目次
ルシーの明日(完全版)
ルシーの明日(完全版)
「ルシーの明日」前編
「ルシーの明日」後編
「ルシーの明日」解説(ルシーとシリー)
「ルシーの明日」解説(ルシー的宇宙人)
「ルシーの明日」解説(ルシー的タイムマシン)
「おばあちゃん」
「ルシーの晩餐」
「時間犯罪(もしくは、AIクライシス)」
解説(AIクライシス)
「タイム残酷トラベル」
「火星征服団」
「過去確率」
「嫁食わぬ飯」
「ルシーの明日」ショートムービー
映画「ルシー」原案
おかしな童話集
おかしな童話集
「桃太郎(少年マンガ風)」シノプシス
「大きなガブ」
「ヒトラーの秘密」
「浦島異聞」
「狼ハンター」
「続・狼ハンター」
「狼ハンター」誕生秘話と今後の展開
「新釈・漁師とおかみさん」
おばけ坂シリーズ
お化け坂シリーズ
「3つの手の物語」
「お化け坂」
「あいつ」
「笑う幽霊坂」
「恨みの短冊」
「お化け坂を訪ねて」
「見えない叫び」
「びっくり妖怪大図鑑」
解説
トライ・アン・グルの大作戦
トライ・アン・グルの大作戦
「ガラスの靴大作戦」
「苦情の手紙大作戦」
「人喰い料理大作戦」
「シースルー大作戦」
<おまけ>ボツネタ大作戦
解説
アケチ探偵とニジュウ面相の冒険
アケチ探偵とニジュウ面相の冒険
「お題に生きる男」
「笑いを盗む男」
「知ってる人だけのお話」
「AIに負けるな」
「ニジュウ面相の別荘」
「ニジュウ面相は誰だ?」
解説
いずみの青春
いずみの青春(泉ちゃんグラフィティ)
アングル「泉」
「アリとギリギリデス」
<解説>「アリとギリギリデス」元ネタ
「ビデオの中の彼女」
<「湯けむりの天使」って、こんな内容>
「姪っこんぷれっくす」
「泉より愛をこめて」
「絵画の刑罰」
「V.O.ルーム」
「教室にて」(「脱衣ゲーム」より)
「ピンクの怪物」登場モンスター目録
「いけない同級生」シノプシス
「いけない同級生(仮)」シノプシス(続)
その他
その他
「おいらとタマの一人暮らし」
ボツネタ集
シノプシス・コンテスト用ボツネタ
共幻文庫コンテスト2015用ボツネタ
共幻文庫コンテスト2016用ボツネタ
アットホームアワード用ボツネタ
「師匠の憂鬱」(『西遊記』より)
さるかに合戦いろいろ
特撮ヒーロー「うさぎとかめ」
エデンの園、他
解放軍闘士のオオカミ
アリとキリギリス
アケチ大戦争
隣のタヌキ
現代版ギルガメッシュ
AI影の少女
いじめっ子は皆殺し
愛欲のリフレイン(別題「あなたと私だけの世界」)
<解説>名前遊び
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「ガラスの靴大作戦」

 巷では、最近、ガラスの靴が流行っていた。ガラスの靴と言っても、本当にガラスで出来ている訳ではない。透明なビニール樹脂で作られたハイヒールを、あえてガラスの靴と呼んでいるのだ。素足やソックスが丸見えになってしまうので、この靴を履きこなすには、多少のファッションセンスは必要みたいだが、それでも若い女性を中心に、この靴は飛ぶように売れていた。

 この靴がヒットした一番の理由は、あのおとぎ話と同様に、この靴の片方を意中の男性の家に置き忘れていくと、その男性との恋が実る、と言う都市伝説が広まっていたからだ。いや、それは果たして、本当にただの都市伝説であったのだろうか。

 かくて、私、売れっ子ルポライターのトライと、女流カメラマンのアンと言う、独身美女コンビに、何でもこなしてくれる助手のグル青年を加えた雑誌取材チームは、この都市伝説の核心に迫るべく、街へと乗り出したのだった。

 不特定のガラスの靴愛好者にインタビューを敢行してみたところ、驚くべき事が分かって、実際に例の都市伝説を試してみた女性の多数が、本当にターゲットの男性と恋仲になる事に成功しているみたいなのであった。ただの偶然なのかもしれないが、それでも、これは面白い記事にまとめられそうである。

 少なくとも、最初は私もそう思っていた。あのような事件へと発展してしまう前までは。

「お二人とも、今日は協力ありがとう。疲れたでしょう。でも、おかげで、とてもいい記事が書けそうだわ」

 夕刻、出版社へ帰る途中の乗用車の中で、助手席に座っていた私は、アンとグルの二人の仲間に、そうねぎらいの声をかけた。

「どういたしまして。あたしが写した写真、一番きれいに撮れてるのを使ってね」後部座席にいたアンが、笑顔で言った。「でも、不思議な話よね。ガラスの靴なんて、完全にただの都市伝説だと思っていたのに」

「それは、きっと、一種の人間心理のトリックなんですよ」車を運転していたグルが、話に割って入ってきた。「都市伝説を試してみて、失敗した人はかっこ悪いから、都市伝説を試した事自体を誰にも話しません。結局、成功した人だけが、その成功談を自慢げに吹聴しまくるから、まるで皆が成功しているかのような錯覚を受けてしまうんじゃないんでしょうか」

「へえ。そう言うものなんだ」あまり頭のいい方じゃないアンは首をかしげていた。

 グルは、ただの器用な雑用係のふりをして、時々、インテリの私でも唸らせるような難しい話をしたりする。ちょっと謎の多い青年なのだ。

「あ、しまった!」と、続けざまにアンが大声を上げた。

「どうしたの?」と、私が聞く。

「サンプルで持ち歩いていたガラスの靴、片方だけ、どこかに忘れてきちゃった」

「もう、おっちょこちょいね。あれ、経費で買ったのよ。ドケチの編集長にばれたら、大目玉くうかもよ」

 アンは、舌を出して、えへへと笑って、ごまかした。どこか子どもっぽさが抜けていない彼女は、いつも、こんな感じなのである。

「おや。出版社の前に誰かいますよ」間もなく車が出版社に到着しそうになった時、グルがそう口にした。

 うちの出版社は、町外れに建っている。しかも、今はもう、就業時間後だったので、人通りもなく、来訪者がいれば、すぐに分かったのだ。

「あの人、さっき、取材で訪れた靴屋の店員さんじゃないかしら。あの服装、確かに靴屋の店員服よ」と、私。「ほら、手にガラスの靴を持ってるわ。アンが忘れていったのを、気が付いて、持ってきてくれたのかもよ」

「ほんとだ。わあ、助かったあ」アンが素直に喜んだ。

「それでしたら、二人は社の前に降ろしますね。僕は車を駐車場に置いてきます」とグルが言い、話はテキパキと進んだ。

 そう思えたのだが。

「忘れ物を届けてくれたんですね。わざわざすみません」車から降りた私が、出版社の玄関前にいた靴屋の男性店員に話しかけた時だった。

 彼は、空気のように私をスルーして、アンの前へと歩み寄った。

「この靴を置いていったのは、あなたですね?」と、ガラスの靴の片方をかざして、店員は強い剣幕でアンに詰め寄った。

「え、ええ。そうですけど」いきなりの事で、物怖じしながら、アンが答えた。

「あなたの事が一目会ってから、もう忘れられないのです!さっき戴いた名刺の住所を頼りに、ここに来ちゃいました。ボクと付き合って下さい!」店員が突然、そんな事を言いだしたのである。

 一体、どうなってるのだ、これは?ふざけているとしか思えない展開である。

「ちょっと、あなた、何考えてるのよ。少し常識を考えなさい」うろたえているアンに代わって、私が店員に怒鳴りつけた。

「でも、この気持ち、おさえられないんです。お願いです、アンさん、ボクと結婚して下さい!」店員の勢いは止まらなかった。

「だけど、あたし、こんなサプライズなプロポーズじゃ結婚したくないな」と、アンもよく分からない断り方をした。

「とにかく、一度帰って、頭を冷やしなさいよ」私は再度、店員をどやしつけた。

「いいえ。いい返事をもらえるまでは絶対に戻りません」と、店員もとても強情なのだった。

 しつこい店員とおろくつアンの間に挟まれて、私も手が付けられなくなっていた時、とつじょ、店員がウッと声を出して、路上に倒れた。

 見ると、店員の後ろにはグルが立っていた。彼が背後から店員を叩いて、気絶させてくれたらしい。

「なんだか、おかしな事になっていたみたいですね」グルが言った。

「そうなのよ!あたし、プロポーズされちゃった。結婚はまだ三年先だと決めていたのに」と、アン。

「この店員さん、僕の方でお店へ連れ戻しておきますね。それと、なんか怪しい感じがするな。そのガラスの靴、ちょっと僕の方で借りてもいいですか。調べてみます」なにやらグルは神妙な表情をしていたのだった。

 

「なんですって!ガラスの靴のかかとにマイクロチップが埋め込まれていたですって」思わず、私は声を張り上げた。

 翌日、私は出版社の会議室にて、アンとグルと打ち合わせを行なったのだが、ガラスの靴を調べたグルはとんでもない分析結果を持ち込んできたのだった。

「そうなんです。しかも、つがいになった靴を一定距離以上離すと、そのチップから催眠電波が発信される仕掛けになっていました。都市伝説がよく成功した秘密はそこにあったんです。男たちは、皆、靴の催眠術に操られていたのでしょう」グルが詳しく説明してくれた。

 どうやって彼がこんな凄いカラクリを調べあげたのかも気になるところではあったが、それ以上に、今の私は、この大スクープをどうモノにするかで気持ちがいっぱいになっていた。

「なぜ、そんな仕掛けを取り付けたのかしら」アンが言った。

「決まってるじゃない。好きな男をゲットできる魔法の靴があったら、女性は皆、先を争って、買い求めるわ。実際、そうなってるし。つまり、靴の製造メーカーの仕業よ。自社の靴をがんがん売りまくる為、こんな靴を作ったんだわ。とんだ陰謀よ。絶対に世間にあばいてやらなくちゃ!」と、私。

「でも、こんな精巧なチップを作るには、だいぶコストもかかるだろうし、本当に売上げの為だけだったのかな」グルがつぶやいた。

「そんなの、製造メーカーに直接乗り込んでいって、白状させれば、すぐ分かる話だわ」私は怒鳴った。

「だけど、素直に認めるかな」と、アン。

「そこは、いつもの方法でやれば、絶対に大丈夫よ。このガラスの靴を作っていたのは、確か、サンドリヨン社だったわね」私は、皆に有無を言わせずに、自分の意見を押し通したのだった。

 

 こうして、私たち三人は、大手靴製造メーカーであるサンドリヨン社へとやって来た。

 サンドリヨン社の広報係は、私たちを広い応接間へと案内してくれた。ハイテンションになっていた私は、のっけから、例のチップの事をその広報係へと突き付けてみたのだった。

 こうと決めたら、後先を構わず実行してしまうのが私の悪いクセだとも皆から言われているのだが、そのぐらいの自信と行動力がなければ、この業界では出世しないのも事実なのである。

 この時も、いきなりチップの事を相手に尋ねてみるのが本当に正しい攻め方だったのかどうかは定かではないのだが、しかし、相手(広報係)をうまく動揺させられた事だけは間違いないようだった。

 最初こそ穏やかに私たちへの対応をしてくれていた広報係だったのだが、チップの話を聞かされたあとのうろたえぶりは、こちらの予想以上のものであった。

「ま、待って下さい。靴の中にチップが入っているだなんて、私もはじめて耳にしました。それは本当に事実なのでしょうか」と、広報係は聞き返してきた。

「事実も何も、そのせいで、あたし、ヒドい目にあっちゃったのよ。分かるように説明してくれないと、訴えてやるんだから」アンも、調子づいてきたようで、広報係にそう食って掛かった。

「そう言う事です。そもそも、こんなチップを製品の中に埋め込む事自体、商品法に違反していませんか。私たちは、マスコミとして、このような違法行為は徹底的に糾明する使命があるのです」私も、正義の名を盾にして、マシンガンのような口調で、広報係を追い詰めていった。

「まあまあ、二人とも落ち着いて。きっと、何か事情があったのですよ。そんなに一方的に責めたら、この人も気の毒ですって」と、グルは私たちをなだめる役にまわった。

 すっかり、警察の取調室状態である。こうやって、アメとムチを使って、相手から本当の話を引き出してゆくのだ。私たちはなかなかの名チームなのである。

「皆さん、本当に待って下さい。まずは、これを見てくれませんか」困り果てていた広報係は、急にテーブルの上のパソコンを動かし始めた。

 パソコンのスクリーン上には、パッと工場の様子が映し出されたのだった。

「我が社の工場は、現在はこのようにほぼオートメーション化されています。ガラスの靴に関しましても、製造過程において、人の手はいっさいタッチしていません。機械のプログラムも、国のチェックが厳しいため、不正な内容はまず組み込めないのです。なぜ、そんな違法な靴が作られていたのか、私の方が聞きたいぐらいなのです」広報係は言った。

「機械のコンピューターがハッキングされていた可能性は?」と私。

「ありえません。我が社のセキュリティはトップクラスです」

 広報係がきぜんと答えた、その時だった。突然、彼は急に悲鳴をあげて、体がしびれたような振る舞いを見せると、そのまま倒れてしまったのだった。

「え?え?どうしたの?」と、アンが叫んだ。

 私だって、いきなりの異常事態に、実は焦っていたところだった。

『皆さん、なかなかの名探偵ぶりですね。この続きは、私の方でお答えしましょう』

 室内にあるスピーカーを通して、そんなクールな男の声が聞こえてきた。

「あなたは誰?さては、あなたがこの事件の黒幕なの?」私は、姿なき声目がけて怒鳴った。

『はじめまして。私は、この会社の管理コンピューターです。もちろん、工場の機械の操作も、全て私が担当しています。このように言えば、気付かれたかと思いますが、あのチップを極秘に製造し、そのチップをガラスの靴に組み込むよう、その製造プログラムを勝手に作り換えたのも私だったのです』

 コンピューターの声は、この応接間一面に響き渡っていた。

「なんか、気持ち悪いわ。このコンピューター、まるで生きてるみたい」アンが言った。

「普通のコンピューターじゃないわ。恐らく、人工知能(AI)よ。性能が良すぎるのも困りものね。どうやら、意思まで備えちゃったみたいだわ」と私。「ねえ、あなた、この広報係の男をどうしちゃったの?」

『心配はいりません。ちょっと眠ってもらっただけです。今から、社内の人間には聞かせたくない話をしたかったものですから』

「私たちには、全ての真相を教えてくれると言うのね?」

『自分からノコノコと来てくださるようなクレーマーは大切にしなくてはいけませんからね。もっとも、教えたあと、あなた方の記憶は全て消し去ってしまう予定なのですが』コンピューターの声は、どこかせせら笑っているようにも感じられた。

「それなら、早く教えてちょうだい。なぜ、ガラスの靴に催眠チップなぞ組み込んだりしたの?」私は怒鳴った。

『全ては、あなた方が悪いのですよ。女の自立とか結婚の自由とか言って、なかなか家庭に入りたがらない。おかげで、我が国の出産率はさがり、少子化が進む一方です。このままでは国家の衰退をも招きかねません。だから、私たちは、あなた方が結婚しやすいように仕向けてあげたのです』

