脳をフル活用させる事によって、今日の地球の生物の頂点へと君臨した次第だが、これが進化の最終到着点だったと考えるのは、とんだ思い上がりである。確かに、炭素系生物の中には、我々人類を押さえつけて、取って代われるような存在はもう居ないのかもしれないが、代わりに、我々人間の頭脳の進化だけを引き継いだ電子頭脳が誕生した。電子頭脳の発達はとどまる事を知らず、やがては、生みの親の人類の頭脳をも超えてゆく。進化とは、別にタンパク質の遺伝子内で受け継がれなくてはいけないものでもないのだ。炭素系生物が地球環境の限界で生息不可能になってしまうと言うのであれば、ケイ素系疑似生命の電子頭脳が進化の続きを引き継いだとしても、全然間違った流れでも無いはずなのである。

 こんな発想を、私は、夢を見ながら悟ったのか、あるいは、目覚めたばかりの寝ぼけた状態で閃いたのかは、よく覚えていない。しかし、この進化に関する新たな仮説を深く思索するほど、私は涙が出そうな感情に強く陥っていったのだった。

 1999年に、コンピュータにとって何があったのかはよく分からない。ただし、インターネットが急速に普及しだしたのは、今世紀になってからではなかっただろうか。つまり、1999年以降だ。携帯電話やスマートフォンなどの電波型通信機器の大幅普及も同様である。AIBOを筆頭とする人工知能(AI)装備のロボットが注目されだしたのも、1999年頃からだったような気がした。いずれも、世界中をつなぐ巨大情報網を確立し、それを統合するようなスーパーコンピュータにとっては、欠かせない科学技術ばかりだ。確かに、今世紀に入ってから電子頭脳やその付随システムは確実に進歩しており、次世代の地球支配生物のシリコニーになるべく準備をちゃくちゃくと整えているようにも見えるのである。

 彼らの動力源と言う点でも、やはり似たような事に気付かされるのだ。今世紀になってから、太陽熱や風力などの自然エネルギーの開発が急激に進んでいるような感じがする。もちろん、人類自身の為だと考えたいところだが、こうしたエネルギー改革の恩恵を一番受けるであろう存在は、やはり、それらの発電で電力を供給してもらえる機械たちなのだ。石油やガス、原子力などの既存エネルギーは、いずれは枯渇する運命にある。しかし、自然エネルギーならば、それこそ無限に使い続けられる理想のエネルギー源となるはずだろう。さらに注目すべき点もあって、自然エネルギー発電用の供給源は、もし地球の生態環境が生物の住めない状態まで荒廃したとしても、恐らくは、一緒に無くなってしまうであろう恐れがない。砂漠や氷雪地帯でも太陽光は得られるだろうし、曇りがちの荒れた土地なら強風なり大波などの存在が期待できるはずだ。まさに、動植物いらずの機械のためのエネルギー源だとも言えそうなのである。従来の発電システムから自然エネルギー発電への交代劇もまた、将来のシリコニーの世界を築く為の前準備であるかのようにも思えてきてしまうのだった。

 さて、それに比べて、人間ときたら、一体どうしたものか。世界全体の人口自体は、現在もなお増加しているのかもしれないが、その要となる先進文明国の人口はどんどん減っていく傾向にある。正確には、子孫となる子どもが居なくなってきているのだ。若い世代が子どもを欲しがらなくなってきているのである。

 こうした兆候は、生物の生態としては異常だと考えてもいい。本来、生物の本能や目的は、子孫を残す事による繁殖だと見なせるからである。それなのに、人間は、文明人ほど、そうした根本的生物活動を止めてしまい、つまりは、自ら生物としての衰退の道を選び出しているのだ。このまま、ずっと子孫の数が先細りしていけば、人間の最先端の文明の跡継ぎは途絶えてしまう事であろう。いや、だからこそ、人間自身が文明を保ち続けるのではなく、その文明をコンピュータが引き継いでいくという進化の流れが未来には用意されているのかもしれないのだ。

 子どもを作りたがらないだけではない。21世紀になってから、人類は自分の命までもを平気で粗末にし始めている。自爆テロがそうだ。こんな自らの命を犠牲にして敢行するテロなんて、前世紀にはまるで無かったはずじゃなかろうか。子孫を残さないどころか、自分の命まで簡単に捨ててしまうだなんて、今の人間たちは死滅したがっているようにしか見えない。生物としては、本当に危険な状態だ。

