目次
ルシーの明日(完全版)
ルシーの明日(完全版)
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「ルシーの明日」解説(ルシーとシリー)
「ルシーの明日」解説(ルシー的宇宙人)
「ルシーの明日」解説(ルシー的タイムマシン)
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「時間犯罪(もしくは、AIクライシス)」
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「タイム残酷トラベル」
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おかしな童話集
おかしな童話集
「桃太郎(少年マンガ風)」シノプシス
「大きなガブ」
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「浦島異聞」
「狼ハンター」
「続・狼ハンター」
「狼ハンター」誕生秘話と今後の展開
「新釈・漁師とおかみさん」
おばけ坂シリーズ
お化け坂シリーズ
「3つの手の物語」
「お化け坂」
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「笑う幽霊坂」
「恨みの短冊」
「お化け坂を訪ねて」
「見えない叫び」
「びっくり妖怪大図鑑」
解説
トライ・アン・グルの大作戦
トライ・アン・グルの大作戦
「ガラスの靴大作戦」
「苦情の手紙大作戦」
「人喰い料理大作戦」
「シースルー大作戦」
<おまけ>ボツネタ大作戦
解説
アケチ探偵とニジュウ面相の冒険
アケチ探偵とニジュウ面相の冒険
「お題に生きる男」
「笑いを盗む男」
「知ってる人だけのお話」
「AIに負けるな」
「ニジュウ面相の別荘」
「ニジュウ面相は誰だ?」
解説
いずみの青春
いずみの青春(泉ちゃんグラフィティ)
アングル「泉」
「アリとギリギリデス」
<解説>「アリとギリギリデス」元ネタ
「ビデオの中の彼女」
<「湯けむりの天使」って、こんな内容>
「姪っこんぷれっくす」
「泉より愛をこめて」
「絵画の刑罰」
「V.O.ルーム」
「教室にて」(「脱衣ゲーム」より)
「ピンクの怪物」登場モンスター目録
「いけない同級生」シノプシス
「いけない同級生(仮)」シノプシス(続)
二次創作
二次創作
映画用「時の塔」シノプシス(1)
映画用「時の塔」シノプシス(2)
映画用「黒の放射線」シノプシス(1)
映画用「黒の放射線」シノプシス(2)
解説
その他
その他
「おいらとタマの一人暮らし」
ボツネタ集
シノプシス・コンテスト用ボツネタ
共幻文庫コンテスト2015用ボツネタ
共幻文庫コンテスト2016用ボツネタ
アットホームアワード用ボツネタ
「師匠の憂鬱」(『西遊記』より)
さるかに合戦いろいろ
特撮ヒーロー「うさぎとかめ」
エデンの園、他
解放軍闘士のオオカミ
アリとキリギリス
アケチ大戦争
隣のタヌキ
現代版ギルガメッシュ
AI影の少女
いじめっ子は皆殺し
愛欲のリフレイン(別題「あなたと私だけの世界」)
<解説>名前遊び
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奥付

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アケチ探偵とニジュウ面相の冒険

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アケチ探偵とニジュウ面相の冒険

目次

 

「お題に生きる男」(共幻文庫短編小説コンテスト2015出品作)

「笑いを盗む男」(共幻文庫短編小説コンテスト2016出品作)

「AIに負けるな」(共幻文庫短編小説コンテスト2016出品作)

「ニジュウ面相の別荘」

「ニジュウ面相は誰だ?」(「ハイスクール全裸」より)

解説

 


最終更新日 : 2020-01-05 15:18:16

「お題に生きる男」

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最終更新日 : 2016-04-11 22:20:38

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「笑いを盗む男」

 今、舞台の上では白熱した状態が続いていた。何しろ、私たち全員が待ち望んでいたお笑い日本一を決めるコンテストが行なわれていた最中だったのだ。何百人もの観客に見守られる中、最終ノミネートされたトップクラスの芸人たちが次々に持ちネタを披露していた。コントあり、漫才あり、モノマネありと、芸風もさまざまである。しかも、誰もがテレビで引っ張りだこの有名芸人ばかりなのだ。

 舞台上も観客側も一丸となって盛り上がるのが当たり前だった。そのはずだった。

 しかし、諸君は気付かれたであろうか。確かに、会場は興奮のるつぼに包まれていた。なのに、これまでの経過を振り返ってみると、今まで一度も笑い声は聞こえてなかったのである。つまり、観客の誰一人として笑ってはいなかったのだ。

 もちろん、一流芸人たちが得意のネタを披露していたのだから、つまらなかった訳ではない。かと言って、皆が真剣に見入り過ぎたため、笑いも忘れるほど熱中していたと言う事でもなかろう。

 この奇妙な緊張感に耐えられなくなったのか、七番めの芸人のネタ見せが終わった直後、一人の観客がいきなりドタドタと舞台の上へと上がっていった。

「皆さん、ちょっと待って下さい。このコンテストはいったん中止です!おかしいと思いませんか。なぜ、皆さんはまだ一度も笑っていないのでしょうか」

 舞台に上がった男は、観客の方に体を向け、そう問いかけたのだった。

 その男の顔に見覚えがあった何人かの観客がウッと声を上げかけたようである。

「すみません。お客さまは、舞台に上がるのはご遠慮していただけないでしょうか」

 と言いながら、司会者がその男のそばに走り寄った。

「これは失礼しました。私は探偵のアケチです。アケチコゴロウと言います」

 男が自己紹介した途端、今度は観客全員がオオッと声を上げたのだった。

 確かに、その男の顔は、私たちの誰もが知っているアケチ探偵だったのである。国家を揺るがす凶悪事件の数々を見事に解決していった、あの有名な探偵だ。

 何だか、おかしな事態になってきたようである。しかし、ここはもう少し様子を見ていた方がよさそうだ。

「これは、これは、あの名探偵のアケチ先生でしたか。こんな場所にいらっしゃるとは、一体どうなされたのでしょう?」

 この男が高名な私立探偵だと分かると、急に司会者の態度がコロリと変わったのだった。

「このコンテスト会場で何やら事件が起こりそうな胸騒ぎがしたのです。どうやら、私の勘は当たっていたみたいですね」

「事件ですって!まさか!」

 アケチの話に対して、司会者が大げさに驚いてみせた。

「事件ですよ、明らかに。こんな面白いコンテストが開かれているのに、誰も笑わないではありませんか。これは、笑わないのではなく、恐らく、笑えないのです。皆さん、どうぞ、笑えるかどうか試してみて下さい」

