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1、いつものようにウロウロした日

 森の小さな空き地に静かにたたずむ、小さな建物。屋根は赤く、壁は白い。窓にはカーテンがかけられ、中の様子はわからない。ドアノブには小さな看板が掛けられている。看板には“カウンセリング”と手書きで書かれている。

 その他には何の情報もない建物。森の動物たちのほとんどは近くを通るたびに気にかけてはいるものの、誰もそのドアをノックしなかった。

 

「誰が住んでいるのかしら?」

「誰も知らないの?」

「なんだか不気味ね?」

「カウンセリングって何?」

 

 今日も動物たちのささやく声だけが聞こえていた。

 その建物の周りを一羽の小さなウサギさんがウロウロしている。ちょっと遠巻きに建物の周りをグルグル、グルグル回っている。

 

ウ「はぁ・・・。」

 

 小さなウサギさんは大きくため息をついてうなだれる。

 

ウ「せめて中の様子が見えればなぁ・・・。」

 

 忍び足でそろっと窓に近づく小さなウサギさん。パッと窓を覗き込んでも、厚手のカーテンは部屋の中の様子を完全に遮断してくれていた。

 

ウ「はぁ・・・。」

 

 またもや大きくため息をついた小さなウサギさんは、今日もトボトボと自分の家へと帰っていった。


2、ノックをしてドアが開いた日

 明くる日、一羽の小さなウサギさんは、またその小さな建物の近くをウロウロしていた。

 

ウ「あれ?」

 

 今日はドアノブにかけられている、小さな手書きの看板に小さな紙が貼りつけられていた。小さなウサギさんが近づいてその紙を見てみると、“御用のある方はノックをしてください”と手書きで書かれていた。

 

ウ「昨日はなかったのに・・・ゴクリ・・・。」

 

 小さなウサギさんは意を決して、その赤いドアをノックしてみる。

 

トントン

 

 返事がない。

 

 小さなウサギさんがもう一度ノックをしようとすると、ガチャっと赤いドアが開く。

 

?「はい、どうぞ。」

 

 小さなウサギさんを出迎えてくれたのは、年老いたウサギだった。

 

ウ「あ、あの・・・。」

 

老「やあ、いらっしゃい。よく来たね。」

 

ウ「こ、これ、家にあった本・・・。」

 

老「うん?」

 

 小さなウサギさんはカバンから一冊の本を取り出して、おもむろに老ウサギに見せる。

 

老「ほぉー。これは珍しい。ご家族は偉い学者さんかい?」

 

ウ「あ、あのウサギだから・・・。家族もウサギだから・・・。」

 

老「ほっほっほっそうだね。そうだったね。ウサギは学者にはなれないね。」

 

ウ「あの・・・。」

 

老「うん?」

 

ウ「これ読んで、勉強したらニンゲンになれますかね!?」

 

 小さなウサギさんは急に張り詰めた顔になって、叫ぶように問う。

 

 目を丸くしてしばらく黙っていた老ウサギは優しく笑って応じる。

 

老「あなたはニンゲンになりたいんだね。」

 

 強くうなづく小さなウサギさん。

 

老「あなたにとってニンゲンになるっていうのは、どういうことかというところが大事だね。」

 

ウ「・・・。」

 

 小さなウサギさんは困ったように首を傾げている。

 

老「この本は私も好きな本だから、一緒に読んで学ぶことはできるよ。」

 

 パッと小さなウサギさんの顔が明るくなる。

 

老「また明日、その本を持っていらっしゃい。一緒に学ぼう。」

 

ウ「ありがとう!ありがとう!」

 

 小さなウサギさんはササッとカバンに本を入れて、ペコッとお辞儀をして、その小さな建物をあとにした。

 

老「ニンゲンになりたい・・・ね。」

 

 ドアの前で見送っていた老ウサギはポツリとつぶやいたあと、建物の中に入っていった。


3、学習初日~命題1~

 次の日、あの小さなウサギさんは、あの建物の中の小さな椅子にちょこんと座っていた。慣れない場所なのでドキドキソワソワしているようだ。

 

老「さて、始めようか。」

 

ウ「ゴクリ・・・。」

 

老「まず、この本だけど、カールロジャーズというニンゲンが書いた、ニンゲンのパーソナリティに関する理解が書いてあるね。」

 