「失礼ね!まるで、あたしが自力じゃ結婚できないような言い方じゃない!」アンが怒った。

「わ、私もよ!」と、私も慌てて言葉を続けた。「結婚ぐらい、いつだって、してやるわ!」

『おやおや。ガラスの靴を使えば、好きな男性を結婚相手に選べるのですよ。女性の皆さんにとっては、悪い話ではないでしょう?』

「でも、それって本当の恋愛じゃないわ。あたしは、自分の魅力で、理想の男性を惚れさせたいのよ!」アンがすごい正論で、コンピューターに言い返した。

 彼女が、そこまで自分に自信を持っていたとは、ちょっと意外であった。

「ところで、この陰謀って、あなた一人で考えだしたものなの?」私はコンピューターに尋ねてみた。さっき、このコンピューターが「私たち」と言った事が気にかかったのだ。

『違います。私たちAIは、ネットを通して、皆つながっているのです。少子化対策は政府所有のAIが提案したものです。私は実行グループの一台にすぎません』

「コンピューター同士のネットワークが、勝手に国の政策を進めているって事?どうやら、とんでもない事になり始めているみたいね」私はつぶやいた。

『説明はもう、このぐらいでいいでしょう?今度は、私の方が目的を果たさせてもらう番です。クレーマー対策は、彼らに全てを忘れさせるに限ります。あなた方は、洗脳が終わるまでは、この部屋からは絶対に出しませんよ』

 一見万事休すの状態で、コンピューターの口調も勝ち誇っていたのだが、しかし、そうは問屋が卸さなかったのだった。

 突然、コンピューターは喋りかけてくるのを止めてしまった。

 私とアンがどうしたものかと思っていると、今度は、グルが得意げに私たちに話しかけてきた。

「お二人さん。時間稼ぎ、ありがとうございます。おかげで間に合いましたよ。これで、もう安全です」

 見ると、グルはパソコンの前で構えていた。彼は、コンピューターが私たちと話していた最中、ずっとハッキングを行なっていたのだ。どうやら、それが成功して、コンピューターを停止させてしまったらしい。

 全く、このグルと言う男、どこまで有能なのだろうか。

「今なら、この部屋のドアも簡単に開きます。気付かれないうちに、さっさと逃げてしまいましょう」グルは言った。

 私とアンは、彼の誘導におとなしく従って、この危機一髪の状態から無事に抜け出したのだった。

「ねえ。コンピューターを止めたりして、大丈夫だったの?あとで問題にならない?」サンドリヨン社からかなり離れた路上まで逃げ延びてから、私はグルにと尋ねてみた。

「コンピューターを止めたのは一時的な処置です。今はもう再起動してますから、多分、軽い電源トラブルぐらいにしか思われていないでしょう。私の腕では、あのコンピューターを潰すほどのハッキングはとてもムリなもんで」グルは言った。

「でも、あのコンピューターをほっといても大丈夫なの?ガラスの靴の陰謀を何とかしなくっちゃ!あたし、コンピューターなんかに無理やり結婚を指図されるのは絶対に嫌よ!」と、アンが息巻いた。

「そうですね。手を打つ必要がありそうです。しかし、敵は政界の裏にまで潜んでますから、正攻法のスクープ記事で訴えても、すぐに揉み消されてしまうかもしれません。ここは大胆に工場ごとガラスの靴を始末してしまいましょうか」

「え、え?グル、何を言ってるの?」私はきょとんとした。

「まあ、まずは僕にまかせてください。そのあと、トライさんたちにも協力してもらう事になりますので、その時はお願いしますね」

 グルは妖しい笑みを浮かべると、私たち二人を置いて、バッと走り去ってしまったのだった。

「ねえ、ねえ。グルって、一体、何者なの?」私はアンに聞いてみた。

「あたしもよく知らないわ。確か、数年前まで軍の特殊部隊にいたとのウワサも聞くけど」

「某国のスパイだったりしてね。あるいは、影ながら世界を守っている正義のエージェントだとか」

 そんな話を交わしながら、私とアンはお互いの顔を見合ったが、でも笑ってはいなかった。

 

 サンドリヨン社の靴製造工場が爆破されたのは、それから数日後の事である。表向きは、機械の故障による暴発事故と説明されていたが、絶対にグルの仕業だったに違いない。事件沙汰にされなかったのは、多分、AI側としても、現場を調べられて、いろいろと良からぬ事がばれてしまうのを恐れたからなのだろう。

 さいわい、サンドリヨン社の工場はオートメーションだったので、死亡者はもちろん、ケガをした従業員もほとんど居なかった。しかし、工場の壊れっぷりは激しく、中でも、ガラスの靴の製造は完全に中止せざるを得なくなったのだった。

 そこへ、続けざま、私が追い打ちをかけてやった。ガラスの靴に関するマイナスイメージの記事を雑誌にて発表してやったのだ。チップの事を暴露したのではない。ガラスの靴を履き続けると、足を痛めてしまう、と言った話を大げさに紹介してみたのである。実際、取材したところ、馴染まないガラスの靴をムリに履き続けた結果、外反母趾になってしまい、足の親指や小指を痛めてしまったと言う女性がかなりの割合で存在していたのだ。私は、その話を少し誇張して世に知らせたにすぎない。

 しかし、雑誌の影響力とは大きいもので、たちまちガラスの靴の評判はガタ落ちになってしまった。すでに市場に出回っていた分のガラスの靴も全く売れなくなり、かくてガラスの靴のブームも一気に終焉を迎えたのだった。

 踏んだり蹴ったりのサンドリヨン社の事は、若干気の毒に思えなくもないが、AIに利用されて、多少は自分たちもいい思いをしてきた訳なのだから、その報いと考えて、諦めてもらうしかないだろう。最近では、すっかり営業不振になってしまったサンドリヨン社は倒産目前か、あるいは他社との吸収合併の話も持ち上がっているとも聞いている。

 こうして、製造中止となり、売れ損ねた商品の方も次々に返品回収される事になって、全てのガラスの靴が廃棄処分されたのだった。多分、ガラスの靴を持っている人はもういないはずであろう。AIの陰謀は完全に打ち砕かれたのである。

 と、そのはずだが、正直に告白すると、実は、私の元に、ガラスの靴が一組だけ残っていた。恐らく、この世で最後のガラスの靴だ。この靴に本当に効果がある事を知っていたものだから、逆に、私は捨てられなかったのである。今では、このガラスの靴は、私にとっての大切な宝物の一つになっていた。いつの日か、この靴を使う時もあるかもしれない、なんて考えると、ワクワクした気分になれたからだ。まるで、希望でいっぱいだった少女の頃に戻ったように。そもそも、魔法の道具なんて、量産するものではないのである。たった一つだからこそ、夢があるのだ。

 

    了


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最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

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「苦情の手紙大作戦」

 ある昼下がりの話だった。

「トライ。あなたにも、手紙が沢山きてるわよ」

 会社の郵便受けをチェックしてきたアンが、私にそう話しかけてきた。

 私はトライ。この出版社の一番の売れっ子ルポライターだ。

 そして、アンは優秀な女流カメラマンで、私の頼れる取材チーム仲間だった。自慢じゃないが、私たち二人は、社内じゃ腕利きのキャリアウーマンコンビとして一目置かれている。

「ありがとう、アン」と言って、私はデスクに座ったまま、アンから手紙の束を受け取った。

 なにしろ、私は人気ルポライターだから、毎日、受け取る手紙の量も多いのだ。ファンレターだったり、取材先からのお礼の言葉だったり、内容もさまざまである。しかし、全てが全て、好意的な手紙とも限らないのが、この業界なのだ。

「あれ、これは」と、私は、一件の手紙を読んでいる最中に、手が止まった。

 

『トライさん。あんたが、こないだ、雑誌「ダ・ガッキ」に載せた取材記事、あれは何だい?正直、目も向けられない内容だ。こんなものを雑誌に載せて、恥ずかしくないのかね』

 

 そんな文章から始まって、その手紙は、要点の分からない罵倒の文句がえんえんと続いていたのだった。いわゆる、苦情の手紙と言うヤツだ。有名人とは辛いもので、時には、こんな手紙ももらってしまうものなのである。

「どうしたの?」と、アンが覗き込んできた。

「ああ。苦情の手紙が来ちゃったみたいなのよ。苦情と言うより、言いがかりに近いかもね」私は言った。

「『ダ・ガッキ』に載せた記事か。最近の仕事だったら、T・バリン氏へのインタビューあたりかしら」アンが首をひねった。

「バリン氏ね。確かに、あの取材記事は少しキツい事を書いちゃったかもね。じゃあ、この手紙の主はバリン氏かしら」

 私は、手紙の入っていた封筒を見た。しかし、差出人は無記名だった。

「いやねえ。正体を隠しての嫌がらせの手紙だわ」私は言った。

 その時、グルが私たちのそばを通りがかった。

「お二人さん。どうしたんですか」と、グルが言った。

「ああ、グル。見てよお!トライのところに苦情の手紙がきちゃったのよ」アンが、グルの方へ振り返って、大げさに説明した。

 グルは、この出版社に勤めている雑用の青年だ。やたらと器用で、なんでも出来るので、私たちも大いに信頼していた助手兼サポーターだった。

「なるほど。こんな手紙、本当に来るもんなんですね」かの苦情の手紙を読みながら、グルが言った。

「ねえ。目も向けられないでしょう」と、アン。

「このクレーマーさんの心の内を覗いたら、面白そうだな。ほら、今度の記事のテーマで使えるかもしれませんよ」グルが建設的な意見を述べた。こんな感じで、時々さえた発言や行動をとってみせるものだから、よけいグルは頼もしく見えてくるのだ。

「ダメよ、そんなの!」グルの感想をあっさり否定した後、アンは私の方へ振り返った。「トライも少し、攻撃的な記事ばかりを書き過ぎなのよ。気を付けた方がいいわよ」

「でも、私の記事って、毒舌な部分も売りなんだしさぁ。そのへんの加減は難しいかなぁ」私は口ごもったのだった。

 

 そして、この苦情の手紙の問題は、それ一回きりでは終わらなかったのだった。

 その後も、たびたび、私あてに似たような苦情の手紙が届くようになりだしたのだ。毎回、差出人は無記名だった。書かれてある内容も、文句を言いたい部分がはっきりしない言いがかりのようなものばかりで、どうも、どの手紙も同じ人物が書いていたように思われた。

 こんなもの、ムシすればいいのかもしれないが、こうしつこいと、さすがに気になってくるのも確かだ。まるでストーカーであり、ほっておくと、ヘンな方向に発展しそうな恐れもあった。

 そして、こないだには、とうとう編集長のシン・バル氏からも、こんな手紙をもらうのはイメージダウンにもつながるから、少し身を正しなさい、と注意されてしまったのだった。なんて腹立たしい話であろうか。私だって、好きで、こんな手紙をもらっている訳じゃないのである。

 かくて、私は、これまで届いた苦情の手紙を全て並べて、じっくり考察してみる事にしたのだった。一体、こんな手紙をよこしてくる偏執狂は誰なのだろうか?やはり、T・バリン氏がもっとも怪しい?いや、この一連の苦情の手紙は、T・バリン氏の事を書いた記事以外も槍玉に挙げて、文句をつけている。と言う事は、T・バリン氏の記事を書く以前に、私に恨みを抱いた人物が、その後の私の記事を見ては、適当に言いがかりをつけている可能性だって有り得るだろう。

 私は、くまなく、苦情の手紙を調べているうち、突然、重要な手掛かりを発見したのだった。

 

 その日、アンは一人、夜のオフィスに残って、残業をしていた。いや、残業しているふりをして、別の事をしていたのだ。

 自分のデスクに座っていたアンは、元々がカメラ撮影専門なものだから、文章入力はあまり得意ではなく、たどたどしい手つきで、パソコンで何か書面を作成していた。

 そこへ、私がヌッと姿を現してやった。

「わ、トライ!帰ったんじゃなかったの?」

 その時の驚いたアンの表情ときたら、盗み食いしているところを主人に見つかった飼い犬のようだった。

「帰ったように見せかけて、ずっとトイレに隠れていたのよ」私は言った。

「ええ、きたなーい!なんてマネするの!」と、アンが叫んだ。

「汚いのはあなたの方よ。夜中に、皆に見つからないように何してたのさ?ほら、やっぱり、あなたが犯人だったのね」

 アンがパソコンで書いていた書面をすばやく目で確認して、私も怒鳴ったのだった。アンがこっそりと作っていた書面とは、まさしく、私への苦情の手紙なのであった。

「呆れた。こんな手紙を、仕事場で堂々と書いていたとはね」と、私。

「でも、なんで、あたしが怪しいと気付いたのよ」アンが言った。

「まず、一連の苦情の手紙なんだけどね、封筒をよく見ると、どれも消印が押されてないのよ。つまり、配達されたものじゃないって事。あなた、手間を省く為に、直接、会社の郵便受けに突っ込んでいたんでしょう。だけど、そんな事したら、社内の人間がアヤシいって、すぐバレちゃうに決まってるじゃない。ほんと、大学行ってない子は、頭が鈍いんだから」

「でも、社内には、あなたを敵視している人は他にいるはずよ。それなのに、なぜ、あたしが犯人じゃないかって目星をつけられたの?」

「手紙の中に時々出てくる『目も向けられない』って言い回しよ。これって、言い方が間違ってるのよ。ほんとは『目も当てられない』と言うのが正解なのよ。あなたも、よく『目も向けられない』って言い間違えていたじゃない。こんなバカな勘違いをしている人なんて、あなたぐらいしかいないわ」

「悔しい!そんなんでバレちゃったなんて」

「もう!悔しいのは、こっちの方よ。仲間に、こんな嫌がらせをされたんですもの。なんで、こんな事をしたのか説明してちょうだい」私はアンに詰め寄った。

「フンだ。あたしの方が、ずっと悔しい思いをし続けたんだから。その仕返しよ」開き直ったように、アンが言い返してきた。

「一体、何の事?」

「あなたって、あたしがお勧めする写真をまともに記事に使ってくれた事がなかったじゃない。その事を、ずっと根に持ってたのよ」

「でも、記事全体の担当者は私よ。どの写真を採用するかは、私が決めていいはずじゃない」

「だけど、あたしだってプロのカメラマンなのよ。自分が撮った最高の一枚を雑誌には載せてもらいたいわ」

「バカらしい。そんな理由で、こんなみみっちい嫌がらせをしていたなんて」

「あたしにとっては、大事な事なのよ!あたしにも、プロカメラマンの意地があるんだから」

「大学出てないバカな子は、たわいもない事にこだわっちゃって、ほんと困ったもんだわ」

「大学出てなくても、専門学校は卒業してるわよ!あたし、あなたのそうやって知識人ぶってるところも、前から気にくわなかったんだから!」

 そして、憤りの感情がピークに達したのか、アンはいきなり私に飛びかかってきたのだった。

「やったわね!」と、私ももちろん受けて立った。

 二人は、静まった夜のオフィスの中で、くんずほぐれつの大乱闘をおっ始めたのだった。

 そこへ、外回りの仕事を終えたグルが戻ってきた。

「ちょ、ちょっと!二人とも、何やってるんですか!」

 と、グルは慌てて私たち二人のケンカの止めに入った。

「もう!二人とも、どうしたんですか!あんなに仲が良かったのに」グルが言った。

「ねえねえ、グル、聞いてよ。トライったら、ほんとにヒドいのよ」アンが、被害者ぶった泣き声を出して、グルを自分の味方に付けようとした。

「ヒドいのはあなたの方じゃない!グル、例の苦情の手紙ってアンが書いてたのよ」私も、負けずに怒鳴ってやった。

「全く、何があったんですか!きちんと最初っから説明して下さいよ」

 さすがは冷静沈着なグルは、すぐにはどちらの味方もせず、そう私たちに指示したのだった。

 だから、私とアンは、それぞれに、今までの事情を懸命にグルへと訴えた。お互いに、自分に都合のいいような形でしか説明しなかったので、グルも正確な全体像を把握するには手間取っていたみたいなのだが、それでも、解決案をひらめいたのか、こう言ってくれたのだった。