 アケチは、司会者から手渡されたマイクを握りながら、観客へ向けて、そう尋ねてみた。

 そして、このアケチの主張は確かに事実だったのである。

 皆が懸命に笑ってみようと頑張ってみた。顔を歪めてみたり、喉を踏ん張らせたりしたものの、なぜか笑いにならないのだった。まるで笑い方を忘れてしまったみたいにだ。

「分かったでしょう。つまり、この会場から、いつの間にか笑いが奪い去られていたのです。これは前代未聞の大事件です」

 アケチが力強くうそぶいた。

 その断言に、観客も激しくどよめいたのだった。

「笑いが奪われただなんて、信じられません。一体、なぜそんな事が起きたのですか?怪現象ですか?それとも、宇宙人の仕業とか?」

 おののく司会者がアケチに尋ねた。

「いいえ、怪現象でも宇宙人の侵略でもありません。この会場の笑いは盗まれたのです。そんな魔法のような事ができる人間を、皆さんも一人だけご存知のはずです」

「笑いを盗める泥棒だなんて、それって、もしかすると・・・」

「そう、ニジュウ面相です」

 再び、観客席は大きくどよめく事になったのだった。

 アケチ探偵に続いて、あの大怪盗のニジュウ面相の名前まで出てくるとは、ほぼ予想どおりだったとは言え、それでも驚かざるを得なかったのだ。

「し、しかし、いくらニジュウ面相でも笑いを盗む事はさすがに無理でしょう」

 司会者がアケチに噛み付いた。

「いいえ。ニジュウ面相はどんなものでも盗みだせる、魔術師のような怪盗です。たとえ笑いであろうと、きっと盗めるはずでしょう」

「しかし、仮にニジュウ面相の仕業だったとしても、一体、ヤツはどこに?」

「ニジュウ面相は誰にでも化けられる変装の名人です。恐らく、この会場の中に紛れこんで、このコンテストが大騒ぎになっているのを楽しみながら観察しているに違いありません」

「ここにいると言うのですか」

「その通りです」

「き、聞きましたか、皆さん!あなた方の誰かがニジュウ面相なのかもしれないそうです!」

「いや、観客だけが怪しいとは限りませんよ。司会者さん、あなたはさっきから私の推理に懐疑的でしたね。もしかしたら、あなたこそがニジュウ面相なのではありませんか。司会者と言う立ち位置は、笑いを盗むのにも細工がしやすそうですからね」

「と、とんでもない!私はニジュウ面相ではありませんよ!」

 アケチに詰め寄られて、司会者がすっかり困り果てているのを見て、ようやく私も乗り出す気になったのだった。

「全く、これはなんてサプライズなんだい。このお笑いコンテストの優勝は、間違いなく君だよ」

 そう大声で訴えながら、私はゆっくりと舞台に上がったのだった。

「き、君は何者だ!」

 当然ながら、アケチが私に食って掛かってきた。

「おや、知らないはずはないだろう」

 と、私はカツラとサングラスとツケヒゲを外してみせた。

「私こそが、本物のアケチコゴロウなのだから」

 観客席が今までにない大きなどよめきに包まれたのだった。

 何しろ、舞台には今、全く瓜二つの顔をした二人にアケチコゴロウがいるのだ。こんな光景を目の当たりにできるとは誰も想像できなかったに違いあるまい。

「お、お前が本物のアケチだと?証拠はあるのか」

 最初のアケチが、焦って、私に問いかけてきた。

「ボクは大のお笑い好きでね。その事は、ボクのファンの方だったら、皆、分かってるはずだ。このコンテストにも、変装して、お忍びで見に来ていたのさ。まさか、もう一人の自分に会えるとは思ってもいなかったけどね。胸騒ぎがしたから、この会場に居ただなんて、ちょっとボクの事を勉強不足だったんじゃないのかな」

 私は、もう一人のアケチにサラリと言ってやった。

 そのアケチ、つまりニセのアケチは返す言葉がなかったようで、鋭く私を睨んでいた。

「ニジュウ面相くん。お題つき短編小説コンテストが終わってから、おとなしくしていたと思ったのだが、小説コンテストが再開するなり、また悪いクセが出てしまったようだね。今回のお題は、なぜ盗みたかったのかな?」

 私はニセアケチに尋ねた。

「その前に、お前は、なぜオレがニジュウ面相だと決めつける?おかしいじゃないか。オレは自分で自分の犯罪をばらした事になるんだぞ。むしろオレが本物のアケチで、お前がニジュウ面相だと考えた方が自然じゃないのか?」

 ニセアケチが必死の反論を仕掛けてきた。

「いいや、君がニジュウ面相で間違いないのさ。ニジュウ面相は目立ちたがり屋の性癖があってね。せっかく、笑いを盗みだすと言う世紀の大犯罪を成し遂げたと言うのに、このままでは、誰も気が付きそうにない。だから、ボクに化けて、自分から笑いを盗んだ事を皆に知らせたのだろう。いかにも君らしいやり口さ。もっとも、この場所に本物のボクもいた事は大誤算だったみたいだけどね」

 私はあっさり言い返した。

「では、本物のアケチくん。オレがどうやって笑いを盗んだのか、そのトリックも見抜けたんだろうね。そこまで分かっていなければ、オレはまだまだ負けを認めんからな」

 ニセアケチ、いやニジュウ面相は怒鳴った。

「もちろん、謎は解けてるとも!司会者さん、マイクのスイッチを止めて下さい。この会場のスピーカーを全て消してしまうんです」

 私も大声で叫んだ。

 ニジュウ面相の顔には、明らかに悔しげな表情が浮かんでいた。

 私の指図に従って、会場内の音響装置はいっぺんに電源を切られてしまった。会場は静寂にと飲み込まれた。

 しかし、やがて、観客席のあちこちからクスクスと笑い声が漏れだしたのだった。それは、次第にはっきりとした笑い声となって、互いに混ざり合い、大きな爆笑へと変わっていった。これまで押し殺されてきた笑いがいっきに噴き出したのである。

「見たかい。笑いを盗んでいた元凶は、スピーカーに密かに取り付けられていた低周波発生装置だったんだ。この低周波は、人間の脳に無意識に働きかけて、笑いを引き起こす機能をマヒさせてしまう。これは最近、帝都大学の心理学部の論文で発表されたばかりの研究だ。君は、この論文を読むなり、さっそく利用したのだろう。スピーカーに取り付けるとは、さすがはニジュウ面相らしい発想だ。どんなお笑い芸でも、スピーカーを通して聞こえてくる音無しではなりたたないからね。なるほど、全てのお笑いが相殺されちゃったはずさ」