ウ「ろじゃーず・・・ぱーそなりてぃ・・・。」

 

老「この本は何度か自分で読んでみたかい?」

 

ウ「難しくて・・・。でも、わかるところもあるような気がして・・・。」

 

老「そうか・・・。そうだね・・・。本は読み手の実力までのところしか読めないと、私の師匠がよく言っていたな。」

 

ウ「実力・・・ですか・・・。」

 

老「私も学者じゃないからね。この本を細かに説明することはできない。ただ、ここに書いてあることを一緒に読みながら、自分の経験理解を深めていくことはできる。学習とは本来そういうものだと私は思っているよ。この本は、いくつもの大事なところをいくかの命題として分けて書いてあるから、学習はしやすいと思うんだ。ひとつずつ、ゆっくりやっていこう。」

 

ウ「お願いします!」

 

老「さて、それではここに書いてある命題1からいくよ。」

 

命題1

個人はすべて、自分が中心であるところの、絶え間なく変化している経験の世界に存在する。

(命題はロージァズ全集8巻パーソナリティ理論、第2部、第4章より引用)

 

老「何か感じるところはあるかい?」

 

ウ「わからないです。でも、絶え間なく変化しているというところがなんとなく好きです。」

 

老「ふふっ。いいね。私なんか、その一節にニンゲンの無限の可能性と儚さを感じるよ。」

 

ウ「無限の可能性と、儚さですか・・・。」

 

老「そう・・・。さて、まず個人、これはどう読んでいる?」

 

ウ「ひとりひとりのニンゲンと読みました。」

 

老「そうね。それでもいいね。でも今日はもっとわかりやすく、ここを“私は”と読んでみよう。」

 

ウ「私は・・・。」

 

老「そう、私は・・・。そして、自分が中心であるところのと続く。」

 

ウ「じ・・・自己中心的だと嫌われます!」

 

老「そうだね・・・。まぁ影響を受けている文化によっても違うんだろうけど、おそらく、あなたが言ったのは、相手にとって思いやりのない行動や、他のヒトの迷惑を考えない行動を無自覚にやり続けてしまうと嫌われる、というところかな。違うかい?」

 

ウ「大体そうです。」

 

老「私はこの一節からね、私はすべて私中心であるところから離れられないと読めるんだよ。」

 

ウ「私は私中心であるところから離れられない・・・。」

 

老「そう。自己中心的という、特徴的な性格や傾向があるとかないとか、そういうところを言っているのではなくて、全てのニンゲンは自分中心以外になれたことなどない、と言い切りたいんだ。」

 

ウ「ふむぅ。」

 

老「まぁ、もちろん自覚の仕方は徹底的にヒトそれぞれと言うしかないんだけどね。」

 

ウ「自分は・・・自分中心で良いんですね。」

 

老「ふふっ。良いとか悪いとかではなく、ただ事実なんだよ。それしかない。」

 

ウ「それしかない・・・。」

 

老「ふぅ。最初から少し興奮して話してしまった。私にとって大事なところなものでね。」

 

ウ「先生にとって大事なところなんですね。」

 

老「先生?」

 

ウ「いろいろ教えてくれるから。」

 

老「ふふっ。教えるというよりも、ご一緒するという感じがなんだけどね。」

 

ウ「ご一緒する?」

 

老「そう。ご一緒に言葉のすがたに聞かせていただきましょう、という感じ。」

 

ウ「・・・よくわからないです。」

 

老「ふふっ。よくわからないね。さて、次いこうか。絶え間なく変化している経験の世界に存在する。ここは?」

 

ウ「絶え間なく変化しているのところは好きです!!」

 

老「ふふっ。そうだったね。では、経験の世界に存在する、ここはどうだい?」

 

ウ「うむむむ。」

 

老「ニンゲンはね、普遍的な事実の世界を生きているのではなく、あくまで、ニンゲンそれぞれの経験の世界を生きているんだよ。」

 

ウ「事実の世界と経験の世界・・・。」

 

老「ニンゲンはね、事実の世界に生きることはできないんだ。もう、事実の世界に生きられないと書いてニンゲンと読ませたい感じだよ。」

 

ウ「ニンゲンは事実の世界を生きることはできない・・・。」

 

老「まぁ、この辺りは、私にとっても挑戦になるかもしれないけどね。」

 

ウ「挑戦・・・。」

 

