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11、学習7日目~命題11~

ウ「先生あの・・・。」

 

老「うん?・・・なんだい?」

 

ウ「自分は、時々不思議な夢を見るんです。」

 

老「・・・ふむ。」

 

 小さなウサギさんは、自分の手には少し大きい、魚の絵の描いてある湯飲みで温かいお茶をすすりながら、ポツポツと話し出す。

 

老「時々、不思議な夢を見るのね。」

 

ウ「はい・・・。夢の中の自分は、おばあちゃんと散歩していたころの自分よりも小さくて、言葉も話せないんです。」

 

老「ふむ・・・。」

 

ウ「自分は夢の中の森の中で、小さなニンゲンの女の子と一緒にいるんです。」

 

老「うむ。うむ。」

 

ウ「その女の子は白い服を着ていて、髪が長くて・・・。そしてニンゲンなのに森の中に裸足でいるから足は傷だらけで・・・。」

 

老「ふむ。ニンゲンなのに、森の中で裸足でね。」

 

ウ「はい・・・。そうなんです・・・。それでその女の子・・・。いつも泣いているんです。」

 

老「いつも泣いている・・・。」

 

ウ「はい。なんか声をかけてあげたいと思うんですけど、夢の中の自分は言葉を話せなくて・・・。」

 

老「夢の中の自分は言葉を話せなくてね。」

 

ウ「はい。それで夢の中の自分は、なぜかいつもニンジンを持っていて、それをその女の子に渡そうとするんですけど・・。」

 

老「ふむふむ。」

 

ウ「女の子は泣きながら、ごめん、私食べられないの・・・って。」

 

老「泣きながら、ごめん、私食べられないの・・・って。」

 

ウ「それで、この女の子はニンジンが嫌いなのかな、とか、それともニンゲンの中にはご飯を食べなくても大丈夫なヒトがいるのかなぁとか考えているうちに目が覚めるんです。」

 

老「ふむ。考えているうちに目が覚めるんだね。」

 

ウ「はい・・・。」

 

老「・・・。」

 

ウ「あの、先生・・・。」

 

老「うむ・・・。」

 

ウ「なんで今日こんなにのんびりなんですか?」

 

老「うん?」

 

ウ「いつもは、自分が椅子に座ったら、すぐに学習が始まるのに。今日は、朝からお茶をいただいたりしちゃって・・。つい、夢の話なんかをしちゃいましたよ。」

 

老「ふふ、つい、夢の話なんかをしちゃいました、なんだね。」

 

ウ「はい。」

 

老「実はね・・・。」

 

ウ「はい。」

 

老「この本の後半の命題は、ニンゲンの心理的不適応のメカニズムにふれていくところが多くてね。」

 

ウ「しんりてきふてきおう・・・。」

 

老「うん。具体的な例をあげながら学習していくのもなかなか難しいなぁと思ってね。ちょっと億劫になっちゃってね。」

 

ウ「ちょっと億劫になっちゃったんですね。」

 

老「ふふ。そうなの。」

 

 老ウサギはニヤリと笑う。

 

老「しかし、どこかで、もしかしたら、あなたの夢の中に出てくる、その白い服の女の子が助けてくれるかもしれないね。」

 

ウ「え?」

 

老「ふふ。さて、じゃあ頑張って命題11にチャレンジしよう。」

 

ウ「はい、頑張ります!」

 

命題11

いろいろの経験が個人の生活において生起すると、それらの経験は、

(a)なんらかの自己との関係へ象徴化され、知覚され、体制化されるか、

(b)自己構造との関係が全然知覚されないので無視されるか

(c)その経験が自己構造と矛盾するので、象徴化を拒否されるか、もしくは歪曲された象徴化を与えられるかのいずれかである。

(命題はロージァズ全集8巻パーソナリティ理論、第2部、第4章より引用)

 

ウ「むむ、先生・・・。a、b、cってなってます。」

 

老「うむ。a、b、cってなってるね。ひとつずつ見ていこう。」

 

ウ「はい。えーと、いろいろの経験が個人の生活において生起すると、それらの経験は、なんらかの自己との関係へ象徴化され、知覚され、体制化されるか・・・。」

 

老「うんうん。」

 

ウ「えっと、象徴化、象徴化・・・。」

 

 小さな辞書をペラペラめくる小さなウサギさん。

 

ウ「えーと、直接的に知覚できない概念・意味・価値などを、それを連想させる具体的事物や感覚的形象によって間接的に表現すること、と。・・・なんだか難しいですね。」

 

老「少し難しいね。だけど、経験を言葉にするってことがまさに象徴化だね。」

 

ウ「経験を言葉にすること・・・。えと、次は体制化・・・。うーん、これも難しいことが書いてある・・・。」

 

老「まぁ、機能的にまとまる、という感じかな。」

 

ウ「むー。」

 

老「さっきの文章をできるだけ簡単に言い換えてみると・・・。いろいろの経験が私の生活において起きると、私の思う私、私に聞こえることが大丈夫な私として、言葉になり、私の一部として感じられる、というところかな。」

 

ウ「ふむ・・・。経験したところが、言葉になり、そのまま自分の一部として感じられる。」

 

老「うん。そうだね。整った感じだね。」

 

ウ「ここは、そんなに難しくないですね。」

 

老「そうだね。次はどうかな?」

 

ウ「えーと、bは・・・。いろいろの経験が個人の生活において生起すると、それらの経験は、自己構造との関係が全然知覚されないので無視されるか・・・。」

 

老「うむ。これはどうだい?」

 

ウ「うーん・・・。経験したところが、自分の思う自分、自分に聞こえることが大丈夫な自分と全然関係ないから、見えたり、聞こえたり、感じたりされずに、無視される、というところですかね。」

 

老「そうだね・・・。ここは結構面白いところなんだ。」

 

ウ「面白いところ・・・ですか?」

 

老「例えばね、今、耳を澄ましてごらん?」

 

ウ「・・・。」

 

 小さなウサギさんは、長い耳をピクピクとさせている。

 

老「何が聞こえる?」

 

ウ「特に何も・・・。」

 

老「特に何も・・・。」

 

ウ「・・・。」

 

老「・・・。」

 

ウ「強いて言えば、部屋の奥からポットのお湯がコポコポいっているのが聞こえます。」

 

老「うん。ポットの音が聞こえたね。」

 

ウ「はい。コポコポいっています。」

 

老「そのポットの音は耳を澄ますまで聞こえてなかった?」

 

ウ「・・・はい、聞こえてませんでした。」

 

老「でも、耳を澄ましたら聞こえたね。」

 

ウ「・・・はい。あれ?」

 

老「うん?」

 

ウ「言われてみると、このポットの音って、耳を澄まさなければ聞こえないほど小さな音でもないんですね。」

 

老「このポットの音って、耳を澄まさなければ聞こえないほど小さな音でもない。」

 

ウ「はい。今は、先生とお話ししながらでも聞こえてきます。」

 

老「今は、先生とお話ししながらでも聞こえてきます、ね。」

 

ウ「はい。」

 

老「実はね、あなたの身体は、ポットのお湯のコポコポって音をずっと経験していたんだよ。だけど、あなたの思うあなた、あなたに聞こえるあなたにとって、その音は関係ないので無視されていた。」

 

ウ「無視されていた・・・。」

 

老「そう。聞いているのに聞こえていない。見ているのに見えていない。この辺りを実感できるかどうかは、とても大事な学習だね。」

 

ウ「聞いているのに聞こえていない。見ているのに見えていない・・・。」

 

老「そう。ロジャーズは潜在知覚という言葉にもしているね。」

 

ウ「ポットのコポコポは聞こえるようになりました。さっきまで聞こえなかったのに。」

 

老「あなたの身体は、あなたが思う以上にいろんなものを聞いたり、見たりしているようなんだよ。修業を積めば積むほど、あなたの身体に聞こえているもののまま、見えているもののままに、物事が聞こえたり、見えたりするようになるようだよ。」

 

ウ「自分の身体に聞こえているもののまま、見えているもののまま・・・。」

 

老「ふふ。少しは聞いているのに聞こえていない、が実感できたかな。」

 

ウ「はい!」

 

老「さて、cのところは、ロジャーズも慎重に検討しなくてはならないと言っているね。」

 

ウ「ゴクリ。えーとcは・・・。いろいろの経験が個人の生活において生起すると、その経験が自己構造と矛盾するので、象徴化を拒否されるか、もしくは歪曲された象徴化を与えられるかのいずれかである。」

 

老「さて、これはどうだい?」

 

ウ「うーんと・・・難しいです。」

 