 私は解説してみせたが、よく見ると、会場の大きな笑いに晒されていたニジュウ面相の様子が、何やら、おかしくなっていたのだった。

 彼は、両手で耳をおさえ、震えながら、うろうろしていた。

「やめろ!笑うな!オレを見るな!オレの事を笑うんじゃない!」

 ニジュウ面相は、目もうつろに、そう叫びだしたのだった。

「どうした、ニジュウ面相!」

 と私も声を掛けてみたが、混乱しているニジュウ面相には聞こえていないようだった。

「笑うな!笑うんじゃなーい!」

 そう怒鳴り、うろたえながら、舞台の一番奥まで下がったニジュウ面相は、黒い暗幕の前で立ち止まって、突然パッと姿を消したのだった。

 この不思議な退場の仕方に、観客の笑いは一瞬途絶えて、驚きの声に変わった。

「ニジュウ面相は笑われる事に異常なトラウマを持っていたんだ。それで、このお笑いコンテストを台無しにするような計画を思い付いたのだろうか。もしかすると、この笑われる事へのトラウマが、彼が怪盗になった理由とも結びついていたのかもしれないな」

 私はつぶやいた。

「ア、アケチ先生。ニジュウ面相は、なぜ消えたのでしょう?」

 司会者が私のそばに歩み寄ってきて、そう質問してきた。

「ああ、あれは簡単なブラックマジックです。ヤツの常套手段の一つですよ。黒い暗幕の前で、上手に黒いマントをかぶれば、一瞬に消えたように錯覚してしまうものなんです。ニジュウ面相は暗幕をくぐって、今ごろ、暗幕の裏側から逃げ出してしまった事でしょう」

「追わなくてもいいのですか?」

「これだけ用意周到なヤツの事です。今から追いかけても、もう間に合わないでしょう。今回、ボクの方もたまたまヤツに出会ったものですから、何の準備もしていませんでした。笑いも戻ってきた事ですし、今日のところは見逃してやる事にしませんか」

 観客席からは、私の寛大さを讃えてくれる大きな拍手が沸き起こったのだった。

「全く、このたびはアケチ先生のおかげで本当に助かりました。どうお礼を述べたらいいのやら、最良の言葉が見つからないぐらいです。それにしても、アケチ先生が大のお笑い好きだったとは初耳でした。いかがでしょう、特別ゲストとして、小話でも一つ披露してみませんか」

 ここで、司会者が、不意に素敵な提案をしてくれたのだった。

「でも、この会場は日本一の芸人ばかりが集まった晴れの舞台です。私のようなアマチュアが参加するのは、場違いなのではありませんか」

「いえ。これは皆に笑いを取り戻してくれた、ささやかなお礼です。観客の皆さんも、アケチ先生のとっておきのネタをぜひ聞きたがっていますよ。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「そこまで、言うのでしたら」

 私は、秘蔵の小話を披露してみる事に決めたのだった。

 

「隣の家に塀ができたってね」

「わあ、かっこい〜!」

 

 さて、このあと、はたして観客席に笑いの花が咲いたのかどうか、それは諸君の判断にゆだねる事にしたい。

 

   「笑いを盗む男」・完

 

  初出/共幻文庫短編小説コンテスト2016 第1回 お題「笑い」


最終更新日 : 2020-01-05 15:18:16

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「知ってる人だけのお話」

 これからお話するのは、私が体験した、たいへん不思議な出来事です。

 私は、インターネット上で電子書籍専門の小さな出版社を経営していました。拠点となるホームページのサーバーも自社内に置いていたのですが、それが突然壊れてしまったのが事件の始まりでした。

 サーバー内のデータを自社内のパソコンで閲覧する事は可能なのですが、なぜかインターネットの回線にはうまく繋がらなくなってしまったのです。

 電子書籍メインで活動していたのですから、ネットと接続できないのでは話になりません。折しも、自社オリジナルの一般参加型コンテストとして、ブックカバーデザインコンクールの募集を始めたばかりの時でした。

 自分たちの力だけではどうしようもありませんので、我が社のパソコン関連の構築を全て任せていたグル・インターネット・サービスに、サーバーの故障を直してもらう事にしました。

 と言う事で、グルの技術者がさっそく我が社の事務所にまで来てくれて、サーバーの入ったコンピューターの点検をしてくれたのですが、どうも、専門家が調べてみても、原因がよく分からなかったようです。

 さいわい、自社内ではまだサーバー内のデータを操作できる訳ですし、いっそデータを全て取り出して、新しいコンピューターでサーバーを再構築してみたらどうかと、グルの技術者は提案してきました。

 私も、サーバーの早い復旧を望んでいましたし、そのグルの提案をすんなり受け入れようとした時です。そばで働いていた編集者の一人の虎井さんがいきなり悲鳴のような声をあげました。

 何事かと思って、彼女の元へ寄ってみると、使用中だった自分のパソコンに勝手に文章が打ち込まれだしたと言うのです。

『さーばーヲ変エテモ無駄デス。私ハ、新シイさーばーニ、マタ取リ憑キマス。』

 虎井さんのパソコンの画面には、そんな文章が現れていました。

 真面目な彼女が、悪ふざけをしたとは思えません。それとも、サーバーの異常が、他のパソコンにも伝染し始めたのでしょうか。

 私は理由が分からなくて、こんな意味不明なメッセージなぞ無視してしまおうとしたのですが、グルの技術者がなかなかの勘のいい人物でした。

 彼は、パソコンに返事を打ち込む事で、その謎のメッセージと会話してみる事を思いついたのです。

『あなたは何者ですか?』

 と、グルの技術者は虎井さんのパソコンに書き込みました。

 すると、律儀にも、謎のメッセージの主は相手をしてくれだしたのです。もちろん、パソコン内に勝手に文章を打ち込むと言う形でですが。

『私ハ、コノ世ノモノデハアリマセン。アナタ方ガ、幽霊ト呼ンデイル存在デス。』

『その幽霊が、なぜパソコンのサーバーなんかに取り憑いたのですか?』

『ゴメンナサイ。ドウシテモ、娘ヲ優勝サセタカッタノデス。』

 この幽霊なるものの話の中身は、最初はよく理解できませんでした。しかし、文字入力の会話を続けていくうちに、次第に言いたい事が掴めてきたのです。

 この幽霊の娘さんと言う方は、デザイナーを目指していたのだそうです。そして、我が社が主催していたブックカバーコンクールにも真っ先に作品を応募していたようなのですが、その直後に、この幽霊は我が社のサーバーに取り憑き、インターネットの接続を妨害しだしたみたいなのでした。なぜ、この幽霊がそんな事をしたかと言うと、ライバルのデザイナーたちをコンテストに参加させない為です。コンテスト応募者が娘一人なら確実に入選するとでも思ったのかもしれませんが、なんとも安直な発想です。

 私は、以上の事情が飲み込めてきましたので、疑いつつも、さっそく、今までのブックカバーコンクールの応募者を調べてみる事にしました。サーバーがおかしくなる前に作品を送ってくれた一般参加者は、ベルと言うニックネームの人物が一人いるだけと言う事が分かりました。この人がどうやら、その謎の幽霊の娘さんなのかもしれません。

