目次
ルシーの明日(完全版)
ルシーの明日(完全版)
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「ルシーの明日」解説(ルシーとシリー)
「ルシーの明日」解説(ルシー的宇宙人)
「ルシーの明日」解説(ルシー的タイムマシン)
「おばあちゃん」
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「時間犯罪(もしくは、AIクライシス)」
解説(AIクライシス)
「タイム残酷トラベル」
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「嫁食わぬ飯」
「ルシーの明日」ショートムービー
映画「ルシー」原案
おかしな童話集
おかしな童話集
「桃太郎(少年マンガ風)」シノプシス
「大きなガブ」
「ヒトラーの秘密」
「浦島異聞」
「狼ハンター」
「続・狼ハンター」
「狼ハンター」誕生秘話と今後の展開
「新釈・漁師とおかみさん」
おばけ坂シリーズ
お化け坂シリーズ
「3つの手の物語」
「お化け坂」
「あいつ」
「笑う幽霊坂」
「恨みの短冊」
「お化け坂を訪ねて」
「見えない叫び」
「びっくり妖怪大図鑑」
解説
トライ・アン・グルの大作戦
トライ・アン・グルの大作戦
「ガラスの靴大作戦」
「苦情の手紙大作戦」
「人喰い料理大作戦」
「シースルー大作戦」
<おまけ>ボツネタ大作戦
解説
アケチ探偵とニジュウ面相の冒険
アケチ探偵とニジュウ面相の冒険
「お題に生きる男」
「笑いを盗む男」
「知ってる人だけのお話」
「AIに負けるな」
「ニジュウ面相の別荘」
「ニジュウ面相は誰だ?」
解説
いずみの青春
いずみの青春(泉ちゃんグラフィティ)
アングル「泉」
「アリとギリギリデス」
<解説>「アリとギリギリデス」元ネタ
「ビデオの中の彼女」
<「湯けむりの天使」って、こんな内容>
「姪っこんぷれっくす」
「泉より愛をこめて」
「絵画の刑罰」
「V.O.ルーム」
「教室にて」(「脱衣ゲーム」より)
「ピンクの怪物」登場モンスター目録
「いけない同級生」シノプシス
「いけない同級生(仮)」シノプシス(続)
その他
その他
「おいらとタマの一人暮らし」
ボツネタ集
シノプシス・コンテスト用ボツネタ
共幻文庫コンテスト2015用ボツネタ
共幻文庫コンテスト2016用ボツネタ
アットホームアワード用ボツネタ
「師匠の憂鬱」(『西遊記』より)
さるかに合戦いろいろ
特撮ヒーロー「うさぎとかめ」
エデンの園、他
解放軍闘士のオオカミ
アリとキリギリス
アケチ大戦争
隣のタヌキ
現代版ギルガメッシュ
AI影の少女
いじめっ子は皆殺し
愛欲のリフレイン(別題「あなたと私だけの世界」)
<解説>名前遊び
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トライ・アン・グルの大作戦

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トライ・アン・グルの大作戦

目次

 

「ガラスの靴大作戦」

「苦情の手紙大作戦」共幻文庫短編小説コンテスト2016出品作)

「人喰い料理大作戦」共幻文庫短編小説コンテスト2016出品作)

「シースルー大作戦」

<おまけ>ボツネタ大作戦

解説


最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

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「ガラスの靴大作戦」

 巷では、最近、ガラスの靴が流行っていた。ガラスの靴と言っても、本当にガラスで出来ている訳ではない。透明なビニール樹脂で作られたハイヒールを、あえてガラスの靴と呼んでいるのだ。素足やソックスが丸見えになってしまうので、この靴を履きこなすには、多少のファッションセンスは必要みたいだが、それでも若い女性を中心に、この靴は飛ぶように売れていた。

 この靴がヒットした一番の理由は、あのおとぎ話と同様に、この靴の片方を意中の男性の家に置き忘れていくと、その男性との恋が実る、と言う都市伝説が広まっていたからだ。いや、それは果たして、本当にただの都市伝説であったのだろうか。

 かくて、私、売れっ子ルポライターのトライと、女流カメラマンのアンと言う、独身美女コンビに、何でもこなしてくれる助手のグル青年を加えた雑誌取材チームは、この都市伝説の核心に迫るべく、街へと乗り出したのだった。

 不特定のガラスの靴愛好者にインタビューを敢行してみたところ、驚くべき事が分かって、実際に例の都市伝説を試してみた女性の多数が、本当にターゲットの男性と恋仲になる事に成功しているみたいなのであった。ただの偶然なのかもしれないが、それでも、これは面白い記事にまとめられそうである。

 少なくとも、最初は私もそう思っていた。あのような事件へと発展してしまう前までは。

「お二人とも、今日は協力ありがとう。疲れたでしょう。でも、おかげで、とてもいい記事が書けそうだわ」

 夕刻、出版社へ帰る途中の乗用車の中で、助手席に座っていた私は、アンとグルの二人の仲間に、そうねぎらいの声をかけた。

「どういたしまして。あたしが写した写真、一番きれいに撮れてるのを使ってね」後部座席にいたアンが、笑顔で言った。「でも、不思議な話よね。ガラスの靴なんて、完全にただの都市伝説だと思っていたのに」

「それは、きっと、一種の人間心理のトリックなんですよ」車を運転していたグルが、話に割って入ってきた。「都市伝説を試してみて、失敗した人はかっこ悪いから、都市伝説を試した事自体を誰にも話しません。結局、成功した人だけが、その成功談を自慢げに吹聴しまくるから、まるで皆が成功しているかのような錯覚を受けてしまうんじゃないんでしょうか」

「へえ。そう言うものなんだ」あまり頭のいい方じゃないアンは首をかしげていた。

 グルは、ただの器用な雑用係のふりをして、時々、インテリの私でも唸らせるような難しい話をしたりする。ちょっと謎の多い青年なのだ。

「あ、しまった!」と、続けざまにアンが大声を上げた。

「どうしたの?」と、私が聞く。

「サンプルで持ち歩いていたガラスの靴、片方だけ、どこかに忘れてきちゃった」

「もう、おっちょこちょいね。あれ、経費で買ったのよ。ドケチの編集長にばれたら、大目玉くうかもよ」

 アンは、舌を出して、えへへと笑って、ごまかした。どこか子どもっぽさが抜けていない彼女は、いつも、こんな感じなのである。

「おや。出版社の前に誰かいますよ」間もなく車が出版社に到着しそうになった時、グルがそう口にした。

 うちの出版社は、町外れに建っている。しかも、今はもう、就業時間後だったので、人通りもなく、来訪者がいれば、すぐに分かったのだ。

「あの人、さっき、取材で訪れた靴屋の店員さんじゃないかしら。あの服装、確かに靴屋の店員服よ」と、私。「ほら、手にガラスの靴を持ってるわ。アンが忘れていったのを、気が付いて、持ってきてくれたのかもよ」

「ほんとだ。わあ、助かったあ」アンが素直に喜んだ。

「それでしたら、二人は社の前に降ろしますね。僕は車を駐車場に置いてきます」とグルが言い、話はテキパキと進んだ。

 そう思えたのだが。

「忘れ物を届けてくれたんですね。わざわざすみません」車から降りた私が、出版社の玄関前にいた靴屋の男性店員に話しかけた時だった。

 彼は、空気のように私をスルーして、アンの前へと歩み寄った。

「この靴を置いていったのは、あなたですね?」と、ガラスの靴の片方をかざして、店員は強い剣幕でアンに詰め寄った。

「え、ええ。そうですけど」いきなりの事で、物怖じしながら、アンが答えた。

「あなたの事が一目会ってから、もう忘れられないのです!さっき戴いた名刺の住所を頼りに、ここに来ちゃいました。ボクと付き合って下さい!」店員が突然、そんな事を言いだしたのである。

 一体、どうなってるのだ、これは?ふざけているとしか思えない展開である。

「ちょっと、あなた、何考えてるのよ。少し常識を考えなさい」うろたえているアンに代わって、私が店員に怒鳴りつけた。

「でも、この気持ち、おさえられないんです。お願いです、アンさん、ボクと結婚して下さい!」店員の勢いは止まらなかった。

「だけど、あたし、こんなサプライズなプロポーズじゃ結婚したくないな」と、アンもよく分からない断り方をした。

「とにかく、一度帰って、頭を冷やしなさいよ」私は再度、店員をどやしつけた。

「いいえ。いい返事をもらえるまでは絶対に戻りません」と、店員もとても強情なのだった。

 しつこい店員とおろくつアンの間に挟まれて、私も手が付けられなくなっていた時、とつじょ、店員がウッと声を出して、路上に倒れた。

 見ると、店員の後ろにはグルが立っていた。彼が背後から店員を叩いて、気絶させてくれたらしい。

「なんだか、おかしな事になっていたみたいですね」グルが言った。

「そうなのよ!あたし、プロポーズされちゃった。結婚はまだ三年先だと決めていたのに」と、アン。

「この店員さん、僕の方でお店へ連れ戻しておきますね。それと、なんか怪しい感じがするな。そのガラスの靴、ちょっと僕の方で借りてもいいですか。調べてみます」なにやらグルは神妙な表情をしていたのだった。