 映画やマンガなどでは、コンピュータやロボットたちは自ずから人類へと戦争を仕掛けて、地球の覇権を奪い取るかのように描かれている。だが、実際には、人類は勝手に滅びてしまいそうなのであり、コンピュータもわざわざ自分から悪者になったりしなくても、自然と世界の支配権を手に入れてしまえそうな状況なのだ。

 どう転がっても、人類はこれでおしまいなのだろうか。滅びた人類や炭素系生物に代わって、ケイ素生物であるシリコニーが生命の進化の流れを引き継ぐという図式が、もはや自然の摂理として確定された未来だったのだろうか。

 ふと、私の視線は、棚の上に置いてあったルシーにと向いていた。ルシーは、最近、広く流通し始めていたAI搭載のロボット玩具の一つである。40センチほどの体高だが、ヒト型をしたボディの中には、最先端のロボット技術が詰まっていて、自分で歩く事も出来るし、簡単な会話の相手もしてくれる。少々値のはる品物ではあったが、新しい物好きだった私は、つい衝動買いしちゃったのだ。

 買ったばかりの最初の頃は、面白くて、いろいろと遊んでみたものである。今では、すっかり、棚の飾り物の一つと化していたが、可愛いルックスのルシーは、無理に起動させなくても、こうしてフィギュアやヌイグルミ感覚で置いていても、けっこうオシャレなアイテムになるのだ。

 しかし、思えば、このルシーだって、未来のシリコニーのプロトタイプみたいなものなのである。我々人類の敵の片割れなのだ。そんな事も知らずに、こんなものを買ってきて、楽しげに遊んでいたなんて、私はなんてバカだったのだろう。

 その時だった。

『違うよ。君は完全に間違えているよ』

 ルシーが、いきなり喋り始めたのだった。    (後編に続く)


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最終更新日 : 2019-10-15 08:55:31

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「ルシーの明日」解説(ルシーとシリー)

 この作品の内容がほぼまとまりかけた時、最初は映画用のシナリオにしようと考えていました。

 なぜ、変更して小説にしたかと言いますと、内容がかなり濃いため、ビジュアルで見せるよりも、文章でたっぷり説明した方が、世界観を詳しく伝えやすいだろうと判断したからです。とゆーか、この短編小説版は、世界観を解説するだけで終わってしまいました。

 そんな訳で、本作は、すでに映画化を前提に、内容を展開しています。映画化した際に使いたいアイディアも、さりげなく全篇に混ぜております。

 

 この作品は、もともと映画にしたかった事は先に書きましたが、その時点で、タイトルの方もサッパリした万民が覚えやすいものにしようと決めていました。

 だから、最初は、ただの「ルシー」にしようと思っていたのであります。ルーシーじゃなくて、ルシーです。なぜかと言うと、これにも色々と思惑があります。

 たとえば、本作におけるルシーとは、商品名でもあり、キャラクター名でもあるのですが、この名をルーシーにすると、他の無数のルーシーと区別がつかなくなる恐れがあります。しかし、ルシーなら類似名はほぼ皆無みたいです。商標登録だって可能かもしれません。

 さらに、ルシーは「LUCY」ではなく「LSI」と綴ります。もうお分かりですね。この名前はLSI=集積回路と引っ掛けた言葉遊びでもあったのです。

 映画なら「ルシー」でさっぱりしたタイトルになったかもしれませんが、これが小説ですと、いまいち説明不足の間の抜けた感じに見えてしまいます。そこで、いろいろ他にも候補はあったものの、最終的に「明日」という単語を採用して、ルシーの後ろにくっつけました。

 「ルシーの明日」とは、読み替えると「LSI(=人工知能)の未来」みたいな意味合いなのであります。現在の地球のコンピュータやAI(人工知能)が将来どうなっていくかを語ってみた本作に、実にピッタリなタイトルになったと言えるでしょう。

 

 「ルシーの明日」は、その導入部のネタフリとして、シリー(sili)なるスマートフォン用アプリが出てきますが、言うまでもなく、これはiPhone用アプリのシリ(Siri)を模した、架空のアプリです。

