目次
ルシーの明日(完全版)
ルシーの明日(完全版)
「ルシーの明日」前編
「ルシーの明日」後編
「ルシーの明日」解説(ルシーとシリー)
「ルシーの明日」解説(ルシー的宇宙人)
「ルシーの明日」解説(ルシー的タイムマシン)
「おばあちゃん」
「ルシーの晩餐」
「時間犯罪(もしくは、AIクライシス)」
解説(AIクライシス)
「タイム残酷トラベル」
「火星征服団」
「過去確率」
「嫁食わぬ飯」
「ルシーの明日」ショートムービー
映画「ルシー」原案
おかしな童話集
おかしな童話集
「桃太郎(少年マンガ風)」シノプシス
「大きなガブ」
「ヒトラーの秘密」
「浦島異聞」
「狼ハンター」
「続・狼ハンター」
「狼ハンター」誕生秘話と今後の展開
「新釈・漁師とおかみさん」
おばけ坂シリーズ
お化け坂シリーズ
「3つの手の物語」
「お化け坂」
「あいつ」
「笑う幽霊坂」
「恨みの短冊」
「お化け坂を訪ねて」
「見えない叫び」
「びっくり妖怪大図鑑」
解説
トライ・アン・グルの大作戦
トライ・アン・グルの大作戦
「ガラスの靴大作戦」
「苦情の手紙大作戦」
「人喰い料理大作戦」
「シースルー大作戦」
<おまけ>ボツネタ大作戦
解説
アケチ探偵とニジュウ面相の冒険
アケチ探偵とニジュウ面相の冒険
「お題に生きる男」
「笑いを盗む男」
「知ってる人だけのお話」
「AIに負けるな」
「ニジュウ面相の別荘」
「ニジュウ面相は誰だ?」
解説
いずみの青春
いずみの青春(泉ちゃんグラフィティ)
アングル「泉」
「アリとギリギリデス」
<解説>「アリとギリギリデス」元ネタ
「ビデオの中の彼女」
<「湯けむりの天使」って、こんな内容>
「姪っこんぷれっくす」
「泉より愛をこめて」
「絵画の刑罰」
「V.O.ルーム」
「教室にて」(「脱衣ゲーム」より)
「ピンクの怪物」登場モンスター目録
「いけない同級生」シノプシス
「いけない同級生(仮)」シノプシス(続)
二次創作
二次創作
映画用「時の塔」シノプシス(1)
映画用「時の塔」シノプシス(2)
映画用「黒の放射線」シノプシス(1)
映画用「黒の放射線」シノプシス(2)
解説
その他
その他
「おいらとタマの一人暮らし」
ボツネタ集
シノプシス・コンテスト用ボツネタ
共幻文庫コンテスト2015用ボツネタ
共幻文庫コンテスト2016用ボツネタ
アットホームアワード用ボツネタ
「師匠の憂鬱」(『西遊記』より)
さるかに合戦いろいろ
特撮ヒーロー「うさぎとかめ」
エデンの園、他
解放軍闘士のオオカミ
アリとキリギリス
アケチ大戦争
隣のタヌキ
現代版ギルガメッシュ
AI影の少女
いじめっ子は皆殺し
愛欲のリフレイン(別題「あなたと私だけの世界」)
青春根性焼き
<解説>名前遊び
奥付
奥付

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「ニジュウ面相は誰だ?」

 ある女子校の中に、怪人ニジュウ面相が逃げ込んだ。ニジュウ面相を捕まえる為に追いかけていたアケチ探偵も、警官隊を引き連れて、その女子校にやって来た。

 学校は、まだ昼のさなかで、授業中だった。アケチ探偵は、まずは、職員室に学校の教員や事務員を全員集めると、彼らの尋問を行なったのである。

「ニジュウ面相は変相の名人です。彼のプライドから考えても、誰かに化けるような逃げ方はしても、建物のどこかに隠れるような真似はしないでしょう」アケチ探偵は言った。

 そして、学校の職員たちの中には、ニジュウ面相が化けたと思われる人間は見つからなかったのである。

 次に、400人近い女生徒たちが、一堂に、体育館へと集められた。

「ニジュウ面相は、魔法使いのような変相の名人です。女の子にだって化ける事は不可能じゃないでしょう」アケチ探偵は説明した。

 しかし、400人もいる女生徒たちは、さすがに一人ずつ、尋問で調べる訳にもいかないのだ。

「生徒の皆さん。全員、服を脱いでください。裸になるのです。いくらニジュウ面相が変相の名人だとは言っても、性別まで変える事はできないでしょう。彼は男だから、オチンチンがあるはずです。あるいは、作り物の女性器を股間につけて、ごまかしているかもしれませんので、よく観察すれば、すぐに分かるはずです」アケチ探偵は、得意げに告げたのだった。

 もちろん、女生徒たちは、反感を抱いて、どよめいたのだが、相手は、警察を後ろ盾にした名探偵だから、逆らう事もできないのだ。

 たちまち、体育館の中は、裸の女生徒で溢れかえったのである。その光景は圧巻であった。

 こうして、恥ずかしすぎる状況下で、生徒の中からのニジュウ面相探しが始まったのだが、なかなか、疑わしい女子は見つからなかった。

 そんな矢先、校庭の方から、用務員の大声が聞こえてきた。

「うひゃああ。ぶったまげたぁ!何者かが、校長の銅像に化けておったぞ!皆、来てくれー!早く捕まえないと、逃げられちまうぞぉ!」

 そこで、アケチ探偵も、ニジュウ面相が何にでも化けられる事を思い出したのである。

 だが、その時、アケチ探偵は、すでに、怒った裸の女生徒たちにと取り囲まれていた。次の瞬間、彼は女生徒たちによって袋叩きにされた。

 

      了


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最終更新日 : 2020-01-05 15:18:16

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解説

 そもそも、私が怪盗ニジュウ面相を自分の小説に登場させたのは、「お題に生きる男」に怪盗を出す必然性があって、どうせアホ小説なのだから、思いっきり分かりやすい怪盗にしちゃえ、という安易な発想に落ち着いたからでした。

 ところが、アホ小説なりに書いてて面白くなってきちゃいまして、悪のりして、共幻文庫のお題付きコンテストが再開するならば、再開記念の小説にもニジュウ面相を登場させちゃえ、って事で「笑いを盗む男」を書き上げちゃったのであります。

 その後も悪ふざけはエスカレートする一方で、「知ってる人だけのお話」を経たあと、「AIに負けるな」にて、共幻文庫コンテストで展開したニジュウ面相シリーズは、とりあえず終了となりました。

 アホ小説なりに、毎回、色々と実験的な書き方をしておりまして、「お題に生きる男」会話劇「笑いを盗む男」三人称に見せかけた一人称小説「AIに負けるな」中井英夫の「幻想博物館」の書き方をリスペクトさせていただきました。

 はっきり言って、これ以上奇想天外なアイディアは出てきそうにないので、このシリーズはもう続けられそうにないのですが、キャラクターたち(ニジュウ面相やアケチ探偵)だけスピンオフして、「ニジュウ面相の別荘」「アケチ大戦争」(未筆)みたいな外伝なら今後も執筆するかもしれません。


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いずみの青春(泉ちゃんグラフィティ)

目次

 

「アリとギリギリデス」

「ビデオの中の彼女」

「姪っこんぷれっくす」(共幻文庫短編小説コンテスト2016出品作)

「泉より愛をこめて」

「絵画の刑罰」

「V.O.ルーム」

「脱衣ゲーム」

「ピアッシング」(「いずみちゃん大全集」収録)

「あべこべな二人」(現在、非公開)

「ハイスクール全裸」

「ピンクの怪物」(他、別タイトル多数)

「没落お嬢さま」

「キミは知らない 〜いずみとカコのアブナイおしゃべり〜」

「いけない同級生」シノプシス

解説

 

  • 有料ページの作品は、「大人のケータイ官能小説」「小説家になろう」のノクターンノベルズなどで、無料閲覧が可能です。

 


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アングル「泉」

いずみちゃんシリーズの多数の作品の共通キーワードになっている、アングルの名画「泉」


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「アリとギリギリデス」

 アパート暮らしの私の隣の部屋にはキリギリスが住んでいる。もちろん、本物のキリギリスではなくて、イソップ寓話に出てくるキリギリスみたいに毎日ブラブラしていたから、陰でキリギリスとあだ名で呼んでいたのだ。

 その一人暮らしの青年がまともに働いているような様子は、ほんと、見た事がなかった。ほとんどの時間を、自分の部屋の中で引きこもって過ごしていたようだ。いわゆる、怠け者で、どこにも雇ってもらえない人生の落伍者って奴だったのであろうか。

 いや、勝手に結論を出すのは早すぎるかもしれない。もしかしたら在宅ワーカーだったのかもしれないし、実はそこそこの財産持ちで、働かないでいい身分だったと言う可能性もあるからだ。

 しかし、だとしても、それなりの金持ちなら、こんな安くてボロなアパートに居座るとは思えないし、やはり、無職の引きこもりなのだろうと考えた方が正しそうなのであった。

 そんな彼の事を、私はひそかに見下して、嘲笑しつつ相手にしていた。だって、私は独り身でも立派に働いているキャリアウーマンなのだ。出世街道まっしぐらとまでは言わないが、少なくても他人に対しては胸を張れる人生は送っていると自負していた。そんな私から見れば、働きもしない奴はやっぱりランク下の人間なのである。

 そのはずなのであったが、ある些細な恥ずかしい勘違いがきっかけで、私は彼と急接近する事になったのであった。

 それまでの彼とは、私はアパートの通路ですれ違っても、会釈する程度の間柄だった。オタクっぽい雰囲気を漂わせていた彼は、私が生涯で一番交わる事がなさそうな人種にも見えた。

 でも、彼が本当に見た目どおりの負け組の引きこもりなのか、実は裏の顔は相当な成功者だったのかだけは、ずっと気になっていて、前から確かめたいとは思っていたのである。

 ある日、彼の部屋を覗く事ができる絶好のチャンスが訪れた。ちゃっかり者の私は、そのチャンスを決して逃したりはしなかった。

 うまい用事ができたので、彼の部屋の前まで行ってみると、ちょうどドアが開きっぱなしになっていた。彼の方も、外出から戻ってきたばかりか何かで、まだドアを閉めていなかったらしい。中を覗き込むには最高の状態だった。

「もしもーし。いますか」

 と、私は、開きっ放しのドアから顔を突っ込んで、声をかけてみた。

「おたくの郵便物が、うちに届いていましたよ」

 いるのかいないのか、すぐには彼は現れなかった。

 そこで私は、もっと大胆に部屋の中を覗き込んでみたのだった。

 信じられないほど贅沢な家財道具とかは見当たらなかった。むしろ、質素なほど部屋の中は置かれているものが少なく、やはり、彼は低所得のただの庶民だったらしいと分かって、私は少し安心したのだった。

 その時、部屋の奥からトイレの水を流す音が聞こえてきて、間もなく、彼が慌てて姿を現わした。

「わざわざ、すみません」

 私の前に対峙した彼は、うろたえた感じで、そう口にした。なんだか、部屋の中を見られたくないような様子だ。

 この男、何をそんなに弱っているのだろう。私が見た限りでは、そんな隠し事があるような部屋にも感じられなかったのだが。

 私は、さりげなく、もう一度、部屋の中を見回してみた。そこで、地味な内装の中でも、テレビの近くの壁に貼られていた女性のヌードポスターが、ひときわ目をひく事に気が付いたのだった。

 私の視線がポスターの方に向いているのが分かると、彼はますます動揺していたのが、はっきりと分かったのだった。

 呆れた事だが、彼が部屋の中を見られたくなかった理由はこれだったらしい。しかし、一人暮らしの部屋に男が女の裸の写真を貼ったりしているのは、決して特別な事でもないであろう。むしろ、独身の男なら健全な行動のような気もするのだが、この男、なかなかのウブだったようである。

「あ、あのポスターは、そんなヘンなものじゃないんですよ。ボク、このいずみが好きで、これってアングルが・・・」

 彼は慌てて弁解したのだが、その言葉に逆に私はムッとさせられたのだった。

 と言うのも、いずみとは私の名前だったからである。隣の男の住人が、私と同名のセクシーアイドルのヌードを愛好しているとは、なんとも良い気がしない。もしかして、この男、ひそかに私にと気があったのではなかろうか。だから、部屋には、わざわざ、いずみと言う名のモデルの写真を選んで貼って、にやついていたのかもしれない。

「帰ります、あたし!」

 勝手に想像が暴走してしまった私は、急いで彼の部屋の玄関から立ち去る事にした。

 私が急に不機嫌になった事は彼にも分かったらしく、私の後ろで彼がオロオロしていたのは私にもよく感じ取れたのだった。

 

 さて、それからしばらくの間、私は彼の事を完全に忘れていた。引きこもりどころか変質者のように見えてきてしまって、忘れると言うより、思い出したくもなくなったのである。

 当然、彼とアパートの通路ですれ違っても、無視するようになった。彼の方も困ってしまったようで、私の前でどう態度をとればいいか、いつもオロオロしていたのであった。

 そんなある日、また、ちょっとした出来事が起きる事になった。正確には、私一人が勝手に突っ走ってしまったのだ。

 その日の昼間は、私は仕事で色々と失敗をやらかしてしまい、自分も落ち込むわ、上司からもさんざんに叱られるわで、そうとうにうっぷんがたまっていた。こんな時は、彼氏に優しい言葉の一つや二つでもかけて慰めてもらいたいものなのだが、この時付き合っていた彼氏と言うのがまた特に鈍感なヤツで、電話で連絡をとってみたところ、ひどく素っ気ない態度をとられてしまったのだ。その事で私もいきなりカチンときてしまい、私は彼氏と大ゲンカをしてしまった。向こうだって、なぜ私が急に怒り出したのかが分からなかったようで、当然どちらも謝らずに、電話は切ってしまい、私はますますムシャクシャした気持ちになってしまったのだった。

 その足で、一人で真っ直ぐ居酒屋へ行き、悪酔いするほどお酒を飲んだのだが、それでも気分は晴れず、そんな時、突然、隣の部屋の彼の事が思い浮かんだのである。私も、泥酔して、すっかり気持ちがおかしくなっていたのだと思う。もう何もかもヤケクソなのだから、いっそ自分の事を好いている隣の部屋の変質者と寝てやれ、と決めたのである。もちろん、彼氏への当てつけの意味もあっただろうし、自分を認めてくれない職場や社会に対する反抗のつもりでも、非道徳な事をしてやろうと思い立ったのだと思う。冷静になって思い返してみると、私ってほんとにバカである。

 しかし、この時の私は、もうすっかり、その気になっていた。

 夜遅くにアパートに戻ってきた私は、しつこく隣の部屋の呼び鈴を押し続けたのだった。

「ほら、早く出てきなさいよ!いるのは分かってるのよ。こうして、あなたのいずみが自分から来てやったんだから、ほら、喜びなさい」

 ドアの前で私はそう何度も叫んでいたらしいのだが、全く迷惑な話である。

 そして、うろたえながらも、彼がようやくドアを開いてくれたのだった。

「こらあ、遅いぞ。早く開けなさーい」

 と怒鳴って、私は彼の部屋の中へ飛び込んでいった。

 私の異常なテンションには、彼もそうとう驚いていたようだった。

「隣の蛙里さんですね。すみません、お部屋、間違ってますよ」

 と、うろたえながら彼は言った。

「間違ってないよ。だって、あたしはあんたに会いに来たんだもん」

「え?」

「え、じゃないの!ベッドはどこ?案内してよ」

「こ、ここで寝るつもりですか?蛙里さん、そうとう酔ってますね。ダメですよ、自分の部屋に戻らなくちゃ」

「一人で寝るんじゃないの。あんたと一緒に寝るの。嬉しいでしょ?」

「ちょっと!だいぶ酔いがひどいですよ。大丈夫なんですか」

「もう!何ためらってるのよ、この照れ屋さんが!あたしの事が好きで、前からエッチしたかったくせして。絶好の機会なんだから、素直に喜びなさいよ」

「ボ、ボク、そんなこと一言も言ってませんよ」

 そこで、私は壁に貼ってある女性のヌードポスターをバッと指さしたのだった。

「ウソおっしゃい!女の裸の写真に、あたしの名前で呼びかけて、夜な夜なスケベな事を妄想していたくせに!」

「それ、写真じゃないですよ。絵です、有名な名画」

 彼にそう言われて、私はハッとしたのだった。

 壁の全裸女性のポスターをよく見直してみたが、確かに、グラビアではなく絵画である。あまりに精巧に描かれた絵だったので、パッと見ただけでは写真と勘違いしてしまったようなのだ。

「アングルと言う有名な画家が描いた『泉』と言う絵です。とっても奇麗な女の子の裸婦像で、ボクの憧れなんです。猥褻な気持ちで貼ってたんじゃありません」

 彼の説明を聞いているうちに、私はすーっと酔いが醒めていったのだった。

 私ったら、何て、はしたない事をしてしまったのだろう!それも、自分より下だと見下していた相手に対して。これでは、私の方がずっとイヤラシい変態女ではないか。しかも、相手が自分に惚れていただろうなんて自惚れてもいた訳だから、なおさらタチが悪い。

「ご、ごめんなさーい!」

 私は、顔を伏せて、慌てて彼の部屋から出て行ったのだった。その時の私は、お酒のせいではなく、本当に顔が真っ赤になっていたに違いあるまい。

 

 こんな出来事があった後、私と彼は急速に親しくなっていったのだった。

 翌日、いの一番に彼の部屋へと出向いた私は、ひたすら昨夜の無礼を謝り、彼の方もさっぱりした態度でそれを許してくれたのだった。

 それからの詳しい経緯は少し省く事にするが、私は、彼が実はただの引きこもりニートなんかではなく、プロの小説家を目指している大志の持ち主だった事を知り、次第にそんな彼に惹かれてゆくようになったのである。

 しかし、筆一本で暮らしていけるような小説家になるのは、そう簡単な話ではない。定職につかず、多くの時間を売れるかどうかも分からない小説を書く為に費やしていた彼の生活は、じょじょに厳しいものになりつつあるようだった。

 そんな彼にとって、隣に住んでいて、いろいろと助けてくれる私の存在は力強い味方となったようで、私の方もまた、彼のサポートをする事が不思議と張り合いに思えてきていたのである。

 そんなある日の事だった。

「おーい、キリギリスくん。差し入れ持ってきてやったよ」

 そう言いながら、仕事帰りの私はそのまま彼の部屋へと押し掛けた。

 この頃の私は、彼の部屋の合鍵も持っていて、毎日のように彼の部屋に訪れるようになっていた。

 その日も、帰路の途中にあるコンビニで弁当を買って、彼の夕食用にと持っていってやった訳なのだが、部屋の中に入ってみると、何やら、彼は部屋の真ん中にちょこんと正座していて、ひどく落ち込んでいたのだった。

「あ、蛙里さん。いらっしゃい」

 私の姿を見て、彼がそう弱々しく声を発した。

「どうしたのよ。またえらく沈んでるようだけど」

「応募していた小説コンテストの結果が、今日、分かったんだけど、今回も入選からは外れていたんです」

 そうなのだ。コンテストで落選するたびに、彼は激しく落ち込むのである。しかし、今回は特に落ち込み具合が激しいようにも見えた。

「ボク、やっぱり才能が無いのかもしれません。小説家になるのなんて、あきらめた方がいいのかも」

「なに、弱気になってるのよ。あたしは、キミの書いた小説、好きだよ。続けていたら、いつかは絶対に報われるから、めげないで頑張りなさいよ」

「でも、これ以上は、一人で暮らしてゆくのも限界っぽいんです。実は、ボク、北海道の田舎に実家があるんです。親は酪農をしていて、前から跡を継ぐように言われていました。そろそろ観念して、田舎に戻った方がいいのかなあ、と思って」

「だけど、キミ、酪農なんてやりたいの?その仕事、キミに向いてる?どうしても小説家になりたかったのと違ったの?」

「仕方ないです」

 彼のイジイジした態度を見ていると、私も少々じれったくなってきたのだった。

 私は、バッと壁に貼ってある「泉」のポスターに指を突き付けた。

「キミに足りないものが分かったわ。パトロンよ。中世の芸術家たちはね、皆、よけいな仕事はしないで、芸術品を生み出す事だけに集中していたのよ。彼らがそういう生活を送って、後世に傑作を残す事ができたのは、彼らを支える後援者、パトロンがいたからだわ。キミにも、パトロンが必要なのよ。パトロンさえいれば、今まで通りに存分に小説だけを書き続ける事ができるでしょう。あたしがそのパトロンになってあげるわ。これで文句はないでしょう?」

 かくして、アリとキリギリスは一つに結ばれて、どちらも幸せになったのでありました。めでたし、めでたし。    おしまい

 

  ーーーーーーーーーーーーーー

 

 以上のような小説を読まされて、私は思わず絶句したのだった。

「なによ、これ?」と、私は小さくつぶやいた。

「今回は、ボクたちの今までの体験をありのままに小説に書き起こしてみたんです。事実は小説よりも奇なりで、面白いものでしょう。これなら、今度こそ審査員の心も突き動かせると思いませんか」私の目の前では、ギリギリデスのヤツがそう言って、自信満々の表情を浮かべていたのだった。

 キリギリスですらない。もはや、生活破綻寸前のラインで何とか暮らし続けていた彼の事を、私は小バカにして密かにギリギリデスと呼んでいたのだ。

 それにしても、いくら小説コンテストになかなか入選しないからとは言っても、この小説はあまりにも酷すぎる。情けない事に、彼と私が交際するようになったきっかけのくだりが本当に事実だったりするものだから、私としては、ますます笑えないのだ。しかも、この小説、自分ではなくて、私、蛙里いずみの手記というスタイルで書いてやがるところも、何だか腹立たしい。完全にフィクションなのはオチの部分だけである。

 こんな小説を、彼は本気で次の小説コンテストに応募するつもりなのだろうか。ましてや、こんな内容がほんとに入選できるとでも思っているのであろうか。

 あるいは。

 もしかすると、この小説は、彼の私に対するプロポーズだったのかもしれない。彼は、私に本当にパトロンと言うか、パートナーになってほしいと思っていたのではなかろうか。

 ギリギリデスと付き合うようになってから、私は、意外とダメ男にのめり込んでしまうタイプだったらしい事が分かったのだった。世間的に考えれば、それは良くない傾向なのだろうし、もしギリギリデスなんかと結ばれれば、不幸な結婚生活が待っているのはほぼ確実であろうと言う不安も覚えていた。

 はたして、私はギリギリデスに対して、どんな返事をしたらよいのだろう。

 目の前でニコニコしているギリギリデスと彼の小説の原稿を交互に見比べながら、私はすっかり困惑してしまったのであった。

 

  ××××××××××××××××××××××××

 

「私も小説を書いてみたんだ。どうだろう、面白いかな?」と、かわいい笑顔を浮かべながら、彼女が見せてくれた小説とは、以上のような内容だった。

 こんな小説を読まされて、僕の方こそ反応に困ってしまったのだった。

 彼女、蛙里いずみは、確かに、この小説どおりの、アパートの僕の隣の部屋に住んでいる独身のキャリアウーマンだ。しかし、僕とは全く交際などしていなかったし、こうして言葉を交わすようになったのも、つい最近になってからだった。

 たまたま、僕がプロ目指して小説を書いている事を知って、彼女の方から読んでみたいと言って、近づいてくるようになったのだ。彼女は可愛かったし、何となく自分のファンができたようで嬉しくて、僕の方もあっさりと彼女に気を許して、仲良くなっていったのである。

 すると、いきなり彼女は上記のような小説を書いてきて、僕に見せてくれたのであった。

 一体、彼女は何を考えていたのだろう。

 根性がなくて、すぐ仕事を辞めてしまう僕は、失業している時も多く、彼女の目には、なるほど、怠け者のキリギリスのようにも見えていたのかもしれない。その事をからかって、と言うか、たしなめるつもりで、こんな小説を書いてよこしたのだろうか。

 でも、それだけじゃないようなニュアンスも感じられる。ヒロインのいずみがやけに主人公(つまり、僕をモデルにしたキャラクター)に対して積極的みたいな感じもするのだ。性的なアピールの点でも、読まされているこっちが恥ずかしくなってくるほどの大胆さである。

 ひょっとすると、彼女は、小説を通して、本物の僕の事も誘っていたのであろうか。あるいは、誘っているように見せかけているのもまた、彼女のイタズラなお遊びなのかもしれない。

 まだ一度も女性と付き合った事がなかった僕にしてみれば、本当に可愛い蛙里いずみみたいな子と恋仲になれるのはまさに夢のような話だったのだが、でも、彼女の書いた小説を読んだ限りでは、今の自分の生活態度をあらためない事にはやはりムリな望みなのかな、とも思えてしまったのだった。

 アリとキリギリスがくっついてハッピーエンドなんてウマい話は、実際にはあり得ないのである。

 

     了


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最終更新日 : 2020-01-05 15:18:16

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<解説>「アリとギリギリデス」元ネタ

 「アリとギリギリデス」は、そもそも、冗談的にタイトルだけが先にひらめきまして、この笑えるタイトルだけが全てで、内容はどうでもいいような感じでした。

 まぁ、書くとしたら、働き者のアリより怠け者のギリギリデスの方が最後に幸せになるオチかなと、そこまでは決まってまして、たとえば人間に捕まったギリギリデスは快適な環境(人間の部屋)で冬を過ごすが、アリの方は厳冬のせいで凍え死んでしまうとか、そんな話を想定していました。もちろん、本気で書くには至りません。