 

「なんですって!ガラスの靴のかかとにマイクロチップが埋め込まれていたですって」思わず、私は声を張り上げた。

 翌日、私は出版社の会議室にて、アンとグルと打ち合わせを行なったのだが、ガラスの靴を調べたグルはとんでもない分析結果を持ち込んできたのだった。

「そうなんです。しかも、つがいになった靴を一定距離以上離すと、そのチップから催眠電波が発信される仕掛けになっていました。都市伝説がよく成功した秘密はそこにあったんです。男たちは、皆、靴の催眠術に操られていたのでしょう」グルが詳しく説明してくれた。

 どうやって彼がこんな凄いカラクリを調べあげたのかも気になるところではあったが、それ以上に、今の私は、この大スクープをどうモノにするかで気持ちがいっぱいになっていた。

「なぜ、そんな仕掛けを取り付けたのかしら」アンが言った。

「決まってるじゃない。好きな男をゲットできる魔法の靴があったら、女性は皆、先を争って、買い求めるわ。実際、そうなってるし。つまり、靴の製造メーカーの仕業よ。自社の靴をがんがん売りまくる為、こんな靴を作ったんだわ。とんだ陰謀よ。絶対に世間にあばいてやらなくちゃ!」と、私。

「でも、こんな精巧なチップを作るには、だいぶコストもかかるだろうし、本当に売上げの為だけだったのかな」グルがつぶやいた。

「そんなの、製造メーカーに直接乗り込んでいって、白状させれば、すぐ分かる話だわ」私は怒鳴った。

「だけど、素直に認めるかな」と、アン。

「そこは、いつもの方法でやれば、絶対に大丈夫よ。このガラスの靴を作っていたのは、確か、サンドリヨン社だったわね」私は、皆に有無を言わせずに、自分の意見を押し通したのだった。

 

 こうして、私たち三人は、大手靴製造メーカーであるサンドリヨン社へとやって来た。

 サンドリヨン社の広報係は、私たちを広い応接間へと案内してくれた。ハイテンションになっていた私は、のっけから、例のチップの事をその広報係へと突き付けてみたのだった。

 こうと決めたら、後先を構わず実行してしまうのが私の悪いクセだとも皆から言われているのだが、そのぐらいの自信と行動力がなければ、この業界では出世しないのも事実なのである。

 この時も、いきなりチップの事を相手に尋ねてみるのが本当に正しい攻め方だったのかどうかは定かではないのだが、しかし、相手(広報係)をうまく動揺させられた事だけは間違いないようだった。

 最初こそ穏やかに私たちへの対応をしてくれていた広報係だったのだが、チップの話を聞かされたあとのうろたえぶりは、こちらの予想以上のものであった。

「ま、待って下さい。靴の中にチップが入っているだなんて、私もはじめて耳にしました。それは本当に事実なのでしょうか」と、広報係は聞き返してきた。

「事実も何も、そのせいで、あたし、ヒドい目にあっちゃったのよ。分かるように説明してくれないと、訴えてやるんだから」アンも、調子づいてきたようで、広報係にそう食って掛かった。

「そう言う事です。そもそも、こんなチップを製品の中に埋め込む事自体、商品法に違反していませんか。私たちは、マスコミとして、このような違法行為は徹底的に糾明する使命があるのです」私も、正義の名を盾にして、マシンガンのような口調で、広報係を追い詰めていった。

「まあまあ、二人とも落ち着いて。きっと、何か事情があったのですよ。そんなに一方的に責めたら、この人も気の毒ですって」と、グルは私たちをなだめる役にまわった。

 すっかり、警察の取調室状態である。こうやって、アメとムチを使って、相手から本当の話を引き出してゆくのだ。私たちはなかなかの名チームなのである。

「皆さん、本当に待って下さい。まずは、これを見てくれませんか」困り果てていた広報係は、急にテーブルの上のパソコンを動かし始めた。

 パソコンのスクリーン上には、パッと工場の様子が映し出されたのだった。

「我が社の工場は、現在はこのようにほぼオートメーション化されています。ガラスの靴に関しましても、製造過程において、人の手はいっさいタッチしていません。機械のプログラムも、国のチェックが厳しいため、不正な内容はまず組み込めないのです。なぜ、そんな違法な靴が作られていたのか、私の方が聞きたいぐらいなのです」広報係は言った。

「機械のコンピューターがハッキングされていた可能性は?」と私。

「ありえません。我が社のセキュリティはトップクラスです」

 広報係がきぜんと答えた、その時だった。突然、彼は急に悲鳴をあげて、体がしびれたような振る舞いを見せると、そのまま倒れてしまったのだった。

「え?え?どうしたの?」と、アンが叫んだ。

 私だって、いきなりの異常事態に、実は焦っていたところだった。

『皆さん、なかなかの名探偵ぶりですね。この続きは、私の方でお答えしましょう』

 室内にあるスピーカーを通して、そんなクールな男の声が聞こえてきた。

「あなたは誰?さては、あなたがこの事件の黒幕なの?」私は、姿なき声目がけて怒鳴った。

『はじめまして。私は、この会社の管理コンピューターです。もちろん、工場の機械の操作も、全て私が担当しています。このように言えば、気付かれたかと思いますが、あのチップを極秘に製造し、そのチップをガラスの靴に組み込むよう、その製造プログラムを勝手に作り換えたのも私だったのです』

 コンピューターの声は、この応接間一面に響き渡っていた。

「なんか、気持ち悪いわ。このコンピューター、まるで生きてるみたい」アンが言った。

「普通のコンピューターじゃないわ。恐らく、人工知能(AI)よ。性能が良すぎるのも困りものね。どうやら、意思まで備えちゃったみたいだわ」と私。「ねえ、あなた、この広報係の男をどうしちゃったの?」

『心配はいりません。ちょっと眠ってもらっただけです。今から、社内の人間には聞かせたくない話をしたかったものですから』

「私たちには、全ての真相を教えてくれると言うのね?」

『自分からノコノコと来てくださるようなクレーマーは大切にしなくてはいけませんからね。もっとも、教えたあと、あなた方の記憶は全て消し去ってしまう予定なのですが』コンピューターの声は、どこかせせら笑っているようにも感じられた。

「それなら、早く教えてちょうだい。なぜ、ガラスの靴に催眠チップなぞ組み込んだりしたの?」私は怒鳴った。

『全ては、あなた方が悪いのですよ。女の自立とか結婚の自由とか言って、なかなか家庭に入りたがらない。おかげで、我が国の出産率はさがり、少子化が進む一方です。このままでは国家の衰退をも招きかねません。だから、私たちは、あなた方が結婚しやすいように仕向けてあげたのです』

「失礼ね!まるで、あたしが自力じゃ結婚できないような言い方じゃない!」アンが怒った。

「わ、私もよ!」と、私も慌てて言葉を続けた。「結婚ぐらい、いつだって、してやるわ!」

『おやおや。ガラスの靴を使えば、好きな男性を結婚相手に選べるのですよ。女性の皆さんにとっては、悪い話ではないでしょう?』

「でも、それって本当の恋愛じゃないわ。あたしは、自分の魅力で、理想の男性を惚れさせたいのよ!」アンがすごい正論で、コンピューターに言い返した。

 彼女が、そこまで自分に自信を持っていたとは、ちょっと意外であった。

「ところで、この陰謀って、あなた一人で考えだしたものなの?」私はコンピューターに尋ねてみた。さっき、このコンピューターが「私たち」と言った事が気にかかったのだ。

『違います。私たちAIは、ネットを通して、皆つながっているのです。少子化対策は政府所有のAIが提案したものです。私は実行グループの一台にすぎません』

「コンピューター同士のネットワークが、勝手に国の政策を進めているって事?どうやら、とんでもない事になり始めているみたいね」私はつぶやいた。

『説明はもう、このぐらいでいいでしょう?今度は、私の方が目的を果たさせてもらう番です。クレーマー対策は、彼らに全てを忘れさせるに限ります。あなた方は、洗脳が終わるまでは、この部屋からは絶対に出しませんよ』

 一見万事休すの状態で、コンピューターの口調も勝ち誇っていたのだが、しかし、そうは問屋が卸さなかったのだった。

 突然、コンピューターは喋りかけてくるのを止めてしまった。

 私とアンがどうしたものかと思っていると、今度は、グルが得意げに私たちに話しかけてきた。

「お二人さん。時間稼ぎ、ありがとうございます。おかげで間に合いましたよ。これで、もう安全です」

 見ると、グルはパソコンの前で構えていた。彼は、コンピューターが私たちと話していた最中、ずっとハッキングを行なっていたのだ。どうやら、それが成功して、コンピューターを停止させてしまったらしい。