老「そう・・・事実の世界を生きられないからこそ、事実に救われることができる。それがニンゲンだと私は思う。」

 

ウ「・・・プシュー。」

 

老「あらあら、頭から煙が出ちゃってる・・・。」

 

ウ「お、お水を飲んでいいですか?」

 

老「はい、どうぞ。」

 

 小さなウサギさんは、カバンから水筒を取り出しクピクピと水を飲んだ。

 

老「最初から難しかっただろうね。」

 

ウ「ごめんなさい。」

 

老「無理にわかろうとしなくていいんだ。ただ、私の言葉のすがたを聞いてほしい。私の言葉のすがたは、私の生命そのものだからね。」

 

ウ「先生の言葉のすがたは、先生の生命・・・。」

 

老「そう、もちろん、あなたの言葉のすがたも、あなたの生命だと私には思えるよ。」

 

ウ「言葉のすがた・・・。」

 

老「そう。言葉のすがた。」

 

ウ「先生、言葉のすがたってなんですか?」

 

老「まぁ・・・。馴染みのない表現だろうね。」

 

ウ「はい・・・。」

 

老「あなたリンゴは好きかい?」

 

ウ「リンゴ・・・本で読んだことはあるけど、食べたことはないです。」

 

老「ふふっ。今私が、どんな言葉を言ったかあなたはわかるかい?」

 

ウ「リンゴを好きかどうか聞かれました。でも食べたことがないので・・・。」

 

老「うん。それは、日常行われている意味のやりとりだね。」

 

ウ「・・・?」

 

老「私が言った言葉のすがたは、“あなたリンゴ好きかい?”だよ。」

 

ウ「はい・・・。」

 

老「あなたはそれを、リンゴを好きかどうか聞かれたと聞いたね。」

 

ウ「えーと・・・。」

 

老「“あなたリンゴは好きかい?”を“あなたリンゴは好きかい?”と聞く。これが言葉のすがたを聞くということだよ。」

 

ウ「えーと、あなたはリンゴ好きですか?」

 

老「ふふ、言葉のすがたが全然違う。」

 

ウ「え?」

 

老「あなたリンゴは好きかい?」

 

ウ「あなたはリンゴ好きかい?」

 

老「まだ一文字すがたが違う。」

 

ウ「あわわ。」

 

老「あなたリンゴは好きかい?」

 

ウ「あなたリンゴは好きかい?」

 

老「そう!!やっと言葉のすがたを聞くことができたね。これが言葉のすがたを聞くってことなんだ。体験できたね。」

 

ウ「言葉のすがたを聞く・・・。」

 

老「ニンゲンの経験の世界というのはね、言葉のすがたになって初めて現れるんだよ。」

 

ウ「わからない・・わからないけど・・嫌な感じはしない・・不思議な感じです。」

 

老「ふふ。あなたはなかなかに純粋な感性を持っているようだね。」

 

ウ「ジュンスイってなんですか?」

 

老「そのまんまが言えるということだよ。」

 

ウ「そのまんまが言える・・・。」

 

老「さて、今日はここまでにしておこう。明日は命題2に挑戦しよう。」

 

ウ「はい、わかりました。今日はありがとうございました!!」

 

 小さなウサギさんは、ササッと水筒をカバンに入れて、ペコッと会釈をして、小さな建物を後にした。


4、学習2日目~命題2~

 次の日。パタパタと走ってくる小さなウサギさん。

 

ウ「先生、先生!」

 

老「おや、慌ててどうした?」

 

 小さなウサギさんの声を遠くに聞いた老ウサギは、建物のドアを開けてくれていた。

 

ウ「先生、昨日のところ、自分は、自分以外になれないってことですね!」

 

老「ふふっ、なにか言葉が届いたみたいだね。」

 

ウ「なんか昨日お布団に入ったらパッと言葉が浮かんだんです!」

 

老「そういう経験を私は、言葉が届くと言いたいね。」

 

ウ「言葉が届く・・・。はい、届きました!なんだかわかんないけど!」

 

老「ふふっ。さぁ、今日も始めよう。今日は命題2だよ。」

 

ウ「はい!」

 

 今日も小さなウサギさんは、小さな椅子にちょこんと座る。

 