 それが、アットホームアワードに何かもう少し出品したいと考えた末、このタイトルが急にピックアップされました。インパクトあるタイトル推しで、そこに無理やりストーリーを当てはめたのが、完成した「アリとギリギリデス」だったのであります。はっきり言って、執筆経緯がデタラメだから、完成品もろくなものではありません。

 ただ、「アリとギリギリデス」本編そのものは失敗でも、蛙里いずみシリーズが誕生するきっかけにはなりました。全くの無意味でもなかったのです。

 蛙里とは「かえるざと」とも「かわずざと」ともどちらで読んでもいいのですが、発音を変えると実は「あり」になります。そして、いずみの方はアングルの「泉」に引っ掛けられています。結局、この「いずみ」の方が膨らんでいって、シリーズ化する事となったのです。

 蛙里いずみシリーズは、少しエロ要素を盛り込むようにしています。「アリとギリギリデス」ではセックスを匂わす話が出てきた程度でしたが、以後の作品では、どんどんエスカレートしていきました。作者はちょいエロ小説のつもりだったのですが、末期の「絵画の刑罰」あたりに至ると、かなり内容がエグくなってしまい、こんなのが果たしてコンテストに出品できるのだろうかと困っている次第です。


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最終更新日 : 2020-01-05 15:18:16

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「ビデオの中の彼女」

 某地方の奥地にK温泉はある。このK温泉こそは、20年前、蛙里いずみが出演した成人用セクシービデオ「湯けむりの天使」のロケ地でもあるのだ。

 いや、回りくどい書き方をして誤摩化すのは止める事にしよう。この「湯けむりの天使」と言うオリジナルビデオは、実はアダルトものなのである。当時20代前半だった蛙里いずみは、このビデオの中で、まぶしいヌードも惜しみなく披露していたのだった。

 蛙里いずみの名前は、インターネットで調べてみても、恐らく引っかかりはしない。彼女は、正規のヌード女優などではなく、このビデオのみに出演した生粋のシロウトだからだ。「湯けむりの天使」と言うビデオのタイトルの方も、ネットでは多分見つからないはずだろう。このアダルトビデオ自体が、そこまで無名な作品なのである。

 しかし、私にとっては、もっとも思い入れのあるビデオでもあった。特に、出演していた蛙里いずみの愛らしい姿に、私は20年間、癒され続けてきたのである。彼女は本当に私にとっては唯一の存在だったのだ。

 ゆえに、このたび、私は、K温泉への一人旅を敢行する事に決めた。20年前の蛙里いずみが、どのような気持ちでこのビデオに出ていたのかを、あらためて追体験したくなったからである。

 東京を出発した私は、その日のうちに、K温泉のある地方に到着し、正午過ぎには、K温泉内の○×旅館へとチェックインした。

 この○×旅館もまた、「湯けむりの天使」のロケ現場の一つでもあったのだが、私にはまず先に訪ねておきたい場所があった。

 ○×旅館のすぐそばに、K温泉の観光名所の一つでもある大きな吊り橋がある。その吊り橋を渡った先は、散策ルートになっていて、K温泉周辺の豊かな自然を楽しめる趣向になっていた。この散歩道の一角にはきれいな小川が流れている河原もあって、そこが「湯けむりの天使」の最初のロケ現場でもあるのだ。

 「湯けむりの天使」のビデオを頭から再生してみると、まず、石だらけのこの河原がばあっと画面上に登場する。そこに、純白のレオタードを着た蛙里いずみが笑顔で現れ、リボンやフープ、ボールなどの小道具を持つと、やった事もない新体操の真似事をいっぱい披露してみせるのだ。たどたどしい彼女の動きは、まるで幼稚園のお遊戯のごときであったが、それが逆に愛嬌いっぱいで、微笑ましく鑑賞できたのである。

 この河原に来た私は、靴下を脱ぎ、思い切って裸足になってみた。石の冷たさをじかに感じる事で、露出の多いレオタード姿で踊っていた蛙里いずみの気分を、少しでも味わってみようと思ったからだ。

 冷たくてゴツゴツした石の肌触りが本当に気持ちいい。この少し照れ臭くて、開放的な気持ちになれる撮影を続けてゆくうちに、蛙里いずみは大胆なヌードも公開する決心を高めていったのである。

 この河原から少し離れたところに、壁の岩はだが完全にむき出しになった直角の崖があった。この壁の前でポーズをとった構図でも、蛙里いずみはビデオ内に写っているのだが、これがまたアングルの名画「泉」を彷彿させるような、なかなかの美しいカットに仕上がっているのだ。

 20年経った今でも、その壁の岩はだは手つかずのまま、当時の状態を保ち続けていた。私は、着衣したままだが、そっとその岩はだの前に立ってみた。そこは日陰になっていて、前方以外の視界がすっかり遮断されていた。静かに、ただ小川のせせらぎだけが心地よく聞こえてくるのであり、どこか神秘的な気分を味わえるのだった。「湯けむりの天使」を知らなければ、まさに気付かなかったであろう穴場である。

 さて、そろそろ○×旅館に戻る事にしよう。

 ○×旅館には、名物の露天風呂があるのだが、ここが「湯けむりの天使」の次のロケ現場でもあるのだ。

 20年前は、この露天風呂は男のみの入浴場所だったようで、それでも、ビデオのスタッフは、旅館の許可を得れたらしく、蛙里いずみは、貸し切り状態で、ビキニを付けて入浴していた。

 そもそも、この露天風呂が女人禁制にされていたのは、外部から露天風呂の内側が丸見えだった事が最大の理由だったようである。それでビキニ着用が条件になったらしいとは言え、でも、この露天風呂の女性入浴者第一号になれた事は、蛙里いずみとしても、さぞ自慢げに思えていたに違いあるまい。

 現在はこの露天風呂も、時間制で女性も入れるようになっている。露天風呂周辺の環境も整備され、女性の入浴時間帯は関係者以外は近づけないように配慮されているらしい。

 私もさっそく、この露天風呂には浸からせてもらった。さいわい、私以外の入浴者とは鉢合わせせず、20年前に蛙里いずみがビキニ姿でこの露天風呂内ではしゃぎ回っていた姿を自分に重ね合わせて思いふけってみたら、より露天風呂を独占している気分が堪能できたのだった。私にとっては、この露天風呂はあくまで蛙里いずみのメモリアルな場所なのだ。

 もちろん、露天風呂から見える外のロケーションも拝ませてもらった。それが、この露天風呂の目玉でもあるのだから。眼前に広がる大自然は、なるほど、皆が絶賛する美しさであり、確かに男だけの楽しみにしておくのは惜しいものがあった。しかし、蛙里いずみは、自分が写される事に夢中になっていたみたいで、20年前の撮影時には、この絶景を眺めていなかったようなのであった。

 ビキニ着用が条件だったにも関わらず、この露天風呂のくだりの最後の最後のショットで、蛙里いずみは、照れながらも、そのビキニを自分から上も下も外している。「湯けむりの天使」の中で、彼女がはじめて全裸になった瞬間であり、セクシーな撮影が続く中、彼女の方からもっと自分を見せたい気持ちになっていったらしい。そして、次の室内大浴場での入浴シーンでは、彼女もとうとう全裸で撮影に臨む事となるのだ。

 私も、彼女の軌跡を追って、露天風呂のあとは室内大浴場へと入りたいところだが、ここは先に夕食をとる事にしよう。「湯けむりの天使」でも、露天風呂と室内大浴場のパートの間には食事のシーンが挟まれているからだ。

 宿泊している和室に戻り、用意されていた夕食に箸をつけてみると、ある事に気が付いた。この料理、見覚えのあるものばかりなのだ。季節の山菜を主体にした郷土料理なのだが、思い出してみたら、どれも「湯けむりの天使」の中で蛙里いずみが口にしていたものばかりなのであった。どうやら、「湯けむりの天使」のロケと同じ季節にここに訪れたものだから、運良く、同じメニューを食べられたらしい。そして、おいしい土地の味を満喫させてもらいながら、20年経っても変わらぬ名物料理を提供し続けている老舗の旅館の粋な姿勢に、深い感動の気持ちも沸き上がったのだった。

 食事後、蛙里いずみは、旅館のホール方面にある娯楽施設で少し遊んでから、室内大浴場へと向かっている。「湯けむりの天使」の中で、彼女はゲームセンターで遊んだり、お茶目にカラオケを歌ったりしていたのだ。私も、ちょっとホールの方を覗いてみたのだが、残念ながら、今はゲームセンターもカラオケが歌える場所も無くなっていた。もはや時代が違うのだ。蛙里いずみが楽しそうに遊んでいた事を思うと、その思い出の場所をもう確認できないと言うのは、やや心残りにもなったのであった。

 そして、浴衣を身に着けた私は、室内大浴場を目指した。蛙里いずみも、まずは浴衣姿に着替えて、それから浴場へと入ったのである。

 ビデオ内では、この時も、大浴場は蛙里いずみ一人の貸し切りにしてもらっていた。スタッフ以外、誰にも見られていない場所で、彼女は生まれた時の姿に戻って、存分に大きな浴場でのたった一人の入浴をエンジョイしたのだ。ヌードを撮影されたとは言え、一生忘れられないような体験ができたのである。

 今回、私が入浴した時は、さすがに貸し切りと言う訳にもいかず、他にも何人かの入浴客がいたのだが、それでも、この浴場内で蛙里いずみが無邪気に跳ね回っていた姿を思いふけるにあたっては、邪魔に感じるほどのものではなかった。

 この大浴場は混浴ではない。しかし、若く、はつらつとしていた蛙里いずみのような女性と一緒にこの浴場を堪能できたのならば、殿方たちは、さぞ夢のごとき時間を過ごせた事であろう。 

 室内大浴場でのひとときを十分に楽しんだ私は、まっすぐ自分の部屋へと戻った。そして、20年前の蛙里いずみにも、自分の部屋にて最後の撮影が待っていたのだった。思い切って全裸になるほど開放的な気持ちになっていた彼女に対して、撮影スタッフは、寝る前の布団の上で、少し大胆な一人遊びをやってみせるよう指示したのである。もちろん、蛙里いずみはそこまで過激な撮影に対しては拒否もできたのだろうが、度重なるエロチックな撮影に彼女自身がすっかり高揚してしまっていたようだ。彼女は、体のうちの熱い思いを押さえておく事ができずに、ただの真似事でも良かったと言うのに、本気で一人遊びしている姿をカメラの前で披露するのである。

 その光景は完全に「湯けむりの天使」内におさめられており、シロウト娘のはしたない失態になったみたいな感じもするが、本人はその時、味わった事のない甘美な官能に浸れていたようなので、悔いは無かったのかもしれない。このビデオを見た殿方たちにしても、ただのセクシービデオではなく、クライマックスで、出演女性の積極的な姿まで拝めた訳だから、不満は無いはずなのである。

 この最後のロケ場所は、私が泊まった部屋ではなかったはずだ。しかし、この旅館の和室はどこも同じ作りになっている。あの時の蛙里いずみの姿を重ね合わせてみる分には、問題はなかった。私も、今夜は、最高に幸せな気分にまどろんでいた蛙里いずみの幻を、我が身のそばに感じつつ、素敵な夜を迎える事としよう。

 翌朝、私は○×旅館をチェックアウトした。こうして、私の「湯けむりの天使」を偲ぶ旅も終わったのである。

 来て良かったと思う。20代のまだ希望に溢れていた蛙里いずみの気持ちを、身を持って実感する事ができた。若い頃って、たとえ照れ臭い体験であっても、甘酸っぱい思い出に変えられるものなのである。

 私も今回のこの感銘を新たな支えにして、明日からを力強く生きていく事にしよう。

「あれ、あなた、蛙里いずみさんですね。ほら、20年前も、ここに来られた」

 私が旅館を背にして、少し歩き出した時、そう声をかけられたのだった。

 話しかけてきたのは、恐らく、○×旅館の主人と思われる男性だ。還暦はとうに過ぎていると思われ、頭はすっかり禿げ上がっている。

「あら、よく分かりましたね。あの時の事、覚えてましたか」私は口ごもった。

「そりゃあ、忘れませんよ。すごいべっぴんさんが、うちの旅館なんぞにビデオの撮影に来てくれたんですからね。いやあ、今でも、あなた、美人さんのままじゃありませんか」主人は、ほがらかに笑いながら、私へと話しかけてきた。

「でも、いやらしい目的のビデオだったんですよ。今思うと、逆に迷惑だったんじゃないかなって」

「いえ、とんでもない。こんな場所まで来て、撮影に使ってくれたりして、うちらはとても嬉しかったですよ」主人はそう言ってくれるのだった。

 実は、「湯けむりの天使」の主演の蛙里いずみとは私だったのである。20年前の事が急に懐かしくなって、このK温泉の地にさりげなく訪れてみたのだった。まさか、当時の関係者がまだ覚えていてくれたとは意外であった。

 あの頃の私は怖いもの知らずで、街中で映像会社のスカウトに誘われた時、全ては見せなくていいと言う約束を鵜呑みに信じて、アダルトビデオの収録に参加してしまったのである。実際、最初の撮影はレオタードとビキニだった。しかし、撮影スタッフたちに持ち上げられ、すっかりスター気分に酔いしれてしまった私は、最後は自分から何もかもをカメラの前に晒してしまったのである。

 今思えば、よく、これ一回のビデオ出演で済んだと思う。ヘタをしたら、このビデオを脅しのタネに使われて、次々にアダルトビデオへ出演させられていても、おかしくなかったところだ。全く、運が良かったのだと思う。

 もっとも、ビデオに出演したあと、私は個人的にはドキドキする日々を送り続けていた。このビデオに出演した事は、家族はもちろん、友達にも職場にも秘密にしていたのだが、ある日突然にばれちゃって、誰かから指摘されるのではないかと思ったからだ。

 しかし、それすらも結局はなかった。世にアダルトビデオは溢れているのである。そんな中で、「湯けむりの天使」は本当に誰も見てないような無名の一本にすぎなかったのだ。そうなると、私だってあれだけ興奮しながら出演したビデオだっただけに、逆に寂しい気持ちになってきたのだった。

 あれから20年が経つ。男運に恵まれない私は、今やすっかり独り身の冴えない中年女となっていた。自分の不幸な人生を嘆いているうち、むしろ「湯けむりの天使」に出演した時が一番自分が輝いてたのではないかとも思えてきたのだった。何よりも、このビデオには、私がまだ結婚する事も夢みていて、若くて、もっとも美しかった頃の姿がおさめられている。

 けがらわしいアダルトビデオなんかに、そんな感情を抱くなんて、お前は異常だ、と思う人もいるかもしれないが、私のように、恋に絶望した女性ならば、それもありうるのだ。私をモノ扱いにして、利用する事しか考えていなかった男たちに比べれば、「湯けむりの天使」に出演したひとときの方がずっと私は愛に満たされていた。

「女房には内緒ですけどね、あなたが出演したビデオ、私は今でも持ってるんですよ。おっと、いやらしい事する為にではなくて、あくまで記念としてですけどね」旅館の主人は言った。

 その一言を聞いた途端、私の目からは涙が溢れてきたのだった。

 確かに「湯けむりの天使」を見てくれた人が、ここに一人いる。この人は、「湯けむりの天使」の中の私の事を分かってくれているのだ。私の大切な分身、私の美しい青春の事を。

 やはり、ここを訪ねてみて良かった。

「あら、あなた、泣いているんですか。すみません、嫌な事を思い出させちゃいましたかね」私の目が潤んでいたのに気が付いた旅館の主人が、心配そうに謝ってくれた。

「いや、違うんです。ごめんなさい」と、私は慌てて言った。「何でもありませんから、気になさらないで。本当です」

 そして、私は、心からの笑顔を浮かべてみせた。

 

     了


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「泉より愛をこめて」

(本作は、アングルの名画「泉」が、もし無名の画家の描いたものだったら?という空想のもとで書かせていただきました)

 

「君のそのポーズだけどね、芸術用語ではコントラポストと言うんだ。真っ直ぐに立たずに、下半身は左足に重心を置き、右手は頭の上で左側へ曲げる事で、全体がS字っぽい形になっているだろう。これは、古代ギリシャ時代から伝統的に受け継がれている、もっとも美しい姿勢の一つなんだ」

 全裸で立っている蛙里いずみの前で、角土はそう楽しそうに説明した。

 今、いずみは彼氏の角土の絵画モデルをしている最中だ。角土は、いずみとほぼ同い年の、つまり20歳なかばの売れない画家の卵だった。いずみの方は、今の角土のウンチクもまるでチンプンカンプンな、芸術とは全く縁のない普通のOLだったのだが、それでも二人の関係はそこそこに順調だったとも言えた。

 もともと、いずみは、イケメンや社交上手のチャラ男よりも、オタクや暗そうな男ばかりに惹き付けられる傾向にあった。その手の男性には童貞も多く、セックス好きのいずみは、そうした野郎どもに一人でも多く最初の性の喜びを教えてあげるのを、女の武勇伝として自分の自慢としていたのである。

 だから、友人から、貧乏で変人の画家の知り合いがいると聞いた時は、いずみも直感が働いて、すぐにその人物を紹介してもらったのだった。それが、この青年、角土なのである。

 明らかに異性パートナーがいなかった角土と、間もなく、いずみは恋人同士になる事に成功した。彼のアパートの部屋にも入れてもらえたし、二人で外食に出かけたりもしたので、少なくても、いずみの方はもう彼の交際相手になれたものと確信していた。ただ、肉体関係だけがまだだった。

 やがて、角土はいずみに自分の絵のモデルになってくれないかとお願いしてきたのである。それも、ヌードの。

 このように頼まれて、いずみは、ようやく角土も自分とセックスする気になってくれたのだと勝手に喜んだのだった。ヌードモデルの話は自分の服を脱がす為の口実だと思ったのである。

 ところが、実際に絵画制作が始まると、角土は本当にもくもくといずみの裸身を描く事だけに集中してしまったのだった。

 いずみがモデルとして脱ぐ場所は、彼の部屋の中なのだが、最初のデッサンの日、その日の作業が終わったあと、素っ裸だったいずみは真っ直ぐ、角土のベッドに転がってみた。角土の方も、すぐベッドに来て、そのまま愛し合う行為を始めるかと思ったからだ。

 しかし、角土はいずみに労いの言葉をかけると、疲れてるなら今日は泊まってもいいよと言って、自分は外へと出かけてしまった。

 拍子抜けしたと言うか、いずみには何だか訳が分からなかったのであった。それで結局は何事も無しである。いずみが出て行ってしまうまで、角土は部屋には戻ってこなかった。

 その後も、ヌード絵画制作は続き、いずみは何度も角土の部屋に呼ばれてモデルをつとめたのだが、そのたびに作業終了後のセックスをいずみの方は期待していたにも関わらず、角土は一度もいずみを抱いてはくれなかったのだ。

 そんなじれったい日々が何日も続いた。絵だけが着実に完成へと向かっていた。

 一緒に寝ていない以上、いまだに、角土が未経験だったかどうかの確認はとれていない。しかし、いずみの側は、一方的に自分の裸を見られている事で、角土相手にセックスしたいと言う興奮がどんどん膨らんでいってしまうのであった。だって、ここまで自分の全てを拝ませているのに、性行為をしてないなんて、どう考えても変ではないか。

 もしかすると、角土は絵が全て完成した暁に、その喜びの絶頂の流れで、いずみを愛そうとしたのかもしれない。いずみもそう考えて、さらに辛抱を続けていたのだが、いい加減、自分を抑えられなくなり始めていた。

「ねえ。だいぶ出来上がってきたんじゃない?」

 ある日のヌード画制作のあと、いずみは角土のキャンバスを見ながら、そう角土に話しかけてみた。もちろん、まだ裸のままで。

 角土の絵は、確かにかなり仕上がっていた。いずみをモデルにしたメインの裸婦像の部分はほぼ描き上がっている。絵の中の裸婦は、正面を向いて、少し足を内股にして立ち、顔の真左に位置する場所に大きな壷を両手で抱えていた。実際のいずみは、円筒形の大きなお菓子の缶を持たされていたのだが、絵の中では見事に壷に化けていたのである。その壷を、絵の中の娘は、なぜか注ぎ口を下の方に向けて、持っていた。

「ねえ、この子、すごいスタイルがいいわね」と、いずみは言った。

「そりゃあ、君がモデルだからね」角土が、お世辞だか本気か分からないような言葉を返してくれた。

「でも、ちょっと人間らしい温かみが感じられないかも。まるで、彫刻みたい」

 いずみにそう言われて、角土は少し険しい顔つきになった。まさか、そんな指摘をされるとは思ってもいなかったのであろう。

 困惑した表情で、角土はいずみの顔を見つめた。

「ボク、女神のつもりで、この子を描いたんだけど、嬉しくなかった?」と、彼は口ごもった。

「私が女神?私が?」いずみはクスクスと笑った。「私は人間のままがいいな」

「でも、ボクは君を、超越的な存在の女神として描きたかったんだ」

 いずみは真摯なまなざしを静かに角土へと向けた。

「この絵の子が冷たく見えるのはね、女神として描いたからじゃないよ。あなたが、本物の女性の温かさを知らないからだわ。女の子の温もりや柔らかさを覚えたら、あなたはもっと素敵な絵を描けると思うよ」

 いずみにそんな奇妙なアドバイスをされ、角土もかなり狼狽していたようだった。

 そこで、いずみは、さらに追い討ちをかけてみた。そっと角土の右手を持つと、その手を自分の方へ引き寄せ、むき出しの乳房に触らせてみたのである。

 ギョッとして、角土は慌てて右手を引っ込めた。乳房を触られたいずみの方が、ずっと落ち着いていた。

「どう?他の場所も触れていいのよ。二人で愛し合ってみたら、きっと、今以上のインスピレーションだって湧くはずだわ」恐ろしく冷静な口調で、いずみは角土に提案してみた。

「ダメだよ、そんな事をしたら!ボクはそんなつもりで、君のヌードを描きたかったんじゃないんだ!」角土は叫んだ。

「なぜよ?あなた、インポやホモでもないんでしょう?それなのに、なぜ、私の事を抱きたくないの?」

 いずみは、角土がこっそりアダルトDVDを借りて観ていた事を知っていた。彼が性異常者でない事もきちんと調べあげていたのだ。

「あなたにとって、私は一体、何なの?私は、あなたは自分の恋人だと思っていたわ」そう言って、いずみはさらに角土へと詰め寄った。

「ボクだって、君の事は大切な彼女だと思ってるよ」

「何人めの?」

「は、はじめての」

「だったら、なおさら、なぜ私の事を抱いてくれないのよ?おかしいよ、それって!こんなの恋人同士とは言えないよ!」

 そして、いずみはいきなり角土へと抱きついていったのだった。角土の体に両手を巻き付け、否応無しに自分の唇を角土の口へと押しつけた。信じられない事に、キス行為さえ、これがはじめてだった。

 しかし、次の瞬間、角土は強引にいずみの体を自分から引き離したのだった。

「違うよ!ボクは、君の事が本当に好きなんだ。だから、君の体は汚さずに、きれいな姿を絵の中に残しておきたいんだ」角土が叫んだ。

「そんな言い訳、分かんない!私はあなたと素直に愛し合いたいの!」いずみも叫んだ。

 二人の間には完全に距離が空いていた。やや離れた場所にあったキャンバスの中の裸婦は、二人の痴話げんかを呆れて眺めていたようにも見えた。

 いずみの方はまだ興奮していたが、性欲より憤りの方がすっかり上回ってしまったようだ。

「もういいよ!意気地なし!」

 そう吐き捨てるように怒鳴ると、いずみは急いで衣服を身に付けだした。そして、うなだれている角土にそっぽを向けると、さっさとこの部屋から飛び出してしまったのだった。

 その後、いずみは角土とは会っていない。角土の方からも、いずみへは何の連絡もよこさなかった。いずみも大人げない事でケンカしちゃったと多少は後悔もしていたのだが、自分の方が間違っていたとは思えなかったので、角土に自分から謝って、無理によりを戻す気にもなれなかった。当然、ヌードモデルの方もあれっきりだったので、あの絵が無事に完成したのかどうかも分からない。

 いずみが、角土の訃報の連絡を受けたのは、それから約1年後の事である。あまりにも若すぎる死だった。はっきりとした死因は聞かなかったが、自分の部屋で倒れていたのを、アパートの大家が発見したのだと言う。

 友人からその話を告げられ、いずみもさすがに動揺したのだった。

「あなた、角土さんとは交際もしていたのでしょう。今度、角土さんの画家仲間が、合同の絵画展を開くらしいわ。偲ぶ意味も込めて、角土さんが描いていた絵も一緒に飾るそうよ。あなたは、角土さんの葬式には行ってないんだし、せめて、その絵画展だけでも見に行ってあげたら、どうかしら」

 友人にそう勧められて、いずみも迷いながらも、結局、角土の遺品となった絵の数々を見てくる事にしたのだった。

 絵画展は、交際中に角土に何度か連れていってもらったギャラリーにて開かれていた。感傷的な記憶に浸る姿を知り合いの前では見せたくなかったので、いずみは一人でこっそりと、この絵画展に訪れてみたのである。

 観たかったのは角土の絵だけだったのだが、合同展示会だったので、思った以上に角土の絵は置かれてはいなかった。いずみとしては、あの例の絵が果たして、あるかどうかもひどく気になっていた。

 そして、会場の中を歩き進んでいくうちに、とうとう、彼女はあの絵を見つけたのである。いずみがモデル放棄したにも関わらず、角土は絵をきちんと完成させていたのだ。

 少し離れた場所から、その絵を見つけて、思わず、いずみは目を見張った。そのまま立ち止まってしまった。いずみには、その絵がそれほど眩しく見えたのである。

 いずみが最後に見た段階ではまだ未完成だった部分が全て描き込まれていた。いずみがモデルをつとめた美しい裸婦が、何やら殺伐とした岩はだの手前にと立っている構図だ。背景が味気ない分、よけい裸婦の姿は輝いて見えた。確かに女神のごとき神秘さも漂わせているのである。