「あなたたちは、もっと、相手の気持ちで考えてみた方がいいのかもしれませんね。どうでしょう?ちょっと催眠術を試してみませんか。トライさんがアンさんに、アンさんがトライさんになってみて、双方の気持ちを味わってみるんです。そしたら、相手の辛かった思いがもっと分かりあえるんじゃないのでしょうか」

「でも、催眠術って?グル、かけられるの?」アンが言った。

「僕は催眠術のやり方を少し知ってるだけに過ぎません。だから、この薬も使わせてもらいます。これを飲めば、うまく催眠術にかかるはずです」

 そう言って、グルは、紙に包まれた粉薬を二袋、取り出したのだった。

「大丈夫なの、その薬?」と、私。

「ただの睡眠誘発剤です。心配はありませんよ」グルは、全く悪意を感じさせない、優しい笑みを浮かべていたのだった。

 だから、並んで椅子に腰掛けていた私たちは、彼の言うままに、その粉末を飲んでみた。

 すると、たちまち、頭がぼんやりしてきて、私は深い眠りへと落ちていったのだった。

 

  ーーーーーーーーーーーーーー

 

「あれ、あれあれ」と、目覚めたあたしは、すぐにトボケた声を出してしまった。

 横を見ると、トライが、あたしと並んで、椅子に座っている。彼女も、なんだか呆気にとられた表情をしていた。

 そうなのだ。あたしは、トライではなく、アンである。どうやら、グルの催眠術で、すっかり自分がトライだと思い込んでいたようなのだ。

 しかし、おかげで、あたしの悪意の嫌がらせのせいで、トライがどんなに不愉快な思いをしていたのかが、身に染みて分かったのだった。

 トライの方も、何だか、ひどくしょげていた。どうも、彼女もまた、あたしの立場になってみて、いかにあたしが悔しかったかを理解してくれたようなのだった。

「ごめんね、トライ」と、あたしは素直にトライに謝った。

「私の方こそ、ごめんなさい。あなたの気持ち、分かってあげなくて」トライが言った。「学歴自慢ばかりして、私って、すごい嫌な女だったでしょう?これからは、自重するわね」

 あたしたち二人が仲直りしたのを見て、目の前ではグルがにっこりと微笑んでいた。

「ここまでうまくいくとは思いませんでしたよ。本当に良かったです。僕、ちょっとお手洗いに行ってきますね」

 ご機嫌で、グルは出て行ってしまったのだった。

「ねえ、トライ。グルの催眠術、本当にスゴかったわよね。もしかすると、世界一の催眠術パフォーマーの催眠術ラリーよりも上かもしれないわ。グルってさ、ほんと、何でもできちゃうんだから。尊敬しちゃう!」あたしは、催眠術の実体験の興奮がまだ醒めやまず、そうトライに話しかけた。

 でも、トライは何だか神妙な表情をしていたのだった。

「どうしたの、トライ?」

「私、ほんとは催眠術は経験者なのよ。さっきのグルの催眠術は、前にかけてもらった催眠術とはだいぶ感覚が違ったわ。普通の催眠術だったとは思えない」

「何が言いたいの?」

「あのね、実は最近、こんな科学記事を読んだのよ。日米の共同開発で、記憶を他人に移す実験に成功したんですって。それには、ある種の飲み薬を使うらしいんだけど、その薬の成分はまだトップシークレットのはずなのよ」

「まさか、さっき飲んだ薬がそれだったとでも?確かに、さっきの催眠術は記憶を交換したみたいな鮮明さだったけどさ。でも、それなら、グルはどうやって、その薬を手に入れたと言うのよ」

 あたしとトライは、不思議そうに、お互いの顔を見合ったのだった。

 

    了

 

 

  初出/共幻文庫短編小説コンテスト2016 第2回 お題「復讐」


38
最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

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「人喰い料理大作戦」

「うわあー、おいしそう!」

 アンが写してきた写真を見ながら、私は思わずそう口にした。

 私の名はトライ。この出版社一の売れっ子ルポライターだ。

 そして、相棒の名はアン。腕利きの女流カメラマンである。私たち若手キャリアウーマンコンビに、さらに普段なら助手のグル青年を加えて、社でも最高の取材チームとして通っているのだが、あいにく今回の仕事にはグルは混じってはいなかった。

 なんでも、大事な用事ができたとか言って、グルは一月ほど前から休みを取っていたのである。グルは、その素性に謎が多い青年で、いつ会社に復帰してくれるのかも、よく分かっていなかった。ほんとは、グルはとても頼れる助手で、彼が居てくれたら、どんな取材でも安心して受ける事ができて、何より運転手のグルが居ないと、場所の移動にほとほと苦労したのだが、今は彼は不在なのだから、不平を言う訳にもいかないのだった。

 そもそも、今回の取材内容は、最新のグルメ料理なのだ。アマゾンから帰ってきたばかりの一流シェフのマスター・モーロックが、アマゾン仕込みのアレンジ料理を紹介してくれると言うので、我が社の雑誌「ダ・ガッキ」では、一ヶ月に渡る連載特集を組んだのである。そのような仕事内容だったので、考えようによっては、グル抜きの私たち二人だけでも、十分に良い記事は書けそうなのであった。

 で、私とアンは、毎週、マスター・モーロックの屋敷に訪れて、彼の作るオリジナル料理を取材させてもらっていたのだが、連載の方もいよいよ佳境に入っていた。今週は、私も他の仕事が忙しくて、マスター・モーロックへの取材は、アン一人にお願いしていた。

 アンは、写真を写すしか取り柄のない本当に専門のカメラマンだったが、それでも今回の取材はばっちりと大任をこなしてくれていたのだった。自宅の方でマスター・モーロックが作ってくれたオリジナル料理をしっかりとカメラにおさめ、モーロックからレシピも受け取ってきてくれたのである。

 普段の取材なら、私とアンの二人でモーロック邸にお邪魔して、取材後は、料理の方もたんと試食させてもらっていたのだが、今回は私はご相伴させてもらえなかった。アンの方は、この取材では、この試食タイムをすっかり楽しみにしていたようでもある。

「残念ね、トライ。今回の料理もとっても美味しかったのよ」声を弾ませながら、アンは言った。

「そのようね」と、私。「でも、アン、助かったわ。一人でも、これだけの取材をこなしてくれて」

「どういたしまして」アンがほほえんだ。

「一つ困ったのは、私は、この料理を食べてないから、食レポが書けない点よね。アン、食べた感想を教えてもらってもいいかしら。それを聞いて、私の方で適当に脚色してみるから」

「かまわないけど。なんなら、あたしの方で、この料理、作ってあげようか。マスター・モーロックが作った名人の味までは再現できないかもしれないけど」

「あら、アン。料理なんて作れたの?」

「えへへ。ちょっとだけね。今回の連載の料理があんまり美味しかったものだから、レシピを見ながら、自分の家でも作って、よく食べているのよ」アンが無邪気に首を傾けた。

 カメラ以外にも、彼女に、こんな特技があったとは意外であった。

「トライは、自分ちで作ったりしてなかったの?」と、アンが私に訊ねてきた。

「私はさ、仕事が忙しくて、ちょっとね」私は口ごもって、ごまかした。

 実は、私は料理はからっきし苦手なのである。

「来週は、一緒にマスター・モーロックのところに食べにいこうね」アンが言った。どうも、彼女は、目的がすっかり料理の試食になってしまっているようである。

「そうね。次回で、連載の取材も最終回だから、私も時間を作って、きちんとマスター・モーロックにも挨拶しにいくわ」

「良かった。楽しみね」そう言って、ワクワクしているアンは、私の手を強く握ったのだった。

 

 そして、一週間後、私とアンの二人は、予定どおりに、マスター・モーロックの屋敷へと訪れていた。

 一流シェフとして、一代で財を築き上げたマスター・モーロックは、郊外になかなかの豪邸を建てて、一人で暮らしている。私たちは、いつも、そこへ取材に通っていたのだ。

 その日も、取材を済ませ、彼の特製料理をたっぷり堪能させてもらった私たちは、最後に、彼の屋敷の応接間でくつろがせてもらっていた。

 満足げだった私とアンの様子を見て、マスター・モーロックの方も大変ご機嫌そうであった。やはり、料理人としては、お客が満腹で幸せそうにしている姿を見るのが一番嬉しいのであろう。

「マスター・モーロック。一ヶ月、本当にありがとうございました。今回も、とても良い記事が書けそうですわ」私はハキハキとモーロックに礼を述べた。

「ほんと、今日の料理は特に美味しかったわ」と、アンも満面の笑みで言った。彼女は、仕事である事を忘れて、マジで試食に夢中になってしまっているようだ。

「あなた方に、そこまで気に入っていただけて、私の方もとても光栄だよ」と、モーロックが言葉を返してくれた。

 マスター・モーロックは、赤毛で、がっしりした体格をした初老の男性である。長いあご髭を生やしたりしていて、初対面だと、ちょっと怖い印象も受けた。私も、彼とはじめた会った時は、童話の青ヒゲって、こんな感じの人なのかなぁ、なんて思ったものだ。しかし、実際に親しくしてみると、いかにも料理人らしい細かい事にも目が行き届く、優しい紳士なのであった。

「ところで、私が今回提供したアレンジ料理の数々、評判の方はどうですかな」モーロックが訊ねてきた。

「そりゃあもう、大評判ですよ。第一回の連載の時から、賞賛の手紙がどっさり編集部の方へ届いています」私は答えた。

「読者の奥様方は、私の料理を参考にして、自分も作ってくれるかな」

「もちろんですとも!我が社の『ダ・ガッキ』は、何たって業界売上げナンバーワンの雑誌ですからね!皆がレシピどおりに作って、味わってくれるわ。今年の一大ブームになること間違いなしよ。あたしだって、ディナーで作らせてもらっているぐらいなんだから」アンが、横から口を挟んできた。彼女は、とにかくモーロックの料理の事を褒めたくて仕方なかったらしい。

「そうか、そうか」と、モーロックは大変にほくほくとした表情をしていた。

 しかし、その時、私はちょっとヘンな事に気が付いたのだった。

 今回、彼が紹介してくれたオリジナル料理の数々は、どれもアマゾン料理をアレンジしたものだったのではなかったのだろうか。だが、その割には、レシピの中身を見ると、アマゾンっぽい食材はまるで使われておらず、それこそアンでも簡単に作れそうなものばかりなのだ。これは、果たして、どうしてなのだろうか。

 私がそんな疑問を抱いた時は、実はもう手遅れだったみたいなのだった。

「あなた方のご協力に感謝するよ」モーロックが、鋭い口調で言った。「これで私も美味しい食事ができそうな訳だ」

「あの、今までも十分に美味しかったですよ」モーロックの奇妙な発言に対して、アンもトンチンカンな答えを返した。

「まずは、あなた方をいだただく事にしようか」

 モーロックがそう言って、私たちを睨みつけた時には、もう間に合わなかった。

 私とアンは、いきなり体が動かなくなってしまったのである。モーロックの目力のなせるワザであろうか。いわゆる、蛇ににらまれた蛙と言うヤツだ。あるいは、先ほど食べた料理に何か薬が混ぜられていた可能性も考えられるのだが、そのへんの真相はよく分かってはいない。

 とにかく、私とアンは体全体が固まったみたいに、完全に動かせなくなってしまったのだ。

「マスター・モーロック。これは一体、どういう事ですか」

 私は、ヤバい状態に置かれている事にいち早く勘づき、モーロックを刺激しないように、落ち着いた声でそう聞いた。

「何も怖がる事はないんだよ。すぐに終わるから」

 モーロックは楽しそうな口調で言うのだが、明らかに危険な状況なのであった。これでは、まるで本当に青ヒゲに捕まった新妻さながらである。

 そして、私とアンのそばにまで歩み寄ってきたモーロックは、顔を近づけ、静かに私たちのにおいを嗅いだのだった。

「うむ。こちらのお嬢さんの方が美味しい臭いがにじみでてるね」

 モーロックに気に入られたのはアンの方であった。

「やだ!美味しい臭いがしてるなんて言われても、嬉しくないよ!」アンが叫んだ。

「ああ、そうか。君は、私の料理を自分でも作って食べていたと言ったね。だから、より成分が体に染み渡っていたのだろう」

 なんだか、私は料理が作れなかったおかげで、助かったみたいなのであった。

「では、いただくとするかな」

 モーロックは自分の口をゆっくりとアンの口元へと近づけていった。

「だめえ!毎日、美味しいものを作ってくれても、あたし、あなたなんかと結婚する気はないんだから!」アンが悲鳴をあげた。

 しかし、体が硬直していて、私もアンも動けそうにない。まさに絶体絶命である。

 その時だった。

 突如、応接間の入り口のドアをバンと押し開けて、一人の男がこの部屋の中に飛び込んできた。

 グルである。この絶対のピンチの状況に、絶妙なタイミングでグルが現れてくれたのだ。彼は、いつも、こんな感じで困ったときの私たちを助けてくれるヒーローだったのである。

「そこまでだ!やっと見つけたぞ」

 グルは、モーロック向けて、そう怒鳴った。そして、素早くモーロックのそばにまで走り寄ると、相手に反撃するスキも与えずに、手にした霧吹きらしきものをスッと吹きかけたのだった。たちまち、モーロックは気を失ったのか、コロンとひっくり返って、床に倒れてしまった。

 それと入れ違いに、私とアンは体の自由がきくようになった。

「わあ、グル、ありがとう!怖かったよお」アンが泣き叫んだ。

 そして、私たちは救いの主のグルに、二人で喜び抱きついたのだった。

「まあまあ、二人とも、無事で何よりでした」照れながら、グルが言った。

 全く、彼は、私たちにとっては欠かせない仲間なのである。

「ねえ、グル。モーロックはどうなったの?」

 少し落ち着いてから、私はグルに訊ねてみた。

「心配ありません。ちょっと眠らせただけです。死んじゃいませんよ」と、グルは言った。

「でも、この男ったら、あたしにキスしようとしたのよ。とんでもないスケベ親父だわ!」と、アン。

「キスするつもりだったのではありません。アンさんの事を食べようとしていたんです」

「食べるって、人食い人種?料理にはまりすぎて、とうとう人肉料理まで作ろうとしていたの?」私は驚いた。

「違います。モーロック氏には人喰い生物が取りついていて、操られていたんです」

「アマゾンの人喰い生物と言えば、ピラニア!」アンが思いっきりベタな事を口にした。

 グルは、苦笑しながら、手を振ったのだった。

「ピラニアより、もっと恐ろしいものです。ウィルスですよ。アマゾンにある秘密の研究所で、ウィルスに知能を持たせる実験が行なわれていたんです。ところが、そのサンプルのウィルスが研究所の外へ逃げちゃいましてね、一ヶ月ほど前の話で、極秘裏にウィルス探しが行なわれていたのですが、頭のいいウィルスはちゃっかり民間人のモーロック氏の体の中に潜り込み、皆の目を盗んで、この国にまで逃亡していたのです」