老「難しいね・・・。」

 

ウ「はい・・・。」

 

老「自己という言葉について、これまでどう言い換えてきたっけね?」

 

ウ「えーと、自分の思う自分、自分に聞こえることが大丈夫な自分・・・です。」

 

老「そう。実はね、確かに身体が経験していることでもね、自分に聞こえることが大丈夫じゃない自分のところというのは、自分の経験にならないんだよ。」

 

ウ「確かに身体が経験していることでも・・・自分に聞こえることが大丈夫じゃない自分のところは自分の経験にならない・・・。」

 

老「そう。身体が経験しているところが自分の経験にならない。」

 

ウ「身体が経験しているところが自分の経験にならない・・・。」

 

老「例をあげてみるね。」

 

ウ「お願いします。」

 

老「さっきあなたが話をしていた、夢の中の女の子ね・・・。」

 

ウ「はい。」

 

老「痩せていたかい?」

 

ウ「言われてみれば・・・。」

 

老「あなたが夢の中の女の子にニンジンを渡そうとしたときに、その女の子が言った言葉ね、私に印象的に残っているんだよ。」

 

ウ「ごめん、私食べられないの・・・って。」

 

老「そう。ごめん、私食べられないの・・・って。」

 

ウ「はい。」

 

老「あなた、夢の中でいつニンジンをもっていて、それを女の子に渡そうとするって言ってたね。」

 

ウ「はい。なぜかいつもニンジンをもってます。」

 

老「何か聞こえないかい?」

 

ウ「え?」

 

老「夢の中のあなたが耳を澄ませば何か聞こえないかなと思って。まぁ、今は夢の中ではないけどね。」

 

ウ「うーん。」

 

老「・・・。」

 

ウ「うーーん。」

 

老「うむ。」

 

ウ「・・・。」

 

老「・・・。」

 

ウ「・・・グゥってお腹の音?」

 

老「聞こえていたね。」

 

ウ「そうだ、あの女の子、お腹空いているときに鳴る音が時々してた。」

 

老「だから、夢の中のあなたは、いつもニンジンをもっているんだね。」

 

ウ「だから、自分はいつもニンジンを渡そうとしているんだ。お腹空いているんだと思って、食べてもらおうと思って・・・。」

 

 二羽のウサギの発言は、ほとんど同時に重なった。

 

老「だけど、女の子はごめん、私食べられないのって・・・。」

 

ウ「お腹が鳴るくらいお腹が空いているのに・・・。」

 

老「お腹が鳴るくらいお腹が空いているのにね・・・。」

 

ウ「・・・。」

 

老「もしかしたらね、その女の子の身体のお腹が空いているという経験はその子の思うその子、その子にとって聞こえることが大丈夫なその子じゃないから、その子の経験にならないのかもしれない。」

 

ウ「なんでですか!!」

 

 急に椅子から立ち上がって、声を荒げる小さなウサギさん。

 

老「なんでですか・・・。」

 

ウ「なんで、大丈夫じゃないんですか!お腹が空いたら、ニンジンを食べる、それだけじゃないですか!なんで、それがあの子にとって大丈夫なことじゃないんですか!」

 

老「なんで、それがあの子にとって大丈夫なことじゃないんですか、ね。」

 

ウ「それじゃ、それじゃ、元気いなれないじゃないですか!ずっと食べなかったら、死んじゃうかもしれないじゃないですか!」

 

老「それじゃ、元気になれない。ずっと食べなかったら、死んじゃうかもしれないじゃないですか、ね。」

 

ウ「・・・。」

 

老「・・・。」

 

ウ「ご、ごめんなさい。なんか、すごく怒ってしまった・・・。あわわあわわ。」

 

老「ごめんなさい、なのね。なんかすごく怒ってしまったんだね。」

 

 老ウサギは、スッと立ち上がり、奥の部屋のコポコポとお湯の沸いたポットを使ってお茶をいれてくる。

 

老「どうぞ・・・。」

 

ウ「あ、ありがとうございます。」

 

 ふーふーと冷ましながらゆっくりとお茶をすする小さなウサギさん。

 

老「少し、落ち着いたかな・・・。」

 

ウ「すいません・・・。なんであんな大きな声出しちゃったんだろう・・・。」

 

老「ふふ。まさに情動的だったね。」

 

ウ「ううう。」

 

 頭を抱える小さなウサギさん。

 

老「生命に・・・。」

 

ウ「え?」

 

老「あなたの生命にふれたんだね。さっきの私とのやりとりは。」

 

ウ「自分の生命にふれた・・・。」

 

老「そう。ふふ・・・。ところで、ついでだから命題に戻ってふれるとね。」

 

ウ「・・・はい。」

 

老「例えば、今のあなたの情動、大きな声になったところね。」

 

ウ「ううう・・・はい。」

 

老「もしあなたの身体が急に怒って、大きな声になったという経験が、あなたの思うあなた、あなたに聞こえることが大丈夫なあなたじゃなかったら、あなたは、自分は怒ってないと主張したり、そんなに大きな声ではなかったと主張したり、ひどくなるとその時のことをすっかり忘れてしまっていたり、何か特に別の出来事が起こったんだと物語を作ったりしてしまうことがあるんだよ。」

 

ウ「むむむ。」

 

老「これが、経験の象徴化の拒否、歪曲というやつだね。」

 

ウ「自分は・・。怒っちゃいました。声もとても大きくなりました。申し訳ないです・・・。」

 

老「ふふ。怒ってしまうあなた、大きな声になってしまうあなたは、あなたに聞こえることが大丈夫なあなた、みたいだね。」

 

ウ「はい・・・。なんとか・・・。」

 

老「ありがとう・・・。拒否や、歪曲されない、そのままの経験が語られるところを聞くと、私はとてもホッとするんだ。」

 

ウ「先生は、拒否や、歪曲されない、そのままの経験が語られるところを聞くとホッとするんですね。」

 

老「そう・・・そうなんだ。」

 

ウ「・・・。」

 

老「・・・?」

 

ウ「自分は・・・自分は・・・悲しかったのかもしれない。」

 

老「自分は、悲しかったのかもしれない。」

 

ウ「あの女の子が、お腹が減っているという当たり前のことを経験できないということが・・・。」

 

老「あの女の子が、お腹が減っているという当たり前のことを経験できないということがね。」

 

ウ「はい。」

 

老「当たり前のこと、ね。」

 

ウ「・・・はい。」

 

老「あなたの当たり前と、あの子の当たり前は違う・・・。」

 

ウ「あなたの当たり前と、あの子の当たり前は違う・・・。」

 

老「そう。そこだけは、忘れないでね。」

 

ウ「あの子の当たり前・・・。」

 

老「さて、今日は、始まりをのんびりしちゃったからここまでにしておこう。」

 

ウ「はい!」

 

 小さなウサギさんはいそいそと後片付けを始める。

 

老「そうだ、まだ外は暗くなってないから帰り道ね。」

 

ウ「はい?」

 

老「いろいろ意識して見ながら帰るといいよ。きっと見ていたのに見えていなかったものが、見えるから。」

 

ウ「はい、やってみます!」

 

老「ふふ。じゃ、またね。」

 

 小さなウサギさんは、ペコッと会釈をして建物を出ていき、本当にわかりやすくキョロキョロしながら帰っていった。

 

老「ヒトを思い、怒り、そして悲しむ・・・。慈悲というのは、ああいうことを言うのだろうね。」

 

 老ウサギはポツリとつぶやき、魚の絵のついた湯飲みに入ったお茶をグイッと飲み干した。


12、学習8日目~命題12、13~

 小さな建物の中、年老いたウサギと、小さなウサギが向かい合っている。

 

老「さて、今日は命題12だね。」

 

ウ「はい、よろしくお願いします!」

 

命題12

有機体によって採択される行動のし方はほとんど、自己概念と首尾一貫しているようなし方である。

(命題はロージァズ全集8巻パーソナリティ理論、第2部、第4章より引用)

 

ウ「ここは短いですね。」

 

老「そうだね。だけどとても興味深いところだよ。」

 

ウ「興味深いところなんですね。」

 

老「そう、やっていこうか。」

 

ウ「ええと、私の身体によって採択される行動のし方はほとんど、私の思う私、私に聞こえることが大丈夫な私と首尾一貫しているようなし方である。」

 

老「ふむ。」

 

ウ「えーと、採択は・・・選択でもよさそうですね・・・。首尾一貫は、えっと・・・。方針や考え方が、初めから終わりまで変わらないで筋が通っていること、と。」

 

 小さなウサギさんは、小さな辞書をペラペラめくりながら話した。

 