 そして、あの制作途上の時に感じた冷たさが、なぜか今の絵の少女からは伝わってこなかった。よく見ると、この少女は、頬を赤らめているのである。目もうつろだし、口も開いていた。おやおや、この子は全裸を晒している自分の事を激しく羞恥しているようだ。女神のごとき完璧な女体に、人間っぽい未熟な心を添えるとは、なんて鮮やかな着想なのだろう。角土は、いずみのアドバイスを忘れずに取り入れてくれたのである。いずみのヌードを最高に素晴しい形の絵に直してくれたのだ。それで、なおさら、いずみには、この裸婦の姿が愛おしく見えたようなのである。

 絵の下の部分には、タイトルの札があり、そこには「泉」と書かれていた。そのタイトルを見て、さらにいずみは熱い思いがこみ上げてきたのだった。

 この絵の前には、ちょうど一組の若いカップルが立っていて、和やかにこの絵を鑑賞していた。

「へえ、この絵、『泉』と言うのね。どこにも泉なんか無いのに、なぜなのかしら」と、カップルの女の方が何気なく口にした。

「それはきっとね、この裸の女の子が泉を擬人化したものだからなんだよ。ほら、見てごらん、この子が持っている壷から水が流れ落ちているだろう。つまり、水が溢れ出る様子を象徴しているんだ」カップルの男は、そう得意げに解説してみせた。

 違うよ!この裸婦の名前がいずみなのよ、と、たまらず、いずみは心の中で叫んでいた。

「この絵、本当に素敵よね。でも、気の毒に、この絵を描いた人は、もう亡くなっちゃったそうよ。この絵が遺作だったらしいわ」さらに、カップルの女がそんな事を喋った。

「こんな綺麗な幻想の女性を描ける人だ。確かに、惜しい才能を無くしたのかもしれないね」カップルの男も、そう返していた。

 だから、違うんだってば!この子は私、私がモデルなのよ、といずみもしきりに心の中で訴え続けていた。やがて、急に涙がこぼれてきたのだった。

 角土は、自分に対して、こんな清純なイメージを持ち続けてくれていたのである。本当はセックスまみれの、はすっぱだった自分の事を。そんな彼女の実像をはっきり目にしていたにも関わらず、角土自身は彼女の事を絶対に抱いたりしないで、ピュアな印象を崩さないようにしてくれていたのである。

 愛の形とはさまざまなのだ。この絵は、角土がいずみに捧げた究極の愛のプレゼントなのである。こんな素敵な愛情表現をしてくれた角土の思いを、自分はなぜ理解してあげなかったのだろう。そして、この絵が遺作だったと言う事は、角土は別れた後も自分への愛を最後まで貫き続けてくれていたと言う事なのだ。いずみを純白で愛らしい存在として讃え続けながら。その結晶がこの絵なのである。角土自身はもうこの世にいないが、彼のいずみへの愛は、芸術として、絵画として、これからも残り続けるのだろう。文字どおりの永遠不変の愛として。いずみだけに注がれた愛のせせらぎとして。

 先のカップルが他の絵も眺める為に歩き出した時、女の方がチラリといずみの方に目をやった。女は、いずみの顔を見て、はたと考え込んだが、絵画の少女といずみの顔が酷似していた事にはとうとう気付けなかったようだった。

 いずみは何だかおかしくなって、小さく微笑んだ。「泉」の絵にまつわる真実は、これからもずっと、いずみと角土だけの二人っきりの美しい思い出なのだ。

 包み込むような至福感にうち震えながら、いずみは止まらない涙をしきりに指で拭い続けた。

 

      了


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最終更新日 : 2020-01-05 15:18:16

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「ピンクの怪物」登場モンスター目録

 

ピンクの怪物の「ピンク」とは、往年のピンク映画の「ピンク」と同じ使い方である。すなわち、ピンクの怪物とは、猥褻エロモンスターという意味合いになる。

さらには「ピンクの象」という暗喩も存在する。これは、お酒や薬物の中毒状態で見える幻覚の別称で、つまり、ピンクの怪物たちが、実は幻想の存在である事も、それとなく示唆している。

また、東映ドラマ「どきんちょ!ネムリン」(1984年〜1985年)の主題歌では、主人公の睡眠の妖精ネムリンが「ピンクモンスター」と表現されており、ここでも、ピンクの怪物(モンスター)と夢の中の存在のつながりが見られる。

そして、ピンクモンスターとは、元国会議員の豊田真由子氏のあだ名にも他ならず、だからこそ、「ピンクの怪物」本編内でも、いずみがスキンヘッドの永山の事を「このハゲー!」と怒鳴るシーンがあるのだ。

 

 

ピンクの怪物ファイル1 口裂け女モドキ

 

口元に大きなマスクをつけた、若い女。

マスクを外したら、口が裂けてるのかと思いきや・・・。

映像化した場合は、恐らく、映倫に引っかかりそうな怪物。

「最初の怪物」「次なるミッション」などに登場。

 

 

ピンクの怪物ファイル2 乳房ボール

 

まさに、乳房ボールとしか呼びようのない怪物。

ゴロゴロ回ったり、ポンポン飛び跳ねる。

その誕生シーンは、諸星大二郎氏の漫画を意識しました。

「笑う裸婦像」「会館の死闘」に登場。

 

 

ピンクの怪物ファイル3 カレ

 

ピンクの怪物たちを生み出した、謎の男。

キリスト教圏の国の子供番組では、「悪魔」が放送禁止用語になっていて、

「him(カレ)」で代用されたりもするそうです。

「あらわれた悪魔」から登場。

 

 

ピンクの怪物ファイル4 散歩する舌

 

変形自在で、テクニシャンの、長い舌。

最初、ペニスにするつもりでしたが、

あとで、正式なペニス怪物も登場しますので、こちらは舌にしました。

「魅了する舌」「永山登場」などに登場。

 

 

ピンクの怪物ファイル5 人食い精子

 

正しくは、巨大フグリが、ピンクの怪物の一体。

巨大フグリから放出された人食い精子は、何でも食べてしまい、

あわや、世界を滅ぼしかける。

「侵略する精子」「いまわのセックス」などに登場。

 

 

ピンクの怪物ファイル6 巨大フグリ

 

人食い精子の保有者。

フグリ(陰嚢)のくせに空に浮かぶ事ができる。

発情すると、まん丸になる。

「急展開」「丘の上の攻防」などに登場。

 

 

ピンクの怪物ファイル7 大地に生えた性毛

 

その名の通り、地面から湧き出た陰毛。

謎の女・令子につきまとうストーカー。

弱点は、核攻撃。

「仲間割れ」「令子の謎」などに登場。

 

 

ピンクの怪物ファイル8 大ペニス・小ペニス

 

大ペニスは、巨体で街を破壊し、小ペニスは、密室潜入のプロ。

多様な特殊能力を駆使する、夜の王者。

映像化したら、多分、映倫には引っかかる。

「淫魔のビル」「総力戦」などに登場。

 

 

ピンクの怪物ファイル9 カマキリ女(仮称)

 

残っていた小ネタを全部、投入したキャラ。

ボディは超グラマーだが、全体的には、やっぱり化け物。

設定では、七人兄弟の末っ子。姉と同じく「皆殺し」が好き。

「二人のいずみ」「弱点」などに登場。

 

 

ピンクの怪物ファイル10 アニムス

 

セックスすると生まれる巨大ヒーロー。

怪物を倒すたびに消滅するが、セックスしたら、何度でも復活する。

言うまでもなく、ウルトラマンを意識したキャラです。

「光の巨人」「性の権化」などで活躍。

 

 

 

 「ピンクの怪物」主要登場人物

 

 ・蛙里須(ありす)いずみ

本作のヒロイン。美しい女子高生。

カレを探し出すミッションに巻き込まれる。

自分の事は、子供っぽく「あたし」と呼ぶ。

「西遊記」の三蔵法師にあたるキャラ。

 

 ・永山(ながやま)

いずみの従者。特殊工作兵風の青年。

粗暴だが、頼りにもなる、皆のリーダー。

いずみの事は「アリスさん」と呼ぶ。

「西遊記」の孫悟空にあたるキャラ。

 

 ・球異(きゅうい)

いずみの従者。自称・名探偵の青年。

どこか軽薄で、女の子好き。

いずみの事は「いずみん」と呼ぶ。

「西遊記」の猪八戒にあたるキャラ。

 

 ・所田(ところだ)

いずみの従者。自称・発明家の青年。

ころころ態度が変わる、最悪なヤツ。

いずみの事は「いずみクン」と呼ぶ。

「西遊記」の沙悟浄にあたるキャラ。

 

 ・令子(れいこ)

皆の前に、突然現れた謎の女性。

たいがいは眠っているが、態度は友好的。

いずみの事は「いずみちゃん」と呼ぶ。

実は、続編への伏線となるキャラ。

 

 


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「いけない同級生」シノプシス

 変人や暗い男性が大好きだと言う蛙里いずみの、その嗜好性がいつ頃からはじまったのか、そのルーツを探る話を書いてみたくなりました。蛙里いずみシリーズの特徴である、アングルの「泉」は、この作品には絡んでいません。

 

 地味な高校生男子・河川亮生(りょうせい)には、明るい蛙里いずみと地味な井森カコと言うクラスメートの女子がいた。

 亮生は、カコに密かに気があったのだが、ある日、いずみがセックスしようと亮生に迫って来る。実は、いずみは皆にはもう経験済みだと言い触らしていたのだが、本当はまだバージンだったのだ。その事が皆にバレてしまう前に、口の堅そうな亮生相手に、処女を捨てる事にしたのである。

 そんな訳で、二人は恋人でもないのに、互いに初セックスを経験してしまう。女になれて満足したのか、それっきり二人は接近していない。

 同じ頃、井森カコが不良生徒にひそかにレイプされたらしいと言ううわさがクラス中に広まった。おとなしいカコは被害を訴えなかったため、逆に彼女も実はヤリマンらしいと言う評判が飛び交ってしまう。

 カコの事が好きだった亮生は、カコともセックスできるのでは、と勝手に考えてしまい、帰り道に一緒になった彼女を廃屋に連れ込もうとする。しかし、彼女に泣かれてしまい、未遂に終わるのだった。

 それから、数年以上たち、三人は同窓会で再会する事になる。いずみもカコも、性格は学生の頃とまるで変わっていないのであった。

 亮生は相変わらずカコに気があって、仲直りしたいと考えていたのだが、浮かれたいずみがいきなり「自分の初体験の相手は亮生だ」と皆の前でカミングアウトしたものだから、カコへの接近はまた失敗してしまう。

 しかも、同窓会終了後も、いずみは亮生に絡んできて、久しぶりにセックスしようと言い出す。高校の時は無理強いセックスだったので、きちんとしたセックスでお詫びしたいと言うのだ。何となく申し入れを受け入れた二人はラブホテルへ行き、亮生は今後もセックスしたかったら呼び出して、といずみに持ちかけられる。ひょんな事で、セックスフレンドを手に入れてしまったのだった。

 しかし、その後、亮生は街中で偶然カコとも再会する。そこで、カコは本当は自分も亮生を好きだった事を打ち明け、今度は二人はためらう事なく結ばれ、正式な恋人関係になるのだった。

 亮生とカコがデートしている姿を見かけて、いずみはショックを受ける。実は、いずみも亮生の事を本気で愛していたのだ。

 

 こんな感じで、三角関係の物語はもくもくと続けられそうです。しかし、長くなりそうなので、発表の場が見つかりません。とりあえず、今は書かないで、執筆保留としています。

 なお、登場人物の名前は、蛙里井森(イモリ)だから亮生(両生)類、いずみ(泉)とカコ(河口)の間にいるから河川、と言うように、やっぱり言葉遊びになっています。

 この後は、「サラマンダ」(両生類)と言う芸能プロダクションも登場予定です。

 さらに、「いけない同級生」の派生作品「おもちゃのいる教室」にも、きちんと名前を与えられているキャラたちには、清水(堰)と、いずれも、河に関連した言葉が用いられています。


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二次創作

目次

 

映画用「影の少女」シノプシス

映画用「時の塔」(The time tower)シノプシス

映画用「黒の放射線(The black radiation)シノプシス

解説


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最終更新日 : 2020-01-05 15:18:16

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映画用「時の塔」シノプシス(1)

原作/レイ・カミングズ「時の塔」

 

 アランとエドワードは、現在(21世紀初頭)のアメリカの大都会に住む、仲良しの青年発明家コンビである。その夜も、ビルの一室に閉じこもり、アランの妹のナネットも加えて、タイムスコープの発明に取り組んでいた。

 このタイムスコープとは何なのかと言うと、テレビのスクリーンに本物の未来や過去のシーンを映し出せると言う、超革命的な大発明なのだ。

 夜明け近くに、全ての部品の組み立てを完了して、彼らはついにタイムスコープの実験を行なってみる事にした。すると、テレビのスクリーンには、果たして、不思議な衣装を着た美少女の顔が映し出された。アランたちが驚いて、タイムスコープのボタンをいじり回すと、今度は、見慣れぬ巨大な塔の全景がスクリーンに現れる。50メートルもの高さがある、水晶みたいな材質の塔だ。現代の建物とは思えず、まさしく未来の景色でも映し出されたのだろうか?

 アランたちがスクリーンに注目していると、まぶしく輝く塔の周辺が次々と変化した。最後に、先ほど、顔がアップで映った美少女が、塔の底にあるドアから外に飛び出して、いずこかへと走り去っていき、塔そのものも光り輝きながら、消滅してしまったのだった。

 残された景色を見て、アランたちはびっくりした。そこは、このビルのすぐ近くにある自然公園内の指定保護区域だったからである。インディアンの聖地と呼ばれていた場所で、先住民への敬意と配慮から、ずっと手付かずの状態で放置されていた空き地なのだ。

 さらに、エドワードが、スクリーン内の空の様子から、このテレビの映像は現在のものだと見破った。と言う事は、タイムスコープは失敗で、近所の情景を映していただけだったのだろうか。だが、そうだったとしても、あの謎の塔の問題が解決していない。あの塔は、何だったのであろう?宇宙人が乗ってきたUFOか、はたまた、政府がテレポート兵器の極秘実験でもしていたのか?

 居ても立っても居られなくなり、アランたちは、朝が来るなり、例の自然公園の保護区域を調査に行った。地面には何の痕跡も証拠も見つからなかったが、偶然にも、謎の塔を見たと言う目撃者の噂を聞きつける事ができたのだった。やはり、あの塔は実在したのである。

 さらなる情報を得る為、アランたちは夕刊が来るのを待つ事にした。夕刊には、与太話チックに、謎の塔の目撃情報が掲載されていた。しかし、アランたちは、それ以上に気になる記事を発見する事になった。

「日中、この町のターバー病院の周辺で、身元不明の記憶喪失の少女が発見され、そのまま、ターバー病院に保護された」と言うのである。この少女の正体は、例の謎の塔から出てきた美少女だった可能性が強い。塔の真相を探る重要な手がかりなのだ。

 ところが、ここで、アラン兄妹が渋い表情を浮かべたのだった。彼らは、ターバー病院の院長であるターバー博士とは顔見知りだったのである。いや、もともと、ターバーは、アランたちの父である物理学教授の助手をしていた男だったのだ。その当時から、アランたちは、ターバーが、優秀な才能の持ち主である一方、非常にずる賢い悪人だと見抜いていた。

 そのターバーが、ある時、姿をくらました。再び、皆の前に現れると、なぜか、ターバーは大変な大金持ちになっていたと言うのだ。しかも、彼は、いよいよ傲慢な本性を露見するようになりだした。師であるアランたちの父の事を見下し、それどころか「ナネットと結婚させろ」と言いだしたのだ。理性的なアランの父は、もちろん、そんな要求ははねつけ、ターバーの事も自分の研究室から追放した。

 しかし、その頃から、なぜか、アランの一家では、不幸が続くようになったのである。資金横領の疑いをかけられたり、教授職を追われたりして、アランたちの父は、とうとう寝込んで、病死してしまった。裏では、どうも、ターバーが細工していたように思われるのだが、まるで証拠は見つからなかったのである。

 そんな訳で、アラン兄妹としては、二度とターバーとは関わりたくなかったのだった。でも、あの謎の塔の正体も、何とか突き止めてみたいのだ。

 覚悟を決めて、アランは、ターバーと連絡を取り、彼が保護している謎の少女と面会させてもらう事にする。エドワードの事を、この事件を取材している新聞記者だと偽らせて、仲介するフリをしたのだ。

 こうして、ターバーとアポが取れたアランとエドワードは、ターバー病院へと乗り込んでいく。

 しかし、この病院の裏の顔は、とんだ伏魔殿だった。ターバーは、この病院を、マスコミから逃げたい悪徳政治家の隠れ場所とか、遺産相続で邪魔者扱いされた相続人を閉じ込めておく隔離施設などに使わせていて、あちこちから多額の報酬をもらって、より自分の懐を潤していたのだ。

 応接間でターバーを待っていた最中に、アランとエドワードが出会った入院患者の少年、チャーリーも、そんな閉じ込められていた遺産相続人の一人だった。彼の場合は、遠縁の親戚に、莫大な相続遺産を狙われていたのだ。

 そんなチャーリーから、アランたちは、この病院のさらに不思議な情報を聞き出す。この病院の中心には、大きな中庭があるのだが、そこはターバーとその側近しか入る事が禁じられており、何やら、奇妙な巨大な建物が建っているのだと言う。ターバーは、そこを研究室に使っているようで、そこから、頻繁に怪しい音や光が漏れてくるとの話なのだ。

 チャーリーは、この病院に、あまりにも長く閉じ込められていたようである。彼は、この病院の構造を熟知しており、鍵のかかってない抜け道とかも知っていて、この中庭への侵入の仕方も知っていたのだった。それを聞いて、ピンときたアランは、今夜、この病院に忍び込む事にして、チャーリーに病院内へ入る手引きと道案内を約束させる。腕白で、退屈していたチャーリーは、快く引き受けてくれたのだった。

 チャーリーと別れた後、いよいよ、ターバーとのご対面となる。案の定、ターバーは、ふてぶてしく、いかにも悪人っぽい男だった。それでも、エドワードが巧みにマスコミの影響力を散らつかせて、揺さぶってみると、とぼけるのをやめて、謎の少女と会わせてもらえる事になる。

 少女は、この病院の最上階の個室に閉じ込められていた。見たところ、服装が変わっているだけではなく、言葉もまるで伝らないのだ。ターバーは記憶喪失扱いしているものの、やはり、正体は宇宙人なのだろうか?しかし、その少女は、ターバーに対しては怯えていても、アランたちには救いを求めるような表情を浮かべたのだった。

 こうして短い面会は終わり、アランたちは病院から追い返されたが、ターバーは急に少女と向き合う。彼は、なんと、少女の喋る言葉が分かるらしく、イヤラしく話しかけたのだ。「リー。もう逃しはしないからな」

 そして、今夜、このリーなる少女を自白装置にかけると言うのであった。この自白装置も、天才科学者であるターバーの悪の発明品の一つで、この病院内の入院患者に用いて、依頼主が欲しがる情報を引き出す目的で悪用していたのだ。

 

 さて、夜がやって来た。予告通り、アランは、チャーリーの助けを借りて、ターバーの病院へと忍び込んだ。エドワードとナネットは、近くに車を止めて、待機しており、アランが戻って来たら、すぐ逃走する手はずだった。

 ところが、チャーリーの話によると、あの謎の少女は、昼間のうちに、最上階から例の中庭の研究室の方へ転室させられてしまったと言う。こうなったら、乗り掛かった船である。アランたちは、思い切って、中庭の研究室に侵入してみる事にした。

 研究室の番人をしていたのは、ターバーの用心棒であるアメリカ先住民のウンカス一人だった。不意打ちでウンカスをのしたアランたちは、研究室内に突入し、監禁されていた少女を発見するが、同時に、室内の中央に大きな航空機が鎮座しているのも目撃する。都会のど真ん中で、こんなものを、どう発着させるつもりなのだろうか?

 そんな時、アランの潜入が、病院の警備室の方にも発覚してしまい、病院中が大騒ぎになる。アランは、やけくそになり、謎の少女も一緒に連れて、逃げ出す事にした。

 すると、すれ違うように、病院の方にいたターバーも、慌てて、研究室の方に駆けつけて来る。だが、彼は、アランには見向きもしなかった。この病院内で事件が起こり、警察にガサ入れされると、これまで病院でしてきた悪事がバレてしまうので、ひとまず、彼も保身を優先して逃げる事にしたのだ。ターバーは、ウンカスだけを連れると、あの航空機にと乗り込んだ。次の瞬間、航空機は、光に包まれて、消滅してしまったのだった。あの公園に現れた謎の塔とそっくりな事が起こったのである。

 だが、のんびりと驚いている余裕はなかった。アランと少女、それに、成り行きでチャーリーも、このドサクサに紛れて、まんまと病院の外へ逃げ切ったのだった。(以降、チャーリーは、アランたちの同行者の一人となり、ムードメーカーとして場を盛り上げる)

 アランたちは、無事に、エドワードたちが待っている車のもとにたどり着いた。全員を乗せた車は出発したが、言葉の通じない少女は、どうやら、自然公園に行きたがっているらしい事が分かった。

 そこで、彼女の要望に従ってみる事にすると、自然公園の中をどんどん進んでいくうちに、例の保護地区のあたりで何かが光り出したではないか!よく見ると、あの謎の塔が出現しようとしているのだ。恐らく、少女は、この塔と待ち合わせをしていたのである。

 アランたちは、少女の望みを叶えてあげようと、車を謎の塔の方へと進ませた。いよいよ、塔の秘密や少女の正体など、全ての真相が分かりそうなのである。

 しかし、ここで、予期せぬ最悪な事態が発生した。

 車が間もなく塔のもとに到着しそうだった時、車の目前の空が眩しく光りだしたのだ。そこに突然出現したのは、あのターバーの航空機だった!

 航空機は、いきなり、ミサイルで車を攻撃してくる。車は爆破こそされなかったものの、破損して、走行不能になってしまう。乗車していたアランたちは、車が自爆する前に慌てて外へ飛び出すが、ターバーの航空機の方もすぐ手前に着地していた。航空機の中から現れたのは、ターバーとウンカス以外にも、半裸の原始人やヨロイ姿の中世の騎士、北欧のバイキングや着物を着たアジア人の拳法使いと言った、奇妙な顔ぶれだった。

 彼らは、いっせいに、アランたちの方へ飛びかかってきた。アランたちも、混乱しながらも、仲間を守って、すぐに交戦する。アランとエドワードは、学生時代にアメフトの選手だったので、呼吸を合わせた絶妙なタックルで敵を次々になぎ倒していく。

 だが、卑怯なターバーが放った凶弾がアランの体に命中した。アランが倒れた事で、エドワードたちの方が一気に不利となる。しかも、ターバーは、このメンバーの中に、ナネットもいる事に気付いたのだ。彼は、急に、ターゲットを謎の少女からナネットに変更する。ナネットを捕まえて、連れていこうとしたのだ。エドワードが、親友の妹を救おうと、がむしゃらに飛びかかっていく。彼らは、もみ合いながら、全員、航空機の中に乗り込んでしまった。ターバーは、迅速に事を進めたかったのか、エドワードも乗せたまま、航空機を出発させてしまったのだ。

 逃げる途中で、航空機は、置き土産とばかりに、謎の塔向けてもミサイルを発射する。しかし、そのミサイルは、塔の直前で、なぜかピタリと停止して、宙に浮いたまま、動かなくなってしまったのだった。航空機の方は、結果も見届けないうちに、光に包まれて、消えてしまう。

 地上には、負傷したアランと、謎の少女リー、それにチャーリーだけが残された。そこへ、謎の塔から降りてきた、正体不明の青年が近づいてくる。リーとひどく似通った顔の青年なのだ。チャーリーは、青年へ「アランを助けて」と必死に懇願する。

 リーと青年は何か話し合ったようだが、結論が出たらしく、青年の方が片言でチャーリーに喋りかけてきた。彼の方は、少しだけ、この国の言葉を話せたのだ。

「分かりました。妹の恩人ですし、私たちの世界に連れていき、手当てしましょう」

 

 意識を失っていたアランが目覚めた時、周囲には、不思議な未来的な室内が広がっていた。彼は、あの謎の塔に乗せてもらっていたのである。それだけではない。塔の中にあった特別な装置にかけられて、傷も急速に回復していたのである。

 塔の中には、他にも、リーと謎の青年とチャーリーがいた。チャーリーは、激しく興奮していた。それもそのはずなのだ。塔の水晶状の壁には、スクリーンのように、目まぐるしく変わっていく風景が写されていたのである。

 科学者の卵のアランには、その理由がすぐに分かった。この塔の正体は、タイムマシンだったのである。今は時間を移動中なのだ。それゆえ、外の景色が早い速度で変化しているのである。そして、この塔がタイムマシンだと考えれば、これまでの謎もうまく説明できたのであった。

 このリーと謎の青年は、恐らく、このタイムマシンに乗って、現代に訪れた別時間の人間に違いあるまい。タイムスコープを作ろうとしていたぐらいなのだから、アランもタイムマシンには興味津々であった。その原理とか、知りたい事はいっぱいあるのだ。でも、真っ先にアランには聞きたい事があった。

「君たちは、未来から来たんだろう?じゃあ、地球の未来は安泰なのかい?今の世界は、問題が山積みになっていたけど、人類は滅びなかったのかい?」

 謎の青年は、リーの兄で、サンと名乗った。

 サンが片言で語る説明によると、人類は、現在から間もなくして、奇跡的な地球愛にと目覚め、いっきょに全ての問題を克服したのだと言う。戦争の危機も環境破壊も乗り越えて、新秩序とともに、皆が一体になり、さらなる人類の発展へと躍進していったのだ!