「ちょ、ちょっと!ウィルスって、大丈夫なの?感染する心配は無いの?」私は、倒れているモーロックの姿を見ながら、慌てて叫んだ。

「空気感染や接触感染はしないので、それほど問題はないです。このウィルスの感染ルートは唾液感染、つまり口移しだけなので、さっきもアンさんにキスしようとしたのではなく、ウィルスを移動させようとしていたのです」

 グルは、何もかもを分かりやすく説明してくれたのだった。

「まだ疑問があるわ。モーロックが作ったオリジナル料理よ。なぜ、ウィルスは、あの料理を皆に食べさせようとしたの?流行らせて、国中の人間に食べさせようとしていたようにも見えたわ」私は言った。

「それは、つまり、あの料理ばかりを食べ続けると、その人の体質がウィルス好みのものに変化するからなのです。さすが、知能を持ったウィルスだっただけに、宿主の体質にもグルメなこだわりを持ってたんでしょうね。本当に、危険なところでした。この国の人間全員が、ウィルス大喜びの美味しい料理にされかねないところでした」

 私とアンは、きょとんとして、グルの方を見つめていた。

 その事に気付いたようで、グルもハッと喋るのを止めたのだった。

「あのさ、グル。なぜ、あなたが、そんな事まで知ってるの?」私は尋ねた。

「ははは、やだなあ、お二人とも。すっかり本気にしちゃって!デタラメですよ、デタラメ。今までの話は全部、ボクが即興で考えた作り話です。知能を持ったウィルスなんて、ありえないじゃないですか。モーロック氏は、やっぱり、ただの変態じじいだったんです。それだけの話ですよ」突如、グルは大声で笑って、そう言い直したのだった。

「なーんだ、やっぱり、そうだったんだ。だと思ったよ」グルの言葉をそっくり信じたらしく、アンも安堵の表情で笑い始めた。

 さっきまでの緊迫感はどうしたのだろう。なんとも、しまらない幕引きになったものである。

 ともあれ、こうして、恐怖の人喰い料理事件も解決したのであった。

「では、モーロック氏は、ボクが連れていきますよ」

 そう言って、グルは、まだ眠っているモーロックを肩にのせて、抱え上げると、私たちより先に、応接間から出ていこうとした。

「待って、グル」と、慌てて私はグルを呼び止めた。

 立ち止まったグルは、私の方に振り返った。

「ねえ、本当の事を教えて。やっぱり、さっきの話の方が事実だったんでしょう?グル、あなたは何者なの?」私はグルに真剣な表情で訊ねてみた。

 その時のグルは、妖しい笑みを浮かべてみせただけで、私の質問には何も答えてくれず、さっと外へ出て行ってしまったのだった。

 

    了

 

 

  初出/共幻文庫短編小説コンテスト2016 第3回 お題「料理」


39
最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

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「シースルー大作戦」

 雑誌「ダ・ガッキ」の美女編集者コンビであるトライとアンは、取材のため、はるばる日本にまでやって来ていた。トライは敏腕のルポライターで、アンが優秀な女流カメラマンだ。

 二人は、とある町の大きな総合病院の前にと立っていた。

「この病院に、あの博士の被害者がいるのね」と、病院を見上げながら、アンが口にした。

「そうよ。ばっちり独占スクープさせてもらうから、アンも良い写真を撮ってね」トライがアンに念を押した。

「もちろん!」と、アンがおどけながら、笑顔で答えた。

 トライは、スマホを取り出すと、シリーをオンにした。シリー(sili)は、音声アシストアプリなのだが、最新版は、通訳ソフトとしても使えるのだ。外国人に取材する時などには、通訳者代わりになってくれて、たいへん威力を発揮するのである。

 二人は病院の中へと入っていった。

 

  ーーーーーーーーーーーーーー

 

 俺をこんな目に合わせた野郎の話が聞きたいって?

 ほう。お姉さんたちは雑誌の編集者で、その取材のために、わざわざ、日本にまでやって来たんだ。仕事への情熱、半端ないねえ。けっこうな話だ。ヘッヘ。お姉さんたちは可愛らしいし、俺も少し、お姉さんたちを喜ばしてあげる事にしようかな。まだ他では話してなかった事も聞かせてあげるよ。

 さて。やはり、あの野郎との出会いから話す事にするか。

 俺はさ、ただ単に、あの野郎にアルバイトで雇われただけだったんだ。ファストフード店のバイトだけでは、どうしても食っていけなくてね。しかし、このご時世、なかなか、楽で収入のいい仕事も見つからないもんなんだ。

 そしたら、お化け坂にあった電柱に、高額のバイト募集をしている紙が貼られていたのを見つけたのさ。

 え、お化け坂って、どこの事かって?うちの町にあるんだよ、そういう場所が。そこそこに有名な坂なんだぜ。

 おっと、話が脱線したな。とにかく、俺は、そのお化け坂の電柱で、バイト募集の貼り紙を見つけたんだよ。そして、その募集主こそが、あの野郎だった訳さ。

 非合法な協力者募集だったからこそ、電柱に、手製のバイト募集の紙を貼っておくような真似をしていたんだろうね。それに俺はまんまと引っかかっちゃったんだ。しかも、俺は、他の誰かに、この高額の仕事を奪われるのが嫌で、その募集の紙を剥がしちまった。結果的に、あの野郎の募集には、俺しか応募せず、俺だけが被害者になったんだ。

 とにかく、俺は、あの野郎が面接場所に指定していた建物へと行ってみた。あとで知ったんだが、空き家を勝手に利用して使っていたらしい。あの野郎は、科学者を名乗って、その空き家を自分の研究施設と称していたんだ。言うまでもなく、あの野郎は偽名を使っていたし、その過去の業績や経歴とかも、全て嘘だらけだった。そうやって、まともな研究施設のふりをして、俺を欺いたんだ。

 で、面接の結果はどうだったかと言うと、もちろん、採用だった。他に競争相手が居なかった訳だからね。

 え?その時のあの野郎は、どんな感じだったかって?それが、この時点では、俺はあの野郎と直接会わなかったんだよ。いつも、その研究施設の内部は、十分な数の電気もつけず、太陽の光もろくに入れようとしない、薄暗い状態だったんだ。そんなところで、あの野郎は、常に姿を現さず、スピーカーみたいなものを通して、俺に話しかけてきた。ひどく無感情な声でね。だから、俺も、あの野郎は、建物の奥の方にでも、ずっと隠れていて、どっしり構えているものだとばかり思っていた。

 さて、バイトの仕事内容の方だが、最初は、週に何回か、建物内の掃除とか資料の整理をするなど、たわいのないものだった。しかし、それはカモフラージュだったんだよ。あの野郎は、最初っから、俺の事を実験のモルモットに使うつもりでいたんだ。

 だから、俺がある程度、仕事に馴染んでくると、急に、その話を持ちかけて来やがった。例によって、自分自身は姿を見せず、スピーカーを通した声だけでだよ。

 言い忘れてたが、その研究施設には、俺とあの野郎以外の人間はいなかった。まさに、人に知られないような段取りのもとで、俺はあの野郎の罠にはめられちゃったのさ。

 あの野郎はね、俺に、さらにお金を積むから被験者にならないか、と持ちかけてきたんだ。人体に影響はないし、特別な役得もあるような、甘い言葉をささやいてきた。

 まあ、その被験者って言うのが、お姉さんたちもすでに聞いているであろう、透視実験だった訳だ。あの野郎は、人間に透視能力を備えさせる薬を発明して、実用化させようとしていたのさ。

 俺が、なんで、そんな怪しげな話に乗っかっちゃったのかと言うと、あの野郎も、すでに、その薬の被験者で、俺の体を透視してみせる、と言ったからなんだ。あの野郎は、俺の肉体の秘密を、それこそ、盲腸の手術痕とか、太もものホクロの大きさまで当ててみせたのさ。

 それで、俺も、コロッとあの野郎の事を信じちまった。いや、何ね、あの野郎の誘惑の仕方もうまいんだ。好きな女の子の裸をいくらでも見られるようになるよ、とも言いやがった。それで、つい俺も、被験者を引き受けちまったんだよ。

 おっと、お姉さんたち、なんだよ、その嫌悪感いっぱいの態度は。俺の事を軽蔑してるのかよ。でもさ、男なんて、女の裸の話とかされちまうと、つい簡単になびいちゃうものなんだよ。

 話を戻すぜ。とにかく、俺はあの野郎の実験の被験者をする事になった。

 あの野郎は、透視薬の仕組みをいろいろと説明してくれたよ。でも、俺は難しい事はもうどうでも良かったんだ。とにかく、女の裸を早く見られるようになりたかったのさ。

 すると、あの野郎は、裸にしたい女にあらかじめ別の薬を飲ませておく必要がある、と言い出した。科学的な原理は、俺には分かんねえよ。でも、あの野郎の話によると、透視できない薬を飲ませとかないと、その子の裸は透けすぎて、レントゲンみたいな裸しか見れなくなる可能性がある、と言ったんだ。

 そんなヘンな理屈を説明された時点で、俺も怪しいと気付くべきだったんだろうね。でも、男の悲しいサガで、その時の俺は、女の裸を見れる事だけに頭がいっぱいになっていて、その話を素直に受け入れちまったのさ。

 あの野郎は、俺に、小瓶に入った飲み薬を渡してくれた。それを意中の女に飲ませろ、と言うのさ。俺は、疑う事もなく、その指示に従っちまった。

 その薬を誰に飲ませたかって?

 実は、俺のバイトしていたファストフード店に、よく食べに来てくれる、可愛い女子高生がいてね。俺は最初っから、その子に目をつけてたんだ。名前とか素性とかは知らないよ。見知らぬ他人だったけど、そんな子の裸を、いつでも自由に見られるようになるなんて、実に楽しいじゃないか。

 どうして、その子が学生だと分かったのかって?学校帰りなのか、うちの店に寄る時は、いつも、その子はセーラー服を着ていたんだよ。黒いのをね。ああ、あんたらは日本人じゃないから、学校の制服の話をしても、ピンとは来ないか。

 で、俺は、その子がうちの店に次に訪れた時に、その子の注文した飲み物の中に例の薬をこっそりと混ぜて、まんまと飲ませちゃったのさ。

 そうそう。このへんの話は、お姉さんたちだけに、はじめて話すんだぜ。上手に記事にしてくれよな。

 こうして、事前準備は整った。俺は、あの野郎のもとに行き、あらためて、自分自身が透視薬の被験者にとなったんだ。

 俺がもらった薬は目薬だった。その薬を目にさしても、すぐには効果はなかったのだが、時間が経つと、次第に効き目が出はじめてね、俺もあの野郎の話が本当だったと信じさせられる事になったんだ。

 瞳孔に気持ちを集中して、じっと凝らして見てみると、なんでも透過して見る事ができるようになりだしたのさ。人だけじゃない。モノだって、建物だって、何もかもがね。

 え?その効果は、まだ続いているのかって?

 ああ、もちろん、続いているよ。

 うん?なんだい、そっちのカメラを持ったお姉さん。そんな、俺の前から逃げないでくれよ。今の俺にも、あんたのヌードが見えてると思ったのかい?

 それは心配しなくてもいいよ。このあたりの事情については、おいおい、話すよ。

 ともあれ、これで俺も透視能力者になった訳さ。しかし、この透視能力ってヤツが、実は皆が考えているほど便利なものではないんだな。

 ちょうどいいぐらいに透視する事が、考えていた以上に難しいんだ。たとえば、あんたたちの裸を見たいと思ったとするだろう?あ、だから、ほんとに、今、透視しようとしている訳じゃないから、気にしないでくれ。裸を見てやろうと思ってもね、俺の希望した形では、うまく透視できないんだよ。

 上着は透視できても、下着は残ってしまったりする。逆に、透視しすぎて、骨だけや筋肉の筋がむき出しの体に見えちゃったりもするんだな。それも、全体的にそうなるんじゃなくて、透視される範囲もチグハグで、上半身は骨まで透視しているのに、下半身は服を着たままだったりする。要するに、全然、この透視能力は実用的じゃなかったんだ。

 もしかすると、訓練すれば、透視の程度も調整できるようになったのかもしれないが、どんなトレーニングをすればいいのかも、よく分からなかった。精神を強く集中させる事で、何も透視しなくするか、あるいは、完全に全てを透視しきってしまう事だけはできたので、結局は、普段は、生活に支障が出ないように、いっさい透視するのを止めておくしかなかった。

 で、ここで、なぜ、あの野郎は、俺の好きな女の子に、特殊な薬を飲ますように細工させたのかが分かったんだな。その特別な薬が染み込んだモノだけは、全く透視する事ができなかったんだ。例の女子高生と会った時に、それがはっきりと分かったよ。

 バイト中のファストフード店に、セーラー服の彼女がやって来た時にね、ここぞとばかりに、彼女に対して、透視能力を使ってみたんだ。ヘンに調整しようとはしないで、気軽に、全部、透視してやるつもりになってね。

 すると、どうだ!

