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洋画部門

リリーのすべて

リリーのすべて

2016年4月2日鑑賞

誰にも渡したくない、この余韻を

 

2016年春、早くも今年ナンバーワン!、と思える作品に出会えました。

「リリーのすべて」

私はとても良い作品だと思いました。

エンドロールでは不覚にも涙してしまいました。

世界で初めて「性別適合手術」を行った人の話です。

物語の舞台はデンマークの首都ロッテルダムです。

1,926年。第一次大戦の傷も癒え、束の間の平和が訪れたヨーロッパ。

人々は平和な時代を、おおいに楽しみました。

さて本作の主人公アイナー・ヴェイナー。

主に風景画を描いている絵描きさん。

奥さんゲルダも画家です。彼女は肖像画を描いている。

ただ、画商さんからは

「奥さんの絵は……ちょっとねぇ」と渋い顔をされています。

なかなか売れそうもない。

でもゲルダは、肖像画家として、なんとしても成功したいと願っています。

今、手がけているのは、大きなバレリーナの絵。

ぼくは絵画の知識、まるでないんけど、たぶんサイズは150号近いんじゃないですかね。

2m×1,8mはラクにありそうな超大作です。

モデルさんが、たまたまいなかったので、ゲルダは旦那さんに

「ちょっとアンタ、手伝って」

といきなり、バレエのチュチュとタイツ、トゥシューズを押し付けます。

ご主人のアイナーは、やせ形で、今風に言えば草食系男子。かなりイケメンです。

美男子は、女装させると、本物の女には出せない”怪しいまでの”「女子力」がある事は、結構知られていますね。

「しょうがないなぁ」とご主人、しぶしぶ靴を脱ぎ、ズボンを下ろして、白いバレエタイツに脚を通してみました。そのときです。

「えっ……」

なんだろう、この感覚は?