 その事は、この塔(時間塔と言うのが正式な名前だった)の外に写し出されている光景を見ても分かった。都市は、荒廃するどころか、どんどん未来化していき、繁栄しているのである。これは、この地域だけではなく、地球全体に広がっている光景だった。自然と調和した、素晴らしい理想都市が世界各地にと建造され、ともに平和的な人類も栄華を極めていったのだ。この平和な時代は、だいたい紀元6800年ごろまで続く。それから、人類は緩やかに衰退を始めるのだが、これは愚かな自滅などが原因ではなく、円熟した文明の行き着く普通の末路なのであり、動物で言うところの老衰のようなものだった。そして、サンとリーは、そんな文明の終末期の紀元7000年ごろの人類なのであった。今、この時間塔も、その時代に向けて、進んでいるのだ。

「地球人類は、21世紀の頃に戦争も環境問題も解決して、あとはずっと平和な時代だけを享受しているはずでした。それなのに、その幸福な歴史を脅かす存在が現れたのです。それが、あのターバーなのです」と、サンは告げた。

 

 一方で、そのターバーも、あの航空機で時間を移動中だった。この航空機もタイムマシンの機能を備えており、彼らはこれを時間ロケットと呼んでいた。彼の方は、向かっていたのは、はるか有史以前の過去の世界だった。ナネットたちに、この時間ロケットの凄さを見せつけて、自慢しようと言う魂胆なのである。

 ターバーは、本気で、ナネットを自分の妻にするつもりで、誘拐したのだった。招かざる乗員であったはずのエドワードは、ナネットの嘆願のおかげで、かろうじて手を拘束されるだけで、生かされていたのである。

 二人は、ターバーが紹介する、あちこちの過去の世界を見せられながら、すっかり驚いていた。時代は、地球が誕生したばかりの始生代にまでさかのぼる。それから順に未来へと帰ってゆくのが、時間ロケット内のスクリーンに映し出されていくのだ。地上が安全な時代にまで戻ってくると、ロケットを着地させて、実際に外を歩いてみたりもしたのだった。

 時間ロケットの中には、ターバーと、あの奇妙な混成部隊の戦闘員たち以外にも、何人かの人間が乗り込んでいた。そのうちの一人であるジョーナスと言う青年は、リーたちと同じ服を身につけている。彼が、この時間ロケットの専属パイロットだったらしい。さらに、ターバーがかこっていたと思われる、ジョーゼファと言う中年女もいた。彼女は、どうやら、ナネットに激しい敵愾心を抱いていたようだ。

 これらの人間は、恐らくは、ターバーが、あちこちの時間帯からスカウトして、連れ込んだ人間なのである。まさに、時代を股にかけて結成した、屈指の精鋭部隊なのだ。このようなメンバーを揃えて、一体、ターバーは何を企んでいるのだろうか。

 ターバーは、腹心であるウンカスやジョーナス相手に、色々と相談を続けていた。どうも、彼らは、あの謎の塔、時間塔の追撃を恐れていたらしい。この追っ手をくらます目的もあって、わざわざ、太古の時代にまで戻るような真似をしたみたいなのだ。彼らには、さらに奥の手もあるようで、十分に時間塔を振り切っただろうと判断すると、ターバーは、ようやく、エドワードたちの方に顔を向け、詳しい真実を話し聞かせだしたのだった。

 

 さて、アランたちの乗った時間塔も、無事に、目的地の紀元7012年にと到着していた。その時代は、巨大都市こそ無くなってはいたが、のどかな田園風景が広がる、地上の楽園のような世界になっていたのである。

 人口が著しく激減し、少人数の、まさに進化しきった最終形態の未来人類だけが、細々と、しかし、愛と平和だけを享受しながら、神のような存在になって、生きていた。

 この未来人社会の長老が、サンとリーの祖父に当たるポウルである。ポウルは、同時に、この時代の最高にして最後の大科学者だった。時間塔を発明したのも、この老人だったのだ。サンたちは、今後の対策をポウルと相談する為に、わざわざ、この時代にまで戻ってきたのだった。

 そして、ポウルは、サン以上に流暢に、21世紀の言葉を喋る事ができた。アランたちは、このポウルから、ついに、全てのあらましを聞かされるのである。

 大科学者のポウルは、過去の華々しい時代に書かれた古文書を読み漁り、それをヒントにして、とうとう、時間移動の理論を完成させた。しかし、この未来の時代は、乗り物や建築物を製造する技術や知識がことごとく失われていたのである。止むを得ず、ポウルの発明したタイムマシンは、都市文明時代から残り続けていた遺跡の水晶の塔の中に設置される事となった。かくて、この時代にタイムマシン第一号である時間塔が誕生したのだ。

 もっとも、有り合わせの材料で作った為、時間塔は色々と制限の多いタイムマシンだった。まず、がっしりと固定した建物なので、空間の移動はできない。だから、時間を移動したとしても、目的の時間帯の、塔が立っている場所に、別の大きな物体でも置かれているようならば、それだけで、その時間帯には降り立つ事ができないのだ。

 さらに、時間そのものの物理的なルールなのか、一度、時間塔が存在していた時間には、タイムトラベルして居なくなった後は、約24時間は再び戻ってくる事ができなかった。同じ物体が同じ空間に同時に存在してしまう危険性を防ぐ作用が働く為なのかもしれない。このルールは、あとで話に出てくる時間ロケットには適用されなかった。同じ物体であっても、同じ空間でなければ、24時間以内でも帰ってくる事ができたのである。

 とは言え、やはり、完全に同じ時間に同じ物体が存在する事はできない。時間塔だけではなく、時間ロケットも、すでにこれらの物体や搭乗員がいた時間帯には降り立つ事ができないのだ。つまり、小刻みに時間をさかのぼる事は不可能なのである。例えば、2020年2月10日に、時間塔が降り立ったとすれば、次に時間塔が戻ってこれるのは2020年2月11日以降となり、2020年2月9日や、それ以前の数十年までもが、もう時間塔の降り立てない時間帯となってしまうのだ。大観すれば、何百年もの昔に時間旅行できても、短いスパンだけで考えるならば、やはり、相変わらず、未来に向かって、一方的に進む事しかできない、と言う事なのである。

 そして、実際に時間旅行してみて判明した事なのだが、時間とは上書きする事が可能だった!時間塔が、過去の時間に出没して、そこで活動した事によって、どんどん、歴史も変わっていくみたいなのである。過去への多少の干渉ならば、巨大な時間のうねりの修正が入って、未来の歴史はほとんど変化しないようなのだが、恐らく、過多な影響を与えれば、歴史が大きく歪む事も十分に考えられたのだった。

 ここで、時間塔の実際の話に戻す事にしよう。はっきり言ってしまうと、時間塔の降り立つ事のできる時間帯はかなり限られていた。と言うのも、太古の多くの時間帯は、まだ塔が立っていた場所の地面が存在していなかったし、22世紀以降の世界的平和社会が確立してからは、塔の立っていた場所は、ただの保護区域ではなく、インディアンの聖地だった事を強調して、野外博物館として、インディアンの遺物が飾られるようになってしまったからだ。つまり、21世紀ごろは、時間塔が寄る事のできる希少な期間だった訳である。

 そして、実際に、時間塔がはじめて訪れた過去が、21世紀の初頭だった。ところが、いざ、時間塔が未来に戻ってくると、塔の中には21世紀人の密航者が乗り込んでいたのだ。

「それが、あの男、ターバーだったんじゃ」と、ポウルが告げたものだから、アランはびっくりする。

 これで、話は繋がってきた。ターバーが一時期、行方不明になったのは、この時間塔に乗って、未来に旅行していたからだったのだ。

 未来世界にやって来たターバーは、最初は、完全に猫をかぶっていた。非常に真面目で、勤勉な人間を装い、ポウルにも従事したのである。すっかり騙されたポウルは、ターバーを21世紀に強制送還するのは止めて、彼の事を自分に弟子入りさせてしまった。勉強熱心なターバーは、すぐに未来の言葉も習慣も覚えて、未来社会に馴染んでいったのである。

 何よりも、ターバーが21世紀に熟知していた事は、ポウルにとっても魅力的だった。時間塔で過去を冒険するにあたって、ターバーも連れていけば、その知識は大いに役に立ったのである。こうして、何度も時間塔でタイムトラベルの実験を続けていくうちに、前述したような、時間のルールも詳しく分かってきたのだ。

 やがて、ターバーは、タイムマシンの2号機を作る事をポウルに提案してきた。それこそが時間ロケットだったのである。空間移動ができるタイムマシンならば、もっと広い時間帯を調査できるようになる訳だ。のみならず、過去へ行った時、時間塔のある区域以外にも遠く足を伸ばせるようになるのである。

 もっとも、ポウルの方には、そんな乗り物を作るだけの工学知識も技術も完全に欠けていた。その方面は、ターバーが全て担当する事になり、過去から持ってきた材料を使って、時間ロケットのベースを組み立てたのだ。反面、21世紀の天才児のターバーでも、タイムトラベルの原理は理解しかねていた。こちらは、ポウルが全面的に知識を提供する事になり、かくて、二人が協力しあった事で、あの驚異的な時間ロケットが誕生する事となったのだ。

 そして、ターバーは、まんまとポウルたちを裏切った。時間ロケットに乗って、この時代から逃げてしまったのである。それも、この時代の宝物だった宝石や黄金もごっそり盗んだ上で。

 いくら、ターバーを信じきっていたとは言え、少しポウルは無警戒すぎたのだろうか。いや、そうでもないのだ。そもそも、未来人に備わった新能力である霊波をシンクロさせなければ、タイムトラベルの機能は作動しなかったのである。つまり、ターバーだけでは、時間塔も時間ロケットも操作できなかったのだ。

 ところが、ターバーは、その問題点もすでに解決済みだった。彼は、巧みに未来人の一人を勧誘して、自分の仲間に引き入れていたのである。それこそが、現在の時間ロケットのパイロット、ジョーナスだった。彼は、もともと、ポウルの弟子の一人でもあった。時間旅行をして、過去の時代を何度も見ているうちに、質素な未来よりも贅沢な21世紀の文明に憧れるようになり、とうとう、その誘惑に負けて、ターバー側についてしまったのだ。

「彼らは、この時代を逃げる際に、時間ロケットの見張りについていた未来人の一人を殺している。それが、わしの息子、すなわちサンとリーの父親じゃ」ポウルは静かに告げた。

 リーたちにとっても、ターバーは親の仇だったのである。父の仇討ちと、今の歴史を都合よく上書きされないようにと言う正義の目的で、サンとリーは、時間塔の搭乗員に志願する事となった。二人は、ポウルの指図を受けながら、逃げたターバーのあとを追跡したのだ。ターバーが、縦横無尽の時間ロケットを使って、より広い時間帯で好き勝手な事をやり始めたのは間違いないみたいだった。特にターバーがよく出入りしていたのは、自分の出身時間である21世紀と、時間塔が行く事のできない紀元2400年ごろだったのだ。どうやら、ターバーは、この紀元2400年の時間帯で、何か大きな事をやらかそうと企んでいるみたいなのである。

 焦ったサンとリーは、ターバーが21世紀に戻った時を見計らって、思い切って、ターバーの周辺を探ってみる事にした。こうして、サンが時間塔に残り、リーが偵察に出かけたのだが、ターバーのガードは想像した以上に固くて、リーの方が逆に彼に捕らわれてしまったのである。そして、危うく拷問にかけられそうになったところを、アランたちの活躍でギリギリ救われた訳なのだった。

 さて、ポウルたちが、ターバーの大まかな動向を掴めていたのには理由があった。ポウルは、ターバー逃走後に、タイムマシンだけではなく、同じ原理から時間透視機(タイム・テレバイザー)や時間停止光線なども開発していたのだ。

 時間停止光線は、時間塔から発射された、ミサイルを止めてみせたシステムである。大きな装置を使って放射する為、時間塔にしか配備されていないが、おかげで、時間塔が直接攻撃されて破壊されたり、あるいは、誰かに時間塔内に乗り込まれて、奪われてしまうような事態も防いでいるのだ。

 そして、タイム・テレバイザーこそは、いちいちタイムマシンを使わなくても、目当ての人物がどこの時間帯にいるのかを、この未来の時間にいながら、探り当てられる機械だった。前述したように、時間のルールの為に、相手がどの時間にいても、会いに行ける訳ではない。相手と会える一番早い時間帯を選び出してくれる機械なのだ。

 このタイム・テレバイザーを活用するには、お目当の人物の所有していたものを機械に照射する必要があった。幸い、ターバーは、この未来の時間に自分の所有物をいくつも残していた。それを使って、これまで、ポウルは、ターバーの動向を追い続けていたのである。

 アランもまた、これで、妹の行方を探し出せると分かって、希望が湧いてきたのだった。

 

 時間ロケットの中では、ターバーも、これまでの自分の活動を、楽しげに、エドワードたちに語っていた。アランがポウルに聞いた内容以降の話も聞かせてもらえたのである。

 ターバーは、未来社会を逃げ出したあと、過去の時間帯のあちこちを飛び回り、荒稼ぎをしていた。現代人のターバーには、過去の歴史が細部まで分かっていて、どこの誰のもとに財宝が蓄えられているかまで、全部、お見通しだったからである。

 普通に財宝を奪っていたのでは、歴史に影響を与える恐れもあったかもしれない。しかし、ずる賢いターバーは、現在ではすでに行方が分からなくっている財宝や埋蔵金ばかりを、火事場泥棒の要領で、くすねていったのである。例えば、戦火で焼失したと言われている財産だったら、その戦火で失う直前に盗むのならば、歴史には何の支障もきたさない訳だ。そんな感じで、ターバーは、ピラミッドのお宝やら、インカの埋蔵金など、片っ端から、名だたる消息不明の財宝を手に入れていった。こうして、21世紀にアランたちが再び会った時のターバーは、とてつもない金持ちになっていたのである。

 だが、ターバーの本当の野望は、それだけではなかった。

 ターバーにとって、21世紀はすでに過去の故郷であり、彼は、紀元2445年の未来社会に、新たな居城を築いていたのである。集めた財宝のほとんども、各時間帯からスカウトした戦士たちも、もっぱら、そちらの世界に待機させていた。彼は、紀元2445年の世界で、確実に権力者となり始めていたのである。それどころか、この紀元2445年の人間社会を全て征服してしまい、地球の支配者になる事こそが、彼の最大の目的だったのだ。

 何しろ、この紀元2445年と言う時代は、文明がすっかり円熟しきってしまい、栄華を極めていた一方で、人々は平和ボケして、世界のどこにも強力な兵器が無いどころか、戦う意欲すら失ってしまっていた。ちょっと攻撃すれば、簡単に降伏させられそうだったのである。特に、この時代には、核兵器が完全に廃止されていた。ターバーが、過去の時代から持ち込めば、もはや、紀元2445年としては全くのお手上げだったのだ。しかも、ターバーは、より最強のウルトラウラン・ミサイルを開発していて、それを紀元2445年に送り込んでいたのである。

 ターバーの壮大なる悪の計画に、エドワードもナネットも愕然としたのだった。このまま、ターバーをほっておけば、人類の平和だったはずの未来はとんでもない事になってしまうだろう。

 さて、時間ロケットが新たな目的地に到着したようだ。それは、紀元1660年ごろだった。この時代で、ターバーはかき集めていた最後の財宝を入手する予定であり、このミッションが終了すれば、いよいよ、紀元2445年に戻って、世界征服計画を実行に移すつもりだったのだ。

 

 紀元7012年の未来では、何やら、おかしな事になり始めていた。

 タイム・テレバイザーで、ターバーの最新の動向を探ろうとした矢先、保管庫の方で火事が起きたのである。よりによって、ターバーの所有物を保管していたエリアでの火災だった。貴重なターバーの所有物が焼けて、消失してしまったのだ。

 火災の原因は判明しなかったが、これで、今後は一切、タイム・テレバイザーでターバーの動向を追う事は出来なくなってしまったのである。

 皆が落胆しかけた時、リーがある事を思い出す。21世紀で、逃走用の車に乗せてもらった時、寒がっていたリーは、ナネットに自分の上着を被せてもらっていたのだ。その上着は、時間塔の中に、まだ置いたままだった。この上着さえ使えば、ナネットの居場所、すなわち、彼女を連れていったターバーの動向も探り当てられるはずなのだ。

 こうして、再び、希望は繋がった。

 時間塔から取り寄せたナネットの上着は、早速、タイム・テレバイザーにかけられる事になった。タイム・テレバイザーを操作するのは、ポウルの弟子の青年レンツである。レンツは、懸命にタイム・テレバイザーを操ったものの、結果として見つかった場所は、時間塔が降り立つ事の出来ない太古の時代ばかりなのだった。この調査結果をまとめると、妙にやる気のないレンツは、早々に諦めてしまい、タイム・テレバイザーを止めて、自分の部屋に引っ込んでしまう。

 しかし、どうも、さっきから何かが怪しいのである。

 サンは、タイム・テレバイザーの動かし方を、見よう見真似で知っていた。彼が、試しにタイム・テレバイザーを起動させてみると、今度は、ナネットの居場所として、紀元1664年のアメリカのマンハッタンが導き出されたのであった。ここならば、時間塔のすぐ近くだし、この時代なら時間塔も着地できるのである。にも関わらず、レンツは、わざと、この情報を黙っていたような雰囲気なのだ。

 ともあれ、ナネットたちに会えそうならば、すぐ行動するのみなのである。アランとサンたち兄妹は、至急、この事をポウルに報告すると、紀元1664年のマンハッタンへ出発する許可を得た。だが、この時代のマンハッタンと言えば、ちょうどイギリスとオランダが、領土を巡って戦争をした時期であり、決して安全とは言えないのである。でも、それでも彼らは冒険するしかなかったのだ。

 アラン、サン、リー、チャーリーの四人が乗った時間塔が出動すると、その直後に、時間塔内には密航者がいた事が分かった。レンツである。彼は、これまで、ポウルの研究所内の助手ばかりをやらされて、時間塔には乗せてもらえなかったのである。だが、今回こそは、ターバーについていってしまったジョーナスとも会えそうなので、かつての助手仲間だったレンツとしては、ジョーナスを説得して、改心させる作業を手伝いたい、と言うのだった。

 レンツの主張は胡散臭い部分もあったが、わざわざレンツを帰す為に、紀元7012年に戻る手間は省きたかった。何よりも、サン兄妹は、レンツとは長い付き合いだったので、彼の事を頭っから信じ切ってしまっているのである。こうして、止むを得ず、レンツも紀元1664年に連れて行く事になったのだった。

 そんなレンツは怪しい笑みを浮かべていたのである。


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最終更新日 : 2020-01-08 13:49:18

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映画用「時の塔」シノプシス(2)

 ターバーたちは、一足早く、紀元1664年のマンハッタンの地の上に降り立っていた。

 ここで、原住民たちに発掘させた埋蔵金を受け取る予定だったのである。ターバーは、以前にも、この土地に来ており、すでに原住民を雇って、事を進めていたのだ。

 ほぼ全員のメンバーが時間ロケットを降りて、財宝受け取りの作業に従事していた中、捕虜のエドワードとナネットだけは、見張りのジョーゼファとともに、ロケットの中に残っていた。ところが、この時、ジョーゼファが、エドワードたちに意外な駆け引きを持ちかけてきたのだ。

 ナネットが気に入らないジョーゼファは、このロケットから、わざと逃がしてくれると言い出したのである。彼女としては、ターバーの寵愛がナネットに移るのが悔しかったけど、だからと言って、ナネットを殺す訳にもいかなかった。だったら、今のような隙を見て、逃げられたフリをして、逃がしてしまうのが最良の方法だったのだ。

 エドワードたちも、このアイディアに乗っかる事にした。ジョーゼファの計画では、彼女がエドワードに殴られて、逃げられた事にするつもりだったが、エドワードは、油断したジョーゼファを人質にして、とっ捕まえた。そして、この方が、より自然で、ターバーを欺けたのである。

 ジョーゼファがわざと悲鳴をあげたので、原住民から財宝を引き取り中だったターバーにも、エドワードたちの脱走は、すぐに察知された。しかし、すでにだいぶ遠くまで逃げ出していたので、もうターバーたちに捕まる恐れもなかったのである。彼らは、ターバーを出し抜く事に、まんまと成功したのだ。

 ある程度、時間ロケットから離れた森の中で、エドワードたちとジョーゼファは別れる事にした。ジョーゼファは、人質から解放してもらったフリをして、またロケットのところに戻るつもりなのである。ジョーゼファはナネットに「二度と顔を見せないで!」と罵ってから去っていくが、彼女は、あまり道を覚えるのは得意ではなかったらしく、帰っていく様子はどこかタドタドしかった。

 彼女が見えなくなったのを確認すると、エドワードたちも、何の当てもないまま、さらに逃げる事にしたのだ。

 

 さて、アランたち一行が乗った時間塔も、紀元1664年のマンハッタンにたどり着いていた。

 ターバーたちを探すのはいいが、もし遭遇すれば、乱闘になるのは、まず間違いないのだ。リーとチャーリーはか弱い女と子供だし、サンには時間塔のパイロットと言う任務がある。ここは、アランとレンツの二人が、まずは偵察隊として、外の様子を調査する事になったのだった。

 アランは、相変わらず、レンツの事を疑っていたが、この状況では、警戒しつつも、一緒に行動するしかなかったのである。二人は、マンハッタンの森の中を、タイム・テレバイザーがピンポイントで指定した時間ロケットの着地点を探して、歩き回った。レンツは、以前ここを訪れたリーたちから情報を仕入れていて、この周辺の地理を頭に入れていると言っているのだが、彼の道案内で移動してゆくと、どんどん、おかしな方角へと迷っていくのだった。

 森をかき分けていく二人の前に、突如、何者かが現れた。それは、何と、エドワードとナネットであった!彼らもまた、闇雲に逃げているうちに、こんな場所に迷い込んでしまったのである。お互いに迷っていた事が、逆に偶然をもたらして、両者の奇跡の再会を実現させたのだ。

 あまりの嬉しい出来事に、皆は喜びあったが、いつまでも、ここに居座る訳にもいかなかった。多分、ターバーたちもナネットの事を追っているだろうし、まずは、時間塔に戻って、態勢を立て直した方がいいのだ。

 再び、レンツが帰り道の案内を名乗り出るが、相変わらず、彼の道案内は頼りなげだった。でも、ついには、前方にと明かりのようなものが見えてくる。だが、それは時間塔では無かったのだ。戦争を間近にして、殺気立っていたオランダ人の陣営だったのである。

 ここにきて、アランの疑いも確信にと変わった。レンツは、わざと皆を、こんな場所にまで連れてきて、時間塔から目一杯に引き離したのである。アランが怒って、突っかかっていった事で、レンツも本性を現した。彼もまた、ターバーになびいた未来人の一人だったのである。ジョーナスがターバーについていった一方で、レンツはポウルの元に残り、スパイとして、様々な妨害活動を行なっていたのだ。

 アランに格闘を挑まれたレンツは、ナイフを出して対抗するが、そのナイフを奪われて、逆に自分の肩を刺される。激しい流血戦を目の当たりにしたナネットが、つい悲鳴をあげてしまうと、それに気を取られて、アランはレンツにとどめを刺し損ねてしまう。レンツは、一瞬の隙を見て、逃げてしまったのだった。

 そして、ナネットの悲鳴は、さらに最悪の展開を呼んでしまったのである。近くをパトロールしていたオランダ人たちが、いっせいに、この場所に駆けつけてしまったのだ。アランたちは英語を喋った為、オランダ人には、すぐに敵のイギリス人に間違えられてしまった。この状況では、アランたちは、これ以上は立ち向かえそうにもなく、あっさりとオランダ勢の捕虜になってしまったのである。

 さらに、この場に立ち会っていて、一部始終を遠くから観察していた人物がいた。ひどい方向音痴ゆえに、時間ロケットの元に帰れずじまいで、こんな場所で迷子になっていたジョーゼファである。彼女は、考えた末、レンツのあとをつけていく事にしたのだった。

 

 レンツは手傷を負った状態で、しゃあしゃあと、時間塔の中へと戻ってきた。彼は、隠し持っていた通信機を使って、すでにターバーとは連絡を取り合ったあとであり、次の指令として、騙し討ちして、時間塔を奪い取るように命じられていたのだ。

 帰ってきたレンツが負傷していたものだから、出迎えた時間塔内のメンバーは、すっかり動揺して、手薄になってしまっていた。レンツは「ターバー相手の戦いで傷つけられて、アランはターバーに殺されてしまった」などと、平気で嘘を並べて、皆の心を油断させたのだ。

 レンツは、隙をついて、ナイフを取り出し、サンに襲いかかろうとした。ところが、その時、大声を出して、その不意打ちをばらした者がいた。レンツのあとをついて来たジョーゼファである。彼女の妨害のおかげで、サンは既のところで、レンツの魔の手を逃れ、助かったのだ。逆に、サンがレンツを突き飛ばし返すと、運が悪い事に、跳ね飛んだレンツのナイフがレンツ自身に突き刺さってしまった。致命傷である。