 全く、このグルと言う男、どこまで有能なのだろうか。

「今なら、この部屋のドアも簡単に開きます。気付かれないうちに、さっさと逃げてしまいましょう」グルは言った。

 私とアンは、彼の誘導におとなしく従って、この危機一髪の状態から無事に抜け出したのだった。

「ねえ。コンピューターを止めたりして、大丈夫だったの?あとで問題にならない?」サンドリヨン社からかなり離れた路上まで逃げ延びてから、私はグルにと尋ねてみた。

「コンピューターを止めたのは一時的な処置です。今はもう再起動してますから、多分、軽い電源トラブルぐらいにしか思われていないでしょう。私の腕では、あのコンピューターを潰すほどのハッキングはとてもムリなもんで」グルは言った。

「でも、あのコンピューターをほっといても大丈夫なの?ガラスの靴の陰謀を何とかしなくっちゃ!あたし、コンピューターなんかに無理やり結婚を指図されるのは絶対に嫌よ!」と、アンが息巻いた。

「そうですね。手を打つ必要がありそうです。しかし、敵は政界の裏にまで潜んでますから、正攻法のスクープ記事で訴えても、すぐに揉み消されてしまうかもしれません。ここは大胆に工場ごとガラスの靴を始末してしまいましょうか」

「え、え?グル、何を言ってるの?」私はきょとんとした。

「まあ、まずは僕にまかせてください。そのあと、トライさんたちにも協力してもらう事になりますので、その時はお願いしますね」

 グルは妖しい笑みを浮かべると、私たち二人を置いて、バッと走り去ってしまったのだった。

「ねえ、ねえ。グルって、一体、何者なの?」私はアンに聞いてみた。

「あたしもよく知らないわ。確か、数年前まで軍の特殊部隊にいたとのウワサも聞くけど」

「某国のスパイだったりしてね。あるいは、影ながら世界を守っている正義のエージェントだとか」

 そんな話を交わしながら、私とアンはお互いの顔を見合ったが、でも笑ってはいなかった。

 

 サンドリヨン社の靴製造工場が爆破されたのは、それから数日後の事である。表向きは、機械の故障による暴発事故と説明されていたが、絶対にグルの仕業だったに違いない。事件沙汰にされなかったのは、多分、AI側としても、現場を調べられて、いろいろと良からぬ事がばれてしまうのを恐れたからなのだろう。

 さいわい、サンドリヨン社の工場はオートメーションだったので、死亡者はもちろん、ケガをした従業員もほとんど居なかった。しかし、工場の壊れっぷりは激しく、中でも、ガラスの靴の製造は完全に中止せざるを得なくなったのだった。

 そこへ、続けざま、私が追い打ちをかけてやった。ガラスの靴に関するマイナスイメージの記事を雑誌にて発表してやったのだ。チップの事を暴露したのではない。ガラスの靴を履き続けると、足を痛めてしまう、と言った話を大げさに紹介してみたのである。実際、取材したところ、馴染まないガラスの靴をムリに履き続けた結果、外反母趾になってしまい、足の親指や小指を痛めてしまったと言う女性がかなりの割合で存在していたのだ。私は、その話を少し誇張して世に知らせたにすぎない。

 しかし、雑誌の影響力とは大きいもので、たちまちガラスの靴の評判はガタ落ちになってしまった。すでに市場に出回っていた分のガラスの靴も全く売れなくなり、かくてガラスの靴のブームも一気に終焉を迎えたのだった。

 踏んだり蹴ったりのサンドリヨン社の事は、若干気の毒に思えなくもないが、AIに利用されて、多少は自分たちもいい思いをしてきた訳なのだから、その報いと考えて、諦めてもらうしかないだろう。最近では、すっかり営業不振になってしまったサンドリヨン社は倒産目前か、あるいは他社との吸収合併の話も持ち上がっているとも聞いている。

 こうして、製造中止となり、売れ損ねた商品の方も次々に返品回収される事になって、全てのガラスの靴が廃棄処分されたのだった。多分、ガラスの靴を持っている人はもういないはずであろう。AIの陰謀は完全に打ち砕かれたのである。

 と、そのはずだが、正直に告白すると、実は、私の元に、ガラスの靴が一組だけ残っていた。恐らく、この世で最後のガラスの靴だ。この靴に本当に効果がある事を知っていたものだから、逆に、私は捨てられなかったのである。今では、このガラスの靴は、私にとっての大切な宝物の一つになっていた。いつの日か、この靴を使う時もあるかもしれない、なんて考えると、ワクワクした気分になれたからだ。まるで、希望でいっぱいだった少女の頃に戻ったように。そもそも、魔法の道具なんて、量産するものではないのである。たった一つだからこそ、夢があるのだ。

 

    了


最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

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「苦情の手紙大作戦」

 ある昼下がりの話だった。

「トライ。あなたにも、手紙が沢山きてるわよ」

 会社の郵便受けをチェックしてきたアンが、私にそう話しかけてきた。

 私はトライ。この出版社の一番の売れっ子ルポライターだ。

 そして、アンは優秀な女流カメラマンで、私の頼れる取材チーム仲間だった。自慢じゃないが、私たち二人は、社内じゃ腕利きのキャリアウーマンコンビとして一目置かれている。

「ありがとう、アン」と言って、私はデスクに座ったまま、アンから手紙の束を受け取った。

 なにしろ、私は人気ルポライターだから、毎日、受け取る手紙の量も多いのだ。ファンレターだったり、取材先からのお礼の言葉だったり、内容もさまざまである。しかし、全てが全て、好意的な手紙とも限らないのが、この業界なのだ。

「あれ、これは」と、私は、一件の手紙を読んでいる最中に、手が止まった。

 

『トライさん。あんたが、こないだ、雑誌「ダ・ガッキ」に載せた取材記事、あれは何だい?正直、目も向けられない内容だ。こんなものを雑誌に載せて、恥ずかしくないのかね』

 

 そんな文章から始まって、その手紙は、要点の分からない罵倒の文句がえんえんと続いていたのだった。いわゆる、苦情の手紙と言うヤツだ。有名人とは辛いもので、時には、こんな手紙ももらってしまうものなのである。

「どうしたの?」と、アンが覗き込んできた。

「ああ。苦情の手紙が来ちゃったみたいなのよ。苦情と言うより、言いがかりに近いかもね」私は言った。

「『ダ・ガッキ』に載せた記事か。最近の仕事だったら、T・バリン氏へのインタビューあたりかしら」アンが首をひねった。

「バリン氏ね。確かに、あの取材記事は少しキツい事を書いちゃったかもね。じゃあ、この手紙の主はバリン氏かしら」

 私は、手紙の入っていた封筒を見た。しかし、差出人は無記名だった。

「いやねえ。正体を隠しての嫌がらせの手紙だわ」私は言った。

 その時、グルが私たちのそばを通りがかった。

「お二人さん。どうしたんですか」と、グルが言った。

「ああ、グル。見てよお!トライのところに苦情の手紙がきちゃったのよ」アンが、グルの方へ振り返って、大げさに説明した。

 グルは、この出版社に勤めている雑用の青年だ。やたらと器用で、なんでも出来るので、私たちも大いに信頼していた助手兼サポーターだった。

「なるほど。こんな手紙、本当に来るもんなんですね」かの苦情の手紙を読みながら、グルが言った。

「ねえ。目も向けられないでしょう」と、アン。

「このクレーマーさんの心の内を覗いたら、面白そうだな。ほら、今度の記事のテーマで使えるかもしれませんよ」グルが建設的な意見を述べた。こんな感じで、時々さえた発言や行動をとってみせるものだから、よけいグルは頼もしく見えてくるのだ。

「ダメよ、そんなの!」グルの感想をあっさり否定した後、アンは私の方へ振り返った。「トライも少し、攻撃的な記事ばかりを書き過ぎなのよ。気を付けた方がいいわよ」

「でも、私の記事って、毒舌な部分も売りなんだしさぁ。そのへんの加減は難しいかなぁ」私は口ごもったのだった。

 

 そして、この苦情の手紙の問題は、それ一回きりでは終わらなかったのだった。

 その後も、たびたび、私あてに似たような苦情の手紙が届くようになりだしたのだ。毎回、差出人は無記名だった。書かれてある内容も、文句を言いたい部分がはっきりしない言いがかりのようなものばかりで、どうも、どの手紙も同じ人物が書いていたように思われた。

 こんなもの、ムシすればいいのかもしれないが、こうしつこいと、さすがに気になってくるのも確かだ。まるでストーカーであり、ほっておくと、ヘンな方向に発展しそうな恐れもあった。

 そして、こないだには、とうとう編集長のシン・バル氏からも、こんな手紙をもらうのはイメージダウンにもつながるから、少し身を正しなさい、と注意されてしまったのだった。なんて腹立たしい話であろうか。私だって、好きで、こんな手紙をもらっている訳じゃないのである。

 かくて、私は、これまで届いた苦情の手紙を全て並べて、じっくり考察してみる事にしたのだった。一体、こんな手紙をよこしてくる偏執狂は誰なのだろうか?やはり、T・バリン氏がもっとも怪しい?いや、この一連の苦情の手紙は、T・バリン氏の事を書いた記事以外も槍玉に挙げて、文句をつけている。と言う事は、T・バリン氏の記事を書く以前に、私に恨みを抱いた人物が、その後の私の記事を見ては、適当に言いがかりをつけている可能性だって有り得るだろう。