 グルの技術者は、最後に、サーバー内の幽霊に名前を聞いてみました。

『私ノ名前ハ、尾場家サカ。』

 と、幽霊は答えました。

 私の方も、すぐにベルと言う人物と連絡を取ってみる事にしたのでした。

 そのベルという人の本名は、尾場家すずです。まさに、どんぴしゃりなのであります。私は、その人をさっそく我が社へ呼び招いてみました。さいわい、その人も都内に住んでいて、我が社のすぐそばに居たのです。

 来たのは、20代の若いお嬢さんでした。彼女が、どうやらサーバーに取り憑いた幽霊の娘さんだったみたいです。

 私たちは、彼女に、これまでのいきさつを詳しく説明してみました。でも、彼女は終始怪訝そうな顔をしています。そりゃあ、こんな話をいきなり聞かされても、すぐには信じられませんよね。

 だから、私は、すずさんに、サーバーの幽霊と直接、話をさせてみたのであります。親子の全く奇妙なご対面です。

 すると、パソコンが返してくる文章にはすずさんにしか分からないような話も多数含まれていたようで、間もなく彼女は全ての事を納得し、動揺しながらも受け入れてくれたのでした。

 彼女の母、尾場家さかさんは、半年前に病気で亡くなったばかりでした。生前から娘の夢を応援し続けていた母は、死んでからも、こんな形で娘に力添えしようとしたのです。

 なんて不思議で、愛情あふれる話なのでしょう。

 しかし、ライバルの参加を妨害して、入選させようと言うのは、やはり正しい優勝方法ではありません。そのへんを、すずさんは母へとしっかり伝えてくれたようです。

 こうして、サーバーを乗っ取ったおかしな幽霊は、ようやく我が社のパソコンから離れてくれる事を承知したみたいのでした。私の方も一安心したのであります。

 一見、これで全ては丸くおさまったようにも見えます。だけど、サーバーから出て行ったら、すずさんのお母さんはまた消滅してしまうのでしょうか。せっかく、死に別れた親子の幸せな再会が叶ったと言うのに、それではあんまりな感じもします。

 そんな時、編集者の一人である安藤さんが、パソコンから離れたら今度はこれに憑依してみたらどうかと、自分の持っていたルシーを太っ腹で差し出してくれたのでした。

 ルシーとは、最近流行のロボット人形です。オモチャながらも、最先端のAIも組み込まれていますので、自分で喋ったりもできます。パソコンに取り憑く幽霊にとっては、なんとも丁度いい憑依物だったのではないのでしょうか。

 かくて、我が社のサーバーに巣食っていた幽霊は、了解して、人形のルシーの中へと移動したのであります。

 皆が息をのんで見守る中、ルシーがこう喋りました。

「すず。私よ。さかよ」

 その時のすずさんの驚きと嬉しそうな表情は、私は今でも忘れる事ができません。

 彼女は本当に幸せ者だったと言えるでしょう。亡くなった母親と、ルシー人形を通して、これからは一緒に暮らしてゆく事ができるのですから。

 礼を言って、すずさんは、うちの事務所から出て行きました。

 我が社のサーバーも完全に復活しましたし、全てはめでたしめでたしなのです。

 そして、これまでの不思議な出来事を語り合いながら、あらためて、すずさんがコンテストに出品してくれたデザインに目を通し、私と虎井さん、安藤さんらで、入選の事を真剣に検討してみようかと相談しあっていた時です。

 外から、すずさんの悲鳴が聞こえてきました。

 私たちはびっくりして、事務所の外へ出てみましたが、すずさんは事務所から百メートルも離れていないような場所で、震えて、うずくまっていました。

 私たちは、急いで彼女を事務所の方へと連れ戻しました。

 泣きしおれている彼女に話を聞いてみますと、いきなり一人の強盗が襲いかかってきて、あのルシー人形、すなわち彼女の母親が取り憑いていた貴重なルシーを盗んでいってしまったと言います。

 なんて事なのでしょう!よりによって、あのルシーを奪ってしまう泥棒が現れるだなんて。

 その矢先でした。ブザーを鳴らして、一人の男がうちの事務所へとやって来ました。ハイカラなスーツを着た、シャレた紳士です。

「しまった、タッチの差で間に合わなかったみたいですね。しかし、安心して下さい。あのルシーは私が必ず取り戻してみせますから」

 と、その紳士は力強く言いました。

 いきなり現れて、一体、この男は何者なのでしょう?私は、この男に素性を尋ねてみました。

「私ですか。私はこれまでずっと、あの怪盗を追いかけていたのです。残念ながら、今回も奴の犯行を許してしまいましたが。私はアケチです、私立探偵のアケチコゴロウと言います。そして、あなたのルシーを盗んでいった者はニジュウ面相です」

 

      了

 

 

  初出/共幻文庫短編小説コンテスト2016 第4回 お題「幽霊」


最終更新日 : 2020-01-05 15:18:16

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「AIに負けるな」

 やあ、どうも。私はアケチです。私立探偵のアケチコゴロウと言います。

 私が、これまで長きに渡って、一人の怪盗を追いかけ続けていた事は、あなたもご存知なのではないかと思います。その怪盗、世間ではニジュウ面相の通り名で知られていますが、これから彼の事をお話したいと思います。

 彼が、今年になって、はじめて盗みに現れた場所は、あるお笑いコンテストの最終審査会場でした。そこには沢山の観客も集まっていたのですが、事もあろうか、ニジュウ面相のヤツは、そこで、観客も含めた会場内の人間全ての笑いを奪ってしまったのです。

 笑いを盗むなんて信じられないかもしれませんが、そんな不思議な事まで出来てしまうところが、ニジュウ面相の恐ろしさです。

 さいわい、そのコンテスト会場には、私もお忍びで見に行っていたので、すぐにニジュウ面相を見つけ出し、笑いも取り戻したのですが、本当に大変な事態に発展するところでした。

 この時、捕まえ損ねたニジュウ面相が次に狙った獲物が、お化け坂の電柱に貼られていた恨みの短冊です。

 お化け坂に立っている電柱には、ある都市伝説がありまして、この電柱に恨み言を書いた紙(短冊)を貼り付けて、一定の条件をクリアできますと、その恨みの願い事が実現すると言うのです。まぁ、実際に成功した恨みの紙は過去には一つもなかった訳ですが、このたび、一枚の紙が条件達成で願いが叶う事になっていました。

 ところが、ニジュウ面相のヤツは、その貴重な成功する恨みの紙を電柱から剥がして、盗み去ってしまったのです。間もなく、願いの執行人がやって来て、その紙をチェックするところだったと言うのにです。これには私も焦りました。