 最後の瞬間を迎えて、レンツは「リーのことが好きだった」と本心を漏らす。彼は、ターバーに、ポウルを裏切る見返りとして、リーと結婚させてやる、とそそのかされていたのだ。実際は、ターバーに都合よく利用されていただけだったと言うのに。リーは、哀れなレンツの末路に、つい涙を流す。

「安心しな。アランはまだ生きている」と告げて、レンツは事切れる。その言葉の後を継いで、詳しい事実を教えてくれたのはジョーゼファであった。

 ジョーゼファがレンツの味方をしなかったのは、このまま、レンツの計画がうまく成功すれば、ナネットがまたターバーの元に戻ってしまうからだった。こうなったら、ひとまずは時間塔のチームに協力して、ターバーがナネットを連れ返せないようにしてもらおうと考えたのである。こちらはこちらで、複雑な恋愛関係のもつれがあったのだ。

 と言っても、アランたちの現状が分かったところで、時間塔にいたメンバーでは、アランたちの上手な救出方法は思い浮かばなかった。そもそも、ここに残っていたのは、非力な人間ばかりなのである。

 その時、時間塔の外が激しくざわつき出した。この近くに住んでいたインディアンたちが、この塔の事を急に拝み出したのだ。本来、この場所は彼らインディアンの聖地だった訳だし、この時間塔の事を、このインディアンの部族はすっかり神の使いだと勘違いしてしまったらしい。

 これを見て、リーには、一か八かの名案が閃いたのだった。

 

 オランダ人の陣営では、アラン、エドワード、ナネットの三人が、捕虜の小屋の中に閉じ込められていた。

 そこへ面会に現れたのが、オランダ人の総督とターバーである。ターバーは、レンツから報告をもらうと、早速、この時代の人間のふりをして、オランダ人と取引しに来たのである。彼の目当てはナネットだった。

 アランたちの見ている前で、あっさりと取引は成立する。ナネットだけは、金貨の袋一つと交換で、釈放となったのだ。無念にも、ナネットだけは、嫌がりながらも、ターバーに連れてかれてしまう。ターバーは、去っていく前に、残りの二人を確実に始末してしまう事を、念入りに、オランダ人総督にお願いしていた。

 こうして、ターバーもオランダ人も出て行き、小屋の中は、アランとエドワードの二人っきりになった。

 間もなく、外が急に騒がしくなってきたのである。でも、イギリスとの戦争は、まだ始まらないはずだった。

 実は、近くに住んでいた原住民のインディアンの集団が、このオランダ陣営に攻めてきたのだ。彼らは、時間塔を神の使いと勘違いしてしまったシルヴァ・ウォーター(銀の水)の部族だった。リーは、彼らに、本気で自分たちを神様だと信じ込ませて、まんまと扇動したのだ。このオランダ陣営に神の仲間が捕らわれているから、助け出すようにと命令したのである。

 純粋なインディアンたちは、神の言葉には忠実だった。彼らは、勇敢にも、本当に、このオランダ陣営に攻めてきたのである。そして、彼らの活躍のおかげで、アランたちは、とうとう、小屋の外への脱出も成功したのだった。

 しかし、逃げ出そうとしたアランたちの前に、オランダ人総督が立ちふさがる。こちらの陣営の情報を知った捕虜がイギリス陣営に帰還すれば、このあとの戦争が一気に不利になるので、いっその事、アランたちをこの場で殺してしまおうと目論んだのだ。

 オランダ人総督も死に物狂いで襲いかかってきたので、乱闘は真剣勝負になってしまった。ついに、アランは、オランダ人総督を銃で撃ち殺してしまうが、この状況ではやむ終えない結果だとも言えた。

 とにかく、インディアンたちの協力のおかげで、アランたちは無事に救い出されて、皆が待つ時間塔へと戻ってきたのだ。時間塔の中で、メンバーはまた再会できた事を喜び合う。

 ところが、その時、少し離れた森の方で騒乱が起こる。あのアランたちを手助けしてくれたインディアンの村が、激しい爆撃を受けたのだ。襲撃した犯人は、ターバーが乗った時間ロケットであった。

 ターバーは、レンツから良い報告が届くのを期待して、もうしばらく、この時間帯で待機していたのである。だが、なかなかレンツからの連絡は来ない上に、オランダ陣営の方からは、なにやら、騒動の音が聞こえてくるのだ。異変に気付いて、ターバーが動き出した時には、すでに手遅れだった。アランたちは、インディアンによって助け出された後だったのだ。レンツも時間塔奪取の任務に失敗した事を、ターバーは悟る。こうなると、もう時間塔への攻撃は不可能だし、ターバーは、腹いせにインディアンの村を時間ロケットのミサイル攻撃で全滅させてから、この時間帯から去っていったのだった。

 リーたちが、驚いて、インディアンの村へ駆けつけてみた時には、もう後の祭りだった。インディアンの村は完全に破壊され、生存者はほとんど居なかった。息絶えようとしていたインディアン酋長の体を抱きかかえながら、アランは必ず仇を打つ事を心に誓う。

 さて、アランたち一行も、この時間帯から飛び立つ事にしたのだが、そこで不思議な事に気付いた。前は、時間塔が着地できなかったはずの22世紀以降の時間が、着地可能な状態に変化していたのである。

 実は、22世紀以降の時間塔のある場所に置かれていたインディアンの遺物とは、シルヴァ・ウォーター部族のものだった。ターバーが、シルヴァ・ウォーターの村を焼き払ってしまったものだから、それらの遺物は未来から消滅してしまい、この区域にインディアンの博物館を設置する事実自体が無くなって、ただの空地になってしまったのだ。

 何はともあれ、これで、時間塔も、ターバーが次に向かったであろう紀元2445年にも行けるようになったのだ。いよいよ、ターバーと決着をつける時が来たのである。

 時間塔内に持ち込んだタイム・テレバイザーで調べてみても、ナネットの行き先は、紀元2445年になっていた。念の為に、捕虜のジョーゼファを連れて来て、彼女が持っていたターバーの所持品を借りて、タイム・テレバイザーにかけてみても、行き先は紀元2445年と出た。もはや、間違いないのである。

 ついでに、一同は、ジョーゼファへ、なぜ、そんなにターバーに執着するのかを尋ねてみた。ジョーゼファは、ターバーに命を助けてもらったのだと言う。悪党のターバーの事だから、きっと、その人助けも単なる気まぐれだったのだろうが、その事をジョーゼファに指摘できる者はいなかった。彼女は、根っからターバーに惚れ、熱く愛してしまっていたようだったからだ。ジョーゼファは、時間塔の一同に、紀元2445年に着いたら、自分をすぐターバーの元に返すようにと、要求したのだった。

 ジョーゼファは、何にせよ、時間塔チームに完全に寝返ってくれた訳ではないらしい。レンツの一件もある事だし、彼女をあまり時間塔内に長居させておくのは得策ではないようだった。一同は、紀元7012年の本拠地にいったん戻ったりするのは止めておく事にした。まっすぐ、紀元2445年に向かうのだ。そして、ジョーゼファを席から外すと、一同は、作戦会議を行なったのである。

 すでに一同は、ターバーとは顔見知りである為、ターバーが紀元2445年に居つく前の時間に先回りして行くような事はできなかった。紀元1664年から飛び立ったターバーのあとを追いかけた、その後の時間に降り立つ事しか不可能なのだ。となると、ターバーはすでに世界征服する為の準備をほぼ完了しているはずであろう。彼は、最強の核ミサイルまで保有している状態だ。何の対抗策も講じずに立ち向かってみたところで、まず勝てる見込みはないのだ。

 そこで、サンが、昔読んだ古文書の内容を思い出した。その古文書によると、紀元5000年ごろ、地球に小惑星が衝突しそうになる危機があったのだと言う。その時、人類は、世界を救う為に、久々に武器を開発した。まさに超文明の技術の粋を集めた究極兵器である。その武器を使って、その時代の人間は、見事に小惑星衝突の危機を回避したのだ。もちろん、平和だった当時の人類は、そんな武器はそれっきり封印してしまい、二度と使う事はなかった。しかし、そのようなものが存在したのは、どうも真実っぽいのだ。そして、小惑星を撃退できるぐらいなのだから、核ミサイルなど屁でもない武器であるに違いあるまい。

 サンとリーは、この古文書の内容を信じて、この幻の超兵器を紀元5000年の人々から借りてくる事を提案したのだった。他の皆も、このアイディアに全ての望みをかける事にしたのである。

 

 ついに、時間塔は紀元2445年に到着した。

 アラン、エドワード、チャーリー、そして、ジョーゼファが降りると、サンとリーだけを乗せて、時間塔は再び消えていった。「24時間後にまた会おう」と約束を交わし合って。

 さて、紀元2445年の時間塔があった周辺は、大都市(大ニューヨーク市)の大通りのど真ん中になっていた。保護区域のインディアンの聖地だったと言う事で、時間塔があった場所だけが、ぽっかりと空地になっていたのである。

 そんな場所に、突然、謎の塔が出現して、そこから人間が降りてきたものだから、周りはすっかり大騒ぎだ。

 すぐさま、この紀元2445年の警察官がやって来て、アランたちは連行される事になった。だが、それはアランたちの目論見どおりだったのである。

 警察署に連れてこられたアランたちは「重要な話があるので、この国の一番偉い人物に会いたい」と交渉し始めた。普通なら、そんな話はタワゴトとして却下されそうだが、アランたちが奇妙な塔から現れた特殊な人間である事は事実だし、何よりも、この時代の人間は素直で、人を信じやすかった。本当に、この都市の責任者である大ニューヨーク市の市長が会いに来てくれたのだ。

 アランたちがターバーの名を出すと、市長がガッツリと食いついてくる。今や、ターバーは、この世界でも大きな悩みのタネになっていたのである。

 簡単に言うと、ターバーは、本日、この大ニューヨーク市を全て、自分に譲り渡すように脅迫してきたのだ。

 もともと、ターバーは、10年ほど前に、大金持ちを装って、この大ニューヨーク市に引っ越して来た、奇妙な外国人に過ぎなかった。ところが、彼は、財力や汚い手を使って、市内の土地を片っ端から買収していったのだ。ついには、市の南半分は完全に彼の土地となってしまった。彼は、自分の居住区を「ターバー帝国」などと呼び、まるで独立国家のように横暴に振る舞い始めたのである。国や市の忠告も聞こうとしないし、住民の義務を果たそうともしなかった。とうとう、今日という日には、脅迫による全市の譲り渡しまでも、要求してきた始末なのである。

 こんな一方的なターバーに、国が太刀打ちできないのは、そもそも、この平和な時代に、こんな馬鹿げた行動をとる奴もいなかったので、警察や軍隊にターバーを押さえ込むだけの実力が欠けていた為でもあった。それどころか、ターバーは、ついにウルトラウラン・ミサイルの存在もちらつかせ始めたのである。強力兵器が全廃されていて、ミサイルも爆撃機もないような、この時代のどの国家にも、ターバーと張り合えるだけの戦力は無かったのである。もし、ここで、ターバーの要求を飲んで、大ニューヨーク市を渡してしまえば、調子に乗ったターバーは、他の土地もどんどん要求し始めて、最終的には、この時代の地球全土を乗っ取ってしまう事だろう。

 大ニューヨーク市長にとっても、今は重大な決断に迫られていた時だったのである。アランたちは、自分たちにはターバーに対抗する策があり、もう24時間待ってほしい、と市長に告げたのだった。

 それにしても、この時間塔の立っている場所が、ターバーに占拠されていなくて、全く、不幸中の幸いだったのである。ターバーは、歴史が上書きされて、この時代に時間塔が来られるようになったのを、まだ知らなかったのかもしれない。さらに、大ニューヨーク市の南はしには、ウルトラウラン・ミサイルの原料となるウラン採掘場があったので、彼としては、どうしても、大ニューヨーク市の南の方から拠点を広げていく必要があったのである。

 その時、大ニューヨーク市長のもとに、返事を催促するターバーからのテレビ電話がかかって来た。

 良き返答を急ぐターバーは、ターバー帝国内にある自分の牙城、ターバー城の屋根から、ついに恐怖のウルトラウラン・ミサイルの発射台を突き出してみせて、大ニューヨーク市長を威嚇してくる。あと24時間待ってほしいと交渉したいところだが、あのターバーが無条件で応じてくれるはずもないだろう。

 ここで、ジョーゼファが、いきなり話に割り込んできた。自分を人質交換に使って、時間を伸ばせばいい、と言い出したのだ。ターバーが、そんな話に乗ってくるとは思えなかったのだが、試してみると、意外にも耳を傾けてきたのだった。彼にも、ジョーゼファにわずかでも愛慕の気持ちがあったのだろうか。

 しかも、アランが少し大胆になって、ジョーゼファとナネットの交換を申し込むと、それにも応じてくる。さすがに、24時間後というタイミングまでは受け入れてはもらえなかった。それでも、20時間後に、大ニューヨーク市の南と北の境界線で、人質交換は敢行される事になったのだ。これで、かなり時間稼ぎができるのである。

 

 そして、人質交換の時がやって来た。

 アラン側の立会人は、アランとエドワードを中心に、大ニューヨーク市長と警護員数名という顔ぶれである。ターバーの方は、用心棒のウンカスとともに、なぜか、大きなトレーラーを持って、やって来た。狡猾なターバーの事だから、このトレーラーの中に、例の混成部隊の大軍団でも隠しているのであろうか。

 警戒しつつも、まずは、厳かに、人質交換が始まった。ジョーゼファは、ターバーにどやされながらも、彼の元へ帰っていく。そして、ナネットもまた、偽物ではない本物のナネットが、アランたちの方へ引き渡されたのだ。

 ところが、ここでターバーが卑怯な作戦を開始した。人質交換の地点のすぐ上空に、いきなり、時間ロケットが出没したのだ。時間ロケットからは、特殊なネットが放たれて、たちまち、戻ったばかりのナネットをすくい上げてしまった。それどころか、大ニューヨーク市長までもが、巻き込まれて、ネットに捕捉されてしまったのだ。

 これは、最悪の展開だった。人質を二人とも奪われた上に、大切な大ニューヨーク市長もターバーの捕虜になってしまったのである。完全にターバーに全ての切り札を持っていかれてしまったのだ。

 さらに、ターバーは、もう一つ、秘密兵器を用意していた。彼のトレーラーから現れたのは、巨大なティラノサウルスだったのである。原始時代から卵を拾ってきて、この土地で、こんなに大きくなるまで育て上げたのだ。まさに、ターバーが誇る混成部隊の最強最大の戦士である。

 アランたちをティラノサウルスに襲わせておき、ターバーたちはさっさと逃げ帰ってしまった。

 凶暴なティラノサウルスはとても手強かったが、それでも、アランたちの知恵と勇気で、何とか撃退に成功する。

 

 ターバー城では、戻って来たジョーゼファが、アランたちが何か企んでいるらしい事を、早速、ターバーに告げ口していた。

 アランたちの策略が気になるターバーは、誘拐した大ニューヨーク市長に目をつける。ターバーは、この市長をあの自白装置にかけて、全てを聞き出す事にしたのだ。市長は抵抗したものの、自白装置の力は強大で、知っている事を洗いざらいに喋ってしまう。

 驚いたのは、ターバーの方だ。もし、アランたちが本当に未来の究極兵器などを入手したら、形勢は一気に逆転してしまうのである。

 時間塔がこの時代に戻ってこれる時間は、もう間近に迫っていた。ターバーは、ジョーナスを呼びつけると、今すぐ時間ロケットを出動させ、時間塔の妨害をするようにと至上命令を下した。

 そして、アランの方の陣営では、ようやく、時間塔が旅立ってから24時間が経ったので、その帰りを保護区域まで出向いて、待ち続けていた。

 果たして、保護区域が光り輝き出し、時間塔が現れそうになった。ところが、時間塔は完全に実体化する前に消えてしまったのである。代わりに、もっと小さな別の光が、同じ場所に現れた。時間ロケットだ。

 時間塔を追撃していた時間ロケットは、とうとう、この時代にまで逃げられてしまったので、最後の手段として、この時代への到着の瞬間を狙って、一緒に到着してやる事によって、時間塔の帰還を阻止しようとしたのだ。

 同じ場所に、同時に二つのタイムマシンが実体化したら、一体、どうなるかは分からなかった。激しい大爆発を起こしてしまうかもしれない。それが怖くて、時間塔も時間ロケットも、なかなか実体化に踏み切れないでいるのだ。

 時間塔と時間ロケットの小競り合いが続く。どちらかが実体化しかけると、もう一方も実体化しようとして、結局、両方とも、いったん、実体化を止めてしまうのだ。そんな事が何度も繰り返された。

 しかし、とうとう、時間塔の方が、覚悟を決めて、最後まで実体化を敢行した。土壇場で恐れをなした時間ロケットは、姿を現さなかった。このチキンレースは、時間塔が勝ったのだ!

 サンとリーが時間塔より降りてくる。皆は、再会と、ミッションの成功を喜んだ。

 そして、サンたちが持って来た兵器とは、原子分解砲だった。遠くのものでも、光線を照射して、原子の粒にまで分解してしまえるのだ。なるほど、これならば、核ミサイルだろうと小惑星だろうと、確実に安全に無害化できるのである。これを、市庁ビルの屋上に取り付ければ、そこからターバー城はよく見えるので、狙い放題であろう。ただし、この原子分解砲を使用可能な状態に組み立ててから、屋上に設置して、起動させるまでは、まだ30分はかかりそうだった。

 その時、市庁ビルの方へ、ターバーからテレビ電話がかかってくる。時間塔の帰還を阻止し損ねてしまった以上、アランたちが行動を起こす前に、自分の方から先に最後勧告を突きつけて、事を有利に進めるつもりなのだ。

 ターバー陣営では、アランたちが手に入れた究極兵器の正体を、まだはっきりとは分かっていなかった。彼らは彼らで、今はひどく用心しているのである。そして、アラン側としても、これは時間稼ぎができる、絶好のチャンスだった。ターバーに気付かれぬように、サンとリーは、こっそりと、原子分解砲を設置しに、市庁ビルの屋上へと向かったのだ。

 アランとターバーの、テレビ電話越しの話し合いが始まる。

 少しでも時間を伸ばそうと、アランは「ナネットの顔を見せてくれ」と頼んだりした。しかし、ナネットは今は人質として、ウンカスとともに時間ロケットに乗せられていた。時間ロケットは、ターバーにとっても最後の砦なので、人質のナネットは、アランたちに迂闊に攻撃されない為の盾代わりに使われたのだ。

 さらに、アランは「もし、本当に今、核戦争など起こしたら、この先の未来の歴史が完全に狂ってしまう」とターバーに警告したりもした。しかし、この忠告も、ターバーには全然こたえなかったのである。何故ならば、21世紀人のターバーにとっては、紀元2400年後の未来など、どうなろうと知った事ではなかったからだ。21世紀以前の歴史さえ改変しなければ、ターバー自身は何の影響も受けないのである。その事を分かってたからこそ、彼は、21世紀以前の過去に行った時には、隠し財宝や埋蔵金だけを盗むと言った、慎重な行動に徹していたのだ。あちこちの時代からスカウトしてきた傭兵ですら、明らかに自分の直系先祖ではない人材ばかりを、より選んでいた。ここまで、狡猾に立ち回りながら、ターバーは今まで上手に時間を荒らしてきたのである。

 しかし、その卑劣な自分本位ぶりを聞かされて、彼のそばにいた仲間のジョーナスやジョーゼファ、さらには、もう一人の人質の大ニューヨーク市長すらも、嫌な表情を浮かべていたのだった。

 ターバーの方には、もはや、これ以上、アランと話し合う意思はなかった。降伏する気がないのならばと、ターバーは、本気で、ウルトラウラン・ミサイルの操縦盤に手を出し始める。だが、ここで、大ニューヨーク市長が、責任を感じて、勇気を振り絞ったのだった。彼は、自分を押さえていたジョーナスを突き飛ばし、それから、ターバーにも飛びかかっていって、操縦盤をぐちゃぐちゃに動かしてしまったのである。

 怒ったターバーは、感情的になって、市長をすぐに射殺した。でも、ミサイルの照準はすっかり狂ってしまっていた。ターバーは、急いで照準を直し始めたが、これで、もう少し、時間を稼げる事になったのだ。

 ここで、もっと想定外の事態が発生しだした。ジョーナスの体が、じょじょに透明になりだしたのである。皆は、驚きながらも、とっさにその原因に気が付いた。あの大ニューヨーク市長は、ジョーナスのはるか大昔の先祖だったのである。市長が死んでしまったものだから、その末裔であるジョーナスの存在も消滅しだしたのだ。

 ターバーのせいで、ほんとに、自分の運命を変えられてしまったジョーナスは激しく憤慨する。気が動転しながらも、ターバーに従うのはもう止めて、格納庫の方へと走りだした。どうやら、ターバーを見捨てて、時間ロケットを奪ってしまうと、ここから自分だけ逃げ出してしまうつもりなのだ。

 アランの陣営では、この瞬間に、まさに原子分解砲のセッティング終了の連絡が入ってきた。ついに反撃の時が来たのだ。アランとエドワードは、ターバーの電話に背を向けて、さっさと市庁ビルの屋上へと向かった。

 その屋上では、サンが早くも原子分解砲を発動させていた。ここからは、ターバー城の屋上にあるウルトラウラン・ミサイルの発射台が丸見えなのである。原子分解砲を一発お見舞いしてみせただけで、ミサイルは、ターバー城の屋上ごと、全て消滅してしまった。恐るべき原子分解砲の破壊力なのだ。ちょうど、市庁ビルの屋上にまで駆けつけて来たアランとエドワードも、この成果を見て、大喜びした。

 ターバー城の方でも、何か大変な事が起き始めた事に気付いたようである。ターバーは、なおも、使えなくなったミサイルの操縦盤をいじっていたが、それどころじゃないとジョーゼファがせかして、ようやく、この二人も時間ロケットの格納庫の方へと逃げ走りだした。

 その時間ロケットの格納庫であるが、ターバー城の屋上が丸ごと消滅してしまった為、完全に外に露出してしまっていた。市庁ビルの原子分解砲からも、存分に狙い撃ちできる状態なのである。

 ジョーナスが操縦しだしたのか、時間ロケットが次第に飛び上がり始めた。そこへ、ようやく、遅れて来たターバーとジョーゼファが走り寄ってくる。哀れにも、時間ロケットに乗り損ねてしまったようだ。

 アランたちは、とっさに、原子分解砲の矛先を、ターバーの方へ向けた。発射!仇敵ターバーは、かくて、一撃で消え去ってしまったのである。

 残るは、時間ロケットだけだった。これを逃せば、また誰かに悪用される恐れがあるのだ。しかし、このロケットの中には、今、ナネットが乗っているのである。アランも、しかし、それ以上に、エドワードが、原子分解砲を発射する事を躊躇していた。と言うのも、これまで一緒に冒険してきた事で、エドワードはすっかりナネットを好きになってしまっていたからである。

 とうとう、アランたちは、原子分解砲を発射し損ねてしまい、時間ロケットは、半壊したターバー城の上空で、光り輝きながら消えてしまった。最後の最後で、別の時間に逃げられてしまったのである。

 と思ったら、時間ロケットは、すぐ同じ場所に出没した。そして、そこで大爆発を起こしたのだ。もしかすると、操縦者のジョーナスが途中で蒸発してしまい、これ以上の時間旅行が不可能になったのかもしれない。こんな結果になってしまうとは、さすがにアランたちも呆気にとられて、落胆してしまったのであった。

 ともあれ、ターバー帝国相手の未来世界の大戦争は、これにてアラン陣営の勝利で終わったのである。指導者が居なくなったターバー帝国の混成部隊の兵士たちも、もはや統制を失い、戦える有様ではなかった。捕虜となった彼らを、いずれ元の時代に戻すかどうかは、サンたちの手に委ねられる事となったのである。

 さて、三日が経ち、ようやく事後処理が済むと、アランとエドワードは、急いで、ターバー城の瓦礫と化した格納庫へと向かった。せめて、ナネットの遺骸や遺品でも見つかるようならば、持って帰りたいと考えたのである。

 その時、奇跡が起こった。空から、無傷のナネットがゆっくりと落ちて来たのである。彼女は、全く無事だったのだ。一体、なぜ?