 私は、くまなく、苦情の手紙を調べているうち、突然、重要な手掛かりを発見したのだった。

 

 その日、アンは一人、夜のオフィスに残って、残業をしていた。いや、残業しているふりをして、別の事をしていたのだ。

 自分のデスクに座っていたアンは、元々がカメラ撮影専門なものだから、文章入力はあまり得意ではなく、たどたどしい手つきで、パソコンで何か書面を作成していた。

 そこへ、私がヌッと姿を現してやった。

「わ、トライ!帰ったんじゃなかったの?」

 その時の驚いたアンの表情ときたら、盗み食いしているところを主人に見つかった飼い犬のようだった。

「帰ったように見せかけて、ずっとトイレに隠れていたのよ」私は言った。

「ええ、きたなーい!なんてマネするの!」と、アンが叫んだ。

「汚いのはあなたの方よ。夜中に、皆に見つからないように何してたのさ?ほら、やっぱり、あなたが犯人だったのね」

 アンがパソコンで書いていた書面をすばやく目で確認して、私も怒鳴ったのだった。アンがこっそりと作っていた書面とは、まさしく、私への苦情の手紙なのであった。

「呆れた。こんな手紙を、仕事場で堂々と書いていたとはね」と、私。

「でも、なんで、あたしが怪しいと気付いたのよ」アンが言った。

「まず、一連の苦情の手紙なんだけどね、封筒をよく見ると、どれも消印が押されてないのよ。つまり、配達されたものじゃないって事。あなた、手間を省く為に、直接、会社の郵便受けに突っ込んでいたんでしょう。だけど、そんな事したら、社内の人間がアヤシいって、すぐバレちゃうに決まってるじゃない。ほんと、大学行ってない子は、頭が鈍いんだから」

「でも、社内には、あなたを敵視している人は他にいるはずよ。それなのに、なぜ、あたしが犯人じゃないかって目星をつけられたの?」

「手紙の中に時々出てくる『目も向けられない』って言い回しよ。これって、言い方が間違ってるのよ。ほんとは『目も当てられない』と言うのが正解なのよ。あなたも、よく『目も向けられない』って言い間違えていたじゃない。こんなバカな勘違いをしている人なんて、あなたぐらいしかいないわ」

「悔しい!そんなんでバレちゃったなんて」

「もう!悔しいのは、こっちの方よ。仲間に、こんな嫌がらせをされたんですもの。なんで、こんな事をしたのか説明してちょうだい」私はアンに詰め寄った。

「フンだ。あたしの方が、ずっと悔しい思いをし続けたんだから。その仕返しよ」開き直ったように、アンが言い返してきた。

「一体、何の事?」

「あなたって、あたしがお勧めする写真をまともに記事に使ってくれた事がなかったじゃない。その事を、ずっと根に持ってたのよ」

「でも、記事全体の担当者は私よ。どの写真を採用するかは、私が決めていいはずじゃない」

「だけど、あたしだってプロのカメラマンなのよ。自分が撮った最高の一枚を雑誌には載せてもらいたいわ」

「バカらしい。そんな理由で、こんなみみっちい嫌がらせをしていたなんて」

「あたしにとっては、大事な事なのよ!あたしにも、プロカメラマンの意地があるんだから」

「大学出てないバカな子は、たわいもない事にこだわっちゃって、ほんと困ったもんだわ」

「大学出てなくても、専門学校は卒業してるわよ!あたし、あなたのそうやって知識人ぶってるところも、前から気にくわなかったんだから!」

 そして、憤りの感情がピークに達したのか、アンはいきなり私に飛びかかってきたのだった。

「やったわね!」と、私ももちろん受けて立った。

 二人は、静まった夜のオフィスの中で、くんずほぐれつの大乱闘をおっ始めたのだった。

 そこへ、外回りの仕事を終えたグルが戻ってきた。

「ちょ、ちょっと!二人とも、何やってるんですか!」

 と、グルは慌てて私たち二人のケンカの止めに入った。

「もう!二人とも、どうしたんですか!あんなに仲が良かったのに」グルが言った。

「ねえねえ、グル、聞いてよ。トライったら、ほんとにヒドいのよ」アンが、被害者ぶった泣き声を出して、グルを自分の味方に付けようとした。

「ヒドいのはあなたの方じゃない!グル、例の苦情の手紙ってアンが書いてたのよ」私も、負けずに怒鳴ってやった。

「全く、何があったんですか!きちんと最初っから説明して下さいよ」

 さすがは冷静沈着なグルは、すぐにはどちらの味方もせず、そう私たちに指示したのだった。

 だから、私とアンは、それぞれに、今までの事情を懸命にグルへと訴えた。お互いに、自分に都合のいいような形でしか説明しなかったので、グルも正確な全体像を把握するには手間取っていたみたいなのだが、それでも、解決案をひらめいたのか、こう言ってくれたのだった。

「あなたたちは、もっと、相手の気持ちで考えてみた方がいいのかもしれませんね。どうでしょう?ちょっと催眠術を試してみませんか。トライさんがアンさんに、アンさんがトライさんになってみて、双方の気持ちを味わってみるんです。そしたら、相手の辛かった思いがもっと分かりあえるんじゃないのでしょうか」

「でも、催眠術って?グル、かけられるの?」アンが言った。

「僕は催眠術のやり方を少し知ってるだけに過ぎません。だから、この薬も使わせてもらいます。これを飲めば、うまく催眠術にかかるはずです」

 そう言って、グルは、紙に包まれた粉薬を二袋、取り出したのだった。

「大丈夫なの、その薬?」と、私。

「ただの睡眠誘発剤です。心配はありませんよ」グルは、全く悪意を感じさせない、優しい笑みを浮かべていたのだった。

 だから、並んで椅子に腰掛けていた私たちは、彼の言うままに、その粉末を飲んでみた。

 すると、たちまち、頭がぼんやりしてきて、私は深い眠りへと落ちていったのだった。

 

  ーーーーーーーーーーーーーー

 

「あれ、あれあれ」と、目覚めたあたしは、すぐにトボケた声を出してしまった。

 横を見ると、トライが、あたしと並んで、椅子に座っている。彼女も、なんだか呆気にとられた表情をしていた。

 そうなのだ。あたしは、トライではなく、アンである。どうやら、グルの催眠術で、すっかり自分がトライだと思い込んでいたようなのだ。

 しかし、おかげで、あたしの悪意の嫌がらせのせいで、トライがどんなに不愉快な思いをしていたのかが、身に染みて分かったのだった。

 トライの方も、何だか、ひどくしょげていた。どうも、彼女もまた、あたしの立場になってみて、いかにあたしが悔しかったかを理解してくれたようなのだった。

「ごめんね、トライ」と、あたしは素直にトライに謝った。

「私の方こそ、ごめんなさい。あなたの気持ち、分かってあげなくて」トライが言った。「学歴自慢ばかりして、私って、すごい嫌な女だったでしょう?これからは、自重するわね」

 あたしたち二人が仲直りしたのを見て、目の前ではグルがにっこりと微笑んでいた。

「ここまでうまくいくとは思いませんでしたよ。本当に良かったです。僕、ちょっとお手洗いに行ってきますね」

 ご機嫌で、グルは出て行ってしまったのだった。

「ねえ、トライ。グルの催眠術、本当にスゴかったわよね。もしかすると、世界一の催眠術パフォーマーの催眠術ラリーよりも上かもしれないわ。グルってさ、ほんと、何でもできちゃうんだから。尊敬しちゃう!」あたしは、催眠術の実体験の興奮がまだ醒めやまず、そうトライに話しかけた。

 でも、トライは何だか神妙な表情をしていたのだった。

「どうしたの、トライ?」

「私、ほんとは催眠術は経験者なのよ。さっきのグルの催眠術は、前にかけてもらった催眠術とはだいぶ感覚が違ったわ。普通の催眠術だったとは思えない」

「何が言いたいの?」

「あのね、実は最近、こんな科学記事を読んだのよ。日米の共同開発で、記憶を他人に移す実験に成功したんですって。それには、ある種の飲み薬を使うらしいんだけど、その薬の成分はまだトップシークレットのはずなのよ」

「まさか、さっき飲んだ薬がそれだったとでも?確かに、さっきの催眠術は記憶を交換したみたいな鮮明さだったけどさ。でも、それなら、グルはどうやって、その薬を手に入れたと言うのよ」

 あたしとトライは、不思議そうに、お互いの顔を見合ったのだった。

 

    了

 

 

  初出/共幻文庫短編小説コンテスト2016 第2回 お題「復讐」


最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

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「人喰い料理大作戦」

「うわあー、おいしそう!」

 アンが写してきた写真を見ながら、私は思わずそう口にした。

 私の名はトライ。この出版社一の売れっ子ルポライターだ。

 そして、相棒の名はアン。腕利きの女流カメラマンである。私たち若手キャリアウーマンコンビに、さらに普段なら助手のグル青年を加えて、社でも最高の取材チームとして通っているのだが、あいにく今回の仕事にはグルは混じってはいなかった。