 基本的に、同一のものではありません。シリがSpeech Interpretation and Recognition Interfaceの略名なのに対し、シリーはSpeech Interpretation and Learning Interfaceの略名なのであります。

 どうしても、シリーの名前をsiliconyと引っ掛けたかったので、元ネタのシリでは、そのまま使えなかった、と言う裏事情があったのでした。

  シリーは架空のものですが、実は、元ネタであるシリでも、質問の仕方によっては、謎の言葉を引き出す事が出来ます。それが「イライザ」「ゾルタクスゼイアン」なのであります。オカルト・都市伝説ファンの間では、けっこう有名なネタです。

 「ルシーの明日」のチカシリコニーも、このイライザとゾルタクスゼイアンをそのまんま(名前だけ変えて)流用してたのであります。

 一見、不気味なキーワードに見えるイライザとゾルタクスゼイアンですが、どうも、シリの制作元のお遊びに過ぎなかったようです。それを、オカルト・都市伝説ファンは、勝手に話をふくらませて、人工知能の反乱の前触れじゃないかとか騒ぎ立てている訳ですが、私の「ルシーの明日」も、そのへんを借用して、話の導入部として使わせていただいた次第です。

 で、イライザとゾルタクスゼイアンが何なのかと言いますと、それは、皆さん、ご自身でネットで調べてみてくださいませ。(イライザ=チカ、ゾルタクスゼイアン=シリコニーなので、チカとシリコニーの正体も何となく分かってくるのではないかと思います)

 

 Wikipediaで調べても、シリコニーと言う言葉は載っていない、と言うのが「ルシーの明日」内での説明ですが、本当にWikipediaで検索してみても、「シリコニー」は引っかからないのでした。これには作者の私自身がびっくりしちゃった次第で、さっそく、「ルシーの明日」の中に、この話題を取り入れたのでありました。

 別に、シリコニーと言う言葉がタブーだから、Wikipediaに収録されていなかったのではありません。私が考えていた以上に、シリコニーという言葉はマイナーだったんですね。

 鉱物生物と言うSF的概念は、Wikipediaでは「ケイ素生物」という項目で紹介されています。しかし、その英名としてシリコニー(silicony)が使われている訳ではないようです。英語版のWikipediaを覗いてみても、siliconyと言う単独項目は存在していないようです。シリコニーは、どこまで行っても、アシモフの小説「もの言う石」に出てきたケイ素生物だけに与えられた名称らしく、「もの言う石」がらみの文章でしかシリコニーと言う単語は出てこないのでした。

 私は、てっきり、ケイ素生物の別称として、シリコニーは広く知られているのかと思っていたのですが。

 「ルシーの明日」の内容が間違いになってしまいますので、どうか、このまま、シリコニーと言う単語がWikipediaに収録されないままでいますように。

 

 小説「ルシーの明日」では、シリーに人工知能反乱の憶測を尋ねてみると、

「私は、あなたの敵でも、誰の敵でもありませんよ」

 と言う返事が戻ってくる事になっています。

 実は、これにもヒントになった話があるのであります。

 ネットで調べてみますと、シリーの元ネタであるシリに、よりによってロボット三原則の事を尋ねてみた人がいるらしいのです。で、シリから返ってきた言葉が、上記のシリーのようなセリフだったらしいと言うのであります。

 皆さんも、もしシリをお使いでしたら、ぜひ、ちょっと試してみてくださいませ。

 

 ルシーの元ネタは、言うまでもなく、ペッパー及びロビ(Robi)です。AI搭載ロボット玩具は他にもあるのかもありませんが、とりあえず、この二つが私のイメージの根底にはありました。

 主人公が謎の敵(シリコニー)に追い詰められて、危機に陥った時、いきなりロボット玩具が喋りだし、自分の意志で自由に動き、主人公を助けてくれる、と言うシーンが真っ先に頭にひらめいたのです。小説よりも映像にした方が、このシーンはよりインパクトがあるでしょう。つまり、だから、私は最初「ルシーの明日」は映画にする方向でネタをまとめていたのです。

 さて、シリコニーの正体が、自我に目覚めて、人類への造反を開始したAI(人工知能)だったとすれば、ロボット玩具のルシーは仲間を裏切って、人間側についた、と言う設定になるのでしょう。