 実は、三日前に出発した時間ロケットの中では、逃げようとするジョーナスと、今なおターバーに従い続けるウンカスの間で、争いが起きていた。その隙をついて、ナネットはロケットの扉を開き、外へ脱出したのだ。しかし、ロケットはちょうど時間旅行を始めたところだった。ナネットは、時の狭間に落ち込み、一人だけ、三日ずれて、今のこの時間に投げ出されたのである。一方で、時間ロケットは、ジョーナスとウンカスの乱闘で壊れてしまい、元の時間に戻って、爆発してしまった訳なのだ。

 このように、全てはハッピーエンドで終わったのである。

 いや、物語はまだ終わってはいなかった。

 時間塔に乗って、一同が21世紀に帰還してみると、そこでは、チャーリーが、お金持ちの遺産相続人として、快く迎え入れられたのである。彼の財産を狙っていた遠縁の親族が、いつの間にか、存在しなくなってしまったのだ。話を聞いているうちに、ピンとくる事が思い浮かんだのだった。その遠縁の親族とは、オランダ人の血を引いていた。この人物は、実は、アランが紀元1664年に殺したオランダ人総督の子孫だったのである。そればかりか、あのターバー病院も、チャーリーが受け取る財産の一つにと変わっており、慈善的な福祉病院に生まれ変わっていたのだった。

 そして、最後に、リーが、この21世紀の時代から立ち去るのをためらった。彼女もまた、冒険を共にしているうちに、アランの事が好きになっていたのである。ついに、リーは、この時代に残る事を決心したのだった。サンは、妹の決断を認め、一人だけ、紀元7012年の自分の故郷へと帰っていく。

 こうして、21世紀の現代には、勇者たちの二つのカップルが誕生する事になったのだ。この二組の事をチャーリーも祝福してくれて、アランたちの今後の発明活動の資金援助を申し出てくれたのだった。

 一方、紀元7012年の未来では、サンから、これらの結末を聞いて、ポウルも快く思っていた。それと言うのも、ポウルが時間塔を作るにあたって参考にした古文書とは、どうやら、アランたちが残した資料だったみたいだからである。アランたちが作ったタイムスコープも、まんざら完全な失敗品だった訳でもなくて、原理の根本部分が同じだったからこそ、時間塔の姿を映し出したらしいと言う事になる。今回の時間塔での体験を元にして、21世紀では、きっと、アランたちもより完璧なタイムトラベルの理論を完成させてくれるに違いあるまい。

 ともあれ、時間を超えて、全ては丸く収まったのである。

 

 ラストシーンは、暗くしたホールの中で、美しく着飾ったリーが未来の踊り、シャドーダンス(the shadow girl dance)を披露してみせると、他のメンバーであるアランとエドワード、ナネット、チャーリーも次々に混ざっていき、皆で楽しそうに踊りながら、おしまいとなる。


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最終更新日 : 2020-01-05 15:18:16

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映画用「黒の放射線」シノプシス(1)

原作/中尾明「黒の放射線」

 

 オープニング。大宇宙の中に浮かぶ、美しい地球。不気味なBGMとともに、地球に、どうやら怪しい宇宙線が降り注いでいるように思わせる演出。

 タイトル「黒の放射線」

 

 ヒロイン、松田ナオミは、都内の東陽中学校に通う女子学生である。学級委員を務める彼女は、放課後、担任の平井先生に頼まれて、長期欠席中の浅井恵子の家に、様子を伺いに向かっていた。

 浅井恵子は、ミス東陽中と呼ばれる美少女だ。しかも、よくテレビのドラマやCMなどに出演する少女タレントだった。だから、これまでも、度々、学校を欠席する事があったのだが、今回の長期欠席は、さすがに、やたらと長すぎたのだ。

 ナオミは浅井家に着いたが、けっこう大きな豪邸だった。ナオミが、玄関ブザーを押すと、出てきたのは、浅井恵子の母親である。恵子の母は、娘はテレビの仕事のあと、悪い風邪をこじらせたとか、色々と事情を述べて、結局は、ナオミを恵子にも会わせてくれず、追い返してしまったのだった。

 何となく、合点のいかぬナオミは、もうしばらく、浅井家の周りをうろついていたが、ふと、塀越しに見えた恵子の家の窓が、恵子の部屋の窓だった事に気付く。閉めているはずのカーテンが、少しだけ開いていて、内側がそれとなく見えるのだ。

 好奇心から、つい、部屋の中を覗き見してしまったナオミは、ハッとする。

 部屋の中には、ネグリジェ姿の恵子が、うなだれて、ベッドに座っていた。彼女の顔には、口もと全てを覆うような、黒いアザがあったのだ。まるで、マジックで塗りつぶしたみたいな鮮やかな黒だった。そんな顔で、恵子は、グズグズと泣き続けていたのである。

 なぜ、あんな顔をしているのだろう?次のドラマの役のメイクとか?あるいは、美にこだわる恵子は、うっかり危ない化粧品にでも手を出してしまったのだろうか。

 理由は全く分からない。だが、イケないものを見てしまったと、とっさに感じたナオミは、動揺しながら、慌てて、この場から走り逃げたのだった。

 

 ナオミが自分の家に帰ってくると、そこには珍しいお客さんが訪ねてきていた。

 いとこの堀江信一である。母子家庭で育ち、親戚も少なかったナオミにとっては、信一は、小さい頃、兄のように慕っていた存在だった。しかし、彼は、東都大学の医学部に在籍中、その才能を見込まれて、アメリカの医療大学にと研修に行ってしまったのである。そんな信一が、6年ぶりに、ひょっこりと日本に戻ってきたのだ。

 ナオミも信一も、互いに、すっかり成長していた事に、やや驚く。特に、小さかったナオミは立派な美しい娘にと育ったいた。ナオミとしても、この歳になって久々に目にした信一は、なかなかの素敵な男性に見えたのである。何と言っても、ナオミは今、思春期だった。かつてはただの兄代わりだった信一の事も、つい男として意識してしまい、二人のやりとりは何となくギクシャクしてしまったのである。

 そんな信一が、いち早く、ナオミの顔色が悪い事に気が付いた。でも、ナオミは、さっき見た浅井恵子の黒アザの話については、かたくなに隠し通したのだった。

 さて、信一は、アメリカでの研修を終えて、完全に日本に帰国したのだと言う。これからは、大学附属病院の放射線研究室でバリバリ働くそうで、時々、ナオミの家にも遊びに来る事を約束して、今日は帰っていったのだった。

 

 ナオミのクラスでは、相変わらず、浅井恵子は休み続けていた。いや、それだけではない。

 学校に通っている生徒たちの一部が、少しずつ、おかしくなっていたのである。

 欠席する生徒が増えていた。あるいは、怪我をしたのか、体のどこかここかに、包帯やガーゼ、マスクや眼帯などを当てている生徒の姿も目立ち始めたのだ。

 ナオミの親友である庄司礼子も、そのような顔にガーゼをつけた生徒の一人だった。彼女の場合、右頬の上に大きなガーゼを当てていたのである。

 ナオミはその事を心配したが、礼子は暗い表情をして、右頬の事ははっきりとは話したがらなかった。

 ふと、ナオミは、他のクラスの生徒たちの噂話を聞いてしまう。「最近、増えている包帯やマスクの生徒たちは、皆、包帯やマスクの下に黒いアザを隠しているらしい」と言うのである。ナオミは、ハッと浅井恵子の事を思い出した。もしかすると、親友の礼子も、ガーゼの下には、あんな感じのアザを隠していたのでは?

 ナオミは、激しい不安に襲われたのだった。

 

 その日、ナオミが自分の家に帰ってみると、ちょうど、信一が遊びにきていた。

 ナオミは、居ても経ってもいられなくて、心に抱いていた不安を、信一に相談してみようとするが、信一が先に話を切り出してきた。

 近頃、若い子の間で、奇妙な病気が流行り始めているのだと言う。それは、痛みはないが、体に黒いアザができる病気だった。その名も黒あざ病と言う!まさに、ナオミが聞きたかった話題であった。

 信一は、ナオミのことを心配して、そんな話をしてくれたのかと思いきや、実はそうではなく、彼はアメリカにいた頃から、この病気の調査に当たっていたのだった。黒あざ病は、日本だけではなく、今や世界各地で広まりつつある奇病だったのである。そして、信一は、この病気の日本での発生状況を調べる為に帰国してきたのだった。

 信一やその仲間の医師の研究によって、黒あざ病の事はだいぶ解明され始めていたが、それでも、まだまだ謎は多かった。その症状はかなり分かってきたものの、原因も不明であり、治療法も確立されていなかったのである。

「しかし、一つだけ、はっきりしている事がある。この黒あざ病は、伝染病ではないんだ」と、信一は強く断言した。だからこそ、もし身近に黒あざ病の子がいたとしても、避けたり、嫌がったりしないように、とくれぐれもナオミに念を押したのだった。

 ナオミは、礼子や浅井恵子の事を思い出しながら、素直に、信一の言葉に頷いたのである。

 

 だが、次の日、事件は起こった。

 ナオミの同級生のヤンチャな長田修二が、休み時間の教室の中で、ふざけて、後ろから庄司礼子にこっそりと近付き、ガバッと礼子の頰のガーゼを剥がしてしまったのだ。

 途端に、教室の中は静まり返った。礼子の頰には、本当に小さな黒いアザがあったからである。

 誰もが呆気にとられていたが、一番ショックを受けていたのは、やはり、礼子本人だった。彼女は、わなわなと震えたあと、ワアーッと泣き出し、すぐに教室の外へ走り逃げてしまった。

 これを見たナオミは、修二の事を怒鳴りつけてから、急いで礼子のあとを追い掛ける。

 礼子は、校舎の裏で泣き崩れていた。彼女を発見したナオミは、走り寄り、優しく抱きしめる。固い女の友情なのだ。「礼子は、全然、醜くなんかないよ」と、ナオミは、礼子の頰に、自分の肌を擦り合わせてみせる。事前に、信一から情報を聞いていたからこそ出来た行動だった。

 こうして、献身的なナオミの慰めのおかげで、礼子もじょじょに落ち着き始めた。なんとか、気を取り直したのである。しかし、教室に戻れるところまではいかなかった。礼子は、このまま、残りの授業は受けずに、早退してしまったのである。

 残された生徒たちによる、ナオミのクラスでのその後の授業は、すっかり重い空気に包まれてしまった。他にも、包帯を巻いた生徒たちはいたし、彼らも気まずい雰囲気で、さらに彼らを囲む他の生徒たちも、どう彼らを気遣えばいいかが分からなくなってしまったからである。

 自分の悪気ないイタズラがとんでもない事になってしまったのを自覚して、修二も深く反省し、暗くうなだれていた。彼は、コソッとナオミに謝ったのだが、ついナオミはつれない態度をとってしまったのだった。

 

 その夜、ナオミは、昼間の出来事を思い出し、礼子の事を心配しながら、自分の家で過ごしていた。

 その礼子もまた、今は自分の家に戻っていた。彼女は、鏡の前に立ち、頰のガーゼを外し、そこにある黒アザを憎みながら、涙を流していた。すると、恐ろしい事が起きたのである。彼女が見ていたその瞬間にも、黒アザが生き物のように大きく広がりだしたのだ。あっという間に、彼女の顔の半分を黒アザは覆い尽くした。恐怖のあまり、礼子は凄まじい悲鳴をあげたのだった。

 それから間もなくして、ナオミの元へ、礼子の母から電話が掛かってきた。礼子が、急に錯乱状態になって、家を飛び出してしまい、そのまま戻ってこない、と言うのである。ナオミは、信一や平井先生にも連絡を取り、夜中だったが、すぐに礼子の家に駆けつけた。礼子の母自体も、やって来たナオミを思わず自分の娘と間違えてしまうような混乱ぶりだった。

 その後、信一や平井先生が集めたクラスメートたちとともに、居なくなった礼子の捜索を始める事となる。だが、礼子はなかなか見つからず、ひとまず子供たちは自宅待機という事になったのだった。あれほど元気だった修二も、すっかり自分のことを責めてしまい、わんわん泣き続けていた。

 次の日の朝方に、生徒たちの元へ、平井先生から連絡が入った。どうやら、礼子が見つかったかもしれないと言うのである。しかし、それは東京湾に身投げした水死体という形でだった。今、礼子の母が身元確認に当たっているのだと言う。

 ナオミは人違いである事を祈ったのだが、礼子の母は、その水死体を自分の娘だと認めてしまったのだった。ナオミだけではなく、彼女のクラスの級友たちも、いや、東陽中学全体が悲しみに包まれた。

 そして、数日後、礼子の葬式が行われたのであった。司法解剖された為、棺に収められた礼子の姿は見せてもらえなかったが、葬式に参列した級友たちは、皆、泣きながら、礼子の事を見送ったのだった。

 

 世の中は、確実におかしくなり始めていた。礼子が自殺した頃を境に、黒あざ病患者はいっきに世間に増えだし、その病状も悪化しだしたようなのだ。新聞や雑誌、テレビのニュースでも、黒あざ病の事が大きく取り上げられるようになった。相変わらず、黒あざ病の原因も治療法も不明のままだったが、マスコミは、この病気が伝染病ではない事を強調して、不要な恐怖心を煽らないように注意した。さらに、信一がナオミに教えてくれた最新情報によると、子供だけではなく、大人の黒あざ病患者も増え始めている、と言うのであった。

 このような社会の不穏な空気に流されて、ナオミの学校でも、いろいろと不都合が起き始めていた。

 まずは、黒あざ病にかかってしまったらしい生徒たちが、完全に欠席するようになってしまった。もはや、包帯やガーゼで隠していても、皆には黒あざ病だとバレてしまっているので、とても学校には居づらいのである。あれほどマスコミが伝染病ではないと訴えたにも関わらず、まだ黒あざ病ではない人たちは、黒あざ病の人間の事を強く警戒した。やはり、実際に、あの黒いアザを見てしまうと、もしかすると、病気がうつるのではないかと言う恐怖心が湧いてきてしまうのだ。その為、学校の中だけではなく、社会全体で黒あざ病患者を避けて、あるいは、積極的に排他しようとする気運まで生まれ始めたのだ。これでは、とてもじゃないけど、黒あざ病患者の生徒たちは、学校には登校できないのである。

 ある時、ナオミは、校庭で、一人の生徒が皆から虐待されているのを目撃した。ナオミは驚き、慌てて加害者たちを追い払って、その生徒の事を助けたが、その生徒とは黒人のキンダー少年だった。彼は、全身が真っ黒だったものだから、それだけで、黒あざ病扱いされてしまって、他の子から虐待されてしまったのだった。こんな事が起きても、キンダー自身はけっこうアッサリしていて、現状を受け入れていたようなのだが、むしろ、ナオミの方が激しいショックを受けたのである。

 このままでは、黒あざ病患者への差別はもっとエスカレートしていき、世の中は二分して、いがみ合いになってしまうかもしれない。いや、すでに、外国の、白人と黒人が共存しているような地域では、キンダー少年への虐待をもっと大きくしたような黒人迫害が起き始めていたのだ。世界は人種差別がひどかった時代に逆戻りしようとしているのである。

 そんな矢先、学級委員であるナオミは、平井先生に呼び出された。

 先生の話は、他でもない、この学校でも今や全校生徒の5分の2が黒あざ病にかかっていたので、その事でナオミに相談してきたのだ。ナオミのクラスでも、現在、20人近くの生徒が欠席していた。学校の意向としては、どうにか、これらの生徒を、もう一度、登校させられないだろうか、と言うのである。そうじゃないと、学校のあり方そのものが崩壊してしまうだけではなく、本人たちの将来にも良くないのだ。

 平井先生は、今日の放課後は、不登校の生徒たちの家を家庭訪問してみて、皆に登校するように説得するつもりだったが、なにぶん、一人では手が回らなかった。それで、ナオミらクラスの役職についている生徒たちにも、説得作業を手伝ってもらう事にしたのである。

 色々あって、黒あざ病には人一倍関心を持っていたナオミは、すぐ先生の依頼を引き受けたのだった。

 彼女は、5人の生徒を受け持つ事になった。その中には、あの長田修二もいた。皮肉な事に、礼子を追い込んだ修二も、今度は自分が被害者になってしまったのである。

 ナオミが修二の家に訪れると、案の定、修二は完全にいじけていて、最初は、まともにナオミの話を聞こうともしなかった。「どうせ、ザマアミロと思ってるんだろ」と、修二はヒネくれた事を言う始末である。しかし、ナオミが真剣に説得してみたところ、ようやく、修二は心を開きだした。そして、どうにか、明日、学校に出てくる約束を取り交わしたのである。実は、修二は、ナオミの事がひそかに好きだったようだ。

 とにかく、こんな感じで、ナオミは、級友たちを説得して回ったのだった。彼女の作業は、順調な方だった。真面目に説得をした事で、ひとまず、どの不登校の級友も、とりあえずは、明日、登校してくる事を約束してくれたのである。ナオミも、なかなかの手応えを感じたのだった。

 ナオミが、級友の家回りを終えて、自分の家に戻ってきた時には、もうだいぶ日が暮れていた。頑張ったナオミに、母は優しくねぎらいの声をかけてくれる。そして「久しぶりに、一緒にお風呂に入ろうか」と言ってくれたのだ。なんとなく嬉しくて、母に甘えたくなったナオミは、素直に頷いた。

 二人は一緒にお風呂へと入った。もちろん、二人とも裸である。ナオミの体はまだまだ全体的に蕾(ずん胴で、微乳。お尻も小さめ)だったし、母はすっかり熟れた中年の肉体をしていた。でも、親子ともども、肌が白くて、健康的で綺麗なヌードなのだ。裸でもイヤラシさはなく、とても清潔感のある、爽やかな入浴光景なのである。

 ナオミは、母の背中を流してあげようとした。しかし、その時、気付いてしまったのである。母の背中には、ポツンポツンと小さな黒いアザができていたのを。そう、最近は、大人だって黒あざ病にかかったのである。

 ナオミは、震えながら、この事を母にも伝えた。母も激しいショックを受けたようだった。黒あざ病にはだいぶ慣れてきたつもりだったが、それでも、自分や一番近い身内がかかってしまうと、やはり、動揺を隠せないのである。二人は、風呂場の中で、震え泣きながら、強く抱き合った。「大丈夫。黒あざ病になっても、死ぬわけじゃないんだから」と、お互いに言い聞かせながら。

 

 翌日、学校では、ナオミの説得活動の甲斐もあって、多数の黒あざ病の生徒が登校してきていた。実際には、昨日は学校全体で連携して、多くの黒あざ病の生徒の説得作業に当たっていたのである。その為、かなりの生徒が、再び学校に出てきてくれたのだ。

 その中には、修二の姿もあった。彼らは、相変わらず、黒アザのある部分を包帯やガーザなどで隠した形での登校なのである。この前以上に、校舎の中には、包帯やガーゼ姿の生徒が溢れる事になった。生徒の5人に1人は黒あざ病だったのだから、当然なのだ。

 このように、黒あざ病の生徒は、アザを隠していても、一目で分かってしまい、その事がよけい学校中をざわつかす事となったのである。ナオミも、ただでさえ、昨夜の母の一件で落ち込んでいたのに、校内の不穏な様子に、さらに嫌な予感に襲われたのだった。

 ナオミの不安は、午前の授業が始まって、すぐに現実のものとなった。

 席の座り位置のことで、いきなり、男子生徒たちが揉め出したのだ。その中心にいたのは、修二と、小山治だった。黒あざ病じゃない治が、露骨に、修二の隣の席に座るのを嫌がったのである。たちまち、教室全体を巻き込む騒動となってしまった。

 ナオミは修二の味方について、必死にかばうが、治はまるで折れようとはしない。それどころか、病気がうつるとか、気持ち悪いとか、黒あざ病患者が傷つくような事を平気で言いまくるのだ。本来ならヤンチャな修二だったが、ただでさえ病気のせいで気落ちしていたので、治にやり返そうとはしなかった。

 とうとう、ナオミは「あなただって、いつ黒アザができるか分からないのよ」と治をたしなめてみたのだが、治は「ぼくはSL教団に入ってるから平気だよ」と言い返してくるのだった。

 SL教団とは、ここ最近、力をつけてきた怪しい新興宗教である。この教団に入れば黒あざ病にかからない、などと宣伝しており、全く、世間に不幸があるほど、そこにつけ込んで、こういう奴らがはびこるものなのだ。

 あまりに治がある事ない事をわめくものだから、周りにいる級友たちも、避けるような目を三人の方に向け始めだした。いたたまれなくなった修二は、つい教室から飛び出したのだった。

 その修二のあとを、ナオミは急いで追いかける。廊下の途中で、ナオミは修二を捕まえたが、修二はすっかり自信を失っていた。彼は、もう家に帰りたいと嘆いていた。

 懸命に修二を慰めるナオミは、ふと、ある作戦を思いつく。彼女は、修二に「黒あざ病の仲間を集めるのを手伝って」と持ちかけたのだった。

 

 その日の昼休み、今日登校してきた黒あざ病の生徒たちは、いっせいに校庭のど真ん中にと集まった。かなりの人数なのである。その先頭に立っていたのがナオミだった。

 校庭からも、校舎からも、他の生徒たちが何事かと注目しだしたところで、ナオミが合図を送った。すると、黒あざ病の生徒たちは、同時に、自分のつけていた包帯やガーゼなどを外してしまったのだ。自分の黒アザを、堂々と晒してしまったのである。それは、圧巻の光景だった。

「ねえ、皆、見て!アザがあるだけで、何も今までとは変わらないのよ。これまでどおりの、一緒に仲良く遊んできた友達なのよ。分かるわよね、皆!」ナオミが力説した。

 すると、治などの一部の生徒は小バカにしていたが、他の生徒たちは次第にナオミの意見へとなびき始めたのだった。彼らだって、本当は、黒あざ病の友達と仲良くしたかったが、周囲の反応を気にしていただけだったのである。

 ナオミの作戦勝ちだった。たちまち、校庭の黒あざ病の生徒たちは、沢山の友達だった級友たちに囲まれて、皆とは元のような関係に戻れたのである。ナオミは、ホッと息をついた。

 治のような生徒は少数派で、彼らだけは、遠くで苦い表情を浮かべていた。

 職員室からは、平井先生も、このナオミのお手柄を眺めていて、彼女の機転ぶりに満足していたのだった。

 

 黒あざ病への差別や偏見と戦っていたのは、ナオミの学校ばかりではなかった。他のあちこちの場所でも、じょじょに、差別行為と戦う運動が繰り広げられていったのである。マスコミも、差別と戦う側に味方して、黒あざ病を普通に扱うような放送をじゃんじゃん流した。それが、各国の政府の方針でもあった。

 このような運動がせっせと続けられた結果、ようやく、効果が出てきて、黒あざ病にかかった人々も十分に市民権を得られるようになっていったのだ。彼らも、黒あざ病じゃない人々の中に混ざっていても、別に意識されなくなってきたのである。単に、黒アザの人種が新たに増えただけみたいな感じになってきたのだ。

 むしろ、黒あざ病の人間は沢山いたので、社会に影響を及ぼす、大きな勢力にも成りつつあった。黒あざ病患者向けの宣伝とか商品とかも出回り出したのである。

 ナオミと母が、自宅でテレビで見ていると、CMに浅井恵子が出ていた。久しぶりのテレビ出演である。しかし、そのCMと言うのが、自分の顔にできたアザを利用した黒いチョコレートのCMだったのだ。自分の欠点を逆用したアプローチだった。それでも、このように堂々と黒アザを晒した事で、他の黒あざ病の人々には共鳴してもらえたし、そうじゃない人々にも、彼女の勇気を賞賛してもらえて、むしろ、浅井恵子の評判を高める事となったのである。

 このような感じで、黒あざ病の人間は、ごく普通に、世間の中に馴染み始めていた。それは、世の中にとっても、望ましい展開だったのだとも言えた。そもそも、今や、黒あざ病患者は世界人口の5分の1にまで膨れ上がっていたし、いちいち区別してもいられない状況になり始めていたのである。

 町の通りにも、ごくごく当たり前に、黒アザのある人たちが歩いていた。そんな周囲の様子を観察しつつ、ナオミとその母は、その日は、礼子の母の家へと歩き向かっていた。礼子の仏前に、線香をあげにいったのである。

 久しぶりにあった礼子の母は、なんと、顔に大きな黒アザができていた。気の毒に、彼女も黒あざ病になってしまったのである。だが、礼子の母は、その事をさほど悔やんでるようでもなく、娘を失ったショックもだいぶ落ち着き始めていたみたいだった。家に上がって、色々と近況をかわしたところ、礼子の葬式を終えたあと、彼女の父親は、出張先だったアメリカへ戻ってしまったそうで、今、この家には、礼子の母一人で住んでいたらしい。

 そんな時、家の固定電話が鳴った。ナオミは、うっかり、自分の家のつもりで、その電話に出てしまう。ナオミの声に、相手も驚いたようだ。相手は、すぐ名乗らず、ずっとモゴモゴしていたが、何となく聞き覚えのある女の子の声なのである。ナオミが、自分の失敗を恥じながら、受話器を礼子の母へ渡そうとすると、実は、そちらでも怪しい異変が起きていた。

 礼子の母も、ナオミの母も、ボッとして座り込んだまま、動かないのである。びっくりしたナオミは、二人のそばに走り寄った。もう、電話どころではないのである。

 ナオミが、いくら体を揺すってみても、母たちは意識が飛んだままだった。それどころか、ナオミのことを無視して、催眠術にかかったように、ゆっくりと立ち上がったのだ。そして、静かに歩き出すと、靴も履かずに、玄関から家の外へと歩き出したのである。ナオミは、うろたえながら、二人のあとについていった。

 通りでは、似たような黒アザの人間が、何人も、同じように、ぼんやりした状態で、よたよたと歩いていた。どうやら、ナオミの母たちだけの現象ではないようなのである。この黒アザの人々は、見たところ、同じ方向に向かって歩いているみたいだった。でも、ずっと真っ直ぐ歩けば、結果的には、海についてしまうのだ。

 ナオミは、オタオタしながら、母たちに寄り添って、ついていったが、突然、母たち二人は意識がはっきりしたのだった。彼女たち自身、何が起きたのかを理解しておらず、驚いていたようだ。周囲では、他の黒アザの人たちも目を覚ましたようで、皆、混乱していた。

 どうも、新しい事件が起き出したようで、ナオミも強い不安を感じたのだった。

 

 数日後、ナオミと母は、信一の研究室に訪れていた。一体、黒あざ病をめぐって、今度は何が起き始めたのかを知りたかったからである。

 最新の研究を行なっている信一の研究室でも、全ての実態は掴みきれていなかったようだった。だが、この謎の黒あざ病患者の行進は、あれ以来、あちこちで起きていた。短い時間だが、特定地域にいる黒あざ病患者が、催眠状態になって、いっせいに歩き出すのだ。原因や目的はよく分かっていなかった。必ずしも、その地域の全ての黒あざ病患者がおかしくなる訳ではなく、何らかの法則性はあるらしい。