老「私の身体によって選択される行動は、私に聞こえても大丈夫な私として筋が通った行動になる、ということころだね。」

 

ウ「・・・。」

 

老「・・・どうかしたかい?」

 

ウ「・・・なんか変な感じがします。」

 

老「・・・なんか変な感じがします。」

 

ウ「・・・。」

 

老「・・・。」

 

ウ「先生は、私の身体は、私を超えた存在であると、おっしゃいましたよね?私を超えた存在である私の身体が、その要求を満たすための行動を、なぜ私に聞こえても大丈夫な範囲でしかほとんど行動を選べないのでしょうか・・・。」

 

老「ふむ・・・。」

 

ウ「それだと、私が私の身体の行動を制限できてしまっているという感じになるのではないでしょうか。矛盾しませんか?」

 

老「ふむ。」

 

ウ「・・・。」

 

老「確かに、私が私の身体の行動を制限できてしまっている、となると矛盾になるね・・・。」

 

ウ「はい・・・。」

 

老「多分ね・・・。私の身体は、その行動が私にとって大丈夫かどうかをほとんど無視できないんだよ。私の方は私の身体にとってその行動が大丈夫かどうかを容易に無視できてしまうようだけどね。」

 

ウ「私の身体は、その行動が私にとって大丈夫かどうかをほとんど無視できない・・・。」

 

老「そう。私の身体の方がちゃんと私にとって大丈夫な行動を選んでくれている、ということだね。私の方で制限できているのではなくてね。」

 

ウ「私が私の身体の動きを制限しているのではなくて、身体が私にとって大丈夫な行動を選んでくれている・・・。」

 

老「そう。私にとって大丈夫でないものは、私の身体にとっても大丈夫じゃないんだろうね。だから自然にそうなる。」

 

ウ「私の身体は・・・いつも私の味方なんですね。」

 

老「ふふ。そうだね。一心同体というやつだからね。」

 

ウ「自分も・・・。」

 

老「うん?」

 

ウ「自分もちゃんと自分の身体の味方でありたいな・・・。」

 

老「自分もちゃんと、自分の身体の味方でありたいのね。」

 

ウ「はい!」

 

老「ロジャーズがカウンセリングと呼んだ学習形式の目指す方向は、多分そっちの方だと私は思っているよ。」

 

ウ「カウンセリング?」

 

老「そう。カウンセリング。」

 

ウ「先生、カウンセリングって何ですか?」

 

老「私に言わせるとね・・・。」

 

ウ「はい・・・。」

 

老「私の生命に出会い続けていくための技だよ。」

 

ウ「私の生命に出会い続けていくための技・・・。」

 

老「ふふ。」

 

ウ「なんだか・・・。」

 

老「ん?なんだか・・・。」

 

ウ「素敵ですね!」

 

老「素敵ですね・・・ふふ。」

 

 老ウサギは立ち上がり、部屋の奥にあるポットを使ってお茶をいれてくる。

 

老「はい、どうぞ。一息ついたら命題13にいこう。」

 

ウ「ありがとうございます。」

 

 二羽のウサギは静かに、のんびりとお茶をすすった。

 

老「そろそろ、始めようか。」

 

ウ「はい、お願いします!」

 

命題13

ある場合には、行動は、象徴化されていない有機的な経験や要求から起こることもあるであろう。このような行動は、自己の構造と矛盾するであろうが、しかしこのような場合には、その行動はその人自身によって“自分のものとして認められ”ないのである。

(命題はロージァズ全集8巻パーソナリティ理論、第2部第4章より引用)

 

老「さて、どうかな。」

 

ウ「え・・と、ある場合には、行動は、象徴化されない・・・。」

 

老「ここの象徴化されていないは私に聞こえることが大丈夫じゃない、に言い換えるといい。」

 

ウ「はい。ある場合には、行動は、私に聞こえることが大丈夫じゃない身体の経験や、要求から起こることもあるであろう。このような行動は私の思う私、私に聞こえることが大丈夫な私と矛盾するであろうが、しかしそのような場合には、その行動はその人自身によって“自分のものとして認められ”ないのである・・・。ふぅ、頑張った。」

 

老「ふふ。頑張ったね。ここで初めて出てきているところは、身体の経験や要求からの行動が、私に聞こえることが大丈夫じゃないままに起こることがある、ということだね。」

 

ウ「身体の行動が、私に聞こえることが大丈夫じゃないままに起こることがある。」

 

老「そう・・・。例えば、身体にとって急なピンチの状態になったとき、とにかく緊急な状態のときは、身体も、私にとって聞こえることが大丈夫かどうかよりも、行動を優先することがあるようだね。」

 

ウ「身体は、私の意志を超えて、私を守っくれるときがあるんですね。」

 

老「そう・・・。ただ、私の意志を超えている、私に聞こえることが大丈夫ではない言葉や体の行動を、私は自分の一部だと認められずに否定してしまう、とロジャーズは言っているね。」

 

ウ「なんだか・・・申し訳ないですね。」

 

老「なんだか、申し訳ない、ね。」

 

ウ「せっかく身体が私を守ってくれているのにそれを認められないなんて・・・。」

 

老「私にとって、私である、かどうか、というところは、ときに生命の維持よりも大事であるようだね。」

 

ウ「えっ。」

 

老「それはね、私は私である、となるはたらきに、生命の進化がかかっているから、なんだろうね。」

 

ウ「生命の維持・・・と、生命の進化・・・。」

 

老「そう。そのふたつの方向に向かう、同じくらい強烈な力が渦巻いているのがニンゲンなんだと思うよ。」

 

ウ「生命の維持と、生命の進化のふたつの方向に同じくらい強烈な力が渦巻いているのがニンゲン・・・。」

 

老「そして、そのふたつの道のどちらが遮られているとなるときにも、ニンゲンは生きづらくなっていくんだろうね。」

 

ウ「生命の維持への道と、進化の道が同時に開かれていないと、ニンゲンは生きづらくなる・・・。」

 

老「さらに、このふたつの道は、お互いに影響を受けあっているようでね。」

 

ウ「・・・はい。」

 

老「もしかたしたら、行動が生命の維持に直接的に関係していることを実感しにくい、現代のニンゲンは、生命の進化の実感にも、とても苦労しているかもしれないよ。」

 

ウ「・・・。」

 

老「歩く必要がなければ、道は開けないからね。」

 

 ちょっとうつくむ小さなウサギさん。

 

老「大丈夫かい?」

 

ウ「先生・・・。」

 

老「ん?」

 

ウ「なんかニンゲンって大変ですね・・・。」

 

老「なんかニンゲンって大変ですね。」

 

ウ「ふーっ。」

 

 ため息をついて湯飲みをすする小さなウサギさん。

 

老「ため息が聞こえたよ。」

 

ウ「はい・・・なんだか今日は疲れました。」

 

老「なんだか今日は疲れました・・・ね。」

 

ウ「はい・・・。」

 

老「・・・。」

 

ウ「・・・。」

 

老「ニンゲンになるのが嫌になっちゃったかい?」

 

ウ「・・・。」

 

老「ふむ。」

 

ウ「・・・。」

 

老「ニンゲン・・・ね。」

 

ウ「自分は・・・。」

 

老「・・・自分は。」

 

ウ「ただ、夢の中のあの白い服の女の子と友達になりたいんです。」

 

老「ただ、夢の中のあの白い服の女の子と友達になりたいんだね。」

 

ウ「はい。夢の中の自分はきっとニンゲンじゃないから、あの子に向かって言葉を話せないんだと思うんです。」

 

老「夢の中の自分はきっとニンゲンじゃないから、あの子に向かって言葉を話せないと思う・・・。」

 

ウ「そうです。」

 

 小さなウサギさんは真剣な目で老ウサギを見つめている。

 

老「あなたは、夢の中のあの子と友達になりたいんだね。」

 

ウ「はい。」

 

老「・・・。」

 

ウ「・・・自分は、夢の中のあの子に元気になってほしいんです。」

 

老「自分は、夢の中のあの子に元気になってほしい。」

 

ウ「だって・・・、あの子いつも泣いているし、悲しいんです。」

 

老「あの子いつも泣いているし、悲しいんです。・・・悲しいのは誰?」

 

ウ「悲しいのは・・・自分です。」

 

老「うん。悲しいのは自分ですね。」

 

ウ「・・・。」

 

老「・・・。」

 

ウ「そうか・・・。悲しいのは自分か。」

 

老「悲しいのは自分。」

 

ウ「自分は、自分が悲しいのが嫌なんですね。」

 

老「自分は、自分が悲しいのが嫌なんですね。」

 