 ニジュウ面相を探し出すにはもう時間もありませんし、そこで、私は、急いで、その成功する恨みの紙と同じ文面を書いた紙を電柱に貼り付けておいたのでした。

 のちに、その恨みの紙は無事に聞き入れられ、恨まれた対象はヒドい復讐を受けたようなので、なんとか、問題なく済んだみたいです。

 それにしても、ニジュウ面相は本当にとんでもない事をしてくれるものですよね。

 次にヤツは未来へと飛びました。なんと、ロボットたちが地球を支配している超未来ヘ行き、そこで盗みを働いたのです。

 彼が盗もうとしたのは、ロボットが人間の為に作った簡単な野菜炒めでした。超未来では、すでに野菜炒めのような料理は存在していませんでしたので、久々に作られた野菜炒めは確かに貴重なトレジャー(お宝)とも言えたのかもしれませんが、それにしても、ニジュウ面相は、毎回毎回、おかしなものばかりを盗みたがるものです。

 そして、結論だけ話してしまうと、この時もニジュウ面相は盗みに成功しました。ロボットが作った野菜炒めを、自分が作った野菜炒めとこっそりすり替えてしまったのです。私も未来にまでは彼を追い掛けられませんでしたので、この犯行は阻止できませんでした。

 しかし、味覚のないロボットが大昔のレシピを見ながら作った野菜炒めなんて食えたもんだか分かりませんでしたし、この件に関しては、ニジュウ面相に料理を取り替えてもらって、逆に良かったのかもしれませんね。

 最近、彼が出没した場所は、ある電子書籍の出版社のすぐそばでした。そこで、幽霊が取り憑いていたルシー人形をかっぱらっていったのです。この事件につきましては、あなたも記憶に新しいのではないのでしょうか。私も犯行現場に着くのがタッチの差で遅れて、無念にも事前に阻止する事ができませんでした。

 だからこそ、ヤツの今度の凶行こそ、犯行前に食い止めたいと考えているのであります。

 ヤツが次に盗もうと考えているものが何なのかも分かっています。それは「成長」に結びついたものです。

 よって、私もそれを手掛かりに、彼の足取りを追っていました。そして、ついには、ヤツにあと一歩のところにまでたどり着いたのです!

 ところが、そこで、ニジュウ面相のヤツは、意外な方法で逃げ出してしまったのでした。

 ヤツが、その名の通り、さまざまな人間に変装できる事はあなたも聞かれているはずかと思います。しかし、どんなに上手に他人に化けても、心はニジュウ面相のままなのですから、その行動や会話のやり取りから自ずとボロが出て、正体が分かってしまうものです。

 そこで、ヤツがとった逃げの最終手段とは、自己催眠をかけて、心そのものまで他人になり切ってしまうと言うものだったのです。

 これには、私も苦戦させられました。

 私は、長い付き合いから、ニジュウ面相の性癖や特徴はよく分かっているつもりです。ヤツがどんなに巧みに別人のふりをしていても、簡単な尋問をすれば、すぐに見破ってしまう自信はあったのです。

 しかし、心の奥まで他人になってしまったニジュウ面相では、本当に探し出しようがありません。それでも、懸命な追跡の結果、ついに私は、ニジュウ面相を見つけ出したのであります。ヤツは、まさに予期せぬ場所に隠れていました。

 ここまで言えば、あなたも、うすうすと気付かれたのではないのでしょうか。

 ニジュウ面相が化けている人物とは、この文章を読んでいる、そこのあなたです。あなたこそ、正体はニジュウ面相なのです。

 あなたには、これまで暮らしてきた人生の記憶がしっかりと思い出せますので、すぐには信じられないかもしれません。しかし、それすらも、ニジュウ面相が用意した疑似記憶なのであり、あなたの今の生活環境も偽りの作られたものだったのであります。

 どうか、私の言葉を信じて下さい。そして、今のうちに、おとなしく自首して、捕まって下さい。

 やがて、時期が来ると、あなたはニジュウ面相の記憶を取り戻し、当初の予定どおりの犯行に及ぶ事でしょう。私は、そうなる前に、どうにかして、あなたを捕えて、罪の道から救いたいのです。

 アケチよりの切なる願いなのであります。

 

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 以上は、オレがAI(人工知能)に書かせた小説の最新作である。

 オレ自身も趣味で小説を書いたりはしているのだが、今は、自分で書く以上に、AIに小説を書かせてみる遊びにはまっているのだ。

 AIに簡単なテーマを与えてみると、それに沿った内容の短い小説をAIは本当に執筆してくれる。

 最初に与えたテーマ(ジャンル)はユーモア小説だ。すると、AIは「笑いを盗む男」なんて奇妙な小説を書き上げた。次にホラーを書かせると「恨みの短冊」を、SFだと「ルシーの晩餐」、人情ものを要求してみると「知ってる人だけのお話」を書いてよこした。

 これらのAIに書かせた小説はいずれも某小説コンテストに出品してみた次第だが、今回の新作も同じコンテストに送ってみたばかりである。

 このたび、どんなテーマを与えたら、AIはこんな小説を書いたのかと言うと、ジャンルではなく「成長する小説を書いてごらん」と命じてみたのだ。続編でもなければ、オマージュでもない。はたして「小説の成長」をAIはどのように解釈するのだろうかと思ったら、このような内容に処理してみせた訳である。自分の書いた過去作品を取り込んで、その上に包み込むような形のストーリーにするとは、確かに小説そのものが大きく成長した、とも受け取れるものなのかもしれない。

 最近は、チェスや将棋に続いて、囲碁の腕前もAIの方が人間の名人より上回るようになったばかりだ。名画を模写したり、オリジナルの音楽を作ると言った創作の分野でも、AIの能力の進歩には目覚ましいものがある。この調子だと、小説だって、AIの方が人間よりも面白いものを書く時代が来てしまうかもしれないな、と、AI内臓のコンピューターを見ながら、オレは思った。全く、うかうかしていられないのである。

 その時、オレの後頭部に激しい痛みが走った。誰かがオレの頭を鈍器のようなもので殴ったみたいだ。

「これが、成長する小説を書いたAIか。確かに、これはオレがいただいたぜ」

 薄れゆく意識の中で、オレは、そんな野太い男の声を耳にした。

 

      了

 

 

  初出/共幻文庫短編小説コンテスト2016 第5回 お題「成長」


最終更新日 : 2020-01-05 15:18:16

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「ニジュウ面相の別荘」

「まずは、屋敷の中に入る前に、この玄関をご覧なさい。この玄関マットは、25キロ以上の重さが加わると、自動的に監視カメラを作動させる仕組みになっている。肝心の監視カメラは、玄関灯の内部に潜ませているから、訪問者は自分が写されているとは、つゆとも気付かないと言う寸法だ」棟梁が得意げに説明してみせた。

 オレは、今、建てたばかりの郊外の新居を見に来ていた。これまで持っていたオレの家は、ことごとく国に没収されている。今度こそは、長く使える我が家を手に入れようと思って、日本でも一二の腕前と言われる大工の棟梁を雇って、この新しい屋敷を建ててもらったのだ。