 そこで、信一の研究室が新しく発見した事は、黒あざ病と宇宙線の関係性だった。黒あざ病が流行り出した頃から、地球に降り注ぐ宇宙線の種類が変わり始めていると言うのである。特に、黒あざ病患者の行進があった時には、その地域には、新種の宇宙線が大量に降っていた。つまり、黒あざ病とは、未知の宇宙線がもたらした新しい病気だった可能性があるのだ。

 そのへんは、信一だって、放射線研究室で働いているぐらいだから専門分野だったのだが、それでも、それ以上の事は突きとめられてはいなかったのだった。

 とりあえず、今は状況を見守るしかなかった。歩き出してしまったら、もはや、その黒あざ病患者を止めるのは至難の技なのだ。と言って、大量にいる黒あざ病患者を全て、病院に入院させる事もできない。ひとまず、信一は、ナオミたちに睡眠薬PKを手渡してくれた。黒あざ病患者が放心状態になった時点で、この薬を飲ませれば、眠り込んでしまい、勝手に歩き出す事だけは避けられると言う。この薬は、政府の方針としては、近いうちに、全国の家庭にも配られる予定らしかった。

 

 そして、黒あざ病患者の行進は、ナオミが学校にいる時にも発生したのである。

 それはちょうど、校長が朝会で挨拶をしている最中だった。その校長が率先して、皆の目の前で、放心状態になって歩き出してしまったのだ。それだけではない。他にも、集会の列を乱して、黒あざ病の生徒が次々に歩き出した。その中には、もちろん、修二も混ざっていた。黒人のキンダー少年すら、一緒に歩いていた。彼も、肌の色のせいで目立たなかったが、実は黒あざ病を患っていたのである。

 いや、この時、他にも、服に隠れて、アザが見えなかっただけで、実は黒あざ病だった生徒や教師も、多数判明してしまったのだ。あの頼れる平井先生も、その一人だった事が分かって、ナオミは軽いショックを受けた。

 信一の話していた睡眠薬の配給は、まだ行われていなかった。やはり、全国の分の薬を用意するのは、時間がかかるのかもしれない。そんな訳で、朝会にいた皆は、この突然の黒あざ病患者たちの異変に混乱し、あたふたしてしまったのだった。黒あざ病の行進を初めて知った人も多かったようで、さらに皆を戸惑わせたのである。

 幸い、今回の黒あざ病の行進は、患者たちが校門から出て行く前に終了した。特に、大きな被害はなかったのである。

 しかし、この事件が皆にもたらした恐怖は並々ではなかったらしく、再び、黒あざ病患者とそうじゃない人たちの間で分断が起こりそうな不穏な空気が流れ始めたのだった。

 そんなバタついた中で、あの小山治が、ひょっこりとナオミに話しかけてきた。アンチ黒あざ病の治にしてみれば「ほれ、見た事か」と言う感じなのだ。それどころか、治は、ナオミに少し気があったらしく、「君もあんな風にしたくないから、SL教団に入らないか」などと誘い出したのだった。当然、ナオミは、そんな話は受け流した。

 しかし、治の方は、かなりSL教団を信用しきっており、熱を上げているらしい。今度、家族全員で、SL教団の総本山のある下田へと引っ越し、そのまま、教団本部内で暮らす正式信者にしてもらう、と言うのであった。

 ナオミとしては、母をはじめとした、すでに黒あざ病になってしまった身内の事の方が心配なのであり、治の話は、あまり感心できなかったのだった。

 

 ナオミにとって、さらに辛いニュースが届いた。信一が、より本格的に黒あざ病に取り組む研究チームのメンバーにと抜擢されて、下田の大きな研究所の方へ転勤する事になったのである。いきなりの話だった。

 すぐにでも引っ越さねばいけない為、信一は、わざわざ、ナオミの家にまで来て、その話をじかに報告し、ナオミたちに別れも告げに来たのである。

 再会してから、ナオミは、どんどん信一への信頼を強めていくばかりだったので、これは悲しい話だった。心にぽっかりと穴が空いたような気分なのだ。

 信一は、黒あざ病の母の事をナオミに任せて、時々、東京にも帰ってくる事を約束して、明るく振舞って、ナオミの家から去って行く。

 そのあとのナオミは、ちょっと感傷的な気持ちにふけっていた。自分の部屋のベッドに転がり、ずっと、ぼんやりとしていたのだ。

 そんな時、信一から、慌てた様子の電話が掛かってくる。ナオミが受話器を取った。信一は、今、研究室に戻ったばかりだったのだが、その矢先に、東京に降り注ぐ、ものすごい量の宇宙線が観測された、と言うのである。これは、かつてない大規模な黒あざ病の行進が起きるかもしれない。それを心配して、信一は、真っ先にナオミに知らせてくれたのだった。

 ハッとして、ナオミが窓の外を見ると、夕暮れの通りには、確かに、黒あざ病の人たちが、ブラブラと歩き出し始めていた。この恐れていた事態までに、とうとう、睡眠薬の全国配布は間に合わなかったのである。

 ナオミは、すぐに、自分の母の事を思い出した。急いで、家の中を探し回ったが、母の姿は見当たらなかった。台所の食器が中途半端に放置されている。どうやら、強い宇宙線がいきなり襲って来たものだから、たちまち催眠状態になってしまい、母もすぐに行進を始めてしまったみたいなのだ。

 動揺したナオミは、半泣きになって、家の外に飛び出した。急いで、母を探さなくちゃいけないのである。まだ遠くには行ってないかもしれない。

 だが、通りには、どんどん、催眠状態の黒あざ病患者が溢れ出していた。しかも、夕方で、周囲が暗くなっていく一方なので、誰が誰だか判別がつかなくなりだしているのである。

 ナオミが困惑していると、彼女のそばに駆けつけて来た者がいた。信一である。実際には、任務として、現地調査に来たのかもしれないが、偶然にも、ナオミの姿を見つけて、寄り添ってくれたのである。

 しかし、この状況では、さすがに信一でも、どうしようもなかった。ナオミの母がどこにいるのかは、全く分からない。行進する黒あざ病患者は増えていくばかりだ。その中には、ナオミの知り合いも見かけたが、だからと言って、どうする訳にもいかなかった。

 いつになく大きな黒あざ病の行進なのである。その中に巻き込まれてしまったナオミと信一は、ぐんぐん集結する行進の群れから逃げ出す事すら出来なくなり、やむなく、一緒に行進に混ざって、歩き続けた。

 警察や自衛隊すら、この黒い行進には手をこまねいていた。下手に妨害して止めようとすれば、逆に患者たちを傷つけてしまう恐れがあるのだ。こうなったら、彼らを思う存分に歩かせる事にして、目を覚ますまで待つしかなさそうなのであった。

 ところが、いっこうに行進は終わらなかった。もう2時間近く、黒あざ病患者たちは歩き続けているのだ。その大集団の目の前には、ついに港の岸壁が迫っていた!

 黒あざの行進の先頭が、片っ端から海の中へ落ちていき、いよいよ、ナオミと信一も、岸壁の前まで来る瞬間が近付いてきた。もはや逃げようがないのである。

 二人は、そのまま海に落ちる覚悟を決めた。信一がリードしながら、二人はジャバーンと海に飛び込む。慎重に呼吸のタイミングを合わせたので、つい慌ててしまって溺れる事もなく、どうにか、この危機をしのいで、二人は近くの砂浜まで泳ぎ着いたのだった。

 その砂浜には、どんどん、水死体が打ち上げられていた。意識のない状態だった黒あざ病患者たちでは、海に入ったら、溺れるしかなかったのである。砂浜に並べられた水死体の列の間を、ナオミと信一は、うろたえながら、駆け回った。そして、とうとう、ナオミの母親の姿も発見したのである。

 母は、すでに虫の息だった。彼女は、最後の頼みとして、ナオミの事を信一に託すと、その場で息を引き取ったのである。号泣するナオミを、信一は優しく抱きしめた。

 こうして、ナオミは、信一の下田の新住居の方へと引き取られる事となったのだ。


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最終更新日 : 2020-01-05 15:18:16

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映画用「黒の放射線」シノプシス(2)

 今回の東京での黒あざ病の行進は、これまでにない大惨事と化したのだった。この行進で、東京にいた黒あざ病患者は、ほぼ一掃される事となった。そのほとんどが、海に落ちて、溺れ死んでしまったのである。その数は2000人以上を超え、行方不明者も100人近いと発表された。

 修二も、平井先生も、浅井恵子も、キンダー少年も、礼子の母も、ナオミの知っている黒アザの人々は、恐らく、誰も彼もが亡くなってしまった。その事によって、ナオミも、東京から出て行く踏ん切りがついたのである。

 そして、ナオミは、信一について、新たに、下田で暮らすようになったのだ。

 ナオミは、信一が新しく勤める事になった研究所の社宅に、信一と一緒に住める事となった。しばらくは、心の傷を癒す為に、学校も休んで、この土地で療養させてもらうのである。

 信一の方は、早くも、研究に戻ったようだった。何としてでも、憎き黒あざ病の対処法を見つけ出し、皆の仇を取りたいと言う執念で燃えていたのだ。

 信一たち研究者の仮説どおり、黒あざ病と宇宙線が関係しているのは、もう、ほぼ間違いなさそうだった。どうやら、人間の体に黒アザを発生させる宇宙線や、その黒アザを通して、人間の心をコントロールする宇宙線などがあるみたいなのだ。信一は放射線の研究が専門だったし、毒には毒をの発想で、宇宙線で出来た黒アザを、似たような放射線で焼き消せないかとも考えたのだが、今のところは、そのような効果のある放射線も見つかってはいなかった。

 さて、最初は暗く沈み込んでいたナオミも、少しずつだが、気持ちが回復してきたようだった。彼女は、ようやく、社宅の外にも出てみる気になったのである。

 実際に、下田の町を歩いてみると、自然も多いし、爽快なのであった。あの悪夢のような出来事を、やんわりと忘れさせてくれそうなのである。

 下田の町の中には、あちこちにSL教団の宣伝ポスターが貼られているのも、目についた。そう言えば、ここにはSL教団の総本山があるのだ。多分、あの小山治も、そこに居るのかもしれない。

 本当のことを言えば、ナオミは、あまり治のことは好きではなかった。でも、知らない人だらけのこの町で、ちょっと、懐かしい顔にも会ってみたい心境になってきたのである。

 ナオミは、通りすがりの人に聞いたりして、一人で、SL教団の総本山へと目指してみた。すると、間もなく、総本山と呼ばれる場所は見つかったのである。

 そこは、けっこう広い区域だった。ちょっとした町のような構造の空間なのである。SL教団では、信者たちに大量にお布施をさせて、こんな沢山の土地を買い取り、自分たちの拠点にしていたのかもしれなかった。

 本部の入り口で、ナオミは、SL教団の係員によって、やや感じの悪い尋問をされた。だが、治の名前を口に出すと、その治が本部内からやって来て、彼の紹介で、中に入れてもらえる事になったのだった。

 治は、ナオミが来てくれたものだから、大変に喜んでいた。彼は、有頂天になって、得意げに、SL教団の本部内を色々と案内してくれた。

 困惑したナオミは「まだ入会を決めた訳じゃない」とはっきりと告げると、治は「だったら、教祖の祈祷だけでも聞いていったらいい」と言うのだった。この祈祷会への参加は、信者以外でも自由で、この祈祷を聞けば、黒あざ病にかからなくなるのだそうだ。

 あまりに胡散臭い話ではあったが、治が強く勧めるものだから、つい流されてしまい、ナオミも、その祈祷会だけは出席してみる事にしたのだった。

 祈祷会は、SL教団本部の広い集会場にて行われた。まるで劇場みたいな場所で、多くの信者があがめる前で、前方のステージで、教団の教祖が祈祷を行なうのだ。

 いよいよ、祈祷会が始まり、教祖が姿を現した。白いガウンで身を覆った、怪しい中年男なのだ。さらには、ベールをかぶった巫女たちも三人登場して、教祖の周りで、演出として舞ってみせたのだった。この教団のご神体だったのか、巫女たちは、それぞれ、変わった色の丸い小石を大事そうに抱えていた。

 だが、ここで、ナオミは、ハッとしたのである。巫女の一人が、死んだはずの庄司礼子とそっくりな顔をしていたのだ。体格も似ていた。ただし、黒アザは患っていない。これは、単なる他人の空似だったのだろうか。ナオミは、教祖の祈祷中、すっかり、その事ばかりに、頭が集中してしまったのだった。

 そして、実は、この時、教祖もまた、参加者の中から、特にナオミの事を見つけて、その姿に鋭い視線を向けていたのである!

「三日後、神が海へと降りられたまう」と言うのが、教祖の今回の祈祷の締めの言葉だった。

 祈祷会が終わり、参加者たちはザワザワしながら、集会場の外へ出ていった。ナオミは、たまたま、巫女たちが自分の目の前でたむろしているのを目にしたのだった。そこには、あの礼子似の巫女もいる。

 ナオミは、思わず「礼子!」と呼んでしまった。すると、その礼子似の巫女がナオミの方に振り向いたのだ!ナオミもびっくりしたが、その巫女の方も、ナオミを見て、驚いた表情を浮かべていた。その巫女は、動揺しながら、急いで、この場から走り去ってしまった。

 おかしな話だが、もしかして、あの巫女は本当に礼子だったのだろうか?この疑問を、ナオミは、素直に治へと話してみた。でも、治はまるでピンと来てないようだった。それもそのはずで、礼子はもう死んだのだ。あの巫女は、確かに礼子には似ているが、高野はる子と言う名前なのだそうだった。

 

 その夜、研究所の社宅に戻って来たナオミは、SL教団の本部を訪問してきた事を、信一に報告していた。

 信一は、SL教団には、たいへん立腹しているのである。SL教団は、黒あざ病と言う皆の不幸につけ込んで、今や、国内でも絶大な勢力を誇り始めていたのである。入信したものは、財産をお布施として没収され、SL教団はさらに膨れ上がっているのだと言う。やがて、SL教団は、一つの独立国家のような存在にもなりかねないのではないかと恐れられていた。しかし、一方で、なぜかSL教団の信者が黒あざ病になりにくいと言うのも、事実らしいのであった。

 ナオミは、礼子似の巫女にあった事までは、信一には告げなかった。たわいもない偶然で片付けられて、笑われそうだったからである。

 それから三日後の夜、信一の研究所では、激震が走った。かつてないほどの強力な宇宙線が観測されたのである。もしかすると、あの東京の黒あざの行進みたいなものが、再び起こるかもしれない!

 皆は、息を飲んで身構えて、各地にも警告を流したが、しかし、実際には、そのような最悪な事態にはならなかった。その代わり、夜空には美しいオーロラが輝いたのである。もちろん、こんな緯度ではオーロラなど発生するはずもないのにだ。まさに、宇宙線が招いた異常現象だったのだろうか。

 社宅から、このオーロラを見守るナオミは、遠くの小高い丘に、一人の人物が孤高に立って、空を見上げているのを発見した。その人物は、ガウンを着ており、どうもSL教団の教祖っぽくも感じられたのだ。ナオミは、その事を信一にも話してみたのだが、あまり真剣には聞いてくれなかった。でも、三日前、教祖は予言していたのだ。今夜、神が海へと降りてくる事を!この美しいオーロラを伴って、恐るべき何かが地球に侵入していたとは、この時点では、まだ誰も気付いてはいなかったのである。

 

 SL教団の敷地内には、教祖だけが入れる神聖な場所があった。それが、下田の海につながる地下洞窟である。

 オーロラが現れた翌日、教祖はその地下洞窟へと訪れていた。

 その洞窟には、海と直結した水脈があるのだ。教祖が、その水脈の前に立ち、祈り始めると、海水が波立ち出した。大きく跳ね上がるだけではなく、オレンジ色にも光り出したのだ。

 教祖が、バッとガウンを脱いだ。その裸の体も、怪しくオレンジ色に光っていた!教祖は、躊躇する事もなく、ジャバンと、踊る海水の中に飛び込んでみせたのだった。

 

 あのオーロラが見えた夜以来、海での海産物の収穫は異常なまでに落ち込んでいた。まるで不漁なのである。

 その事をこぼしながら、それでも航行を続けている漁船があった。その船が、突如、嵐に巻き込まれたのだ。天気予報では警告していなかった、いきなりの嵐だった。ただの暴風ではなく、どこか奇怪な波の荒れ方なのだ。漁船はたちまち、その波に飲み込まれて、転覆してしまった。

 すぐに救助隊は派遣された。すでに晴れていた波間に、船の残骸は見つかったが、乗員は死体一つ発見できなかったのだった。

 そんな事件があちこちで繰り返された。

 一方で、黒あざの行進も、相変わらず、各地で起きていたのだった。しかし、これまでと違う要素が加わり出していた。海に落ちてしまった被害者たちが、そのまま、水死体も見つからなくなってしまったのである。海水に飲まれた黒あざ病患者は、どこに消えたのか、行方不明になり、文字どおり蒸発してしまうのだった。

 これでは、不幸の上乗せである。残された身内は、見つからない黒あざ病患者の安否を悲しむとともに、何が起きたのか、頭を悩ませたのだった。

 

 さて、下田の黒あざ病対策の研究所の社宅では、今度は、ナオミのもとへ治の方が訪ねてきていた。

 治は、勝手な思い込みで、ナオミがもうSL教団に入団するものだと思っており、最近、彼女が教団本部へと顔を出していなかったものだから、わざわざ、呼びに来てくれたのである。

 SL教団になど入れ込んでいないナオミとしては、いい迷惑な話だったが、彼女には一つだけ気に掛かっていた事があった。あの礼子似の巫女、高野はる子である。この際、全くの他人であったとしても、礼子のことを偲びながら、あのはる子と会って、話をしてみたいと思い始めたのだ。

 かくて、ナオミは、治に連れられて、再びSL教団の本部にお邪魔してみたのである。

 教団本部に着いても、ナオミの目当ては、はる子だけだ。あちこちを気を付けて、見回しながら、ナオミはようやく、はる子を発見したが、ナオミが声を掛けようとしたら、はる子はまたもや慌てて逃げてしまったのだった。

 そんなつれない態度を取られたナオミに、ひょっこり話しかけてきた者がいた。なんと、SL教団の教祖である。

 相手があまりの大物だったから、動揺したナオミだったが、教祖は意外と優しい物腰だった。それで、ナオミも、つい思い切って、教祖に、死んだ親友(礼子)の事と、その親友とはる子がそっくりな事を話してみたのである。

 教祖は、ナオミの話を、面白そうに聞いていた。そして、告げたのである。「確かに、あの子は君の友達だよ。この教団本部に来て、庄司礼子は高野はる子に生まれ変わったのだ」

 ナオミは、激しいショックを受けた。教祖には「庄司礼子」という名を教えていなかったのに、彼ははっきりとその名を口にしたからである。と言う事は、教祖の言葉は事実なのだろうか?礼子は死んではいなかったのか?

 それ以上の事は語ってくれずに、教祖は去ってしまう。ナオミも、モヤモヤした気持ちのまま、今日のところは、SL教団本部をあとにしたのだった。

 

 一方、信一のいる研究所でも、アメリカから優秀な科学者集団を招いて、思い切った冒険に踏み切ろうとしていた。観測船はまかぜに乗り込み、じかに海を調査してみる事にしたのだ。

 来日した科学者グループのリーダー格であるアーベル博士は、信一のアメリカ研修時代の恩師の先生の一人でもあった。ここに、日米の優れた科学者の師弟コンビのチームが結成される事となったのだ。

 信一とアーベル博士を筆頭とする、沢山の科学者を乗せたはまかぜは、まずは、下田の海の周辺のオーロラが見えた付近の海を目指す事となった。アーベル博士の目星では、どうも、そのへんが怪しいと言うのである。

 海洋学者であるアーベル博士は、海での大量の人間消滅事件について、すでにかなりの分析を進めていた。船が遭難したり、黒あざの行進の水死体が見つからなくなった海域と言うのは、いずれも暖流か、一時的に水温が上がっている海域ばかりだと言うのである。これから、はまかぜが向かっていた場所も、下田近くの黒潮だった。

 ところが、はまかぜが目的地に近付きだすと、その周辺の海底からは、凄まじい放射線が観測されだす。あの宇宙線と大変に酷似した種類の放射線なのだ。

 突如、海が荒れだす。シケ程度の荒れ方ではないのだ。まるで山のように、海の水のあちこちが盛り上がりだして、まぶしく光りながら、はまかぜに襲いかかってきたのである。

 もはや、これ以上の調査は不可能だった。はまかぜは航行不能に陥り、今にも沈みそうになった。信一とアーベル博士と数人の科学者だけが、事態の急変にとっさに反応し、急いで、船の甲板に配備していたヘリコプターに乗り込んだ。ヘリが飛び上がって間もなく、その見ている前で、はまかぜは完全に沈没してしまったのである。

 船に残されたメンバーは、全滅かと思われた。悔しがりながらも、これ以上はどうする事もできず、信一たちの乗ったヘリは、そのまま帰還したのである。

 

 この海の調査作戦によって、大量の仲間を失ってしまった信一たちは、大洋での謎の自然現象におののくとともに、激しく憤り、仲間の仇を討つ事を強く心に誓い合ったのだった。とは言え、すっかり打つ手を無くしてしまっていたと言うのも事実なのだ。

 そんな信一たちの様子をそばで見ながら、力になりたいと思っていたナオミは、SL教団と謎の巫女、はる子の事をずっと考え続けていた。もし、はる子が本当に礼子と同一人物なのであれば、それは黒あざ病が治ったと言う事になるのではなかろうか。まさに、それは信一たちが一番求めていたテーマなのだ。

 ナオミは、ついに決心した。SL教団の教祖に会ってみて、そのへんの真相を直接、聞いてみる事にしたのだ。

 昼間、ナオミは、友達の治に会うと言う口実で、SL教団の本部へと入れてもらった。実際に、まずは治に会い、教祖と面会してくる事を打ち明けたのである。治は、怯えて「それはやめた方がいい」とナオミに忠告したのだった。心酔している信者のはずの治ですら、教祖は、謎めいた恐ろしさを持った存在だったのだ。

 ナオミは、治の忠告を聞かずに、とうとう、教祖の部屋へ会いに行ってしまう。

 教祖は、まるでナオミが来る事を知ってたかのように、彼女を快く受け入れてくれたのだった。それどころか、ナオミへと、色々と真実を語り出したのだ。

 教祖は、もともと、東京の片隅で貧しく暮らしていたホームレスに過ぎなかった。それが、ある日、不思議な輝く石を拾った事から、神の声を聞けるようになり、その声に導かれて、SL教団を立ち上げたのだ。神の指示に従って、教祖はあちこちから光る石を拾い集めた。その石こそが、現在のSL教団のご神体であり、黒あざ病から信者を守る、未知の力の源だったのである。

 そして、本当は、一般の人々の中にも、先天的に黒あざ病にかからない遺伝子を持った人間が多数、混ざっていた。SL教団にしてみれば、そのような特殊な人間は、自分たちの布教の為には、はなはだ邪魔な存在なのだ。ナオミも、そのような黒あざ病に対する抵抗力を持った人間の一人だった。こうした特別な人間を見つけ次第、片っ端から駆除していくのも、教祖のもう一つの任務だったのである。

 ハッとした時には、ナオミは教祖にがっしりと掴まれていた。ものすごい怪力であり、とうてい逃げられないのである。

 その頃、治は、信一の研究所へと駆けつけていた。ナオミが教祖に会いに行ってしまった事を、信一たちに伝える為だ。ナオミの身に危険を感じた治は、決意して教祖を裏切る気になったのだが、自分の力ではどうしようもなかったので、信一のもとへ助けを求めに来たのだ。信一たちも緊急事態である事を察知して、すぐにSL教団の本部へ乗り込む事にしたのである。

 ナオミの方に話を戻すと、彼女は、教祖の部屋から外へと連れ出されていた。SL教団の本部の敷地内は、完全に教祖のテリトリーなのであり、ナオミにはいっさい逃げ場がないのだ。教祖は、ナオミをあの地下洞窟へと連れていき、海の神のイケニエに捧げようとしているのである。

 その移動の途中でも、教祖は、色々と真実を教えてくれた。

 現在の高野はる子は、確かに、本物の庄司礼子だった。この二人の少女は入れ替わっていたのである。東京湾で見つかった水死体の少女は、礼子の替え玉だった。と言うか、この死んだ少女こそが、高野はる子に相当する、かつてのSL教団の巫女だったのだ。彼女は、SL教団の正体を知り、恐怖に怯えて、ご神体を盗んで、東京へ逃げてきたのである。彼女は教団の追っ手に見つかり、制裁として、強制的に黒あざ病にかけられた上に、自殺するように仕向けられたのだった。逃げている最中に、彼女は、同じく家出中だった礼子と出会い、お互いに、追っ手の目をくらます目的で、服を交換していた。その結果、死んだのが礼子だと勘違いされる事となったのだ。一方で、服を交換した礼子も、SL教団に捕まっていた。彼女の始末に困った教祖は、黒あざ病を治してやる代わりに、先の少女の代役として、教団の巫女になって、もう二度と外の世界には戻らない事を、礼子へと提案した。礼子は、その交換条件を受け入れて(この提案を拒めば、きっと殺されていたのだが)、今の高野はる子となったのである。

 このような話をナオミが聞き終えたタイミングで、ついに、信一たちが彼女たちを発見してくれたのだった。

 今や、教祖は、少女監禁事件の現行犯なのだ。警察もドカドカとSL教団本部の敷地内に入ってきて、逃げる教祖を追い詰めた。

 教祖は、ナオミを連れたまま、崖に沿って、逃げ続ける。ところが、彼は、焦ってしまったのか、うっかり足を踏み外してしまう。教祖は崖の下に転落するが、すんでのところで追いついた信一が、ナオミの手だけはがっしりと握り、彼女が落ちるのだけは食い止めたのだった。

 追いかけていた一同は、急いで、崖の下の教祖のもとへ向かうが、倒れていたはずの教祖の体を調べてみたところ、恐ろしい事実に気付く。教祖は死んではおらず、まだピクピクと動いていた。それなのに、心臓は止まっていたし、瞳孔も開いていたのだ!