ウ「そうか・・・。そうか・・・。」

 

老「あなたの悲しみに出会えましたね。」

 

ウ「あの子は・・・。」

 

老「うん?」

 

ウ「あの子は悲しいのでしょうか?」

 

老「聞いてみたらいいよ。あなたの言葉でね。」

 

ウ「ウサギのままでも、声に・・・できるかなぁ。」

 

老「ウサギのままでも、声に・・・できるかねぇ。」

 

 二羽のウサギは静かに湯飲みをすすった。

 

老「さて、今日はここまでにしておこうか。」

 

ウ「はい、ありがとうございました!」

 

 パタパタと後片付けをする小さなウサギさん。

 

老「あ、そういえば、昨日、キョロキョロして帰ってどうだった?見ているのに見えてないものが見えたかい?」

 

ウ「ああ、そうだった。昨日、キョロキョロして走ってたら、足元の石につまずいて、ゴロゴロ転がっちゃったんです。」

 

老「あらら。足元の石につまずいて、ゴロゴロ転がっちゃったのね。」

 

ウ「はい。そしてパッと顔を上げたら見覚えのない大きな木が目の前にあって・・・。」

 

老「ふむ。」

 

ウ「なんと言ったらいいのか・・・。」

 

老「・・・なんと言ったらいいのか。」

 

ウ「その大きな木がとても気になりました!」

 

老「その大きな木がとても気になったんだね。」

 

ウ「はい。それでは、先生さようなら!」

 

老「はい、さようなら。」

 

 小さなウサギさんは、タカタカと建物をあとにしていった。

 

老「さて、あの子は、悲しいのでしょうか・・・ね。」

 

 老ウサギはポツリとつぶやき、ふたつの湯飲みを部屋の奥へと持って行った。


13、学習9日目~命題14、15~

 森の中の小さな建物の中。

 

老「そうそう。そうやって、手に塩をつけてね、こう、三角に握っていくんだ。」

 

ウ「にぎ、にぎ、あらら。なかなかうまく三角になりませんね。」

 

老「ふふっ。なにごとも修業が必要だね。」

 

ウ「この、中に入れたうめぼしというものはなんですか?」

 

老「ふふっ。うめぼしはおにぎりの秘密兵器だよ。おいしいし、おにぎりが腐りにくくなるんだ。」

 

ウ「へぇ。すごいですね。うめぼし。」

 

老「ほら、ひとつ食べてみなさい。」

 

ウ「はい。いただきます。もぐもぐ・・・すっぱ!!」

 

老「ふふ。元気の出る味でしょ。」

 

ウ「すっぱいですー。お茶をください!」

 

老「ふふ。そっちのテーブルの上にお茶入れてあるよ。」

 

 タタタッとお茶を飲みに走る小さなウサギさん。少し冷めたお茶をゴクゴクと飲んだ。

 

ウ「ふーっ。落ち着いた。」

 

老「ふふ。びっくりしたかね。」

 

ウ「はい。でも、おいしいですね。うめぼし。」

 

老「ほう。それは良かった。」

 

ウ「食べるときはお茶があったほうが助かりますけど。」

 

老「ふふ。はい、それじゃおにぎりの方は、最後にパッと海苔を巻いて完成!」

 

ウ「まき、まき、できた!・・・いびつな三角だ。」

 

老「初めてにしては上出来だよ。」

 

ウ「やった、これで自分もおにぎりが作れるようになった!」

 

老「自分で作るための材料が欲しい時はいつでも言いなさい。分けてあげるから。」

 

ウ「ありがとうございます!」

 

 ~おにぎり作りが始まる5分前~

 

ウ「先生!おはようございます!」

 

老「はい、おはよう。昨日はよく眠れたかい?」

 

ウ「はい、良く眠れました。また夢を見ました!」

 

老「ほう、あの女の子の夢かい?何か変化はあったかね?」

 

ウ「はい、女の子の夢です。でも変化はありませんでした。」

 

老「ふむ・・・変化はなかったんだね。」

 

ウ「はい。夢の中の自分はニンジンをもっていて、泣いている女の子に渡そうとするんだけど、女の子は、私食べられないのって言って受け取ってくれなくて・・・。」

 

老「うん。受け取ってくれなくてね。悲しいですか?って聞いてみることはできたかい?」

 

ウ「いえ。聞いてみようと頑張ったんですけど、やっぱり言葉が声にならなくて・・・。」

 

老「ふむ・・・。頑張ったんだけどやっぱり言葉が声にならなくてね。」

 

ウ「ただ変わったことと言えば・・・。」

 

老「ただ変わったことと言えば・・・?」

 

ウ「夢の中の大きな木がやけに気になりました。」

 

老「夢の中の大きな木がやけに気になりました。」

 

ウ「はい・・・。」

 

老「ふむ・・・。」

 

ウ「・・・。」

 

老「あなたにおにぎりの作り方を教えよう。」

 

ウ「え!?」

 

老「おにぎりならその女の子も食べてくれるよ。おにぎりはとても素晴らしいものだからね。」

 

ウ「あっ。投射ですね。先生。」

 

 小さなウサギさんはニヤリと笑う。

 

老「いや、まぎれもない事実だよ。」

 

 真顔で応える老ウサギ。

 

ウ「あの、先生・・・。言ってることがこれまでの学習と矛盾してませんか・・・。」

 

老「ふふふふふ。おにぎりなら大丈夫なんだよ。おりぎりならね。ふふふふふ。」

 

ウ「先生、目がこわいです。」

 

老「さあ、奥の部屋にいらっしゃい。実はもうおにぎりを作る準備はしてあるんだ。」

 

ウ「あ、本当だ。それじゃ、せっかくだし、よろしくお願いします!」

 

 ~小さなウサギさんが初めて自分で作ったおにぎりを先生と一緒に食べて一息ついた10分後~

 

ウ「ふう。おいしかった。」

 

老「おいしかったね。」

 

ウ「それじゃ、先生、今日も学習お願いします!」

 

老「うむ、今日は命題14だね。」

 

命題14

心理的不適応は、有機体が、重要な感官的・内臓的経験を意識することを拒否し、したがって、そのような経験が象徴化されず、自己構造のゲシュタルトへと体制化されないときに存在する。この状況が存在するとき、基本的もしくは潜勢力的(potential)な心理的緊張がある。

(命題はロージァズ全集8巻パーソナリティ理論、第2部、第4章より引用)

 

老「さて、どうかね。」

 

ウ「ちょっと長いですね。えーと・・・心理的不適応は、私の身体が、重要な感官的・内臓的経験を意識することを拒否し、したがってそのような経験が象徴化されず・・・。」

 

老「まずそこまでね。」

 

ウ「はい、えーと、先生、心理的不適応ってどうしましょう・・・。」

 

老「ふむ。とりあえず、強く自分自身に落ち着けない感じというところでいいかな。」

 

ウ「強く自分自身に落ち着けない感じ・・・。」

 

老「そうだね。」

 

ウ「あとは、感官的・内臓的経験・・・。」

 

老「そうだね。私はこの辺りを身体の感じ、と言いたいんだよ。」

 

ウ「身体の感じ。」

 

老「そう。私に私の身体を教えてくれている、身体の感じ、というかね。」

 

ウ「私に私の身体を教えてくれている、身体の感じ・・・。」

 

老「うん。とりあえず身体の感じと置いてみよう。」

 

ウ「はい、それでは・・・。強く自分自身に落ち着けない感じは、私の身体が、重要な身体の感じを意識することを拒否し・・・。」

 

老「ここはね・・・。私には、身体が意識することを拒否するというようには言えないんだよ。重要な身体の感じが、私に聞こえることが大丈夫でないとき、と読みかえたいんだ。」

 

ウ「わかりました。それでは・・・。強く自分自身に落ち着けない感じは、私の重要な身体の感じが、私に聞こえることが大丈夫でないとき、そのような経験が象徴化されず・・・。」

 

老「ここでの象徴化されずは、言葉にならず、でいいかな。」

 

ウ「はい。言葉にならず、ですね。」

 

老「次にいこう。」

 

ウ「自己構造のゲシタルトへと体制化されないときに存在する・・・。カタカナコトバがでました。」

 

老「ふふ。今日はプシューってならないんだね。」

 

ウ「本当だ。おにぎりを食べたからかな。」

 

老「ふふふふふ。おにぎりは偉大なのだよ。」

 

ウ「先生、また目が・・・。」

 

老「おっと、ゲシタルトはひとまとまりと簡単に言い換えよう。」

 

ウ「はい、えと、体制化も機能的なまとまりだから・・・。」

 