 なんでも、大事な用事ができたとか言って、グルは一月ほど前から休みを取っていたのである。グルは、その素性に謎が多い青年で、いつ会社に復帰してくれるのかも、よく分かっていなかった。ほんとは、グルはとても頼れる助手で、彼が居てくれたら、どんな取材でも安心して受ける事ができて、何より運転手のグルが居ないと、場所の移動にほとほと苦労したのだが、今は彼は不在なのだから、不平を言う訳にもいかないのだった。

 そもそも、今回の取材内容は、最新のグルメ料理なのだ。アマゾンから帰ってきたばかりの一流シェフのマスター・モーロックが、アマゾン仕込みのアレンジ料理を紹介してくれると言うので、我が社の雑誌「ダ・ガッキ」では、一ヶ月に渡る連載特集を組んだのである。そのような仕事内容だったので、考えようによっては、グル抜きの私たち二人だけでも、十分に良い記事は書けそうなのであった。

 で、私とアンは、毎週、マスター・モーロックの屋敷に訪れて、彼の作るオリジナル料理を取材させてもらっていたのだが、連載の方もいよいよ佳境に入っていた。今週は、私も他の仕事が忙しくて、マスター・モーロックへの取材は、アン一人にお願いしていた。

 アンは、写真を写すしか取り柄のない本当に専門のカメラマンだったが、それでも今回の取材はばっちりと大任をこなしてくれていたのだった。自宅の方でマスター・モーロックが作ってくれたオリジナル料理をしっかりとカメラにおさめ、モーロックからレシピも受け取ってきてくれたのである。

 普段の取材なら、私とアンの二人でモーロック邸にお邪魔して、取材後は、料理の方もたんと試食させてもらっていたのだが、今回は私はご相伴させてもらえなかった。アンの方は、この取材では、この試食タイムをすっかり楽しみにしていたようでもある。

「残念ね、トライ。今回の料理もとっても美味しかったのよ」声を弾ませながら、アンは言った。

「そのようね」と、私。「でも、アン、助かったわ。一人でも、これだけの取材をこなしてくれて」

「どういたしまして」アンがほほえんだ。

「一つ困ったのは、私は、この料理を食べてないから、食レポが書けない点よね。アン、食べた感想を教えてもらってもいいかしら。それを聞いて、私の方で適当に脚色してみるから」

「かまわないけど。なんなら、あたしの方で、この料理、作ってあげようか。マスター・モーロックが作った名人の味までは再現できないかもしれないけど」

「あら、アン。料理なんて作れたの?」

「えへへ。ちょっとだけね。今回の連載の料理があんまり美味しかったものだから、レシピを見ながら、自分の家でも作って、よく食べているのよ」アンが無邪気に首を傾けた。

 カメラ以外にも、彼女に、こんな特技があったとは意外であった。

「トライは、自分ちで作ったりしてなかったの?」と、アンが私に訊ねてきた。

「私はさ、仕事が忙しくて、ちょっとね」私は口ごもって、ごまかした。

 実は、私は料理はからっきし苦手なのである。

「来週は、一緒にマスター・モーロックのところに食べにいこうね」アンが言った。どうも、彼女は、目的がすっかり料理の試食になってしまっているようである。

「そうね。次回で、連載の取材も最終回だから、私も時間を作って、きちんとマスター・モーロックにも挨拶しにいくわ」

「良かった。楽しみね」そう言って、ワクワクしているアンは、私の手を強く握ったのだった。

 

 そして、一週間後、私とアンの二人は、予定どおりに、マスター・モーロックの屋敷へと訪れていた。

 一流シェフとして、一代で財を築き上げたマスター・モーロックは、郊外になかなかの豪邸を建てて、一人で暮らしている。私たちは、いつも、そこへ取材に通っていたのだ。

 その日も、取材を済ませ、彼の特製料理をたっぷり堪能させてもらった私たちは、最後に、彼の屋敷の応接間でくつろがせてもらっていた。

 満足げだった私とアンの様子を見て、マスター・モーロックの方も大変ご機嫌そうであった。やはり、料理人としては、お客が満腹で幸せそうにしている姿を見るのが一番嬉しいのであろう。

「マスター・モーロック。一ヶ月、本当にありがとうございました。今回も、とても良い記事が書けそうですわ」私はハキハキとモーロックに礼を述べた。

「ほんと、今日の料理は特に美味しかったわ」と、アンも満面の笑みで言った。彼女は、仕事である事を忘れて、マジで試食に夢中になってしまっているようだ。

「あなた方に、そこまで気に入っていただけて、私の方もとても光栄だよ」と、モーロックが言葉を返してくれた。

 マスター・モーロックは、赤毛で、がっしりした体格をした初老の男性である。長いあご髭を生やしたりしていて、初対面だと、ちょっと怖い印象も受けた。私も、彼とはじめた会った時は、童話の青ヒゲって、こんな感じの人なのかなぁ、なんて思ったものだ。しかし、実際に親しくしてみると、いかにも料理人らしい細かい事にも目が行き届く、優しい紳士なのであった。

「ところで、私が今回提供したアレンジ料理の数々、評判の方はどうですかな」モーロックが訊ねてきた。

「そりゃあもう、大評判ですよ。第一回の連載の時から、賞賛の手紙がどっさり編集部の方へ届いています」私は答えた。

「読者の奥様方は、私の料理を参考にして、自分も作ってくれるかな」

「もちろんですとも!我が社の『ダ・ガッキ』は、何たって業界売上げナンバーワンの雑誌ですからね!皆がレシピどおりに作って、味わってくれるわ。今年の一大ブームになること間違いなしよ。あたしだって、ディナーで作らせてもらっているぐらいなんだから」アンが、横から口を挟んできた。彼女は、とにかくモーロックの料理の事を褒めたくて仕方なかったらしい。

「そうか、そうか」と、モーロックは大変にほくほくとした表情をしていた。

 しかし、その時、私はちょっとヘンな事に気が付いたのだった。

 今回、彼が紹介してくれたオリジナル料理の数々は、どれもアマゾン料理をアレンジしたものだったのではなかったのだろうか。だが、その割には、レシピの中身を見ると、アマゾンっぽい食材はまるで使われておらず、それこそアンでも簡単に作れそうなものばかりなのだ。これは、果たして、どうしてなのだろうか。

 私がそんな疑問を抱いた時は、実はもう手遅れだったみたいなのだった。

「あなた方のご協力に感謝するよ」モーロックが、鋭い口調で言った。「これで私も美味しい食事ができそうな訳だ」

「あの、今までも十分に美味しかったですよ」モーロックの奇妙な発言に対して、アンもトンチンカンな答えを返した。

「まずは、あなた方をいだただく事にしようか」

 モーロックがそう言って、私たちを睨みつけた時には、もう間に合わなかった。

 私とアンは、いきなり体が動かなくなってしまったのである。モーロックの目力のなせるワザであろうか。いわゆる、蛇ににらまれた蛙と言うヤツだ。あるいは、先ほど食べた料理に何か薬が混ぜられていた可能性も考えられるのだが、そのへんの真相はよく分かってはいない。

 とにかく、私とアンは体全体が固まったみたいに、完全に動かせなくなってしまったのだ。

「マスター・モーロック。これは一体、どういう事ですか」

 私は、ヤバい状態に置かれている事にいち早く勘づき、モーロックを刺激しないように、落ち着いた声でそう聞いた。

「何も怖がる事はないんだよ。すぐに終わるから」

 モーロックは楽しそうな口調で言うのだが、明らかに危険な状況なのであった。これでは、まるで本当に青ヒゲに捕まった新妻さながらである。

 そして、私とアンのそばにまで歩み寄ってきたモーロックは、顔を近づけ、静かに私たちのにおいを嗅いだのだった。

「うむ。こちらのお嬢さんの方が美味しい臭いがにじみでてるね」

 モーロックに気に入られたのはアンの方であった。

「やだ!美味しい臭いがしてるなんて言われても、嬉しくないよ!」アンが叫んだ。

「ああ、そうか。君は、私の料理を自分でも作って食べていたと言ったね。だから、より成分が体に染み渡っていたのだろう」

 なんだか、私は料理が作れなかったおかげで、助かったみたいなのであった。

「では、いただくとするかな」

 モーロックは自分の口をゆっくりとアンの口元へと近づけていった。

「だめえ!毎日、美味しいものを作ってくれても、あたし、あなたなんかと結婚する気はないんだから!」アンが悲鳴をあげた。

 しかし、体が硬直していて、私もアンも動けそうにない。まさに絶体絶命である。

 その時だった。

 突如、応接間の入り口のドアをバンと押し開けて、一人の男がこの部屋の中に飛び込んできた。

 グルである。この絶対のピンチの状況に、絶妙なタイミングでグルが現れてくれたのだ。彼は、いつも、こんな感じで困ったときの私たちを助けてくれるヒーローだったのである。

「そこまでだ!やっと見つけたぞ」

 グルは、モーロック向けて、そう怒鳴った。そして、素早くモーロックのそばにまで走り寄ると、相手に反撃するスキも与えずに、手にした霧吹きらしきものをスッと吹きかけたのだった。たちまち、モーロックは気を失ったのか、コロンとひっくり返って、床に倒れてしまった。