 これは、一体、どう言う事なのであろう。ひとまず、怪我の治療という名目で、教祖の身は、信一たちの研究所にと収容されたのだった。

 瀕死の重体で、意識がない状態であるにも関わらず、なおも生命を維持している教祖に対して、研究所員の一人が自白剤トルーサーを投入してみる事を提案する。本来なら違法行為なのであるが、どうせ、教祖は明らかに普通の人間じゃないし、黒あざ病を世界に広めて、皆を催眠状態にして操った神とかの手先だと言うのならば、それこそ目には目をなのだ。

 トルーサーに、教祖の体はまんまと反応する。教祖は、昏睡状態にも関わらず、トルーサーの効果で、こちらの質問に対して、素直に答え出したのだった。教祖が語り出した内容は、恐るべき全ての真実だったのだ。

 まず、SL教団のSLとは、Space Law の略で、宇宙の法則に従う信仰を意味する。宇宙の法則とは、より高度な生命体が、程度の低い生物を支配し、食い荒らしてもいい、と言うものなのだ。それは、一つの惑星内にとどまる話ではない。他の惑星の生き物であろうと、自分たちより下等であれば、食料にしても構わないのである。

 SL教団が神と崇める存在は、遠い昔にガダル星座の四番星に発生した生命体だった。彼らは、高度に進化し、自分の星の生物をことごとく食い滅ぼしてしまうと、やがて、宇宙へと進出を始めたのだ。彼らは、来訪した惑星の生物を次々に食い尽くしてきた。そうやって、宇宙全体に広く拡散して、繁栄しているのである。

 そんな彼らが、とうとう、太陽系にまで到着した。彼らのターゲットは、生命で溢れた地球である。中でも、地球で大繁殖していた人類は、彼らにとって、格好の餌であった。慎重に計画を練った彼ら宇宙生命体は、いつもの方法で、地球の人間に黒アザを発生させた。この黒アザによって、人間を自由にコントロールできるようにして、家畜にして食いまくる為である。いわば、地球は彼らの人間牧場となったのだ。

 彼ら宇宙生命体は、海水の中で活動するのを常としていた。地球の人間たちに十分に黒アザを作り、海にまでおびき寄せる準備ができたら、いよいよ彼らは地球へと降り立った。それが、あの不思議なオーロラだったのである。

 ただし、無計画に人間を食いまくりすぎたら、たちまち地球人類の人口は減り、絶滅してしまう事であろう。それを避ける為に、黒あざ病にかからない人間を適度に残す目的で、SL教団を地上に発足させたのだ。その教祖は、完全に宇宙生命体の傀儡だった。教祖は、宇宙生命体に洗脳されて従わされ、食っていい人間とまだ食わない人間を振り分ける牧童の役を任せられたのだ。それとは別に、先天的に黒あざ病にかからない人間を探し出して、駆逐する任務も、教祖は担っていた。元から黒あざ病に抵抗力がある人間が増えすぎなどしたら、宇宙生命体たちの人間牧場も蝕まれて、牧場運営に支障をきたすからである。

「ひ、ひどい。私、雑草なんかじゃないのよ」と、話を聞いていたナオミは、わなわなと震えた。

 だが、研究所員たちが一番知りたかった事は、何と言っても、黒あざ病の治し方だった。礼子という前例がある以上、この教祖は黒あざ病の完全な消し方を絶対に知っているはずなのだ。

 ところが、その重要な話題を聞き出そうとしたところ、教祖の体がガクガクと激しく揺れ出した。そして、そのままバアンと腹部が破裂してしまったのだ。教祖は事切れたらしく、もはや、口を聞く事はなかった。トルーサーを無理やり服薬させた事で、肉体に限界がきてしまったのだろうか。あるいは、宇宙生命体が、教祖のこのピンチの状況を嗅ぎつけて、遠隔操作で口封じを行なったのか。

 とにかく、教祖をまだ死なせる訳にはいかない。研究所の医療チームは、教祖の体を慌てて手術室に運び、手当をする事にしたのだが、そこで彼らは驚いた。

 教祖の体を切り開いてみたら、その内側には人間らしい内蔵など詰まっておらず、代わりに、青いブヨブヨしたものばかりが、たっぷりと出てきたのである。教祖は、宇宙生命体とシンクロして、交信し続けた結果、肉体そのものが変質してしまっていたのだ!

 

 後日、どこから情報を聞きつけたのか、SL教団の過激な幹部たちが「教祖さまのご遺体を返せ!」と、研究所に押しかけてきた。しかし、そんな彼らも、教祖の体内に入っていたブヨブヨした物体を見せてやると、びっくりして、門前で逃げ出してしまったのだった。

 それだけではない。ついに、警察も本格的に動き出したのである。SL教団の本部は、警察にガサ入れされる事になり、そこで暮らしていた信者たちにも強制撤去が命じられる事となったのだ。なおも教祖の事を信じ続け、撤去を拒む熱心な信者もいたが、ほとんどの信者は、教祖が怪物だったと言う噂をすでに耳にしていた為、教団から心が離れ始めていて、警察に言われるまま、あっさりと教団本部から立ち退いていったのだった。

 何よりも、ナオミの一件から、SL教団には誘拐監禁の容疑もかけられているのだ。そして、SL教団総本山の敷地内をくまなく捜索してみると、それこそ、身元不明の人間の死体や白骨がゴロゴロと発見されたのだった。いずれも、前から行方不明になっていた人々の殺された遺体なのである。恐らく、SL教団では、発足して以来、ずっと、ナオミのような黒あざ病にかからない人間を探し見つけては、密かに殺しまくっていたのだ。いくら何でも、教祖一人だけでこなせそうな作業ではなかった。協力者だったのであろうと判断されて、SL教団の中心幹部たちも、ぞくぞくと警察に逮捕されていき、その恐怖の犯罪の全体像が明らかになっていったのだ。同時に、SL教団はすっかり行き詰まってしまい、強制解散がほぼ確実となったのである。

 SL教団の本部に、拉致同然の状態で住み込む事を強要されていた信者たちも、順に解放されていく事となった。そのような閉じ込められていた信者の一人に、巫女である高野はる子、すなわち、庄司礼子もいた。彼女も、本部内の自分の部屋から連れ出される事になったのだ。

 礼子の引き取り手としては、信一が名乗り出た。かくて、研究所にて、ナオミと礼子は感激の再会を果たしたのである。もう、礼子は、自分がはる子だなどとは偽ったりはしなかった。ナオミの無二の親友である礼子にと戻ったのだ。二人は、とりあえずは、研究所の同じ社宅の部屋で暮らせる事となったのだった。

 SL教団の本部の敷地内からは、他にも、いくつものご神体と呼ばれている丸い小石が発見された。それらも警察に没収されて、信一の研究所が分析を依頼されたのだが、その正体は隕石だったのである。多分、宇宙生命体が事前に地球に降らせておいたものだったらしい。このご神体のそれぞれが、特殊な放射能を帯びており、放射線を発していた。この放射線こそが、信一たちが探し求めていたもの、つまり、黒あざ病を治癒できる鍵だったようなのだ。信一たちも、希望が湧いてきて、俄然、張り切り出したのだった。

 さらに、熱心に研究を突き進めている人物がもう一人いた。アーベル博士である。彼は、黒あざ病の治療よりも、宇宙生命体の正体を探る実験に取り組んでいたのだった。彼の研究室の中には、観測船はまかぜが決死の覚悟で採取してきた光る海の水と、SL教団の教祖の中から取り出したブヨブヨした物体が置かれていた。このブヨブヨを、水槽に入れた海水の方へ近づけてみると、両者は共鳴しだし、海水は光りながら波打ちだしたのだ。その様子を、アーベル博士は、驚嘆しながら、興味深げに観察していた。

 

 さて、社宅にいたナオミのもとに、思わぬ来客が現れた。小山治である。彼も、すでに家族と一緒に、SL教団からは完全に脱退していた。話を聞くと、もうすっかり、SL教団とは絶縁したのだそうだ。

 少なくても、教祖の魔の手からギリギリ、ナオミが助かったのは、治が信一たちを呼んできてくれたおかげである。ナオミがその事のお礼を言うと、治も嬉しそうに照れたのだった。彼も、十分に改心したらしくて、根っからの嫌な子でもなさそうなのである。

 ただし、治の家族はSL教団にすっかり振り回されてしまい、財産の全てを使い込まれてしまった為、今や無一文の有様だった。治の親は、北海道にいる知り合いを頼って、これから、ゼロからやり直すつもりなのだと言う。北海道を新天地に決めたのにも、実は理由があった。北海道では、黒あざ病の発症率が低かったのである。北海道の海のそばに暖流がない事を考えると、その訳もおのずと納得できた。

 とまあ、そんな事で、治は、ほんのり好きだったナオミに別れを言いに来たのだった。数日後には、彼の家族は、下田を去り、北海道へと旅立つのである。

 その話を聞いて、ナオミも、優しい気持ちが芽生え、出発の日は、下田の駅まで治を見送りに行ってやる事にした。その事を礼子に教えると、心身の療養でずっと部屋に閉じこもっていた礼子も、久しぶりに家の外に出てみて、ナオミに付き添う事を決めたのだった。

 こうして、治が去る日がやって来た。駅で、ナオミたちに会えて、治は喜び驚いていたが、何よりも、巫女のはる子だと思っていた少女が、本当に同級生の礼子だったと分かって、よりビックリしたみたいだった。「だったら、教団にいた時から、もっと仲良くしておけばよかった」なんて浮気っぽい事を、治はお茶目に口にする。

 さらに、治は、最後に、気にかかる事をナオミに教えてくれたのだった。

「教祖は、最後の祈祷会の時に『もしSL教団に歯向かう者がいるならば、大いなる町は二度死ぬ』なんて嫌な事を予言していたよ。当たらなければいいんだけど、十分に気をつけてね」

 ナオミも、その予言には引っかかりを感じながらも、まずは、電車で去ってゆく治に別れを告げたのだった。

 帰り道の礼子は、かなり明るさを取り戻していた。これまでは話してくれなかった教団との出来事についても、ナオミに語り聞かせてくれたのだ。

 自分の黒あざ病の悪化にショックを受けた礼子は、精神が錯乱して、自分の家から飛び出してしまった。そのあと、道でばったり出会ったのが、SL教団から逃げてきた元祖・はる子だったのである。何とか、SL教団の目を欺きたかったはる子は、礼子に服の交換を頼みこんできたのだ。ヤケクソになっていた礼子は、理由も聞かずに、はる子の願いを聞き入れた。にも関わらず、結局、はる子はSL教団の追っ手に捕まってしまい、礼子同様の黒アザの醜い姿に変えられた上に、飛び込み自殺を強要されてしまったのである。礼子の母は、たいへんに目が悪かった。彼女は、顔中が黒アザで、さらには膨らんだ水死体になってしまったはる子を、気が動転していた事もあって、完全に自分の娘だと勘違いしてしまったのである。

 一方で、はる子の服を着た礼子も、あえなく、SL教団のとりこになっていた。本来なら口封じで殺されそうなものだが、教祖がとんだ気まぐれを起こし、礼子の黒アザを治してくれた上に、はる子の代わりの巫女として、SL教団の本部内に置いてくれる事になったのである。ただし、教団本部の外へ出れば、また黒あざ病に戻ってしまうと脅されたので、礼子はSL教団から逃げ出す事ができなかったのである。

 ちなみに、礼子の母のもとへ、変な電話を掛けてきたのも礼子だった。あの時も、教祖が祈祷会で、東京で最初の異変が起こる事を予言したものだから、心配した礼子が、つい自分の母へ警告の電話を掛けてしまったのだった。

 だが、それにしても謎なのは、礼子がなぜ黒あざ病を完治できたかである。あの元祖・はる子も、ご神体があれば、黒あざ病にならないと思って、ご神体の一つを盗んだのかもしれない。でも、結果は、彼女も黒あざ病にされて、無残な死を遂げている。また、信一の研究所でも、現在、懸命にご神体の分析が進められていたのだが、まだご神体の放射線では黒あざ病の治癒効果は確認できていなかったのだった。

 それらの話を聞いて、礼子はキョトンとして、重要なヒントを教えてくれる。

「それって、違うのよ。皆、ご神体の使い方を間違えていたんだわ。だって、私の黒アザを直す時、教祖さまは、ご神体を一つではなく、三つ用意していたもの」

 その時、礼子の様子が急におかしくなる。会話をやめたかと思ったら、直立不動になってしまったのだ。よく見ると、彼女の顔には大きな黒アザが出来ていた!なんて事だろう。この土地に、今、黒あざ病の放射線が降り注いだのだ。気の毒にも、礼子はまたもや黒あざ病に戻ってしまったのである。

 礼子も、周りにいた黒あざ病患者も、死の行進を開始しだした。ナオミは、慌てて、礼子の歩きを止めようとしたが、催眠状態の黒あざ病患者はものすごい力を発揮するので、ナオミごときのか弱い力では、とても押さえつけられないのだ。

 礼子も、他の沢山の黒あざ病患者も、ぐんぐん、海の方へと向かっていく。このまま、海に落ちてしまったら、どうにか溺れ死にをまぬがれたとしても、間違いなく、宇宙生命体には食われてしまうだろう。

 押さえるナオミも引きずりながら、とうとう、礼子は港の岸壁の前にまで来てしまった。もはや、一巻の終わりなのである。

 かと思われた時、絶妙なタイミングで、この場に、信一とアーベル博士が走って、やって来た。研究所で、たった今、猛烈な放射線を観測した二人は、慌てて外に出て、ここへと駆けつけたのである。運良く、そこにナオミと礼子がいたのだ。

 信一は、ナオミを抱きかかえて、急いで、岸壁のそばから引き離す。ガタイのいいアーベル博士が、礼子の方を引き受けた。そんなアーベル博士でも、礼子の事は、それ以上、前に進まないように押さえつけているのが精一杯なのだった。それでも、宇宙線の放射がやむまで持ち堪えたら、かろうじて、礼子も助けられるのでは?

 ところが、その時、海の方から、ものすごい波が湧き上がった。それはバアーッと岸壁の上に襲いかかると、岸壁にあったものを、洗いざらい飲み込んで、持って行ってしまったのだった。岸壁の先端にいた礼子とアーベル博士も例外ではなかった。

 愕然とするナオミと信一の目前で、礼子とアーベル博士は海に連れ去られてしまったのである。ナオミと信一は、共に、とても大切な人間を、同時に失ってしまったのだ。しばらくは、ショックで声も出せなかった。

 どうやら、宇宙線はおさまったらしい。ナオミと信一は、うろたえながら、礼子とアーベル博士が立っていた場所へ寄ってみたのだった。そこで、信一は、奇妙なものを発見した。岸壁の上に、白い粉が散らばっているのである。ガラスの破片も、わずかに落ちていた。

 そこで、信一は思い出したのだ。アーベル博士が、海にいる宇宙生命体に対抗する為に、特殊な新薬を開発中だった事を。アーベル博士は完成したての新薬のサンプルをガラス瓶に入れて、ちょうど持ち歩いていた。アーベル博士が波をかぶった瞬間、そのガラス瓶は割れてしまったらしい。この岸壁の上に散らばっていた粉とは、実は、アーベル博士の薬を浴びてしまい、変質してしまった宇宙生命体の死骸だったのだ!

 

 礼子とアーベル博士の死は、確かに悲しい出来事ではあった。でも、二人は、最後に、黒あざ病に勝てる希望を残してくれたのだ。

 礼子の話どおりに、三つのご神体を組み合わせると、それぞれのご神体から出ている、異なる放射線がミックスされて、新たな放射線が生まれる事となった。その放射線こそが、黒あざ病を弱体化させる絶大な効果を発揮したのだ。信一たちは、この放射線をブリーチング線と名付ける事にした。ブリーチング(bleaching)とは漂泊の事だ。

 幸い、ご神体は、SL教団のあちこちの支部にも配られていた。それどころか、宇宙生命体は、日本のSL教団だけではなく、世界各地にも、傀儡の人間のエージェントを教祖に仕立てて、SL教団と同種の新興宗教を立ち上げていたのだ。これらの宇宙生命体の傘下の宗教団体を解散させて、連中のご神体を全て没収してしまえば、相当数のブリーチング線が確保できるようになる。宇宙生命体の人間牧場計画は、完全に地球人の手にと奪取され、逆に地球人を救う足がかりとなったのだ。

 そして、アーベル博士もまた、その研究をほぼ完成させていた。彼は、宇宙生命体の正体が、特殊な粒子であった事を解明したのである。その粒子は、たくさん集合する事で、高い活動力と知能を発揮するようになるのだ。ただし、その存在を保つ為には、一定の温度と、エネルギーとなる塩素を必要としていた。それらを急速に奪われると、宇宙生命体は一気に活動を停止して、水晶化してしまうのである。信一が岸壁で見た白い粉がそれだった。この状態にまで変質してしまうと、さすがの宇宙生命体も、もはや復活は不可能なのである。

 アーベル博士が開発した新薬とは、海水から急激に熱を奪って、海水内の塩素も破壊する薬品だった。でも、宇宙生命体に対しては致命的な威力があるが、地球上の生物には、ほとんどダメージが無いのだ。しかも、この薬は身近にある物質で、いくらでも大量生産できた。この薬には、偉大なるアーベル博士を偲んで、アーベル剤という名前が与えられたのだった。

 黒あざ病対策は、一気に進む事となった。宇宙生命体が、暖流に乗って、時には波打ち際まで襲撃できる事が分かったからには、これ以上、下田で黒あざ病の研究や対策を続けているのは危険なのだ。

 研究所の社宅にて、信一はナオミに、これから自分たちはこの下田の研究所を引き上げて、対策本部を首都の近くに移す事にして、東京の方へと帰る事を告げた。

 ナオミにとっては、東京は、母や親しい人々を失った辛い土地ではあったが、それでも、懐かしい故郷であると言うのも嘘ではないのだ。ナオミは、弱々しい笑みを浮かべて、信一と一緒に、東京に戻る事を承諾したのだった。

 

 しばしの時が過ぎ、その日、ナオミと信一は、東京の大通りの人混みの中を、二人で歩いていた。彼らは、ついに東京へと戻ってきたのである。

 今日は、まだ下田での心の傷が癒えないナオミを励ます為に、信一は仕事を休み、こんな街中へと連れ出してくれたのだった。都会の喧騒は、じょじょにだが、弱っていたナオミの心を回復させてきたみたいである。大都市・東京は、かつての苦い出来事を忘れて、早くも活気を取り戻しているのだ。ナオミだって、いつまでもクヨクヨしていないで、そろそろ元気を取り戻すべきなのである。

 ナオミのそんな心の変化にうっすらと気付き、信一もホッとした気持ちになってきたのだった。

 ところが、その時である。高層ビルの壁にあるスクリーンが、突如、緊急ニュースを流し始めた。黒あざ病の対策本部が、強烈な宇宙線の放射をキャッチしたと言うのである。降り注ぐ場所は、この東京だった!危険だから、今すぐ逃げ出すように、と言う警報のニュースなのである。

 ナオミは、ハッと治の最後の言葉を思い出す。SL教団の教祖が残した予言の「大いなる町が二度死ぬ」とは、この東京の事だったのだ。下田ではなかったのである。

 でも、宇宙生命体は暖流に乗ってしか移動できなかったのではないか?いや、その点についても、ニュースでは伝えていた。黒潮から分離した巨大な波が、今、東京湾めがけて、押し寄せていると言うのである。宇宙生命体は、必ずしも、暖流でしか生きられない訳でもなかったのだ。こんな離れ業もできたのである。そして、今回の襲撃は、自分たちに楯突く地球人類への宣戦布告のつもりなのかもしれなかった。

 とにかく、今は東京からは早く逃げた方がいいのだ。黒あざ病とは関係なく、宇宙生命体の波が東京一帯に流れ込めば、それだけでも命が危なかった。

 だが、ナオミが信一の方を見た時、信一の顔は真っ黒になっていたのである!ナオミはぎょっとした。伸一は、一気に黒あざ病になってしまったのだ。宇宙生命体の方も、今回はそうとう本気なのか、かなり強い宇宙線を送り込んできたのかもしれなかった。

 周囲を見回すと、群衆のほとんどが黒あざ病になっていた。ナオミのような、まだマトモな人間の方が圧倒的に少数派だったのだ。

 恐ろしい、地獄のような光景だった。都民の大多数が、あの死の黒あざの行進を開始したのだ。まるで軍隊の行進のようであり、その中に巻き込まれた正常な人たちは、逃げたくても、抜け出せない有様になっていた。ナオミも、そのうちの一人だった。彼女の心の中には、以前の東京での黒あざの行進の恐怖がまざまざと蘇っていた。

 ナオミの横で、信一は、ぐんぐんと海へ向けて突き進んでいく。ナオミが必死に話しかけても、正気に戻らないし、ナオミの力では押さえ込む事もできないのだ。やがて、このまま、他の黒あざ病患者と同様に海に飛び込んでしまうか、あるいは、大波の方がこの東京都内に襲いかかってくる事になるのだろう。

 涙を流しながら、ナオミは心を決めた。「信一さんと一緒ならば、もう死んでもいい」と。もはや、ナオミには、信一しか頼れる存在がいなかったのだ。信一となら、生死を共にしても構わない、と彼女は思ったのだった。

 ナオミは、信一の隣で、並んで歩き出した。破滅への死の行進に、自分から進んで仲間入りしたのである。もう、信一と一緒に居られるのならば、どうなってもいい、とナオミは思っていた。

 彼女の足元には、ザザザと水が流れてきた。東京湾の方から侵入してきた海水なのである。きっと、間もなく、もっともっと大きな波が押し寄せてくるのだ。そして、全てはおしまいなのである。

「もうすぐ、私たちは死ぬのね」と、ナオミは思った。彼女は、涙をこぼしながら、優しい表情で、信一の胸に、自分の頭を埋めた。「信一さん。最後まで一緒よ」不思議と恐怖は感じなかった。そして、緊張しすぎたせいか、ドッと疲れが出たらしく、ナオミは静かに意識を失っていったのだった。

 目を覚ますと、ナオミは病院のベッドの上に寝ていた。隣には、黒アザのついた信一もベッドで寝ているのである。これは、一体?

「研究所の対策が間一髪で間に合ったんだよ」と、信一が明るく説明した。

 実際は、ナオミが聞かされていた以上に、宇宙生命体に対する攻略計画は進んでいたのだった。

 宇宙線が頻繁に地球に降ってくる事から、宇宙線の発信源が、遠い天体などではなく、地球の間近にあるらしい事は、早くから天文学者たちは目星をつけていた。彼らは、これまでの宇宙線の降り方を観察し続け、その降る角度や時間帯などから、ついに、その発信源を突き止めたのだ。それは、月よりほんのわずかに離れた宇宙空間だった。天文学者たちは、その宇宙の地点めがけて、密かに、破壊ロケットを発射していたのである。ロケットは、見事にターゲットを捉えた。宇宙線の発信基地を粉々に爆破したのだ。

 それが、あの東京に宇宙線が降り注いでいた最中の出来事だった。宇宙線の放射が止まった事で、行進していた黒あざ病患者はいっせいに目を覚まして、海への前進をやめて、反対側へと逃げ出したのだ。

 一方、東京に迫り来る大波に対しても、対抗策は進んでいた。アーベル剤を積んだヘリコプターや飛行機が大量に大波に向かって、発進したのである。東京に波が到達する前に、それらのヘリや飛行機は、波の上にがんがんアーベル剤を振り撒いたのだ。それは、とても不思議な光景だった。アーベル剤を浴びれば浴びるほど、大波は悲鳴のような音を出しながら、小さくなっていったのである。

 ついには、ほとんど無害なレベルにまで、波は縮小してしまった。その中にいた宇宙生命体は死に絶え、一緒に引っ張られてきた海水だけになってしまったらしい。かろうじて東京都内にまで侵入してきた海水は、この無害な水だけだったのだ。

 かくて、黒あざ病の対策本部は、完膚なきまでに宇宙生命体を迎撃してみせたのだった。東京に大量発生した黒あざ病患者たちも、順次、病院に収容されていったのである。ナオミや信一も、そのうちの一人だった。

「侵略者め。人類を見くびるなって事さ」信一が、得意げに言葉を閉めた。

 対策本部では、これからも、暖流に潜む宇宙生命体を探し回って、片っ端からアーベル剤で息の根を止めていく予定だった。いずれは、地球上の全ての海から宇宙生命体を駆逐できるはずであろう。もし、ガダル星座の生命体の同族が再び地球に襲来する事があったとしても、今度は、万全の準備のもとで対処できるに違いあるまい。

 黒あざ病にかかった人たちも、ブリーチング線で次々に治していっている最中だった。もっとも、患者が多すぎる為、順番待ちの状態も続いているのだ。信一も、そんな待機中の患者の一人なのだった。

「ところで、今の僕の顔は、そんなに酷いのかい?」と、ケロッとしながら、信一はナオミに尋ねた。「ええ、酷いわ。もう最悪よ」と返しながらも、ナオミも笑っていた。彼女は、ベッドから立ち上がると、そっと信一のベッドの方へ向かった。そして、信一の体に自分の身を寄せると、幸せそうに、その胸に抱かれたのだった。

 おしまい


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最終更新日 : 2020-01-05 15:18:16


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