彼はドキリとします。

-どういうこと?-

自分でも分かりません。

なぜか胸が苦しい。でもちょっと嬉しい。

この白いタイツの心地良い肌触り。

「まさかこれが自分の脚?」

彼が見つめるその先には、白いタイツに覆われた、均整のとれた、無駄のない脚がありました。

それは、まさしくバレリーナの脚そのもの。

続いてバレエのチュチュも体に当ててみる。

「オッケー! ハイ、そのまま、じっとしててね」

奥さん、旦那にポーズを取らせ、描き始めます。

全てはここから始まってしまいました。

女装させると「うちの旦那、結構いけるじゃない!」

と奥さんゲルダも、ゲームを楽しむように、旦那を着せ替え人形みたいに取り扱います。

ついでに「メイクもやっちゃえ!」

その勢いで奥さんは、女装した旦那を伴ってパーティーへ繰り出します。

会場に着くなり

「まぁ~、素敵なお友達ねぇ~、どちらのお嬢さん?」

と、女友達からも尋ねられます。

フフフ。

こんなに「綺麗な女」に変身させたのは、自分のアイデアとメイクの実力。

奥さんの思惑は大成功。アーティストとしての面目躍如、といったところでしょうか。

パーティーは盛り上がります。

やがて夫のアイナーは、あることに気づきます。

パーティー会場の男性の視線です。男たちは自分に向かって微笑みかけてきます。その快感。

ちょっとの間だけ「女の子ごっこ」をするつもりだったアイナー。

しかし、これが夫、アイナーの中に眠っていた「女である私」を目覚めさせてしまったのです。

やがて彼は、普段から女性の姿で生活を始めます。

もう後戻りできない。

「やっぱり自分はどこかおかしいのか?」

夫婦は病院に行きました。

このお話、今から90年ほど前のことですよ。

当時、男が女の格好するのは「ホモ」「変態」「異常者」扱いされていた時代です。

21世紀の今でさえ、いわゆる「LGBT」への偏見の目が、根強く残っている現実があります。

それが90年前の世の中では、それこそ、もう、人間としての市民権さえ剥奪されかねない。

 当初、夫婦は精神科へ通いますが、やがてドイツに「性」に関する名医がいるとの噂を聞きつけます。そこで夫婦はドイツのドレスデンへ直行。

そこで医師から提案されたのは外科的な治療でした。

「手術は二度に分けて行います。まず、ご主人の男性器を切除し……」

名医は偏見の目を持たず、丁寧に丁寧に説明してくれました。

ついにアイナーは、本当の女となる事を決意します。

「私は、もうアイナーじゃない。リリーです。女性として生きていきます」

本作は、たいへん格調高い、気品溢れる作品です。

変なエロさや、いやらしさはなどは微塵も感じないんですね。

これはきっと原作の良さ(ちなみに本作は実話です)そして丁寧な脚本の仕上げ。

作品を作る視線、主人公たちを温かく見守るスタッフたち。

更には、映画全てをまとめあげた、アカデミー賞監督トム・フーパーさんの手腕。人格者としての品性の良さ。

それら全てが相まって、こんな素晴らしい作品に仕上がったのでしょうね。

時折、風景画のように挟まれる、デンマークの街並み。

朝の日差しの清々しさ、あるいは夕暮れ時、セピア色に染まるロッテルダムの風景。

ただ、もう、ずっと、鑑賞していたくなるような味わい。

まさしく絵画そのものです。

また、画家のアトリエでの「ほんのり」「ふぅわり」とした明るさ。

照明スタッフがこういうところ、実にいい仕事してますねぇ~!

かつて伊丹十三監督が、ため息まじりにこう言いました。

「ヨーロッパの監督はいいよな。街を映すだけで映画になっちゃうんだからね」

 ほんとにその通り。

 街並み、それ自体が、ひとつの美術館とさえ言えるほどです。

 歴史とその土地の文化を雄弁に物語っていますね。

 さて本作では、衣装にも注目です。

1920年代の女性たちが身にまとう、当時最先端のファッション。

そのバリエーション、センスの良さは特筆すべきものです。

シックで気品があってお洒落なんですね。とっても素敵です。

20世紀に入って最初の世界大戦。

それは、人類が初めて体験した大量殺戮戦争でした。

そのあまりの凄まじさ、悲惨さ故に

「もう二度と世界は、あのような愚かな戦争は起こさないだろう」

当時を生きた人々は、皆そう思ったのでした。

「もう二度と、あんな馬鹿な戦争は無い」

その安堵感は、敗戦国ドイツ以外の国、特にフランスなどで、顕著だったように思われますね。

芸術家にとっては、まさに天国のような時代が訪れました。

パリでは芸術家たちが、生き生きと活動を始めます。

ちなみに、日本の「FOUJITA」藤田嗣治が脚光を浴びたのもこの頃。

狂乱の1,920年代と呼ばれた「エコール・ド・パリ」が花開いたのです。

文化、芸術の都「パリ」

その影響は、本作の舞台である、デンマークにも大きな影響を与えていたことが伺えます。

そういった意味で、本作は、アート系映画としての資質さえも兼ね備えております。

また、さりげない音楽も大変趣味がいいですね。

本作はこのように「欠点を探すことが難しい」ほどに、よく出来た作品なのです。

主人公リリーを演じた、エディ・レッドメイン

本当によく演じました。

才能ある画家でもあり、良き夫だった男性を演じます。

さらには、我が身の奥深くに閉じ込められていた「女性である自分」に気づく。

その控えめな演技。

これは監督の演出力と、役者の波長が共鳴した奇跡なのでしょうね。

いやぁ~、もっともっと語り尽くしたい。

そんなことよりも、早く本作を劇場で、ご覧になってみてください。

なお、私が見た劇場では、男性は私を含め、二、三人ほど。

あとは、全て女性でした。

私の前の席に、若い女の子たちが四人、連れ立って来ていました。

その娘たちは、エンドロールが終わり、劇場の照明がほのかに灯るまで、誰も席を立とうとはしませんでした。

ずっとこの作品の余韻に浸っていたようでした。

私も、この静かな余韻を誰にも渡したくない、とさえ思いました。

そして、ハンカチを取り出し、こっそり瞼を拭いました。

誰にも見つかりませんように、と願いながら。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆☆☆

配役 ☆☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆☆

美術 ☆☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ

監督   トム・フーパー

主演   エディ・レッドメイン、アリシア・ビカンダー

製作   2015年 イギリス

上映時間 120分

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