 すごいじゃないか。彼女の服が、ちょうどいい具合に透けていきだしたんだ。最高の見世物だったぜ。

 まずは、彼女のスカートが消えてしまった。続けて、セーラー服もどんどん透けていくんだ。彼女が身につけていた黒い下着が丸見えになった。それでも、まだまだ、透視は進んでいくんだ。セーラー服が全て見えなくなり、下着が部分的に透視されていった。黒のパンストもうまい具合に透視されてしまって、腰まわりのパンストだけが消え去った。ブラジャーは、胸に巻かれた紐のようになって、彼女の大きなおっぱいや乳首もモロ見えさ。まだ高校生だったくせに、彼女ときたら、母親みたいに立派で、でかい乳輪をしていやがったぜ。さらに、パンツだって、ハイレグやTバックに変わっていき、彼女の形のいいお尻や股間の食い込みまで、バッチリ見えてしまったんだ。

 俺だけに見えてるのさ。そんなセミヌードの彼女が、お店の中を、何事もないかのように歩き回っているんだ。普通だったら、絶対に拝む事のできない、まぶしい光景だったぜ。

 おっと、お姉さんたち。そんなに呆れないでくれよ。男なんて、そんなもんなのさ。女の裸を眺める事ができると、ついつい、喜んじゃう生き物なんだ。

 とにかく、俺は、こんな彼女の姿を拝見できただけでも、透視薬の被験者になって良かった、と満足してしまった。これからは、店にバイトに行くたびに、こっそり彼女の裸を見物できるのかと思うと、その事だけがささやかな喜びとなったんだ。

 しかし、そう全てがうまくもいかなかったんだよ。

 ある日、俺が朝起きると、周囲の景色が完全におかしくなっていた。例の、あちこちがチグハグに透視された状態になっていたんだよ。精神を集中させてみても、その状態は変わらない。何もかもを消して、目の前を真っ白にする事だけはかろうじて出来るんだが、全部が正しく見える状態には戻せなかったんだ。

 よく考えたら、人間の目玉なんて、普通に使っていても、ピントが合わなくなって、近眼になったり、老眼になったりするもんなんだよね。透視能力なんか備わっても、やっぱり、いずれはピントを合わせられなくなってしまうものだったんだ。しかも、その悪くなるまでの猶予の時間も、やたらと短かった。

 俺は、完全に、出来損ないの薬の実験台にされちゃった訳さ。あの野郎の方は、こんな結果になる事を、実は最初から分かっていたのかもしれない。

 これには頭にきて、俺も、文句を言うために、あの野郎の研究施設に押しかけてみたんだ。なにせ、景色がまともに見えない訳だから、道を歩くのも一苦労だったぜ。それでも、なんとか、俺は、あの野郎の研究施設にまでたどり着いて、中に押し入ってやったんだ。

 そこで、俺は、あの野郎に、出てくるように、大声で訴えまくったが、あの野郎はいっこうに現れなかった。すでに夜逃げしたみたいに、研究施設の中は静まり返っていた。

 だけど、俺だって、そうとう腹が立っていたから、こうなったら、建物の中の全てを調べまくってやる事にしたんだ。今まで入った事のなかった場所にも踏み込んでやった。

 でも、やっぱり、あの野郎の姿は見つからなかったのさ。それどころか、俺が想像していた、あの野郎の秘密の隠れ部屋みたいなものも発見できなかったんだ。

 しかし、そんな時だった。俺の耳に、バイブレーターの音が聞こえてきたんだ。建物の中は、水を打ったように静かだったからね。そんな小さな音も聞き漏らさなかったんだ。

 そして、俺は仰天したよ。薄暗い建物の中で、俺のほんのすぐ近くの場所で、スマホが宙に浮いていたんだ。さっきのバイブレーターの音の発信源は、このスマホだったのさ。

 同時に、俺は人の気配も感じた。そのスマホは、それだけが宙に浮いていた訳じゃなくて、何者かが持っていたんだ。そこに誰かが居たんだよ。息を潜めて、俺の様子を伺っていたんだ。それこそが、あの野郎だった。あの野郎の正体は、透明人間だったんだ。

 その真相が分かった途端、俺もゾッとしたよ。

 あの野郎は、どこか奥の部屋に隠れていた訳ではない。俺がバイトに行った時は、いつも、俺のそばにいて、俺の様子を観察していたんだ。俺の体の秘密を知っていたのも、透視したからではなく、俺の着替えを覗いていたからなのかもしれないな。

 え?どうして、あの野郎がスマホを持っていたのかって?お姉さんたちもご存知だろうが、あの野郎は日本人じゃないんだ。日本語が喋れなかったもんだから、俺と会話する際は、スマホの通訳アプリを利用していたのさ。なるほど、あの野郎の声は無感情だったはずさ。スマホの機械音声だったんだからね。

 俺がそばにいたにも関わらず、スマホをいじったりしていたのは、あの野郎のとんだ失敗だった。しかも、このタイミングの悪さで、なぜバイブが作動したのか、俺にも、その理由は分からないよ。

 お姉さんたちの方では、そのへんの事を何か調べ上げてはいるのかい。

 え、なになに?あの野郎の本名は、グリフィンって言うのかい。お姉さんたちの国でも、透明人間の姿で、いろいろと悪い事をしていた立派な犯罪者だったのか。それで、一度は捕まったものの、すぐ脱獄して、日本にまで逃げてきていた、って事なのかい。で、お姉さんたちは、あの野郎のその後の足取りを記事にするべく、わざわざ、日本にまで取材に来たって訳か。ほんと、仕事熱心で、偉いお姉さんたちだこと。

 ああ、分かった、分かった。話を戻すよ。

 全ての事実が判明した時、俺はもうおしまいだと思ったね。何しろ、相手は透明人間なんだ。まともに組み合えば、絶対に俺の方が不利だ。証拠隠滅のために、そのまんま、俺は殺されちまうかもしれない、とも思ったよ。

 でも、その時だった。

 いきなり、一人の若者が、この建物に飛び込んで来たんだ。そいつも外国人だったぜ。なかなかの好青年だった。確か、グルとか名乗ってたな。ちょっと変わった名前だったけど、仮の名だったのかな。

 とにかく、そいつが、俺をピンチから救ってくれたんだ。グルは、果敢にも、あの野郎の事を取り押さえてくれたんだ。見事な捕り物劇だったぜ。

 グルとか言う青年は、熱センサーのついたゴーグルをつけていたのさ。いくら姿の見えない透明人間でも、体温は発しているから、熱センサーにはしっかり反応しちゃう訳さ。格闘は、だんぜん、グルの方が上みたいだった。あの野郎は、あっさり取り押さえられちまったのさ。

 そのあと、あの野郎については、グルが連れていっちまった。俺も、グルに手を引いてもらって、近くの交番へと誘導され、そこで保護してもらったんだ。

 グルが一緒に居たのは、そこまでさ。それっきり、グルも姿をくらましちまった。グルが、あの野郎をどこに連行したのかも分からない。警察も、彼らの行方は分からないそうだ。全く、この青年、何者だったんだろうね。国際警察の秘密エージェントとかだったのかな?

 ともあれ、俺は、あの野郎の被害者という事で、警察に保護してもらった。俺は詳しく事情を伝えたが、あまりに不思議な事件だったし、警察も対応に困っていたようだった。そもそも、加害者のあの野郎は、さらに謎の男に連れて行かれたあとで、もう居なかった訳だしね。ただ、研究施設に怪しい証拠はいっぱい残されたままだった。謎の指紋も大量に発見されたし、俺の話だけはかろうじて信じてもらえたのさ。

 こうして、俺は、なんとか、犯罪事件の被害者だとは認めてもらえたものの、目の方は治らなかった。透視薬は、現代医学を超えた技術だったらしく、高名な目医者でも、手の施しようがなかったんだ。

 このままでは通常生活も満足に送れない為、俺は病院のお世話になる事になった。その病院と言うのが、ここさ。それ以来、俺は、ずっと病室に閉じこもりっきりなんだ。何せ、景色がおかしく見えてしまう半透視状態は、全く何も見えないのよりもタチが悪く、危なくて、一人じゃ動き回れないんだ。

 ほんとの事を言うと、今の俺には、お姉さんたちの姿だって、まともには見えてないんだぜ。さっき、あんたたちの事を可愛らしいと言ったのも、想像に基づいたお世辞さ。実際の俺には、あんたたちの事は、ゾンビみたいな皮剥け姿にしか見えていないんだ。外国美人の姿を、ぜひ、この目で拝みたかったよ。

 俺は、このまま、もう一生、まともにモノを見る事はできないんだろうね。全ては、ほんのちょっと、スケベ心を抱いてしまった事への報いなのさ。どうか、この愚かな男の事を笑ってやってくれよ。

 

  ーーーーーーーーーーーーーー

 

 病室のベッドに寝ていた中年の男は、外国からわざわざ日本にまで取材に来た二人の女記者へと、自分の体験の一通りを語り終えたのだった。

 その時、一人の若い看護師が、巡回で、この病室へと入って来た。

 スカートタイプのナース服を着た、きれいな看護師である。

 彼女が来るなり、ベッドの男は、とても嬉しそうな表情になった。そして、男は、検温の最中、ずっと、その看護師の方を、うっとりと眺め続けていたのだった。

 検温が終わって、看護師が出て行くと、ニコニコしている男が、また喋り始めた。

「今のナースを見たかい?この病院に入院してからは、ずっと絶望していた俺だったが、あのナースが俺の担当として配属された時は、ほんとに驚いたね。おっと!この先の話はオフレコで頼むよ」

 男が急に、会話内容のNGを要求してきた。

「まさに、神は俺の全てを見捨てた訳じゃなかったんだ。あのナースこそは、俺が不透視の薬を飲ませた女子高生だったのさ。高校卒業後、看護師の道に進んだらしい。そして、偶然にも、彼女は、再び俺の前に戻ってきてくれたんだ。不透視薬の効果はまだ続いていた。俺は、今でも、彼女のヌードだけは、美しいままで見る事ができるんだよ。こんな病院の中だと言うのにね。たった今も、ずっと、彼女の服を透視させてもらっていた。清楚なナース服は透けていき、俺の前にいる彼女は、下着からおっぱいもお尻もはみ出して、陰毛までうっすらと見えちゃている、淫らな半裸状態だった。今日も、彼女は、美しい裸をしていたよ。これからも、俺は、唯一の歓びとして、彼女のヌードだけは堪能し続ける事ができるのさ」

 そう言って、男は幸せそうな微笑みを浮かべたのであった。

 

 こうして、トライとアンの日本での取材は終わった。

 アンの方は、残った日程で、日本のグルメと観光地めぐりをする事に浮かれていた一方で、トライの方は、すっかり別の事が気にかかっていたのだった。

(『ダ・ガッキ』の編集部に戻ったら、やっぱり、グルに「あんたは一体、何者なのよ」ときつく問い詰めた方が良さそうね)と、トライはあらためて思っていた。

 

      了


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最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

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解説

 トライアングル・シリーズの第1話となる「ガラスの靴大作戦」は、ブックショートへの出品用に執筆したものです。

 もともと、連作ものとして書いた訳ではなかったのですが、単品「ガラスの靴大作戦」の方が、アイディアに合わせてストーリーをまとめてゆくうち、どうもシリーズものの一本っぽいムードになってしまいました。タイトルもよくよく考えた末、「ガラスの靴大作戦」にしたのですが、このタイトルにしても、いかにもシリーズものの1エピソード風です。

 そんな訳で、逆にひらきなおって、トライアングル・シリーズにしてしまった次第です。このシリーズは、昔の外国アニメのノリで書いておりまして、文章も何となく外国の小説を邦訳したような雰囲気を持たせています。

 その後、共幻文庫のコンテスト向けに「苦情の手紙大作戦」「人喰い料理大作戦」などを書いたのですが、そのあとの新作がなかなか決まりません。結果として、ボツネタばかりが増えていく状態です。そもそも、連作が前提のご都合主義な部分が多い為、いざアイディアを練っても、コンテストに受かりそうな秀作になりそうにないのですね。最初からそう分かってしまうと、書く方もやる気が出ない訳です。

 そんなんで、このシリーズは完全に新作作りの方が滞っていますが、いずれ、すごい最新作を披露する日も来るかもしれません。


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最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

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アケチ探偵とニジュウ面相の冒険

目次

 

「お題に生きる男」(共幻文庫短編小説コンテスト2015出品作)

「笑いを盗む男」(共幻文庫短編小説コンテスト2016出品作)

「AIに負けるな」(共幻文庫短編小説コンテスト2016出品作)

「ニジュウ面相の別荘」

「ニジュウ面相は誰だ?」(「ハイスクール全裸」より)

解説

 


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最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

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「笑いを盗む男」

 今、舞台の上では白熱した状態が続いていた。何しろ、私たち全員が待ち望んでいたお笑い日本一を決めるコンテストが行なわれていた最中だったのだ。何百人もの観客に見守られる中、最終ノミネートされたトップクラスの芸人たちが次々に持ちネタを披露していた。コントあり、漫才あり、モノマネありと、芸風もさまざまである。しかも、誰もがテレビで引っ張りだこの有名芸人ばかりなのだ。

 舞台上も観客側も一丸となって盛り上がるのが当たり前だった。そのはずだった。

 しかし、諸君は気付かれたであろうか。確かに、会場は興奮のるつぼに包まれていた。なのに、これまでの経過を振り返ってみると、今まで一度も笑い声は聞こえてなかったのである。つまり、観客の誰一人として笑ってはいなかったのだ。

 もちろん、一流芸人たちが得意のネタを披露していたのだから、つまらなかった訳ではない。かと言って、皆が真剣に見入り過ぎたため、笑いも忘れるほど熱中していたと言う事でもなかろう。

 この奇妙な緊張感に耐えられなくなったのか、七番めの芸人のネタ見せが終わった直後、一人の観客がいきなりドタドタと舞台の上へと上がっていった。

「皆さん、ちょっと待って下さい。このコンテストはいったん中止です!おかしいと思いませんか。なぜ、皆さんはまだ一度も笑っていないのでしょうか」

 舞台に上がった男は、観客の方に体を向け、そう問いかけたのだった。

 その男の顔に見覚えがあった何人かの観客がウッと声を上げかけたようである。

「すみません。お客さまは、舞台に上がるのはご遠慮していただけないでしょうか」

 と言いながら、司会者がその男のそばに走り寄った。

「これは失礼しました。私は探偵のアケチです。アケチコゴロウと言います」

 男が自己紹介した途端、今度は観客全員がオオッと声を上げたのだった。

 確かに、その男の顔は、私たちの誰もが知っているアケチ探偵だったのである。国家を揺るがす凶悪事件の数々を見事に解決していった、あの有名な探偵だ。

 何だか、おかしな事態になってきたようである。しかし、ここはもう少し様子を見ていた方がよさそうだ。

「これは、これは、あの名探偵のアケチ先生でしたか。こんな場所にいらっしゃるとは、一体どうなされたのでしょう?」

 この男が高名な私立探偵だと分かると、急に司会者の態度がコロリと変わったのだった。

「このコンテスト会場で何やら事件が起こりそうな胸騒ぎがしたのです。どうやら、私の勘は当たっていたみたいですね」

「事件ですって!まさか!」

 アケチの話に対して、司会者が大げさに驚いてみせた。

「事件ですよ、明らかに。こんな面白いコンテストが開かれているのに、誰も笑わないではありませんか。これは、笑わないのではなく、恐らく、笑えないのです。皆さん、どうぞ、笑えるかどうか試してみて下さい」

 アケチは、司会者から手渡されたマイクを握りながら、観客へ向けて、そう尋ねてみた。

 そして、このアケチの主張は確かに事実だったのである。

 皆が懸命に笑ってみようと頑張ってみた。顔を歪めてみたり、喉を踏ん張らせたりしたものの、なぜか笑いにならないのだった。まるで笑い方を忘れてしまったみたいにだ。

「分かったでしょう。つまり、この会場から、いつの間にか笑いが奪い去られていたのです。これは前代未聞の大事件です」

 アケチが力強くうそぶいた。

 その断言に、観客も激しくどよめいたのだった。

「笑いが奪われただなんて、信じられません。一体、なぜそんな事が起きたのですか?怪現象ですか?それとも、宇宙人の仕業とか?」

 おののく司会者がアケチに尋ねた。

「いいえ、怪現象でも宇宙人の侵略でもありません。この会場の笑いは盗まれたのです。そんな魔法のような事ができる人間を、皆さんも一人だけご存知のはずです」

「笑いを盗める泥棒だなんて、それって、もしかすると・・・」

「そう、ニジュウ面相です」

 再び、観客席は大きくどよめく事になったのだった。

 アケチ探偵に続いて、あの大怪盗のニジュウ面相の名前まで出てくるとは、ほぼ予想どおりだったとは言え、それでも驚かざるを得なかったのだ。

「し、しかし、いくらニジュウ面相でも笑いを盗む事はさすがに無理でしょう」

 司会者がアケチに噛み付いた。

「いいえ。ニジュウ面相はどんなものでも盗みだせる、魔術師のような怪盗です。たとえ笑いであろうと、きっと盗めるはずでしょう」

「しかし、仮にニジュウ面相の仕業だったとしても、一体、ヤツはどこに?」

「ニジュウ面相は誰にでも化けられる変装の名人です。恐らく、この会場の中に紛れこんで、このコンテストが大騒ぎになっているのを楽しみながら観察しているに違いありません」