命題2

有機体は、場に対して、その場が経験され知覚されるままのものに、反応する。この知覚の場は、個人にとって実在なのである。

(命題はロージァズ全集8巻パーソナリティ理論、第2部、第4章より引用)

 

ウ「プシュー。」

 

老「ふむ。いきなり煙が出ているね。」

 

ウ「先生、わからないです。」

 

老「わからないね。さて、最初からいこうか。」

 

ウ「ユウキタイってもう、なんだか難しすぎて・・・。」

 

老「見慣れない言葉が出てくると、混乱しやすいね。」

 

ウ「頭が痛くなります。」

 

老「私はこの有機体という言葉をね、とりあえずは私の身体と読みかえてみているよ。」

 

ウ「私の身体・・・。」

 

老「そう。もう少し広がる感じはあるんだけど、とりあえずね。」

 

ウ「ふむぅ。」

 

老「私の身体は場に対して、その場が経験され、知覚されるままのものに反応する。これでどうだい?」

 

ウ「むむむ。経験・・・知覚・・・知覚って・・・?」

 

老「知覚は・・・そうだね・・・。見えかた、聞こえかた、感じられかた、とかだね。」

 

ウ「うーん、なんとか・・はい。」

 

老「私の身体は、場に対して、その場が経験され、見えたり、聞こえたり、感じられたりしたものに反応する。」

 

ウ「先生・・・場は・・・?」

 

老「うん、うん、場はね・・・。まぁ、場面とか、出来事とかに言い換えられるだろうね。」

 

ウ「え・・と・・・。私の身体は、場面や出来事に対して、その場面や出来事が経験され、見えたり、聞こえたり、感じられたりしたものに反応する。」

 

老「私の身体はね、場面や出来事そのものに反応しているのではなくて、場面や出来事の経験の仕方、そして、見えかた、聞こえかた、感じられかたに反応しているということだね。」

 

ウ「ぽかーん。」

 

老「私はここは、とても面白いところだと思うんだけどね。さて、あなたには、今、どのように届いていますかね。」

 

ウ「うんと、私の身体の反応は私の経験の仕方や、知覚の仕方次第で決まるということでしょうか?」

 

老「ふむ。そうだね。ただ、ここが微妙で大事なところなんだけどね、私の経験の仕方、知覚の仕方、ってね、どうも私が自由に選べるものではないみたいなんだよ。」

 

ウ「選べない・・・ですか・・・?」

 

老「私の考えるところではね、私が経験の仕方、知覚の仕方を自由に選ぶことはできないけど、私の経験や、知覚の仕方、そしてそこからの身体の反応を含めて、自由に受け入れることはできるようになる。」

 

ウ「うーん。」

 

老「言い換えれば、私は、私の身体を自由に動かすようになることは決してできないけども、私は私の身体に届く言葉を自由自在に聞けるようにはなる。」

 

ウ「よくわからないけど、自由自在ってなんか響きがかっこいいです。憧れます。」

 

老「ふふ。響きがかっこいいね。さて、少し、いや、大分それてしまったかな。ロジャーズに戻ろう。」

 

ウ「はい!」

 

老「次は、この知覚の場は、個人にとって実在なのである、だね。」

 

ウ「え・・・と、この見えた、聞こえた、感じられた場面や出来事は私にとって実在である。」

 

老「ふむ。実在ってどういただいている?」

 

ウ「うんと・・・本当・・ってこと?」

 

老「ふふ・・・。そうだね。世間ではなんと多くのニンゲンがこの本当をタニンに否定される体験をしてきていることか。」

 

ウ「本当を否定される体験・・・。」

 

老「そしてなんと多くのニンゲンがこの本当を本当と感じにくくなってしまっていることか!」

 

ウ「本当を感じにくくなってしまっている・・・。」

 

老「まさに・・ニンゲン。ニンゲンとしか言いようがないな!」

 

ウ「先生・・・。よくわからないです・・・。」

 

老「ああ、ごめんなさい。また興奮してしまった。」

 

ウ「いえ、大事なところなんですね。先生にとって・・・。」

 

老「・・・ありがとう。ふぅ・・・。とりあえず、ここは、この見えた、聞こえた、感じられた場面や出来事は私にとって本当である、と置いておこう。」

 

ウ「先生、あの・・・。」

 

老「なんだい?」

 

ウ「さっきからずっと気になっていたんですけど。」

 

老「うむうむ。」

 