 そして、このたび、屋敷もついに完成したと言うので、その棟梁と二人でやって来て、屋敷の構造を詳しく説明してもらっている最中なのである。

「なるほど。しかし、カメラだと見張るだけで、侵入者を直接捕えたり、翻弄したりはできないね。オレはそういう、もっと積極的な警護システムを望んでいるんだ」オレは言った。

「まあ、焦りなさるな。この屋敷のカラクリの本領は内装にこそある。さあ、案内するから、わしについてきたまえ」余裕でそう答えた棟梁は、玄関のドアを開いた。

 そして、棟梁に続いて、オレも屋敷の中へ入ると、バタンとドアを閉めた。

「まず、この入り口のドアだが、実は、この取っ手は、決まった手順でひねると簡単に外れてしまう仕組みになっている。屋敷への侵入者の知らせを受けた場合、運悪く玄関のドアの鍵をその時持ってなくても、この取っ手を外して、持ち去ってしまえばいい。取っ手がなければ、鍵がかかってなくても、侵入者はドアを開けられなくて、立ち往生するだろう?」

「ほう、面白い仕掛けだね。しかし、ドアが駄目なら、侵入者は窓から逃げ出すんじゃないのかな」

「そちらの方も心配ご無用。廊下のあちこちに、ボタンが設置してある。それを押せば、一階にある全ての窓に鉄格子が下りてくる仕組みだ。これで完全に袋のネズミだ」

 そして、棟梁がそばにあった壁の小さなボタンを押すと、確かに話した通りになったのだった。

 しかし、オレは鉄格子はあまり好きではなかった。いまいち景観を損ねるし、何よりも国のあの施設を思い出させるからだ。

「逃げ場を失った侵入者が廊下でウロウロしているようなら、さらにこっちのものだ。廊下には最大の罠である粘着液が用意してある。赤いボタンを押せば窓に鉄格子が下りたが、青いボタンを押せば、廊下の天井から粘着液が床へと降り注いで、足がべったり床にくっついてしまう。これで何人だろうと、この屋敷からは逃げられないはずだ」

 棟梁は、なかなか大掛かりな仕掛けも作ってくれたようである。これならば、中村の手下が大挙して、この屋敷に乗り込んできたとしても、一網打尽にできそうだ。オレの最大のライバルにも通用するかどうかが、まだ不安なのだが。

「確かに素晴しい侵入者殺しの罠だが、オレやオレの使用人も廊下を歩けなくなってしまうのではないかね」オレは棟梁に尋ねてみた。

「この粘着液向けの特製の靴を準備してある。粘着液を廊下に流したあとは、自分たちはこの靴を履けばいい。この靴は、底の部分が何十枚もの紙が貼り合わさって出来ていて、一歩進むごとに、一枚ずつ紙がはがれて、粘着液の上でも歩ける仕組みになっている」

「少しスマートじゃないね。たとえば、粘着液がくっつかない油を靴底に塗るとか、もっと他のやり方はなかったのかな」

「申し訳ない。この粘着液はかなり強力でね、現時点では十分に対応しきれる良い油が見つからなかったのだ。もう少し研究を重ねてみるから、今はこれで我慢してもらえないだろうか」棟梁が謝った。

 そういう事なら仕方があるまい。オレだって、すぐにでも、この屋敷を使い始めたいのだ。

「侵入者対策の仕掛けは大体分かった。次は、この屋敷から脱出する為のカラクリだ。逃走方法は十分に揃っているのかね」

「もちろんだ。しかし、その前に、一階のあちこちの部屋に設置しておいた仕掛けも見てもらえないだろうか」

 こうして、オレたちはまず応接間へと向かった。

 応接間の壁の一角には、高さ150センチぐらいの位置に、30センチ四方の四角い穴が空いていて、その向こう側にも部屋が一つあるのが見えていた。これは、オレから棟梁に頼んで作ってもらった隠し部屋なのだ。この隠し部屋には、この応接間からではなく、別のルートから中に入れる構造になっていた。

「応接間をこっそり見張る為の隠し部屋を作ってほしいという要望でしたな。この覗き穴の部分には、普通でしたらマジックミラーをはめておくところなのだが、それじゃ平凡すぎるので、旦那は肖像画を掛けておくとおっしゃっていた」

「そうだ。肖像画の目の部分だけを覗き穴にしておくのだ」

「しかし、わしが思うには、それもバレやすい気がする。そこで、わしはこんなものを用意してみたのだが」

 そう言って、棟梁は部屋の片隅に置いてあった額入り絵画を持ってきたのだった。それは、大自然の中の小さな山小屋を描いた風景画だった。山小屋そのものは下の方にちょこんとあるだけで、絵の大部分は大きく広がる星空で占められていた。

「実は、この星、全て穴なのだ。これを、あの覗き穴のところに掛けてごらん。隠し部屋の方に明りがついていれば、パーッと星空になるし、電気を消せば、闇夜の空に早変わりだ。この方がずっとシャレているだろう?」

「いや、それはだね」と、オレは口ごもった。「確かに面白いトリックだが、オレは好かないな。オレの趣味としては、やはり肖像画の方がいい」

「そうか。残念だな」

 棟梁はあからさまに不服そうだった。しかし、ここはオレが発注した家なのだ。オレは、肖像画の目が実は見張りの目だったというトリックで、訪問者をあっと驚かせたいのである。

 続いて、オレたちは調理場へやって来た。オレとしては沢山の使用人を雇うつもりだったから、かなり大きな調理場だ。レストランにありそうな巨大な冷凍室も併設されていた。今度は、この冷凍室の中を覗きにきたのである。

「この冷凍室には、ダミーの食材がいくつか置いてある。この牛のあばら肉と大マグロ一尾がそうだ。この二つは完全な作り物だが、言われなきゃ、誰も見抜けないだろう。そして、この二つの表面には、見えにくい位置にジッパーが付いていて、内部に物をしまう事ができるんだ。当然、耐冷製の素材で出来ているから、この冷凍室が使用中でも、中にしまっておいたものには何の影響もない。こんなところに物が隠してあるなんて、どんな泥棒の天才でも気が付く事はないだろう。まさに、最高の貴重品の隠し場所だ」

 棟梁は得意げに説明していたが、実際は、このオレこそが泥棒なのだ。冷凍室のこの秘密の貴重品袋には、盗んだ宝石や財宝などを隠しておくつもりだったのである。けっこう収納スペースは広そうなので、時には、誘拐した子どもだって隠しておけるかもしれない。