老「そのあたりをひっくるめて、機能的な一体とならないときに、と読んでみようか。」

 

ウ「はい。そうしてみます。」

 

老「最後までいってからまとめよう。」

 

ウ「はい、えーと、この状況が存在するとき、基本的もしくは潜勢力的な心理的緊張がある。」

 

老「ふむ。潜勢力は内部に潜んでいる力だね。さぁ、通してみよう。できるかな?」

 

ウ「ドキドキ。強く自分自身に落ち着けない感じは、私の重要な身体の感じが、私に聞こえることが大丈夫でないとき、そのような経験が言葉にならず、機能的な一体とならないときに存在する。この状況が存在するとき、基本的もしくは内部に潜んでいる力のような心理的緊張がある。」

 

老「うむ。頑張ったね。私の身体にとって重要な経験が私に聞こえることが大丈夫でないと、言葉になってくれず、その身体にとって重要な経験と私が一体になれないから、常に緊張状態になってしまうということだね。」

 

ウ「ふむ。身体にとって重要な経験が言葉にならず、私の経験と一体になれないことを心理的不適応というんですね。」

 

老「おお。きれいにまとまったね。」

 

ウ「えへへ。」

 

老「さて、命題14はこれくらいでいだろう。次は命題15だね。頑張れるかな。」

 

ウ「頑張ります!」

 

命題15

心理的適応は、自己概念が、象徴のレベルにおいて、有機体の感官的・内臓的経験をことごとく自己概念と首尾一貫した関係に同化しているか、もしくは同化するであろうときに存在するのである。

(命題はロージァズ全集8巻パーソナリティ理論、第2部、第4章より引用)

 

老「さあ、命題15まできたね。ここはどうかな?」

 

ウ「えーと、命題14の逆ですね。」

 

老「そうだね。」

 

ウ「えーと、強く・・とてもの方がいいかな。とても自分に落ちつけているという感じは、私の思う私、私に聞こえることが大丈夫な私が言葉にすることができるレベルにおいて、身体の感じをことごとく私の思う私、私に聞こえることが大丈夫な私と、筋が通った関係に同化しているかもしくは同化するであろうときに存在するのである。」

 

老「うん。問題ないね。今のあなたならもっと短く言い換えられるんじゃない?」

 

ウ「えーと、さっきの逆だから・・・。身体にとって重要な経験が言葉になり、ことごとく私の経験と一体になれていることを心理的適応というんですね。」

 

老「いいですね。きれいに短くまとまっている。」

 

ウ「えへへへへ。」

 

 嬉しそうにはにかむ小さなウサギさん。

 

老「さて、今日もたくさん学習したね。ここまでにしておこう。」

 

ウ「はい。ありがとうございました!」

 

 ウサギさんはパタパタと後片付けを始める。

 

老「今日は、転ばないようにね。」

 

ウ「はい、大丈夫です。あの石はもう見えます!」

 

 ウサギさんはいそいそと小さな建物をあとにしていった。

 

老「あの石はもう見えます、ね。見ている物が見える、聞いている物が聞こえる・・・。この経験のなんと奥深いことか・・・。」

 

 老ウサギは深くため息をついて、カーテンを開けた窓から、オレンジ色の夕焼けを見つめた。


14、学習10日目~命題16、17~

 小さな建物の小さな椅子に座っている小さなウサギさん。今日は一羽だけでちょこんと座っている。テーブルの上にはドアノブに引っかかっていた置手紙。手紙には“ちょっと出かけてきますが、すぐに帰ってきますので、家の中で待っていてください。”とだけ書いてあった。

 

 静かに老先生を待つ小さなウサギさん。水筒の水を飲みながら待っていたが、先生はなかなか帰ってこない。

 

ウ「ちょっと探検してみようかな・・・。」

 

 急に好奇心が湧いた小さなウサギさんは、小さな建物内を見て回り始めた。

 

ウ「こっちが台所で、ここがトイレ・・・。で、ここが書斎か。先生どこで寝てるんだろ?」

 

 小さなウサギさんがウロウロしていると書斎の机の上に伏せてある写真たてを見つける。

 

ウ「誰の写真かな・・・。」

 

 小さなウサギさんが写真たてを起こすと、そこには今より大分若い先生と、見たことのない小さなウサギさんが手をつないでいる写真が入っていた。

 

ウ「先生だ・・・。若いな。そしてカッコいい。隣のウサギさんは先生の子供さんかな?」

 

 小さなウサギさんは写真たてを元通りに伏せ、いつもの学習部屋に戻ってきた。再び椅子に座って先生を待つ、小さなウサギさん。

 

ウ「おにぎりをもっと上手に握れるようになりたいな。」

 

 小さな椅子に座りながら足をブラブラさせて、小さなウサギさんはつぶいた。

 

老「やあ、待たせてしまったようだね。」

 

 老ウサギが帰ってくる。

 

ウ「先生、こんにちは。」

 

老「はい。こんにちは。ちょっと離れたところに建っている倉庫で探し物をしてたんだけどね、これがなかなか見つからなくてね・・・。時間がかかってしまった。ごめんね。」

 

ウ「倉庫に行ってたんですね。それで探し物がなかなか見つからなかったんですね。」

 

老「そうなの。ごめんね。」

 

ウ「いえいえ、のんびり待ってました。」

 

老「よし、じゃあ、早速今日は命題16からとりかかろう!」

 

ウ「はい、お願いします。」

 

命題16

自己体制もしくは自己構造と矛盾対立するいかなる経験も、なんらかの脅威として知覚されるであろうし、このような知覚が多ければ多いほど自己構造は、それ自体を維持するように強固に体制化される。

(命題はロージァズ全集8巻パーソナリティ理論、第2部、第4章より引用)

 

老「さて、これはどうかね?」

 

ウ「えーと、脅威は・・・。」

 

 小さな辞書をペラペラめくる小さなウサギさん。

 

ウ「威力によるおどし、またはおびやかされること、と。」

 

老「ふむ。」

 

ウ「そうすると、えーと、私の思う私、私に聞こえることが大丈夫な私と矛盾するいかなる経験も、なんらかのおびやかしと見えたり、聞こえたり、感じられたりするであろうし、このような見えかた、聞こえかた、感じられかたが多いければ多いほど、私の思う私、私に聞こえることが大丈夫な私、それ自体を維持するように強く機能するまとまりとなる・・・でいいかな。」

 

老「ふむ。そうだね。私にとって聞こえることが大丈夫じゃない経験は、たとえ、それが私の身体にとって重要な経験であったとしても、私をおびやかすものとなってしまっているから、かたくなに、そのおびやかすものから私を、固く固く守るように、私の身体を含めた私全体で反応するようだね。」

 

ウ「私の身体を含めた私全体で、私をおびやかすものから固く固く守る・・・。」

 

老「私の身体は私の思う私、私に聞こえることが大丈夫な私をほとんど無視できないからね。」

 

ウ「あの先生・・・。そもそも、どうして私に聞こえることが大丈夫じゃない経験ができてしまうんでしょうか?」

 

老「そうだね・・・。ひとつは、例えばAという経験が私にとって聞こえることがまだ大丈夫だったときに、そのAという経験に、何度もかぶさるように、私の生命の維持や、生命の進化にとって重大な危機となるBという経験をしてしまったために、そのAという経験が全体としての私にとって聞こえない方が安全になってしまう、というところがあるんだろうね。」

 

ウ「重大な危機を避けるために、ある経験が、全体としての私にとって聞こえない方が安全な経験になってしまう・・・。」

 

老「そう・・・。あとはね、例えば、生命の維持にとって当然に必要な要求であっても、生命の進化にとって重大な危機と経験されてしまったら、その要求は私に聞こえなくなってしまう方が全体としての私としてはバランスも取りやすいし、安全なようなんだ。」

 

ウ「生命の維持にとって当然に必要な要求も、生命の進化にとっては重大な危機と経験されることがある・・・。そんな要求は聞こえなくなってしまう方がバランスも取りやすいし、全体として安全・・・。身体の方が要求をひっこめた方がバランスをとりやすいのか・・・。」

 

老「それともうひとつ・・・。」

 

ウ「・・・なんでしょうか。」

 

老「私達には決して一人では一体化できないような感情経験がおとずれるようなことがあるようなんだよ。」

 

ウ「一人では決して一体化できないような感情経験・・・。」

 

老「そう。一人では嵐のような、津波のようなあまりにも強い感情経験は、一体化できずに聞こえなくなってしまう・・・。その方が安全だ、ってね。」

 