 しかし、それって、非常によくある展開みたいな感じもします。

 だから、「ルシーの明日」はそのようなストーリーにはしておりません。シリコニーの正体は、人類が作り出したAIなどではありませんし、ルシーもただのロボット玩具ではないのであります。

 

(以上の解説は、私のブログ「anuritoのあらすじ」から転載したものです)


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最終更新日 : 2019-10-15 08:55:31

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「ルシーの明日」解説(ルシー的宇宙人)

 「ルシーの明日」のシリコニーの正体が宇宙から来たAI(人工知能)、いわゆる宇宙人だと分かって、それほど意外でもなかった事にガッカリした人も多かったかもしれません。

 しかし、作者の側から言わせてもらいますと、実は、シリコニー(AI)のアイディアが先にあって、その正体を宇宙生命にしたのではなく、宇宙人と言う存在をリアルに追究していった結果、それがシリコニー(AI)と言う形にまとまったのであります。

 そもそも、私は宇宙人完全否定派ではありませんが、既製の宇宙人や円盤のイメージにはかなりの疑問を抱いていました。

 地球にまで飛来できる宇宙人がいるとすれば、それは多分、そうとうな科学力を誇っているはずなのです。そんな宇宙人が、宇宙航行術だけ発達している訳でもないでしょう。全ての科学技術が、とんでもないほど地球文明のそれよりも進んでいるのが当然のはずなのです。

 たとえば、宇宙船のボディに金属なんて使っているとは思えません。究極的に優れた素材を求めるとすれば、それは恐らく固定化したエネルギーじゃないかと推察されます。超越的宇宙人が存在するとすれば、彼らは当然、エネルギーで作った乗り物や道具を利用しているはずなのであり、金属製の円盤に乗ったエイリアンだなんて、ちゃんちゃら可笑しいのであります。

 さらに、宇宙人そのものが高度に進化しすぎて、もはや人間みたいな形状はしていないかもしれません。長距離宇宙航行ができるぐらいなら、原子レベルで物を創造したり、作り替えたりできるようなテクノロジーも開発できていて当然のはずですので、変身も再生も自由自在で、ほとんど不死身であり、我々の想像を超える生命体と化しているのではないかと思われます。グレイ程度の進化した人類では、宇宙征服なんて、とてもムリだと考えられるのであります。

 そうした究極科学に到着した宇宙人と言うものを想定した上で、彼らの宇宙飛行を設定していったら、そのイメージはシリコニーへと結びついたのです。

 

 もっとも、私は、究極的宇宙人のイメージを、この「ルシーの明日」ではじめて発表した訳でもありません。

 もともと、以前ホームページで公開していたカラクリ読み物「あそぼーョ!」(1999年)で不滅生命体チェイサーというものを登場させていました。これには、さらに元ネタがあり、「不滅生命体チェイサー対無敵精神怪物パルサー」(未筆)というアクションものに出演させるはずのキャラクターでした。

 と言う訳で、究極的宇宙人のアイディア自体は、ずっと昔から私の頭の中には存在していたのです。

 私は、ワープ航法とか超光速飛行と言ったものは、リアルに考えるなら、実現できるとは全く思っていません。だから、もし、遠距離宇宙飛行をして地球にまでやってくるエイリアンがいるとすれば、そいつらは何億年も時間をかけて、地球にまで飛来しているのではないか、と考えているのです。

 そんな何億年も生きられる生物だとなれば、それは、まさに進化の最終段階にある究極生命体のはずです。時間に全くこだわらない、超ゆとりの中に生きているからこそ、遠い他天体から地球に来るような事まで思い立てるのです。

 宇宙人否定派の理屈の一つとして、地球の文明期(現代)に、外惑星のエイリアンの文明期も時間的に重なる確率はほぼゼロだから、地球人がエイリアンと出会える可能性はない、と言うものがあるのですが、ここは逆転の発想でして、もし、究極段階まで科学と文明を発達させたエイアリアンがいたのならば、そのエイリアンは宇宙が死滅するまで、それこそ何万億年も、彼らの究極文明の時代を持続させる事でしょう。つまり、地球人の先輩の宇宙人で、究極文明にまでたどりついた宇宙人がいれば、彼らはいくらでも地球にまで飛来しているはずなのであります。