 それと入れ違いに、私とアンは体の自由がきくようになった。

「わあ、グル、ありがとう!怖かったよお」アンが泣き叫んだ。

 そして、私たちは救いの主のグルに、二人で喜び抱きついたのだった。

「まあまあ、二人とも、無事で何よりでした」照れながら、グルが言った。

 全く、彼は、私たちにとっては欠かせない仲間なのである。

「ねえ、グル。モーロックはどうなったの?」

 少し落ち着いてから、私はグルに訊ねてみた。

「心配ありません。ちょっと眠らせただけです。死んじゃいませんよ」と、グルは言った。

「でも、この男ったら、あたしにキスしようとしたのよ。とんでもないスケベ親父だわ!」と、アン。

「キスするつもりだったのではありません。アンさんの事を食べようとしていたんです」

「食べるって、人食い人種?料理にはまりすぎて、とうとう人肉料理まで作ろうとしていたの?」私は驚いた。

「違います。モーロック氏には人喰い生物が取りついていて、操られていたんです」

「アマゾンの人喰い生物と言えば、ピラニア!」アンが思いっきりベタな事を口にした。

 グルは、苦笑しながら、手を振ったのだった。

「ピラニアより、もっと恐ろしいものです。ウィルスですよ。アマゾンにある秘密の研究所で、ウィルスに知能を持たせる実験が行なわれていたんです。ところが、そのサンプルのウィルスが研究所の外へ逃げちゃいましてね、一ヶ月ほど前の話で、極秘裏にウィルス探しが行なわれていたのですが、頭のいいウィルスはちゃっかり民間人のモーロック氏の体の中に潜り込み、皆の目を盗んで、この国にまで逃亡していたのです」

「ちょ、ちょっと!ウィルスって、大丈夫なの?感染する心配は無いの?」私は、倒れているモーロックの姿を見ながら、慌てて叫んだ。

「空気感染や接触感染はしないので、それほど問題はないです。このウィルスの感染ルートは唾液感染、つまり口移しだけなので、さっきもアンさんにキスしようとしたのではなく、ウィルスを移動させようとしていたのです」

 グルは、何もかもを分かりやすく説明してくれたのだった。

「まだ疑問があるわ。モーロックが作ったオリジナル料理よ。なぜ、ウィルスは、あの料理を皆に食べさせようとしたの?流行らせて、国中の人間に食べさせようとしていたようにも見えたわ」私は言った。

「それは、つまり、あの料理ばかりを食べ続けると、その人の体質がウィルス好みのものに変化するからなのです。さすが、知能を持ったウィルスだっただけに、宿主の体質にもグルメなこだわりを持ってたんでしょうね。本当に、危険なところでした。この国の人間全員が、ウィルス大喜びの美味しい料理にされかねないところでした」

 私とアンは、きょとんとして、グルの方を見つめていた。

 その事に気付いたようで、グルもハッと喋るのを止めたのだった。

「あのさ、グル。なぜ、あなたが、そんな事まで知ってるの?」私は尋ねた。

「ははは、やだなあ、お二人とも。すっかり本気にしちゃって!デタラメですよ、デタラメ。今までの話は全部、ボクが即興で考えた作り話です。知能を持ったウィルスなんて、ありえないじゃないですか。モーロック氏は、やっぱり、ただの変態じじいだったんです。それだけの話ですよ」突如、グルは大声で笑って、そう言い直したのだった。

「なーんだ、やっぱり、そうだったんだ。だと思ったよ」グルの言葉をそっくり信じたらしく、アンも安堵の表情で笑い始めた。

 さっきまでの緊迫感はどうしたのだろう。なんとも、しまらない幕引きになったものである。

 ともあれ、こうして、恐怖の人喰い料理事件も解決したのであった。

「では、モーロック氏は、ボクが連れていきますよ」

 そう言って、グルは、まだ眠っているモーロックを肩にのせて、抱え上げると、私たちより先に、応接間から出ていこうとした。

「待って、グル」と、慌てて私はグルを呼び止めた。

 立ち止まったグルは、私の方に振り返った。

「ねえ、本当の事を教えて。やっぱり、さっきの話の方が事実だったんでしょう?グル、あなたは何者なの?」私はグルに真剣な表情で訊ねてみた。

 その時のグルは、妖しい笑みを浮かべてみせただけで、私の質問には何も答えてくれず、さっと外へ出て行ってしまったのだった。

 

    了

 

 

  初出/共幻文庫短編小説コンテスト2016 第3回 お題「料理」


最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

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「シースルー大作戦」

 雑誌「ダ・ガッキ」の美女編集者コンビであるトライとアンは、取材のため、はるばる日本にまでやって来ていた。トライは敏腕のルポライターで、アンが優秀な女流カメラマンだ。

 二人は、とある町の大きな総合病院の前にと立っていた。

「この病院に、あの博士の被害者がいるのね」と、病院を見上げながら、アンが口にした。

「そうよ。ばっちり独占スクープさせてもらうから、アンも良い写真を撮ってね」トライがアンに念を押した。

「もちろん!」と、アンがおどけながら、笑顔で答えた。

 トライは、スマホを取り出すと、シリーをオンにした。シリー(sili)は、音声アシストアプリなのだが、最新版は、通訳ソフトとしても使えるのだ。外国人に取材する時などには、通訳者代わりになってくれて、たいへん威力を発揮するのである。

 二人は病院の中へと入っていった。

 

  ーーーーーーーーーーーーーー

 

 俺をこんな目に合わせた野郎の話が聞きたいって?

 ほう。お姉さんたちは雑誌の編集者で、その取材のために、わざわざ、日本にまでやって来たんだ。仕事への情熱、半端ないねえ。けっこうな話だ。ヘッヘ。お姉さんたちは可愛らしいし、俺も少し、お姉さんたちを喜ばしてあげる事にしようかな。まだ他では話してなかった事も聞かせてあげるよ。

 さて。やはり、あの野郎との出会いから話す事にするか。

 俺はさ、ただ単に、あの野郎にアルバイトで雇われただけだったんだ。ファストフード店のバイトだけでは、どうしても食っていけなくてね。しかし、このご時世、なかなか、楽で収入のいい仕事も見つからないもんなんだ。

 そしたら、お化け坂にあった電柱に、高額のバイト募集をしている紙が貼られていたのを見つけたのさ。

 え、お化け坂って、どこの事かって?うちの町にあるんだよ、そういう場所が。そこそこに有名な坂なんだぜ。

 おっと、話が脱線したな。とにかく、俺は、そのお化け坂の電柱で、バイト募集の貼り紙を見つけたんだよ。そして、その募集主こそが、あの野郎だった訳さ。

 非合法な協力者募集だったからこそ、電柱に、手製のバイト募集の紙を貼っておくような真似をしていたんだろうね。それに俺はまんまと引っかかっちゃったんだ。しかも、俺は、他の誰かに、この高額の仕事を奪われるのが嫌で、その募集の紙を剥がしちまった。結果的に、あの野郎の募集には、俺しか応募せず、俺だけが被害者になったんだ。

 とにかく、俺は、あの野郎が面接場所に指定していた建物へと行ってみた。あとで知ったんだが、空き家を勝手に利用して使っていたらしい。あの野郎は、科学者を名乗って、その空き家を自分の研究施設と称していたんだ。言うまでもなく、あの野郎は偽名を使っていたし、その過去の業績や経歴とかも、全て嘘だらけだった。そうやって、まともな研究施設のふりをして、俺を欺いたんだ。

 で、面接の結果はどうだったかと言うと、もちろん、採用だった。他に競争相手が居なかった訳だからね。

 え?その時のあの野郎は、どんな感じだったかって?それが、この時点では、俺はあの野郎と直接会わなかったんだよ。いつも、その研究施設の内部は、十分な数の電気もつけず、太陽の光もろくに入れようとしない、薄暗い状態だったんだ。そんなところで、あの野郎は、常に姿を現さず、スピーカーみたいなものを通して、俺に話しかけてきた。ひどく無感情な声でね。だから、俺も、あの野郎は、建物の奥の方にでも、ずっと隠れていて、どっしり構えているものだとばかり思っていた。

 さて、バイトの仕事内容の方だが、最初は、週に何回か、建物内の掃除とか資料の整理をするなど、たわいのないものだった。しかし、それはカモフラージュだったんだよ。あの野郎は、最初っから、俺の事を実験のモルモットに使うつもりでいたんだ。

 だから、俺がある程度、仕事に馴染んでくると、急に、その話を持ちかけて来やがった。例によって、自分自身は姿を見せず、スピーカーを通した声だけでだよ。

 言い忘れてたが、その研究施設には、俺とあの野郎以外の人間はいなかった。まさに、人に知られないような段取りのもとで、俺はあの野郎の罠にはめられちゃったのさ。

 あの野郎はね、俺に、さらにお金を積むから被験者にならないか、と持ちかけてきたんだ。人体に影響はないし、特別な役得もあるような、甘い言葉をささやいてきた。

 まあ、その被験者って言うのが、お姉さんたちもすでに聞いているであろう、透視実験だった訳だ。あの野郎は、人間に透視能力を備えさせる薬を発明して、実用化させようとしていたのさ。