 そして、オレたちは書斎へとやって来た。ここがいちおう、オレの表向きの司令室となる。仕掛けの方も万全なものを用意しておいてもらわなくてはいけない。

「注文どおり、落とし穴は作っておいてくれたんだろうね?」オレはさっそく棟梁に尋ねた。

「心配なさるな。全ては旦那の指示どおりに作ってある。この旦那が座る執務用の机にはボタンがあって、赤のボタンを押せば、この部屋の入り口近くの落とし穴の蓋が開く。引っかかった人間は3メートルほど下まで落ちるから、落ちたら最後、自力で抜け出す事はまず不可能だ。オプションで、穴の中に水が流れ込む仕掛けも設置しておいた。いくら侵入者対策の為とは言え、あまり使ってほしくない罠だがね」

「君の感想はいらん。それで、もう一つの落とし穴の方は?」

「言われた通り、机のそばに作ってあるよ。こちらの蓋を開くのは青のボタンだ。しかし、侵入者殺しの落とし穴じゃない。旦那が緊急で逃げる為の落とし穴だ。よって、穴は垂直ではなく、ゆるやかな坂を滑り降りれるようになっているし、穴の底も行き止まりではない」

「どこへつながってるんだ?」

「すぐ外の庭だ。出口はゴミ入れの箱でカムフラージュしているから、まず気付かれないだろう」

「おお、見事な細工じゃないか。さすがは日本一の建築家だ。君にこの仕事を任せて、本当に良かったよ」

「ですがね」と、棟梁は顔を曇らせた。「旦那が机のそばに居ないと、この抜け穴は使えませんぜ」

「確かにそうだが」

「そこで、もう一つ、抜け道を用意してみたんだ」

 そう言って、棟梁は壁の一角にある大きな本棚の方に向かったのだった。

「その本棚がクルリと回る隠し扉だとでも言うのかね」オレは聞いた。

「いいや。そんな大掛かりな仕掛けだとすぐに見抜かれちまう」

 そして、棟梁は、本棚の最下段にある大判の百科事典全集の背表紙だけをペラリとめくってみせたのだった。その百科事典全集は、もとから背表紙しかないダミーで、その奥にあるべき本棚の背板もはめられておらず、さらに壁の向こうにつながる抜け穴になっていたのである。

「この方が気付かれにくいでしょう?旦那の体でも、ちょうど通れるぐらいのスペースだ。ここをくぐり抜けると、向こう側は隠し通路になっている。その先には梯子があって、素早く二階に昇れる仕組みだ。二階からの脱出ルートへ一直線って筋書きでして」

 オレは思わず笑みがこぼれた。この棟梁、なかなかオレの趣味が分かっているではないか。全く、この男に仕事を頼んで、正解だったと言うものだ。

「よし!それならば、その抜け道を使って、さっそく二階へ向かおうじゃないか!」オレは大声を張り上げた。

 そして、オレと棟梁は、隠し通路を使って、二階へ進んだのだった。隠し通路の梯子の先は、オレの寝室につながっていた。

 この寝室こそ、二階での逃走手段の要でもあるのだ。

 棟梁は、オレの為に設置してくれた、天蓋つきの豪華なベッドに手を当てた。

「見た目は普通のベッドだが、これも旦那の注文どおりの品物だ。この部屋のすぐ上は天井裏で、すでに準備が整った気球が隠されている。その気球とこのベッドが巧みに結びついていて、ベッドにあるレバーを引っ張れば、屋根や周辺の壁などがパアッと外れてしまう仕組みだ。次の瞬間、気球は浮かび上がり、このベッドが気球の下の籠に早変わりするって手はずだ。全く、旦那は次から次へとファンタスティックなアイディアがひらめくようで、不思議なお方だよ」

 棟梁は褒めてくれたが、実際のところは、オレはこの逃走手段を使う事には躊躇していた。過去に何度か気球による逃走は試みてみたものの、大体は失敗していたからだ。むしろ、この気球はオトリに使って、別のルートから逃げ出せないかと考えていた。本当はヘリコプターが欲しかったのだ。その為に、屋根の一角にはヘリコプターの発着場所も作らせていたのだが、あいにく、ヘリコプターそのものの購入が手間取っているところだった。

「まあ、屋敷の説明は、大体こんなもんだろうかね」棟梁は言った。

「いや、ありがとう。この屋敷、大いに気に入ったよ。別荘として、存分に使わせてもらうつもりだ。本当に感謝する。しかし、君もよくこれだけ面白い仕掛けが思いついたものだね」

「わしの先祖は、もともと戦国時代に忍者屋敷を専門に作っておったのだ。わしにも、その血が流れておる。ただ、それだけの話だ」

「なるほど。しかし、君自身も素晴しい芸術家だと思うよ。この屋敷はまさに最高傑作だ」

「お褒めにあずかり、光栄だよ。そこまで讃えてくれるのならば、旦那にだけは、教えてあげる事にするかな」

「何をだね?」

「実は、この屋敷にはもう一つ、カラクリを仕掛けておいたのだ。わしの先祖伝来の最強の脱出システムをね」

「そんなものが、ここに?」

「そうだ。もし、今まで見せてきたカラクリが全て敵に破られた場合は、一か八かで使ってみるがいい。なあに、ちっとも難しい仕掛けなどではない。ほれ、ちょんちょんぱ!これだけだ」

 そう、棟梁がちょんちょんぱ!と屋敷のある部分をいじくっただけで、その仕掛けはいきなり発動したのだ。

「おお!ちょんちょんぱ!それだけで、こんな事に?こりゃあ、絶対に逃げ出す事ができるな」

 オレは、その仕掛けを見て、あまりにうまく出来ているものだから、つい大笑いしたのだった。

「遠藤平吉の旦那。この先、この屋敷で何をしようと企んでいるのかは、わしの知るところではない。しかし、この屋敷はわしが全身全霊を傾けて作った大事な息子の一つだ。決して宝の持ち腐れにならぬように有効に使ってくれたまえよ」

 それが棟梁がオレに投げかけた、最後の言葉だった。オレも、棟梁の期待に十分応えるつもりだった。

 こうして、オレの郊外の別荘、いや、新しい秘密のアジトは完成したのである。刑務所を脱獄してから、かれこれ一年が経つ。そろそろ、オレが大事件を起こす事を、世間も期待し始めている頃だろう。

 かくて、オレ、怪盗ニジュウ面相は新たなるアジトを拠点に、世を騒がすべく、犯罪活動を再開したのである。

 

 しかし、予想以上に、宿敵アケチ探偵の出動も早かった。度重なる攻防戦の末、じょじょに追い詰められていったオレは、例のカラクリ屋敷のアジトへと撤退した。今回のアジト内のカラクリのオンパレードには、さすがのアケチもかなり苦戦していたようにも見えたのだが、さすがは巨人と呼ばれるほどの名探偵である。ついには、全ての罠を突破され、オレも八方ふさがりにまで追い込まれてしまったのだった。