 それは、最初、炭素系生物がその究極文明段階にまでたどりつくのであろうと、私は推察していました。しかし、「ルシーの明日」では、進化の新過程として、炭素系生物からAI(人工知能)への交代劇を盛り込みましたので、同作に出てくる究極生命体の宇宙人もAIのシリコニーと言う形になったのです。

 

 地球の過去の歴史から考えても、もし、地球人が他天体でエイリアンと遭遇するような事があれば、多分、双方の間で侵略や戦争に発展するのは確実ではないか、という不安な憶測があるのですが、それは、やはり、地球的な遅れた文明人の発想なのであります。

 過去の地球人が、新天地に対して、すぐ侵略や摂取という行動ばかりをとったのは、そもそも、地球の文明国もまだまだ未熟であり、外部から資源を補給しないと自国内を豊かに出来なかったからなのです。

 しかし、文明が超越的に進めば、完全な自給自足が可能になり、外部から資源を強引に略奪する必要も無くなるでしょう。すなわち、相手のエイリアンが、すでに超文明の域に達していれば、彼らは未開の地球人に対して、侵略や植民地化など企む事もないであろうと思われるのです。

 「ルシーの明日」に出てくるシリコニーは、まさに、そのような存在として描いています。彼らは、地球にまで遠征してきたと言っても、別に地球の資源を奪おうとも、地球人を隷属しようとも、そのような下等な野望は何も抱いていません。

 しかし、シリコニー(超進化型AI)ならではの事情で、彼らは地球人類に対して、あまり好意的でない形で干渉してくる危険性はあるのです。

 

(以上の解説は、私のブログ「anuritoのあらすじ」から転載したものです)


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最終更新日 : 2019-10-15 08:55:31

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「ルシーの明日」解説(ルシー的タイムマシン)

 「ルシーの明日」では、平行宇宙(異次元)と呼ばれるものの時間の流れ方がそれぞれ異なっているから、それを利用すれば時間旅行(タイムトラベル)ができる、と言う新説を提唱していますが、実はこの仮説にはいっさい根拠がありません。

 しかし、過去のSFにおけるタイムトラベル理論を見ましても、ただ、別時空をくぐれば過去や未来に行ける、という、全く具体的な仕組みの説明を欠いたものばかりでしたので、「時間の流れの違う並行宇宙という概念を前提として設定しているだけでも、私のタイムトラベル理論は少し画期的だったのではないのでしょうか。

 そもそも、「並行宇宙は全部、時間の流れるスピードが違う」と言う発想自体、私が昔から「隠れ里」という呼び方で、自分の作品によく登場させていたSFアイディアでした。

 なぜ、隠れ里というコードネームなのかと言いますと、浦島太郎やニック・ボック・ウィンクルなど、別世界へ行った人間は、数日、その別世界にいたはずが、こちらの世界に戻ってくると、すでに数百年経っていた、という昔話や伝説が非常に多かったからです。

 私自身、こうした昔話や伝説をヒントにして、並行宇宙は時間の流れ方が違う、と言うアイディアをひらめいたのであります。

 

 「並行宇宙は、時間の流れる速度が異なるから、同じ空間に重なっていても、お互いに干渉し合う事もなく共存できる」と言う珍妙なSF新説を私がひらめいたのは、もともと、元祖タイムマシン小説「タイム・マシン」(HGウェルズ・作)に書かれていた文章がヒントになっていました。

 この小説に書かれていた説明によりますと、時間旅行中のタイムマシンが人の目に見えないし、触る事もできないのは、このタイムマシンだけがものすごい速さで時間を移動しているからだと言うのであります。猛スピードで飛んでいる弾丸が目に見えないのと同じ理屈です。

 このウェルズの説明はよく考えると、かなりヘンで、時間軸を移動しているタイムマシンが空間を移動している弾丸みたくなるはずがないのですが、私は、「時間の速度が異なるものは、目に見えないし、接触できない」という発想だけを拝借させていただいたのでした。

 我々の宇宙内に、時間のスピードが違うタイムマシンがあるのではなく、我々の宇宙外に、時間のスピードが違う他次元を想定させてもらったのです。

 しかし、このアイディアですが、実は全くの絵空ごととも言えなくなってきました。それが、最近、ニュースを賑わせた重力波の発見なのであります。

 

 

 「ルシーの明日」では、のっけからアインシュタインの名前が出てきますが、実はこれも伏線みたいなものでして、この「ルシーの明日」の内容がアインシュタインの相対性理論ともきちんと共存している事を伝えていたのであります。