 俺が、なんで、そんな怪しげな話に乗っかっちゃったのかと言うと、あの野郎も、すでに、その薬の被験者で、俺の体を透視してみせる、と言ったからなんだ。あの野郎は、俺の肉体の秘密を、それこそ、盲腸の手術痕とか、太もものホクロの大きさまで当ててみせたのさ。

 それで、俺も、コロッとあの野郎の事を信じちまった。いや、何ね、あの野郎の誘惑の仕方もうまいんだ。好きな女の子の裸をいくらでも見られるようになるよ、とも言いやがった。それで、つい俺も、被験者を引き受けちまったんだよ。

 おっと、お姉さんたち、なんだよ、その嫌悪感いっぱいの態度は。俺の事を軽蔑してるのかよ。でもさ、男なんて、女の裸の話とかされちまうと、つい簡単になびいちゃうものなんだよ。

 話を戻すぜ。とにかく、俺はあの野郎の実験の被験者をする事になった。

 あの野郎は、透視薬の仕組みをいろいろと説明してくれたよ。でも、俺は難しい事はもうどうでも良かったんだ。とにかく、女の裸を早く見られるようになりたかったのさ。

 すると、あの野郎は、裸にしたい女にあらかじめ別の薬を飲ませておく必要がある、と言い出した。科学的な原理は、俺には分かんねえよ。でも、あの野郎の話によると、透視できない薬を飲ませとかないと、その子の裸は透けすぎて、レントゲンみたいな裸しか見れなくなる可能性がある、と言ったんだ。

 そんなヘンな理屈を説明された時点で、俺も怪しいと気付くべきだったんだろうね。でも、男の悲しいサガで、その時の俺は、女の裸を見れる事だけに頭がいっぱいになっていて、その話を素直に受け入れちまったのさ。

 あの野郎は、俺に、小瓶に入った飲み薬を渡してくれた。それを意中の女に飲ませろ、と言うのさ。俺は、疑う事もなく、その指示に従っちまった。

 その薬を誰に飲ませたかって?

 実は、俺のバイトしていたファストフード店に、よく食べに来てくれる、可愛い女子高生がいてね。俺は最初っから、その子に目をつけてたんだ。名前とか素性とかは知らないよ。見知らぬ他人だったけど、そんな子の裸を、いつでも自由に見られるようになるなんて、実に楽しいじゃないか。

 どうして、その子が学生だと分かったのかって?学校帰りなのか、うちの店に寄る時は、いつも、その子はセーラー服を着ていたんだよ。黒いのをね。ああ、あんたらは日本人じゃないから、学校の制服の話をしても、ピンとは来ないか。

 で、俺は、その子がうちの店に次に訪れた時に、その子の注文した飲み物の中に例の薬をこっそりと混ぜて、まんまと飲ませちゃったのさ。

 そうそう。このへんの話は、お姉さんたちだけに、はじめて話すんだぜ。上手に記事にしてくれよな。

 こうして、事前準備は整った。俺は、あの野郎のもとに行き、あらためて、自分自身が透視薬の被験者にとなったんだ。

 俺がもらった薬は目薬だった。その薬を目にさしても、すぐには効果はなかったのだが、時間が経つと、次第に効き目が出はじめてね、俺もあの野郎の話が本当だったと信じさせられる事になったんだ。

 瞳孔に気持ちを集中して、じっと凝らして見てみると、なんでも透過して見る事ができるようになりだしたのさ。人だけじゃない。モノだって、建物だって、何もかもがね。

 え?その効果は、まだ続いているのかって?

 ああ、もちろん、続いているよ。

 うん?なんだい、そっちのカメラを持ったお姉さん。そんな、俺の前から逃げないでくれよ。今の俺にも、あんたのヌードが見えてると思ったのかい?

 それは心配しなくてもいいよ。このあたりの事情については、おいおい、話すよ。

 ともあれ、これで俺も透視能力者になった訳さ。しかし、この透視能力ってヤツが、実は皆が考えているほど便利なものではないんだな。

 ちょうどいいぐらいに透視する事が、考えていた以上に難しいんだ。たとえば、あんたたちの裸を見たいと思ったとするだろう?あ、だから、ほんとに、今、透視しようとしている訳じゃないから、気にしないでくれ。裸を見てやろうと思ってもね、俺の希望した形では、うまく透視できないんだよ。

 上着は透視できても、下着は残ってしまったりする。逆に、透視しすぎて、骨だけや筋肉の筋がむき出しの体に見えちゃったりもするんだな。それも、全体的にそうなるんじゃなくて、透視される範囲もチグハグで、上半身は骨まで透視しているのに、下半身は服を着たままだったりする。要するに、全然、この透視能力は実用的じゃなかったんだ。

 もしかすると、訓練すれば、透視の程度も調整できるようになったのかもしれないが、どんなトレーニングをすればいいのかも、よく分からなかった。精神を強く集中させる事で、何も透視しなくするか、あるいは、完全に全てを透視しきってしまう事だけはできたので、結局は、普段は、生活に支障が出ないように、いっさい透視するのを止めておくしかなかった。

 で、ここで、なぜ、あの野郎は、俺の好きな女の子に、特殊な薬を飲ますように細工させたのかが分かったんだな。その特別な薬が染み込んだモノだけは、全く透視する事ができなかったんだ。例の女子高生と会った時に、それがはっきりと分かったよ。

 バイト中のファストフード店に、セーラー服の彼女がやって来た時にね、ここぞとばかりに、彼女に対して、透視能力を使ってみたんだ。ヘンに調整しようとはしないで、気軽に、全部、透視してやるつもりになってね。

 すると、どうだ!

 すごいじゃないか。彼女の服が、ちょうどいい具合に透けていきだしたんだ。最高の見世物だったぜ。

 まずは、彼女のスカートが消えてしまった。続けて、セーラー服もどんどん透けていくんだ。彼女が身につけていた黒い下着が丸見えになった。それでも、まだまだ、透視は進んでいくんだ。セーラー服が全て見えなくなり、下着が部分的に透視されていった。黒のパンストもうまい具合に透視されてしまって、腰まわりのパンストだけが消え去った。ブラジャーは、胸に巻かれた紐のようになって、彼女の大きなおっぱいや乳首もモロ見えさ。まだ高校生だったくせに、彼女ときたら、母親みたいに立派で、でかい乳輪をしていやがったぜ。さらに、パンツだって、ハイレグやTバックに変わっていき、彼女の形のいいお尻や股間の食い込みまで、バッチリ見えてしまったんだ。

 俺だけに見えてるのさ。そんなセミヌードの彼女が、お店の中を、何事もないかのように歩き回っているんだ。普通だったら、絶対に拝む事のできない、まぶしい光景だったぜ。

 おっと、お姉さんたち。そんなに呆れないでくれよ。男なんて、そんなもんなのさ。女の裸を眺める事ができると、ついつい、喜んじゃう生き物なんだ。

 とにかく、俺は、こんな彼女の姿を拝見できただけでも、透視薬の被験者になって良かった、と満足してしまった。これからは、店にバイトに行くたびに、こっそり彼女の裸を見物できるのかと思うと、その事だけがささやかな喜びとなったんだ。

 しかし、そう全てがうまくもいかなかったんだよ。

 ある日、俺が朝起きると、周囲の景色が完全におかしくなっていた。例の、あちこちがチグハグに透視された状態になっていたんだよ。精神を集中させてみても、その状態は変わらない。何もかもを消して、目の前を真っ白にする事だけはかろうじて出来るんだが、全部が正しく見える状態には戻せなかったんだ。

 よく考えたら、人間の目玉なんて、普通に使っていても、ピントが合わなくなって、近眼になったり、老眼になったりするもんなんだよね。透視能力なんか備わっても、やっぱり、いずれはピントを合わせられなくなってしまうものだったんだ。しかも、その悪くなるまでの猶予の時間も、やたらと短かった。

 俺は、完全に、出来損ないの薬の実験台にされちゃった訳さ。あの野郎の方は、こんな結果になる事を、実は最初から分かっていたのかもしれない。

 これには頭にきて、俺も、文句を言うために、あの野郎の研究施設に押しかけてみたんだ。なにせ、景色がまともに見えない訳だから、道を歩くのも一苦労だったぜ。それでも、なんとか、俺は、あの野郎の研究施設にまでたどり着いて、中に押し入ってやったんだ。