「ここにいると言うのですか」

「その通りです」

「き、聞きましたか、皆さん!あなた方の誰かがニジュウ面相なのかもしれないそうです!」

「いや、観客だけが怪しいとは限りませんよ。司会者さん、あなたはさっきから私の推理に懐疑的でしたね。もしかしたら、あなたこそがニジュウ面相なのではありませんか。司会者と言う立ち位置は、笑いを盗むのにも細工がしやすそうですからね」

「と、とんでもない!私はニジュウ面相ではありませんよ!」

 アケチに詰め寄られて、司会者がすっかり困り果てているのを見て、ようやく私も乗り出す気になったのだった。

「全く、これはなんてサプライズなんだい。このお笑いコンテストの優勝は、間違いなく君だよ」

 そう大声で訴えながら、私はゆっくりと舞台に上がったのだった。

「き、君は何者だ!」

 当然ながら、アケチが私に食って掛かってきた。

「おや、知らないはずはないだろう」

 と、私はカツラとサングラスとツケヒゲを外してみせた。

「私こそが、本物のアケチコゴロウなのだから」

 観客席が今までにない大きなどよめきに包まれたのだった。

 何しろ、舞台には今、全く瓜二つの顔をした二人にアケチコゴロウがいるのだ。こんな光景を目の当たりにできるとは誰も想像できなかったに違いあるまい。

「お、お前が本物のアケチだと?証拠はあるのか」

 最初のアケチが、焦って、私に問いかけてきた。

「ボクは大のお笑い好きでね。その事は、ボクのファンの方だったら、皆、分かってるはずだ。このコンテストにも、変装して、お忍びで見に来ていたのさ。まさか、もう一人の自分に会えるとは思ってもいなかったけどね。胸騒ぎがしたから、この会場に居ただなんて、ちょっとボクの事を勉強不足だったんじゃないのかな」

 私は、もう一人のアケチにサラリと言ってやった。

 そのアケチ、つまりニセのアケチは返す言葉がなかったようで、鋭く私を睨んでいた。

「ニジュウ面相くん。お題つき短編小説コンテストが終わってから、おとなしくしていたと思ったのだが、小説コンテストが再開するなり、また悪いクセが出てしまったようだね。今回のお題は、なぜ盗みたかったのかな?」

 私はニセアケチに尋ねた。

「その前に、お前は、なぜオレがニジュウ面相だと決めつける?おかしいじゃないか。オレは自分で自分の犯罪をばらした事になるんだぞ。むしろオレが本物のアケチで、お前がニジュウ面相だと考えた方が自然じゃないのか?」

 ニセアケチが必死の反論を仕掛けてきた。

「いいや、君がニジュウ面相で間違いないのさ。ニジュウ面相は目立ちたがり屋の性癖があってね。せっかく、笑いを盗みだすと言う世紀の大犯罪を成し遂げたと言うのに、このままでは、誰も気が付きそうにない。だから、ボクに化けて、自分から笑いを盗んだ事を皆に知らせたのだろう。いかにも君らしいやり口さ。もっとも、この場所に本物のボクもいた事は大誤算だったみたいだけどね」

 私はあっさり言い返した。

「では、本物のアケチくん。オレがどうやって笑いを盗んだのか、そのトリックも見抜けたんだろうね。そこまで分かっていなければ、オレはまだまだ負けを認めんからな」

 ニセアケチ、いやニジュウ面相は怒鳴った。

「もちろん、謎は解けてるとも!司会者さん、マイクのスイッチを止めて下さい。この会場のスピーカーを全て消してしまうんです」

 私も大声で叫んだ。

 ニジュウ面相の顔には、明らかに悔しげな表情が浮かんでいた。

 私の指図に従って、会場内の音響装置はいっぺんに電源を切られてしまった。会場は静寂にと飲み込まれた。

 しかし、やがて、観客席のあちこちからクスクスと笑い声が漏れだしたのだった。それは、次第にはっきりとした笑い声となって、互いに混ざり合い、大きな爆笑へと変わっていった。これまで押し殺されてきた笑いがいっきに噴き出したのである。

「見たかい。笑いを盗んでいた元凶は、スピーカーに密かに取り付けられていた低周波発生装置だったんだ。この低周波は、人間の脳に無意識に働きかけて、笑いを引き起こす機能をマヒさせてしまう。これは最近、帝都大学の心理学部の論文で発表されたばかりの研究だ。君は、この論文を読むなり、さっそく利用したのだろう。スピーカーに取り付けるとは、さすがはニジュウ面相らしい発想だ。どんなお笑い芸でも、スピーカーを通して聞こえてくる音無しではなりたたないからね。なるほど、全てのお笑いが相殺されちゃったはずさ」

 私は解説してみせたが、よく見ると、会場の大きな笑いに晒されていたニジュウ面相の様子が、何やら、おかしくなっていたのだった。

 彼は、両手で耳をおさえ、震えながら、うろうろしていた。

「やめろ!笑うな!オレを見るな!オレの事を笑うんじゃない!」

 ニジュウ面相は、目もうつろに、そう叫びだしたのだった。

「どうした、ニジュウ面相!」

 と私も声を掛けてみたが、混乱しているニジュウ面相には聞こえていないようだった。

「笑うな!笑うんじゃなーい!」

 そう怒鳴り、うろたえながら、舞台の一番奥まで下がったニジュウ面相は、黒い暗幕の前で立ち止まって、突然パッと姿を消したのだった。

 この不思議な退場の仕方に、観客の笑いは一瞬途絶えて、驚きの声に変わった。

「ニジュウ面相は笑われる事に異常なトラウマを持っていたんだ。それで、このお笑いコンテストを台無しにするような計画を思い付いたのだろうか。もしかすると、この笑われる事へのトラウマが、彼が怪盗になった理由とも結びついていたのかもしれないな」

 私はつぶやいた。

「ア、アケチ先生。ニジュウ面相は、なぜ消えたのでしょう?」

 司会者が私のそばに歩み寄ってきて、そう質問してきた。

「ああ、あれは簡単なブラックマジックです。ヤツの常套手段の一つですよ。黒い暗幕の前で、上手に黒いマントをかぶれば、一瞬に消えたように錯覚してしまうものなんです。ニジュウ面相は暗幕をくぐって、今ごろ、暗幕の裏側から逃げ出してしまった事でしょう」

「追わなくてもいいのですか?」

「これだけ用意周到なヤツの事です。今から追いかけても、もう間に合わないでしょう。今回、ボクの方もたまたまヤツに出会ったものですから、何の準備もしていませんでした。笑いも戻ってきた事ですし、今日のところは見逃してやる事にしませんか」

 観客席からは、私の寛大さを讃えてくれる大きな拍手が沸き起こったのだった。

「全く、このたびはアケチ先生のおかげで本当に助かりました。どうお礼を述べたらいいのやら、最良の言葉が見つからないぐらいです。それにしても、アケチ先生が大のお笑い好きだったとは初耳でした。いかがでしょう、特別ゲストとして、小話でも一つ披露してみませんか」

 ここで、司会者が、不意に素敵な提案をしてくれたのだった。

「でも、この会場は日本一の芸人ばかりが集まった晴れの舞台です。私のようなアマチュアが参加するのは、場違いなのではありませんか」

「いえ。これは皆に笑いを取り戻してくれた、ささやかなお礼です。観客の皆さんも、アケチ先生のとっておきのネタをぜひ聞きたがっていますよ。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「そこまで、言うのでしたら」

 私は、秘蔵の小話を披露してみる事に決めたのだった。

 

「隣の家に塀ができたってね」

「わあ、かっこい〜!」

 

 さて、このあと、はたして観客席に笑いの花が咲いたのかどうか、それは諸君の判断にゆだねる事にしたい。

 

   「笑いを盗む男」・完

 

  初出/共幻文庫短編小説コンテスト2016 第1回 お題「笑い」


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最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

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「知ってる人だけのお話」

 これからお話するのは、私が体験した、たいへん不思議な出来事です。

 私は、インターネット上で電子書籍専門の小さな出版社を経営していました。拠点となるホームページのサーバーも自社内に置いていたのですが、それが突然壊れてしまったのが事件の始まりでした。

 サーバー内のデータを自社内のパソコンで閲覧する事は可能なのですが、なぜかインターネットの回線にはうまく繋がらなくなってしまったのです。

 電子書籍メインで活動していたのですから、ネットと接続できないのでは話になりません。折しも、自社オリジナルの一般参加型コンテストとして、ブックカバーデザインコンクールの募集を始めたばかりの時でした。

 自分たちの力だけではどうしようもありませんので、我が社のパソコン関連の構築を全て任せていたグル・インターネット・サービスに、サーバーの故障を直してもらう事にしました。

 と言う事で、グルの技術者がさっそく我が社の事務所にまで来てくれて、サーバーの入ったコンピューターの点検をしてくれたのですが、どうも、専門家が調べてみても、原因がよく分からなかったようです。

 さいわい、自社内ではまだサーバー内のデータを操作できる訳ですし、いっそデータを全て取り出して、新しいコンピューターでサーバーを再構築してみたらどうかと、グルの技術者は提案してきました。

 私も、サーバーの早い復旧を望んでいましたし、そのグルの提案をすんなり受け入れようとした時です。そばで働いていた編集者の一人の虎井さんがいきなり悲鳴のような声をあげました。

 何事かと思って、彼女の元へ寄ってみると、使用中だった自分のパソコンに勝手に文章が打ち込まれだしたと言うのです。

『さーばーヲ変エテモ無駄デス。私ハ、新シイさーばーニ、マタ取リ憑キマス。』

 虎井さんのパソコンの画面には、そんな文章が現れていました。

 真面目な彼女が、悪ふざけをしたとは思えません。それとも、サーバーの異常が、他のパソコンにも伝染し始めたのでしょうか。

 私は理由が分からなくて、こんな意味不明なメッセージなぞ無視してしまおうとしたのですが、グルの技術者がなかなかの勘のいい人物でした。

 彼は、パソコンに返事を打ち込む事で、その謎のメッセージと会話してみる事を思いついたのです。

『あなたは何者ですか?』

 と、グルの技術者は虎井さんのパソコンに書き込みました。

 すると、律儀にも、謎のメッセージの主は相手をしてくれだしたのです。もちろん、パソコン内に勝手に文章を打ち込むと言う形でですが。

『私ハ、コノ世ノモノデハアリマセン。アナタ方ガ、幽霊ト呼ンデイル存在デス。』

『その幽霊が、なぜパソコンのサーバーなんかに取り憑いたのですか?』

『ゴメンナサイ。ドウシテモ、娘ヲ優勝サセタカッタノデス。』

 この幽霊なるものの話の中身は、最初はよく理解できませんでした。しかし、文字入力の会話を続けていくうちに、次第に言いたい事が掴めてきたのです。

 この幽霊の娘さんと言う方は、デザイナーを目指していたのだそうです。そして、我が社が主催していたブックカバーコンクールにも真っ先に作品を応募していたようなのですが、その直後に、この幽霊は我が社のサーバーに取り憑き、インターネットの接続を妨害しだしたみたいなのでした。なぜ、この幽霊がそんな事をしたかと言うと、ライバルのデザイナーたちをコンテストに参加させない為です。コンテスト応募者が娘一人なら確実に入選するとでも思ったのかもしれませんが、なんとも安直な発想です。

 私は、以上の事情が飲み込めてきましたので、疑いつつも、さっそく、今までのブックカバーコンクールの応募者を調べてみる事にしました。サーバーがおかしくなる前に作品を送ってくれた一般参加者は、ベルと言うニックネームの人物が一人いるだけと言う事が分かりました。この人がどうやら、その謎の幽霊の娘さんなのかもしれません。

 グルの技術者は、最後に、サーバー内の幽霊に名前を聞いてみました。

『私ノ名前ハ、尾場家サカ。』

 と、幽霊は答えました。

 私の方も、すぐにベルと言う人物と連絡を取ってみる事にしたのでした。

 そのベルという人の本名は、尾場家すずです。まさに、どんぴしゃりなのであります。私は、その人をさっそく我が社へ呼び招いてみました。さいわい、その人も都内に住んでいて、我が社のすぐそばに居たのです。

 来たのは、20代の若いお嬢さんでした。彼女が、どうやらサーバーに取り憑いた幽霊の娘さんだったみたいです。

 私たちは、彼女に、これまでのいきさつを詳しく説明してみました。でも、彼女は終始怪訝そうな顔をしています。そりゃあ、こんな話をいきなり聞かされても、すぐには信じられませんよね。

 だから、私は、すずさんに、サーバーの幽霊と直接、話をさせてみたのであります。親子の全く奇妙なご対面です。

 すると、パソコンが返してくる文章にはすずさんにしか分からないような話も多数含まれていたようで、間もなく彼女は全ての事を納得し、動揺しながらも受け入れてくれたのでした。

 彼女の母、尾場家さかさんは、半年前に病気で亡くなったばかりでした。生前から娘の夢を応援し続けていた母は、死んでからも、こんな形で娘に力添えしようとしたのです。

 なんて不思議で、愛情あふれる話なのでしょう。

 しかし、ライバルの参加を妨害して、入選させようと言うのは、やはり正しい優勝方法ではありません。そのへんを、すずさんは母へとしっかり伝えてくれたようです。

 こうして、サーバーを乗っ取ったおかしな幽霊は、ようやく我が社のパソコンから離れてくれる事を承知したみたいのでした。私の方も一安心したのであります。

 一見、これで全ては丸くおさまったようにも見えます。だけど、サーバーから出て行ったら、すずさんのお母さんはまた消滅してしまうのでしょうか。せっかく、死に別れた親子の幸せな再会が叶ったと言うのに、それではあんまりな感じもします。

 そんな時、編集者の一人である安藤さんが、パソコンから離れたら今度はこれに憑依してみたらどうかと、自分の持っていたルシーを太っ腹で差し出してくれたのでした。

 ルシーとは、最近流行のロボット人形です。オモチャながらも、最先端のAIも組み込まれていますので、自分で喋ったりもできます。パソコンに取り憑く幽霊にとっては、なんとも丁度いい憑依物だったのではないのでしょうか。

 かくて、我が社のサーバーに巣食っていた幽霊は、了解して、人形のルシーの中へと移動したのであります。

 皆が息をのんで見守る中、ルシーがこう喋りました。

「すず。私よ。さかよ」

 その時のすずさんの驚きと嬉しそうな表情は、私は今でも忘れる事ができません。

 彼女は本当に幸せ者だったと言えるでしょう。亡くなった母親と、ルシー人形を通して、これからは一緒に暮らしてゆく事ができるのですから。

 礼を言って、すずさんは、うちの事務所から出て行きました。

 我が社のサーバーも完全に復活しましたし、全てはめでたしめでたしなのです。

 そして、これまでの不思議な出来事を語り合いながら、あらためて、すずさんがコンテストに出品してくれたデザインに目を通し、私と虎井さん、安藤さんらで、入選の事を真剣に検討してみようかと相談しあっていた時です。

 外から、すずさんの悲鳴が聞こえてきました。

 私たちはびっくりして、事務所の外へ出てみましたが、すずさんは事務所から百メートルも離れていないような場所で、震えて、うずくまっていました。

 私たちは、急いで彼女を事務所の方へと連れ戻しました。

 泣きしおれている彼女に話を聞いてみますと、いきなり一人の強盗が襲いかかってきて、あのルシー人形、すなわち彼女の母親が取り憑いていた貴重なルシーを盗んでいってしまったと言います。