ウ「嵐のような・・・、津波のような・・・、感情経験。」

 

老「そう。あまりにも大きすぎて、膨大すぎて、一人ではとても言葉にならないような感情経験は、確かに存在するんだよ。」

 

ウ「先生、そんな大きな感情経験が、私と一体化されずに放置されていたら、私はとてもとても落ち着かないんじゃないでしょうか。」

 

老「そうだろうね。危機的状況と言えるだろうね。そんな危機的状況が、全体としての私にとっては安全になってしまっているんだ。まさに心理的不適応というやつだね。」

 

ウ「どうしたら・・・どうしたらいいんでしょう・・・。」

 

老「そうだね・・・。どうしたらいいんでしょうになるね。そこで登場するのがカウンセリングなんだよ。」

 

ウ「カウンセリング・・・。カウンセリングはそんな危機的な状況の私を救ってくれるんですか?」

 

老「私には保証はしてあげられない。だけど、確実にそのための最善の技である、と私は思っているよ。」

 

ウ「経験が・・・私の身体の経験が聞こえない方が安全になってしまった私を救うための最善の技・・・。」

 

老「そう。次の命題でもふれられることがあるかもしれないから、先に進もうか。」

 

ウ「はい。お願いいます!」

 

命題17

自己構造に対して基本的になんらの脅威も包含していない条件下においては、自己構造と矛盾対立する経験は、知覚され検討されるようになり、また自己構造は、そのような経験を同化し包含するように修正されてくるであろう。

(命題はロージァズ全集8巻パーソナリティ理論、第2部、第4章より引用)

 

ウ「先生!」

 

老「うん?」

 

ウ「なんかここに良いこと書いてありませんか?先生!」

 

 小さなウサギさんは興奮して老ウサギに問いかける。

 

老「まあ落ち着きなさい。今まで通り、じっくり学習していこう。」

 

ウ「はい!えっと・・、私の思う私、私に聞こえることが大丈夫な私に対して基本的になんらのおびやかしも包含・・・。」

 

老「包含は、含むでいいよ。」

 

ウ「はい。基本的になんらのおびやかしも含まない条件下においては、私の思う私、私に聞こえることが大丈夫な私と矛盾対立する経験は、見えたり、聞こえたり、感じられたりするようになり、また、私の思う私、私に聞こえることが大丈夫な私は、そのような経験を同化し、含むように修正されてくるであろう。」

 

老「うむ。素晴らしい。」

 

ウ「先生、やりました!経験を同化し、含むように修正されてくるって書いてあります!」

 

老「うん、うん、書いてあるね。」

 

ウ「良かった・・・。大丈夫なんだ・・・。良かった・・・。」

 

老「さて、具体的にどうすれば、修正されるようになるのかな?」

 

ウ「えっと・・・。基本的になんらのおびやかしも含まない条件下、まずこれですね。」

 

老「そうだね。その条件下におかれることがまず大事だね。」

 

ウ「むぅ。」

 

老「さて、例えば、あなたは、どんな条件下なら私からなんらのおびやかしも含まないといえるだろうか。」

 

ウ「うーんと、先生が怒らないことです!」

 

老「怒らないことね。」

 

ウ「あと、えーと・・・。ダメだ!って言わないことです!」

 

老「ダメだ!って言わないことね。否定しないことって言い換えてもいいかな?」

 

ウ「はい。大丈夫です。あとは・・・。命令しないこと・・・かな。」

 

老「ほう、いいね。命令しないことね。」

 

ウ「はい、やっぱり自分のことは自分で決めたいので。命令されるとそこのところがおびやかされます。」

 

老「ふむふむ。あとは?」

 

ウ「うーん。大丈夫だよ!とかいう励ましなんかは、自分はあまり嬉しくないです。そりゃあなたは大丈夫でしょうけど・・・って気持ちになります。」

 

老「そりゃ、あなたは大丈夫でしょうけど・・・ってね。」

 

ウ「はい。そうです。うーんと・・・あとは何かあるのかな・・・?」

 

老「例えばね、褒める、とかは?」

 

ウ「あーそれはいいですね。褒められると嬉しくなります。」

 

老「ふふ。褒められると嬉しくなりますね。」

 

ウ「はい。頑張ろうと思います。」

 

老「頑張ろうと思います。」

 

ウ「はい。」

 

老「・・・厳密な話をするとね。」

 

ウ「はい。」

 

老「それがどんな言葉であろうとも、どんな気持ちが込められていようとも、それが私の言葉であれば、相手にとっておびやかしになりうるんだよ。」

 

ウ「えっ。」

 

老「私の言葉はどんな言葉であろうともね・・・。」

 

ウ「私の言葉はどんな言葉でも相手にとっておびやかしになりうる・・・。」

 

老「そう・・・。」

 

ウ「褒める言葉でもですか?」

 

老「そう。褒める言葉でもね。相手に聞こえなくなっている経験が相手に聞こえるようになることには邪魔になりうる。」

 

ウ「じゃあ、どうすれば・・・。話せなくなっちゃうじゃないですか、何も。」

 

老「そうだね。私の言葉は話せなくなっちゃうね、何も。」

 

ウ「・・・。」

 

老「・・・。」

 

ウ「・・・黙っていればいいのかな。ずっと。」

 

老「ふふ。確かにそれなら私の言葉が相手をおびやかすことはないね。」

 

ウ「先生、黙っていることがカウンセリングですか?」

 

老「・・・違うよ。」

 

ウ「良かった。」

 

 小さなウサギさんは、ホッとして、カバンから水筒を取り出し、クピクピと水を飲む。

 

老「私に聞こえなくなった私の身体の経験を、私に聞こえることが大丈夫な経験として同化するには、基本的になんらのおびやかしも含まない条件下におかれること、だけでは足りない。」

 

ウ「その条件下におかれることだけでは足りない。」

 

老「そう。その条件下で、私の身体と共に、とにかく今ここの経験の象徴化をする必要があるんだ。」

 

ウ「私の身体と共に、とにかく今ここの経験の象徴化をする必要がある。」

 

老「そう。声にして、今、ここの経験を言葉にするってことだね。」

 

ウ「声にするってことが、私の身体と共にってことになるんですか?」

 

老「そう。声にするってことは、声帯を震わすことだからね。身体の動きを伴う。そうすると身体が言葉に反応しやすくなる。もっと言えば身体の声が聞こえやすくなる。」

 

ウ「声にすると、身体の声が聞こえやすくなる。」

 

老「そう。」

 

ウ「じゃ、先生。これからずっと自分は黙っているから、あなたはあなたの経験を自由に言葉にしてください、って言って黙っていればいいんですかね?」

 

老「うん。理屈は通っているけどね。そこでは相手は声にし続けることはできない。」

 

ウ「・・・なんとなくわかります。話していて寂しくなっちゃいそう。」

 

老「ふふ。そうだね。寂しくなっちゃいそうだね。聞き手の反応があまりに少ないところでは、語り手にとっては一人言と変わらないだろうしね。それに、あまりに聞き手の反応が少ないということも、語り手にとってはおびやかしにつながるかもしれない。」

 

ウ「なんか自分は変なこと言ってるのかな?って考えて声にするのをやめてしまいそうです。」

 

老「そうだろうね。」

 

ウ「じゃ、相槌はどうですか?」

 

老「うん。相槌はいいね。だけど、それだけでもやっぱり足りない。」

 

ウ「もしかして・・・相手の言葉のすがた・・・、ですか?」

 

老「そう・・・。そこなんだ。相手にとってなんらのおびやかしも含まない言葉というのは、相手の言葉そのもの、相手の言葉のすがたなんだよ。」

 

ウ「相手にとってなんらのおびやかしも含まない言葉というのは、相手の言葉そのもの、相手の言葉のすがた・・・。」

 

老「そう。端的に言ってしまうと、私に聞こえた相手の経験の言葉のすがたを、そのまま相手に届けること。これが、相手にとってなんらのおびやかしも含まない条件下で、相手が今ここの経験を言葉に、声にし続けることができる、最善の応答である、と私は思っているよ。」

 

ウ「最善の応答・・・。最善の技・・・。カウンセリング・・・。」

 

老「そう。相手の深い経験が言葉になっているときはね、こちらが一文字でも相手の言葉のすがたを聞き間違えて届けただけでも、相手にとっておびやかしになりうるよ。」

 

ウ「一文字でも・・・。」

 

老「そう。だからといって怖気づいて、相手の言葉のすがたを届けることをやめてしまうと、相手の声も続かない・・・。」

 

ウ「相手の言葉のすがたを届けることをやめてしまうと、相手の声も止まってしまう・・・。」

 