ウ「先生はあの私、と私の身体を完全に分けて考えいる感じですか?私の身体も、私の一部だと思うんですけど。」

 

老「うん。分かれているように聞こえるよね。」

 

ウ「はい。」

 

老「この辺りは、より感覚的な世界になっていくんだけどね。」

 

ウ「はい。」

 

老「私の身体は、私という意識を超えている存在だと私には思えるんだよ。」

 

ウ「私の身体は、私という意識を超えている・・・。」

 

老「そう、だから、私が迷ったときは、私は、ただ私の身体に聞けばいいんだよ。」

 

ウ「ただ私の身体に聞く・・・。」

 

老「そう、ただ私の身体に聞かせていただいている何か、を私と名付けたいくらいさ。」

 

ウ「ううう・・・。」

 

老「私の師匠なんか修業を重ねると、身体と宇宙が一体化するから、宇宙に聞かせていただいているところこそ、私、と言っていたよ。」

 

ウ「プシュー。」

 

老「お、また煙がでたね。今日はこの辺りにしておこう。ゆっくりお水を飲んで帰りなさい。」

 

ウ「ううう。はい・・・。」

 

 小さなウサギさんはカバンから水筒を出しクピクピと水を飲んだ。

 

老「難しくて、嫌になっちゃうかね・・・。」

 

 老ウサギは少し心配そうに小さなウサギさんの顔を覗き込む。

 

ウ「あの・・・。」

 

老「うん・・・。」

 

ウ「難しいけど・・嫌じゃないです。」

 

老「難しいけど・・嫌じゃないですね。良かった。」

 

ウ「じゃ、先生、また明日きます。」

 

老「はい、さようなら、また明日。」

 

 小さなウサギさんは、ササッと水筒をカバンに入れて、ペコッと会釈をして、小さな建物を後にした。

 

老「難しいけど嫌じゃないです・・・ね。」

 

 老ウサギは、走り去っていく小さなウサギさんに向かって、深くお辞儀をした。


5、学習3日目~命題3、4~

 次の日。小さなウサギさんは、また昨日と同じくらいの時間にやってきた。

 

老「こんにちは。」

 

ウ「こんにちは、先生。」

 

老「昨日はよく眠れたかい?」

 

ウ「はい、いつも通りでした。」

 

老「それは良かった。」

 

ウ「あの先生昨日のところなんですけど・・・。」

 

老「なんだい?」

 

ウ「自分も自分の経験の世界を生きているのにすぎないのでしょうか?」

 

 自分を指さし、首を傾げている小さなウサギさん。

 

老「・・・そうだね。」

 

ウ「・・・。」

 

老「実感がわかないようだね。“自分は、自分の経験の世界に生きているにすぎない”という実感を身体に染み込ませるには相当の修業が必要だからね。」

 

ウ「修業ですか・・・。」

 

老「まぁ、一生かかると思って間違いないよ。」

 

ウ「先生は・・・身体に染み込んでいるんですか?」

 

老「まぁ、大分ね・・・。でも・・・。」

 

ウ「でも?」

 

老「ちょくちょく混乱しているよ。」

 

ウ「先生でもですか。」

 

老「そう。その混乱から救ってくれるのが、事実を求める身体のはたらきだね。」

 

ウ「事実を求める身体のはたらき・・・。」

 

老「そう、その身体のはたらきに、私は経験の世界にこそ生きているんだということを教えてもらえる。」

 

ウ「あの先生・・・。」

 

老「事実って、なんですか、だね?」

 

ウ「はい。」

 

老「ニンゲンによっては、この事実というところを神と呼んだり、仏と呼んだりしているようにも私には思えるのだけどね・・・。」

 

ウ「神・・・仏・・・。」

 

老「簡単に言うとね・・・私はたった独りである、ということだよ。」

 

ウ「私はたった独りである・・・。」

 

老「そう。それが私をこの経験の世界の苦しみから救ってくれる唯一の事実・・・。うーん。まだまだ、上手く話せている気がしないな・・・。また、機会があったら、話すよ。」

 

ウ「はい、お願いします!」

 

老「さて、命題の3にいこう。」

 

命題3

有機体は、一つの体制化された全体として、この現象の場に反応する。

(命題はロージァズ全集第8巻パーソナリティ理論、第2部、第4章より引用)

 

老「さて、これはどうかね。」

 