 そして、とうとうオレはアケチ探偵に捕まってしまったのである。かくなる上は、棟梁に伝授されたちょんちょんぱ!の仕掛けを使ってやろうとした、その直前にであった。

「いやあ、ニジュウ面相くん、今回はまた凄いお化け屋敷を作ってくれたものだね。さすがの私も、あと少しでこの屋敷の罠に屈服するところだったよ。しかし、悪の栄えたためしはない。今回も君の負けだ。君のこのアジトは、国に没収させる事にするよ。これほど面白い仕掛けが沢山揃ったカラクリ屋敷だ。一般市民に開放して、見学料でもとってみたら、さぞ政府の良い財源になる事だろうよ。そうそう、君自身にも新しい別荘を用意してやっているからね。こないだ完成したばかりの最新警備システムの整った刑務所だ。これには、さすがの脱出の名人の君でも脱獄は不可能だろう。今度こそ、今までの罪の全てを暗いブタ箱の中でじっくりと反省してくれたまえ」

 オレを捕まえたあとの名探偵は、そう楽しげにオレヘと話しかけてきたのだった。全く、憎々しい奴だ。

 オレの身柄は、アケチ探偵より警視庁の中村警部へと引き渡され、希代の大怪盗であるオレは再び刑務所に逆戻りしたのだった。

 今度オレが入所させられた刑務所は、確かに今まで見た事がないほどの厳重さだった。なによりも、建物の警備システム自体が飛び抜けて優秀なのだ。さて、この強敵をどうやって破ってやろうとオレが思案していた時である。

 何者かがオレに面会を求めてきた。会ってみると、それが何と、あの大工の棟梁なのであった。

「旦那、お久しぶりで。旦那が何らかの犯罪関係者じゃないかと言うのは、わしもうっすらと気付いてはおったよ。しかし、まさか、あの世紀の大怪盗のニジュウ面相だったとはね」

 オレと面会した棟梁は、笑いながら、そう話しかけてきた。

「何をしに、ここに訪ねてきたんだい?」オレは棟梁に聞き返した。

「いや、実を言うと、この刑務所を設計したのも、わしなんだ。本当に旦那は運がいいよ。わしの作った家から家へと移り住めたんだからね」

「捕まったオレのマヌケぶりを笑いにきたのかい?嫌なジジイだ。確かに、君の作った建物だけあって、オレも今回ばかしは脱獄にかなり手こずってはいるがね」

「いやいや、旦那はラッキーなんだよ。ほら、例のアレ、覚えているかい?」

「例のアレって、もしかして?」

「そう、もしかして」

「ちょんちょんぱ!」

 同時に言って、オレと棟梁は思わず一緒に大笑いしたのだった。

 この棟梁は、自分の作った建物にはことごとく内緒で、ちょんちょんぱ!を仕掛けていたのである。この刑務所もまた、例外ではなかった。

 全く、自分のアジトでは、このちょんちょんぱ!を使い損ねていて良かったと言うものだ。この仕掛けだけは、さすがのアケチもまだ知らなかったのだから。

 こうして、翌日、オレはちょんちょんぱ!を使うと、あっさり脱獄を成功させ、この難攻不落の最新刑務所をまんまと後にしたのだった。

 

      了


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「ニジュウ面相は誰だ?」

 ある女子校の中に、怪人ニジュウ面相が逃げ込んだ。ニジュウ面相を捕まえる為に追いかけていたアケチ探偵も、警官隊を引き連れて、その女子校にやって来た。

 学校は、まだ昼のさなかで、授業中だった。アケチ探偵は、まずは、職員室に学校の教員や事務員を全員集めると、彼らの尋問を行なったのである。

「ニジュウ面相は変相の名人です。彼のプライドから考えても、誰かに化けるような逃げ方はしても、建物のどこかに隠れるような真似はしないでしょう」アケチ探偵は言った。

 そして、学校の職員たちの中には、ニジュウ面相が化けたと思われる人間は見つからなかったのである。

 次に、400人近い女生徒たちが、一堂に、体育館へと集められた。

「ニジュウ面相は、魔法使いのような変相の名人です。女の子にだって化ける事は不可能じゃないでしょう」アケチ探偵は説明した。

 しかし、400人もいる女生徒たちは、さすがに一人ずつ、尋問で調べる訳にもいかないのだ。

「生徒の皆さん。全員、服を脱いでください。裸になるのです。いくらニジュウ面相が変相の名人だとは言っても、性別まで変える事はできないでしょう。彼は男だから、オチンチンがあるはずです。あるいは、作り物の女性器を股間につけて、ごまかしているかもしれませんので、よく観察すれば、すぐに分かるはずです」アケチ探偵は、得意げに告げたのだった。

 もちろん、女生徒たちは、反感を抱いて、どよめいたのだが、相手は、警察を後ろ盾にした名探偵だから、逆らう事もできないのだ。

 たちまち、体育館の中は、裸の女生徒で溢れかえったのである。その光景は圧巻であった。

 こうして、恥ずかしすぎる状況下で、生徒の中からのニジュウ面相探しが始まったのだが、なかなか、疑わしい女子は見つからなかった。

 そんな矢先、校庭の方から、用務員の大声が聞こえてきた。

「うひゃああ。ぶったまげたぁ!何者かが、校長の銅像に化けておったぞ!皆、来てくれー!早く捕まえないと、逃げられちまうぞぉ!」

 そこで、アケチ探偵も、ニジュウ面相が何にでも化けられる事を思い出したのである。

 だが、その時、アケチ探偵は、すでに、怒った裸の女生徒たちにと取り囲まれていた。次の瞬間、彼は女生徒たちによって袋叩きにされた。

 

      了


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解説

 そもそも、私が怪盗ニジュウ面相を自分の小説に登場させたのは、「お題に生きる男」に怪盗を出す必然性があって、どうせアホ小説なのだから、思いっきり分かりやすい怪盗にしちゃえ、という安易な発想に落ち着いたからでした。

 ところが、アホ小説なりに書いてて面白くなってきちゃいまして、悪のりして、共幻文庫のお題付きコンテストが再開するならば、再開記念の小説にもニジュウ面相を登場させちゃえ、って事で「笑いを盗む男」を書き上げちゃったのであります。

 その後も悪ふざけはエスカレートする一方で、「知ってる人だけのお話」を経たあと、「AIに負けるな」にて、共幻文庫コンテストで展開したニジュウ面相シリーズは、とりあえず終了となりました。

 アホ小説なりに、毎回、色々と実験的な書き方をしておりまして、「お題に生きる男」会話劇「笑いを盗む男」三人称に見せかけた一人称小説「AIに負けるな」中井英夫の「幻想博物館」の書き方をリスペクトさせていただきました。

 はっきり言って、これ以上奇想天外なアイディアは出てきそうにないので、このシリーズはもう続けられそうにないのですが、キャラクターたち(ニジュウ面相やアケチ探偵)だけスピンオフして、「ニジュウ面相の別荘」「アケチ大戦争」(未筆)みたいな外伝なら今後も執筆するかもしれません。


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