老「そうなんだ。だけど、一文字も聞き間違えずに相手の経験の言葉のすがたを届けることができるとね、相手は不思議なほど、より深い経験の言葉を声にしていけるようなんだよ。」

 

ウ「不思議なほど・・・ですか・・・。」

 

老「そうなんだ・・・。」

 

ウ「相手の言葉のすがたを届ける・・・。」

 

老「実際は、やればやるほどに奥が深いんだけどね。とにかく覚悟を決めて、やり続けてみるとね、より相手にとっておびやかしにならない相手の言葉のすがたの届け方、より相手が声になっていきやすい相手の言葉のすがたの届け方というのが見えてくるんだよ。」

 

ウ「修業が必要なんですね。」

 

老「そうだね。」

 

ウ「難しいなぁ・・・。」

 

老「・・・難しいなぁ。」

 

ウ「でも・・・。」

 

老「・・・でも。」

 

ウ「できるようになりたい。」

 

老「・・・できるようになりたい。」

 

ウ「はい。」

 

老「それが、あなたに本当に必要なら、必ずできるようになるさ。」

 

ウ「それが、自分に本当に必要なら・・・。」

 

老「そう・・・。さて、今日はここまでにしておこうか。」

 

ウ「はい、ありがとうございました!」

 

 小さなウサギさんはパタパタと後片付けを始める。

 

老「ああ、そうだ。あなたに渡すものがあるんだ、ちょっと待ってて。」

 

ウ「?」

 

 老ウサギは部屋の奥から、何かの機械をもってくる。

 

ウ「これはなんですか?」

 

老「ふふ。これは飯盒と言ってお米を炊く機械だよ。おにぎりを作るにはこれが必要なんだ。」

 

ウ「先生が倉庫で探してたのって、これだったんですね。」

 

老「そう。これ、あなたにあげるよ。」

 

ウ「本当ですか。ありがとうございます!」

 

老「これでおにぎりを作って、あなたの大切な誰かと一緒に食べてね。」

 

ウ「わあ、嬉しいなぁ。でも使い方がよくわからないや。」

 

老「また今度詳しく教えてあげるよ。いろいろコツがあるんだ。初めちょろちょろ中パッパ、子ウサギ泣いても蓋とるなってね。」

 

ウ「・・・呪文ですか?」

 

老「そう。ふふ。おいしくご飯を炊くための呪文さ。」

 

ウ「それではいただいていきます。ありがとうございます!」

 

 小さなウサギさんは何度も頭を下げて、飯盒を大事に抱え、小さな建物をあとにした。

 

老「・・・おにぎりなら、きっとね。」

 

 老ウサギはポツリとつぶやいて、ニコニコしながらテーブルの上を片付け始めた。


15、最終日の学習~命題18、19~

 小さな建物の中、テーブルをはさんで向かい合って椅子に座る二羽のウサギ。

 

老「さあ、残る命題はふたつ。今日でこの本を使った学習も最後になりそうだね。」

 

ウ「なんだか緊張してきました。」

 

老「なんだか緊張してきましたね。」

 

ウ「がんばります!」

 

命題18

個人が、自分の感官的・内臓的経験の一切を知覚し、それを首尾一貫した統合されている一つの体系へと受容するならば、そのときには、その個人は、必然的に他のひとびとをよりいっそう理解しており、かつ、他のひとびとをそれぞれ独立した個人としてよりいっそう受容しているのである。

(命題はロージァズ全集8巻パーソナリティ理論、第2部、第4章より引用)

 

老「さて、どうかな。」

 

ウ「えーと、私が、私の身体の感じの一切を見えたり、聞こえたり、感じられたりし、それを筋が通った一つの体系・・・。」

 

老「体系は、まとまりでいいよ。」

 

ウ「筋が通った一つのまとまりへと受容するならば、そのときには私は必然的に他のひとびとをよりいっそう理解しており、かつ他のひとびとをそれぞれ独立した個人としてよりいっそう受容しているのである。」

 

老「うん。ここもおもしろいね。」

 

ウ「ふむぅ。」

 

老「まず、私の身体の感じがしっかり私に聞こえているときは、非常に落ち着いて、安心できる状態だね。」

 

ウ「自分の一部として同化できずに置きっぱなしてある経験がない状態ですものね。楽ですよね。」

 

老「そう。置きっぱなしてある経験がないときは、当然その経験におびやかされることもないから、誰かの言葉に触発されておびやかされることもすごく少なくなるんだよね。」

 

ウ「なるほど。」

 

老「そして自分の身体の感じに敏感で、何よりもそこに価値をおいているから、自然と相手の身体の感じにも敏感になり、関心が向く。」

 

ウ「うん。うん。」

 

老「もちろん、相手そのものになれるわけではないから、相手の経験を経験することも、理解することもできるわけではないんだけど、相手の身体の感じを自然に尊重できるようになるんだよ。」

 

ウ「相手の身体の感じを自然に尊重できるようになる・・・。」

 

老「うん。そうなんだ。私の身体は今、こうなっているけど、あなたは、あなたの身体は今、どうなっていますか?と、たずねたくなったりね。」

 

ウ「へぇ・・・。自分の身体の感じの一切が聞こえるようになると、他のヒトの身体に優しくできるようになるんですね。」

 

老「そうだね。ふむ・・・。うん・・・。ヒトに優しいヒトっていうのは、自分の身体の一切がそのままに聞こえているヒト、なのかもしれないね。」

 

ウ「ヒトに優しいヒトっていうのは、自分の身体の一切がそのままに聞こえているヒト・・。」

 

老「ふふ。さて、次が最後の命題だ。その前にお茶でも飲もうか。」

 

ウ「はい。いただきます。」

 

 大分手になじんだ大きめの湯飲みでお茶をすする小さなウサギさん。

 

 暖かいお茶が、小さなウサギさんをホッとした気持ちにさせる。

 

ウ「ホッ。」

 

老「ホッとするね。」

 

 老ウサギも穏やかにお茶をすすっている。

 

ウ「先生、この前書斎で、先生の若い時の写真を見ました。先生カッコよかったんですね。今もシブいですけど。」

 

老「ふふ。今もシブいね。」

 

ウ「一緒に映っている小さなウサギさんは、先生の子供さんですか?」

 

老「・・・。」

 

 老ウサギは、静かにお茶をすすりながら、目を細める。

 

ウ「・・・?」

 

老「実はね・・・。私はもう大分前に子供を亡くしているんだ。」

 

ウ「え・・・。」

 

老「ちょうど、あの子があなたぐらいのときにね。」

 

ウ「・・・。」

 

 小さなウサギさんは、急に胸が苦しくなるほど悲しい気持ちになった。

 

 少しの静寂の後、老ウサギはぽつぽつと語りだす。

 

老「実は私にはね、歌えない歌があるんだ・・・。」

 

ウ「歌えない歌・・・。」

 

老「そう・・・。昔、私は海の近い街に住んでいてね。」

 

ウ「・・・。」

 

老「よく海岸で子供と二羽で手をつないて散歩をしていたんだ。」

 

ウ「手をつないで・・・。」

 

老「その時に子供と二羽でよく歌っていた歌があってね・・・。」

 

ウ「・・・。」

 

老「その歌を歌おうとすると、どうしても涙になってしまってね。歌えないんだ。今でもね。」

 

ウ「その歌を歌おうとすると、涙になってしまうんですね。」

 

老「そう。どうしてもね。」

 

ウ「どうしてもね。」

 

 小さなウサギさんには、老ウサギの目に光るものが見えた。

 

ウ「一人では決して一体化できないような感情体験・・・。」

 

老「うん?」

 

ウ「いえ、何でもないです。・・・自分、がんばります!」

 

老「ふふ、自分がんばります、なんだね。さて、それじゃ、最後の命題に取り組もうか。」

 

ウ「はい!」

 

命題19

個人は、自分の有機的経験をますます多く自分の自己構造へと知覚し受容するにつれて、自分が、歪曲して象徴されていた自分の内面への投影にきわめておおきく基礎づけられた現在の価値体系を、つぎつぎと起こっている有機的な価値づけの過程と置き換えていることに気づくのである。

(命題はロージァズ全集8巻パーソナリティ理論、第2部、第4章より引用)

 

老「さあ、最後の命題には希望があふれているよ。」

 

ウ「よし、えっと、私は、私の身体の経験をますます多く私の思う私、私に聞こえることが大丈夫な私へと、見えて、聞こえて、感じられ、受け入れられるにつれて、私が・・・」

 

老「歪曲はゆがめて、でいいかな。」

 