 そこで、俺は、あの野郎に、出てくるように、大声で訴えまくったが、あの野郎はいっこうに現れなかった。すでに夜逃げしたみたいに、研究施設の中は静まり返っていた。

 だけど、俺だって、そうとう腹が立っていたから、こうなったら、建物の中の全てを調べまくってやる事にしたんだ。今まで入った事のなかった場所にも踏み込んでやった。

 でも、やっぱり、あの野郎の姿は見つからなかったのさ。それどころか、俺が想像していた、あの野郎の秘密の隠れ部屋みたいなものも発見できなかったんだ。

 しかし、そんな時だった。俺の耳に、バイブレーターの音が聞こえてきたんだ。建物の中は、水を打ったように静かだったからね。そんな小さな音も聞き漏らさなかったんだ。

 そして、俺は仰天したよ。薄暗い建物の中で、俺のほんのすぐ近くの場所で、スマホが宙に浮いていたんだ。さっきのバイブレーターの音の発信源は、このスマホだったのさ。

 同時に、俺は人の気配も感じた。そのスマホは、それだけが宙に浮いていた訳じゃなくて、何者かが持っていたんだ。そこに誰かが居たんだよ。息を潜めて、俺の様子を伺っていたんだ。それこそが、あの野郎だった。あの野郎の正体は、透明人間だったんだ。

 その真相が分かった途端、俺もゾッとしたよ。

 あの野郎は、どこか奥の部屋に隠れていた訳ではない。俺がバイトに行った時は、いつも、俺のそばにいて、俺の様子を観察していたんだ。俺の体の秘密を知っていたのも、透視したからではなく、俺の着替えを覗いていたからなのかもしれないな。

 え?どうして、あの野郎がスマホを持っていたのかって?お姉さんたちもご存知だろうが、あの野郎は日本人じゃないんだ。日本語が喋れなかったもんだから、俺と会話する際は、スマホの通訳アプリを利用していたのさ。なるほど、あの野郎の声は無感情だったはずさ。スマホの機械音声だったんだからね。

 俺がそばにいたにも関わらず、スマホをいじったりしていたのは、あの野郎のとんだ失敗だった。しかも、このタイミングの悪さで、なぜバイブが作動したのか、俺にも、その理由は分からないよ。

 お姉さんたちの方では、そのへんの事を何か調べ上げてはいるのかい。

 え、なになに?あの野郎の本名は、グリフィンって言うのかい。お姉さんたちの国でも、透明人間の姿で、いろいろと悪い事をしていた立派な犯罪者だったのか。それで、一度は捕まったものの、すぐ脱獄して、日本にまで逃げてきていた、って事なのかい。で、お姉さんたちは、あの野郎のその後の足取りを記事にするべく、わざわざ、日本にまで取材に来たって訳か。ほんと、仕事熱心で、偉いお姉さんたちだこと。

 ああ、分かった、分かった。話を戻すよ。

 全ての事実が判明した時、俺はもうおしまいだと思ったね。何しろ、相手は透明人間なんだ。まともに組み合えば、絶対に俺の方が不利だ。証拠隠滅のために、そのまんま、俺は殺されちまうかもしれない、とも思ったよ。

 でも、その時だった。

 いきなり、一人の若者が、この建物に飛び込んで来たんだ。そいつも外国人だったぜ。なかなかの好青年だった。確か、グルとか名乗ってたな。ちょっと変わった名前だったけど、仮の名だったのかな。

 とにかく、そいつが、俺をピンチから救ってくれたんだ。グルは、果敢にも、あの野郎の事を取り押さえてくれたんだ。見事な捕り物劇だったぜ。

 グルとか言う青年は、熱センサーのついたゴーグルをつけていたのさ。いくら姿の見えない透明人間でも、体温は発しているから、熱センサーにはしっかり反応しちゃう訳さ。格闘は、だんぜん、グルの方が上みたいだった。あの野郎は、あっさり取り押さえられちまったのさ。

 そのあと、あの野郎については、グルが連れていっちまった。俺も、グルに手を引いてもらって、近くの交番へと誘導され、そこで保護してもらったんだ。

 グルが一緒に居たのは、そこまでさ。それっきり、グルも姿をくらましちまった。グルが、あの野郎をどこに連行したのかも分からない。警察も、彼らの行方は分からないそうだ。全く、この青年、何者だったんだろうね。国際警察の秘密エージェントとかだったのかな?

 ともあれ、俺は、あの野郎の被害者という事で、警察に保護してもらった。俺は詳しく事情を伝えたが、あまりに不思議な事件だったし、警察も対応に困っていたようだった。そもそも、加害者のあの野郎は、さらに謎の男に連れて行かれたあとで、もう居なかった訳だしね。ただ、研究施設に怪しい証拠はいっぱい残されたままだった。謎の指紋も大量に発見されたし、俺の話だけはかろうじて信じてもらえたのさ。

 こうして、俺は、なんとか、犯罪事件の被害者だとは認めてもらえたものの、目の方は治らなかった。透視薬は、現代医学を超えた技術だったらしく、高名な目医者でも、手の施しようがなかったんだ。

 このままでは通常生活も満足に送れない為、俺は病院のお世話になる事になった。その病院と言うのが、ここさ。それ以来、俺は、ずっと病室に閉じこもりっきりなんだ。何せ、景色がおかしく見えてしまう半透視状態は、全く何も見えないのよりもタチが悪く、危なくて、一人じゃ動き回れないんだ。

 ほんとの事を言うと、今の俺には、お姉さんたちの姿だって、まともには見えてないんだぜ。さっき、あんたたちの事を可愛らしいと言ったのも、想像に基づいたお世辞さ。実際の俺には、あんたたちの事は、ゾンビみたいな皮剥け姿にしか見えていないんだ。外国美人の姿を、ぜひ、この目で拝みたかったよ。

 俺は、このまま、もう一生、まともにモノを見る事はできないんだろうね。全ては、ほんのちょっと、スケベ心を抱いてしまった事への報いなのさ。どうか、この愚かな男の事を笑ってやってくれよ。

 

  ーーーーーーーーーーーーーー

 

 病室のベッドに寝ていた中年の男は、外国からわざわざ日本にまで取材に来た二人の女記者へと、自分の体験の一通りを語り終えたのだった。

 その時、一人の若い看護師が、巡回で、この病室へと入って来た。

 スカートタイプのナース服を着た、きれいな看護師である。

 彼女が来るなり、ベッドの男は、とても嬉しそうな表情になった。そして、男は、検温の最中、ずっと、その看護師の方を、うっとりと眺め続けていたのだった。

 検温が終わって、看護師が出て行くと、ニコニコしている男が、また喋り始めた。

「今のナースを見たかい?この病院に入院してからは、ずっと絶望していた俺だったが、あのナースが俺の担当として配属された時は、ほんとに驚いたね。おっと!この先の話はオフレコで頼むよ」

 男が急に、会話内容のNGを要求してきた。

「まさに、神は俺の全てを見捨てた訳じゃなかったんだ。あのナースこそは、俺が不透視の薬を飲ませた女子高生だったのさ。高校卒業後、看護師の道に進んだらしい。そして、偶然にも、彼女は、再び俺の前に戻ってきてくれたんだ。不透視薬の効果はまだ続いていた。俺は、今でも、彼女のヌードだけは、美しいままで見る事ができるんだよ。こんな病院の中だと言うのにね。たった今も、ずっと、彼女の服を透視させてもらっていた。清楚なナース服は透けていき、俺の前にいる彼女は、下着からおっぱいもお尻もはみ出して、陰毛までうっすらと見えちゃている、淫らな半裸状態だった。今日も、彼女は、美しい裸をしていたよ。これからも、俺は、唯一の歓びとして、彼女のヌードだけは堪能し続ける事ができるのさ」

 そう言って、男は幸せそうな微笑みを浮かべたのであった。

 

 こうして、トライとアンの日本での取材は終わった。

 アンの方は、残った日程で、日本のグルメと観光地めぐりをする事に浮かれていた一方で、トライの方は、すっかり別の事が気にかかっていたのだった。

(『ダ・ガッキ』の編集部に戻ったら、やっぱり、グルに「あんたは一体、何者なのよ」ときつく問い詰めた方が良さそうね)と、トライはあらためて思っていた。

 

      了


最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32

<おまけ>ボツネタ大作戦

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最終更新日 : 2016-09-09 11:19:39

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解説

 トライアングル・シリーズの第1話となる「ガラスの靴大作戦」は、ブックショートへの出品用に執筆したものです。

 もともと、連作ものとして書いた訳ではなかったのですが、単品「ガラスの靴大作戦」の方が、アイディアに合わせてストーリーをまとめてゆくうち、どうもシリーズものの一本っぽいムードになってしまいました。タイトルもよくよく考えた末、「ガラスの靴大作戦」にしたのですが、このタイトルにしても、いかにもシリーズものの1エピソード風です。

 そんな訳で、逆にひらきなおって、トライアングル・シリーズにしてしまった次第です。このシリーズは、昔の外国アニメのノリで書いておりまして、文章も何となく外国の小説を邦訳したような雰囲気を持たせています。

 その後、共幻文庫のコンテスト向けに「苦情の手紙大作戦」「人喰い料理大作戦」などを書いたのですが、そのあとの新作がなかなか決まりません。結果として、ボツネタばかりが増えていく状態です。そもそも、連作が前提のご都合主義な部分が多い為、いざアイディアを練っても、コンテストに受かりそうな秀作になりそうにないのですね。最初からそう分かってしまうと、書く方もやる気が出ない訳です。

 そんなんで、このシリーズは完全に新作作りの方が滞っていますが、いずれ、すごい最新作を披露する日も来るかもしれません。


最終更新日 : 2019-10-15 08:55:32