ウ「うんと・・・よくわからないです。」

 

老「うん。よくわからないです、ね。そうだね、この命題は、ニンゲン、もっと広く言うと生物のひとつの特徴を書いているように読めるね。」

 

ウ「ふむふむ。」

 

老「場面や出来事に対して、生物の身体はバラバラに作用しているのではなくて、一貫して全体として働いているということだね。」

 

ウ「ううう。」

 

老「例えば、あなたが難しくなるとプシューってなって頭から煙がでて、お水が欲しくなるでしょ。」

 

ウ「はい。なります。今もなりそうでした。」

 

老「ふふっ。あれも身体が体制化された全体として反応している一例だよ。」

 

ウ「ふむふむ。」

 

老「ま、何が起こっているのかは詳しく私にはわからないけどね。確かなのは、身体は一部としてではなく、全体として作用し、ある目標に向かっているということ。」

 

ウ「ある目標へ向かっている・・・。」

 

老「そう、ロジャーズの考えの中でもとても大事なところだとは私は思うよ。」

 

ウ「ふむぅ。」

 

老「今日はこのまま、命題4にいってしまおう。」

 

ウ「はい、お願いします。」

 

命題4

有機体は、一つの基本的な傾向と渇望をもっている。すなわち体験している有機体を現実化し、維持し、強化することである。

(命題はロージァズ全集8巻パーソナリティ理論、第2部、第4章より引用)

 

ウ「ええと、私の身体は一つの基本的な渇望をもっている・・・。」

 

老「うんうん。」

 

ウ「先生、渇望って・・・。あ、そうだ。」

 

 小さなウサギさんはカバンから小さな辞書を取り出す。

 

ウ「わからない言葉、調べようと思って辞書もってきたんです。」

 

老「ふふ。良い心がけだね。」

 

ウ「ええと、渇望、渇望、あった。」

 

老「うむうむ。」

 

ウ「喉が渇いたとき水を欲するように、心から望むこと、か。なんだか切実な感じですね。」

 

老「うん、うん、そうだね。」

 

ウ「えと、次は、すなわち体験している私の身体を現実化し、維持し、強化することである。」

 

老「ふむふむ。」

 

ウ「体験している私の身体を現実化するってどんなところなんでしょうね・・・。」

 

老「そうだね。体験している私とは、すなわち、経験の世界を生きる私とも言えるかな。」

 

ウ「ふむ・・・。経験の世界を生きる私の身体を現実化する、って具体的にはどういうことなんだろ・・・。」

 

老「それこそ私の経験から言うとね・・・。」

 

ウ「はい・・・。」

 

老「言葉にするっていうことだよ。」

 

ウ「言葉にするっていうこと・・・。」

 

老「そう・・・。私の身体はいつだって言葉にしてほしがっている。」

 

ウ「・・・私の身体は、いつだって言葉にしてほしがっている。」

 

老「そうだね。」

 

ウ「経験の世界を生きる私の身体を現実化するということは、私の身体の経験を言葉にするということ。」

 

老「うん、すっきりしているね。」

 

ウ「そして、私の身体はそれを維持し、強化することを渇望している・・・。」

 

老「うんうん。維持は守ったり留めたりだね。強化は広くとらえると、成長や発展とも考えられるかな。」

 

ウ「・・・私の身体は、よりはっきりとした私になることを切実に望んでいるんですね。」

 

老「そう。そしてそうするためにはどうしても言葉にする必要があるんだ。私の身体の経験をね。」

 

ウ「むむむ・・・。なんだか不思議な気持ちです。」

 

老「・・・なんだか不思議な気持ちね。」

 

ウ「・・・私の身体は・・・私の意志や私の気持ちを超えて、私になりたがっている・・・?」

 

 次第にぼそぼそと一人言のように語る小さなウサギさん。

 

老「ん・・・?よく聞こえないな。」

 

ウ「先生、今日は帰ります!」

 

老「おお、そうかい。」

 

 小さなウサギさんは、カバンから出した水筒の水を一気に飲み干し、パタパタと片づけをして老ウサギにペコッと会釈をして、そそくさと建物を去っていった。

 

老「学習が進むときというのは、時に激流のようだね。良きかな。良きかな。」

 

 老ウサギはテーブルの上を布巾でサッとふきながら、ニコニコつぶやいた。



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