ウ「私がゆがめて言葉になっていた私の内面への投影・・・。」

 

老「投影は映されたでいいかな。」

 

ウ「私の内面へ映されたきわめて大きく基礎づけられた現在の価値のまとまりを、つぎつぎと起こっている身体の価値づけの過程へと置き換えていることに気づくのである。」

 

老「うむ、少し長いけど、どうかね。」

 

ウ「先生、私の内面へ映されたきわめて大きく基礎づけられた現在の価値のまとまりって何ですかね?」

 

老「そうだね。以前の命題で、あなたがこわいことですね、と言っていた、タニンとの評価的な相互作用の結果生まれた価値観、と言い換えられるところだろうね。」

 

ウ「ふむ。ということは、私は身体の経験がそのままに聞こえるようになれば聞こえるようになるほど、タニンとの相互作用の結果生まれた価値観を、つぎつぎと身体の感じから得られる価値観へと置き換えていることに気づく、という感じでしょうか。」

 

老「うん。身体の経験に開かれれば開かれるほど、身体の感じを頼れるようになる。誰かとの不安定な関係の中で相互に生まれた価値観を脱ぎ捨ててね。これは心強いことだよ。」

 

ウ「身体の経験に開かれれば開かれるほど身体の感じを頼れるようになる・・・。」

 

老「そう。おそらく、自分に自信がある状態というのは、こういうことを言うんだろうね。」

 

ウ「迷ったら、身体に聞けばいいって、この辺りのことを先生は言っていたんですね。」

 

老「そう、そうなんだよ。」

 

ウ「先生、自分は、自分の身体の経験がそのまま聞こえるようになりたいです。身体の経験に開かれていきたいです!」

 

老「ふふ。自分の身体の経験がそのまま聞こえるようになりたい。身体の経験に開かれていきたいね。さて、そのためにはどうしたらよいと思う?もうすであなたは学習しているよ。」

 

ウ「自分の今、ここ、の経験をそのままに言葉に、声にし続けること・・・。」

 

老「そう、そうなんだよ。自分の今、ここの経験をそのままに言葉に、声にし続ければ、いつかは今は聞こえていない身体の経験も聞こえるようになる。」

 

ウ「自分の今、ここの経験をそのままに言葉に、声にし続けられれば、いつかは今は聞こえていない身体の経験もそのままに聞こえるようになる。」

 

老「そして、もうひとつ。自分の身体の経験がそのままに聞こえるようになれば聞こえるようになるほど、もうひとりの誰かをおびやかさずにいられるようになるんだ。」

 

ウ「自分の身体の経験がそのままに聞こえるようになれば聞こえるようになるほど、もうひとりの誰かをおびやかさずにいられるようになる・・・。」

 

老「そう。そうしたら、そのもうひとりの誰かも、あなたといる時は、自分の身体の経験がそのままに聞こえやすくなって、自分の身体の経験に開かれていくでしょ。そうやって、自分の身体の経験がそのままに聞こえ、自分の身体の経験に開かれていくヒトが増えていってほしいんだよ。」

 

ウ「そうやって、自分の身体の経験がそのままに聞こえ、自分の身体の経験に開かれていくヒトが増えていってほしい。」

 

老「そう。自分の身体の経験がそのままに聞こえ、自分の身体の経験によく開かれていることで周りの誰かも自然に身体の経験がそのままに聞こえやすくなり、身体の経験に開かれやすくなっていってしまうようなヒト。私は、そんなヒトをカウンセラーと呼びたいんだよ。」

 

ウ「先生!」

 

 急に立ち上がって大きな声を出す小さなウサギさん。

 

老「おおっ。なんだい?」

 

ウ「自分は、自分は、カウンセラーになりたいです!」

 

老「カウンセラーになりたい。」

 

ウ「はい。それで、それで、夢の中の白い服を着た女の子や先生が、自然に身体の経験がそのまま聞こえるようになったり、自然に身体の経験に開かれていくようになってほしいです!」

 

老「おや、私もかい?」

 

ウ「はい!自分は、先生が今、一人では決して一体化できない、嵐のような、津波のような感情経験に開かれるためのお手伝いができるようになりたい!」

 

老「あなたは、私が、私の・・・私の感情経験に開かれるための・・・お手伝いができるようになりたい・・・。」

 

ウ「はい!」

 

 力強く語る小さなウサギさんは、まっすぐ老ウサギの目を見つめている。

 

 老ウサギが何かを言いかけたその時、

 

バタン!!

 

?「あらあらあら」

?「わわわわ」

?「どわわー」

?「いたい、いたい、どいて!」

 

 小さな建物のドアがバタンと開き、ドアの外で聞き耳を立てていたであろう森の動物たちが、ドタドタと折り重なって、小さな建物の中に倒れこんだ。

 

ウ「あわわあわわ。」

 

 びっくりして飛びのく小さなウサギさん。

 

老「ふむ。聞きたいのなら、素直に入ってくればいいのに。」

 

 ボソッとつぶやく老ウサギ。

 

ウ「先生、あのドアを開けるのには、本当に勇気がいるんですよ。」

 

?「あの・・・私もかうんせりんぐ、できるでしょうか?」

?「わたしも・・・。」

?「わたしも!」

?「あの・・・僕も・・・。」

 

 口々にものを言う森の動物たち。

 

老「・・・もちろんだよ。」

 

 静かに、とても優しい声で老ウサギは応える。

 

?「よかった。」

?「ありがとうございます!」

?「やった!」

?「ありがとう!」

 

 森の動物たちは、目をキラキラさせながら喜んだ。

 

老「そうだね。この人数ならグループワークができそうだ。後日、準備ができたらまたドアに張り紙をしておくから、今度はちゃんと、ひとりずつドアを開けて入ってきなさい。」

 

?「わかりました。ありがとう!」

 

 森の動物たちはそれぞれ老ウサギにお礼を言って、森へと帰っていった。

 

ウ「びっくりしました。」

 

老「ふふ、また忙しくなりそうだ。」

 

 老ウサギは部屋の奥でお茶を入れて持ってきてくれる。

 

老「はい、どうぞ。」

 

ウ「ありがとうございます。」

 

 ふーふーとお茶を冷ましながら、静かにお茶をすする二羽のウサギ。しばしの間、ゆっくりと時間が流れた。

 

ウ「さて。」

 

 いつものようにパタパタと後片付けを始める小さなウサギさん。

 

老「もう、行くんだね。」

 

ウ「はい。また、教えてほしいことがあったら聞きにきます。あと、おにぎりの材料も、もらいにきます。」

 

老「そう。そうだね。」

 

 スッと小さなウサギさんに向けて手を伸ばす老ウサギ。

 

老「握手をしよう。」

 

ウ「はい!」

 

 小さなウサギさんが、小さな手を伸ばすと、老ウサギはびっくりするほど力強く小さなウサギさんの手を握った。

 

老「楽しかったよ。またね。」

 

ウ「はい。必ず。」

 

 小さなウサギさんは、ペコッと頭を下げて、足早に小さな建物をあとにしていった。

 

 書斎に移動し、机においてある写真を静かに見つめている老ウサギ。

 

 一瞬、まっすぐ老ウサギを見つめる小さなウサギさんの目の力強さを思い出す。

 

老「私は、いつか、また、あの歌を歌えるようになるのかもしれないね。」

 

 老ウサギは、涙をいっぱいにためながら、少し笑った。

 

老「長生きしなきゃな・・・。」

 

 老ウサギは、ポツリとつぶやき、写真たてを机に伏せることなく、そのまま机にかざった。

 

  不思議な達成感にあふれる小さなウサギさんは、タカタカと走って家路を急いでいた。

 

ウ「あっ」

 

 バタン、ゴロゴロゴロ。

 

 この前とまったく同じ石につまづき、倒れ、すごい勢いで転がっていく小さなウサギさん。

 

ウ「いてて。まったく見えるようになってないや・・・。」

 

 小さくつぶやくウサギさんがふと見上げると、そこにはあの大きな木。

 

ウ「またこの木か。なんでこの木がこんなに気になるんだろうなぁ。」

 

ヒューッ

 

 その時、小さなウサギさんがいつかどこかで出会った風と同じ匂いがした。

 

?「うふふふ。」

 

 小さなウサギさんの脳裏に一瞬だけ、小さな笑い声がよぎる。

 

ウ「今は、笑っているんだね。」

 

 ニッコリと笑った後、むくりと立ち上がり、またタカタカと家路を急ぐ小さなウサギさん。

 

 風のように走り抜ける小さなウサギさんは、なんだか今日、とても良い夢が見られるような気がしていた。



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