 なんて事なのでしょう!よりによって、あのルシーを奪ってしまう泥棒が現れるだなんて。

 その矢先でした。ブザーを鳴らして、一人の男がうちの事務所へとやって来ました。ハイカラなスーツを着た、シャレた紳士です。

「しまった、タッチの差で間に合わなかったみたいですね。しかし、安心して下さい。あのルシーは私が必ず取り戻してみせますから」

 と、その紳士は力強く言いました。

 いきなり現れて、一体、この男は何者なのでしょう?私は、この男に素性を尋ねてみました。

「私ですか。私はこれまでずっと、あの怪盗を追いかけていたのです。残念ながら、今回も奴の犯行を許してしまいましたが。私はアケチです、私立探偵のアケチコゴロウと言います。そして、あなたのルシーを盗んでいった者はニジュウ面相です」

 

      了

 

 

  初出/共幻文庫短編小説コンテスト2016 第4回 お題「幽霊」


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最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

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「AIに負けるな」

 やあ、どうも。私はアケチです。私立探偵のアケチコゴロウと言います。

 私が、これまで長きに渡って、一人の怪盗を追いかけ続けていた事は、あなたもご存知なのではないかと思います。その怪盗、世間ではニジュウ面相の通り名で知られていますが、これから彼の事をお話したいと思います。

 彼が、今年になって、はじめて盗みに現れた場所は、あるお笑いコンテストの最終審査会場でした。そこには沢山の観客も集まっていたのですが、事もあろうか、ニジュウ面相のヤツは、そこで、観客も含めた会場内の人間全ての笑いを奪ってしまったのです。

 笑いを盗むなんて信じられないかもしれませんが、そんな不思議な事まで出来てしまうところが、ニジュウ面相の恐ろしさです。

 さいわい、そのコンテスト会場には、私もお忍びで見に行っていたので、すぐにニジュウ面相を見つけ出し、笑いも取り戻したのですが、本当に大変な事態に発展するところでした。

 この時、捕まえ損ねたニジュウ面相が次に狙った獲物が、お化け坂の電柱に貼られていた恨みの短冊です。

 お化け坂に立っている電柱には、ある都市伝説がありまして、この電柱に恨み言を書いた紙(短冊)を貼り付けて、一定の条件をクリアできますと、その恨みの願い事が実現すると言うのです。まぁ、実際に成功した恨みの紙は過去には一つもなかった訳ですが、このたび、一枚の紙が条件達成で願いが叶う事になっていました。

 ところが、ニジュウ面相のヤツは、その貴重な成功する恨みの紙を電柱から剥がして、盗み去ってしまったのです。間もなく、願いの執行人がやって来て、その紙をチェックするところだったと言うのにです。これには私も焦りました。

 ニジュウ面相を探し出すにはもう時間もありませんし、そこで、私は、急いで、その成功する恨みの紙と同じ文面を書いた紙を電柱に貼り付けておいたのでした。

 のちに、その恨みの紙は無事に聞き入れられ、恨まれた対象はヒドい復讐を受けたようなので、なんとか、問題なく済んだみたいです。

 それにしても、ニジュウ面相は本当にとんでもない事をしてくれるものですよね。

 次にヤツは未来へと飛びました。なんと、ロボットたちが地球を支配している超未来ヘ行き、そこで盗みを働いたのです。

 彼が盗もうとしたのは、ロボットが人間の為に作った簡単な野菜炒めでした。超未来では、すでに野菜炒めのような料理は存在していませんでしたので、久々に作られた野菜炒めは確かに貴重なトレジャー(お宝)とも言えたのかもしれませんが、それにしても、ニジュウ面相は、毎回毎回、おかしなものばかりを盗みたがるものです。

 そして、結論だけ話してしまうと、この時もニジュウ面相は盗みに成功しました。ロボットが作った野菜炒めを、自分が作った野菜炒めとこっそりすり替えてしまったのです。私も未来にまでは彼を追い掛けられませんでしたので、この犯行は阻止できませんでした。

 しかし、味覚のないロボットが大昔のレシピを見ながら作った野菜炒めなんて食えたもんだか分かりませんでしたし、この件に関しては、ニジュウ面相に料理を取り替えてもらって、逆に良かったのかもしれませんね。

 最近、彼が出没した場所は、ある電子書籍の出版社のすぐそばでした。そこで、幽霊が取り憑いていたルシー人形をかっぱらっていったのです。この事件につきましては、あなたも記憶に新しいのではないのでしょうか。私も犯行現場に着くのがタッチの差で遅れて、無念にも事前に阻止する事ができませんでした。

 だからこそ、ヤツの今度の凶行こそ、犯行前に食い止めたいと考えているのであります。

 ヤツが次に盗もうと考えているものが何なのかも分かっています。それは「成長」に結びついたものです。

 よって、私もそれを手掛かりに、彼の足取りを追っていました。そして、ついには、ヤツにあと一歩のところにまでたどり着いたのです!

 ところが、そこで、ニジュウ面相のヤツは、意外な方法で逃げ出してしまったのでした。

 ヤツが、その名の通り、さまざまな人間に変装できる事はあなたも聞かれているはずかと思います。しかし、どんなに上手に他人に化けても、心はニジュウ面相のままなのですから、その行動や会話のやり取りから自ずとボロが出て、正体が分かってしまうものです。

 そこで、ヤツがとった逃げの最終手段とは、自己催眠をかけて、心そのものまで他人になり切ってしまうと言うものだったのです。

 これには、私も苦戦させられました。

 私は、長い付き合いから、ニジュウ面相の性癖や特徴はよく分かっているつもりです。ヤツがどんなに巧みに別人のふりをしていても、簡単な尋問をすれば、すぐに見破ってしまう自信はあったのです。

 しかし、心の奥まで他人になってしまったニジュウ面相では、本当に探し出しようがありません。それでも、懸命な追跡の結果、ついに私は、ニジュウ面相を見つけ出したのであります。ヤツは、まさに予期せぬ場所に隠れていました。

 ここまで言えば、あなたも、うすうすと気付かれたのではないのでしょうか。

 ニジュウ面相が化けている人物とは、この文章を読んでいる、そこのあなたです。あなたこそ、正体はニジュウ面相なのです。

 あなたには、これまで暮らしてきた人生の記憶がしっかりと思い出せますので、すぐには信じられないかもしれません。しかし、それすらも、ニジュウ面相が用意した疑似記憶なのであり、あなたの今の生活環境も偽りの作られたものだったのであります。

 どうか、私の言葉を信じて下さい。そして、今のうちに、おとなしく自首して、捕まって下さい。

 やがて、時期が来ると、あなたはニジュウ面相の記憶を取り戻し、当初の予定どおりの犯行に及ぶ事でしょう。私は、そうなる前に、どうにかして、あなたを捕えて、罪の道から救いたいのです。

 アケチよりの切なる願いなのであります。

 

  ーーーーーーーーーーーーーー

 

 以上は、オレがAI(人工知能)に書かせた小説の最新作である。

 オレ自身も趣味で小説を書いたりはしているのだが、今は、自分で書く以上に、AIに小説を書かせてみる遊びにはまっているのだ。

 AIに簡単なテーマを与えてみると、それに沿った内容の短い小説をAIは本当に執筆してくれる。

 最初に与えたテーマ(ジャンル)はユーモア小説だ。すると、AIは「笑いを盗む男」なんて奇妙な小説を書き上げた。次にホラーを書かせると「恨みの短冊」を、SFだと「ルシーの晩餐」、人情ものを要求してみると「知ってる人だけのお話」を書いてよこした。

 これらのAIに書かせた小説はいずれも某小説コンテストに出品してみた次第だが、今回の新作も同じコンテストに送ってみたばかりである。

 このたび、どんなテーマを与えたら、AIはこんな小説を書いたのかと言うと、ジャンルではなく「成長する小説を書いてごらん」と命じてみたのだ。続編でもなければ、オマージュでもない。はたして「小説の成長」をAIはどのように解釈するのだろうかと思ったら、このような内容に処理してみせた訳である。自分の書いた過去作品を取り込んで、その上に包み込むような形のストーリーにするとは、確かに小説そのものが大きく成長した、とも受け取れるものなのかもしれない。

 最近は、チェスや将棋に続いて、囲碁の腕前もAIの方が人間の名人より上回るようになったばかりだ。名画を模写したり、オリジナルの音楽を作ると言った創作の分野でも、AIの能力の進歩には目覚ましいものがある。この調子だと、小説だって、AIの方が人間よりも面白いものを書く時代が来てしまうかもしれないな、と、AI内臓のコンピューターを見ながら、オレは思った。全く、うかうかしていられないのである。

 その時、オレの後頭部に激しい痛みが走った。誰かがオレの頭を鈍器のようなもので殴ったみたいだ。

「これが、成長する小説を書いたAIか。確かに、これはオレがいただいたぜ」

 薄れゆく意識の中で、オレは、そんな野太い男の声を耳にした。

 

      了

 

 

  初出/共幻文庫短編小説コンテスト2016 第5回 お題「成長」


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最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

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「ニジュウ面相の別荘」

「まずは、屋敷の中に入る前に、この玄関をご覧なさい。この玄関マットは、25キロ以上の重さが加わると、自動的に監視カメラを作動させる仕組みになっている。肝心の監視カメラは、玄関灯の内部に潜ませているから、訪問者は自分が写されているとは、つゆとも気付かないと言う寸法だ」棟梁が得意げに説明してみせた。

 オレは、今、建てたばかりの郊外の新居を見に来ていた。これまで持っていたオレの家は、ことごとく国に没収されている。今度こそは、長く使える我が家を手に入れようと思って、日本でも一二の腕前と言われる大工の棟梁を雇って、この新しい屋敷を建ててもらったのだ。

 そして、このたび、屋敷もついに完成したと言うので、その棟梁と二人でやって来て、屋敷の構造を詳しく説明してもらっている最中なのである。

「なるほど。しかし、カメラだと見張るだけで、侵入者を直接捕えたり、翻弄したりはできないね。オレはそういう、もっと積極的な警護システムを望んでいるんだ」オレは言った。

「まあ、焦りなさるな。この屋敷のカラクリの本領は内装にこそある。さあ、案内するから、わしについてきたまえ」余裕でそう答えた棟梁は、玄関のドアを開いた。

 そして、棟梁に続いて、オレも屋敷の中へ入ると、バタンとドアを閉めた。

「まず、この入り口のドアだが、実は、この取っ手は、決まった手順でひねると簡単に外れてしまう仕組みになっている。屋敷への侵入者の知らせを受けた場合、運悪く玄関のドアの鍵をその時持ってなくても、この取っ手を外して、持ち去ってしまえばいい。取っ手がなければ、鍵がかかってなくても、侵入者はドアを開けられなくて、立ち往生するだろう?」

「ほう、面白い仕掛けだね。しかし、ドアが駄目なら、侵入者は窓から逃げ出すんじゃないのかな」

「そちらの方も心配ご無用。廊下のあちこちに、ボタンが設置してある。それを押せば、一階にある全ての窓に鉄格子が下りてくる仕組みだ。これで完全に袋のネズミだ」

 そして、棟梁がそばにあった壁の小さなボタンを押すと、確かに話した通りになったのだった。

 しかし、オレは鉄格子はあまり好きではなかった。いまいち景観を損ねるし、何よりも国のあの施設を思い出させるからだ。

「逃げ場を失った侵入者が廊下でウロウロしているようなら、さらにこっちのものだ。廊下には最大の罠である粘着液が用意してある。赤いボタンを押せば窓に鉄格子が下りたが、青いボタンを押せば、廊下の天井から粘着液が床へと降り注いで、足がべったり床にくっついてしまう。これで何人だろうと、この屋敷からは逃げられないはずだ」

 棟梁は、なかなか大掛かりな仕掛けも作ってくれたようである。これならば、中村の手下が大挙して、この屋敷に乗り込んできたとしても、一網打尽にできそうだ。オレの最大のライバルにも通用するかどうかが、まだ不安なのだが。

「確かに素晴しい侵入者殺しの罠だが、オレやオレの使用人も廊下を歩けなくなってしまうのではないかね」オレは棟梁に尋ねてみた。

「この粘着液向けの特製の靴を準備してある。粘着液を廊下に流したあとは、自分たちはこの靴を履けばいい。この靴は、底の部分が何十枚もの紙が貼り合わさって出来ていて、一歩進むごとに、一枚ずつ紙がはがれて、粘着液の上でも歩ける仕組みになっている」

「少しスマートじゃないね。たとえば、粘着液がくっつかない油を靴底に塗るとか、もっと他のやり方はなかったのかな」

「申し訳ない。この粘着液はかなり強力でね、現時点では十分に対応しきれる良い油が見つからなかったのだ。もう少し研究を重ねてみるから、今はこれで我慢してもらえないだろうか」棟梁が謝った。

 そういう事なら仕方があるまい。オレだって、すぐにでも、この屋敷を使い始めたいのだ。

「侵入者対策の仕掛けは大体分かった。次は、この屋敷から脱出する為のカラクリだ。逃走方法は十分に揃っているのかね」

「もちろんだ。しかし、その前に、一階のあちこちの部屋に設置しておいた仕掛けも見てもらえないだろうか」

 こうして、オレたちはまず応接間へと向かった。

 応接間の壁の一角には、高さ150センチぐらいの位置に、30センチ四方の四角い穴が空いていて、その向こう側にも部屋が一つあるのが見えていた。これは、オレから棟梁に頼んで作ってもらった隠し部屋なのだ。この隠し部屋には、この応接間からではなく、別のルートから中に入れる構造になっていた。

「応接間をこっそり見張る為の隠し部屋を作ってほしいという要望でしたな。この覗き穴の部分には、普通でしたらマジックミラーをはめておくところなのだが、それじゃ平凡すぎるので、旦那は肖像画を掛けておくとおっしゃっていた」

「そうだ。肖像画の目の部分だけを覗き穴にしておくのだ」

「しかし、わしが思うには、それもバレやすい気がする。そこで、わしはこんなものを用意してみたのだが」

 そう言って、棟梁は部屋の片隅に置いてあった額入り絵画を持ってきたのだった。それは、大自然の中の小さな山小屋を描いた風景画だった。山小屋そのものは下の方にちょこんとあるだけで、絵の大部分は大きく広がる星空で占められていた。

「実は、この星、全て穴なのだ。これを、あの覗き穴のところに掛けてごらん。隠し部屋の方に明りがついていれば、パーッと星空になるし、電気を消せば、闇夜の空に早変わりだ。この方がずっとシャレているだろう?」

「いや、それはだね」と、オレは口ごもった。「確かに面白いトリックだが、オレは好かないな。オレの趣味としては、やはり肖像画の方がいい」

「そうか。残念だな」

 棟梁はあからさまに不服そうだった。しかし、ここはオレが発注した家なのだ。オレは、肖像画の目が実は見張りの目だったというトリックで、訪問者をあっと驚かせたいのである。

 続いて、オレたちは調理場へやって来た。オレとしては沢山の使用人を雇うつもりだったから、かなり大きな調理場だ。レストランにありそうな巨大な冷凍室も併設されていた。今度は、この冷凍室の中を覗きにきたのである。