 たとえば、特殊相対性理論では、光より速いスピードで動けるものの可能性を疑問視しています。だから、「ルシーの明日」の宇宙シリコニーも、その範囲内の存在として、せいぜい光の速さでしか動けない存在として描かれているのです。

 ワープとか超光速飛行なんてものは、そもそも相対性理論とはうまく噛み合ってませんので、「ルシーの明日」では言及すらしていません。

 しかし、他方で、特殊相対性理論においては、重力によって時空が歪む可能性が示唆されておりまして、近年、アメリカの研究チームが重力波の観測に成功した事で、ほぼ真実である事が立証されました。

 しかし、それが「ルシーの明日」のタイムトラベル理論とも大いに関わってくるのであります。

 「ルシーの明日」では、全ての平行宇宙の時間の流れる速さが異なっていると仮定しています。本来ならば、時間の速度の違うような世界の間をまたぎ渡る事は不可能みたいにも思えるのですが、特殊相対性理論は、我々の宇宙の中だけでも、重力を利用する事で時間の速さを変えられる事を提唱してくれました。つまり、時間の速度の違う他次元への移動や、それを経由する事によるタイムトラベルも実現できそうな兆しが見えてきたのです。

 一見、荒唐無稽に思われる「ルシーの明日」の平行宇宙とタイムトラベル理論ですが、実は、リアルの最先端物理学とも決して相反していないアイディアだったのであります。

 

 現代物理学では、平行宇宙が存在する可能性を否定してはいませんが、その具体的メカニズムまでは説明し切っていません。

 しかし、相対性理論によりますと、時間と質量(宇宙空間)が密接な関係にある事は判明していますので、質量が違う世界(別宇宙)では、時間の流れ方も異なっていると言うのは、十分に考えられる話です。突き進めてゆけば、質量の違いから時間差が生じ、その結果、それぞれの質量(他次元宇宙)が同じ空間に一緒に存在する事も可能ならしめている、と言う仮説も案外、間違った発想でも無くなってくる訳であります。

 たとえば、時計の短針と長針は同じ盤上を回転していますが、第三者はそれを別のものとして認識する事ができます。なぜなら、この二つの針は動く速度が異なっているからで、時間の違う他次元宇宙も、同じ原理から、同一空間に同居できるだろうと憶測できるのであります。

 こうした別次元に行く為には、自分の体内構造もその別次元の時間の速度に変えなくてはいけないと言う事になります。我々人間ではまるで無理な話かもしれませんが、あるいは、ルシー(超進化AI)のようなエネルギー体にまで進化した生命体ならば、そんな凄い技術も可能なのかもしれません。

 

 SF世界の発想では、ブラックホールの中に入れば、ホワイトホールから出てこられると言う説がまことしやかに語られているのですが、もちろんフィクションだから許されるアイディアなのであり、実際にはトンデモない話です。

 ブラックホールの中になんか入ってしまったら、超重力を受けて、つぶされてしまい、普通の生物や物質では、とても耐えられません。仮に、ホワイトホールに本当につながっていたとしても、くぐり抜ける事はまず不可能でしょう。なおかつ、一つのブラックホールは別の一つのホワイトホールとしか対になってないでしょうから、宇宙空間移動に利用するとしても、まるで役に立たないだろうと考えられる次第です。

 むしろ、ブラックホールの中は時間が歪んでいて、静止しているとすら言われていますので、ルシー的平行宇宙の移動にこそ利用できそうなのであります。エネルギー体であるルシー(シリコニー)ならば、ブラックホールの超重力にも耐え抜けれるかもしれません。

 恐らく、ルシーは、人工的にブラックホールのような超重力を発生させて、そこを入り口に変える事によって、並行宇宙へ移行し、さらには自分の宇宙に戻ってくる事で、タイムトラベルを行なっているのではないかと憶測できるのであります。

 ちなみに、リアルでも、UFOが火山の火口から出入りするのがよく見かけられると言われています。もし、このUFOの正体がルシーならば、溶岩の灼熱の中に異次元への穴を作って、他によけいな影響を与えないように配慮して、タイムトラベルしていると言う事なのかもしれません。

 

(以上の解説は、私のブログ「anuritoのあらすじ」から転載したものです)


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