「この冷凍室には、ダミーの食材がいくつか置いてある。この牛のあばら肉と大マグロ一尾がそうだ。この二つは完全な作り物だが、言われなきゃ、誰も見抜けないだろう。そして、この二つの表面には、見えにくい位置にジッパーが付いていて、内部に物をしまう事ができるんだ。当然、耐冷製の素材で出来ているから、この冷凍室が使用中でも、中にしまっておいたものには何の影響もない。こんなところに物が隠してあるなんて、どんな泥棒の天才でも気が付く事はないだろう。まさに、最高の貴重品の隠し場所だ」

 棟梁は得意げに説明していたが、実際は、このオレこそが泥棒なのだ。冷凍室のこの秘密の貴重品袋には、盗んだ宝石や財宝などを隠しておくつもりだったのである。けっこう収納スペースは広そうなので、時には、誘拐した子どもだって隠しておけるかもしれない。

 そして、オレたちは書斎へとやって来た。ここがいちおう、オレの表向きの司令室となる。仕掛けの方も万全なものを用意しておいてもらわなくてはいけない。

「注文どおり、落とし穴は作っておいてくれたんだろうね?」オレはさっそく棟梁に尋ねた。

「心配なさるな。全ては旦那の指示どおりに作ってある。この旦那が座る執務用の机にはボタンがあって、赤のボタンを押せば、この部屋の入り口近くの落とし穴の蓋が開く。引っかかった人間は3メートルほど下まで落ちるから、落ちたら最後、自力で抜け出す事はまず不可能だ。オプションで、穴の中に水が流れ込む仕掛けも設置しておいた。いくら侵入者対策の為とは言え、あまり使ってほしくない罠だがね」

「君の感想はいらん。それで、もう一つの落とし穴の方は?」

「言われた通り、机のそばに作ってあるよ。こちらの蓋を開くのは青のボタンだ。しかし、侵入者殺しの落とし穴じゃない。旦那が緊急で逃げる為の落とし穴だ。よって、穴は垂直ではなく、ゆるやかな坂を滑り降りれるようになっているし、穴の底も行き止まりではない」

「どこへつながってるんだ?」

「すぐ外の庭だ。出口はゴミ入れの箱でカムフラージュしているから、まず気付かれないだろう」

「おお、見事な細工じゃないか。さすがは日本一の建築家だ。君にこの仕事を任せて、本当に良かったよ」

「ですがね」と、棟梁は顔を曇らせた。「旦那が机のそばに居ないと、この抜け穴は使えませんぜ」

「確かにそうだが」

「そこで、もう一つ、抜け道を用意してみたんだ」

 そう言って、棟梁は壁の一角にある大きな本棚の方に向かったのだった。

「その本棚がクルリと回る隠し扉だとでも言うのかね」オレは聞いた。

「いいや。そんな大掛かりな仕掛けだとすぐに見抜かれちまう」

 そして、棟梁は、本棚の最下段にある大判の百科事典全集の背表紙だけをペラリとめくってみせたのだった。その百科事典全集は、もとから背表紙しかないダミーで、その奥にあるべき本棚の背板もはめられておらず、さらに壁の向こうにつながる抜け穴になっていたのである。

「この方が気付かれにくいでしょう?旦那の体でも、ちょうど通れるぐらいのスペースだ。ここをくぐり抜けると、向こう側は隠し通路になっている。その先には梯子があって、素早く二階に昇れる仕組みだ。二階からの脱出ルートへ一直線って筋書きでして」

 オレは思わず笑みがこぼれた。この棟梁、なかなかオレの趣味が分かっているではないか。全く、この男に仕事を頼んで、正解だったと言うものだ。

「よし!それならば、その抜け道を使って、さっそく二階へ向かおうじゃないか!」オレは大声を張り上げた。

 そして、オレと棟梁は、隠し通路を使って、二階へ進んだのだった。隠し通路の梯子の先は、オレの寝室につながっていた。

 この寝室こそ、二階での逃走手段の要でもあるのだ。

 棟梁は、オレの為に設置してくれた、天蓋つきの豪華なベッドに手を当てた。

「見た目は普通のベッドだが、これも旦那の注文どおりの品物だ。この部屋のすぐ上は天井裏で、すでに準備が整った気球が隠されている。その気球とこのベッドが巧みに結びついていて、ベッドにあるレバーを引っ張れば、屋根や周辺の壁などがパアッと外れてしまう仕組みだ。次の瞬間、気球は浮かび上がり、このベッドが気球の下の籠に早変わりするって手はずだ。全く、旦那は次から次へとファンタスティックなアイディアがひらめくようで、不思議なお方だよ」

 棟梁は褒めてくれたが、実際のところは、オレはこの逃走手段を使う事には躊躇していた。過去に何度か気球による逃走は試みてみたものの、大体は失敗していたからだ。むしろ、この気球はオトリに使って、別のルートから逃げ出せないかと考えていた。本当はヘリコプターが欲しかったのだ。その為に、屋根の一角にはヘリコプターの発着場所も作らせていたのだが、あいにく、ヘリコプターそのものの購入が手間取っているところだった。

「まあ、屋敷の説明は、大体こんなもんだろうかね」棟梁は言った。

「いや、ありがとう。この屋敷、大いに気に入ったよ。別荘として、存分に使わせてもらうつもりだ。本当に感謝する。しかし、君もよくこれだけ面白い仕掛けが思いついたものだね」

「わしの先祖は、もともと戦国時代に忍者屋敷を専門に作っておったのだ。わしにも、その血が流れておる。ただ、それだけの話だ」

「なるほど。しかし、君自身も素晴しい芸術家だと思うよ。この屋敷はまさに最高傑作だ」

「お褒めにあずかり、光栄だよ。そこまで讃えてくれるのならば、旦那にだけは、教えてあげる事にするかな」

「何をだね?」

「実は、この屋敷にはもう一つ、カラクリを仕掛けておいたのだ。わしの先祖伝来の最強の脱出システムをね」

「そんなものが、ここに?」

「そうだ。もし、今まで見せてきたカラクリが全て敵に破られた場合は、一か八かで使ってみるがいい。なあに、ちっとも難しい仕掛けなどではない。ほれ、ちょんちょんぱ!これだけだ」

 そう、棟梁がちょんちょんぱ!と屋敷のある部分をいじくっただけで、その仕掛けはいきなり発動したのだ。

「おお!ちょんちょんぱ!それだけで、こんな事に?こりゃあ、絶対に逃げ出す事ができるな」

 オレは、その仕掛けを見て、あまりにうまく出来ているものだから、つい大笑いしたのだった。

「遠藤平吉の旦那。この先、この屋敷で何をしようと企んでいるのかは、わしの知るところではない。しかし、この屋敷はわしが全身全霊を傾けて作った大事な息子の一つだ。決して宝の持ち腐れにならぬように有効に使ってくれたまえよ」

 それが棟梁がオレに投げかけた、最後の言葉だった。オレも、棟梁の期待に十分応えるつもりだった。

 こうして、オレの郊外の別荘、いや、新しい秘密のアジトは完成したのである。刑務所を脱獄してから、かれこれ一年が経つ。そろそろ、オレが大事件を起こす事を、世間も期待し始めている頃だろう。

 かくて、オレ、怪盗ニジュウ面相は新たなるアジトを拠点に、世を騒がすべく、犯罪活動を再開したのである。

 

 しかし、予想以上に、宿敵アケチ探偵の出動も早かった。度重なる攻防戦の末、じょじょに追い詰められていったオレは、例のカラクリ屋敷のアジトへと撤退した。今回のアジト内のカラクリのオンパレードには、さすがのアケチもかなり苦戦していたようにも見えたのだが、さすがは巨人と呼ばれるほどの名探偵である。ついには、全ての罠を突破され、オレも八方ふさがりにまで追い込まれてしまったのだった。

 そして、とうとうオレはアケチ探偵に捕まってしまったのである。かくなる上は、棟梁に伝授されたちょんちょんぱ!の仕掛けを使ってやろうとした、その直前にであった。

「いやあ、ニジュウ面相くん、今回はまた凄いお化け屋敷を作ってくれたものだね。さすがの私も、あと少しでこの屋敷の罠に屈服するところだったよ。しかし、悪の栄えたためしはない。今回も君の負けだ。君のこのアジトは、国に没収させる事にするよ。これほど面白い仕掛けが沢山揃ったカラクリ屋敷だ。一般市民に開放して、見学料でもとってみたら、さぞ政府の良い財源になる事だろうよ。そうそう、君自身にも新しい別荘を用意してやっているからね。こないだ完成したばかりの最新警備システムの整った刑務所だ。これには、さすがの脱出の名人の君でも脱獄は不可能だろう。今度こそ、今までの罪の全てを暗いブタ箱の中でじっくりと反省してくれたまえ」

 オレを捕まえたあとの名探偵は、そう楽しげにオレヘと話しかけてきたのだった。全く、憎々しい奴だ。

 オレの身柄は、アケチ探偵より警視庁の中村警部へと引き渡され、希代の大怪盗であるオレは再び刑務所に逆戻りしたのだった。

 今度オレが入所させられた刑務所は、確かに今まで見た事がないほどの厳重さだった。なによりも、建物の警備システム自体が飛び抜けて優秀なのだ。さて、この強敵をどうやって破ってやろうとオレが思案していた時である。

 何者かがオレに面会を求めてきた。会ってみると、それが何と、あの大工の棟梁なのであった。

「旦那、お久しぶりで。旦那が何らかの犯罪関係者じゃないかと言うのは、わしもうっすらと気付いてはおったよ。しかし、まさか、あの世紀の大怪盗のニジュウ面相だったとはね」

 オレと面会した棟梁は、笑いながら、そう話しかけてきた。

「何をしに、ここに訪ねてきたんだい?」オレは棟梁に聞き返した。

「いや、実を言うと、この刑務所を設計したのも、わしなんだ。本当に旦那は運がいいよ。わしの作った家から家へと移り住めたんだからね」

「捕まったオレのマヌケぶりを笑いにきたのかい?嫌なジジイだ。確かに、君の作った建物だけあって、オレも今回ばかしは脱獄にかなり手こずってはいるがね」

「いやいや、旦那はラッキーなんだよ。ほら、例のアレ、覚えているかい?」

「例のアレって、もしかして?」

「そう、もしかして」

「ちょんちょんぱ!」

 同時に言って、オレと棟梁は思わず一緒に大笑いしたのだった。

 この棟梁は、自分の作った建物にはことごとく内緒で、ちょんちょんぱ!を仕掛けていたのである。この刑務所もまた、例外ではなかった。

 全く、自分のアジトでは、このちょんちょんぱ!を使い損ねていて良かったと言うものだ。この仕掛けだけは、さすがのアケチもまだ知らなかったのだから。

 こうして、翌日、オレはちょんちょんぱ!を使うと、あっさり脱獄を成功させ、この難攻不落の最新刑務所をまんまと後にしたのだった。

 

      了


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最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

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「ニジュウ面相は誰だ?」

 ある女子校の中に、怪人ニジュウ面相が逃げ込んだ。ニジュウ面相を捕まえる為に追いかけていたアケチ探偵も、警官隊を引き連れて、その女子校にやって来た。

 学校は、まだ昼のさなかで、授業中だった。アケチ探偵は、まずは、職員室に学校の教員や事務員を全員集めると、彼らの尋問を行なったのである。

「ニジュウ面相は変相の名人です。彼のプライドから考えても、誰かに化けるような逃げ方はしても、建物のどこかに隠れるような真似はしないでしょう」アケチ探偵は言った。

 そして、学校の職員たちの中には、ニジュウ面相が化けたと思われる人間は見つからなかったのである。

 次に、400人近い女生徒たちが、一堂に、体育館へと集められた。

「ニジュウ面相は、魔法使いのような変相の名人です。女の子にだって化ける事は不可能じゃないでしょう」アケチ探偵は説明した。

 しかし、400人もいる女生徒たちは、さすがに一人ずつ、尋問で調べる訳にもいかないのだ。

「生徒の皆さん。全員、服を脱いでください。裸になるのです。いくらニジュウ面相が変相の名人だとは言っても、性別まで変える事はできないでしょう。彼は男だから、オチンチンがあるはずです。あるいは、作り物の女性器を股間につけて、ごまかしているかもしれませんので、よく観察すれば、すぐに分かるはずです」アケチ探偵は、得意げに告げたのだった。

 もちろん、女生徒たちは、反感を抱いて、どよめいたのだが、相手は、警察を後ろ盾にした名探偵だから、逆らう事もできないのだ。

 たちまち、体育館の中は、裸の女生徒で溢れかえったのである。その光景は圧巻であった。

 こうして、恥ずかしすぎる状況下で、生徒の中からのニジュウ面相探しが始まったのだが、なかなか、疑わしい女子は見つからなかった。

 そんな矢先、校庭の方から、用務員の大声が聞こえてきた。

「うひゃああ。ぶったまげたぁ!何者かが、校長の銅像に化けておったぞ!皆、来てくれー!早く捕まえないと、逃げられちまうぞぉ!」

 そこで、アケチ探偵も、ニジュウ面相が何にでも化けられる事を思い出したのである。

 だが、その時、アケチ探偵は、すでに、怒った裸の女生徒たちにと取り囲まれていた。次の瞬間、彼は女生徒たちによって袋叩きにされた。

 

      了


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最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

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解説

 そもそも、私が怪盗ニジュウ面相を自分の小説に登場させたのは、「お題に生きる男」に怪盗を出す必然性があって、どうせアホ小説なのだから、思いっきり分かりやすい怪盗にしちゃえ、という安易な発想に落ち着いたからでした。

 ところが、アホ小説なりに書いてて面白くなってきちゃいまして、悪のりして、共幻文庫のお題付きコンテストが再開するならば、再開記念の小説にもニジュウ面相を登場させちゃえ、って事で「笑いを盗む男」を書き上げちゃったのであります。

 その後も悪ふざけはエスカレートする一方で、「知ってる人だけのお話」を経たあと、「AIに負けるな」にて、共幻文庫コンテストで展開したニジュウ面相シリーズは、とりあえず終了となりました。

 アホ小説なりに、毎回、色々と実験的な書き方をしておりまして、「お題に生きる男」会話劇「笑いを盗む男」三人称に見せかけた一人称小説「AIに負けるな」中井英夫の「幻想博物館」の書き方をリスペクトさせていただきました。

 はっきり言って、これ以上奇想天外なアイディアは出てきそうにないので、このシリーズはもう続けられそうにないのですが、キャラクターたち(ニジュウ面相やアケチ探偵)だけスピンオフして、「ニジュウ面相の別荘」「アケチ大戦争」(未筆)みたいな外伝なら今後も執筆するかもしれません。


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最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

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いずみの青春(泉ちゃんグラフィティ)

目次

 

「アリとギリギリデス」

「ビデオの中の彼女」

「姪っこんぷれっくす」(共幻文庫短編小説コンテスト2016出品作)

「泉より愛をこめて」

「絵画の刑罰」

「V.O.ルーム」

「脱衣ゲーム」

「ピアッシング」(「いずみちゃん大全集」収録)

「あべこべな二人」(現在、非公開)

「ハイスクール全裸」

「ピンクの怪物」(他、別タイトル多数)

「没落お嬢さま」

「キミは知らない 〜いずみとカコのアブナイおしゃべり〜」

「いけない同級生」シノプシス

解説

 

  • 有料ページの作品は、「大人のケータイ官能小説」「小説家になろう」のノクターンノベルズなどで、無料閲覧が可能です。

 


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最終更新日 : 2019-10-18 11:17:21


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